FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第七十話 「決意・旅立ち・そして別れ」


うはっ!
すげえなありゃ!!

俺は目の前で起こった光景に思わずテンションが上がる。
今まで感じたことの無い圧倒的なエーテルの圧力に、恐怖を通り越して一種の「憧れ」に近い感情が沸きあがった。

見たことの無い幻獣。

いや、あれは幻獣というよりはむしろ蛮神に近い。
体躯こそ小ぶりではあるものの、その内に溢れるエーテルは幻獣のようなちんけな存在とは全く違う。

あれが召喚獣ってやつか。

制御を失い、主であるガキを飲みこもうと迫る召喚獣
「光の加護を受けし者」として、その身を挺して守る冒険者。
その力比べのようなせめぎあいは、ガキの内に眠っていた「誰か」の手によって終止符が打たれた。

もう何が何やらわからねぇが……
最高のショーだったぜ!!

顔のニヤニヤがおさまらない。
ガキの頃に荒野のど真ん中に捨てられ、盗賊団に拾われて奴隷まがいな扱いをうけ、帝国施設への襲撃に失敗して囮としてまた捨てられて、また奴隷まで身を堕として。
そんな糞みたいな人生だったが決して神様を恨んじゃいない。
神様は俺にガイウス閣下を引き合わせてくれた。

最高のプレゼントだ!

あの人は最高だ。武人としても、私人としてもだ。
理想の為には手段を選ばないが、あの人が目指しているのは蛮神の殲滅であり小競り合いの絶えないエオルゼアの救済だ。

人は支配されることを嫌うが、支配から解放されてもまっているのはよりひどい混沌しかない。
支配から逃れるためには、より強い支配で縛られなければ国の安定などありえないのだ。

どういう理由・立場にせよ、人の人生に関われるというのは楽しいこと。
自分のちょっとした行動一つで大きく狂いもする。
いわば俺は脚本家であり、演出家でもある。
ガイウス閣下が掲げる理想の為、人を動かし、演じさせる。
そこで生まれる悲哀を見ることが、何よりも楽しいのだ。

まぁ最後の最後、エキストラであるはずの冒険者共によって、一番大事なところでしくじってしまったがな。

それでもとりあえず目的の一つは達成できたといえるだろう。

それにしても……

目を潰すほどの光が放たれ、一瞬にしてあれだけの強い力を解放されたにも関わらず、崩落してもおかしくはない洞窟の中は元のままだ。
どうやら駆けつけた奴らの中にいた幻術士の女が張ったバリアによって何とか抑え込んでいたようだ。

あの女、侮れねえな。
たしか…シャーレアンから派遣されたバルデシオン協会の奴だったか?
シャーレアンといえば失われた学問・技術を目指す学術都市国家。とすると古代アラグ文明の神秘の一つを紐解いたのか?

どちらにせよ、これだけの規模の洞窟が崩壊すれば、劇の結末を見るどころの話じゃなくなる。
ここはあの女に感謝しておこう。

さて……これからどうするんだい?
あのガキを回収するかい?

俺は横に佇んでいる商人の男に声をかける。
あのガキの存在をこちらに伝え、ここまでの手引きをしてきた「正体不明」の商人。

人の形をした存在なき存在。

えにしより混沌を呼ぶもの「アシエン」と呼ばれたそいつは、いつものように顔に柔らかな笑みを浮かべながらこちらの質問に答えた。


まぁ回収してあげたほうがあの子のためではありますね。
見てください。あの後ろに控えるその他大勢たちの顔。

恐れ、憎悪、戸惑い
そして研究材料としての好奇。

向けられているのはすべて「負」の感情です。
あの子の存在はすでに人ではなく、化け物と一緒です。あの子を守ったあの二人以外は。
これだけのことを起こした彼女が、そんな彼らに保護されて幸せになれると思いますか?

…あり得ねえ話だな。

蛮神ともいえるあれだけ強い力を持っているという存在というのは、長年保ってきた各国のパワーバランスを著しく狂わせる。

とすると、始まるのは争奪戦かい?
それはそれであんたの思惑通りじゃねえのか?

「混乱をもたらす」という点では彼女の存在はふさわしい。

でも、

今の彼女は空っぽです。

中身の注がれていない器には何の価値もない。
ただ外から眺め見るだけの嗜好品です。
結局「持っている」というだけの張ったりにしか使えません。

ならどうするんだ?

ふふっ…空っぽの器に意味はない。
でも、あの器はまだ壊れていない。それどころか、今回でかなり大きくなった。
空っぽならば、新しいものを注いでやればいい。それだけですよ。


商人の男が不気味に笑う。
まるで新しいおもちゃを見つけた様に、こいつもまた新しい「劇」の始まりに心を震わせているようだ。

……一つ聞くが、本国に「アレ」の参戦を中止させたのはあんたかい?
もしそうだったら表立って動くのを嫌うあんたが随分と大胆なことをするな。

歯車は回っているのです。
既に先行してラハブレアが動き出している。
彼のやり方を否定するわけではありませんが、あれでは面白みがない。
目的は達成するのが楽しいのではなく、

達成するまでの間を如何に楽しむかがとても大事ですからね。

……あんたらは一枚岩だと思っていたが、存外人とそれほど変わらねえな。


少しあきれ顔の私をみて、商人の男は心外そうに、それでもどこか楽し気に避難する。


個人の私利私欲のために同族に手をかけ、安定を望みながらもみずから積極的に調和を壊そうとしていく、頭の悪い君たちとは同じにしないでもらいたいですね。
我々は個にして同。多少やり方は違えど、共に目指す頂は一つしかないのですから。

……どこが違うかさっぱりわからねえが、あいつを回収した後はどうすんだい?

この地に住まう蛮神リヴァイアサンとタイタンは斃れた。
蛮族の彼らは再び神おろしを始めるでしょうが、サハギン族はテンパード化していない海蛇の舌本体を失い、さらにザナラーンからのクリスタル供給も断たれた。コボルド族にしてもクリスタルはあれど強い蛮神をおろすだけの信仰心が足りない。ではどうしましょうか?

残っているのはアマルジャ族の信奉する「イフリート」、シルフ族の信奉する「ラムウ」か?

あと、グリダニアにはイクサル族が信奉する「ガルーダ」がいます。
数からするとグリダニアに行った方がいいですが「ラムウ」はあまり好戦的ではありませんし、ガルーダは制御不能な凶神ですからね。
リハビリさせるにも少々荷が重い。

と、すると?

あの子を回収後に南ザナラーンに向かってください。
カルン遺跡の側に「灰の陣営」と呼ばれるアマルジャの集落があります。そこにはウ族の女もいますので、人が馴染ませるには適当でしょう。
撃ち捨てられた子供を見殺しにするようなものたちではないので。

では、まずはイフリートを神おろしさせて「喰わす」と?

はい。器にイフリートのエーテルが注がれれば、また彼女は覚醒できるでしょう。
でも、今回召喚した召喚獣はまだ弱い。
もし覚醒させるなら……

すべての蛮神を喰わせた後……てことか。

あなたは単純なようで理解が早いから好きですよ?

正体不明な奴に好かれても嬉しかないが、誉め言葉として受け取っておくよ。

では、あなたは自慢のキメラの放つ電撃攻撃で彼らを足止めしてください。
その内に私はヴォイドゲートを開き、妖異を出します。
彼らが混乱いているうちに、彼女を回収、そのままザナラーンに向かってください。

了解。
それと、あんたの心配はしないぜ?

心配するだけ無駄ですよ。
私は肉体の無い存在。あなたみたいな「星の加護」より便利ですからね。

は! じゃあ行くか!!

 

 

光と共に召喚獣が消え去った洞窟内は静けさに包まれていた。
中身がスッと抜け落ちた様に地面に倒れこんだ片目の少女の元に、ミリララは駆け寄って抱きしめる。
私はその光景をただ茫然と眺めていた。

終わった……のか?

命を燃やし耐え続けた体と精神は、既にボロボロだ。


相変わらずあなたは考えなしね。
守るこっちの身にもなってほしいわ。


後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
しかし私は振り向く気力もなく、ただ「あぁ…すまない」と短く答えるだけで精いっぱいだった。
どうやらまた私は、彼女に助けられてしまったようだ。


でも……お疲れ様。
あなたの働きは蛮神の討伐よりも誇れるわ。


初めて聞く優しい言葉と共に、体に一枚の布が被せられた。
どうやら装備のほとんどが消し飛んでしまったようだ。
私は「あれは…あれはなんだったんだ?」と幻術士の女に問う。


わからないわ。
でも、あれは彼女が呼び出した召喚獣だったのでしょうね。
幻獣とは次元の違うもの。自ら意思を持つエーテルの集合体。
まさにあれは、私たちが「蛮神」と呼ぶものそのものだったわ。


話を聞きながらも現実への理解がおぼつかない。
鈍る思考を必死に回転させながら、一つ一つのことを整理する。
片目の少女が異形の人型に呑まれた瞬間、光と共に一体の召喚獣が呼び出された。
しかし、意識を失った術者を食い殺そうとするように、その召喚獣は少女へと牙をむいた。
少女を守ろうと飛びついたミリララを守るように咄嗟に覆いかぶさったのはただの反射に近い。

でもなぜだろう……

自分はこの少女を守らなければならないとおもったのだ。

自分と同じ境遇だから?

いや、それは違う。

意思というよりはどこか「遺志」に近い。
私の中に眠る何かが、この少女を守ることを「使命」として伝えてくるのだ。

(少女に宿ったあれは一体……)

覚醒した少女に宿ったもう一人の少女、いや…あれは少女ではない。あれは多分私、そしてこの少女に背負わせた「宿命」のすべてを知る人物。

もしかして……ハイデリン?

考えを巡らせながら、ミリララに抱き留められている少女を見る。
その顔は安らかな表情で、年相応の可愛らしい寝顔で吐息を立てていた。


あなた、あの少女のこと何か知っているの?


幻術士の女は私に聞いてくる。
私は静かに首を振りながらも「わかっているのはあの少女もまた星の加護を受けた者であり、なんらかの宿命を背おわされていることだけだ」と答えると「そう…」と短く言葉を切った。
後から幻術士の女と共に駆けつけてきていた巴術士ギルドのギルドマスターが声をかけてくる。

とにかく、ヤ・シュトラ殿の協力をいただき広範囲のバリアを張ったものの、あれだけの衝撃がこの洞窟にダメージを与えているかわからん。今は早くここをでよう。
あとその少女は我々巴術士ギルドが引き取ろう。伝説の召喚士となれば我々としても興味がある。


そう言って巴術士ギルドのギルドマスターは少女を引き取ろうとする。
それを黒渦団の幹部らしき男が制する。


ちょっとまて。そいつは海蛇の舌の一員で数多くの同胞が手にかけられたのだ。あれだけの力を持つものが世に解き放たれれば混乱しか生まれぬ。ここで始末してしまう方がエオルゼアの安定のためになるのではないか。

ふざけたことを言うな。あれはまだ少女だぞ?
それに一から育て直しさえすれば、いずれリムサ・ロミンサにとっての強力な武器になる。我々の国が蛮神レベルの召喚獣を得る絶好の機会なのだぞ?
あれはガレマール帝国に対する究極の鉾であり、盾にすらなる逸材だ。
それをミスミス処理してしまうなど愚策も愚策。

だからと言って少女がこちらに従う道理はないだろう?
もしその者が本当に星の加護を受けた者であるのなら、力を失っている今どこか安全なところに幽閉してしまったほうがいい。
力を取り戻した瞬間、裏切られたら我々は一巻の終わりだ。
簡単にとれるリスクにしてはいささか大きすぎるぞ。


静かになった洞窟内に響き渡る二人の言い争いを聞きながら、ヴィルンズーンは呆れて声も上げず、や蛇の舌のアジトを捜索し終え、戻ってきた双剣士ギルドのジャックもどこか気まずそうな顔をしながら押し黙っていた。

正直反吐が出る。
なぜこの少女を一人の「人」としてみないのだ。
私、そしてミリララが命を投げ出してまで守ろうとしたもの。

その意味をなぜ理解しようとしない!


再び始まる人の醜さを見て怒りに震えている中、突然その場に雷撃が放たれた。

なんっ……だ……!!!

威力こそないものの広範囲に広がる雷撃によって体がマヒし、その場にいたすべての者の動きが封じられた。
そして身動きが取れなくなった私たちの目の前に、見たことの無い巨大な魔獣が舞い降りてくる。
獅子の体に竜と山羊。とても自然界で生み出されたものとは思えないほどちぐはぐな容姿に、思わず息をのむ。
そしてその異形の魔物の上では、黒い入れ墨の男が満足そうな笑顔を浮かべながらこちらを見下ろしていた。

!!?

同じく地面に手を突きながら、苦々しい顔でヴィルンズーンが声を上げる。


お前ッ!!
なぜ生きている!!?


その叫び声を聞きながら、黒い入れ墨の男は意気揚々と魔獣から地面に降り立ち、地面にひれ伏したまま動けない私たちを見下ろした。


ちょっとぶりだな諸君。
崖から飛び降りて死んだと思っていたようだが、残念だったな!
どんな場合でもちゃんと死体を確認するのは基本中の基本だぜ?


そう言いながら、黒い入れ墨の男は膝をついたまま動くことができないヴィルンズーンの元へと歩き、笑いながら足で頭を蹴り飛ばした。


さて、残念だがおまえらと遊んでいられるほどこっちも時間がねえんだ。さっさと用事だけをすまさせてもらうぜ?


そう言って黒入れ墨の男は、片目の少女を抱き留とめたまま固まっているミリララを乱暴に引き離し、壁に向かって投げ捨てた。

ぐぁ・・・・っ!

受け身をとることもできず、壁に打ち付けられたミリララはそのまま地面へと落ち、ピクリとも動かなくなった。
そして片目の少女を肩に担ぎ上げると、そのまま私の方まで歩いてくる。


こいつは俺のもんだからな。
返してもらうぜ?
なに、悪いようにはしないさ。
少なくとも、そっちにいる奴に拾われるよりはましな人生を歩める。
まあ…どういう人生を歩むかは、結局こいつ次第だがな。
それにあんたも味わっただろ?
所詮味方と思えば簡単に敵に回り、国の為といって子供を殺しく来るような奴らだ。
捕まったら最後、研究のおもちゃとして人生を終わらせるのか、ずっと地下牢に閉じ込められたまま悠久の時を生き続けるか。
はたまたあんたにさらわれて、ずっと日陰の中で暮らすのか。
どれをとっても先に待っているのは不幸しかねえんだぜ?
その点、俺らはこいつに自分で生きる道を与えてやるんだ。
恨まれる筋合いはないってもんだぜ。

さぁ、提示するのは「目の前だけの不幸」と「将来の終わりなき不幸」。
命を張って守り抜いたこいつのために、あんたはどちらを選択するんだい?こいつを守り抜いたお前には、ご褒美としてどちら側に回るかを選ばせてやるよ。

そう言って入れ墨の男は少女を担ぎ上げたまま魔獣につかまる。
その瞬間、私と魔獣を隔てるように黒い歪みが生まれた。

(ヴォイドゲート!?)

ふと私の体を淡い光が包んだかと思うと、しびれが回復して身動きが取れるようになった。
周りを見渡す限り、幻術士の女がエスナをかけたわけではなさそうだ。
ヴォイドゲートは広がったまま不気味にうごめいている。
いつもとは違い、中から何かが出てくる気配はない。

……選択の時……か。

私はゆっくりと立ち上がり、異形の人型の一人が持っていた地面に転がるオヤジさんの斧を拾い上げ、未だ身動きの取れないヴィルンズーンの前に置き「親父さんへの報告を頼む。息子さんは安らかに星に帰ったと伝えてくれ」と伝えた。


おまえっ! 何を考えている!?
はやまるんじゃねえ!!


私は必死に呼び止めるヴィルンズーンに無言で背を向けて、ゆっくりとヴォイドゲートの方に歩み始めた。それを見た入れ墨の男は、満足そうな顔をしながら私にむかって叫ぶ。


この先にある岬に船を用意させている。
それに乗りな。このガキを救いたきゃ、船が着いた先であんた自身に与えられた「使命」を見つけることだな。
まあ俺自身なんのこっちゃな話だが、あんたとこのガキが背負わされた「星の加護」の意味を知るものがそう言っていたぜ?まあ、その答えがこの星にとって「薬」なのか「毒」なのかはわからねえが、

第七霊災以前の記憶を失ったお前にとっちゃ、その記憶こそなにより大事なものだろ?


分かったようなことを言われながらも、私はその言葉に囚われてしまう。それに満足した黒い入れ墨の男は、


じゃあな! また会おう!
星に同じ運命を背負わされたものとして期待しているぜ?
あんたの成長、見届けさせてもらう!


そう言いながら魔獣の背に乗ると、魔獣は蝙蝠のような羽を大きく羽ばたかせて一気に上昇する。上がったところで岩の天井が待っているが、空中で器用に方向転換した魔獣は、ここからは見えない岩壁の奥に吸い込まれるように消えていった。
どうやらそこに外へと通じる抜け穴があるようだ。
ふとその岩陰に、アンホーリーエアーで出会った紫色のローブを来た仮面の男らしき姿が見える。
表情は分からない。だが、そいつもまたこちらの様子をうかがっているだけのようだった。


あなた! 何を惑わされているの!?
自分がしようとしていることが分かっているの!?


後ろから幻術士の女の叫び声が響く。
それでも私は幻術士の女の声を無視して、ヴォイドゲートの脇を抜け、目の前に広がる岬の先へ向かって歩み始めた。

ふとヴォイドゲートから一体の妖異が出現する気配。
しかしそこから出てきた妖異は、旅の始まりとなったウルダハでであった妖異程度。

私は振り向きざまに斧を振り下ろし、妖異を一撃で両断すると、ヴォイドゲートごとふっと消えた。所詮足止め程度だったのだろう。それを確認するとローブの男も自ら開けたヴォイドゲートの中へと消えていった。

私は岬に用意されていた、機械の塊のような船に乗り込む。
すろと、誰も乗っていないはずなのにスッと動き出した。
何を動力としているかもわからない、誰が操舵しているかもわからない不思議な乗り物。それはひょっとしたらガレマール帝国のものなのかもしれない。

 

私は改めて覚悟を決めて、旅立ちを決意する。

人であることを捨て、人ならざるものとして生きる運命を。

私は星を救う者か、それとも星の意思にあだなすものか。

すくなくとも、その答えはあの少女にある。

私は自分を知り、再びあの少女と出会うことによって、

すべての記憶を取り戻す。

待ち受けているのがたとえ絶望だとしても、


もう後悔はしない。


私は手にしたすべてを捨てて、新たな船出に向かって顔を上げた。

第六十九話 「命の再会」

すべてを白にと染め上げる閃光は、次第に収まっていく。
しかし光の集束と入れ替わるように、すべてを飲みこもうとするような「恐怖」が体にまとわりついた。
力を奪われる感覚。いや、そんな生易しいものではない。
存在そのものが飲みこまれそうなほどの強大な力が、片目の少女を守るように顕現している。
少女を取り囲んでいた異形の人型はいない。
少女はうつろな目で何もない空を見上げながら、ただただ泣いていた。

・・・なさい・・・・
ごめ・・・・ん・・・・・さい・・・

誰かに謝罪するように、何かに懺悔するように。
大粒の涙で顔をグシャグシャに濡らしながら、まるで子供である自分を取り戻したかのように、尽きることの無い悲しみに嗚咽を上げる。
その光景をみて、私たちは誰一人として声も上げることができない。

私は意を決して少女のもとへと近寄る。
ウィズンルーンは私のことを止めようとするが、私は背負っていた斧をウィズンルーンに渡し「他の人型の方をたのむ」と言って、少しずつゆっくりと歩み始めた。

多分だが、先ほど少女のもとに群がった異形の人型は、少女が暮らしていた村の住人だったのだろう。
かすかに聞こえた、

(アンリ)

という名前のようなもの。
少女はその言葉を聞いた瞬間、弾けるように光に包まれたのだ。

私の接近にも少女は動かない。
周りのことなんて目に入っていないのだろう。
そんな少女になんて声をかけようかと思案していると、

アンリ!!

と、少女の名が洞窟内に響き渡る。
声のする方を見てみると、そこにはイエロージャケットの女がこちらに駆け寄ってきていた。
どうやら黒渦団の本隊が到着したようだ。
黒渦団の他に巴術士ギルドでであったマスター他メンバーと、双剣士の面々もまた駆けつけていた。
巴術士ギルドのメンバーはみな薬の入った瓶を持ち、襲い掛かってくる異形の人型に中身を浴びせかけると、異形の人型たちは苦しみだしてその場に溶けた。
一方の双剣士ギルドは、ジャックの指示により海蛇の舌の残党がいないか探しに散開していった。

イエロージャケットの女が少女のもとに駆け寄ると、その体を抱きしめて声をかける。
紡がれる言葉は「謝罪」の言葉。
しかし、それでも少女は女を見ることなく、相変わらず空に向かって涙を流していた。

突然、頭に酷い頭痛が襲う。

こ……この感覚は!?

根こそぎ意識を奪いに来るような感覚。
それは、アンホーリーエアーで妖異の化け物と対峙した時に襲われた者と同じ。
まるで私の中にいる知らない自我が体と意識を乗っ取りに来ているような感覚に、思わず膝をつく。
明滅する視界の中で、泣いていた少女が取り乱したように暴れている姿を見ながら「ブツッ」という音共に無情にも意識が切断された。

 

 


夢を見ている。
それは、誰のものなのかわからない夢。
まるで紙芝居のようにパラパラと、
断片的な記憶が連なり、
一つの物語を紡いでいく。

私はそれをただの傍観者として、
二人の人生を俯瞰で眺めていた。

一人は親に捨てられた赤ん坊。
「悪魔の子」を生んだと気味悪がれ、村から追い出された母親は、落ちのびるように長い旅をした。しかしその道中に魔物に襲われた母親は、赤ん坊を遺して魔物と共にその身を谷へと投げた。

もう一人は自分の子供を殺しかけた母親。
自制が効かなくなるほど狂ってしまった自分に恐怖を覚えた母親は、一人逃げるように海都を離れていった。
呆然としながら故郷を目指した母親は、隠すように捨てられていた赤ん坊を手に取り、2人の子供の代わりとして自分の子供として故郷に連れ帰った。

故郷の村で仮初の親子関係を演じながら、幸せに過ごす母親と捨て子。
しかし捨て子が「召喚士」としての資質を持つことがわかると、母親は子孫の末裔として力を持つことができなかったことへの嫉妬から、再び子供に辛く当たろうとしてしまう。

結局、何一つ変わることのできなかったことに絶望した母親は、
自分のすべてから逃げるように、

自らの命を絶って死んでいった。


ふと目を覚ますと、激痛で思わず声をあげてしまう。
体をビリビリとした強い力で痛めつけられて、気が狂うほどの痛みで再び意識が飛びそうになる。

(な……なにがおこっている!?)

歯を食いしばりながらなんとか状況の把握に努めると、私はどうやら片目の少女とイエロージャケットの女を抱きながら、何かから二人を守っているようだった。

一際大きな咆哮が上がったかと思うと、巨躯の魔物がこちらを襲ってきている。
ヤ・シュトラをはじめとし、巴術士達による防御魔法により体は包まれているものの、魔物の一撃はいともたやすくその術壁を引き裂いていく。

一撃で絶命するほどの強い力。
それでも、痛みだけは伝えてくるものの体は傷つかない。
あまりにも痛みが強く気が付くのに時間はかかったが、まるで地面からエーテルを吸い上げているかの如く体に力がみなぎってくる。
魔物の攻撃と自分の回復が拮抗する中で、私は二人を守るようにさらに深く抱きしめた。

片目の少女は気を失っているのか、目を閉じたまま動かない。そしてその少女を抱くように、イエロージャケットの女が強く抱きしめていた。
その光景はまるで、妹を守る姉のようでもあった。

(何か打開策はないか!)

いくら自分に不思議な力が宿っているとはいえ、このままではいずれやられてしまう。

なぜこの魔物はこちらだけを狙っているのか。
黒渦団も、斧術士ギルドも、イエロージャケットも、双剣士ギルドも、そして冒険者達も。
みなその魔物に斬ってかかるがまるで効かない。

標的は自分?
いやそうじゃない。
こいつは片目の少女を、自分を使役していた主のことを、呼び出されたこの「召喚獣」は片目の少女を食い殺そうとしているのだ。

くっ・・・・!
主であるこの少女が目覚めさえすれば、事態は変わるかもしれない。

一縷の望みをかけて、私は未だに襲い続ける痛みをぐっと飲みこみながら、

「アンリッ!! アンリッ!!」

と名前で呼びかける。
私が少女の名前を呼ぶ声にイエロージャケットの女は私の顔をハッとした表情で見ると、すぐに少女に向き直って

アンリッ! 起きなさいアンリッ!

と呼びかけ始めた。
すると、二人の呼びかけに反応するように、温かな光が体の周りを包み始める。その光は少女から湧き上がるように広がっていく。

そしてふと目を覚ました少女は、片目の少女ではない。
自分の体を抱きしめるイエロージャケットの女の手を優しく触り、


もう大丈夫だから……ありがとう。


と言ってゆっくりと立ち上がった。
先ほどまで感じていた痛みはもう感じない。
少女から湧き上がるエーテルと、私に流れ込んでくるエーテルが混ざり合うように呼応し合い、ドームのような形をした青色の強力な防壁が展開していた。


ハイデリンの子よ。
ちょっと力を貸してくれるかしら。


まるで母親のような口調で少女がほほ笑む。
私は頷くと、少女が差し出した手を取る。
途端「ドンッ!」という強い衝動と共に、私の身に流れ込んでいたエーテルが一気に少女に向かって流れていく。
急速に失っていく力を感じながらも、不思議と心地よさで包まれている。圧倒的なエーテルの奔流に魔物は怯えるように後退するが、少女は首を横に振りながら。


去りなさい……世を分つものよ。


そう呟くと、手から放たれた強い光が魔物を一瞬にして消し飛ばした。
強い閃光がはしった後、その場に残っていたのは片目の少女が使役する幻獣の姿だった。
よろよろとした足取りで少女のもとにたどり着き、力尽きた様にその身を少女に預けた。
少女はその幻獣の体を優しくなでながら、


あなたも必死に戦ってくれていたのよね。
ごめんなさい。気がついてあげられなくて。
でももう大丈夫。おつかれさまね。


そう優しく語り掛けると「キュキュッ」と嬉しそうに嘶いた幻獣は「パリンッ」という音を立ててはじけて消えた。
消えてしまった幻獣を撫でていた手を悲しそうに見つめながら、


ごめんなさい……本当に……ごめん……なさ……い。


そう呟くと、ふっ少女を包んでいた光が消えたかとおもうと、トサッという軽い音と共に少女の体は地面に崩れ落ちた。

 

団長室を出ると、そこには私を取り囲むように海蛇の舌の団員が取り囲んでいた。
見える限りの人数にして約30人程度。

(なんだ、こんなものか)

私はその数に少しがっかりしながらも、手に力を集中して幻獣を現出させる。


なに! 魔導書もなしに!?
どういうことだ!!


突然現れた幻獣の姿に驚き、動揺する団員達。
私はそんな団員たちを面倒くさそうに一瞥しながら、


さて、始めようか。
殺し合いをね。


私は不敵に笑いながらそう告げると、ゆっくりと手を手前に突き出し、

殺せっ!

と幻獣に命じた。

 


私の命令に従順に突き従う幻獣は、爆発的な速度で団員たちの群れの中へと切り込んでいく。
その衝撃でところどころからあがる悲鳴を聞きながら、私もまた短剣を手にその混乱の中へと向かっていった。

実は魔導書なしで幻獣の現出が可能となって以来、私はその「使役」という呪縛から逃れることができた。
一旦指示さえ与えてしまえば、あとはあいつは勝手に動き回る。
だから、私は私で自由に動くことができるようになったのだ。

(まずは面倒な弓持ちから!)

私はその混乱から距離を取りながらこちらを狙う弓持ちへと向かって走った。
混乱する塊を背にするように位置取りをして、一気に加速して弓持ちへと肉迫する。
慌てながらもこちらに放たれた矢は、風切り音だけを残して私の頬をかすめていく。
そしてうしろから「ギャッ」とひびく悲鳴を聞きながら、再び弓を構えようとする弓使いの首元を掻っ捌いた。
「ぶしゃぁぁっ」という血しぶきをあげながら、膝を折り地面へと倒れていく。
私はその生暖かい血を浴びながら、また新たに標的を定めて飛びかかっていった。

結局、祝福を受けていない純粋な海蛇の舌の団員なんてこんなものだ。
明確な主義主張もなく、ただただ自分の好き勝手に人を貶める。
だから統率もなく、一度混乱させてしまえばただのシープの群れと変わらない。
本当はもっともっと苦しませてあげたかったけれど、

(それは団長代理に代表してもらおう)

私は浴びた血を袖で拭いながら、あちこちで右往左往する団員の中から団長代理の姿を探す。

(いた!)

団長代理は戦いを避けるようにこそこそとどこかへ向かおうとしている姿を見つけた。
私はそれでも襲ってくる頭の悪い団員の攻撃を避けながら、一直線に団長代理のもとへと駆けた。

!!!?

突然私の行く手を遮るように、小さな影が私を襲う。
私はその攻撃をかわしながら短剣を投げるが、流れるような動作で頭に向かっていたはずの短剣は弾かれてしまった。
団長代理の姿を確認しながらすこし距離をとろうと後退するが、相手はそれを許さないと言った感じで攻撃の手をやめない。
体と同じくらいの大きさの大斧を自在に振り回しながら、加勢に駆けつけた男を「こいつは自分の獲物だ!」と制した。

(あのおじさんだ!)

加勢に駆けつけようとした男は、ウルダハで私たちが殺したはずの冒険者。
私と同じく「死ねない呪い」をかけられたであろう選ばれし「星の奴隷」だ。

役者は揃った……けど、まずアイツを何とかしないといけないのに!

邪魔をするなっ!!

と私は叫び、いつの間にか乱入者によって討ちはてられていた幻獣を再び素早く現出させる。
そして直線的にしか攻撃をしてこない邪魔くさいララフェルの女を一気に仕留めようとするが、すんでのところで少し後ろから見守っていた冒険者のおじさんによってララフェルの体は弾き飛ばされた。

(くそっ!)

私は改めてその二人から距離をとる。
そして新たに加勢に加わったのは全身鎧に身を包んだ斧術士。その男もまた今までの相手とは違う手練れだ。
ちょっとの油断が自身の敗北へと直結する。

私は大きく深呼吸をして今一度仕切り直す。
じりじりと間合いの読み合いをしながらにらみ合っている二人の斧術士の後ろに立っていた冒険者のおじさんは、何かに気がついたかのように駆け始めた。

(ひょっとして団長代理の方に向かった!?)

冒険者のおじさんが向かっていく方向は、団長代理が消えた方とほぼ一緒。一人逃げていった団長に不審を感じて向かっていったのだろう。

(足止めぐらいしてくれればいいんだけど、まずはこっちから片づけなきゃ!)

まずはこの二人の殲滅に意識を集中する。
眼鏡をかけた小賢しいララフェルはこちらを見てニヤニヤと笑っている。

狂気に捕らわれた目……

戦いの中に身を置くことでしか、自分の存在価値を得られない愚者。
でもそれは、今の自分とまるで合わせ鏡のよう。
多分私も自らの戦いに高揚し、目の前の女と同じように笑っているのだろう。

(もう少し温存したかったけど、出し惜しみはしてられないか!)

私は両手を広げ、体内にあるエーテルすべてを還元する勢いで力を発現させる。
そして、力の歪みに飲みこまれるかのように消えた幻獣に変わり、それまでとはまったく形の違う幻獣を顕現させた。

見たこともない形の獣に戸惑う斧術士の男。
だがララフェルの斧術士はそんなことはお構いなしに突進してくる。
こいつを使うと負担が大きいからあまり時間を掛けられない。
だから、このララフェルのように馬鹿正直に突っ込んできてくれる奴の方が相性がいい。
私は意識が逸れないように集中しながら、幻獣を使役する。
幻獣の放つ一撃は、いとも簡単にララフェルの斧術士の攻撃を体ごと弾き飛ばす。

これまでの幻獣と違い、新たに生み出した幻獣は手練れの二人を相手にしてもまだ余裕があるといったほどに強かった。
しかし幻獣が動くたびに、ごっそりと蓄積した魔力が削られていく。
もう一人の斧術士の男は必要に術者である私を狙いに来るが、私に攻撃が及ばないようよう、必ず幻獣が盾になるように位置取りには気を付けた。
そして私は攻撃をララフェルの斧術士に集中させる。
攻撃しつづけることでしか「守ること」を知らないこいつを攻撃していれば、必ず斧術士の男がフォローに回る。
思っていた通りララフェルの女を襲うおそらく致命傷になるであろう攻撃は、ことごとく斧術士の男によって防がれる。

攻撃はララフェルの女、防御は斧術士の男といった感じで見事な連携がとられていた。

しかし、それは致命傷になる。

ララフェルの斧術士の向こう見ずな攻撃のおかげで、防御に回る斧術士の男は幻獣の攻撃を受けてどんどんと疲弊していく。

幻獣の攻撃がララフェルの斧術士にあたるのが先か。

幻獣の攻撃に耐えかねて斧術士の男が倒れるのが先か。

私の魔力供給が尽きるのが先か。

ギリギリの戦いに身を置きながらも、感じたことの無いほどに体がゾクゾクと湧き上がっている。
今まで幾度となく体験したはずの命の駆け引き。

それなのに、今は少しでも長くこの感覚を味わっていたいと心の奥から気持ちが湧き上がっている。

ハハッ ハハハハッ!

思わず笑い声をあげながら、私は一切の手を緩めることなく、今できるすべての魔力を幻獣に注ぎこむ。
しかしいつしかじりじりと力の均衡は破れ初め、狂気に笑っていたララフェルの斧術士の顔はいつしかくやしさで歪んでいる。
斧術士の男も既にボロボロで、未だ立ち続けられていることの方が不思議なくらい疲弊していた。

なんだ、もう終わりか。
なら、そろそろ終わりにしようかな。

何故なのかはわからないが、私の体に流れ込むエーテル量がまったく衰えない。まるで大地から吸い上げているかのように、無尽蔵に体に流れ込んでくるのだ。

私は余裕の表情を浮かべながら、楽しませてくれた二人にはせめて死の苦しみを与えないよう一撃で仕留めようと、ありったけの魔力を溜め込む。

しかし、誰かの叫び声と共にまるでノイズのように突然頭の中に言葉のようなものが流れ込んできた。

助けて…お願い…殺して…

その瞬間、私の心臓がドクンと跳ね上がった。

(あ……あ…あ……)

溜め込んだ魔力は行き場を失い一気に霧散する。
声の響くほうを私はこわごわとみる。

ひたひた…ひたひた…と

人ではない何かが這い上がってくる音が聞こえてくる。

頭に強制的に響いてくる声は、どんどんとその数を増していく。

殺してくれ…
助けて…
もう嫌だ……
死にたい…
こんなのもう嫌だ…

悲鳴にも似た感情の渦。
それは数重の数となって私の頭に一気に流れ込んでくる。

(いや…来ないで!……なに…なんで私が!?)

その声なき声から逃げるように後ずさるが、押しつぶされるほどの恐怖に体が委縮して満足に動くことができない。

そして、地の底から這いあがるように姿を現した「人ならざる人型」は、呪言をまき散らしながら一人二人と姿を現し始めた。


酷い臭気を放ちながら、体中からタコや以下のような触手を何本も体からはやしている。
ところどころ魚の鱗のようにギラギラと光らせながらも、かろうじて服のようなものがこびりついているところを見ると、それは元々人であったことを伝えているようだった。

!!!?

そしてその内の一団が、私を見つけるとこちらに向かってズリスリと地面をする音を立てながら、ゆっくりと近寄ってくる。
私はその一団をみて思わず声を失った。

鱗の肌にこびりついている服の切れ端。

それは私がいた村の人々が来ていた伝統衣装。
決して他の地域の人達とは似つかない。
否定したくとも、決して否定することができない。

(っなんで…なんでみんながここに!)

再会を望んだはずの再会は、すべてが悪夢であってほしいほどの結末だった。
頭は今起こっているすべてを否定したくとも、現実を捕らえた目がそれを許さない。

いつしかその人型は私の周りを取り囲み、私よりも少し背の高いララフェルであったであろう化け物が声にならない声で確かに呟いた。

アンリ……助けて……

その瞬間、
私の頭の中はすべてを飲みこむほどの負の感情で満たされ、
ブツッっという音と共に意識が飛んだ。

 


暗い…

苦しい…

重い…

私がいるのは、たまに見るような夢の中。
失ったはずの肉体が、まるで蚕の繭のように、フワフワ浮いた魂にまとわりついてくる。


痛い…

辛い…

憎い…

でもいつもと違うのは、
たった一辺光すらも見えないということ

聞きたくもないのに、いつも私に問いかけてくるあの大きなクリスタルの塊の姿はどこににもない。
周りに浮かぶ、星のように輝く魂もどこにもいない。

闇に完全に閉ざされたここにあるのはたったの一つだけ。
それはまるで地獄の底から響く地鳴りのような、

苦しむ人々の言葉の渦だった。


ごめんなさい……
きっと私のせいだ……
ごめんなさい……

私は自分の体をぎゅっと抱きしめて、
小さく縮こまりながら泣き続けた。

耳を塞ごうが、何をしようが、
その声は私の肌すべてが耳となったかのように頭の中心に響き渡る。

村の人たちが魔獣にさせられていたこと。

それは受け入れたくない現実。
自分が捕まったばかりに、
村人を巻き込んでしまったという罪悪感。

自分助けている気でいた。
自分をさらった海賊たちからの辱めを受けても、
どんなに理不尽なことを強要されても、
自分の心を殺してさえいれば、
彼らを助けることができると思っていたのだから。

でも……

でもそれは間違いだった。

私が彼らに捕らえられた時点で、

すべてが終わっていたのだから。


痛い…

辛い…

憎い…


ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…


せめて差し出したいと願う命の塊さえも、私自身ではどうすることもできない。私の命の管理人たる大きなクリスタルは、今はもうないのだから。
永遠に続くような責め苦を浴びながら、私は黒よりも黒く、闇よりも深い空間の中で、ただひたすらに泣き続けるしかなかった。


キュキュッ

突然に、鳴き声と共に私の目の前に幻獣が現れた。
それは闇に灯った松明のように、どもまでも深い闇と思っていた空間をポッと照らし出した。

私、この子をだした覚えがないのに…

私を守り続けてきた幻獣は、私の声など関係ないかのようにいつものように私を守る。その健気な姿を見て私は、罪悪感で胸がいっぱいになってしまった。

ごめん……ゴメンね……

わたし……お前のこと……嫌いだった…

お前がいたから、私はこんな目にあってきたんだって…

だから、お前のことがすごく憎かった。

いっぱい残酷なこともしてきた……

ただの気まぐれで壊したり、助けることもせずに放置したりもした。

でも、今気が付いたよ。

わたしは……わたしをさらったあの海賊と、

おんなじ仕打ちをお前にぶつけていたんだね。


私は叫びながら、私の前に立つ幻獣に抱きしめた。
そして、自分が行ってきたことすべてを懺悔するように、
泣き叫び続けた。


幻獣に体温はない。
エーテルの塊である幻獣は、存在しないものかのようにその体は無機質である。でも、なぜか私はこの幻獣の中に魂の温かみを感じることができた。
あらんだ心が安らぐような柔らかい鼓動。
それはまるで、母親の腕の中にいるような安心感。
私に抱きつかれた幻獣は、嬉しそうにキュキュッっと声を上げながら、頬ずりするかのように顔を擦り付けてきた。

あれだけ響いていた呪言が、いまや遠くに聞こえている。

私は大好きな村の人を救えなかった。
苦しんでいることも知らず、誰一人として助けることができなかった。
でもそれは、

本当に私のせいだったのだろうか…


「目を背けるのか?」


空気を振動させるような重い声が、空間全体に響き渡る。
ずっと響いていた呪言をすべて一まとめにしたような音。
いまこの空間全体の声が一つに合わさり、救いを求めた私の心にしがみついてきた。

!!?

それまで闇しかないと思われた空間は、幻獣の輝きによりすこしだけ明るさをとりもどしている。
ほのかに照らされた闇の奥。私の目の前を覆いつくすように、一つの大きな顔のようなものが浮かび上がっていた。

「汝は自分の運命に目を背けるのか?」

一度軽くなった心が、再び見えない手によって握りつぶされる。

ううぅ……

私は胸を押さえて必死に耐える。

この声は聞いてはダメ……
この声に呑まれたきっと悪いことが起きる……
それは取り返しのつかない大きなことがっ

「汝は我ら側の者。人道から外れ、魔道に魅入られた末裔の子よ」

「既に運命の車輪は回り始めた。汝が否定しようとも決して逃れられぬ」

「心を堕とせ。その身を、その体ごと我に喰わせるのだ!」

たくさんの人の声が混ざり合い、それは衝撃となって私を襲う。
その衝撃から私を守るように、幻獣は私を守るように体を震わした。

バシュッ!!!

衝撃に立ちはだかった幻獣は、まるで風に飛ばされたぼろきれのように私の前に転がった。
体が弱々しく明滅している。
私を守ろうと体を張った幻獣は、たったの一撃でその命の灯を尽きようとしている。

ダメ…ダメッ!

この子はやっぱりいつもとは違う。
なにか魂にも似た何かを持っているのだ。

その魂が尽きようとしているかのように、存在が消えようとしている。
多分、今消えてしまったら、この子を二度と呼び出すことはできなくなるだろう。

私は思わず守るように幻獣に覆いかぶさった。
息も絶え絶えな様子の幻獣は、それでも闇の顔に向かっていこうと動く。

ダメだよっ!

私は必死に叫びながらその幻獣の体をきつく抱きしめた。

!?

ふと、幻獣の体を通して、なにか声のようなものが聞こえてくる。
それはここで聞こえる呪言ではない。

懐かしくもあり、そして確かに私を呼ぶ声だ。

…リ

あぁ……なんだかとても懐かしい。

……リ

私は声のする方にたどり着かなければならない。

……ンリ!

声のする方を見上げると、そこには小さな光の道ができていた。


「汝はこの世界に蛮神を作り出した悪魔の子。千をも越え、万に届くわれらの恨み、我らの憎しみを、その身をささげて世界を焼き尽くす器とせよ!」

再び闇が私を襲う。
もう私を守るべきものはいない。

届いて……

私は光の筋に手を伸ばす。

先ほどから私の名前を呼ぶ声はどんどんと力を増してきている。
光は加速度的に速度を早め、まるで放たれた矢のように私に向かってきている。

お願いだから届いて!

「おねえちゃん!!」
「アンリ!!」


私の指が光に触れた途端、一気に世界は黒から白へと書き換えられる。
目が潰れるかと思うほどのまばゆい光に照らされて、私の心に張り付いていた悪魔が引きはがされていく。

それとは別に私の周りに立ち上る幾筋の光の束。
その一つ一つは、まるで人の体温のような温かさで

「アンリ……ありがとう」

という言葉を遺して消えていった。

第六十八話 「サスタシャ浸食洞」

このあたりか?

私は斧術士ギルドのメンバーと猟犬同盟の混成チームで、怪しい男が出てきたあたりに入り口のようなものが無いか捜索している。
しかし方々調べてはみるものの、不審なところはない。
唯一人の出入りを示す足跡は見つけたものの、やはり途中で途切れてしまっていて何かあるのは間違いないのだが…
もしかしたら、他のところを探したほうがよいのではと焦りを感じていたその時、


ん? どうしたラタタ。そこに何かあるのか?


と、猟犬同盟の男が止まったままじっと一点を見つめているラタタに話しかけていた。
ラタタは表情を変えず「多分ここよ。」とポツリと呟き、一点を指さす。

???

ラタタが指さしたところを皆で見るも、そこは何の変哲もない岩壁だ。
猟犬同盟の男は半信半疑ながらもラタタが指さした岩壁を触ってみると、何かに気が付いたかのように耳を当て、そして岩を軽く叩き始めた。

!!?

男が叩いた岩壁は明らかに違う音が響いてくる。
岩とは思えないほどに軽い音を返してくる岩のようなものに手をかけ、引っ張ってみるといとも簡単に取れた。

まじかよ……本当にあったぞ。
なんで今までこんなのに気がつかなかったんだ?

不思議そうな顔をしながら頭をひねるヴィルンズーン。
その隠された入り口がある周辺を改めてみると、確かに手前にある大きな岩の影になっていて、出入りしても容易に見える場所ではない。
街道からも離れているので、注意深く出入りすれば人に見られることもなさそうだ。

しかしラタタよ、なんでここにあるって分かったんだ?

臭いがしたの。
湿った水の臭い、それと……
ワクワクする何か…
うふふ。


不気味な笑みを浮かべながら斧を構えるラタタに「おいおい! 先に行くんじゃねえぞ!」とウィズンルーンは制しながら、同行する斧術士に松明を作らせながら突入の準備を行った。

よし、こっから先は未知の領域だ。
海蛇の舌の奴らが使う隠し通路だから魔獣に襲われる心配はないかと思うが、奴らとであう可能性は十分にある。
なるべくばれないように、処理しながら進むぞ。
おまえら、ラタタの奴が先行しないように見張ってろ。
楽しみは最後にとっておけよ。

ヴィルンズーンがそう言うと、みなそれぞれに答えかえす。
とうのラタタは何処かつまんなそうな顔をしていながらも、ワクワク感は隠しきれず落ちかない雰囲気であった。

~~~~~~~~~~~~~~~

細い裂け目のような入り口の中は、人ひとりが余裕で歩けるくらいの広さがある。
地面を見てみると、人の出入りがあることを示すように足跡のようなものが無数にあった。
暗い洞窟をみな無言のまま一列になって歩き、時折立ち止まりながら不審な音がしないかを確かめる。

(これは下っているな)

洞窟は下に下に向かっているようだった。
進むにつれて、どんどんと肌寒さを感じてくる。
外は真夏の熱帯夜。避暑には最高の場所だが、ここに一人でいたら不安で心が壊れてしまうだろう。
特に海蛇の舌と出会うことなく、しばらくすると前方がほんのりと明るみが目に入る。
先頭を歩くヴィルンズーンは腕を広げなら停止すると「ここで待ってろ」と言いながら一人光のある先へと進んでいった。

(海蛇の舌のアジトだろうか?)

待機している我々は武器に手をかけて戦に備える。
しかし、ヴィルンズーンはこちらに振り向き「こっちに来い」と言いながら手を挙げた。
警戒しながらヴィルンズーンのところまで歩くと、大きく開けた場所に出た。

ここは?

そこは地下にぽっかりと空いた大空間。
注意深く見渡すと巨大なサンゴのようなものがそれぞれに発光し、洞窟全体を淡い光で満たしている。
その光景は見たことの無いほど幻想的で、思わず口をあけながら見とれてしまった。
どうやら自分達は大空間の天井近くにある通路にいるようだ。
眼下には海底を思わせる大地の一部に人が通ったと思わしき筋が見える。
あれこそサスタシャ浸食洞の本当の入り口から続く道なのだろう。


しかし…不気味なほど何もいねえな。


ヴィルンズーンは不自然なほどの静寂が逆に不審感をあおるようで、どこかおかしなところはないかと見渡していた。
私は「もしかしたらここの魔獣は黒い入れ墨の男によって使役させられていたのかもしれない」と話すと「あぁ、そういうことか」とどこか納得がいったように頷いていた。


よし、おまえ。
サスタシャの入り口まで戻って集まった黒渦団に中の様子を伝えてこい。
こっちは先行して中の様子を探るから、正面から堂々と侵入してこいとな。


指示を受けた一人の斧術士ギルドの男は、松明を一つ受け取って足早に抜け道を戻っていった。


さて、俺らは先へと進むぞ。


そう言って、ヴィルンズーンは再び道の続く先へと進んでいく。
そして、その裏道は正規ルートを塞ぐようにそびえたつ壁についている大きな門の奥に通じていた。


扉の奥はそれまでの幻想的な洞窟とは違い、薄暗くじめじめとしただけの普通の洞窟だった。
ここにもまたほのかに灯りが灯されている。
しかしそれは、人の手によって管理されているであろうランタンによるものだった。


ここからが本番ってことか。
さっきの門はこちら側から開けれるか?

やってみます。


そういって斧術士ギルドの男が扉に手をかけると、いとも簡単に開いた。


長い間開け方がわからなかった扉がこうも簡単に開いてしまうと、感動もくそもねえな。


とヴィルンズーンは冗談交じりに言う。


よし、ここで何人か見張ってろ。
黒渦団の増援が到着し次第、俺たちとの合流に向かってくれ。

ハッ!

ここからが本番だ。
気を引き締めていくぞ!


ヴィルンズーンは皆を鼓舞して気合いを入れる。
私も斧を構えて、奥へと進んだ

 

 

これはどういうことだ?


ランタンの灯りでほのかに明るい洞窟内を進み、いよいよ海蛇の舌のアジトが近いと思い始めた時、地面に倒れている海蛇の舌の姿を我々は発見した。
周囲を警戒しながらもゆっくりと近づき、首元を触ってみるとほのかに温かいものの、死亡しているようだった。首にはナイフが刺さっている。どうやら一撃で絶命させられたのだろう。


俺らの他にだれかが潜入しているのか?
ナイフ使いと言えば双剣士だが……


双剣士と聞いてドクンと心拍数が上がる。
私は双剣士よって囚われ、命を捨てて逃げ出してきたのだ。
再び出会った時、私は何を話せばいいのだろうか。
私の動揺を感じ取ったのか、ウィズンルーンは一言「大丈夫だ。心配するな」と肩を叩いてくる。

私は「気を使ってもらってすまない」と謝ると、ウィズンルーンは小手で自分の兜を2度ほど叩き、警戒しながらゆっくりと先へと歩き出した。

その後も人の気配を感じながら、床に転がる死体を何体も発見する。
そのどれもが無警戒の中で抹殺されていることを考えると、どうやら身内の犯行のようだった。


なんだ、仲間割れでもしてるのか?
確かに烏合の衆である以上、こういう輩は一度崩れると砂の城のように崩壊するからな。
まあこっちとしてはその方が都合がいいがな。


そう言いながら、再び現れた大きな門の前で一度立ち止まり、周囲を見渡す。
ふと岩陰の奥に牢があり、その中を覗いてみると、

うっ!

その中の惨状に思わず口を押える。
「どうした!?」と近寄ってくる皆もまた、牢の中に広がる光景を見て唖然としている。

牢の中は血しぶきで壁は真っ赤に染まり、肉片のようなものがあちこちに散らばっていた。
かろうじて残されている骨を見る限り、人ではないようだ。
しかし、どうやったらこんなにも残酷な殺し方ができるのだろうと考えていると、

「ひぃ!!」

という悲鳴が門の中から聞こえてきた。
我々は各々に戦いの準備を整える。


「どうする……増援を待つか?」と慎重に確認するウィズンルーン。確かにこの扉の先にどれほどの海蛇の舌がいるかわからない。
しかし先行する味方がいるにしろ、仲間割れを起こしているにしろ、混乱に乗じない手はない。
危険を承知で飛び込むか…、安全策をとるか思案しているその時、


だめ…もう我慢できない!


そう言い放って、ラタタが門へと駆けていった。


お、おいぃ!!


猟犬同盟の男が慌てて叫ぶが、ラタタは止まらない。
そして、思いっきり扉をあけ放つと、目を輝かせながらその奥へと飛び込んでいった。


す、すまねぇ旦那!
うちの馬鹿が辛抱できなかったみてぇだ!

仕方がねえ!
うちらも飛び込むぞ! 皆覚悟を決めろ!


ウィズンルーンが手にした斧を高らかに掲げると、それに呼応したように皆「オー!」と声を上げた。
どうやら士気は最高潮に高まっていて、皆やる気満々のようだ。
私もまた斧を構え直して、気合いを入れて門の奥へと駆けこむ。

そこには小さな影から逃げ惑う海蛇の舌たちの姿と、その陰に一直線に向かっていくラタタの姿があった。
新たな増援に怯んだ海蛇の舌に統率は無く、皆それぞれに逃げ惑う。
どうやらすでに戦意は無く、人によっては武器を置いて投降するものもいた。

うふふっ!!

不気味な笑い声を上げながらラタタが小さな影に切り込むと、ぴょんと攻撃をかわしながらナイフを投げる。
ラタタはそれを斧で弾きながら、力いっぱいにぶん回した。

ちっ!

小さい影は軽く舌打ちをして距離をとろうと後退するが、ラタタはそれを許さない。
体を起点として横回転から得た遠心力を伴って今度は斧に重心を移す。そして得られた反動を使って一気に小さい影との間合いを詰める。
今度は縦回転で振り下ろされる斧の攻撃を、小さい影はすんでのところでかわすのが精いっぱいのようだった。

まるで流れるような体裁きに私は見とれてしまう。
私よりもくらべものにならないほど小さい体躯でありながら、重い斧を自在に振り回すさまはまるで「意思をもった武器」であるかのようだった。
私はハッと我に返り、ラタタの増援に向かうが、

手出し無用!! こいつは私の獲物だ!!

と、大声で乱入を否定される。

私は動きを止めて、その影の姿を改めて確認する。
その小さい影は、片目の少女であった。

(やはり生きていたか!)

片目の少女はいつもと違ってローブを着ていない。
露わになった顔を見ると、少年のようでもあった。
元は麻色であったであろうその衣服は血で深紅に染まっている。
あれだけ動けるところを見ると、多分それは返り血であるのだろう。
とすれば、あの牢の惨劇も、道中の同族殺しも少女の手によるものかもしれない。


邪魔をするな!!


ラタタに取りつかれてイライラが募ったのか、片目の少女もまた大声を上げる。
そして手が光り出したかと思うと、一瞬のきらめきを伴って幻獣が現れた。

!!?
魔導書なしだと!!
まずい!


私は咄嗟に突進をやめないラタタに飛びかかる。

な、なにを!!?

ラタタを突き飛ばすと、ラタタのいた位置に幻獣の塊が体を回転させながら突進してきていた。
「油断するな! こいつの幻獣は巴術士のものと違うぞ!」
忌々し気な目をしながら起き上がるラタタに檄を飛ばす。


あの程度、よ、避けれたし!!


すこし動揺しているのか、多少どもりながらラタタは斧再び構え直した。


あいつの相手はお前ひとりじゃ無理だ。
俺も加勢するぜ! 幻獣含めて2匹、こっちも二人。フェアだろ?

絶対に足ひっぱんないでよね!


そう叫びながら、再び突撃していくラタタを援護するように、ウィズンルーンもまた少女に向かっていった。


あちこちで戦闘が行われている中に、一つの不審な影を見つける。
こそこそとした足取りで、物陰に隠れながらどこかへと逃げようとしているようだ。

(!!? あの斧は!?)

背中に見える一際立派な斧。それには見知った銘紋が彫られている。
それは紛れもない、おやっさんの手による武器だった。

(見つけた!)

私はおやっさんの斧を担いだ海賊の男を追いかける。
男は戦場を離れると、隠し通路のようなところを足早に下っていく。
なにがあるかわからない。
私もまた慎重に男の後を追っていくと、厳重な扉でふさがれた大部屋にたどり着いた。
必死に鍵を開けようとしている男に

そこまでだ!

と声を上げる。
男はびくびくとした表情でこちらを振り返った。
しかし、口元からかすかに笑いが漏れている。


もう…もう何もかも終わりなんだよ。
お前らの…お前らのせいだ…・

男は恐怖に目を泳がせながらも、ぶつぶつと一人でしゃべっている。
私は男に「その斧は何処で手に入れた!」と問い詰めると、


この斧のことか?
ならば……
本人に直接聞いてみるといい!!


男は叫びながら、門を開けた。

 


あれ?

ブルワーズ灯台にたどり着いた私は、灯台の警備をしているカンスィスの姿を探すがどこにもいない。
カンスィスは実は我々の仲間であり、この灯台の地下にはアジトへと続く洞窟がある。
西ラノシアにはアジトのある「サスタシャ浸食洞」本来の入り口はあるのだが、ここ最近黒渦団により警備が強化されてしまって以来使っていない。
ただ、そこへと通じる隠し通路はたくさんあるので、困っているわけではないのだけれど。

もしかしてバレてる?

一向に姿を現さないカンスィス。
それどころか、人の気配が全くない。
海の方を見ると黒渦団と海賊団の船がたくさん浮かんでいる。
船と船とを係留縄で連結させて、一つの大きな「陸地」を作っていた。
あの様子だと、どうやらスカイバレーでの作戦も失敗に終わったようだ。
もしかしたら、敗戦の色濃さを感じて逃げたのかもしれない。

(やっぱりどこの作戦も失敗しだんだ)

正直なところ、新型爆薬がぎゅうぎゅうに詰まったあの「箱」が爆発しなかったのは私のせいではない。
今思えばそれは、ずっと私のことを見放し続けた神様が気まぐれに私にくれた「贈り物」だったのかもしれない。

私は深呼吸をする。
胸いっぱいに潮風を入れて、そして「はぁっ」と大きく吐き出した。
顔をパンパンっと叩いて気合いを入れる。

誰の為でもない。ここからは私自身の戦いだ。

決して失敗は許されない。

私は決意を胸に、誰もいないブルワーズ灯台の中へと入っていった。

 

アジトへと通じる道を歩いていると、海蛇の舌の団員が慌てるようにこちらに向かってくる。
団員は私のことを見つけると「お前はここで何をしている!」と相変わらず高圧的に声を張り上げてくる。
しかし、動揺しているのかどこか怯えたような目で私のことを見ていた。
私はミズンマストに仕掛けた爆弾が不良品で爆発しなかったこと。
そして黒い入れ墨の男からそのことを団長代理に伝えるように言われてここにいることを話す。


くそっ! どこも失敗かよ!


苦々しくそう怒鳴りながら団員は私の来た道を戻っていこうとする。
「どこへいくの?」と聞き返すと「ななな・・・なんでもいいだろっ!」と酷く動揺していた。

そう……逃げるつもりなんだ。

でも、逃がさないよ。

幸いなことに、周りに誰もいない。
無防備に私に背中を見せる海蛇の舌の男。
私はそっと腰に構えた短剣に手を駆ける。

ヨーイ………ドンッ!

自分の中で戦いの合図をだすと、私はまるで獲物を見つけた蛇のように逃げる団員の背後へと追いつき、飛びつきざまに首めがけて短剣を突き下ろす。
団員は何が起こったのか分からない様子でこちらを見ると、そのままの表情で絶命した。

ふう……

私は刺した短剣の代わりに団員が持っていた短剣を手にして腰にしまう。

もう、後戻りはできない。
進んだ先にしか、私の未来はないんだ。
私にとってはこれが最初で最後のチャンス。

(今までのツケ、全部払わせなきゃ……)

そう覚悟を決めて、再びアジトへと足を進めた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


アジトに入ると、やはり人の姿は少ない。
みな動揺しきっており、不安げな顔をしながらあれやこれやと情報交換しているようだった。

ここに残っているのは祝福を受けていない「純粋な海蛇の舌」の団員達だ。
海蛇の舌の団員にさらわれ、強制的に祝福を受けさせられた者達は、サハギン族の産卵地にある拠点に集められている。
「溺れる者」となった者達の目的はただ一つ。

蛮神「リヴァイアサン」の召喚だけだ。

あれに自由意思はない。だから私にとってはこいつらと比べれば無害そのものでもある。

倒すべき輩は、ここにすべている。

私は堂々とその中に立ち入っていく。
私の存在に気が付いた団員たちは、驚いた表情をしながらも、ただならぬ雰囲気を感じ取っているのか言葉もなく私のことを見ている。
私はその視線を気にすることなく、一直線に団長室を目指した。

ノックなどすることなく、団長室の扉を乱暴に開ける。
すると、こそこそと荷物をまとめている団長代理の姿がそこにあった。


な、なんだ!?


まずいところを見られたとばかりに動揺する団長代理は、入ってきたのが私だと分かると急に態度を変え「おまえはここで何をしている!!!」と怒鳴り散らしてきた。
私はそれに臆することなく、ただ淡々と「花火は湿気っていた。作戦は失敗。」と報告する。
私のその態度にイライラが積もったのか、ドカドカと歩み寄ってくる。
だが私は睨み付けながら団長代理の足元に短剣を投げつけた。
「ヒッ!」という情け声をあげて足を止めると、団長代理は顔を真っ赤にして、

飼い犬のくせにご主人様に牙をむくとはいい度胸だ!!!
お、お前の村のもんを皆殺しにしてやるから覚悟しておけ!!

と、まるで捨て台詞のようなセリフを叫んだ。
でも、いまの私はその言葉に動揺しない。
むしろ顔を伏せ、必死に笑いをこらえた。


そう……
なら私は村の人たちの為にも、あんたらをここで全員始末するだけ。
あんたには感謝するよ。
ここまで私を育ててくれたことにね。
でも、どうせ海蛇の舌もこれで終わり。

だからさ、今までされたこと全部、お前らにお返ししてあげるよ!


私はそう叫ぶと、手にした短剣で団長代理に襲い掛かる。
「くそっ!」と言いながら団長代理は近くにいた奴隷のララフェルを掴むと、盾にするかのように私の前に放り投げた。
私は乱暴に宙を舞うララフェルの女性を抱き留めて、ゆっくりと地面に下ろす。
その隙に団長代理は応援を求めて団長室から逃げるように出ていった。


ここは危ないから、どこか隅にでも隠れてて。
心配しないで、ここに囚われている全員、私が助け出してあげる。


私は奴隷として働かされている人たちにそう告げると、団長代理がまとめていた荷物から程度のいい短剣を取り出して、ゆっくりとした足取りで団長室を出ていく。
後ろからは「ありがとう……ごめんなさい」という鳴き声が聞こえてくる。

人に感謝されるなんていつぶりだろうか。
その言葉に背中を押されるように、私は決意の炎を静かに燃やした。

 

開け放たれた門の奥から、複数の声が漏れだしてくる。
その声は人のものでもなく、獣でもない。
声にならない声をあげながら、まるで泣き叫んでいるような醜い奇声を上げている。

ひたひたと、
ひたひたと、

水にぬれたような湿った足音が聞こえてくる。
それは一人二人ではない。
少なくとも50~60人はいるだろう。

まるで灯りに集まる虫のように、仄暗い門の奥からよろよろとした足取りで、一人二人とその姿を現した。
灯りに照らされ現れた「もの」を見て私はおもわず体を硬直させる。

体はイカともタコともいえるような奇怪な造形をしていて、それでも「元々は人だった」と思わせる面影を残している。
ボロボロにちぎれた服をかろうじて身にまといながらも、体中から生えたうねうねとした触手を不気味に動かしながらこちらに向かってくる。

ひ……ひひっ!
終わりだ……すべて終わりだ、がぁ!!!!

門の近くにいた海蛇の男は異形の人のような者に捕りつかれると、バリバリという耳障りの悪い音を立てながら絶叫を挙げた。

や゛め゛でくれっ! いだいっ! いだいよおっ!

私は目の前で行われているあまりの光景に言葉を失う。
門を開けた海蛇の舌の男は、異形の人型共によって捕食されている。
まるであてがわれた餌のように、闇から現れた異形の人型達は骨の一片も残すことなく海蛇の舌の男に貪りついていた。

そしてすべてを食べ終わった後、不気味に輝く目をこちらに向ける。

(これは逃げないとやられる!)

私は踵を返して一心不乱に走る。
幸いなことに彼らは走れないようだ。
先ほどと同じくゆっくりとした足取りで、しかし確実にこちらに向かって歩き出した。

 

私は大部屋までたどり着くと「化け物が来るぞ!」と大声で叫ぶ。
雑魚の討滅はあらかた片付いているものの、片目の少女との戦闘は依然として続いているようだった。

(たった一人でこの戦力と立ち向かっているのか……)

さすがのラタタも忌々し気な目を少女に向けている。
ウィズンルーンの全身鎧はボロボロで、何度も盾となっていた証拠だろう。
しかし、損傷がひどくこれ以上は持ちそうにもない。

余裕を見せる少女はどこか今までの少女と雰囲気が違う。
絶望に死んだ表情ではなく、その目にはどこか希望のようなものをたたえている。
しかし彼女が海蛇の舌を裏切ったというのなら、これ以上戦う必要はない。
私は少女に向かって必死に叫んだ。


海蛇の舌はもう終わりだ!
お前を縛る鎖は断ち切れた!
だから抵抗はよせ!
でないと……

化け物に喰われるぞ!


だが、叫ぶ私の声は少女に届かない。
依然としてラタタに敵意を向ける少女。それはどこか「戦いを楽しんでいる」というような感じだった。

結局、私の忠告虚しく、隠し通路から異形の人型一人二人と姿を現し始める。
その醜い造形の姿をみたものみな、動揺を隠せない様子だった。


な、なんだあれは!?


溢れだす異形の人型は、喉を鳴らしながらまるで獲物を探すように見渡すと、一斉に我々に向かって襲い掛かってきた。


捕まれば喰われるぞ!
足は遅いから距離をとって足を潰せ!!


私は必死に叫んで指示を出す。

ん? あれは!?

異形の人型の一人が、先ほどの海蛇の舌の斧を手に持っている。
ただ拾っただけなのかどうかは分からないが、そのものはイエロージャケットのような黄色い制服を着ていた。

あいつは……

ウィズンルーンもそれに気がついたのか、どこか悲しそうな声を上げて斧を持った人型をみた。

(まさかあれは……おやっさんの息子さんか!?)

私はウィズンルーンに問いただすと、目を伏せながらゆっくりと頷いた。


まちがいねぇ……あの化け物が来ている制服は正式なもんじゃねえんだ。
あいつがレイナーの小言を押し切ってまでこだわりぬいた古い制服なんだ。
あれを着ている奴なんざ、あいつ以外になんていねえ。

ぐっ!!

私は唇をかみしめる。
ここにいる異形の人型は海蛇の舌によって拐われた、

奴隷たちだったのだから。


異形の人型に目を奪われ、隙をさらしていたにもかかわらず片目の少女は襲ってこない。
それは私たちの動揺と同じように、片目の少女の様子もおかしくなっていた。

あ・・・あぁ・・・あぁあ・・・・

口をパクパクとさせ、目はきょろきょろと迷わせている。
まるで現実を受け止めきれないといった感じで、激しく動揺していた。

異形の人型の一部は、片目の少女のことを見つけるとズリズリと音を立てて寄ってくる。
私たちは巻き込まれないように距離をとる。
じりじりと後ずさる少女の周りをいつしか異形の人型たちは取り囲んでいた。

くそ……あれでは!

助けに入ろうにもあれだけの数に囲まれてしまえば助けるすべもない。
しかし、少女を咀嚼する耳障りな音は一向に聞こえてこない。
その代わり、人の声にも似たつぶやきが耳を冒す。

だ・・・ず・・・げ・・・げ・・・・・・
い゛・・・・や゛・・・・だ・・・・
じ・・・に゛だい゛・・・・

言葉にならない音を立てながら、異形の人型は少女に呪言を浴びせる。

(あれは……もしかして少女の村の者達……?)

片目の少女の故郷「召喚士の村」から消えた村人達。
人質にされていたであろう村人たちは、少女の知らないところで魔物に変えられていた。
その現実に、その少女が耐えきれるわけはない。

突然、少女に群がる異形の人型の中心が光り出す。
そして、

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!

という少女の絶叫と共に、
光は爆発した。

 

第六十七話 「激動への序曲」

クジャタとコボルド族が去った後、私はイエロージャケットと斧術士ギルド、そして応援に駆け付けた「猟犬同盟」達と共にけが人の手当てに追われた。回復魔法が使える巴術士がいればいいのだが、残念なことにその姿は無く、持ち合わせのポーションと傷薬で応急処置を施していく。
幸いなことに、これだけ甚大な被害が出たにもかかわらず、死んだ者がいなかったことは奇跡に近い。
それは民間人の迅速な誘導と、機転を利かせた冒険者たちの立ち回りのうまさがあったからに他ならない。

(私は役に立つことができたのだろうか)

その問いが、常に胸の中を駆け巡っている。
ウィズンルーンは私のおかげと言ってはくれたが、命を賭して戦った彼らの方が輝いて見える。
あの後少年は泣きつかれたのか、張り詰めていた糸が切れるように気を失った。
だが少年の思いはクジャタにきっと届いたはずだ。

例え理不尽を前にしても、決して信じることをあきらめなかった少年の姿が私の心に刺さる。私が迷いそして見失いかけたものを、少年はその小さな体で最後の最後まで守り続けたのだ。

(弱いな、俺は……)

半ば自暴自棄になりかけていた自分の心に、ポッと熱い魂が再び宿る。
そうだ……誰の為でもなく、私は自分の信じる道を進み通せばいいのだ。


大体の指示を終えたヴィルンズーンが私のもとに戻ってくる。
ウィズンルーンは私の顔を見ると、なんだかとても意外そうな顔をして、


どうした?
なんだかさっきと違うな。


と笑いかけてきた。
私はそこまで違うかなと思いながらも笑い返すと、


さっき連絡が入ったんだが、モラビー造船廠の方も何とか襲撃者の鎮圧に成功したそうだ。
今は街中の火の消火に手間取っているらしいが、港だからな。
消火する水には困らないだろう。
ヴィクトリー号も大分破損したそうだが、爆破による沈没は免れたみたいだ。
黒渦団に何人かの犠牲は出たようだが、民間人含め造船師たちはみな無事ということだ。


私はヴィルンズーンの話を聞いて顔を青ざめた。
いまさらながら「軍艦に搭載した砲で港に集まる賊を撃つ」という随分と乱暴な方法を提案してしまったことに身が震える。もし黒渦団にでた犠牲者がその砲撃に巻き込まれたせいであるとしたら、責任の一端は私にもあるだろう。

「戦いに犠牲はつきもの」

それは正論ではあるが、決して安易に認めてはいけない。

(そう言えば……)

私はヴィルンズーンにあの黒い入れ墨の男と密会していた不審者が切り立った岩陰から出てきたことを伝える。


なに? 岩陰から?
確かあの男は海蛇の舌の一員だって話だよな。
ってことは、そのあたりにアジトに通じる抜け道があるってことか!?


ヴィルンズーンは驚きながらも顎に手をあてながら思案する。


いま西ラノシアはサハギン族と海蛇の舌共が共同で防波壁を越えるために侵攻をしているらしい。とすれば、アジトが手薄になっている可能性も高いということか。
たしかサスタシャ浸食洞の奥にある「霧髭のアジト跡」を根城にしているのではないかと噂されているが、入り口を守る魔獣共に阻まれて未だ突破できていない。


私は、もしサスタシャに溢れる魔獣共が先ほどの黒い入れ墨の男によって管理されていたとすれば、男亡き今状況は変わっているかもしれない。
また不審者が出てきた岩陰に隠れた入り口があるとすれば、そこは海蛇の舌だけが知っている「安全なルート」かもしれないことを伝えた。


そうか!
よし! お前、至急リムサ・ロミンサに戻ってレッドルースター農場の襲撃は鎮圧したことを伝えるとともに、黒渦団に応援を要請してこい!
数は集まるだけでも構わん。浸食洞の前に集合させるようにいってこい!
こっちで動ける奴は何人いる!?

俺たちは全然いけるぜ?
駆けつけた時にはもう終盤だったから、正直物足りねえぐらいだ。


そう言って猟犬同盟の面々が集まってくる。
その中には大立ち回りを繰り広げていたララフェルの少女の姿もあった。
先ほどまでとは打って変わって、どこかを見ながらぶつぶつと何かを呟いている。

結局、猟犬同盟の他斧術士ギルドのメンバーと鎮圧に駆け付けていた冒険者達が、海蛇の舌のアジトへの侵攻作戦に集まった。
イエロージャケットは大きく傷ついたレッドルースター農場の普及とけが人の搬送のため現地に残ることになった。


おまえもくるんだろ?


黙ったまま何も言わない私にたいして、ヴィルンズーンは一本の斧を私に差し出してくる。少し戸惑う私に、


英雄ってのは最後まで尻を持たなけりゃならねえんだ。
それにお前は「親父さんの斧」見つけなきゃならえんだぞ。
最後までやりきる覚悟を決めたんなら、俺はお前にとことん付き合ってやるぜ?


そう言って笑いながら強引に私に斧を押し付けた。
すると仲間の斧術士の男が、


アニキ!
格好つけセリフを吐くのは構わねえが、右目を腫らしたまんまじゃしまらねえぜ?
まるで奥さんに殴られたときのアニキ見てえだ!

と叫ぶと、周囲で笑いが起きる。
確かに先ほどはあまり気にならなかったが、私が投げた石がぶつかったと思われる左目のあたりがぷくりと腫れていて、変な顔になっている。


う、うるせえ!
こんな時に嫁のことを思い出させるんじゃねぇ!
せっかくの気分が台無しになるじゃねえか……


そう言いながら、ヴィルンズーンは斧術士ギルドのメンバーに指示を出すと、手渡された仮面を装着した。
頭から顔全体までを覆う非情に暑苦しいその仮面をかぶったヴィルンズーンは「やはりこの仮面をかぶると落ち着くなっ!」と籠った声で笑っていた。

(息苦しくないのだろうか……)

私はどうでもいい心配をしながら苦笑する。
本当にこの男には敵わない。
どんなに困難な状況でも、見方でいてくれる人がいるというだけですごく心強い。

私は手渡された斧を背中に背負い「仲間達」と共にアジトに続くであろう「隠し通路」を探しに向かった。

 

さて…
こっからどうすっかな?


双剣士の女を人質にとり、あのガキを逃がしたまではいいがその先については実はノープランだ。
俺自身別にとっ捕まったところでなんの害もねえが、自由を奪われるというのは俺の主義に反する。
見せしめにこの女を殺してもいいが、その後こいつらから逃げ切れる自信はねえし、この女を連れて「徒歩」で逃げるのも正直面倒くせえ。
耳を澄ませても未だ獣の気配は感じない。

(とりあえず、時間稼ぎのために煽るだけ煽っとくか)


さて、双剣士ギルドの諸君。
あーー、この女の命がおしくば、俺をここから逃がしてくれないか?


あまりにも棒読みな口上に、双剣士ギルドの面々はきょとんとした顔をしている。双剣士のリーダーと思わしき若い男はあきれた声で、


バカかお前は。
「はいわかりました」と言って逃すと思うか?

それもそうだよな。
おれも馬鹿なこと言ったよ。
しかたがねえ、せっかくだからこの女を道連れにして死んじまうか。


そう言って俺は女の首を腕でギリギリと締め上げる。
女は声にならない声を上げながら苦しそうにあえいでいる。
その間に双剣士の男はキョロキョロと視線を動かしながら「まて、少し話をしようじゃないか!」と叫んできた。
片方の手を私の死角になるように後ろに回している。
多分あればどこかに潜んでいる仲間に指示を出しているのだろう。

(あっちも時間稼ぎか……なら、ここだとちょっとあぶねえな)


話し合いで何とかなるならこっちもそれに越したことはねえ。
お互いにとっての妥協点ってやつを見つけ出そうぜ。


そう言いながら腕の力を弱める。
すると首を絞められていた女がゲホゲホと咳き込んだ。
俺は女を引きずるようにしながら、背面と側面から襲われないような場所へと移動した。
袋小路のようなここではもはや私に退路は無い。

しかし、死角からの攻撃ができないここであれば、相手にとっても手詰まりとなる場所である。
攻め手を失った双剣士の男は舌打ちをしながら質問をしてくる。


ちっ……おまえ、海蛇の舌の奴だな。

なんだ、随分と当たり前のことを聞くな。
そんなこと、とっくの昔に調べはついてるんだろ?

……今起きている襲撃はすべてお前らの仕業か?

だとしたら?

なぜこんなことをする。
お前らはサハギン族の軍門に下ったはみ出しもんだが、人の国がなくなればお前らの居場所もなくなるんだぞ?

んーー、一つ間違ってるな。
海蛇の舌ってのははみ出し者の集団だってのはあってる。
人から略奪することでしか生きるすべを持たなかった馬鹿どもだ。
だが、サハギン族の軍門に下ったってのはちょっと違う。
今でこそサハギン族によって祝福を受けた「溺れた者」が増えてるのは事実だが、初期メンバーは祝福を受けていない者が多い。
これがどういう意味を持っているかわかるかい?

…サハギン族とは対等ってことか?

正解。というのはもはや建前だがな。
リヴァイアサンという存在はお前らに対抗できる唯一の武器だったんだよ。
海蛇の舌はそれにすがったんだ。
はみ出し者という烙印から脱却するため、徹底的な破壊から新しい「秩序」を生み出そうとした。
バカはバカなりに考えているだろ?

そんな奴らに国を動かせるとは到底思えんがね。

その通り!
力による革命って奴は、目標と過程に目が行くばかりでその後のことなんか何ら考えちゃいなんだ。
結局混乱をもたらすだけで何一ついいことなんてないことに誰も気が付かない。
だから海蛇の舌も理想に燃えるあまりに現実から目を背け、対等だと思っていた関係もただただ利用されていたことに気がついてもいなかった。
最近やっと気がついたようだが、時すでに遅しだったがな。

……おまえ、海蛇の舌の一員じゃないのか?

心外だな、一員だぜ? 「溺れる者」ではないがな。
命を張ってリヴァイアサン様の為、サハギン族様のために四方八方に駆けずり回る毎日さ。

嘘だな。命を賭けさせていたのはあの片目の少女のだろ?
お前はなんもしちゃいない。

あれは「悪党」として最高の逸材だ。
育てがいのあるやつには経験を積ませなきゃならねえしな。
だが、どうやら少しここで綻んでしまったようだが。


俺はそう言って奥の方で抱きかかえられているイエロージャケットの女を見る。


どちらにせよ、お前らのたくらみは失敗したんだ。
素直に投降してすべてを吐けば、命ぐらいの恩赦が与えられるかもしれねえぜ?

はっ! あり得ねえこと言うなよ。
俺がお前らの仲間をどれだけ屠ってきたかわかってんのか?
略奪・奴隷売買・強姦・殺人。
ありとあらゆる悪事を侵してきた俺に恩赦を与えるような「軟弱者」なんざ逆に信用できねえよ。
所詮この世の中は「強者」か「弱者」かの二つしかねえんだ。

「死んだ方が負け」

そんなシンプルなルールで十分だ。
さて……おしゃべりの時間はそろそろここまでにしとこうか。
あんたらのお仲間の配置も終わったんだろ?
たとえ気配を殺そうとも、俺を仕留めようとする気配がビンビンに伝わってくるぜ。
俺自身ここで死ぬのは別にいいんだがな。

だったら御託はもういいから素直に死んでくれねえかな。

まぁそんなにイライラしなさんなって。
ここでこの女を殺されて、怒り狂うお前らにめった刺しにされるってのも一興だが、残念だがもっと面白いことが待っているんでね!

瞬間、空の上から一匹の魔獣が落ちてくる。
その巨体の獣は、俺と双剣士の間を分かつように立ちはだかると、咆哮を上げた

!!!!!?

獅子の体に生えるヤギと竜の頭、そして蛇の尾に蝙蝠のような羽をもつ異形の『化け物』。
まるでこの世のものとは思えないそのちぐはぐな造形は、ある意味で芸術品を思わせる前衛的な美しさがある。


何だこいつは!?


双剣士たちは化け物との距離を一旦あけながら、短剣を投擲する。しかし、固い皮膚に守られるようにナイフはことごとく弾かれた。
獅子が咆哮をあげると竜頭の一つが炎を吐き散らす。
双剣士はそれを避けるようにちりじりに散開した。

話に付き合ってくれてありがとなっ!
おかげで「奥の手」が間に合ったぜ。

高笑いをしながら俺は化け物の顔をなでる。
化け物はグルルと喉を鳴らしながらも気持ちよさそうに声を上げた。
こいつはザナラーンに行った時に見つけた掘り出し物だ。
自然界では存在しないようなつぎはぎのような成りをしているところを見ると、人の業によって生み出され、失敗作として破棄された獣のなれの果てなのかもしれない。
いつの時代から生きているのかはわからねえが、飼い主なら最後まで面倒を見るのが筋って奴だろうに。
正直手懐けるのは骨がいったが、頭の中身は犬程度の知能しかなく、一旦落としてしまえば懐くのは早かった。


さて、形勢は逆転ってところかな。
まだしゃべり足りないことがあるのなら聞いてやるが、どうする?


俺はニヤニヤしながら双剣士の男に話しかける。。
双剣士の男は苦々しい顔をしながらも、メンバーに色々と指示をしながら対策を練っているようだった。

(ここでこいつらを殺してやってもいいが、せっかくの舞台があるのだからそこに招待してやるか。観客は多ければ多い方が盛り上がるってもんだしな!)

拘束していた女をグイッと引き寄せ、

『サスタシャに来な』

と耳元で囁く。
そしてまるでコマを回すように女の拘束を解くと、キマイラに飛び乗り空へと飛びあがる。
下からナイフが投擲されるが、キマイラの羽ばたきによる風圧を受けてこちらに届くことなく地面に落ちていく。

(さて、最後の舞台の幕を開けに行くとするか)

小さくなっていく双剣士共の影を見ながら、サスタシャまでの空の旅を楽しむ。西ラノシア、スカイバレーのあたりからは未だ煙が立ち上っている。
しかし前線は変わらず防波壁周辺であるところを見ると、リヴァイアサンの召喚はまだ成っていないようだ。

(何をもたもたしてやがんだか……)

リヴァイアサン召喚の儀ははサハギン族によって行われる。
召喚の準備は既に整っていたはずで、侵攻が始まった時点で神おろしが行われるはずだった。
サハギン族が渋っているのか、召喚できない事情があるかはわからない。
あそこはエルムスイスが作戦の指揮を行っているため、俺は管轄外だから近寄るわけにもいかない。
どちらにせよ、レッドルースター農場の襲撃とタイタン召喚は失敗に終わり、肝心要の「ミズンマスト」の爆破も不発というふがいない結果に終わった。
例えリヴァイアサンの召喚が成ったとしても、作戦は既に失敗しているのである。

(すんじまったことに後悔しても仕方がねえ、ここはあのガキの「可能性」に期待しようか)

まだ少し仕込みは足りないような気がするが、代理の奴がどうやら「封」を解いてしまったようだ。
あの場に残されていた「契約の短剣」。
あれはアイツを縛る「証」ではなく、「封」が解かれたことを知らせる「印」。

もしかしたらだが、それがあるからタイタンも弱く、リヴァイアサンも召喚されていないのかもしれない。

(結局はあのいけすかねえ商人の手のうえだったか。)

次元の穴から妖異を呼び寄せ、自在に姿を消す「人ならざる者」。
海蛇の舌をかどわかし、サハギン族をも手玉に取る。
ガレマール帝国の偽装船から「箱」の部品をわざと盗ませ「箱」の正体をリークし、爆破を企てさせる手腕。

あの優しげな商人の姿は、すべてを騙す虚身にしか過ぎないのだろう。

(しかし、閣下はなぜあのような怪しい者と……まてよ、もしかしたら覚醒したアイツを喰わせるつもりか?)

俺はリンクシェルを耳に当てて呼び出しをかける。
だが、いくら待っても応答はない。

(捨てられたか? いやしかし……)

ここ数日、目立った動きは無いはずだ。
ザナラーンの基地から移送されたという報告もない。
なによりあのデカいものがここに運ばれれば、嫌がおうにも噂が立つはずだ。

(俺も知らない「何か」があるということか?)

俺は変な胸騒ぎを感じながら、急ぎアジトのある「サスタシャ浸食洞」へと向かった。

 

何とか倒すことができたわね……

ハァッ…ハァッ…と荒く息を切らせながら、重たい体にムチをうち、ゆっくりと立ち上がる。
マグマに囲まれ、身を焦がすような灼熱の大地。
喉はからからに乾き、吹き出していたはずの汗すらもう出てこない。
周りを取り囲んでいたコボルド達は主であるタイタンが倒されるやいなや、一目散に逃げ出した。


早くこの場を離れましょう。
でなければ、私たちも死んでしまうわ。


オ・ゴロモ山の山頂にほど近い洞窟の中で、私と冒険者達はコボルド族によって神おろしされた蛮神「タイタン」の討滅を行っていた。
コボルド族の落ちこぼれ集団「第789洞穴団」とのパイプを持っていたスケートスィス少甲士の手引きのおかげで、私たちは何とか召喚強度が弱いうちにタイタンの討滅に成功した。
彼らの目的は自分たちの序列向上にあり、タイタン召喚により他のグループの地位を挙げてしまうことに恐れた落ちこぼれコボルド達に、使用済みで廃棄される「くず鉄」の支給を条件に、召喚場所へと通じる蛮族エーテライトまでの道案内を依頼していたのだ。
シルフ族は例外として、蛮族というとどこか人と敵対するイメージがあったが、こう話してみると彼らもまた自分の住処を守るために必死に戦っていることが分かった。

(どちらかというと、彼らを脅かしているのは人の方かもね)

そんなことを思いながら、私は冒険者と共に山を下りた。

 

ゴクッゴクッゴクッ……ぷはぁ!!!
生き返るわっ!!

オーバールックキャンプ地へと戻った私たちは、暑さで失った水分を取り戻すように水を飲む。
人の体8割は水でできているというが、なるほど「水」が命の象徴であることを今更ながら実感できた。


タイタンの討滅、お見事だぜっ!


オーバールックキャンプで、コボルド族との最前線を預かるブルーエイディンが拍手をしている。
私は「礼ならここにいる冒険者たちに言いなさい」とそっけなく答えると「相変わらずクールな女だぜ!」と笑って答えた。
思えばエーテルの異常反応によりタイタンが召喚されたことが分かってから、冒険者を集めタイタン討滅を成しえた経験を持つ「元海雄旅団」を探しだし、タイタン討滅に関する情報をもらい、蛮族エーテライトに改造を施して神降ろしの場への道を切り開いた。
落ちこぼれ軍団が色々と同族達の足を引っ張ってくれたおかげで準備不十分で召喚されたタイタンだったものの、それでも一歩間違えば「死」が待っているギリギリの戦いであった。


だが、低地ラノシア方面に向かった奴らのことが気になるな。
クジャタの声も聞こえたとなると、奴らと共に行動している可能性が高い。
レッドルースター農場は今どうなっているのやら。

無事であればいいけれど……
少し休憩したらそちらに向かいたい。
タイタン討滅の後で申し訳ないのだけれど、みないいかしら?


私は休む冒険者達に願うと、快く受けてくれる。

(本当に、このラノシアは冒険者達に守られているわね)

私は冒険者達に「ありがとう」と伝え、つかの間の休息をとった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

エインザル様!
エールポート付近に展開中の海賊船が爆沈されています!

バカ共が。功を焦り指示を無視して先行するからだ。
周りに浮かんでいる小型船はなんだ?

ハッ! 報告によると商船のようでエールポートから脱出したものと思われます。
その中に爆弾を積んだ船が混じっているようで、思うように対応が取れていないようです。

ふんっ
黒渦団艦隊はこれより小型船を一掃し、制海圏を奪取する!
単横陣を取りながら各船前方の小型船をすべて補足せよ。
いまならいい感じに海賊共の船が燃えているからみやすいだろ。
補足完了後、全艦は今爆沈した海賊船の後方、200ヤルムのあたりに前門砲により一斉射撃。
慌てている馬鹿どもにこちらに目を向けさせろ!
その後すぐに通信士は海賊団連中に「後退」指示を打診。そこまでやっても気が付かない奴は放っておいて構わん!
そんな奴らは海で戦う資格はなかったってことだ!

後退してくる海賊船と入れ替わった瞬間を狙い、陣形を単縦陣に。
片側全門を一斉砲撃し、補足した小型船に鉄玉をぶち込め!
行き足は絶対に止めるなよ

し、しかしそれでは民間人が……

馬鹿野郎!
この混乱の中に狡猾な商人どもがいるわけなかろうが!
何故この混乱の中エールポートが無事なのか考えてもみろ!
相手の目的は「陽動」と「足止め」。
船に乗っていた奴らはどうせサハギン族の手を借りて爆破前に船から逃げ出しておるわ!
一切の手心は不要! 一隻たりとも逃すなよ!

ハ、ハッ!

その後サハギン族共が船に強襲をかけてくるかもしれん。
甲板員は銃をもち、一匹に対して複数で対応しろ。
焦る必要はない。しっかり頭を狙い打て!
モラビー造船廠から双胴船は到着しているか?

い、いえ……姿は見えません。

く……ひょっとしたらモラビー造船廠も襲われているか。
仕方がない。小型船の掃討が完了し次第、海面変動に注意せよ!
リヴァイアサンの姿を確認したら各々の判断で散開!
エールポートに逃げ込め!
あそこには冒険者が待機しているはずだ!
船を固められれば足場にもなる!

今のうちに通信士はエールポートに民間人の全員退避を勧告しておけ!
黒渦団員は防波壁の上にある砲門を準備しておけとも伝えておけ。

~~~~~~~~~~~~~~~~


ヴァ・ケビ! 大丈夫か!!


地面にうずくまったまま動かないヴァ・ケビに駆け寄る。


う…うん、大丈夫。
ごめん……油断しちゃった。


ヴァ・ケビは体を起こすと、自分の腕をさすった。
縄のようなもので縛られていたところが赤く腫れている。
どうやら縛られていただけで特になにかをされていたわけではなさそうだ。
俺はヴァ・ケビの無事に胸をなでおろしながらも、頭上高く舞い上がっていった異形の獣の姿を目で追った。

(あれは一体……)

少なくとも、ラノシアでは見たことの無い魔獣。
「自然界によって生み出された」と言う感じではなく、人の手によって強引に作られたようなちぐはぐな化け物だった。


ジャック、あいつなんだったの?

多分だが、ひんがしの国のさらに東に広がる大海の先にあるとされるヴァナディール大陸にいるとされる獣使い「ビーストテイマー」ってやつだろう。
分かつ国であるあの大陸からどういう経緯でこっちに流れてきたかは知らねえが、獣共の使役にたけた一族がいるって話は聞いたことがある。
ただ、あの化け物については俺も分からねえ。

ジャック、あの男私を開放するときに「サスタシャに来い」って言ってた。

サスタシャ?
海蛇の舌のアジトがあるとされるあの場所か?

うん。それ以外は何も言わなかったけど。

……どういうことだ?
自分自らアジトの場所をバラすなんてな。
……罠…か?


俺は腕を組んで考える。
あの男は自分を海蛇の舌の一員と言っていたが、あの話しぶりからするとどうも一線を置いているような気がする。
海蛇の舌に所属しながらも、別の何かによって動いているような。
あれはスパイと言うよりは「利用している」立場にあるような物言いだ。

リムサ・ロミンサを追い詰めることに理のある組織といえば……

まさか! 帝国か!!

俺は双剣士ギルドメンバーに撤収指示とアジトでの戦闘待機を命じると、巴術士ギルドまで走り出した

第六十六話 「迷いと戸惑い」

ちっ……久々だったがやっぱり慣れねえな。
しかも、まさかここかよ。

後ろを振り返りながら上を見上げる。
そこには立派に装飾された大きな結晶体が淡い光を放ちながらそびえたっていた。
さすがは都市中心のエーテライト。
広場として綺麗に整備されていて、サハギン族の奴らのところとは全く違う。
まあサハギン族の奴らのアレはそもそもの目的が違うが。

 

ここリムサ・ロミンサに入るのも随分と久しぶりだ。
見知った顔の奴に会わないために俺はあえて近寄ることはなかった。

変わらねえなぁ……ここは。

ゆっくりと立ち上がり周囲を見渡す。
普段は賑わっているであろう広場に人影は少ない。
どうやら計画はうまくいっているようだ。

レッドルースター農場の襲撃は多分失敗に終わっただろう。
クジャタの奴も俺の笛無しではもう戦うことすらできなかっただろうし、コボルド族も機をみて逃げ出しそうな雰囲気だった。
何よりも、冒険者共の参加が誤算中の誤算だ。
他の国の動乱と歩調を合わせたつもりだったが、ここまで早く冒険者達が戻ってきているとは思わなかった。

まさかタイタンまで抑え込まれるとはな。
少し仕込みが足りなかったか。

熟練冒険者が戻ってきていたとはいえ、そいつらで抑え込める程度だったとすれば、召喚強度が弱かったことの表れだ。
サハギン族とは違って人を祝福させないコボルド族では「信仰心」が足りなかったのかもしれない。

(だが、こっちは作戦通りには進んでいるようだ)

ここからでは西ラノシアやモラビー造船廠の作戦が成功したかどうかは知ることはできないが、ここまでリムサ・ロミンサの警備が薄くなっていることを考えれば、計画通りではある。

(しょうがねえ、様子を見に行くか)

もし滞りなく「箱」が設置されているのであれば、私もここから逃げなければ爆発に巻き込まれてしまう。
だが思っていたよりもリムサ・ロミンサ側の対応が早いことを考えると、この先も何が起こるか予想ができない。
多少のことであればアイツ一人で対処は可能だとは思うが、今回の作戦の一番の胆である「ミズンマストの爆破」は是が非でも成功させなければならない。

俺は冒険者を装いながら、指定ポイントへと向かった。


~~~~~~~~~~~~~~~


あぶねえあぶねえ、やっぱり来てよかったな。
世の中にゃ完全ってことはあり得ねえと。
だが、もうクライマックスだったか。
飼い主として、アイツの雄姿を見届けてやるか。
命一個ぐらい、お前に付き合ってやるよ。


ガキは双剣士ギルドのメンバーに囲まれている。
体にはナイフが刺さったような傷が無数にあるが、幻獣に自分を守らせしっかりと立ち箱に手をかけていた。

ん?

ガキは涙で顔を濡らしている。
視線の先を見ると、そこにはイエロージャケットの女がいた。
イエロージャケットの女もまた顔をくしゃくしゃにしながら、必死に叫んでいる。

まさか知り合いか?
まずいな……アイツ躊躇するんじゃ。

そう思い自分も箱の方へ駆け寄ろうとしたとき、覚悟を決めたのかガキが目を伏せて箱のボタンを押す姿が見えた。

くっ!!

咄嗟に衝撃に備えるよう体を縮こませる。
まさか一日に二度死ぬことになるとは思わなかった。
まあこの爆発に巻き込まれたら一瞬で死ぬだろうから、楽ではあるのだが。

………あれ?

いくら時間がたっても変化が無い。
ひょっとしてもう死んじまったんじゃないかと思い目を開けたが、先ほどと変わらない光景が広がっていた。
不審に思い箱の方を見てみると、ガキは驚いた表情をしながら必死にボタンを押している。
しかし何度押しても「箱」はうんともすんとも言わなかった。

くそっ! 不良品かよ!!

爆発しないことに気が付いた双剣士達が物陰から姿を現し、ガキの周りを包囲し始めた。
ガキは箱から離れながら後ろに後退するが、その先にあるのは高さの無い岸壁の端だ。
一点突破以外の逃げ場所は無いが、双剣士の包囲網は突破できないだろう。
場所的なことを考えても、今回ばかりは「死して逃げる」ことはできそうになかった。


たく、しょうがねえな。


腰から笛を取り出して口にくわえると、俺は大きく息を吹いた。
使役する獣共はレッドルースター農場の近くに待機させていた。
そこから遠く離れるここからの音を奴らが気が付くことができるかどうかいささか不安ではあったが、今は信じることしかできないだろう。

俺はガキに目を奪われている双剣士の奴らの背後に回り、機をうかがう。
するとガキは俺の存在に気が付いたのか、一度こちらを見るとすぐに視線を元に戻し、幻獣を盾に守りを固めた。

双剣士ギルドの一人の男がガキに向かって何かを話している。
どうやらアイツが双剣士ギルドのギルドマスターのようだ。
ふとその隣に立っていたミコッテの女が、俺の気配に気が付いたのかこちらを振り向いた。
私は咄嗟に身を隠したが、気が付かれてしまったかもしれない。

(かえって都合がいいかもしれねえな)

気配を消しているものを特定するのは難しい。
だが、気配が感じ取れないのならば、逆に誘い込めばいいだけだ。
そもそも、俺の目的は見つからないことではない。
逃げることだ。

アイツらのすばしっこさを考えれば、動かれる前に拘束しなければならない。剣や槍では躱されてしまうだろうし、弓術士や呪術師では対象を捕らえてからの予備動作が必要。

(だが、俺の武器はちがうんだなぁ)

俺は息をひそめながらわずかに聞こえてくる足音に集中する。

あと5歩……あと4歩……あと3歩……

腰につけていた「鞭」に手をかけ、振るう準備をする。
わざわざ敵の前に身をさらす必要はない。
俺の目的は「拘束」。

リーチが長く、360度自在に動く鞭の軌道から逃れることはできないだろう。

あと2歩……あと1歩…………

いまだっ!

姿をさらすことなく、物陰から繰り出される鞭は、確実に双剣士の女の体に巻き付いた。
まるで縄でグルグル巻きにされているように腕ごと拘束された女はなんの反撃もできない。
逃げようと抵抗する女を強引に引き寄せて、首を腕で締め上げる。
そして女の腰にある一本のナイフを手に取って、女の胸に押し当てた。

 

おっと! この女の命が惜しくば動くんじゃねえぞ?

仲間の一人が捕らえられ、一瞬私から目を離した双剣士ギルド達の隙をついて一気に魔力を幻獣に注ぎ込む。
そして突然響く「パンッ!」という破裂音に混乱する双剣士ギルドの脇をすり抜けるように走り出し
そして難なく黒い入れ墨の男の後ろにたどり着き、構えをとる。

(おねえちゃんはっ!?)

混乱の中で体勢を整え直す双剣士ギルドの中から、おねえちゃんの姿を探す。

(いたっ!)

おねえちゃんは気を失っているのか、ぐったりとした様子で双剣士ギルドの男に抱きかかえられている。
私は何もしていないし、暴れないよう当て身をあてられてのだろうか。
私としてはその方がかえって安全なのでホッと胸をなでおろす。

再び幻獣を現出させて、戦いの構えをとる私に対して黒い入れ墨の男は、


ここは俺が引き受ける。
お前はアジトに戻って代理に報告してこい。

『花火は湿気ていた』ってな。

(珍しいこともあるもんだ)

いつも私にやらせてばっかりの男の口から出るセリフとは思えない。
人質をとったとはいえ、この状況をどうやって切り抜けるつもりかは分からない。
ただ基本的にリスクを侵さない男だけに、何かしらの奥の手を持っているのだろう。


……わかったけど、一人で大丈夫なの?

はっ! ガキンチョのお前に心配されるたぁ、いよいよ俺も焼きが回ったな。
心配無用! そもそも俺らはそういう関係のはずだ。
あとな……俺もあの冒険者に会ったぜ?
どうやらうちの間抜けの後をつけていたらしい。
もしかしたら「アジト」を嗅ぎつけられるかもしれねぇ。
そうそうに排除にむかえ。


冒険者の男……。
やはりあの男は私と同じなのだろうか。
なんにせよ、もう一度殺してみればわかることだ。

私は小さく頷いて幻獣を霧散させた後、周囲を一度確認して建物の影に入りながら逃げた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


おねえちゃんの無事を祈りながら、私はリムサ・ロミンサの街中を慎重に駆け抜ける。
警備が少し戻ってきているのか、先ほどに比べると街中が随分と慌ただしい。
警備で駆け回る黄色い制服連中の姿を追ってみると、どうやら不審者を見つけては容赦なく尋問をしているようだ。

(逆に怪しまれるか……)

私は着ていた血だらけのローブを脱ぎ捨て、家の外に干されていた服を拝借する。
片目を隠すように包帯を巻いて、あたかも町人であることを装いながら街の中心を堂々と歩く。
子供であるが故なのか、黄色い制服連中は私を見るものの声を掛けてくることはない。

(ちょっと情報が欲しいかな……)

私は冒険者ギルドの前でワイワイと話し込んでいる冒険者の集団に声を掛け、今のリムサ・ロミンサの状況を聞いてみることにした。
冒険者は話しかけられたのが子供である私だったことにビックリしながらも、特に不審がることもなく状況を教えてくれる。
無警戒なところを見ると、どこかから応援で駆けつけた者達なのだろう。

(なんだ、作戦はどこも失敗してるのか)

冒険者の話によると、スウィフトパーチ襲撃は同集落内にある宿屋に宿泊していた冒険者によって足止めされ、ドードーの処理の終わったイエロージャケットたちと合流を果たすと一気に押し返したらしい。
カイバレーの方は初めの勢いこそ凄かったものの、思いのほかサハギン族の侵攻が弱くしばらく膠着状態が続いていたが、黒渦団の艦隊が先行していた海賊団の船と合流すると、見事な艦隊運動により周辺海域にいたサハギン族および海蛇の舌の一団は一掃され、沿岸からの艦砲射撃によりサハギン族の前線は壊滅。
それ以降小規模な衝突は行われるものの、お互いに睨み合いが続いているとのことだった。

モラビー造船廠の情報はまだ入っていないようだったが、黒い入れ墨の男がここにいたってことはレッドルースター農場の襲撃は成功したんだろう。

(劣勢ってことかな)

バイルブランド島全土を巻き込んだ一大作戦は、万全を期したはずなのに次々と失敗に終わっている。
それは相手を舐めすぎていた結果なのかもしれない。
独立独歩が強くまとまりのないリムサ・ロミンサは、各所に戦力をばらけさせれば取るに足らないと予想していた。
しかしリムサ・ロミンサの危機と分かった途端に各所の連携が強化され、一体となって襲撃鎮圧に動いた。

あそこであの「箱」が爆破していれば、状況は一変していたのかもしれないけど。
おねえちゃんを殺してしまうことにならなかったことにホッとする。
あれは私のミスではない。「箱」の組み立てに失敗した海賊連中の失態だ。

(おねえちゃん……大丈夫かな)

人質を取ったにせよ、一人で複数の双剣士を相手にするのは無理がある。
例え奥の手があったとしても、あの男だからこそ正面からやり合うこはしないだろう。
殺し殺されの仲である双剣士ではあるけれど、今回ばかりはおねえちゃんをあの男から守ってほしいと心から願った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~

リムサ・ロミンサを脱出した私は暗闇に紛れるようにアジトへと向かう。
道中ではたくさんの人がリムサ・ロミンサへと戻っていく姿があった

(???)

アジトのある方面から流れてくることを考えると、ひょっとしたらスカイバレーでの作戦も失敗したのかもしれない。
ながらく鎖に繋がれ、囚われていた私だけど、なにか状況が一変するかもしれない。
海蛇の舌が潰れてしまえば、私を縛る鎖は無くなる。
アジトの状況次第では、今まで研ぎ続けてきた牙を振るう絶好のチャンスとなるかもしれない。

(まだ召喚士としては覚醒できてないけどね)

久しぶりに気分が高揚している。
なにせあきらめていた「希望」が突然降ってわいたのだ。
胸が躍るように鼓動を速めている。


(アンリ……アンリ、アンリッ!)


自分に向かって叫んだおねえちゃんの声を思い出す。
一年以上、人の口から聞くことの無かった自分の名前。
おねえちゃんに名前を教えたはずはないけど、囚われた私のことを調べてくれていたことに胸が躍り、思わず自分の名前を何度も口ずさんだ。
たかだか「名前」ではあるけど、大好きな人から名前を呼ばれてにやけてしまう。
私は自分の顔を思わず両手で挟み、グニグニと揉んだ。

笑うことなんか忘れていたと思ってた。
嬉しいと思う感情もどこかに捨てたと思っていた。
私のことを気に掛けてくれる人なんて、
いないと思っていた。

ハッ ハッ ハハッ!

私は息を切らしながらも、うれしさを押さえることができずにピョンピョンと飛び跳ねる。

ふふ・・・くふふ・・・ふふっ!!

ニヤニヤが止まらない口元を押さえながら、ステップを刻むようにアジトへと向かった。

 

黒い入れ墨の男が落ちていた崖下を見ながら、私たちは呆然とする。


悪夢は続く…だと?
どういうことだ?


ウィズンルーンは怪訝な表情で呟いた。
悪い胸騒ぎがする。
死を前にしてあの男は怯むことが無かった。
それは、ちょっと前の自分と同じ。
自分の人生が終わることへの執着の無さには、必ず理由があるはずだ。

(考えたくはないが……)

あの男も同じ、星の海に輝く光の一粒。
ハイデリンによって「光の加護を受け」人の手によって闇に落ちた者。

そう考える方が、今の自分にとっては自然のように思えた。


しかし、まさかお前がここにいるとはな。


崖下に向けられていた視線をこちらに向け、ウィズンルーンは腕を組みながら私のことをまじまじと見ている。

(ひょっとして私が監禁状態から逃げ出したことを知っているのだろうか)

私は少し言葉を濁しながらも、不審者を見つけたから後をつけたら崖の上でクジャタを操っているらしい男を見つけた。
笛を奪おうと飛びかかったが、あと一歩のところで避けられて逆に拘束されてしまっていたことを説明した。


ああ、だからか。


ウィズンルーンはどこか納得のいったような表情をしながら、私に話を始める。


いやな、あそこで戦っている時に石が飛んできてな。
俺の目のあたりに思いっきり頭に当たったんだよ。
何事かと思って上を向いたら、変な男が丘の上にいることに気が付いてな。
その時丁度「猟犬同盟」のやつらが応援にかけつけたから、隊の一部を割いてこっちに回ってきたんだ。

まさか今回の襲撃の首謀者がここにいるとは。
偶然かもしれねえが、お手柄だな!

ハハハッ!
と笑って私の背中をバンバンッと叩いてくる。
私はその衝撃で崖下に落ちそうになるのを何とかこらえながら、下の方に戻らなくていいのかと問いかける。


大丈夫だ。
猟犬同盟の、しかもとびっきりの戦闘狂が来ているからな。
邪魔しちゃかえってマイナスにしかならねえよ。
しかも、クジャタの奴ももう終わりだろ。


私はウィズルーンの視線を追うように、レッドルースター農場を眺め見る。
加勢に加わった猟犬同盟によってコボルド族は次々と討ち果たされている。
特に奇声を上げながら小さなからで斧をブンブンと振り回しているララフェルの少女の活躍は目覚ましく、まだまだ物足りないとばかりに逃げるコボルドを追っかけまわしていた。
男の笛の拘束から逃れたクジャタは、体中から血を吹き出しながらその場に倒れ、わずかに体を動かしながらももう動くことすらできないようであった。

なんとか凌ぎきったな……
さて、他んところの状況が気になるな。
お前、何か知ってるか?


私はウィズンルーンにモラビー造船廠襲撃の話をする。
一時は海賊連中に追い込まれたが、あとから駆けつけた黒渦団と造船師たちが反撃に出ているはずだと伝えた。


ふむ……
お前はモラビー造船廠から来たんだな。


と、ウィズンルーンは私の話を聞きつつ小さく頷いた。


そうだ……
思い返せば私はこの国にとってのお尋ね者。
この男は会話の中かから私の動向について探っているのだろう。
警戒を強める私の気配を感じ取ったのか、


まてまて!
さっきも言ったが俺はお前のことを疑っちゃいねえぜ?
むしろ今回のことでいえば首謀者を見つけるきっかけを作ってくれた立役者でもある。まさかクジャタが操られていたなんて、お前がいなけりゃわからなかったことだしな。
これが収まったら俺が上の奴らに掛け合ってやるから心配はするな。
下も大分片付いたようだから、俺らも戻るか。
お前ははどうする?
俺らと行動を共にするかい?
その方が安全だとは思うがな。


私はウィズンルーンの提案に少し悩む。
確かに双剣士ギルドのギルドマスターであるウィズンルーンのもとに身を寄せていれば、当面の安全は確保できるかもしれない。
しかし、このまま退いては何の解決にもならない。
そう思えて仕方がなかった。

『悪夢は続く…』

男が遺した言葉がずっと胸に引っかかり続けていた。


あっ!!

突然一人の斧術士の男が声を上げ、レッドルースター農場の方へと坂を駆け下りていく。私とウィズンルーンは何事かと思い見てみると、建物から少年がクジャタに向かって駆けよっていく姿が目に入った。


馬鹿野郎っ!
まだコボルド共がいるってのにっ!!


ウィズンルーンも慌てて坂を滑り落ちるように降りていく。
私もまた少年に一言伝えなければならないと思い、ウィズンルーンの後を追いかけた。


クジャタ!
しっかりしてクジャタ!!


少年はクジャタの顔にしがみついて、必死に弱ったクジャタに呼びかけている。目からは涙が溢れだし、喉が枯れるほどの声を張り上げて叫んでいた。


おい! あぶないぞ!!


斧術士の男が少年をクジャタから引き離そうとするが、少年は逃げるようにクジャタの影に隠れる。


クジャタは悪くないよ!
悪いのは僕たち人間だ!!
なのにこんな……こんな!!


対応に苦慮する斧術士の男を制しながら、代わりに少年に呼びかけた。

確かにクジャタは何も悪くない。
クジャタは人間に操られていた。
戦いの道具として、利用されていただけなんだ。
今はもうその呪縛から解放されている。

クジャタは森の守り神としての、
人とコボルドを執成す「調停者」としての尊厳を取り戻したんだ。


私は少年に向かってそう話しながら、私もまたクジャタに近づきその巨体に手を触れる。
クジャタの目を見ると、これまでに見せていた獰猛な獣の目ではなく、集落跡で会った時の悲哀に満ちた目でもない。
すべてを守るような、慈愛に満ちた目をしていた。

少年もまたゆっくりとこちらに近づき、私と共にクジャタを見る。

オォォォ…

クジャタは小さく嘶くと、満身創痍で動くことすら厳しい体をゆっくりと起こし、立ち上がろうとする。
それに反応したイエロージャケット達と冒険者が取り囲むが、

手を出すなっ!!

ウィズンルーンが制す。
クジャタはよろよろとした感じで何とか立ち上がると、しばらく少年の顔をみたまま動きを止める。
そして最後の力を振り絞るように大きく咆哮をあげると、ゆっくりと、ゆっくりとした足取りで、森のある方へと歩き始めた。

そのクジャタの後を追うように、物陰から様子を伺っていたコボルド族達も引いていった。
あの傷では、さすがのクジャタの命も長くはない。
しかし自分の死にざまを、信じ続けてくれた少年に見せたくはなかったのだろう。
クジャタは最後の命の灯を燃やすように雄々しい姿を見せている。
少年は涙を流しながらその後姿をジッと見送り呟いた。


ごめん、ごめんなさい。
せっかく僕たちを守ってくれていたのに…
僕たちは苦しむクジャタに気が付いてあげられなかった。

悲しかったよね…

辛かったよね…

でも、僕は誓うよ。
今はまだ子供だけど、いっぱい修行していつかクジャタが守り続けてきた山を守るために戻ってくる。

だから……安心して眠ってね!

目からボロボロと大粒の涙をこぼしながら、少年は去り行くクジャタに叫ぶ。
クジャタはその少年の言葉に答えるように、

オオオオォォォッ!

と高らかにいなないた

第六十五話 「それぞれの戦い」

私はオシュオン大橋を渡り、北側にむかおうとする。
特にあてがあるわけではないが、一度レッドルースター農場へと向かい食べ物を少し分けてもらおう。
その後どうするかまでは、今は考えられない。


おいあんた! どこに行くんだい!!


橋をフラフラとした足取りで歩いていると、足止めをくらっているのか待機所で煙草をふかしていた商人の男に話しかけられた。
私はすこし警戒しながらも商人の男に「北に向かう」ことを伝えると、

あ!? 北だぁ!?
おいおいっ、やめておきなよ!
ここの北にあるレッドルースター農場は今、馬鹿でかい獣とコボルド族に襲われてるって話だぜ!?
野次馬根性だして行ったもんなら、巻き込まれて殺されちまうよ!


私は商人の話を聞いて驚き、近くにいた衛兵にも確認する。


あ、ああ。
確かに今現在レッドルースター農場の襲撃は駐留していたイエロージャケット、および駆けつけた斧術士ギルドにより応戦中だ。
我々も加勢にいきたいのだがモラビー造船廠が賊共に急襲されている現在、ここの警備を離れるわけにもいかん。
それに西ラノシア方面ではサハギン族との戦闘が始まったらしい。
悪いことは言わん。そっちの商人の言うとおり急ぎの用事でもなければリムサ・ロミンサに戻ることをお勧めするよ。


衛兵の話を聞いて私は唖然とする。
まるで仕組まれていたかのようにラノシア全土が揺れている。

(何が起こっているんだ?)

西ラノシアと言えばサハギン族勢力圏との境だ。
おそらくサハギン族との間でも何か起きているのかもしれない。
だが、いくら安全だからといってリムサ・ロミンサに戻るわけにもいかない。

私は今や「お尋ね者」なのだから。

クジャタが出現したレッドルースター農場のことが心配ではあるが、イエロージャケットと斧術士ギルドが応戦しているのならば大丈夫だろう。
そこに武器すら持たない私が加わったところで、何の戦力にもなりえない。

私は自分に言い聞かせるようにブツブツと呟き、商人の男に「ありがとう」と言ってオシュオン大橋を離れた。


~~~~~~~~~~~~~~~

オシュオン大橋から離れ、リムサ・ロミンサとの分かれ道をどうしたものかと頭を悩ませながら歩いていると、ふと物陰から一人の男が現れた。

(???)

私は咄嗟に岩陰に隠れてその男の様子を探る。
男が出てきたところを確認すると、切り立った岩壁が広がっている。

(一体どこから現れた?)

怪しげな男はこちらには気が付かなかったようで、周りを気にしながら北へと向かって走っていく。
向かう先を物陰から伺ってみていると、どうやらレッドルースターが見下ろせる高台へと向かっているようだった。

(これは何かありそうだ……)

私はその男を気がつかれないように尾行して後を追いかけた。


~~~~~~~~~~~~~~~


レッドルースター農場に近づくにつれ、戦の音が耳に入り始める。
コボルド族の奇声とイエロージャケットの怒号。銃声に爆発音。そしてクジャタの咆哮が入り乱れている。
私は男を見失わないようにしながらも戦況を確認する。

すると不思議なことが起きていた。

確かに戦いの構図としては「人族」対「コボルド族」となっている。
しかし問題は「クジャタ」の立ち位置だ。
クジャタは人族もコボルド族も関係なく暴れている。
それにコボルド族は戸惑っているようで、戦力では勝っていながらもいまいち攻めきれないでいる。

(やはり何かがおかしい……)

怪しい男はレッドルースター農場を一望できる丘の上まであがり、そこで一人の男と話をしているようだった。その男の顔には、入れ墨がある。

(!!!?)

丘の上に立っている男。
それは私が追いかけていた「黒い入れ墨のルガディン」だ。

私は慌てて岩陰に身をひそめる。
この男がいるということは、近くに「片目の少女」がいる可能性がある。
生きていたら……の話ではあるが、気配を消せる少女に見つかれば一巻の終わりだ。

私はしばらくそこに留まりながら急襲に警戒する。
だが片目の少女は一向に襲われる気配もなく、ただただ時間だけが過ぎていった。

いない……か?

私は一つ深呼吸をして物陰から身を乗り出して、再び入れ墨の男の方に目を向ける。
ここからでは入れ墨の男と怪しい男の会話を聞くことはできないが、例え少女がいなかったとしてもこれ以上の接近は自殺行為となる。
私はやきもきする気持ちを抑えながらも、再び深呼吸をして気を落ち着かせる。
焦りは禁物。高台の上にいる以上、入れ墨の男に逃げられることはない。

入れ墨の男は怪しい男に何か指示をしていたらしく、怒鳴り声をあげると怪しい男は慌てた様子で来た道を戻っていった。
入れ墨の男はイライラとした様子で口に何か笛のようなものを咥える。
するとそれに呼応するかのようにクジャタはレッドルースター農場の建物に突進していった。

……もしかして男が加えているのは犬笛のようなものか?

笛の音はいっさい聞こえない。
それは、犬笛のように特定の獣にしか聞こえない音を出しているようだった。

(さて、どうする?)

とても残念なことに、私は丸腰だ。
斧は尋問の際に没収され、ご丁寧にも日用品として携帯していた小さなナイフすら取られてしまった。
黒い入れ墨の男は農場の様子に気を取られているとはいえ、体格の大きなルガディンの男を押さえる自信はない。
だがクジャタを操っている可能性の高いあの男を押さえれば、レッドルースター農場の戦況は好転するだろう。
クジャタは冒険者を交えた混合部隊の総攻撃を受けて体中から血が溢れている。
普通の魔物であれば足が止まるはずのダメージを受けながらも、クジャタは止まらない。
そして建物の一つをその巨体で破壊すると、再び大きく咆哮をあげた。

時間はかけられないか。
しかたがない……

私は近くにあった手ごろな大きさの石を握る。
あの男には私念はあるが、ここで優先すべきはそれではない。
打倒するまでにはいたらないかもしれないが、無防備な私でも気を逸らすことはできる。
少なくとも、あの獣笛さえ何とか出来ればいいのだ。

私は黒い入れ墨の男の隙を伺う。
タイミングとしては笛を口から放した瞬間だ。

(いまだっ!!)

無警戒の男に突進し、笛を奪いに走る。
男は草むらを駆ける私の足音に気が付いたのか、こちらに振り返った。
私は手に持っていた石を男の顔めがけて投げつけて、注意を逸らす。
一瞬怯んだその隙に笛を掴もうと手を伸ばす……が、

甘い!!

あと一歩のところで避けられ、私は男が持っていた皮を編んで作られた太い紐のようなもので体を拘束され、無様にも地面に倒れこんだ。

 


ちっ……
あのガキがいねぇとどうにも索敵に穴ができやすいな。
見つからねえようにと思って獣を配置しなかったことが仇になったか。
しかし人目につかないところを選んだつもりだったが、どうしてここが……って、
あのボケが……さてはつけられてたな?


黒い入れ墨の男は苛立ちを隠せない様子でブツブツと言っている。
しかし、襲い掛かってきた男が私であることが分かった瞬間「ニヤァ」と下卑た笑いを浮かべた。


おいおいおい。
こんなところにも登場するたぁ、随分といい「役者」してるじゃねえか。
不死者さんよぉ!


そう言って男は拘束されて動けない私の腹を思いっきり蹴り上げた。

ごふっっっ!!

内臓がかき混ぜらるほどの衝撃で私は思わずむせる。
鎧越しだったとはいえ、まったく防御のとれない体勢での一撃に私は身悶えた。


へへっ、惜しかったな。
俺の笛を奪おうってのはいい判断だが、もうちょっと策を練ったほうがよかったんじゃねえか?
まあ丸腰で突進かましてくる勇気はかってやるが、余興としては50点ってところだがな!


そう言いながら、黒い入れ墨の男は私の顔を踏みつけた。


せっかくここに来たんだ。
農場が壊滅する様子を一緒に見ようぜ?
加勢に入った冒険者共のおかげで一方的な死合じゃなくなったからおもしれえんだ。
クジャタが勝つか、イエロージャケット共が勝つか。
ここ一番の大勝負だ!


先ほどまでの苛立ちは何処へ行ったのか、黒い入れ墨の男はまるで子供のようにはしゃいでいる。
私は男に「こんなことをして、何が目的だ!」と問いかけると、


あん? 目的だ?
おまえは馬鹿か?
それをお前に話すと思うか?
くそつまらねこと言いやがって。
ちょっとは立場ってのをわきまえてほしいぜ!


男は私の頭を踏みつける足に体重を乗せてぐりぐりと踏みにじる。


お前はただ黙ってみてりゃいいんだよ。
人の住処が蹂躙されていく様って奴をよ。
必死に抗って死んでいく人の表情ってのは、一度癖になったらたまらなくなるぜ?


そう言ってルガディンの男は再び笛を口にくわえると「ふーっ」と息を吹きかける。すると動きが弱くなっていたクジャタが再び咆哮を上げ、体中から血を吹き出しながらも冒険者達を蹴散らしていく。
クジャタは既に満身創痍だ。
あの状態では、いつ倒れてもおかしくない。
しかし、あの笛の音はクジャタにそれを許さない。

(このままでは……)

私はどうすることもできない状況に絶望しかけた時、


せいっ!!!


という力強い声と共に小さな斧が投げ込まれ、完全に油断していた黒い男の肩にざくりと刺さった。


ぐぅっ!!
な、なんだ!?


今までの余裕は何処にもなく、慌てる黒い入れ墨の男を斧を持った一団が取り囲む。

ヴィルンズーン!!

私は思わず声を上げると続けて「笛を取り上げろ!!」と叫ぶ。
ヴィルンズーンは地面に倒れているのが私だと分かるとびっくりした表情をしながらも、私の叫びに応じるように黒い入れ墨の男に向かって突進していく。

肩にけがを負った入れ墨の男は「ちっ!!」と舌打ちをすると、私を蹴り転がして縄の拘束を解くと、後ろへと後退しながらその縄を振り回して間合いを詰めさせないように牽制する。
しかし黒い入れ墨の男は逃げ場所を誤ったか、自然と崖に追い詰められるような形となった。

私は痛む体を何とか起こし、ウィルンズーン達の後をついていった。


へへ……あんたらここにいてもいいのかい?
例え冒険者たちの力を借りたとしても、イエロージャケット共だけじゃクジャタは止められねぇぜ?

心配してくれるとは有り難いが、それは余計なお世話って奴だ。
苦戦はしいられたが、何とかうちの「猟犬」共の増援が間に合ったからな。
アイツらにとっちゃいい狩場だ。
今までのつけ、すべて払ってもらうぞ!!


私は横目で農場を見てみると、確かにクジャタが押されている。
笛の音を失ったクジャタの動きが鈍ってきているのもあるが、猟犬同盟の海賊達、なかでも斧を自在に振り回すララフェルの少女の動きに翻弄されているようだ。

狂ったような奇声をあげながら、まるでいたぶるかのように追い詰めるさまは、どちらが敵なのか分らないほどだ。


その光景を黒い入れ墨の男も見ながら、


さすがに「予定調和」とはいかねえか。
コボルド族がタイタンを呼ぶと思ったんだが……

コボルド族はちゃんとタイタンを呼びやがったぞ?
だが残念だったな。お前達が何を考えているのか知らねえが、タイタンは呼び出された直後に精鋭の冒険者たちによって討滅されたよ。

……なに?

こっちだって警戒はしてたさ。おかしなことが続いていたしな。
色々と対策ができたのはこの冒険者が動いてくれたおかげってのもあるがな。


そう言ってヴィルンズーンは後ろ指さす。


……イレギュラーってのは恐ろしいねぇ。
でも、あんたらはそいつを「罪人」扱いしてるんだろ?

!!!?
……お前、何故それを知っている?

ははっ!! こう見えても俺は情報通なんだよ。
世の為、人の為にと命を賭けて奔走する冒険者を「犯罪者」に仕立て上げるだなんて、お前らだって人のこと言えねえじゃねえか。

俺はこいつのことを疑っちゃいない!!

熱くなるなよ。お前がどうこうは関係ねえ。
英雄ってのは誰でもない、国によって殺されるんだよ。
いつの時代であってもな。

世迷言を!!

さて、残念だが俺の方はゲームオーバーらしい。
出番の終わった者は潔く退場するのが「舞台」ってもんだ。


そう言って黒い入れ墨の男はゆっくりと後ずさる。
その先にあるのは海へと落ちる高い崖だ。


ははっ、崖ってのは都合がいいねえ。
逃げ場には最高なところだよ。

追い詰められた奴が何を言う!!

さて諸君。
残念だが悪夢はまだまだ続く。

そのすべてを

お前らに止められるかな?


そう言い残して、黒い入れ墨の男は崖から海へと身を投げた

 

いつも賑やかなリムサ・ロミンサも、今日ばかりは閑散としている。
街を警備しているイエロージャケットの姿も少なく、日々賑わいのあるエーテライトプラザの周りですら冒険者の姿は見かけられなかった。
今日はあちこちで「祭り」が行われている。

船着き場に停泊中の船は出港を禁止された商船ばかりで人影も少ない。
大手の海賊団の船もなくなっているところをみると、どうやるサハギン族との戦いに駆り出されたのだろう。
黒渦団の軍船もまた、計画通りエールポートへと向かったようだ。

私は町はずれにある倉庫の屋根の上に移動し、合図を待つ。
倉庫の中には例の「箱」が置いてある。
それはガレマール帝国の最新式で、この箱一つでちょっとした集落くらいなら壊滅できるほどの火力があるらしい。
今回の目的はリムサ・ロミンサの中枢「ミズンマスト」の破壊だ。
一度海上で奪ったものをばらし、リムサロミンサに少しずつ持ち込んだあとに組み立て直した。
時限式にできなかったのは、起爆装置は検閲に引っかかるため手動になったとのことだった。

(まぁ別にいいけどね)

自分が死ぬことを前提にした作戦にあきらめはある。それこそ運搬を担当する断罪党の海賊共がまきこまれて死ぬこともどうでもいい。
でも今回の作戦で私は罪のない人をたくさん、巻き込むことになる。

今更善人ぶるつもりはないけど、今までの対象が「殺されても文句を言えない」ような者だったたけに、今回ばかりは胸がざわざわと騒いでいる。

出来れば少しでも人気の少ない時間にしよう……

私の視線の先にある西ラノシアから煙のようなものが上がっている。
しかし私はすぐ行動に移すことなく、夜になるのをジッと待った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

なんか騒がしいわね……

さっきから廊下をバタバタと人が駆けている。
私は自室のドアを開けて慌てている隊員に声をかけて事情を聞く。

な……そんなことって……

私は隊員の説明を聞いて唖然とする。
西ラノシアではサハギン族が侵攻をはじめ、スウィフトパーチでは産卵地のドードーが暴れ出し、その混乱に乗じて海蛇の舌が来襲。
低地ラノシアではモラビー造船廠が賊に襲撃され、レッドルースター農場はクジャタとコボルドが暴れている。
各地で起こる襲撃鎮圧のために、リムサ・ロミンサにいるイエロージャケットに招集がかかっているとのことだ。

何が起こっているの!?
これじゃまるでテロじゃない!

私の血がざわざわと騒ぎ出す。
今すぐにでも着替えて飛び出していきたい……ところだけれど、
例え「空砲」だったとしても、コーラルタワー内でしかも民間人に発砲した責任は重く、
「自室待機」から「外出禁止・無期限の職務停止」と変わってしまっている。
そんな私が彼らとの合流を願い出ても、扱いに困らせてかえって足を引っ張ってしまうだろう。
歯がゆさと後悔で胸が締め付けられる。

こんな時に何もできないなんて……
私、何をしているのかしら!!

ドンッ!! と扉を叩く。
何もできないことへの不甲斐なさで胸がいっぱいだ。
それは「正義感」からくる感情ではない。
遥かにどす黒く、私念に満ちた感情の渦。
別にみんなを助けたいと思っているわけではない。
私は自分の存在意義を満たすために、動きたいと思っているのだ。
自分でいうのもなんだけれど、私という人間はどれだけ自己中心的なのだろうか。

そんな私だから、一人の少女ですら守り通せないのかもしれない。

私は自分の闇から逃げるようにベッドに飛び込んでタオルケットで身を包み、耳を塞いで目を閉じた。

 

私が再び目を覚ましたころには、すっかりと夜が更けていた。
窓から外を眺めてみると、西ラノシアのあたりがほのかに明るい。
サハギン族との戦いは今もなお続いているのだろう。
私は一つため息をつく……と、視界の中に複数の影が動いていることに気が付いた。

???

影は荷車になにか黒い大きな箱のようなものを積んで、周囲を警戒するかのようにキョロキョロしながら歩いている。

あやしい、あからさまにあやしいわね。

私は周囲を見回すが、近くにイエロージャケットの姿はない。
机の上に置いている銃を手に取る。

空砲じゃ威嚇にしか使えない。でも何をしているのかぐらいは探れるわね。

私は決意を決めて、イエロージャケットの制服に着替える。
そして開けた扉の隙間から外に隊員がいないことを確かめると、私は身を隠しながら外へと向かった。


~~~~~~~~~~~~~~~


夜も更け、西ラノシア、スカイバレーあたりから立ち上る煙はさらに勢いを増しているようだ。
東の空もうっすらと赤ばんでいるところを見ると、モラビー造船廠の方も始まったようだ。

そろそろ……かな。

あたりを見回すと、人影はほとんどない。
多くの人は襲撃を恐れて、建物の中に閉じこもっているのだろう。
いつもなら巡回警備にあたっているイエロージャケットの姿さえもなかった。

私は屋根から降りて、倉庫の入り口を6度叩く。
するとゆっくりと扉が開き、荷車を引いた海賊の連中が出てきた。
私は荷車を先導し、周囲を警戒しながら誰もいない道を歩む。
途中に出会う酔っぱらいを処理し、安全を確保しながら私たちはタワーの下脚部へとたどり着いた。

……急いで。

私は断罪党の団員に設置をせかしながら、周囲を警戒する。

誰かいる!!

私は気配を感じて咄嗟に走る。
そして物陰からこちらの様子を伺っていた人影の首元にナイフを突きつけた。

!!!!?

私の手が止まる。
それは体がその先の行為を止めるかのように。
その人に手をかけることを全力で否定するように。
強制的に時が止まったように制止した。

あ……あぁ……あ……

動揺で動悸が収まらない。
まるで壊れた機械のように鼓動がおかしい。
手は震え、声は出ず、足はガタガタと震えている。

黄色い服、少しボサボサなミントグリーンの髪、そして自己主張の強いくりくりとした目。

私がナイフを突きつけているその人は、

私を保護してくれたおねえちゃんだった。


っ!!!

私は慌ててナイフを下げて大きく後ろに飛び跳ねる。


アンリ!!!


!!?


な……なんで、なんでおねえちゃんが私の名前を……

おねえちゃんは私の名前を叫ぶ。
教えたはずはない。だってあの時はしゃべれなかったんだから。
おねえちゃんは驚いた表情をしながらも、目からは涙を流しながら私の方に駆けよろうとする。

だめ!! こないで!!!

私は咄嗟におねえちゃんの足元にナイフを投げて歩みを止めさせる。


な、なんで!?
なんでなの!!
アンリ! あなたのことずっと探してたのに!!
わたし……わたしはあなたにあやまらなければならないのに!!


ドクンッ ドクンッ と鼓動が胸を激しく打つ。
気が動転してしまい、正常な思考ができない。


おい!! 何もたもたしてやがる!!
設置は完了したぞ!! 早くそいつを始末しろ!!


後ろから聞こえる海賊の男の怒鳴り声を聞き、私はおねえちゃんを牽制しながら箱まで後退する。


分かってるよ!!
どうせ爆発に巻き込まれれば死ぬんだ。
あんたらは早くどっか行け!!

お……おう。
じゃああとはまかせたぜ!!
あの世では達者でな!!


死ぬと分かっているのに態度を変えない私のことを気の毒そうな目で見ながら、海賊共は少しでも遠くにと逃げていった。
私は海賊連中がいなくなったのを確かめると、


逃げて!! 少しでも遠くに!! リムサ・ロミンサから出て!!


とお姉ちゃんに叫ぶ。
必死に叫ぶ私に驚いているおねえちゃんは、戸惑いながらも覚悟を決めた目をしながら私の方に近寄ってくる。


なんで……なんでなの?
アンリ、あなたは何をしようとしているの?

こっちにこないでよおねえちゃん!!
来たらダメなんだよ!
来たら……来たら……

いや……私はもうアンリを見失いたくないの。
あなたがこれから何をしようとしても、
私はアンリを決して放さない!!

っ……


私の言葉を聞かず、じりじりとにじり寄ってくるおねえちゃん。
私はあたりを見回し、安全そうな場所を確認する。

(あの岩陰なら大丈夫かも!?)

私はおねえちゃんに向き直り、再びナイフを手に構える。
おねえちゃんを気絶させてあそこのくぼみに寝かせておけば、少なくとも爆発に巻き込まれることはなさそうだ。

(助けに戻るまでは時間がかかるかもだけど……絶対におねえちゃんは死なせたくない!)

私がナイフを構えても、お姉ちゃんは決して怯まない。

(おねえちゃん、ごめんなさい!)

私は跳ねるようにお姉ちゃんに飛びかかり、ナイフの持ち手で打撃を与えようとする

ヒュンヒュンッ!!

(!!!?)

あうっ!!

「ザクザクッ!!」 という肉を引き裂く音とともに鈍い衝撃が体中に走る。
私は空中でバランスを崩し、無様に地面に転がった。


ミリララ!! 大丈夫か!!


男の声がする。
体中から感じる痛みに耐えながら周りを見ると、緑色の衣装に身を包んだ集団が私の周りを囲んでいる。


アンリ!? ちょっとあんた達!!
アンリに何をするの!?


床に転がっている私に駆け寄ろうとするおねえちゃんを、緑色の服を着た男が止める。


馬鹿野郎!!
こいつはお前を殺そうとしたんだぞ!?
死にたいのか!

あり得ない!!
この子が私を殺そうとするなんてありえないわ!!
だって……
あの子は、アンリは私を見て嬉しそうに笑っていたんだから!!


おねえちゃんの言葉を聞いて私はハッとする。
笑顔なんて忘れてしまっていたと思っていた。

私……笑ってたんだ。


それに私を殺そうとしたんだったらとっくの前に殺されてるわ!
アンリは私に「逃げろ」って言った!
そんなアンリをあんたたちは傷つけたのよ!!


絶叫するおねえちゃん。
おねえちゃんは私のことを信頼してくれている。
例え言葉は無くても、どこか心でつながっている。
わたしは、その迷信めいたことを信じたかった。

(このまま捕まっちゃおうかな……)

ドスッ

突然、地面に伏している私の目の前に一本のナイフが突き刺さった。
私はそのナイフを見て絶望する。

ドクンッ ドクンッ

それは緑服のもの達のものではない。
何処からか投げ込まれた、海蛇の舌の印の入った一本のナイフ。
それは今もなお私を縛る「契約」の証。

『無視すればすべてを失うことになる』

そのメッセージがこのナイフには込められている。

神様は本当に意地悪だ。
私に悪魔的な選択を迫ってくる。

『村の人々か、私を助けてくれたおねえちゃんか』

私にそのどちらかしか選ばせてくれない。

おねえちゃんのことは好き。大好き。
……でも、そっちを選んだら私の今までがすべてなくなる。

過去も未来も全部含めて。

(ごめんね……わたし、今から本当の人殺しになるよ)

大好きな人を手にかける。
それは今までの殺しとはまったくの別物。
罪の重さも、心の負担も、
まったく違うもの。
私は今からその大罪を、行わなければならない。

私がすることはただ一つ。
あそこのボタンを押すことだけ。

私は手に力を込める。

痛みを忘れろ…
痛みを消し去れ…
意識を集中して…集中して…
すべてを力に……
吸い上げろ!!

手が光り出した瞬間、幻獣が現出する。


なに!? 幻獣だと!?
お前ら仕留めろ!!


男は驚きの声を挙げながらも、私を殺そうと指示を出す。
四方八方から投擲されるナイフの群れ。
あれを全部食らったら、さすがの私も生きてはいられまい。

(……だけど、まだ私は死ねないんだ!)

幻獣が一際輝くと、私の周りを障壁のようなものが張り巡らされ、投擲されたナイフすべてをはじき返した。
それは、あの幻術士のババアが使っていた忌々しい術。
私はそれを真似たのだ。

私はその隙に体の中に溜まったエーテルを魔力へと還元し、体を癒す。
幾分動かせるようになった私は、一気に「箱」まで飛びのいた。

これもあのババアの術。
なんだ、やってみると簡単だ。

私は一つ深呼吸をしておねえちゃんをみる。

おねえちゃんと会えるのはこれが最後。
もしうまれかわれるならば、わたしはおねえちゃんの妹になりたかったな。

ごめん……ごめんね……ごめんなさい……ごめ……んなさい……

私は今更ながら自分で感じていた。
頬を伝う生温い感覚。
流れる涙が溢れて止まらないことに。
別れがこんなにも悲しいことに。
たった一日二日あっただけのこと。
たったのそれが、
自分にとってこんなにも大きかったことに。


やばいっ!!
何処でもいいから物陰に隠れろ!!


緑色の服の男がそう叫ぶと、おねえちゃんを抱きかかえて物陰に隠れようとする。
ちゃんと隠れるまで待ってあげていたいところだけれど、そこだと多分意味が無い。

下手に助かって激痛を味わって死ぬのなら、いっそひと思いに死んだ方が100倍いい。
だって、その方が苦しまなくて済むのだから。

私は目を閉じて、ひとつ深呼吸をする。


バイバイ……おねえちゃん……


そして、心をすべて空っぽにして、ゆっくりと箱のボタンを押した。

第六十四話 「造船所炎上」

痛たたた……

体中をズキズキとした痛みが走る。
一度解かれたはずの縄で再び拘束され、いわゆる「尋問」を受けた私は床に転がされている。

私はどうやら気を失っていたようだ。
痛みに耐えきれず、思わず「特別な者」であると言ってしまったが、やはり「はいそうですか」とすんなり信じてはくれない。
何一つ嘘は語っていないはずなのだが、都市伝説ともいわれるような存在を素直に信じるバカはそうそういない。
諜報のプロである双剣士であればなおさらだ。
しかも土壇場になっての発言は、相手には見苦しい言い訳にしか思えなかっただろう。
たった一度の共闘戦で一方的に仲間意識を持ってしまった自分が恥ずかしい。


私は自分の発言でかえって疑られてしまったことを後悔しつつ、腫れで思うように開かない瞼を何とか開けて部屋の中を見渡した。
中には私が座らされていた椅子が一つだけ。
尋問の際に私と一緒に椅子も倒れ、今もなお横倒しになっている。
それ以外には廊下に通じる片開きの小さな扉と、光を取り込める程度の小さな窓が一つある。
どうやら「牢屋」というわけではなく、どちらかと言うと「物入」のような部屋であった。

さて……どうするか……
くそ……なんでこんなことにっ!

必死に冷静さを装おうとするが、頭の中を様々な「負」の感情が駆け巡る。

怒り、恐怖、不安、後悔、そしてあきらめ。

そのすべてが混ざり合い、私は自分の運命に絶望する。
冷静であろうとする唯一の理性もじわじわと闇に浸食されていった。


私は悪くないのに、

私は嘘は言っていないのに、

皆のためにがんばったのに、

私が命を賭してまでしてきたことは、

一体何だったんだろう……


積み上げては簡単に崩されていく自分の運命を呪い、
いつしか自分を「特別な者」にしたハイデリンを呪った。

はは……
ここでの生活ももう終わりだな……

これからどうなるのかはわからないが、
決していいことは何一つ待っていないだろう。
おそらく、全員が全員私を罪人にする。
私はウルダハで活躍し、死んでいった冒険者のを語った偽物」として、

この先の人生を歩むことになるのだろう。


ふと「片目の少女」の顔が頭に浮かぶ。

そうか、あの少女も……
自分の運命に呪われているんだ…

私はハッと気が付いた。
死ぬことすら否定され、不死であるその事実を利用されている少女。
今だからこそ彼女の気持ちがわかる。

彼女は絶望に等しい運命に贖うことをやめた。
心を閉ざし、自我を押し込み、
ただただ「道具」として、
生き続けることを選んだんだ。


仲間を、守るために。


(なんだ、簡単な事じゃないか)

人ならざるものならば
人ならざる生き方を。

捨てれば拾うものもあるだろう。
私もまた自分の運命を受け入れて、
これからの生き方を選択しなければならない。


私は窓を確認する。
幸いにも窓は嵌め殺しではなく、なんとか大人一人が身を乗り出せるくらいの大きさだった。
私は芋虫のように床を這いつくばりながら、ズリズリと窓の方へと移動する。
そして壁に背中を押し当てて、縛られたままではあるが何とか立ち上がった。

(絶景だな……)

窓の外に広がるは一面の海。
見下ろせば切り立った崖に激しい波が叩きつけては崩れ、海面は複雑に動きながら白ばんでいた。
飛び降りれば、待っているのは確実な「死」。

でも、死なないとすれば?

私は窓台の上に何とか体を乗せて、窓の外に身を乗り出す。
すると、強烈な海風が私の顔を叩いた。
しかし、その風は今の私には心地よく、
眼下に広がる光景を見ても、不思議と恐怖は感じられなかった。

一度は生き返った。
だが、二度目があるとは限らない。

死んだその時は、
おやっさん……約束を果たせなくてごめん。

私は目を閉じて、
その身を海へと投じた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~


メルヴィル提督への報告を終わらせた俺は、心を殺して冒険者のいた部屋まで戻る。
双剣士は影からリムサ・ロミンサを守り「掟破り」には制裁を下す。
海都に仇なす敵ならば、たとえ親兄弟であっても容赦はしない。

しかし思いに反して足取りは重く、自問自答に心を潰される。

本当に自分の選択は、
正しかったのだろうか……と。

いつだってそうだ。
表向きは無慈悲を装っていても、心のどこかでは後悔している。
完全な「悪」などどこにもいない。
人が「悪」に落ちるには必ず理由があり、そこまで追い込んだのもまた人なのだ。
人は人によって歪められ、悪に逃げ場を求めていく。
当の自分だって、そうだったんだから。

アイツだってそう。
尋問しても何一つ態度は変わらなかった。
どう考えても嘘をついているような感じではない。
「特別な者」という眉唾な話ではあるが、俺は逆にそうであってほしいと心の奥では願っているんだ。

ただ誰かに操られているだけだとしても、本当のアイツに罪はない。
しかし俺はそのことに目をつぶり、「無実」の者を殺してすべてを闇に葬り去るのだ。
俺は「掟の番人」としての責務を果たさなければならない。

(ヴァ・ケビ)
ジャック……


陰に潜むように佇んでいたヴァ・ケビが俺に声を掛けてくる。
その声はか細く、どこか不安げだ。

(ジャック)
なんだ?

(ヴァ・ケビ)
本当にあの冒険者、殺すの?

(ジャック)
……ああ。
それが俺の仕事だ。

俺の答えを聞いて悲しそうに俯くヴァ・ケビ。
いつも敵に容赦のないヴァ・ケビのその表情を見るのは珍しい。

(ヴァ・ケビ)
私にはあの冒険者が嘘を言っているようには思えない。
なんの確証もないけど……

(ジャック)
ヴァ・ケビ。
今リムサ・ロミンサは不穏な影に揺れている。
蛮族共は騒ぎ出し、獣たちもまた殺気立っている。
それに加えて、追放したはずの奴らの不穏な動き。
俺たちはちょっとした疑惑の芽を見逃してはいけないんだ。
その小さな芽を見逃したことで、大樹を枯らすことだってある。

リムサ・ロミンサを守るため、
俺たちはやるべき仕事をやるしかないんだよ。


俺は誰よりも自分に言い聞かせるように言葉を吐き出す。
腰に下げた短剣を力強く握りしめながら、うつむいたまま動かないヴァ・ケビの横を通り過ぎる。

(ヴァ・ケビ)
ジャック……辛そうな顔しているよ?
私は……ジャックの方が心配……

(ジャック)
………

俺はヴァ・ケビの言葉を無視して歩いた。
冒険者を閉じ込めている部屋の前に立つと、上を見上げて一度深呼吸をする。
「掟の番人」として、いつもの俺に戻るために。

ん?

目の前からなっている音に気が付き、確認してみると扉がガタガタと揺れていた。

なんだ…?

ドアの揺れに不審を感じ、短剣を手にしながらドアのカギをゆっくりと開けて中へと入ろうとする。

(カチャン…ガチャ… びゅうううううっ!!)

扉を開けると強烈な風を受けて扉が煽られた。
突然のことで体が持っていかれる。

(ジャック)
な、なんだ!!?

強烈に吹き込む風を手で遮りながら部屋の中を見ると、閉めていたはずの窓が開いていることに気が付いた。

!!!!?

慌てて見渡すと、部屋の中に冒険者の姿が無い。

まさか!!

私は開け放たれた窓に駆け寄り、崖下を見下ろす。
そこに冒険者の姿はない。
それもそうだ。
ここから飛び降りれば、待っているのは岩だらけで強い波が叩きつける崖だ。
手足を縛られていなくとも、待っているのは確実な「死」。
例え万が一があったとしても、とても命は助からないだろう。

「特別な者」でなければ。

私はどこか小さな「希望」を胸に、再び提督のいる部屋まで戻ろうとする。

すると、磯の匂いにのって、何かを焼くような臭いがすることに気が付いた。
私は崖下ではなく、窓から見える景色を注意深く見ると、
エールポートのあるスカイバレーのあたりから、煙のようなものが立ち上っていた。

 

聞いて……感じて……考えて……

頭の中に懐かしい声が響いている。
自分の姿かたちは無く、まるでクラゲのように星の海の中をフワフワと漂っている。

一つ一つ輝いている星は、多分私と同じ存在。
それを考えれば、私と同じような「星の意思を継ぐ者」と言うのは世界中にたくさんいるのだろう。
空を埋めつくす星々は、今か今かと誕生を待ち望むかのように健気に光り輝いている。

これだけの数の「特別な者」にクリスタルを探させてまで、対峙しなければならない「闇」とは一体何なのだろうか。


そう言えば、ハイデリンの声を聞くのも久しぶりかもしれない。
リムサ・ロミンサに移り住んでからと言うもの、ハイデリンと名乗るクリスタルの夢を見ることはなかった。

今再び私は夢をみる……
と言うことは、私はまた生き返るのであろうな。

そう思った瞬間、再び海流に流されるかのように私と言う存在がゆっくりと動き始める。
そして大きなクリスタルを回り始めると、まるで存在がはっきりするかのように肉体を感じ始める。
そして一際大きく光ったかと思うと、空に現れた光の渦の中に呑み込まれていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ふと目を覚ますと、

そこは戦場だった。

!!!?

私は再び生き返ったという余韻を味わう暇もなく、飛び起きて状況を確認する。
エーテライトがあるということは、どこかの集落であることは間違いない。
周りを確認すると、あちこちから火の手が上がり怒号と悲鳴が響き渡っている。その中にはひときわ大きな作りかけの船の姿があった。

(ここはモラビー造船廠か!!)

いやあぁぁっ!!

女性の声がする方を見ると、一人のララフェルの女性が海賊風の男に追いかけられている。

(ワフフ!!?)

私は咄嗟に走りだし、ワフフを追いかける男の足にタックルして転ばせる。
何事かとこちらを見る男の顔を思いっきり殴りつけて気絶させた。

大丈夫か!?

私はワフフの元に駆け寄り、その身を抱き寄せる。
恐怖でカタカタとその身が小刻みに揺れていた。
ワフフは私が知り合いであることがわかると、目から涙があふれ出して泣き始めた。

(ここは危険だ!)

そう思ってワフフを抱きかかえると、石づくりの建物の影へと駆けこんだ。
私は身を縮こませながら泣いているワフフに、何が起こっているのか聞くと、

突然建造中のヴィクトリー号から爆発音が聞こえて、火の手が上がり始めたかと思うと、モラビー造船廠に海賊の男たちが一斉に街中に駆け込んできたらしい。
そして警備をしている黒渦団に襲い掛かった後、今度は町のあちこちで爆発が起きて火は造船所全体に広がり、逃げ惑う造船師たちや街の人たちは捕縛されたとのことだった。


ははっ!!
随分と呆気ねえもんだなぁ!


私はワフフの口を手でふさぐ。
直ぐ近くから海賊の声が聞こえてきた。
周りの海賊の男連中に対して偉そうなところを見ると、襲撃団のリーダーだろうか。


おいっ! 造船師の奴らは確保したか?

とりあえず確保した奴らは民間人と一緒に宿屋の中にぶち込んでます。
ただ、まだ何人かが警備の奴らとヴィクトリー号に立て籠もって抵抗してやがります。
ヴィクトリー号にせっかくつけた火も消されちまったようです。
どうやら新型の不燃材が船体に処理されているようで……


アートビルムの姿がねえな……
アイツ、まだ抵抗してやがるのか?
おとなしく捕まっちまえばいいものを!


すこしイライラした声で海賊団のリーダーらしき男が叫ぶ。


黒渦団の軍船は後回しだ!
舵を折って動けなくしとけ!
お前らは火矢を放ってヴィクトリー号に何としても火をつけろ!
爆弾に引火さえしてしまえばひとたまりもねえはずだ。
新型だか何だか知らねえが、そもそも木は燃えるもんだ!

残った奴らを炙り出せ!!


「おーっ!!」という掛け声と共に海賊の連中は一斉に造船所へと向かっていった。

私は周囲に誰もいなくなったことを確認すると、ワフフを抱きかかえたままモラビー造船廠の出口まで走る。
幸い襲撃している海賊団はヴィクトリー号の方に集中しているため、見張りの数が少ない。
私は物陰に隠れながら、時には後ろから襲って確実に排除しながら、なんとかモラビー造船廠を脱出した。

近くにある丘まで駆けあがり周りに人影が無いことを確認すると、ワフフを地面に下ろした

あ…あぁぁ…

モラビー造船廠が燃えている。
あちこちから火の手が上がり、夜であるはずなのに赤く光っている。
その光景を見て、ワフフが絶望に震えている。
目からは涙が止めどなくあふれ、くちは閉じられることなく小さな嗚咽を吐き出していた。

辛い光景をこれ以上見ては、心が折れてしまうかもしれない……

私はそう感じてワフフの視界を遮るように抱き留めようとした……その時、


ワフフを放せぇ!!


という怒号と共に、私は突然の衝撃を感じて体が吹き飛ばされる。
そして複数の足音が私を取り囲むと、手足を拘束されて組み伏せられた。


お前ッ!! 賊か!!


私を取り囲む連中の一人が斧を振りぬく。
それを見たワフフが


やめて!! その人は私を助けてくれたの!!


と叫び、組み伏せられた私に必死にしがみついてきた。


ワフフ!?


驚きの声を上げる男の顔を見ると、見覚えのある顔。
私を突き飛ばした男はモラビー造船廠の造船を取り仕切っている、アートビルム本人だった。

 

す、すまねえ!


ワフフと一緒にいたのが自分であることがわかると、アートビルムは慌てながら拘束を解かせた。
私は体を動かしながら立ち上がり、自分のことを押さえていた連中を見てみると、どうやらアートビルムと同じく造船師の様だった。


リムサ・ロミンサの本社会議に出ていて留守にしていたんだが、戻ってきてみりゃ造船所は燃えてるわ、泣いているワフフを見つけるわで色々と気が動転していてな。

しかしあんた、なんで鎧なんか来てるんだ?
あんたは親父さんとこの職人だろ?


私は言葉に詰まらせながらも、工房を去ることになったことをアートビルムに話す。
そしてたまたまモラビー造船廠に着いたとき、ワフフが賊に襲われているところに遭遇したと話す。


そうか……
助かったぜ。ワフフが無事ってのは何よりな話だ。


そう言ってアートビルムは立ち上がり、炎上するモラビー造船廠を呆然とした表情で見つめ「なんでこんなことになっちまったんだ……」と小さく呟いた。
彼ら造船師たちが魂をこめて作り上げているヴィクトリー号は、絶えず放たれる火矢を受けてあちこちから火の手が上がっている。
資材は轟々と燃え、作り上げた部品は見る影もなく破壊されていた。

ただただ見守ることしかできない私たちの元に、黒渦団と思わしき部隊が駆けつけてきた。
アートビルムは黒渦団のリーダーと思わしき女性と面識があるようで、モラビー造船廠の状態を説明すると苦々しい表情を浮かべた。


アートビルム、心を落ち着かせて聞け。
今回の襲撃の首謀者の名は「アーツァフィン」。
あんたの親父だ。


アートビルムは驚きの表情を浮かべると、悔しそうに顔をしかめさせる。


くそ親父がっ!!
こんなことをして何になるってんだ!!


そして、アートビルムは感情剥き出しのまま黒渦団の女を睨み付ける。


ギムトータ。お前このことにうちの親父が関わっていたこと知っていたんだろ。
何故俺に話さなかった!

主犯の息子に話せるわけがないだろう!
それ以前に、ヴィクトリー号建造の遅れは団内からも不信がる声も上がっていた。
そこにきての「アーツファイン」の不穏な動き。
おかしいと思わない奴がどこにいる!?


て……てめぇ……
俺を疑いやがっていたのかぁ!!?

アートビルムはギムトータと呼ばれた女に歩み寄り、乱暴に胸倉をつかみ上げた。
後ろに控えていた黒渦団の兵隊が武器を構え、アートビルムの仲間達も工具を手に構える。
状況は一発触発の状況だ。

なんだ……
なんなんだこれは……

私の中に感情が湧き上がる。
ワフフは不安そうな顔でその光景を見つめている。

見るべきものを見ず、
考えるべきを考えない。
まるで「責任」を押し付け合うかのように、
どうでもいい争いに心を奪われている。
もうたくさんだ。
こんなの、

もうたくさんだ!!

私は空気が振動するほどの怒号をあげる。
突然叫んだ私に驚いたのか、アートビルムも、ギムトータと呼ばれた女も唖然とした表情でこちらを見ている。
私は怒りに震える感情を何とか押しとどめながらも、二人に怒鳴った。

お前らはここで何をしている!
未だお前らの仲間は共にヴィクトリー号に立てこもって必死に戦っている!
ヴィクトリー号を守るため、このモラビー造船廠を守るために、増援を信じて戦っているんだ!
なのにお前らときたらなんだ!
疑わしいだのなんだのと……
守るべきは何なのだ!?
救うべきは誰なのだ!?

何より、戦うべき相手は
今もなおあそこにいるじゃないか!!

私の怒号に皆呆気に取られている。
アートビルムはギムトータから手を離し、一言「すまん……」と呟いた。
ギムトータも気まずそうに顔を俯かせながら、部下たちに武器を下ろさせた。

私はギムトータの前に立ち、先ほど隠れていた時に聞いた話を伝える。

ヴィクトリー号にはまだ捕まっていない造船師と黒渦団の隊員たちが必死に抵抗を続けているが、ヴィクトリー号には爆弾が仕掛けられており、爆発したら一巻の終わりだ。
捕らえられた造船師や民間人は宿屋に集められている。
今襲撃者の多くはヴィクトリー号に集中しており、街中の見張りは思いのほか少ない。
また黒渦団の船は舵を折られて航行はできないが、こちらも今現在は手薄になっている。

私は以上を踏まえたうえで二人に提案する。

アートビルムは仲間を率いて宿屋に潜入し、捕らえられた者達を連れてモラビー造船廠を脱出。
黒渦団は自身の船に乗り込み、積まれている砲でドッグを艦砲射撃。
合わせて海面を砲撃し、水しぶきで火を消す。
襲撃者の混乱に乗じて一転攻勢。襲撃者を一掃する。

とにかく、今は一刻を争う。
決断の遅れはすべての崩壊を招くぞ!

私の提案に目を白黒させながらも、ギムトータは部下たちに人員の割り振りと突入の用意をさせると、

アートビルム!
まず我々の先行部隊が突入し、見張り共を一掃する!
後に続いて宿屋に潜入。捕らえられた者と一緒にモラビー造船廠を脱出しろ!!
我々はその後ヴィクトリー号に取りついている襲撃者共を牽制しつつ時間を稼ぐ。
その間に別動隊は我らの軍艦を奪取。
制圧完了次第砲撃を開始しろ!!
くれぐれも味方には当てるなよ!!

おうっ!!

先ほどまでの険悪な雰囲気が嘘のように、二人は阿吽の息で答え合う。
そして、

あんたには迷惑をかけっぱなしで申し訳ない。
ここから先は俺らの戦いだ。
だからワフフを連れてここを離れてくれ!

キャンドルキープには行くな!
どうやら賊はあそこから侵入したようで、いまだ伏兵がいる可能性が高い!
オシュオン大橋までいけば我らの後方支援部隊がまだ駐屯しているだろう。
この手紙をそこの者に渡して増援要請を伝えてくれ!

私は頷くと、ワフフを連れて丘を離れる。
不安そうな表情は変わらないが、ワフフの目からは涙は消えていた。


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オシュオン大橋にたどり着いた私たちは、黒渦団の者にギムトータから預かった書状を渡し、モラビー造船廠の件を伝える。

後は祈るしかない……

駐屯所に通されてワフフを引き渡す。
ずっと緊張状態が続いていたせいか、ワフフは水を飲んですぐに気を失った。
私は警備の者にワフフの保護をお願いすると、建物を出て考える。

このまま後方支援部隊と共にモラビー造船廠に戻るべき……か。

心の中で様々な葛藤が生まれている。

私は、私はお尋ね者だ。
あそこに戻ったとしても、どうせまた捕まえられる。
あそこに私の居場所はない。

健闘を祈る。

私は顔をの前に手を握り、作戦の成功を祈った。