FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第十八話 「暗闇に葬られし影」

そこまでだ!!

突然、女性の甲高い声が周囲に響き渡る。
声がする方を向くと、そこには別の銅刃団の者たちが複数立っていた。


く・・・・ここで増援か・・・・

先ほど逃げ出した、弓術士が応援を呼びに行ったのだろうか?
いや・・・それにしてはあまりにも早すぎる・・・。

ハハ・・・・・ギャハハハハ!!!!
残念だったなぁ!!!

劣勢から一転、バルドウィンは勝利を確信したのか急に高笑いし始めた。
私とフフルパは背を向けあうようにしてお互いに臨戦態勢を取る。

???

私は銅刃団のリーダーと思わしき女性に、見覚えがあった。
あれは・・・・・レオフリックと一緒にロストホープにいた銅刃団の女性ではないか?


顔当てはしているものの、背格好や髪形、口元の形を見るに間違いはないだろう。

フフルパは増援の銅刃団の連中に向かって、


は、話を聞いて欲しいでありますっ!
ローズ連隊のバルドウィン連隊長はこともあろうに盗賊団連中と結託して、ナナシャマラカイトの鉱石を密輸しようとしてたのでありますっ!
我々はそれに気づいて、銅刃団の正義のために懲らしめようとしていただけであります!!

増援の銅刃団に向かって、必死に説明を試みるフフルパ。
そんなフフルパをあざ笑うように、バルドウィンはニヤニヤと下卑た笑いをしながら、

だからお前は馬鹿だってんだよ!!
さっきも言っただろう? 密輸自体がロロリト様の勅令だってな!
お前が幾ら正義を語ったところで、救いはねぇんだよ!!

がっくりと地面に手をつき、呆然としたまま動かなくなるフフルパ。
彼は今まで、本気で銅刃団の正義を疑ってこなかったのだろう。
思い込みや信念が強過ぎる者ほど、心が折れた時のショックは大きい。
立ち直ることの出来ないほどの心の傷とならなければいいのだが・・・


失意のどん底にあるフフルパの姿を見て愉悦に浸るバルドウィン。
そんな彼のそばに銅刃団の女はゆっくりと近寄っていった。

そして・・・・


バキィィ!!!

バルドウィンは銅刃団の女に力いっぱいに顔を殴られ、思わず尻餅をつく。


ぶへぇ!!!
な・・・な、なっ!!


突然の出来事に気が動転し、バルドウィンは言葉にならない声を上げる。


愚か者が!!!
犯罪者の片棒を担ぎ、銅刃団の名を汚すとは・・・・恥を知れ!!!

!!!!

フフルパは突然起こった出来事に唖然としている。
当の私も、今何が起きているのか理解できずにいた。


な、なにをしやがるてめえ!!
俺はロロリト様からの命令を忠実に遂行してたんじゃねぇか!
どこの誰だかは知らねぇが、てめぇに殴られる覚えはねぇぞ!!


バルドウィン本人もこの銅刃団の女が誰なのか知らないらしい。
銅刃団の女は見下すような冷たい表情をしながら、


お前がロロリト様から仰せつかった勅令を言ってみろ。

だから! 足跡の谷で行われる遺跡調査に伴う、呪術師ギルドの偉いさん方の護衛と、調査の補助だよ!
話を聞けば調査というのは嘘っぱちで、呪術師ギルドの方は盗賊の連中と結託してナナシャマラカイトの密輸を計画しているから、バレない様に見張ることが任務だったんだろ!


バルドウィンの答えに、銅刃団の女の表情は変わらない。
そして、ただただ冷酷に、


・・・・・お前はそのことをロロリト様から直接聞いたのか?

と、低い声でバルドウィンに言い放つ。


・・・・いや・・・呪術師ギルドの方から・・・・


バルドウィンはハッと何かに気が付いたかと思うと、顔がどんどんと青ざめていく。
そんなバルドウィンを銅刃団の女は、まるで醜いものを見るような表情で一瞥し、今度は腹を思いっきり蹴り飛ばした。


いいように誑かせられやがって!
お前は一体何を守っていたのか、よく周りを見てみろ!

腹を蹴られたバルドウィンは悶絶しながらも、呪術師ギルドが調査をしていたところを見る。
そこには駆けつけた銅刃団によって組み伏せられている姿があった。

!!!?

お前が呪術師ギルドの高官と思っていた連中は、変装した盗賊の輩にしかすぎん。
まんまと盗賊に騙されて、犯罪の片棒を担がされていたってわけだ。
そもそも遺跡調査はまだ準備段階で、呪術師ギルドからの調査団はこちらに派遣されてもいない。
なぜ確認しない? なぜ報告義務を怠った?
なぜ、希少鉱石の密輸自体がロロリト様の指示だと決めつけた?


そ・・・・そんな・・・・


お前は盗賊団に騙されて、ロロリト様の顔に泥を塗る真似をしていたんだよ!
身のほどを知れ! この痴れ者が!!


そういって銅刃団の女は腰に下げていた剣を抜くと、一息でバルドウィンを両断した。


がぁ・・・・・・・


抜刀からの構え、そして斬撃に至る姿は、まるで凪の状態に一瞬吹く柔らかい風が湖面をザワザワと漣立てるかのように、静かでありながら力強い太刀捌きだった。
私は不覚にも、その太刀筋を「美しい」と思ってしまった。

バルドウィンを切り伏せた銅刃団の女は、血で濡れた剣をみて顔を歪め、


こんな汚れた剣、二度と使う気にならん。
おい、捨てておけ。


と、後ろで待機していた部下と思われる銅刃団の男に向かって投げ捨てた。
そして、呆気にとられているフフルパの前まで行き「フフルパ!!」と声を張り上げ、檄を飛ばす。


その声に呼応するようにフフルパは「ハッ!!」と敬礼しながら立ち上がる。


緊張するフフルパに向かって銅刃団の女性は、


よくぞバルドウィンの不正を暴いてくれた!!
感謝するぞ。盗賊と呪術師ギルドの件はレオフリックから聞いていた。
助けに来るのが遅くなってすまなかったな・・・


フフルパは突然のことで頭が真っ白だったようだが、じわじわと事態を飲み込むにつれて感情の波が涙となって一気に溢れ出た。

うっぅぅ・・・・もったいないお言葉なのでありますっ!
じ、じぶんは・・・・じぶんはっ!!

高ぶる感情が邪魔をし、嗚咽で言葉にならないフフルパ。
涙と共に鼻からも感情が溢れ出て、顔はぐしゃぐしゃに濡れていた。


ふふっ・・・いい男がみっともないぞ?
顔を拭いて表を挙げろ。


「ハッ!」 という言葉と共に袖でぐしぐしと顔を拭く。
銅刃団の女はその姿を見て「やはり可愛いな」と言葉を漏らしながら、怪しく微笑んでいた。


今回の件、ロロリト様は大変お喜びになっていた。
今回の功績を讃えて、お前をローズ連隊の隊長に任命する。
変わらずお前の信じる「正義」でここを守れ。

そ・・・そ、そそ・・・そんな!!
連隊長だなんて、自分には役不足なのであります!!

 

そんなことはないぞ。
お前、レオフリックからローズ連隊が代々受け継いできたダガーを受け渡されただろう?
レオフリックがなぜそれをバルドウィンに渡さず、お前に託したか。
それはお前がローズ連隊の隊長としての資質を備えているからだ。


レオフリック連隊ちょぉぉ・・・・・
じ、自分をそれほどまでに信頼していただけていたとは・・・・
感激で涙が止まらないのでありますっ!!

いてもたってもいられないのであります!
今すぐにでもレオフリック連隊長に、お礼にお伺いしたのでありますっ!!


そんなフフルパの言葉を聞いて、ふっと銅刃団の女は気まずそうに顔を背けた。


レオフリック・・・・だが・・・・
実は盗賊の手にかかってな・・・・・

 

命を落としてしまったんだ。

 

・・・・・・・・へっ?

ポカンとした表情で呆気にとられるフフルパと同じく、私もまた驚きで耳を疑った。
レオフリックが凶刃に倒れた? あのレオフリックが?

・・・・・・にわかには信じがたい。


ど・・・・ど、どういうことでありますか!


フフルパは混乱で気をとり乱し、銅刃団の女に詰め寄った。
銅刃団の女はフフルパに引っ付かれることに、満更ではない表情を浮かべながら、


ちょっ・・・落ち着いて話を聞くんだ。
私達は先日から、キヴロン別宅跡を根城としていた盗賊団のアジトから押収した資料を調べていた。
そして最近、その資料が今回のナナシャマラカイト密輸計画と関係することがわかったんだ。それでレオフリックはブラックブッシュの知人と共に、内密にカッパーベル銅山の周りの調査に出向いていたのだが、どうやら運悪く盗賊団の連中と鉢合わせしてしまったらしくてね。

その時たまたま私もロストホープを離れていて、戻ってみたらレオフリックがカッパーベル銅山に向かったことを聞いてね。
急ぎ向かったんだが、時すでに遅くて…
そこには複数の盗賊団の死体と共に、レオフリックと思われる銅刃団の男と一般人の亡骸があったんだよ。
銅刃団の男の顔はその・・・・・ぐちゃぐちゃになっていて、レオフリック本人と判別できるものではなかったが、こんなところに来る奴なんかあいつしかいない。

私はそのことをロロリト様に報告し、急ぎここに応援を連れて向かってきたんだよ。


フフルパは再び悲しみを受けて地面に崩れ落ちる。


うぅ・・・・ぅぅ・・・・


声にならない嗚咽をあげ、ボロボロと涙をこぼした。

 

すまん・・・・レオフリックを守りきれなかったのは私の責任だ。
結局、お前に託されたダガーが最後の遺品となってしまったな。
せめてもの死者への手向けだ。それを後生大事にしてやってくれ。


フフルパは胸にしまっていたダガーをギュッと抱きしめる。


顔を上げろ!
レオフリックが命を賭してまで暴いた事件だ。
フフルパ!
レオフリックの意思を継ぐ者として、最後まで責務を果たしてくれ。
これから捕えた盗賊どもをウルダハへと護送する。お前はその任を指揮しろ。ロロリト様への報告、お前に頼んだぞ!


フフルパはズズっと鼻水をすすり、涙にぬれた顔を再び拭う。
そしてまっすぐと銅刃団の女を見て、ビっと敬礼する。


ハッ!
不肖フルパパ! レオフリック連隊長の意思を継ぎ、悪党どもをウルダハに収監するであります!


目から溢れる涙は止まらない。
それでも、フフルパは毅然とした表情で、与えられた責務を果たそうとしていた。


冒険者殿っ!
この度の件は感謝に感謝を重ねても足りないのでありますっ!
落ち着いたら、ぜひホライズンを訪ねてほしいであります!
ザナラーンを守る防人としての銅刃団の姿を、見てほしいのであります!!


出会いと別れ。
フフルパは新たな思いを胸に、レオフリックが守り残し、認められた「正義」を信じて顔をあげる。
そして駆けつけた銅刃団の者と一緒に、捕えた盗賊と銅刃団の連中を連れて消えていくフフルパを見届けた。

 


ご苦労だったな、冒険者。


銅刃団の女は、フフルパの姿が見えなくなると、こちらに話しかけきた。
なんだろうか・・・・フフルパと話している時とは違く、どこか冷徹な気配を漂わせている。

まぁ所詮私は銅刃団の関係者ではないから、対応としてはそんなものなのかもしれないが。
だが、ロストホープでの印象とだいぶ違う。やっぱり人違いだろうか?

銅刃団の女は、私の格好を見るなり顔を歪ませた。


冒険者。今のお前はまるで悪鬼のようだぞ。
見っともないからまず体に着いた血を洗い落とした方がいい。
私はふと水面に映る自分の顔を確認すると、呪術師の男の胸から剣を抜いたときに噴出した返り血をもろに浴びて、私は頭から血で汚れていた。

私は足元の水で顔から体全体にかかった血を洗い落とす。
びしょびしょに濡れた私に向かって銅刃団の女は「これを使え」と一枚の布きれを差し出してきた。
すべての血を洗い流すことはできなかったものの、とりあえず「見れる」ようにはなったのか、銅刃団の女は改めてこちらを見ながら話しかけてきた。


久しいな、冒険者。 ロストホープぶりか?

銅刃団の女は感謝の言葉をこちらに送るものの、やはり表情と雰囲気は先ほどまでとは違って冷ややかであった。
私はレオフリックの死について、改めて聞いてみるが、


さっきの言葉以上のことはない。
レオフリックはカッパーベル銅山の調査中に盗賊団に襲われ、死んだ。
それ以上も以下もない。

と、全く感情のない、まるで機械のような声で淡々と話す。
ロストホープにはレオフリックとこの女しか銅刃団はいなかったが、今思い返してみればどこか一線を引いているような雰囲気があり、それほど仲が良かった感じはしなかった。
この女にとって、レオフリックの死は「同僚の死」ではあるものの、それ以上ではないのかもしれない。
ましてや、レオフリックはロロリトの敵である。

他にも色々と聞きたいことはあったが、この女は私が何を聞こうとも答えまい。


冒険者よ。
ロロリト様は最近のお前の行動を大変「気にかけて」いらっしゃる。
どうだ? お前も銅刃団に入らないか?
お前だったらすぐにでも連隊長の役職に推薦してやるぞ?


私は考える余地もなくお断りした。


銅刃団の女は「そうか」とつっけんどんに答えた。
端から私が「そちら側」に組み入るとは思っていなかったのだろう。


フフルパを守ってくれたことには礼を言おう。
最近、銅刃団内部の素行の悪さが目立っていてね。
ロロリト様も対応に苦慮なされているのだ。

お前も幾度となく見てきたのだろう?
あのような者達の勝手な行動のおかげでロロリト様の悪評が立つばかりだ。
我々銅刃団は、染みついてしまった不名誉を回復しなければならない。
だからこそ、今の銅刃団にはフフルパのような「真っ直ぐな志」を持つものが必要なのだ。


銅刃団の女は、語尾を強めた。
何かを思い出すように、銅刃団の女の顔は恍惚の表情を浮かべている。
やはりこの女、フフルパの話になると急に態度が変わる。


ここ最近、お前達冒険者によって多くの銅刃団の者が「粛清」された。
それは大変「喜ばしい」ことではある。

だがな・・・・・こちらにも「手順」というものがある。
一歩を間違えれば、ロロリト様が主導していると勘違いされてしまうのだよ。
お前ら個人の激情でこちらの段取りをかき回されたのでは、甚だ迷惑だ。


一度緩んだ顔を再び引き締め、私に向かって言い放つ。


お前をフフルパの命を救った「恩人」として一つ話をしておこう。

あまり我々のことの詮索は行わない方がいい。

これは忠告ではない、

警告だ。

守らなければ・・・・今後どうなるかは保証しかねるぞ。


そういって銅刃団の女は一本の瓶を投げてよこす。
瓶を受け取ってみると、エクスポーションのようだった。


ではな、冒険者。
二度とこういう形で出会うことのないこと、祈っているぞ。

 

そういって銅刃団の女は足跡の谷を後にしていった。

 

私は銅刃団の女からもらった「エクスポーション」を見る。
(毒でも入っているんじゃないか・・・・)

私は淡い紫色の液体の入った瓶を太陽に透かせてみたり、振ってみたりしながら考えた。
少なくとも、あの銅刃団の女は味方ではないが、「警告する」ということは今すぐにでも私を殺そうとしているわけではないとも思える。

そもそも、殺そうとするならわざわざ「毒を盛る」といった手間を掛けなくても、あの女の技量をもってすれば手負いの私ぐらい簡単に殺せたであろう。
実のところ、あの女との会話中私はいつでも剣を抜けるようずっと警戒を解かなかったが、それでもバルドウィンを仕留めたあの一撃を躱せる自信はなかった。

私はふと思いつき、エクスポーションの瓶の蓋を開けて魚が泳いでいる場所に少し垂らしてみた。
もし毒が入っていたとすれば、魚は毒によって苦しみだして死ぬだろう。
ちょぼちょぼと水面に落ちる水滴を魚は餌と勘違いしたのか、水面に寄って来てパクパクと口を動かしている。少しの間様子を見たが、魚に特に変化は見られなかった。


毒は入っていない・・・・か?
正直なところ、緊張が解けてからというもの左腕の痛みがジンジンとしていて地味にきつい。

えぇい! ままよ!!

私は意を決して銅刃団の女が投げよこしたエクスポーションを一気に飲み干した。
途端に、急速に左腕の痛みが引いていき、傷はみるみる回復していく。
体全体にのしかかっていた重さも軽くなった。

・・・・すごいなこれは。


エクスポーションは、回復薬の中でも上位のものだ。
駆け出しの冒険者にとっては、おいそれと手が出せるものではない。

私は腕をぐるぐると回し、回復したかどうかを確かめる。
そして、投げ出したままになっていた盾を拾い直し、クレセントコーヴに向かった。


クレセントコーヴに入るとラッフが駆け寄ってくる。


おい! 大丈夫だったのか!?
銅刃団の連中と斬り合っていたようだったが!


ラッフが驚いた表情をしながら、私を心配してくれていたようだ。
私は大丈夫だと言いながら、ここに居ついていた盗賊団は壊滅したこと、呪術師ギルドの連中は実はその盗賊連中だったこと、バルドウィンがそれに組していたことを説明した。

ラッフは私の話を聞きながら、記憶の節を合わせるかのように頷き、


そうか・・・・どうりでな・・・・
いや、お前が銅刃団と闘い始めるとな、ここにいた盗賊連中は「おいっバレたぞ!?」なんて言いながら加勢に向かおうとしたんだよ。

だが、銅刃団のちびっこいのの圧倒的な強さを見て臆したのか、漁港に停泊してあった漁船を一艘強奪して、沖に向かって逃げていきやがったんだ。
まぁ・・・あんなぼろい船で沖なんかに出たら、海流に流されて一発で沈んじまうだろうがな。


そうか・・・盗賊連中が加勢に来なかったのは、逃げたからかだったか。
確かに、あのフフルパの動きを見て、加勢に飛び込んで来ようとする馬鹿はそうそういまい。

私は、改めてことの顛末をラッフに話すと共に、レオフリックの死についても伝えた。
ラッフもまたそのことをすぐには受け止められなかったのか、生気が抜かれたかのようにぽかんとした表情をする。
そして、くそっ! と地面を蹴り、感情をあらわにした。

 

なんでこの世の中ってのは、いい奴ほど簡単に死んでいくだろうなぁ。
神様ってのは実は「いい奴」のことが嫌いなんじゃねぇかなぁ・・・・。


ラッフは村人の一人に、倉庫から酒瓶を持ってくるように指示した。
ほどなくして、大事そうに酒瓶を抱えた村人は、他の村人も引き連れて戻ってくる。

この酒は、レオフリックがここに持ってきてくれた酒なんだよ。
今度アイツがひょっこりこの村に顔を出したときに、一緒に飲もうと思ってとって置いたんだ。

そういいながら、ラッフは酒瓶の蓋を開けて、中身を海へと流す。
酒の残りを集まった村民で分け合い、空になった酒瓶を床に置いて、胸に手をあて海に向かって、皆祈りをささげる。


「どうか・・・正しく生きたものへ・・・慈悲に満ちた来世を・・・」


悔しそうに顔をしかめる者、涙で頬を濡らすもの、事実を呑み込めずぽかんとしている者。
レオフリックの「死」という事実に対する村人の反応を見ていると、彼はこの村にとってとても大きな存在となっていたことを改めて実感した。

私はラッフに、バルドウィンの後釜として、あの小さい者が銅刃団連隊の後任となることを伝え、そのものはレオフリックの意思を継ぐものだと伝えた。
ラッフはこちらを見ることもなく、私の話を聞き流しながら、


なら・・・・今度そいつが来たらとびっきりの魚を用意してもてなしてやんねぇとな。


と、頬を伝う涙を隠すように、ずっと海を見続けていた。

 


私はラッフとクレセントコーヴの村民達と別れを告げて、ウルダハへの帰路につく。

ホライズンではバルドウィンの死と盗賊団の密輸の話でもちきりの様だった。
だが、混乱しているというよりは、開放感で溢れているという印象の方が強い。
それだけバルドウィンはこのホライズンで好き勝手やっていたのだろう。

それにしても情報の伝わりが異様に早い。しかも

「犯罪に手を染めた銅刃団を、銅刃団の手によって粛清した。」

という話をよく耳にするところを考えると、だれかスピーカー役の人間を仕込んでいたのであろう。

用意周到なことだ・・・


私は溜息をつきながら、ホライズンを抜ける。

 


ウルダハへの帰路の途中、私はふと思い出して、スコーピオン交易所へと立ち寄った。
斧術士の一件以来、オスェルとは話をしていない。
挨拶ぐらいはしておくかとスコーピオン交易所に入る。

ここは相変わらず活気・・・というか鬼気に溢れているなぁ・・・・
なんてことを思いながら私は、交易所の中心で商人達と話をしているオスェルを見つける。
オスェルは荷捌き人への指示やら商人との交渉やら、時折怒号を張り上げながら非常に忙しそうに動いている。

今声をかけるのもちょっとあれか・・・

私はオスェルのその気迫に圧倒され、声をかけるのをやめてそのままスコーピオン交易所を抜けようとした。

あっ!! お~いっ!!!

すると、オスェルのほうが私に気が付いたようで、声を張り上げて私を呼ぶ。
オスェルは隣にいた交易所の者にあれこれと指示すると、制止を振り切るかのように走り出してこちらに向かってきた。


おいおいっ!! 生きていたのかよ!!
なんだよ! だったらだったで連絡一つもよこさないなんて随分じゃないか!!
斧術士の男には逃げられたって話を聞いたもんだから、てっきり殺されちまったんだと思ってたんだぜ!?
でも・・・いやぁ・・・本当に生きててよかったよ!


オスェルは心底安心したように笑顔で話す。
私はオスェルにすまなかったと謝りながら、銅刃団の手前立ち寄ることができなかったこと、詳しくは話せないが、斧術士の一件は解決したことを話した。

そうか・・・確かにあれ以来商隊が襲われることもなくなったな。
あと、スコーピオン交易所を警備する銅刃団の連隊長がいつの間にやらどっかに左遷させられてから、ここも随分と落ち着いたもんよ。銅刃団の連中も大人しい奴らばかりに入れ替わったし、いま連隊長不在で代理を任されている奴なんて「そんなにしゃべって大丈夫か?」 ってほどペラペラと情報を流す奴でな。
こっちとしてはありがたいが、いつ「いなくなる」か見ているこっちがハラハラするよ。

オスェルは苦笑しながら「アイツのことだ」と指をさす。
指をさされた銅刃団の男は、こちらの視線に気が付いたのかチラッとこちらを見ると、小さく手を振る。


なんでぇ? 知り合いか?


と訝しむオスェルに「ちょっとな」と言葉を濁しながらほほ笑んだ。


まぁシルバーバザーは相変わらずだがな。
いいとも言えねぇし、悪いとも言えねぇ。
だが、キキプは頑張ってはいるよ。
そうだ、あれから会ったかい?


オスェルの問いに私は「会ってはいない」とだけ答えた。


そうか・・・・まぁ言えねぇような話を無理やり聞いたらこっちが危なくなるからな。
だから詳しくは聞かねぇことにしておくよ。知らぬが花って言葉もあるしな!


その後、少しの間オスェルと談笑をして私はスコーピオン交易所を出た。
ウルダハへと続くササモの八十段と呼ばれる長い階段を登ろうとすると、警備している銅刃団の者に止められた。


すまない。今こちらの先のナナモ新門は、城門の定期点検のため今日一日の間閉鎖されている。
ウルダハの中に入りたければ、手間を取らせて悪いのだが北側のザル大門に迂回してくれ。


長い階段の麓で規制をするのは、銅刃団としては随分と気が利いたことをしているなと思って聞いてみたところ、実は登り切った門の前でその話をしたら、ほとんどの者に罵声を浴びせられたので今はここで話をしているとのことだった。
私は苦笑しながら、銅刃団の男に言われた通り、ザル大門の方へと迂回する。


城壁沿いにある貧民窟の前を通りかかったとき、男の悲鳴が聞こえてきた。


た、助けてくれぇっ!!!


私は声のする方を見ると、ひとりの剣術士が複数の槍術士に追われていた。



第十七話 「正義を銅の刃に宿し」

次の日、私はチョコボポーターを利用してブラックブッシュまで戻り、その先は徒歩でロストホープ流民街へと向かった。

レオフリックは以前と同じところで火にあたりながら、流民街の住人と楽しそうに話をしている。
私はレオフリックに近寄り挨拶をすると、特に驚いた様子もなく「よっ」と軽く返してきた。
ふと違和感を感じ周りを見渡す。
この前にいた銅刃団の女性が見当たらない。
レオフリックにそのことを聞くと「遠くまでお花を摘みに行っている」と笑って答えた。


しかしどうした?
ここの居心地が忘れられなくなったのかい?


と、相変わらずの口調でレオフリックは軽口を言う。
私はその軽口に答えるように「お前の思惑通りに動いているだけだ」と返した。
「全く人聞きの悪い話だぜ」なんて呆れながらも、否定しないところを見ると「思惑通り」なのだろう。


私は盗賊が居ついたクレセントコーヴの状況と、ホライズンを警備するローズ連隊の状況、怪しげな呪術師ギルドの調査団の話をした。私の話を真剣に聞いていたレオフリックは、無言で何かを考えはじめたかと思うと、合点がいったように頷いた。


そうか・・・そういうことか・・・・
いやな、キヴロン別邸跡で爆発した掘立小屋の中から持ち出した盗賊団の資料のこと、前に話したよな。
あれを色々調べていたんだが、どうやらここらで発掘されている希少な鉱石を盗んで、どっかに横流ししているようだったんだ。

その鉱石の名は「ナナシャマラカイト」と言って、カッパーベル銅山でしか採ることのできない貴重な鉱石なんだ。
ブラックブッシュにいる知人に話を聞いたんだが、どうやら採掘量とブラックブッシュに持ち込まれる量に微妙な差があるらしくてな。現場では誤差として片づけられているようだが、ここのところずっとその誤差が出続けていることに、違和感がを感じていたらしいんだ。

そもそも、ウルダハで出回る「ナナシャマラカイト」にはすべてにロットNoが割り振られるから、出自不明のナナシャマラカイトがたとえ闇ルートであったとしても、市場に出まわれば絶対的に足が付く。
では考えられるとしたら国外への輸出だが、国外へ持ち出すとなれば必ずホライズンの検閲所で商品検査が行われる。
もしそこに「ナナシャマラカイト」を持ち込めば、絶対的に横流し品とバレる。

フフルパの話で、検閲所を通らない怪しげな荷馬車という話があったな。
多分それ、足跡の谷での遺跡調査で使われる教団の資材だろう。一度ナル・ザル教団が調査に持ち込む物品を見たことがあるんだが、いまいち用途が不明なものが多くて、検品のしようが無いんだよ。

ここからは俺の推測でしかないが、盗賊団によってホライズンに持ち込まれたナナシャマラカイトは、一旦教団の資材に混ぜられてノーチェックで検閲所を通過する。その後、銅刃団の警備に守られるように呪術師ギルドの連中がナナシャマラカイトを「検閲所を通った空の箱」に詰め替えして、再び盗賊団の手によってベスパーベイ港から船便でどこかに密輸されていると考えられる。

ちょっと強引か?

そう言いながらレオフリックはけらけらと笑う。


だが「ホライズンを通ってベスパーベイ港から輸出する」時点で、ロロリトの関与は疑う余地もない。
自分に利が無ければ、決して犯罪行為を見逃すことは無いだろうからね。
もし見逃したとなればそれは重大な管理問題となるし、ロロリトの信用も一気に失墜する。

それほど危険な密輸行為が行われている時点で、ロロリトとその手下の銅刃団の関与は限りなく黒に近いグレーだと思うんだよ。

そう思う理由としてはもう一つ。
「ナナシャマラカイト」ってのは高額で取引ができる商材だが、鉱石自体は採掘権を持つアマジナが押さえている。
アマジナはナナシャマラカイトが流通過多になって値崩れを起こさないように、逐次流通量を調整しているから実は市場にあまり出回っていないんだ。
だからロロリトは「誤差」で済まされる量のナナシャマラカイトを盗賊団と手を組んでこっそり盗み、国外へ横流しして利益を得ようとしているんだろう。

だが、呪術師ギルドの連中がそういうことに加担する理由がいまいちわからない。
ロロリトに多額の献金との交換条件で加担を依頼されたのか?
だとしても、王政のご意見番でありウルダハにおいてより頂点に近い立場にある連中が、希少とはいえ石ころ如きの密輸に手を染めるというのは考えにくいんだが・・・

レオフリックは、この件について呪術師ギルドが関与していることに対しては違和感を覚えているようだった。

 

まぁ呪術師ギルドの思惑は置いておくとして、一番の問題はどうやってナナシャマラカイトをくすねているのかってところなんだが・・・
簡単に思い付くところで言えば、カッパーベル銅山を管理するアマジナの連中とつるんでいるか、働いている工夫に金を渡して持ち出しさせているかというとろこか。

でもまぁ・・・アマジナって線は薄いか。あいつら銅刃団の傍若無人な態度にいつも腹を立てているって言っていたからな。
工夫にしても、鉱山への入退場が厳しく管理されているあそこから持ち出すのは無理だろうし。
運搬中に襲って奪うという線も薄いしなぁ・・・・いや・・・これはまいったなぁ・・・
いつも頭の切れるレオフリックだったが、今回ばかりはさすがに頭を抱えて悩んでいた。


ふと私はコッファー&コフィンでアマジナの連中がしていた会話を思い出した。
一か月ぐらい前から、カッパーベル銅山は急に湧いて出たモンスターのせいで閉山中である。
出入り口は鉄灯団にて警備されているものの、銅山の中には誰もいない。

私はそのことをレオフリックに伝えた。
すると、レオフリックは不思議そうな顔をしながら「それってナナワ銀山」のことじゃないのか?
と聞き返してきた。

いや、確かに「カッパーベル」と言っていたはずだ。
私はアマジナの連中が間違いなくそう言っていたことを話すと、レオフリックはしばらく考え込み、何かに気が付いたかと思うと、突然頭を抱えた。

そうか・・・・俺が思い違いをしていただけなのか。
採掘が止まっているのは「ナナワ銀山」ではなくて「カッパーベル銅山」の方だったか・・・
いや、俺も「ナナワ銀山」にモンスターが湧いて採掘が止まっているって噂を聞いていたんだ。
ブラックブッシュで知人と話をした時もその話題になったが「どこの鉱山で」という話までしなかったから、てっきりナナワ銀山のことを言っていると思っていた。
しかし、この前ブラックブッシュ停留所にお忍びで行った時も普通に精錬所は動いていたし、ナナワ銀山方面からの高山鉄道も動いていたから、おかしいとは思っていたんだよ。


しまったなぁ・・・・あまり影響ないと思って情報の裏を取らなかった俺のミスだ。
あぁ・・・これはなんとも恥ずかしい・・・・


あ・・・あの「レオフリック」が狼狽えている。
これはすごく貴重な場面に出くわしたかもしれない。
斥候にとって、情報の真偽を正しく見定めることこそ重要な任務である。伝える情報が間違っていれば、それはすなわち味方を窮地に貶める事態に直結するため、自分の思い違いを信じてしまっていること自体、恥ずべきことなのである。

レオフリックは気持ちを切り替えるように気をとり直し、


今カッパーベル銅山は閉山されているのか。
でもそうなると、さらに銅山からナナシャマラカイトを持ち出すのは不可能・・・
・・・・いや、まてよ?

レオフリックは何かに気が付き、眼光に鋭さが戻る。

カッパーベル銅山ってのは300年以上前から採掘されていた銅山で、ずっと閉鎖されて放置されていたんだよ。
そこをアマジナが最近再開発を初めて、より深ところでの採掘を始めた。
ただ、これまでに掘られた無数の坑道が、まるで迷路の様に張り巡らされていると言っていた。
ということは、カッパーベル銅山内部に入るだけなら、アマジナでも把握できていない旧坑道がある可能性もある。
そこから誰もいない鉱山のなかに侵入して、採掘されてそのままになっている鉱石をこっそり運び出してるんじゃないか?

確かに危険は伴うが、盗賊団のような隠密性に優れた奴らなら、モンスターに気が付かれずに鉱石を集めることなんて容易いだろうし。

取って付けたような推測だが、あながち間違ってはいないとは思わないか?
よし、それはこっちのルートでもう一度洗ってみよう。


やはりこの男、非常に頭の回転が速い。
私の聞いた話から、ここまでの推測を導き出すとは。
斥候というものは、頭がよくないと務まらない職種なのかもしれない。


情報ありがとな!! やっぱりおまえ、俺との相性は抜群な気がするな!
どうだ? 不滅帯に入っておれと組まねぇか?
俺とおまえとだったら、もっといろんなことできると思うんだがな。


嬉しそうにレオフリックは笑う。
私としては、この男と組んだらとことんうまく乗せられて利用されそうだ。


私は今のところ、どこかに所属する気は無いことを伝える。
レオフリックは心底残念そうに、


そうか・・・
でも、気が変わったらいつでも声をかけてくれよ!
お前だったらいつだって大歓迎だからな!!

と、私の背中を「バンッ」と叩いた。
私は苦笑いをしながら、最後にローズ連隊の連隊長であるバルドウィンについて聞いた。


ああ・・・あいつか。
アイツは元々俺の部下だったんだよ。
自己顕示欲の塊みたいなやつで、ロロリトに気に入られたくて点数稼ぎばかりするやつさ。
平気で仲間を売るわ、責任を他人に押し付けるわで、連隊内部での評価は最悪だったが、目上の奴等へのごますりだけは一人前だったからな。結果として副隊長までの地位までのしあがってきた。

俺がローズ連隊の連隊長だった時、クレセントコーヴの地上げが主任務だったんだが、俺は強引な立ち退きではなくて、クレセントコーヴの村民たちに自主的な移転を決意させることを目指して動いていたんだよ。
あそこもシルバーバザー同様、先のねえところだからな・・・・
故郷を守りたいという思いは強いかもしれねぇが、残念ながら時代の流れには逆らえねぇ。

だったら、この先もずっとひどい目に遭わされて追い出されるより、納得の上で自主的に出ていった方が絶対後味はいいだろ?
例え故郷を亡くしたとしても、また新たに故郷となるところを作ればいい。
そうやって人は今まで栄えてきたんだからな。


レオフリックは、クレセントコーヴの村民たちを思い出しているのか、懐かしそうに、そしてどこか悲しそうな表情をしていた。


そう思って、俺はまずは村民たちと良好な関係性を築いてから、新たな移住地の提案をもって時間をかけてでも説き伏せていこうと思っていたんだよ。
だが、そんな俺を見てバルドウィンのやつは「村民に懐柔させられいる」って上に垂れ込みやがってな。
銅刃団の本部から呼び出しを受けたときに、俺の思い描いていた作戦を詳しく説明をしたんだが、どうやらそっちの手回しもばっちりしてあってな。抵抗空しく俺はローズ連隊長の任を解かれて、スコーピオン交易所に異動させられたんだ。

あいつは偉そうにはしているが、剣の腕も微妙だし人望もない。
ロロリトにとって、これ程「使い捨てにしやすい奴」はいないだろうな。
自分もまた利用されていることに気付かず、喜び勇んで「犯罪」の片棒を担いでいるんだろうよ。

とにかくだ、あいつが絡んでいるのであればこっちとしても好都合だ。
アイツは傲慢なだけの馬鹿野郎だからな。
調子に乗らせればぺらぺらと「余計なこと」を喋るだろう。

それをどうにか引き出してもらえねぇか?

 

 

私はレオフリックと別れて、ホライズンへと戻る。
バルドウィンをけしかけてシッポを出させるという宿題をもらったものの、面識もなく接点すらない私に何ができるだろうか。

ここはやはり部下であるフフルパを頼るしかないが、バルドウィンが鉱石の密輸に一枚かんでいることを伝えた時、フフルパは何をしでかすかわからない。それにその「密輸への関与」ということ自体レオフリックの推測の中の話でしかない。
もしその推測が間違っていたとき、無実の罪を浴びせられたバルドウィンがフフルパに何をするかもわからない。
フフルパには盗賊団の密輸のことだけ話をして、ホライズンで怪しいことが起きていないかを監視してもらうことにしよう。

 

私はホライズンに着くと、相変わらずの位置で監視に励むフフルパに声をかけ、盗賊団がナナシャマラカイトを国外に密輸しているらしいことを伝えた。


するとフフルパは、

そ、そ、それは、ほ、ほ、本当でありますか?!
なんてことでありますか!
ウルダハの貴重な資源を密輸するなんて、とんでもないことを聞いてしまったであります!
自分はこのことを、「足跡の谷」にいるバルドウィン連隊長殿に報告するであります!
銅刃団の誇りにかけて、 盗賊を必ず捕らえるであります!!


しまった!!!

と、制止するよりも早くフフルパは足跡の谷へと駆け出して行ってしまった。
私も慌てて追いかけるものの、フフルパの足は相当に早く、追いつくどころかどんどんと引き離されていく。

盗賊団の密輸に関与している疑いがあるバルドウィン自体にそのことを報告したとすれば、フフルパに危険が及ぶことは間違いない。
私はもつれそうになる足を何とか動かしながら、持てる力のすべてを使って走った。
しかし、それでもフフルパには追いつけず、私がフフルパの姿をとらえた時には、すでにバルドウィンに一生懸命何かを話している途中だった。


ば、バルドウィン連隊長殿!
大変であります!! 盗賊どもがカッパーベル銅山の貴重な原石を密輸しようとしているでありま・・・・・・連隊長殿、その石はなんなのであります・・・・か?

フフルパは、バルドウィンの奥で山積みになっていた鉱石を見て言葉を失う。
バルドウィンはため息をつきながら、

・・・・・・ったく、命令を破って持ち場を離れるとはな。
お前ってやつは余計なことばかりしてくれるぜ。

まさか、そ、そそ、それはナナシャマラカイトでありますか!
な・・・なぜその石がここにあるのでありますか!
その石は希少資源として輸出が厳しく制限されているもののはずであります!

お前には関係のねぇことだ。
だが、見られてしまってはしょうがねぇ。

バルドウィンが目配せをすると、遺跡の影から複数の男達が現れる。
銅刃団の連中と共に、キヴロン別宅跡を根城にしていた盗賊団と全く同じ格好をした男が現れた。


まさか・・・・盗賊!!
バルドウィン連隊長殿は、盗賊と手を組んでいたのでありますか!!
とすると・・・・この鉱石も密輸するつもりだったでありますか!

ほう? 馬鹿にしては随分と察しがいいじゃねぇか。
お前はどうせ死ぬんだ。冥土の土産にいいことを教えてやろう。

俺はある方の命を受けてこの盗賊団の連中と共にナナシャマラカイトの密輸を手助けしている。
呪術師ギルドのお偉いさん方の協力も得てな。これがどういうことを意味するか分かるか?


わかりたくもないであります!
それにこんなこと、ロロリト様がお許しになるはずがない!!

ハハ・・・・・ハハハハハハッ!!!!

バルドウィンはフフルパの言葉を聞いて思わず高笑いをする。

馬鹿正直だとは思っていたが、ただの馬鹿だったか!!
いいかよく聞けよフフルパ。
このことは誰でもない、ロロリト様直々の命令なんだよ!

・・・・・・な・・・・・・な・・・・・・・・・・・・なんですとおおおおおおおおおッ!

 

お前の言うような「正義」なんぞ、この銅刃団にはコレっぽっちもねェんだよ!


バルドウィンの言葉を受けて、がっくりと地面に崩れ落ちるフフルパ。
自身が信じて疑わなかった正義を折られたショックで、フフルパは肩を震わせていた。


さて・・・・最後の余興としては中々の見世物だったぞ・・・フフルパ。
俺を楽しませた褒美として、せめて苦しまずにあの世へと送ってやるよ!!

そういってバルドウィンは剣を振り上げ、フフルパの首元めがけて一気に振り下ろす。

私はフフルパへと飛びつき、その小さな体を突き飛ばす。

ザクッ!!!

がぁっ!!!

左腕に鈍い痛みが走る。
私は左腕を確認すると、ダラダラと血が滴っていた。
どうやら運の悪いことに、防具のつなぎ目から剣先で切られてしまったようだった。


ぼ、冒険者殿?!!!!


突然突き飛ばされたことで呆然としていたフフルパだったが、腕から血を流す私の姿を見て我に返ったのか、血相を変えて私の元へと駆け寄ってきた。


だ、だ、大丈夫でありますか!!


気が動転したようにガタガタと震えながら、私の左腕を見てくる。
血で真っ赤にはなっているが、傷自体はそれほど深くはない。
私は「大丈夫だ」と答える。
フフルパは震える手で、自分の腰に下げていた布をほどくと、私の腕にきつく巻きつけた。


ち・・・・余計なことをしてくれるな冒険者ぁ!!
お前もまとめてあの世に送ってやる!!


切りかかってくるバルドウィン。
だが、バルドウィンの行く手を塞ぐように盗賊団の男が立ちふさがった。


おい!!!?


戸惑うバルドウィンをよそに盗賊団の男は、私に向かって


青い防具の冒険者・・・・青い防具の冒険者・・・・・
・・・・・おまえ・・・・俺のオヤジを殺したか?


私は突然のことで一瞬思考が止まる。
しかし、すぐにこの盗賊団の男が何者であるか思い当った。
私は「それはキヴロン男爵のことか?」と聞き返す。

すると、フードに隠れていた呪術師の男の顔が狂気に歪む。


・・・・そうだ・・・・サー・キヴロン男爵Ⅲ世は俺のオヤジだ!
よくもヤってくれたなこのくそ野郎!!!!


怒号と共に盗賊団の男は手を体の前に構えると、体から一気に魔力を放出する。
そして放出された魔力は一瞬で盗賊団の男の手の前に球状に圧縮され、私目がけて放たれた。

やばっ!
剣を交ぜ合う間合いではないものの、遠距離攻撃を主とする盗賊団の男との距離はほとんど無いに等しい。
咄嗟に避けることができるわけでもなく、切られて力の入らない左腕で盾を構えることもできない。
無防備な体勢の私目がけて、盗賊団の男が放った魔力の塊は容赦なく迫る。

 

その時、足元で一瞬何かが動いたかと思うと、私に迫っていた魔力の塊はあらぬ方向に弾き飛ばされ、爆ぜる。
ドンッ! という衝撃音。そして次の瞬間には盗賊団の男は地面に組み伏せられ、その後ろで呆気にとられていたバルドウィンに鋭い剣の一撃が眼前に迫る。
バルドウィンは間一髪のところでその剣戟を躱し、大きく後ろに飛びのいた。

フ・・・フフルパぁ!!!!!!


フフルパは一度間合いを確かめて、再び剣を構える。
町を警備していた時の危なっかしさは何処へやら。
その小さな体躯に似合わず、圧倒的な存在感が感じられた。


冒険者殿! 自分はこいつらを相手をするであります!
だから今のうちに逃げるであります!!
銅刃団の誇りにかけて、自分はこいつらに制裁を加えるのであります!!


私を逃がし、一人で戦おうとするフフルパ。

フフルパは突っ込んでくるバルドウィンの槍の攻撃を華麗に避けながら、私に逃げるように促す。
そんな中でも隙をみては懐に潜り込み、一撃を入れては再び距離を取る。
それほど素早い攻撃の中でも、周囲への警戒は怠っていないためか、他の銅刃団の攻撃ですらも相手の動きを読んでいるかのように躱していく。フフルパは次から次へと立ち位置を素早く変え、相手に的を絞らせない。

まるであらかじめ決められた殺陣を見ているかのように、フフルパはひらひらと蝶のように攻撃を躱し、蜂の如く鋭い一撃を打ち込んでいく。

ひょいひょいと華麗に攻撃を躱していくフフルパの動きには何一つ無駄がなく、美しいほどに洗練されていた。
これは地道な稽古を怠ることなく、日々鍛錬に励んできた証拠だ。
剣士としてのセンスもさることながら、基礎に裏付けされたフフルパの体裁きは一瞬たりともぶれない。

 

私はそんな気高き戦士を一人置いて逃げるわけにはいかない。
切られた左腕で持っていた盾を捨て、大きく深呼吸をする。
そして、私もまた剣を構えた。

冒険者殿!? あなたには関係のない戦いなのであります!!
それにその怪我では・・・・早く逃げるであります!!


フフルパは私の退路を守るかのように動き、敵を寄せ付けない。
確かに、怪我をした者がいるだけで勝利は数倍困難なものとなる。
常に攻めるのと、守りながら戦うのでは、難易度が断然違うのである。


しかしこの戦い・・・・自分も深く関係あるのだ。
フフルパの放った足払いで地面に組み伏せられた盗賊団の男がゆっくりと立ち上がる。
その表情は怒りに狂い、すでに正常な思考を失っているようだった。
構えた手には再び魔力の塊が凝縮している。

お前のせいで・・・・・お前のせいでぇぇ!!!


こいつは・・・先に仕留めないと厄介だ・・・
私は第一目標を盗賊団の呪術師に定め、フフルパに目配せをする。
フフルパは私の意図を察してくれたのか、そのままバルドウィンと他の銅刃団の連中を釘付けにするように立ち向かっていった。

幸い、復讐に狂う呪術師の男は私以外に気を逸らすことはなさそうだ。
呪術師は攻撃の威力こそ大きいものの、魔力を放出するまでに時間がかかる上、集中力を常に維持しなければならない。
そのため、攻撃距離の広い呪術師は大体後方から攻撃を行う者がほとんどだ。
しかし、呪術師の男は怒りで我を忘れているためか、前に突出したまま後ろに下がる気配もない。

今回はフフルパと二人とはいえ、相手は呪術師の他に槍術士や弓術士までいる。
さらに切られた私の左腕では盾を持つことすら難しく、あらゆる攻撃から身を守ることができない。

とすれば、やることは一つ。
攻め続けて、攻撃される前に仕留めるしかない!

私は呪術師側の加勢に加わった銅刃団達には目もくれず、呪術師めがけて突進する。
右方から放たれた矢をなんとか掻い潜り、地面に落ちている石を呪術師めがけて蹴り飛ばしながら、一気に間合いを詰める。
飛び向かってくる石に集中力をそがれた呪術師は満足に魔法を撃つことができないでいる。
それでも、呪術師は下がることもなく敵意を私に向け続けた。
呪術師の目はすでに理性を失っている。周りの状況などお構いなしに、私に対してただ復讐することにのみ全力を向けている。

ガツッ

と、満足に整備されず、木の板が捲れあがっている木道に足をとられて一瞬私の体がよろめく。
その隙を逃すまいと呪術師の男は凝縮された魔力の塊をよろけた私の体めがけて一気に解き放つ。

狙い通り・・・・!

呪術師の手から魔力の塊が放たれると同時に、私は大きく身を翻して迫りくる魔力の塊をすんでのところで躱し、呪術師の懐に一気に飛び込んだ。
私はわざと隙を作り、障害となる魔力の塊を撃たせた。一か八かではあったが、避ける準備さえしておけばたとえ距離が近かろうと避けることはできる。

その勢いのまま、私は盗賊団の呪術師の胸に剣を突く。

ザクゥ・・・・

骨に閊えることなく、ズブズブという感触を手に伝えながら、私の突き出した剣の切っ先は
呪術師の胸に深々と突き刺さった。

ぐふ・・・・・

呪術師の男は、口から血を溢れさせながらも、決して私から目を背けなかった。
弱々しく震えながらも、自分の胸に刺さった剣を握る。

血が溢れ出す口をパクパクと動かし、何かをしゃべっているようだった。しかし行き場を求めて湧き上がり続ける自身の血によって声帯を震わすことができず、それは決して声となることはなかった


冒険者殿!! 後ろ!!!


フフルパの声に反応して後ろを振り返ると、銅刃団の剣術士がこちらに迫っていた。
呪術師の胸から剣を抜こうとするが、肉に深く刺さった剣はビクともしない。
私は咄嗟に足を呪術師の胸に当てて、蹴り飛ばすように力を入れて何とか剣を抜く。
そしてそのまま勢いのついた剣で、銅刃団の剣術士の攻撃を受ける。

ガギィィィン!!
ビシャァ!!

金属と金属がぶつかる甲高い音が響く。
剣にべっとりと付いていた呪術師の血が、飛沫となって剣術士の男に降りかかった。

ウガッ!!!

その血の飛沫がどうやら目に入ったらしい。
目の痛みに悶絶する剣術士の男を、間髪を入れず剣で薙ぎ払った。

ガァン!!

私の剣は血で濡れ、切れ味が鈍っていたためか、剣術士の着ていた鎖帷子を切り裂くことは敵わなかった。
しかし、剣術士の男は強い衝撃に耐えきれず気を失ったようだった。

はぁ・・・はぁ・・・


残るは・・・・
私は血で滲む視界のなかで、何とか周りを確認する。
バルドウィンと距離をとっていた弓術士一人を残し、他の銅刃団の男たちはすべてフフルパ一人によって打倒されていた。

フフルパを見ると、あんなに激しく動いていたにもかかわらず、少しも息を乱していない。
本当に一人ですべてを打倒できたかもしれないと思うほど、その小さな体躯から想像できないほどの強さを持っていた。
当然、私に比べても段違いの実力だ。

フフルパはそのままバルドウィンのみに照準を絞り、再びとびかかっていく、

それならばと、私は残された弓術士に狙いを定める。
しかし、私から敵意を向けられた弓術士の様子がどうもおかしい。
弓術士は私のことを恐れ慄いているようで、ゆっくりと近寄る私を拒むかのように後ずさりを始めた。
そして「わぁぁぁ!!」という声を上げて逃げていった。


くそっ! 逃げるなぁぁ!!


バルドウィンは無様に逃げていく銅刃団の仲間に声を張り上げるが、声が届くこともなくただ一人となった。

 

もはや多勢に無勢!! 大人しく観念するであります!!


バルドウィンに投降を呼びかけるフフルパ。
バルドウィンは予想外の展開に納得がいかない様子で、


な・・・なんでそんなに強いんだよ!
くそっ!! ほかの盗賊の奴らは何やってるんだ!! 呪術師ギルドの連中は!?


キョロキョロと周りを見ながら、バルドウィンは後ずさりを始める。
確かに呪術師の男以外に、盗賊団の連中が加勢に来ないのはなぜだ?

私は奇襲を警戒して構えを崩さない。


そこまでだ!!


突然、女性の甲高い声が周囲に響き渡る。
声がする方を向くと、そこには別の銅刃団の者たちが複数立っていた。

第十六話 「受け継がれる護身刀」

ホライズンに着くと、眠気と戦っているのかうつらうつらしながらも必死に堪えているフフルパに声をかける。
フフルパはビクッと体を揺らして驚きおののいた。


じ、自分は決して居眠りなんかしてないのであります!


と、誰に対して言い訳をしたのか分からないが、慌てて姿勢を正す。
そして私を見るや否や、


あぁ!!! 冒険者殿でありましたか!!
お手紙は届いてましたか!!


と、一瞬で眠気が吹っ飛んだようで、キラキラした目で私に詰め寄ってきた。そして、口元から垂れている涎もまた陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。私は口元を吹いた方がいいとフフルパに言いながら、レオフリックのその後についてを説明する。そして、レオフリックから渡されたダガーをフフルパに渡した。


?? こ・・・・これは!!
銅刃団ローズ連隊の連隊長が代々受け継いできた護身刀ではありませんか!!
じ、じ、じ、自分がこのダガーを持つなど、そんな恐れ多いことできないでありますっ!


そういって、フフルパは口元を拭くことすら忘れ、渡したダガーを私に返そうとするが、


い、いやいや、ちょっと待ったであります!
この贈り物は・・・・・・きっと自分に対する元連隊長殿のメッセージに違いないでありますっ!
・・・・・・とにかく、この不肖フフルパ、 せめてこのダガーに恥じぬよう、銅刃団の使命を果たすであります!


と、自分自身で自分を納得させたようで、差し出してきたダガーを自分の胸元へと引っ込めて、大事そうに懐へと入れた。
フフルパの顔はとても幸せで一杯の様だった・・・・が、私はよだれの跡が気になって仕方がなかった。

 

冒険者殿、ありがとうございましたっ!
レオフリック元連隊長殿は、自分に正義のなんたるかを教えてくれた恩人であります!
周囲に馴染めなかった私めなんかにも気を使ってくださって、元連隊長は僕にとっての目標なのであります!


私は、レオフリックはロストホープ流民街に異動になっても、立派に任務をこなしていたことを伝えると、とても嬉しそうにはしゃぎながらレオフリックの連隊長時代の昔話をしてくれた。
レオフリックはスコーピオン交易所に異動になる以前は、ここホライズン周辺を警備するローズ連隊の隊長だったとのことだった。
話によると、呪術師ギルドによる足跡の谷での遺跡調査が始まるあたりから、スコーピオン交易所へ配置替えになったようだった。


元連隊長の転任の話は突然のことだったのでびっくりしたのですが、命令ならば仕方がないのです・・・
元連隊長殿がスコーピオン交易所に転任してからずっと、自分は連隊長殿にお手紙を出していたのですが、いつもお返事が返ってこないので不思議に思っていたのです。
担当の方に聞くと、ちゃんと渡したと言っていたのではありますが・・・


???


レオフリックは、私がフフルパからの手紙を渡したとき、すごく懐かしがっていた。
常に手紙を読んでいれば、そんな反応はしないはず・・・
私が直接届けた手紙の時とそれ以前に出していた手紙とで、出し方に違いがなかったか聞いてみると、

・・・はい、お恥ずかしながらそうなのです。
普通であれば連隊の担当が一括して手紙の配送手配をするのでありますが、その時は出すのが遅れてしまって・・・
で、たまたまスコーピオン交易所に向かうという行商人の方を見つけたので、配達をお願いしたのでありますっ!


そういうことか・・・・手紙は届かなかったのではない、届けられなかったのだ。
レオフリックに宛てたフフルパの手紙は、銅刃団によってずっと検閲され続けていたのだろう。
それは、フフルパからの手紙がレオフリックに届くことによって、何かしらの不利益が発生することを恐れた。
だとすると、ここの銅刃団も何かを企んでいるようだ。
ただ、マークされ続けていたフフルパが今もなお無事であることを考えると、実際に手紙に書かれていた内容はそれほど重要ではなかったのかもしれない。

 

フフルパは少し考えた上で、意を決したように私に話しかける。


元連隊長殿が信用する冒険者殿に折り入ってお願いがあるのです!


レオフリックが私のことを信用してる?「使いやすい」の間違いではないか?
と思いながらも謙遜すると、


いえっ! このダガーは歴史あるローズ連隊の象徴。
このような大事なダガーを託すということは、あなたが信用できる人間だと証明する手段に他なりません!


・・・そういう意味もあったのかと、心底感心する。
レオフリックの行動には、すべてにおいて意味がある。今後のためにしっかりと心にとめておこう。


実は最近、足跡の谷の近くにあるクレセントコーヴという漁村に盗賊団が居ついているとの情報があるのです。
クレセントコーヴは呪術師ギルドのお偉いさんが遺跡調査を行っているところのそばにあり、ローズ連隊の小隊が護衛しているとはいえ不安で仕方がないのでありますっ!
このことは現連隊長であるバルドウィン連隊長殿にも進言したのではありますが、調査の護衛が最優先とのことで取り合ってもらえなかったのであります。


そこで、冒険者殿にクレセントコーヴの状況を見てきて欲しいのであります。
私が行ければいいのでありますが、大事な任務中の身、動くことはままならないのであります!


あぁ・・・「ここを動かず立ってろ」という任務は今も継続中の様だった。

 


私はフフルパの依頼を受けて、クレセントコーヴへと向かう。
足跡の谷へと差し掛かると、以前と同じように、呪術師らしき集団を守るように銅刃団の連中が立っていた。
改めて見ると、呪術者ギルドの調査員は、何かをしているようにも見えるし、何もしていないように見える。
ジロジロとみていると怪しまれるため、横目でさっと見ながらクレセントコーヴに向かおうとすると、

おい! そこの冒険者!!

と警備をしていた内の一人の銅刃団の男が、こちらに駆け寄ってくる。
ここ最近所銅刃団絡みのいざこざに巻き込まれ続けているせいか、声をかけられるとついつい警戒してしまう。


お前、これからクレセントコーヴに向かうのか?
だったら村にラッフという漁師がいるから、今日中に活きのいいうまい魚を数匹ホライズンの酒場に届けておくように伝えてくれ。
我々が今警備している呪術師ギルドのお偉いさん方との酒宴に出す魚だ。変な魚を出されたのではこっちのメンツが潰れるからな。
お代は・・・・そうだな・・・「後払いで」と言っておけ。頼んだぞ。

そう言って私を呼び止めた銅刃団の男は警備へと戻っていった。

 

クレセントコーヴは、足跡の谷と同じく低い土地の海岸沿いにある小さな漁村だ。集落の規模は大きくはないものの、漁港の規模はシルバーバザーを凌ぐ。
だが、ここもまた船舶の姿は少なく、貧民街を思わすほどに廃れていて活気がなかった。

とりあえず私は銅刃団の男に頼まれた伝言を伝えるため、漁師のラッフを探した。
ほどなくして桟橋で他の漁師と話をしているラッフを見つけると、私は銅刃団の男から言付かった伝言を話す。


けっ・・・・・・ツケとか・・・金払うつもりなんてさらさらねぇくせに・・・・
はぁ・・・活きのいい魚ねえ。霊災で潮目が変わって以来、まともに漁にも出れんし、いい魚なんざ網にかかっとらんよ。
少し待ってれば、近場に漁に出た連中が戻ってくるから何か収穫がなかったかきいてみるか。
まあ、なかったとしてもなんとか宴ができる程度のものは納品しておくさ。
悔しいが、銅刃団の連中の機嫌をそこねると面倒だからな・・・・・・。

私はラッフにここに居ついているという盗賊について聞いてみた。


盗賊? あぁ・・・最近居ついたあの横暴な連中のことか。
ここには銅刃団はおろか冒険者もよりつかねぇような寂れた漁村だからな。
犯罪者にとって、周りを気にせず好き放題できるここは楽園なんじゃねぇのか。
いつもいつもやりたい放題に荒らしまわりやがって・・・くそっ


どうやら情報通り盗賊団と思しき連中はここに居ついているようだ。
ラッフは指さしながら、

ほら、あそこにいる女を見てみろ。
顔に痣があるだろ? あれは昨日盗賊の連中に「酷い目」に合わされたんだ。
金を払うつもりもねぇ癖に、出した飯が不味いだとかなんとかいちゃもんを付けてな。


悔しいが、この村にはあいつらを追い出せるような武人も対抗できる武器も何もねぇ。
逆らえばあいつらのオモチャにされた挙句、殺されておしまいなのさ。


理由はわかっていたものの、一応私はなぜ銅刃団の連中が助けに来ないのか聞いてみた。


銅刃団?
ハッ! あいつらがこんな寂れた集落を守るかっての。
どちらかといえば、あいつらこそクレセントコーヴを一番潰したいと思っているだろ。盗賊連中に好き放題やらせているのもベスパーベイ港拡張開発による地上げのための立ち退き勧告をうちらが断り続けている腹いせだろうしな。

この前だって、目と鼻の先で盗賊の奴らに村の者が袋叩きにあっているのに、あいつらは遠くから笑ってみているだけだった。
とにかく、ロロリトの手下である銅刃団なんざ信用できるわけがねぇ。

それでも、ここいらを仕切っている銅刃団の連隊長がレオフリックだった時はかなりましだったんだけどなぁ・・・


ラッフは先ほどまでの厳しい表情から一転、懐かしむような柔らかい表情に変わる。


あいつ、しょっちゅうホライズンを抜け出してはここに飯を食いに来てたんだよ。
網元の魚はいつ来ても獲れたてだから絶品だ・・・なんて、よく交易品からくすねたリムサ・ロミンサ産の酒を手土産に持ってきてね。

「これは商品の検閲の時に不合格となった三流品だからいいんだよ」なんて言っていたが、飲めば誰でもわかるくらい旨い一級品の酒だったよ。


いつも陽気で気立てのいい男だったから、村の女性だけでなく気性の荒い漁師連中とも仲が良くてね。
なんかこっちが逆に心配になって、地上げについて聞くと「上には適当な理由をつけてごまかしてる」って笑っていたよ。


でも急に姿を見せなくなったと思ったら、いつのまにか連隊長が今のバルドウィンに変わっていたんだ。
バルドウィンは元々副隊長で、連隊内でも人気者だったレオフリックを目の敵にしていたんだ。
そしてバルドウィンはレオフリックがここに入り浸っていることを知っていたから、仲の良かったここの村人へのやつあたりはそれはもう酷かったよ。


言うに事欠いて、
「今もこの村が存在しているのは俺のおかげだ。これからも集落を守りたければ、俺たちの言うことはなんでも聞け。」
って言いやがったんだ。

それからというもの、ここに酒の肴をせびりに来ては金も払わず帰っていきやがる。
守る気もさらさらねぇ癖にな!

そして今度は盗賊団だからな・・・・
第七霊災のせいで魚は獲れなくなるわ、地上げにあうわ、銅刃団に睨まれるわ、挙句の果てに盗賊団に居つかれるわ。
・・・・・本当にこの村に救いはねぇよな。


ラッフは力なくハハッと笑った。
私はラッフの話を聞いて、ふとシルバーバザーを思い出す。
あそこもまたここと同じく、再興の希望もないほど追いつめられている状況だ。それでも、土地を捨てて新天地に希望を託すことをしないのはなぜなのだろうか。

シルバーバザーのキキプのこともある・・・私は思い切ってそのことをラッフに聞いてみた。


お前さん、出身はどこだい?・・・・あぁ、流民出なのか。
それじゃあ俺らの気持ちはわからんだろうな。

確かにお前の言うとおり、何の希望もねぇこの漁村を捨てて新しいところで再起を図ったほうがいいんだろうよ。
ウルダハ周辺で漁業を営むことができるところはねぇから、いっそバイルブランド島に渡っちまうのも一つの手かもしれねぇ。
・・・・・でもよ。ガキん頃からの思い出がたくさん詰まったところを捨てるってのは、そんなに簡単なことじゃねえんだぜ。

故郷を離れるってわけじゃねえ。
故郷が無くなるって話なんだからな。

確かに、第七霊災以降にこの村を出て行った奴は大勢いる。それでも今もここに残っている連中は、みんな故郷と心中してもいいと思っている連中ばかりなんだよ。
たとえ生活が苦しくても、たとえ希望がなかったとしても。それでも蜘蛛の糸よりも細せえかもしれねぇ一縷の望みにすがって村に留まっているんだ。
それに嬉しいことだってある。一度ここを出ていった連中が「手土産」を持って戻ってきてくれるんだよ。
世界中で色んなものを見聞きして、この村のためになればと色んなものを持ち込んでくれる。

あそこで土巻いている奴なんて、せっかく外で稼いできた金をつぎ込んでリムサ・ロミンサから良質な土を調達してるんだ。
ここに畑を作って野菜を栽培しようとしてるんだよ。目指すはナナモ王立菜園!!! だってよ。
漁師ししかしねぇ! なんて言うほどの頑固者だった奴が、農業を始めるとか・・・・笑えて涙が出てしまうぜ。


言いながら、ラッフは目に溜まった涙を拭き取る。


そういう故郷愛に溢れた情の厚い奴らのためにも、残ったものは「故郷」を絶対に守っていかなければならねぇんだよ。
盗賊に好き勝手されようが、銅刃団から嫌がらせを受けようが、俺たちは命を懸けてでもこの村を守り通すさ。


一見無気力に見えたラッフの目には、キキプと同じ信念の炎を宿していた。

私はこの集落を救いたい。
再興について出来ることはないが、せめて盗賊だけでも排除できれば・・・・・と思いを決めた。
ここはレオフリックにも深い縁がある。あいつに頼るのも癪ではあるが、一度相談してみよう。
バルドウィンという人物についても聞いてみたい。

ラッフに盗賊について何か知っていることは無いかと聞く。


んん? そうだな・・・アイツらは決まって夜にどこかに出かけているようだな。
大体朝方に戻ってくるんだが、いつも体全体を埃で真っ黒にしてくる。
かといっていつも手ぶらで帰ってくるから、何をしているのかはさっぱりわからねぇ。

ただ「あと少しでザナラーンともお別れだ」とか言っていたのを聞いたことがあるから、近々ここから出ていくつもりだったのかもしれねぇな。もう少し我慢すればここも盗賊連中の横暴から解放される・・・そう信じたいものだよ。

ラッフは遠い目をしながら語った。


私は一度ホライズンへと戻り、フフルパにクレセントコーヴの現状について報告する。


そうでありますか・・・・
確かに、ここ一体を警備する我らローズ連隊の連隊長がバルドウィン殿になってからというもの、色々と様子がおかしいのであります。盗賊紛いのガラの悪い連中がこの辺にたむろする様になったでありますし、怪しげな積み荷を乗せた行商人が検閲所を通さずに通行出来たりと、レオフリック元連隊長殿の頃にはこんなこと絶対になかったのであります。

最近では毎夜、呪術師のお偉いさん方と酒場を貸し切って酒宴を繰り返しているのであります。
おもてなしとして必要なこととはいえ、ちょっと度が過ぎている・・・・はわわっ!!

ぼ、冒険者殿!! 今の話は聞かなかったことにして欲しいのであります!
こともあろうに直属の上司である連隊長殿の悪口を言ったとあっては、私の忠誠心が疑われてしまうのであります!

フフルパは慌てて口元を隠しながら、私に懇願してきた。
そそっかしいというかなんというか。レオフリックがほっとけなかったという気持ちがわかるような気がした。


とにかく、クレセントコーヴの状況はわかりましたであります。
やはり居ついている盗賊団を何とかしなければなりませんであります。
しかし、一体どうすればいいのでしょうか・・・・うむむ。

考え込んでしまったフフルパに私は別れを告げると、
「助かったであります!」と言いながら、ブンブンを手を振って返してくれた。


今日はもう日が暮れてしまったので、宿屋を探して明日にでもロストホープに向かおうか。
その前に何か食べておこうと思い、酒場に向かった。

酒場に入ると、給仕たちがバタバタと準備をしていた。
中には街の住民はおろか、商人も冒険者の姿もなかった。
入ってきた私を見て、ひとりの給仕が駆け寄ってくる。

すみません・・・酒場は貸切なんです・・・・。
今晩もまた銅刃団の方と遺跡調査で逗留されている呪術師ギルドの方とで盛大に酒宴を催すとのことで・・・


と、申し訳なさそうに言ってきた。
私は「カウンターの隅でもいいから一席設けれないか」と聞いてみたが、給仕は困った顔をしながら、

いえ・・・酒盛りが始まってしまうと、銅刃団の方も呪術師ギルドの方も・・その・・・みなさん暴れてしまうので・・・
お客様に危害が及ぶと申し訳ないので、席のご用意はちょっと・・・

と、やはりお断りされてしまった。ふと、給仕の顔を見ると黒く痣ができていることに気付く。
私はその痣のことを聞いてみたが、

・・・・いぇ・・・これは・・・なんでもありません・・・・

と、今にも消え入りそうな声で、怯えたように答えるだけだった。
わたしは「無理を言ってすまなかった」と謝り、酒場を出ようとする。
すると、入れ替わるように銅刃団の連中が呪術師ギルドの調査団を連れて酒場に入ってきた。
酒場から出ていく私を見て、銅刃団の男がニヤッと笑う。

すれ違いざまにその男を見ると、足跡の谷で警備を指示していた偉そうな男だった。

もしかしてこいつがバルドウィンか?
私はその男の特徴を頭に焼き付け、酒場を出る。
私はそのまま酒場の外で中の様子をうかがおうと思ったのだが、酒場の外を守るように別の銅刃団の者たちが見張っているため、中の様子を盗み見ることは叶わなかった。
諦めて宿屋へと向かおうと歩きはじめると、ふと視線を感じて酒場の入り口のほうを見る。
すると深くローブを被った呪術師ギルドの調査員と思しき者が、こちらをじっと見ているようだった。
私の視線に気が付くと、男はさっと酒場の中へと消えてく。

 

不審に思いながらも私は宿へと戻り、部屋の中で一度頭の中を整理した。

クレセントコーヴに居ついた盗賊団。
怪しげな呪術師ギルドの調査団。
相変わらず不穏な動きを見せる銅刃団。

銅刃団と呪術師ギルドとは何かしらの関係性を疑う余地はないが、果たして盗賊連中はどうなのだろうか?
今までの話では、盗賊と銅刃団が結びつくような話は無い。
だが、盗賊のクレセントコーヴでの横行を見て見ぬふりをしている時点で、何かしらはあるような気がする。
地上げのために金を払って襲わせている?
しかしラッフは盗賊連中が夜な夜などこかへ出かけているといっていた。そしてあと少しでザナラーンから出ていくとも。
それに酒場の入り口でこっちを見ていた男・・・・どこかで見たような気がする・・・・。

考えれば考えるほど絡まっていく思考で頭が痛くなる。
結局何一つ考えがまとまらないまま、その日は眠りに落ちていった。

第十五話 「ウルダハの闇」

これは・・・・夢?


私は、夢の中であの銀髪の青年を見ている。夢にしては随分とはっきりとした感覚。
でも実体は無く、私はふわふわと空を浮遊するように、ウルダハの街を俯瞰で視ていた。

同じようで、どこか違うウルダハの街並み。
そして、銀髪の青年は幾分か顔立ちが幼い。

これは・・・過去視か?

第七霊災で記憶を失って以来、ごく稀にこんな夢を見ることがあった。
いつもの夢のような幻視とは違う、現実のようにはっきりと知覚できる夢。
過去視で視たことが果たして現実なのかはわからないが、人の過去を言い当てて気味悪がられたこともある。
とすれば、本当に過去を視ているのかもしれない。

銀髪の青年は、ウルダハの女性に取り囲まれながら、楽しそうに街を歩いている。
時折耳に入ってくる噂話に耳を傾けては何か思慮に耽ったりもしているが、女性に声を掛けられると青年は気を取り直したように甘い言葉で女性を口説いていた。


ふと空を見上げると、そこには赤く輝く天体が見えた。
太陽? いや違う・・・・・・・あれは別の何かだ。
禍々しいほどの妖気を漂わせながら、まるで迫ってくるかのように怪しく輝いている。
その赤い天体を見た時、無くしたはずの記憶の奥底におぼろげな影が揺らめき始める。


多分・・・・・・私はあれを見たことがある。
思い出そうとしても、まるで蜃気楼のようにゆらゆらと揺らぐ記憶は決して像を結ばない。

突然、記憶の一端を黒く塗りつぶすように目の前が暗転し、場面はこちらの意思とは関係なしにチカチカと変わっていく。
エーテル・・・・・アマルジャ・・・・穀物の値段・・・・ササガン大王樹?

何だろうか・・・この夢は・・・・一体俺に何を伝えたい・・・・?
視界は再び闇に呑まれ、はっきりとしていたはずの意識も、ゆっくりと・・・・ゆっ・・・・くりと、

深い闇へと沈んでいった。

 

 

ハッとして目を覚ますと、視界の先には銀脈を追う青年の顔があった。

あっ!! 目を覚ました!!!

青年は意識を取り戻した私を確認すると、脱力したのか「へたり」と地面に腰を落とした。

本当に・・・・本当に良かった・・・
騙された僕を救うために、助けに来てくれたあなた自身が命を落としてしまったら、死んでも死にきれなかったよ・・・

でも、大丈夫なのかい!?
突然糸が切れたように倒れたから、死んでしまったかと思ってびっくりしたよ。
やっぱりどこか大きなけがをしているとか・・・


私は自分の体を確かめる。確かどこも怪我はしていないはずだ。
もっとも、あの妖異の攻撃を一度でも喰らっていれば怪我どころでは済まされなかっただろう。

私は問題ないと立ち上がると、青年もホッとしたように顔に笑顔が戻る。


あっ!! 調査団の人達は!?


青年は慌てて立ち上がろうとする。

あれ・・・あれ?
・・・・すまない・・・腰が抜けてしまって動けない・・・・

青年は情けなくうなだれた。

私は青年に無理をしないように言い、急ぎ気を失って倒れている調査団のもとへと向かう。
強いショックを受けて気絶しているものの、外傷自体はあまりない。
私は気絶している調査団の者の口にポーションを流し込み、無理やり飲ませて治療にあたる。
ほどなくして調査団の男たちも目を覚ました。

全ての人の治療を終え、私は青年の元に戻り改めて今回の経緯を聞いてみた。

ははっ・・・なんとも情けない話さ。
俺は銅刃団の連中に初めから騙されていたんだ。

青年は顔を俯かせながら、とつとつと私に話を始める。


僕はもともと第七霊災の時に故郷を失って、貧民街に流れついた流民なんだ。商売の国であるウルダハになら、再起のチャンスがあると思ってここに来たんだよ

でも、現実はとても厳しいものだった。貧民街の人たちはろくな仕事に就くこともできずに、その日を生き延びるのだけで精一杯の状況だった。たとえ仕事に就けても、貧民であるというだけの理由で満足な金をもらうことができなかった。

僕は貧しい暮らしに身を置くことしかできない貧民達を見て、我慢がならなくてね。
ウルダハで一旗揚げて、貧民達を貧困から解放したいと思ったんだ。

とにかくがむしゃらに働いたよ。人脈を広げて、どんなに小さい依頼でも受けてさ。
長い商売ってのは、結局のところ人脈と信用がすべてだからね。
努力の甲斐もあって僕は商人として成功して、より大きな商売を興そうとしたんだ。

でもウルダハでの商売には、越えられない壁がある。


青年は熱が入ってきたのか、ぐっと顔を上げる。

ウルダハの法律は王宮のご意見役である「ナル・ザル教団」の司教たちが策定しているんだ。
そもそもウルダハには商人以外に納税義務がない。そしてその税金のほとんどが国庫へと入っていく。
規模を維持するために多額の費用が必要だったナル・ザル教団は、国から割り当てられる予算以外の活動資金として、信徒である商人から長きにわたって献金を受け取ってきた。
だから教団に献金をすればするほど、強力な発言権を有することができる仕組みが出来上がっているんだ。

で、今の「商取引法」はロロリトの多大な献金によって「東アルデナード商会」に有利な内容になっているんだ。
ここで大きな商売をしようものなら、必ず「東アルデナード商会」を通さなければならない。他国との交易品は特にね。

交易拠点のホライズンにしろ、他国との玄関口となるベスパーベイ港にしろ、スコーピオン交易所にしろ、実質的な支配権を握っているのはロロリトだ。
そして今の商取引法では、ウルダハに持ち込まれる物品はすべて交易所で事前に検閲し、合格した物のみが商品としてウルダハに持ち込みできることになっている。

そして、その検閲行為を教団によって任命されているのが「東アルデナード商会」なんだよ。

ということはだ。
ロロリトに睨まれでもすれば、売るどころか、ウルダハ内部に商品を持ち込むことすらできなくなるんだよ。
あ、シルバーバザーだけは別だけど・・・・・・あそこはもう・・・ね。


僕は銀脈の採掘権を獲得して、そこで出た利益を献金につぎ込んで、今の不公平な商取引法を公平なものへと変えたかったんだ。

今のような一部の有力商人ばかりが利権を握る構造ではなくて、実力さえあれば誰でも商人としてのし上がることの出来る健全な商売環境を整えることが出来さえすれば、新しい商売だっていっぱい出てくるし、雇用だって自然と生まれる。

そうすれば、職に就くこともできずに無為な生活を送るしかない貧民にだって、真っ当に働いて金を稼ぐことが出来るようになるんだよ。

シルバーバザーがダメになって、ロロリトが牛耳っているベスパーベイ港が交易中心地となって以来、ウルダハの経済は実は弱体化しているんだ。商人たちが自由に交易出来なくなったせいでね。
商売と富の国なんて威勢を張っているけど、いまやリムサ・ロミンサやグリダニアのほうがよっぽど活気に溢れている。
それは、各国のマーケットの賑わいを比べれば、一目瞭然だよ。

それに・・・

青年は、悔しさで顔を歪ませる。

それに、特に許せなかったのはアマジナ鉱山社で働かされている貧民達の待遇さ。
ほとんどタダ同然で、長時間・休みなく働かされているんだ。それも飛び切り危険なところでね。

アマジナは貧民達を奴隷のように使い、タダに近い労働力で掘り出した鉱石を売って、ここ数年飛躍的な成長を遂げてきた。
でも、そんな不健全な労働構造で長く続くと思うかい?

生命線であるナナワ銀鉱の採掘量が激減している今、アマジナは優秀な人材の不足に陥っているんだ。
アマジナは労働力として、使い捨て出来る貧民たちの割合を増やし続ける反面、優秀な技術を持つ採掘者を育てることをやめた。
人を育てるにはたくさんの労力と金が必要だからね。
確かに容易に露出している鉱石を掘るだけならば、例え一人あたりの生産性は低くとも、安く使い捨て出来る貧民を使った方が遥かに効率はいい。

でも、今やっている深層開発という難易度の高い採掘ではそうはいかない。
技術を持たない貧民では人数の割に効率がまったく上がらず、結果業績を大きく落としているんだ。

ナナワ銀山の深層開発が思うように進んでいない原因がそれだよ。

だって一生懸命働こうが、手を抜いて働こうが、貰える賃金が一緒だとしたら真面目に働くかい?
特に貧民達は採掘師として成功したくて働いているわけでもなく、ただ日銭欲しさに働いているだけなんだし。

技術者を育てることなんて、一朝一夕でできるものじゃない。
確かに募集をかければ、自分は出来るなんて言ってくる採掘者も中にはいる。
でもそういう奴に限って、頭に知識だけを詰め込んで一著前なことを言うくせに、現場経験の未熟さからくる自分の失敗を、環境のせいにするような輩だったりする。

本来、技術者はたくさんの困難を経験し、それを乗り越えることでやっと一人前になる。
会社が業績に目がくらんで人を育てることを怠れば、そのしわ寄せは必ずその身に帰ってくるものなんだよ。

それに、貧民をタダ同然で使うことによって確立されてしまった今の労働構造のせいで、アマジナは新たに雇う労働者に賃金を高く払うことができない。
当然募集をかけても誰も寄ってこず、日銭を求める貧民ばかりが集まってくる悪循環に陥っているんだ。

大きな会社ってのは、一度舵取りを誤るとどこまでも負の連鎖が付きまとう。
利益だけを追い求めて、労働者をないがしろにすれば、いつかは破たんする。

でもこの状況は、実は私達のような新興商人にとっては喜ばしい状況なんだよ。
銀のような利益率の高い鉱物を採掘することができれば、適正な値段で優秀な工夫を雇えるし、採掘環境を整えて効率を挙げさえすれば、まともな商売でも絶対的な利益に繫がっていく。
そしてそこで作り上げた採掘のシステム自体を売り物にすれば、さらなる儲けになるんだよ。
僕は今まで、ウルダハ以外の商人達とも関係を築いているんだ。そこから技術の輸出ができれば、他の国での商売にも繫がっていく。

それにザナラーンにはまだまだ採掘調査が進んでいないところがたくさんあるんだ。
新たな霊銀鉱の鉱脈や、金脈なんて噂がごろごろしている。

確かに眉唾物の噂が多いけれど、地質学的に探せば、場所の特定も容易に行えるはずだ。
アマジナのように金がかかった大掛かりな機材を使わなくても、鉱脈は発見できる。
そして利益が確実になれば、アマジナから経験豊富な人材を引っ張ることだってできる。 

今のウルダハには商売のチャンスがごろごろ転がっている。
でも、現在の「商取引法」のままでは、そのチャンスはずっと無価値な石ころのままなんだ。
何をやろうが、結局は一部の有力商人に利益のほとんどを持っていかれて、彼等の懐を温めるだけ。

そのしがらみを、この銀脈採掘で壊したかったんだ・・・・・


商売について熱く語っていた青年の方ががっくりと落ちる。


でも、僕はもうここで終わりだ。
ロロリトは本気で・・・・・・本気で僕を消すつもりだったんだろう。
しかも、口封じのために銅刃団ごと・・・・・・。
ロロリトに目を付けられてしまった僕が、この地で商売をし続けるのはもう無理だろう。
今後は身を隠し、新たな生き方を探すよ・・・・・・。


一見商人にとって夢の国に見えるウルダハは、裏では有力商人による醜悪な利権闘争が渦巻く魔境ともいえる。
それは今までずっと続いてきた王族体制から、完全なる自治を目論む商人達と王族との対立を産み出してしまうほどだ。

人の欲はどこまでも限りない。
そこまでの財を築いて、そこまで権力を有して、国の未来を食い潰して、その上さらに、彼等は一体何を得たいというのだろうか?

 

青年と話をしていると、誰かがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
その人物は、ササガン大王樹で出会い、そして先ほどの夢の中にも出てきた銀髪の青年だった。
銀髪の青年は顔に奇妙な機械のような面をつけて、こちらに駆け寄ってくる。


あれ? きみは!?


銀髪の青年は私の顔を見て驚いた。


エーテルの流れがおかしくなっているのを見つけて駆けつけてみれば、君と鉢合わせるなんて。
やっぱり君は・・・・


銀髪の青年は何かを言いかけて、一度口を噤んだ。


それはそうと、ここで何があったんだい?


銀髪の青年は気を取り直したように周りの状況を確認しながら、私に聞いてきた。
私は青年の言葉を借りながら、一部始終の状況を説明した。


そうか・・・
やはり妖異が現れたのか。どうりでエーテルの流れが突然歪むわけだ。


青年の顔につけている面のような機械は、周囲のエーテルの流れを検知できる機械らしい。
どういう仕組みなのかはわからないが、シャーレアンが開発した道具らしかった。


それで、君ひとりでその妖異を倒したと。


銀髪の青年は顎に手を当てながら、私をジロジロとみてくる。
居心地の悪さを感じる私をよそに、青年は「やはりか」と呟き、


俺の名は「サンクレッド」だ。
よろしくな。


と、銀髪の青年は突然自己紹介をしてきた。
以前モモディ女史から名前を聞いて知ってはいたが、本人から名乗られたのは今日が初めてだった気がする。
私もまた名を伝えると、握手を交わす。

サンクレッドは、床にへたり込んでいた青年の手を取り「立てるかい?」と声をかけた。
青年は「あぁ、もう大丈夫。」と言いながら、差し出されたサンクレッドの手を引っ張りながら立ち上がった。


近頃のウルダハは何かとキナ臭いんだ。
王家に弓引く者たちに、何者かが異形の力をあたえているようでね。今回の銅刃団の件と、妖異の出現に関係性があるかはわからないが、障害となりえる存在には、ありとあらゆる手段を講じて排除を行っているようなんだ。
モンスターに襲われて死んだのであれば、誰も関与を疑わないからね。

とにかく、ウルダハを離れさえすれば、とりあえず命の危険はないだろう。


そういって、サンクレッドは落ち込む青年に優しく話しかける。


出国までの安全は俺が保障しよう。失敗は繰り返さなければ自分の身となる。
君ぐらいの商才があれば、どこでだって商売は成功するさ。
もし君さえよければ、リムサ・ロミンサにある知り合いの商会に口添えしてあげるよ。
君ならば向こうにとっても大歓迎だろうし、再起の足がかりにはなるだろうしさ。


青年はサンクレッドに「ありがとう」と言葉を伝える。
そしてサンクレッドの言葉に気を取り直したのか、沈んでいた顔が幾分か晴れやかになる。


僕は焦ってしまっていたんだな。
それで周りが見えなくなってしまっていた。
僕の失敗は、当然だったのかもしれないな。

ありがとう、冒険者さん。君は僕の命の恩人だ。
もし次に会えるようだったら、僕は君のことを全力で手助けするよ。
まぁそうなれるように、また一から始めなければならないけれどね。


青年はそう言いながら、調査団と共に、サンクレッドに連れられて遺跡を後にする。
サンクレッドは私に「それじゃあ近いうちに」という言葉を残して、一緒に去って行った。


えらい寄り道をしてしまったな・・・
私は苦笑しながらも、私は改めてホライズンへと向かって歩き始めた。

第十四話 「成功の表と裏」

ブラックブッシュ停留所は、中央ザナラーン北部中央にある鉱石の精錬施設を中心とした集落だ。元々、古代アラグ帝国時代に築かれたとされる「アラグ陽道」と「アラグ星道」の二つの街道が交わる交通の要所として、キャンプ・ブラックブッシュという銅刃団の拠点となっていた。

しかし第七霊災後のエーテライト網再編と、復興需要による鉱山資源の増産に対応するため、アマジナ鉱山鉄道社により鉱山鉄道の敷設と、鉱石に関連する製錬施設が拡充され、今の形となった。現在はナナワ銀山方面とウルダハ操車庫方面とを結ぶ鉱山鉄道の停車所となっているため、ブラックブッシュ停留所と呼ばれている。

ブラックブッシュは鉱山鉄道で結ばれているナナワ銀山の他にも、アマジナ鉱山社が最近採掘権を獲得したカッパーベル銅山からでる鉱石も精練の為に搬入されている。

ブラックブッシュ停留所は、ホライズンのような商人による交易拠点ではなく、鉱山開発による資源開発が中心の町であり、現在はアマジナ鉱山社により管理運営されているため、アマジナ鉱山社の自警組織である「鉄灯団」により警備されている。
しかしながら、元は銅刃団の拠点であったため、銅刃団も警備に加わっている。


この辺りには盗賊団をはじめ、多くの犯罪集団の根城があるとされている。
貴重な鉱石運搬の護衛として鉄灯団の人員が割かれ、ブラックブッシュ停留所の衛兵が手薄になることから守るため、銅刃団の協力は不可欠となっている。
ただ、同じ集落を協力して警備している二つの組織は、実は交流は少なくあまり仲もいいわけではない。


アマジナ鉱山社にとって最大の鉱山であるナナモ銀山は表層の鉱脈はほぼ掘り尽くされており、現在はより深い層の再開発が進められている。
深層の採掘は表層の採掘以上に多大な労力と危険が伴う作業のため、人手の欲しいアマジナ鉱山社は貧民達を工夫として雇い、鉱山発掘や鉱石運搬に従事させている。
ブラックブッシュ停留所にほど近いロストホープ流民街の住人もまた、ここで働いている割合が多い。
鉱山開発の仕事は常に危険と隣り合わせの作業であるため、使い捨てにできる貧民達はより危険度の高い仕事に回される。結果、落盤や有毒ガスの発生、更には怪我や粉塵による健康被害など、労働災害によって工夫の入れ替わりが激しく、慢性的に人手不足の状態となっている。

 

私はブラックブッシュ停留所からホライズンへと向かう道中、途中にある酒場「コッファー&コフィン」へと立ち寄った。


コッファー&コフィンの主人とは、以前に食材の採取の依頼を受けて以来の顔見知りである。
ここ最近はご無沙汰であったし、腹も減っているので寄っていくことにした。

入口へと向かうと、酒場であるはずの周りに、貧民の子供たちが集まっている。


私は不思議に思いながらも中に入ると、小奇麗な格好をした一人の青年が、傭兵と思われる男と何か揉めていた。

食べ物と酒を注文しつつ、会話の内容を盗み聞きしていると、青年はどうやら何かの護衛するため傭兵を募集していたらしい。しかし、定員がいっぱいになったため募集を締め切ったことを傭兵らしき男に説明しているらしかったが、男はせっかく来たのに断られたことに腹を立てているようだった。
押し問答の末、剣呑な雰囲気が漂い始めていた時、入り口から銅刃団の連中がドカドカと入り込んできて、青年に声をかけた。


青年に絡んでいた傭兵らしき男は、銅刃団の連中に睨まれると、臆したのか舌打ちしながら乱暴に入り口を開け放って酒場を出て行った。
銅刃団の連中が青年に何かを話すと、青年は興奮したように喜んでいた。
青年は銅刃団の連中と酒場を出ようとしたが、何か思いついたのか、銅刃団の連中を先に行かせる。
そして周りをキョロキョロと見渡したかと思うと、私に向かって声をかけてきた。

 

冒険者の方ですか?
一つお願いがあるのですが、聞いてはもらえませんでしょうか?
私は「簡単なことであれば」と答えて話を聞く。


青年の頼みとは、外にいる子供たちにお菓子をあげて帰るように説得してほしいとのことだった。
青年は子供たちと遊んであげるつもりだったらしいが、急用ができて今すぐにでもここを出て行かなければならない。
しかし子供たちに会ってしまうとバツが悪いので、私がここにいないことを伝えて、お菓子を渡して家に返してほしい。

とのことだった。
その程度のことならばと私は快諾し、料理が運ばれてくる間に外にいる子供たちに、青年からの言伝とお菓子を渡すと、残念そうではあったが素直に帰っていってくれた。青年に対して相当な信用があるのだろう。
それにしてもあの子たちの格好、みんな貧民街の子供達のようで、ロストホープで見かけた子供も何人かいたようだが・・・

私は酒場へと戻り、子供達が帰ったことを伝えると「ありがとう」という言葉と共に、私にお金の入った小袋を差し出した。
私がその小袋を受け取ると、窓から子供たちがいないかを確認し、酒場を飛び出していった。
小袋を開けて中身を確認すると、お使い程度の仕事にしては多すぎるほどのお金が入っていた。


私は酒場の主人にあの青年の事を聞いてみると、

あの青年はウィスタンという貧民上がりの実業家で、ここから近いシラディハ遺跡の奥で新しい銀鉱脈が見つかったことを聞きつけて、調査団を派遣しているとのことだった。
ザナラーン一体の鉱山開発は「アマジナ鉱山社」が一手に行っているが、シラディハ遺跡の銀鉱脈についての情報は出回ってないらしく、アマジナを出し抜いて採掘権を獲得しようと躍起になっているらしい。

ウィスタンは危険が伴う遺跡内部に調査団を派遣するため護衛を募集したところ、早々に銅刃団の連中が名乗りをあげてきた。
一刻も早く調査に向かいたいウィスタンは銅刃団の警護の申し出を即決。そして先ほど、先発していた調査団が銀脈を発見したと銅刃団の連中が報告してきて、ここを飛び出していったとのことだった。


最近は銅刃団がらみの事件が多かったせいもあって、不穏な気配を感じるものの、銅刃団にもそんな連中もいるのかと主人の話を聞き流しながら、運ばれてきた料理を食べて腹ごしらえをする。

クイックサンドの料理もおいしいが、ここコッファー&コフィンの料理もまた絶品だ。
主人に話を聞くと、ここの材料はウルダハの国王であるナナモ・ウル・ナモ女王陛下が直々に資金提供を行った王立ナナモ菜園から、独自のルートで極上の食材を仕入れているとのことだった。また、ウォウォバルという腕利きの料理人もいるため、ここはいつも銅刃団や冒険者、旅行者から商人まで幅広い客でいつも溢れている。
そのため、カッパーベル銅山にモンスターが湧いて閉山中だとか、どこかの盗賊団が潰されたとか、ここにいると色んな噂話がいつも飛び交っている。

ちなみに王立ナナモ菜園は、ナナモ女王陛下が食べ物に困っている難民を憂いて作られた菜園だったが、農作物の育成には向かないザナラーンの痩せた土地の開墾には莫大な金がかかったという。
そのため、貴重とされるナナモ菜園産の農産物は高値で取引されることとなり、結果として貧民がその恩恵にあずかることはなかった。

 

腹が満たされて満足感でいっぱいの私は、意気揚々と酒場を出てホライズンへと向かおうとする。
すると店の軒先で、先ほど青年に食い下がっていた傭兵の男が、イライラした様子で酒を煽っている。


私はその傭兵らしき男に声をかけた。


あぁ? 何だてめぇは?


私はいらだつ男に、先ほど青年からもらった金の入った小袋をそのまま渡し、先ほどの話が聞きたいといった。

男は私をジロジロと見ながら少し考えていたが、乱暴に私の手から金を奪うと、


せっかく一儲けできると思って遠路はるばる来て見りゃ、間に合ってるからいらねぇと言いやがるんだ、畜生が!
しかも護衛に雇ったのが銅刃団の連中だって?
アイツ馬鹿じゃねえのか! ここいらの連中が慈善で動くかっての。
どうせあいつもおいしいところだけ銅刃団の連中に持ってかれるに決まっている。
せっかくそれを教えてやったのにアイツ・・・!!


イライラが最高潮に達したのか、店の柱をガンッと殴った。
傭兵らしき男は、殴った手の痛みを隠すように顔を奇妙に歪めた。

「どういうことだ?」と私が聞くと、


銅刃団の連中はその調査団護衛を「無償」で請け負ったってことさ。
ありえるとおもうか? 遠方まで悪評が届いている銅刃団がだぞ?

 

吐き捨てるように言いながら、男は私が渡した袋の中を確認した途端、顔色が変わる。


まぁアイツがどうなろうともう関係ねぇがな!
ここまで来た労力には釣り合わねぇが・・・・まぁ路銀ぐらいにはならぁな・・・・はぁ・・・
とため息をつきながら、傭兵らしき男は去って行った。

 

なにかとても嫌な予感がする・・・
ウルダハ周辺の鉱山採掘権については、アマジナ鉱山協会が握っている。それを出し抜いて採掘権を得ようとするまでの話はいい。
しかし、その護衛に銅刃団の者が手を挙げることに大きな違和感があるのである。しかも「無償」でだ。

確かに、ザナラーン周辺の鉱山採掘権のほとんどをアマジナ鉱山協会におさえられている状況において、この銀脈調査に無償護衛という形で一枚噛んでいれば、銀脈採掘が本格化したときに、銅刃団は護衛業務の立ち位置を獲得しやすくなる。
そしてロロリトならば、銀鉱の採掘施設や工夫の募集に対して多額の資金提供を申し出ることにより発言権を強め、裏で支配権を握る算段まで出来ているであろう。

だが、もしこの銀脈の話が本当であったと仮定したとき、非常に大きな利権と利害が動くこの話は、

本当にアマジナ側には漏れてはいないのだろうか?

というより「調査団の護衛」という募集をかけている時点で、更にはその護衛に銅刃団の者が名乗りを上げている時点で、情報の秘匿性は既に失われている。「うわさ」が出ている時点で時すでに遅いのだ。

にもかかわらず、今もまだアマジナ鉱山協会が動いていない理由はなんなのだろうか。
「うわさ」程度では動かないからだろうか・・・いや、現にアマジナ鉱山協会は霊銀鉱の鉱脈のうわさを聞きつけてどこかで調査採掘を行っていると聞いたことがある。
ましてや、ナナワ銀山での銀鉱の再開発に苦戦し、業績の悪化を招いている状況において、ブラックブッシュ停留所にほど近いシラディハ遺跡であたらしい銀脈が見つかったという話に、アマジナが飛びつかないはずはない。

そのアマジナ鉱山商会が動いていない理由。

それはやはり、

「シラディハ遺跡に銀脈がある」という話は「嘘」だということを知っているからだ。


とすると・・・・あの青年は銅刃団に騙されている!
何が目的なのかはわからないが、護衛が「無償」であることから考えれば、青年の命を狙っているのか!?
確か、シラディハの遺跡はここの近くにあったはず・・・・

私はシラディハの遺跡へと急ぎ走った。

 

シラディハの遺跡が見える高台に立ち寄り、一旦現地の様子を眺めてみた。
どうやらあの青年はまだ遺跡まで辿り着いていない様だったが、銅刃団の男たちが調査団らしき者達を蹴り飛ばしている姿が見える。

やはりこの話には裏がある!

急がなければ、あの青年もまた銅刃団の餌食となってしまうだろう。
だが、この高台からシラディハ遺跡の前まで行くには、崖沿いを大きく迂回しなければならない。

間に合うか!?

私は全力でシラディハ遺跡へと走った。

 

シラディハ遺跡前までたどり着くと、酒場にいた青年はその場に膝をつき、銅刃団の男に向かって叫んでいた。

護衛対象であるはずの調査団の男達は、銅刃団の足元にみな倒れているようだった。


くそっ!!俺のことを騙したのか!!


銅刃団の男はニヤニヤとしながら、

まさかこんなちんけな噂話に引っかかってくるとは思わなかったぜ。
そうさ、ここに銀脈があるって嘘っぱちな噂を流したのは俺達だ。


何のためにこんなことをする!!

馬鹿だな。それはお前が一番わかっているだろう?

くっ・・・


青年は悔しそうに顔を歪める。


お前がロロリト様に盾突こうとしていることなんざ、とっくの昔にバレてるんだよ。
貧民出身者のくせに、ちょっと成功したぐらいで意気がりやがって。
貧民は貧民らしくドブでもさらっておとなしく生きていりゃ、騙されて死ぬこともなかったろうにな!!


銅刃団の男は剣を抜き、青年ににじり寄る。


まずい!

青年の元まではまだ距離がある・・・
ここからでは銅刃団の男の攻撃を防ぐには間に合わない・・・ここは一か八か!

私は咄嗟に銅刃団の男に向かって盾を投げ、こちらへと注意を引こうと試みる。

ガツッ!!

私が投げた盾は、運よく銅刃団の男の左脇に当たった。


完全に不意を突かれた形で突然の衝撃に襲われた銅刃団の男は「うがっ!!」というだらしない声を上げてその場に膝をつく。
周りにいた連中も何が起こったのか分からずに慌てていた。

私はその隙に、銅刃団の男と青年の間に割って入る。


くそっ!?・・・なんだてめぇは!!

突然現れた私の姿に驚きながらも銅刃団の男は立ち上がり、再び剣を構え直す。
銅刃団の男の顔は驚きから段々と怒りへと変化していく。


・・・・・あんたは、酒場にいた冒険者さんか?

青年はあっけにとられたような顔で私を見ていた。
私は青年に下がるように言うと、青年を背に守るような体勢をとる。

くそっ!! 冒険者風情が随分なことしてくれたなぁ!!
お前も俺たちに逆らうってのか!?
それがどういうことを意味するか、分かっているんだろうなぁ!

先ほどの不意の一撃を受けて、銅刃団の男は激昂している。
私は無言のまま男を睨み、ゆっくりと剣を抜く。


ククっ…ハハハハハッ!!!
てめえ、こっちは何人いると思ってるんだ?
お前一人で俺たちに勝てると思ってるんだったら、とんだ愚か者だぜ!
とにかく・・・さっきの落とし前を付けなきゃならねぇ・・・・
馬鹿者通し、全員仲良く仲よくあの世に送ってやるよ!!
お前ら、やっちまえ!!

銅刃団の男達は、リーダーと思われる男の合図と共に一斉に切りかかってくる。
相手は4人。普通であれば決して相手にはできないが、幸運にも相手はすべて剣術士たちだ。

間合いの違う槍術士や、素早い上に攻撃パターンが複雑な格闘士、遠距離から狙ってくる呪術師や弓術士達で連携されたとしたら、万が一にもこちらに勝機は無いが、剣術士だけであれば対処のしようがある。それに相手は銅刃団だ。剣の構え方を見ただけでそれほど剣術士としての練度は高くないとわかる。


私は冷静に銅刃団の男たちの動きを見ながら、攻撃のタイミングを伺う。
こちらは相手より目線の低い階段下だ。攻撃の届きやすい足を潰してしまえば勝機はある!


ドンッ!!!

突然、突き上げるような強い衝撃で地面が揺れる。

なんだ!?

銅刃団の男達も突然の衝撃に驚き慄いた。
そして衝撃がやんだかと思うと、今度は銅刃団の後ろに転がっていた大きな岩の塊が動きだし、一つに固まり出した。


・・・・・この不吉な感じは・・・・まさか!?

私はこの狂気にも似た不吉な気配を感じたことがある。
それは、ササガン大樹で対峙した「妖異」と呼ばれる異界の存在と同じ気配が、ここ一体に溢れかえっている。
固まり出した岩の塊はやがて巨大なゴーレムとなり、大気を震わせるほど大きな咆哮を上げた。


なぜここで妖異が現れた!? しかも突然に!
私は混乱しながらも、一度距離をとり直し、攻撃対象を銅刃団から岩の妖異に切り替えた。


ヒ、ヒィィ!!! 化け物!!!

逃げ出そうとする銅刃団の男達に、妖異の容赦ない一撃が迫る。


ダン!!!


無造作に振り回された妖異の一撃は、銅刃団の連中をまとめて薙ぎ払った。
まるで塵のように軽く吹き飛んでいった銅刃団の男たちは、岩や遺跡の柱に叩きつけられ、絶命していた。

ゾクッ・・・・

私の体は恐怖によって蝕まれ始める。
たったの一撃で銅刃団の4人を屠る力を持つ妖異を、私一人で倒せるのだろうか。
サガン大王樹の時はあの銀髪の青年がいたからこそ倒せたのだ。
確かに、あの頃に比べれば私も戦闘経験を積んできたとはいえ、駆け出しの冒険者である私ごときが対峙できる相手ではない。
幸いにもここシラディハ遺跡には身を隠すことのできる場所がたくさんある。今なら全力で逃げれば、逃げ切れるかもしれない。

私の頭の中を「撤退」の言葉が駆け巡る。
「命がある限り負けではない」
モモディ女史から言われた言葉が頭をよぎった。

・・・・しかし、周りには銅刃団によって意識を失っている調査団、後ろには恐怖でうずくまったまま動かなくなった青年。
私が逃げ出してしまったら、ここにいるすべての者はこの妖異によって殺されてしまうだろう。

私は緊張で張り詰めた体と思考をほぐすために、一度大きく深呼吸をする。

覚悟を決めろ。
退路はすでになく、進む道は一つしかない。
命を賭して進むのならば、持てるすべての力を一つに!!


ウオォォォォォ!!


私は恐怖から自身を解放させるために、大きな雄叫びあげながら岩の妖異へと向かっていく。


この妖異、攻撃力が半端ない反面、幸いなことに動き自体はそれほど速くはない。攻撃動作も大きく隙も多い。
しかし、体が岩でできているこの妖異に無造作に剣撃を打ち込んでも跳ね返されて終わりだ。
では、どこを狙えば攻撃が通るのか。

動きが遅いとはいえ、巨体から放たれる一撃一撃には衝撃波が伴うほどの威力がある。
私は風圧で吹き飛ばされそうになる体を、腰を落として踏ん張りながらなんとか堪える。
けっして妖異の正面に体を向けないように、円を描くように移動しながら弱点となる部分を注意深く伺った。

すると、体を構成する岩と岩とを繋ぎ合わせる魔力の「糸」のようなものが見え隠れしていることに気が付いた。
その先を追っていくと、岩の妖異の胸のあたりに、赤く大きな魔力の塊を発見する。


あれを狙えばもしや・・・

しかしながら、岩と岩の結合部は心臓の鼓動のように律動している。
あの魔力の塊に一撃を打ち込むには、結合部が開いた瞬間を狙わないと岩の鎧に跳ね返されてしまうだろう。
懐に飛び込むということは、岩の妖魔の攻撃を避けることのできない間合いに入るということだ。
失敗すれば「確実な死」が待っている。

私はリズムを図るように岩の妖異の攻撃をよけつつ周りを動きながら、
打ち込むタイミングをうかがう。

すると、岩の妖異は動くのをやめたかと思うと、突然大きく雄叫びを上げながら力を溜めはじめた。
妖異の咆哮に呼応するように周囲の空気は振動し始め、次第に空間が歪むほどの圧力が岩の妖異に集まっていく。

銀髪の青年に言わせれば「エーテルを喰い貪っている状態」なのかもしれない。

しかし、エーテルから力を吸い取っているためなのか、律動していた岩と岩の結合部は大きく開き、露わになった胸の魔力の塊は大きく輝いている。

打ち込むならここしかない!!

私は意を決して、力の爆弾と化している妖異へと飛び込んでいった。
妖異の力の開放が先か、私の剣撃が届くのが先か!

 

ウオォォォォォ!!


私の体は、妖異に近づくにつれてビリビリとした力の圧力で押し返される。しかし一瞬の躊躇も許されない。
大きく息を吸い込み、深く腰を落とし、親指の付け根に全体重を集中させて、地面を勢いよく蹴り上げる。
突き出した剣の切っ先は、周囲の力場を引き裂くように一直線に妖異の胸へと向かっていった。


間に合えっ!!!!

 

バアァァァァァァン!!!

 

一瞬の攻防・・・・私の剣は、妖異の力の開放より先に魔力の塊へと突き刺さっていた。
周囲を捻じ曲げていた妖異の力場は一瞬で解放され、あたりは静寂に包まれる。
そして、魔力の糸が消えるとともにガラガラと音を立てて、妖異から岩が剥がれ落ちていく。
魔力の塊はその形を保てなくなり、消えるようにその姿を消していった。

私は妖異の消滅を確認すると、がくっとその場に膝を落とす。
そして止めていた息を大きく吐き出す。

がはっ・・・はぁ・・・はぁ・・・・

や・・・・やった・・・・なんとか・・・・なっ・・・た・・・


張り詰めていたすべての緊張が解ける・・・
何だろうか・・・体が全然いうことを聞かない。

混濁し始める意識・・・これは以前と同じ・・・

ドサッ

なんとか意識を保とうとするが、抵抗すること叶わず私は地面へと突っ伏した。
ぼやける視界の先に、先ほどの妖異とはまた違う気配を感じる。


・・・・あれは・・・・・だ・・・・れ・・・・・

 

そして突然、ブツッとまるでスイッチを切られたかのように意識が途切れた。

 

 

第十三話 「その男、サー・キヴロン」

「ただ・・ちぃっとばかし問題があってな・・・誰もサー・キヴロン男爵Ⅲ世の顔を見たことがないんだ。」

さすがの私も言葉を失った。そういうことは、早く言ってほしい。
ハメられた・・・・という腹立たしさで胸がいっぱいになる。

結局のところ、この急襲作戦で一番重要なことは「誰一人逃さない」ということしかない。何せ間者の男ですら、キヴロン男爵の顔はわからないとのことだった。というのも、盗賊団はみなララフェル族であり、同じローブ姿でフードを目深に被っているため、顔をはっきりと顔を見ることはなかったらしい。買収した間者の先導により、顔すらわからない目標を討ち果たす。

一見用意周到に見えた作戦は、実はまるで虫に食われたぼろ服のように穴だらけだった。


大きな不安を抱えたまま、「まぁなんとかなるさ」というレオフリックの根拠のない号令のもと、なし崩しにキヴロン別宅邸急襲計画は実行に移された。強風が吹き荒れる夜、私はレオフリックの仲間10名とキヴロン別宅跡のある丘の下に張り付いていた。

話を聞くと、彼らはウルダハのグランドカンパニーである不滅隊の隊員で、ラウバーン局長の直属部隊にして精鋭だった。私がいなくても十分に作戦を完遂できたのではないかと思ってしまうのだが・・・レオフリックのことだ。作戦が失敗した時に備えてのことなのだろう。

まず盗賊団と内通関係にあった流民街の男が、睡眠薬入りの酒を持って見張りに近寄っていく。この男は、ロストホープ襲撃の際に間違って襲われないよう、こちらに逃げてくる算段に元からなっていたようだ。
見張りは近づいてくる男を一度静止し、顔を確認するとまるで仲間のように向かい入れていた。男は早速手に持っていた酒を見張りに振る舞い、見張り達はその酒を疑うことなく嬉しそうに飲んでいた。そして、間者の男はさらに奥へと進んでいき、こちらからは見えなくなった。

間者の男がこちらに戻ってくると怪しまれるため、突入のタイミングは見える範囲の見張りが居眠りを始めてからとなる。しばらくすると、作戦通り見張り達は眠そうに地面に腰を下ろし、うつむいたまま動かなくなった。

私はその様子を確認し、不滅隊の部隊に作戦開始を命じた。とはいえ、大声をあげて一気に攻め込むわけではない。この位置からではまだキヴロン別宅邸は見えないため、実際何人がアジトに残っているかわからない。暗闇に身をひそめながら、静かに居眠りを始めた見張りへと近づき、物音を立てないように一人ひとり確実に「処理」していく。
キヴロン別宅跡がある高台の上まで登り、影に身をひそめながら確認すると、残っていた盗賊団は思っていた以上に少なかったものの、別宅邸に近いからか襲い来る眠気を何とかこらえながらも監視を続けていた。

さすが「別宅跡」というだけあって、元の建物は既になく、後から建てられたみすぼらしい掘立小屋が一つあるだけだった。

(これ以上時間はかけられないか・・・)

時間をかければかけるほど、襲撃部隊が戻ってくる確率が高くなる。
私は覚悟を決めて、不滅隊の部隊に突入を命じる。

私の突入命令に呼応するように不滅隊は散開しながら一気に盗賊団に襲い掛かる。
侵入者の突撃に気が付いた盗賊団は応戦体勢を取ろうとするが、眠気で意識が朦朧としていたこともあり初動が鈍い。満足な応戦もできないまま打倒されていく盗賊団の間を駆け抜けるように、私は一気に建物へと目指した。

私はアジトの入り口にとりつくと、私の後を付いてきた2名の不滅隊に裏手に回るよう指示をする。外の騒ぎはすでに建物の中にも伝わっているだろう。裏手は崖になっているのだが、ひょっとしたら逃亡用の仕掛けを用意しているかもしれない。
二人が裏手に回ったのを確認すると、私は入り口のドアを蹴る。そして即座に窓へと移動し、ガラスを破って一気に内部に突入した。

案の定、ドアの前で待ち伏せしていた盗賊団の男は、窓から侵入してきた私に意表を突かれて驚いていた。私は間髪入れずにその男を切り伏せ、飛びかかってくる別の者の初撃を躱しつつ、足払いをして床に倒す。
右のほうから物影が動く気配を感じた・・・・・瞬間、

シュンッ

という空気を切り裂く音と共に、一本のナイフが私の目の前を通り過ぎる。
私は即座に右側に盾を構え直し、盾に身を隠しながら気配の先を目指して突進する。そして、人らしきものを盾で押しつぶし、そのまま勢いよく壁へと叩きつけた。盾で殴るように何度も何度も壁にぶつけると、ナイフを投げた男はぐったりと動かなくなった。
視線を戻すと、槍を持った男が私に向かって突っ込んできていた。

(ぐっ!!)

私は無理やり体をひねり、男の攻撃を間一髪のところで避けると、突きの一撃は動かなくなった男の肩へとグサッと刺さった。痛みで強制的に意識を呼び起こされた男は悲鳴を上げて、肩に刺さった槍を掴む。その槍を何とか抜こうと焦る男を、後ろから剣で力いっぱいに叩き伏せた。

(はぁ・・・はぁ・・・くそ・・・、男爵は何処にいる!!)

私は部屋の中を見渡し、閉じられていた扉を発見する。私はそこへ駆け寄り、扉を開こうとした・・・瞬間、

ダァァァン!!

という轟音と共に突然扉は爆発し、私はその爆風に巻き込まれて吹っ飛んだ。何とか盾を構えていたおかげで爆発のダメージは避けられたものの、爆風によって吹き飛ばされた私の体は受け身も取れないまま地面へと叩きつけられ、勢いそのままに激しく壁にぶつかった。そのショックで、私の意識はゆらゆらと遠のいていく。爆発音をまともに受けて音が聞こえない、爆発の閃光をまともに受けて視界が真っ白だ。

(くそ・・・こんなところで気を失っては・・・・)

私は唇をかみながら、何とか混濁する意識の回復に努めている・・・と


「ふんっ・・・これではどちらが盗賊かわからぬな・・・。高貴なるキヴロン家に乗り込んでくるとは、とんだ鼠共だ。」

耳鳴りが収まらない中、しかしなぜかはっきりと聞こえてきた。いまだ回復しない視界の中で、ぼんやりと自分の目の前に一つの気配を感じる。


「身の程を知れ」

という言葉と共に、目の前に熱の塊が渦巻いていることに気が付く。

(・・・呪術師か!!)

防御体勢をとろうにも、未だ体は満足に動かない。仲間の到着も期待できそうになかった。いわゆる絶体絶命状態だ。私はそれでも希望に縋り付き、必死にもがいていると、ふと右手にナイフのようなものが当たる。このナイフはどうやら先ほど盗賊団の男が投げたナイフのようだった。私はとっさにそのナイフを握ると、残る力を振り絞って目の前の男に投げた。

ゴツッ

ナイフが何かにあたる音と共に「ウガッ!」という呻き声が上がる。ナイフはどうやら刺さりはしなかったものの、呪術師の男の顔に命中したらしい。一瞬だが集中力を失ったせいか、目の前を覆いつくしていた熱が一気に収まる。

(今のうちになんとかこの場から離れなければ・・・)

と床を這いつくばっていると、

ガシャンッ!!

というガラスを割る音と共に、バタバタと複数の足跡が近づいてきた。

(くそ・・・どっちの増援だ!?)

意識と体はなんとか回復してきたものの、もし盗賊の増援であれば複数を相手にできるほどではない。

(逃げ切れる自信はない・・・・・ならば、せめてこの呪術師と刺し違えるまで!!)

キヴロン男爵Ⅲ世が誰なのかはわからないが、今の私にとってはこの呪術師こそが目標であることを信じるしかない。だが次の瞬間、呪術師の手から黒い波動が放たれたと思うと、私の視界は闇に包まれた。

(くそっ! ブラインドか・・・・)

「ハハハハッ!!!  もう終わりだよネズミ君。君はここで死ぬんだよ。」


迫っていた足音もまた部屋にたどり着く。

(さすがにここまでか・・・・)

あきらめかけた時、

「ギャァッ!!」

という悲鳴と共に、室内に踏み込んできたたくさんの足音は、男の周りを取り囲んだようだった。同時に「大丈夫か!?」という声と共に、私の体がふっと軽くなる。どうやら不滅隊の者が私にケアルをかけてくれたようだ。暗転していた視界もゆっくりと回復する。
「助かった」と礼をいい、私はゆっくりと立ち上がる。その二人は私が建物の裏側に行くよう指示した二人であった。裏手で逃走の用意をしていた盗賊団の手下を倒した後、こちらの増援に駆けつけてくれたようだ。その後すぐに、正面で闘っていた不滅隊の隊員とも建物内に合流し、呪術師の男を取り囲んだ。

私は床に組み伏せられたままの呪術師の男に「おまえがサー・キヴロン男爵Ⅲ世か?」と問いただす。

「だったらどうする?」

男は不気味に笑いながら答えた。
私は「誰の指示でなんの目的で集落を襲った?」と聞くと、男は、ハハハハッ!! と声を出して笑う。

「聞かれてはいはい答えるかと思うのか? お前らなんぞ蛮人に語ることなんて何一つもないわ!」

男がそう答えると、不滅隊の男が剣を抜きキヴロン男爵の首元にその切っ先を突き付けた。しかし呪術師の男はそれに動じることなく、

「殺すなら早く殺すがいいぞ。でなければ、お前らは必ず後悔することになる。」


とニタニタと笑う。


我々はお前たち偽善者どもの欲の影。
例えこの身潰えようとも、決して影は消えることはない。
ゆめゆめ、それを忘れないことだな。


そういうと、呪術師の男の体から膨大な魔力が渦巻き始めた。


私は危険を感じ、周りを取り囲んでいた連中に「逃げろ!!」と怒号を発し、建物の外へと駆け出した。同じく危険を察知していた不滅隊の隊員たちもまた一斉に建物の外へと飛び出る。瞬間、

ドォォォォォォォンン!!!!!!

という大きな音を立てて、掘立小屋は粉々に爆発する。私たちは完全に逃げることかなわず、その爆風に巻き込まれ大きく吹き飛ばされた。

朦朧とする意識をなんとか繋ぎ止め、周りの被害を確認する。吹き飛ばされた不滅隊の隊員はいたるところで動かなくなっているか、痛みでもがき苦しんでいる。運よく爆発に巻き込まれなかった不滅隊の隊員たちは負傷者に駆け寄り、必死にケアルやポーションを使いながら手当にあたっていた。

(最悪だ・・・)

不滅隊の隊員たちはほぼ壊滅。今ロストホープを襲撃に行った残りの盗賊団が戻ってきてしまったら、全滅も有りうる状況だ。ここはレオフックが凌いでくれていることを祈ろう。

私は無事だった不滅隊の隊員による最低限の怪我の手当てを受けながら、キヴロン別宅跡を見る。建物は爆発によって大きく崩壊。その後ついた火によって、建物の残骸は轟々と燃え盛っていた。呪術師の男は、最後に自らの呪力を暴走させ自爆したようだった。

(男は最後、確かに笑っていた。自分の死など何の意味も無いかのように

「我々はお前たち偽善者どもの欲の影」

男が最後に残した言葉を反芻する。死ぬことすら厭わないほどの覚悟。この男をこれ程までに狂わした人生には、いったいどんな苦難と、苦悩があったのだろうか。人はこの世に生まれた瞬間から「罪」を背負う。人はその「罪」から許されるために、善行を重ねて神に許しを請う。しかし、神は時として人を苦難に貶める。人はそれを「神が与えもうた試練」といい、その試練を乗り越えてこそ人は罪から解放されるという。

(・・・では神よ。人が背負う罪のそれぞれの大きさは、一体何で決められているのか?)

人は罪深くとも、元からの悪ではない。
悪に染まる者は、必ず悪意によってその身を削られているのだ。

私は、轟々と燃え盛る建物の残骸に向かって、祈りをささげる。願わくば神より背負わされし罪に絶望し、無慈悲に与えらし試練に心を潰された者たちに、幸せな来世を・・・

 

ほどなくして、レオフリックは別動隊の不滅隊を率いてこちらへと到着した。
別動隊は貧民の服を着ており、どうやら住民と貧民をそっくり入れ替えて応戦していたようだった。

「すまん。俺の方は下手こいちまったよ。こっちはどうだ? キヴロン男爵Ⅲ世は仕留めることができたか?」

レオフリックの問いに対して、私は「さぁ」としか答えられなかった。ここにいた盗賊団はすべて排除できたとは思う。しかし、ここにキヴロン男爵Ⅲ世がいたかどうかについての確証は何もない。最後に自爆した呪術師が、果たして「サー・キヴロン男爵Ⅲ世」であったかどうかは、結局のところわからずじまいであった。

「これで終わりっていうわけではなさそうだな・・・だが、とりあえず生きていて何よりだ。ケガのほうは大丈夫か?」

不滅隊の者に手当てをしてもらったものの、張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、実は先ほどから痛みが全身を覆っている。しかし、うつぶせのまま動かない隊員や、痛みをこらえきれずに泣き叫ぶ隊員たちの姿を見ていると、自分の状態がまだましであることを実感する。私は「とりあえず大丈夫だ」と答えると、

「そうか・・・すまない。俺も急ぎ負傷者の手当てに回らないといけない。
詳しい話は後でしよう。」

レオフリックは私にそういうと、負傷した仲間の元へと駆けていった。

(そういえば・・・)

ふと、フフルパから預かっていたレオフリック宛ての手紙を渡していないことを思い出す。レオフリックを見ると、仲間のケガの手当てに奔走している。
今は渡す時ではないか・・・私はフフルパの手紙をポケットにしまい直した。

私は息を大きく吸い込む。いつの間にか空は雲に覆われ、ぽつぽつと雨が降り出していた。ジンジンと響く痛みを感じるということは、生きているという何よりの証拠だ。これが私にとって「与えられた試練」であるのならば、

私は一体、何の罪から解放されたのであろうか。



ケガの療養もあって、私はブラックブッシュ停留所に数日間留まっていた。
結局キヴロン別宅跡での闘いの後、激しさを増す痛みにこらえることができず、気を失ってしまった私は、ブラックブッシュにある医療施設に担ぎ込まれていたらしい。全身打撲と複数個所の骨折。生きていることが不思議なほどひどい状態だったらしい。
私が気を失っている間にかけられた高位の回復魔法によって、ケガの多くは回復し一命を取り留めることができたとのことだったが、麻酔の代用として使ったソムヌス香の副作用でしばらくは意識が朦朧としていたのである。

ここへ来て以来、レオフリックと会う機会はなく、フフルパの手紙も渡せずじまいだった。今日は体の調子もいいようなので、あらためてロストホープ流民街に行ってみようかと思案しながら街中をふらふらと歩いていると、フードを目深にかぶった一人の男とすれ違いざまにぶつかってしまった。

「すみません」と声をかけると、男は「いえいえ」と答えていそいそとどこかに去っていった。ふと私は違和感を覚え「これはひょっとしてやられたかな・・・」と思い、腰に下げていた金袋を確認してみると、そこには一枚の紙きれが挟まっていた。

「ブラックブッシュ 建物の裏で待つ」

私は不審に思いながらも紙をポケットにしまうと、何もなかったかのように歩き出し、指定の場所へと向かった。

 

指定された建物の裏で待っていると、突然後ろから「動くな・・・」という低い声が聞こえる。やはり罠か・・・そう思いつつ剣に手をかけつつ、男を突き飛ばして距離を置いた。そこには「ようっ!」といいながら気さくに手を挙げるレオフリックが立っていた。

「こんなのにホイホイついてくるなんて、警戒心が足りなすぎなんじゃねぇか?」

と、相変わらずヘラヘラ笑うレオフリックに「呼び出しておいて何を言う」と私は答えた。実はレオフリックの書く文字には癖があり、さっきの紙を見た瞬間ピンときてはいたが、レオフリックが口封じのために私を処分しに来た可能性もぬぐえてはいなかったのだ。

「おいおい剣から手を放してくれよ。別にお前をどうこうしようとして呼び出したわけじゃねえんだから。いやいや、回りくどいことしてすまねぇな。規律の薄い銅刃団とはいえ、左遷させられた奴が任地を離れてフラフラしているところを見られるとさすがに事なんでな。」

私は剣から手を話し、警戒を解いた。

「その後体の調子はどうだい? しかし、普通にしゃべっていたお前の状態があそこまでひどかったとは思わなかったぜ。あらかた手当てを終えてあんたのところに戻ってみりゃ、口から泡を吹いて気絶しているもんだから、思わず死んじまったと勘違いして思わず叫んじまったよ。」

レオフリックは恥ずかしそうに頭をかく。

「盗賊団の奴もまさか自爆なんてするとはさすがに思わなかった。俺の考えの甘さもまたお前を危険にさらさせてしまったようだ。本当に申し訳なかった。」

そう言ってレオフリックは私に頭を下げた。

「でもお前の指揮のおかげで、あれだけの惨事になりながらもこちら側に誰一人死亡者が出なかったよ。なにより、あそこに残っていた盗賊団を誰一人逃がすこともなく制圧できたのは大きい。こっちはほとんど逃げられちまったからなぁ・・・・」

レオフリックは頭をかきながら、キヴロン別邸跡襲撃時のロストホープ流民街での出来事を話し始めた。

盗賊団達とレオフリック率いる貧民に変装した不滅隊は、予定通りロストホープ流民街にて交戦状態となったが、盗賊団は貧民達が素人では無いことを見抜くないなや、申し合わせたかのように引く波の如く一瞬にして撤退していった。焦ったレオフリック達は追撃をかけたが、盗賊団はアジトが爆発炎上したのを見ると、ちりじりになって逃げていったとのことだった。

「盗賊団のくせに、あんなに組織だって動く奴らだとは思わなかったよ。決断が速いというか、躊躇がないというか。初めからそういう風に訓練されていたのかは知らないが、そこらへんにいる野盗共とは比べ物にならねぇ。
それにアイツら、どうやらロストホープの襲撃とは別に何かデカいことに手を出していたようだ。証拠品はあの爆発でほとんど吹き飛んでしまったんだが、一部だけ持ち出せたものがあってな。今それを調べているところなんだ。

逃がしちまった盗賊団の動向は気にはなるが、とりあえず本拠は潰したんだ。たとえ立て直すにしても時間はかかるだろう。捕縛した何人かの盗賊にも口を割らせているところだから、そう時間もかからん内にいろんなことがわかるだろうよ。

おう、そうだった。大事なもん渡すのを忘れていたよ。」

レオフリックはそういうと、私にずっしりと重い袋を手渡してきた。

「今回の報酬だ。また何かあったら懲りずに頼むぜ!」

そういって「にぱっ」と笑う。幾ら入っているのだろうか。私が今まで貰ってきた報酬の中で一番多い。さすがに命を懸けたことだけはある・・・ということか。私はハッと気が付いて、フフルパから預かっていた手紙をレオフリックに渡す。

「ん? フフルパから? なんだ懐かしいなぁ! あいつ元気にしていたかい?」

レオフリックにホライズンでのフフルパの出来事を説明すると、

「ハハハハハッ!!  あいつのくそ真面目なところは変わらねぇなあ!
俺んところの下にいた時も、生真面目過ぎていっつもどこか抜けてたんだよ。
あいつの素っ頓狂な行動にはいつもいつも頭を抱えさせられていたんだが、なんだかほっとけなくてなぁ。
あれやこれやとかまってやっていたら、いつの間にか懐かれちまってたんだよ。でも、門の前にトラバサミを仕掛けまくるとは・・・

ックク、ハハハハハッ!!」

ひいひい言いながら一通り笑った後、レオフリックは手紙を開けて読み始める。読み進めるにつれて、レオフリックの顔から笑顔は消え、真剣な表情に変わっていく。そしてフフルパからの手紙を読み終えると、

「なぁ、申し訳ねぇがもう一つだけ依頼を請けてくれねぇか?なに、依頼は簡単さ。このダガーをホライズンにいるフフルパに届けてほしいんだよ。」

そういって、レオフリックは懐から一振りのダガーを取り出した。

「たいしたもんでもねぇんだが、なんというか・・・フフルパへの餞別っていうもんかな。満足に別れの挨拶もできずにいたから、手紙のお礼と言って渡してくれよ。」

私がダガーを受け取ると、

「今回の件は本当に助かったよ。また会おう。」

レオフリックはそう言って、去って行った。

第十二話 「貧民街の連隊長」

ロストホープ流民街は中央ザナラーン北東部、ブラックブッシュ停留所の北側にある集落だ。ザナラーン中央部には「ストーンズスロー貧民窟」など、たくさんの貧民街が存在する。それは、中央ザナラーンには水辺が多く存在することと、自然洞窟など身を隠せるところがたくさんあるというのが一つの要因だ。

 

「乾きの大地」とも呼ばれるザナラーン地域にとって、熱い陽の光や、突如として吹き荒れる砂嵐から身を守るということ、生きるために必要な水を確保すること、の二つが容易に手に入る中央ザナラーンは、金を持たない難民にとっては理想の土地であった。しかしながら、貧民街が地域の治安を乱す盗賊団の温床ともなっているらしく、貧民街には治安維持と監視を目的として、銅刃団が派遣されていることも少なくない。
ただ、貧民街に派遣される銅刃団の多くは、任務に失敗した者や、犯罪に手を染めた者のため、また新たな犯罪に加担する者や、自身も盗賊に身を落とすものも少なくないという。


ロストホープ流民街にたどり着き、私は集落を見渡した。

なんだか懐かしいな・・・・

そこは、私が旅立ちを決意した集落とすごく似ていた。ガレマール帝国のアラミゴ侵攻、第七霊災による環境破壊により、家や土地、そして家族を失った者だけではなく、商売に失敗してウルダハにいられなくなった者、様々な理由で身障を抱えた者、白痴と差別され捨てられた孤児や、奴隷商人から逃げ出してきた者など、この世の暗部に晒されたものすべて集まり、溜まる場所となっている事実は否めない。

人々は当たり前の暮らしを諦め、ただただ生きることだけに執着している。ここには夢も、希望も、何一つない。それほど「心の死」にとても近いところなのである。

私は集落の中で銅刃団の男を探し始めると、ほどなくして見つかった。男は顔当ても頭巾もかぶっておらず、顔が露わになっていたが、あの時見た口元とあごの感じが同じように見えた。私はその男に「お前がレオフリックか?」と聞いた。男は私を見て驚いたものの、一瞬何か考え込んだ後に、やれやれといった感じで私に答える。

「なんだお前か。格好が普通すぎるから誰だか分らなかったぜ。まったく・・・・さてはスコーピオン交易所で何かを聞いたのかい? 「行くな」と忠告したのに、人の言うことをきかない冒険者だな。そうだよ、わたしがレオフリック “元” 連隊長さ。」

と、あきらめ顔でハハッと笑った。私は矢継ぎ早に斧術士を逃がした件を聞こうとするが、レオフリックは私の言葉を遮ると、

「まぁ立ち話もなんだ。ここじゃ俺たちの話を盗み聞きするような連中はいないから、そこでゆっくりと話そうじゃないか。」

と、火が焚かれているところに案内された。レオフリックが座ると近くにいたもう一人の銅刃団の女性が、火にかけていた鍋から温まった白湯を注いだ器を差し出す。
一瞬躊躇したが、その白湯を飲むと疲れた体にじわっと染みわり、高ぶった気が落ち着いていくのが分かる。私はその銅刃団の女性が気になってしまいチラチラと盗み見していると、レオフリックは困った顔をしながら、

「あぁ、こいつも別のところでやらかしたらしくてな。俺が来る前からここに赴任していたんだ。女だてらにこんなところに飛ばされるんじゃ、相当なことをやっちまったんだろうけどな。聞いてもはぐらかされるだけで教えてくれねぇんだよ。」

レオフリックは銅刃団の女性の顔を見ながらそう話すと、女性はバツが悪そうに顔を背けた。

「まぁ! 俺はこう見えてもフェミニストだからな!!しゃべりたくもねぇことを無理やり吐かせることなんざしないさ。女ってぇのは人には言えない秘密を二つ三つ持っているほうが妖艶さが増すってもんだしな!」

ハハッ!! とレオフリックは高笑いをする。この銅刃団の女性が信用に値するかどうかはわからないが、レオフリックが気を許しているのなら、私も気にする必要はないのだろう。

「さぁて、それじゃあ順を追って話そうか。まずはお前と別れたあたりからかな。あの後周りにいた銅刃団の連中に口止め料を払って、俺は転がっていた貨車に斧術士の男を乗っけてシルバーバザーに運んだんだ。

そうだ! そん時にキキプには説明しておいたよ。何だかハイカラな格好をした男が襲撃者を倒したってことをね。ロロリトの目があるから挨拶には来られないって説明したら・・・・・まぁしぶしぶ納得していたよ。

「会うことがあれば伝えておいてほしい、本当にありがとう」

だとさ。そして俺は斧術士の男をシルバーバザーで箱詰めして、船でクレセントコーヴに運んで、ベスパーベイからリムサ・ロミンサへと「荷物」として出荷したのさ。その後すぐに「斧術士の男を取り逃がした責任」を取らされる羽目になってね。ここに飛ばされたんだよ。」

男はなんの悪びれもせずペラペラと顛末を語る。あの時も感じたが、やはりどこか信用の置けないところがある。この話を信用すべきかどうかすらさえ、判断ができない。
正直なところ、斧術士のその後などにはまったく興味はないが、「私は何をするために利用されたのか」それだけを知りたかった。

「あの斧術士の正体だって?・・・んん・・まぁ・・・・いいか。今までの話もこれからの話も、信じるかどうかはお前次第だ。信じようが、信じまいが、お前には何の関係も影響もない話だからな。ただ、俺にとっては命につながる重要な話だ。それだけを心して聞いてほしい。

あの男の所属する「最強戦斧破砕軍団」ってのは、元々リムサ・ロミンサの海賊の一派が興した傭兵団だ。その一部の落ちこぼれ共がウルダハに流れてきて、色々と問題を起こし始めたんだ。前に言ったよな。俺はシルバーバザーの取り巻く環境の情報を方々に流していたってこと。その情報は遠くリムサ・ロミンサの耳に入ることになった。
ウルダハとリムサ・ロミンサは、今こそガレマール帝国打倒で団結しているように見えるが、その前まではお互いを牽制しあう仲だったんだよ。まぁ、交易を除いてだがな。リムサ・ロミンサ出身の者たちがウルダハで問題を起こしている事態は、リムサ・ロミンサにとっていい話ではない。ウルダハに弱みを握られてしまえば現状維持している「対等関係」が破たんしてしまう危険性があるからな。
しかし、リムサ・ロミンサ側からそいつらを討伐にウルダハに向かうとなると、国家間の問題となりうる。そこで、リムサ・ロミンサ側は商売で強いパイプを持っている東アルデナード商会を通じて、ロロリトに対して秘密裏に事態収拾の協力要請をしたんだ。新たな独占交易権を交換条件としてな。
ロロリトは私兵集団である銅刃団を使い、その斧術士共を排除しようとしたが、あろうことか一部の銅刃団の者が斧術士の集団とつるんで悪金を稼いでいることを知り、斧術士達を捕縛すると共に、銅刃団内部の粛清も行ったんだ。だが、せっかく捕まえた斧術士達の内、リーダー格だった男を解放するようにと命令が下りてきた。
真意は不明、おそらくは使い出のある問題児達をただ返すのがもったいなくなって、リムサ・ロミンサに送る前にひと暴れさせようとロロリトは企んだのだろう。シルバーバザーの件もあるしな。ほどなくして、用無しとなった斧術士に対しても討伐令が出て、私はその男を捕縛後リムサ・ロミンサに送り返したということさ。」

レオフリックの話には腑に落ちない点がある。それは、なぜ銅刃団の連中に口止め料を払ってまでリムサ・ロミンサへの移送を隠したのか。そしてなぜ「斧術士の男を取り逃がした責任」を取らされて降格の上ここに左遷されたのか。

「それは斧術士集団を捕縛した時点で「すべて」リムサ・ロミンサに強制送還されたことになっていたからだ。わかるか? 「ウルダハに斧術士集団はいない」・・・・ということだ。実は斧術士集団を捕縛した時点で、表向きには斧術士のリーダー格の男は「死亡した」ことになっていた。リムサ・ロミンサの条件では「やむ負えない場合は殺しても可」とのことだったからな。

だから存在してはいけないリーダー格の斧術士を秘密裏に討伐し、初めから「無かった」ものにしなければならない。幸いあの時スコーピオン交易所にいた銅刃団の連中は別のところから回されてきた奴ばかりだったから、斧術士集団を知るものは少なく、一部知っている奴らも金と待遇で口封じさせられていたから、あの斧術士と銅刃団の関係を疑うものはいなかった。」

私は「なぜすべての銅刃団の者を入れ替えなかったのか」と聞いてみる。

「いっぺんにすべての銅刃団の兵士が入れ替わったら、さすがに荷捌き人たちに怪しまれるだろう?だから一部の兵だけを残して、あとの兵は「研修」という名目で新兵を配置させたのさ。」

と、男は答えた。

そうか、だからスコーピオン交易所であった口の軽い男はいろいろと情報を持っていたのか。金で口封じ・・・・とはいかなかったようだが。

私の中で新たな疑問が浮かぶ。なぜ討伐令が下っていたのにも関わらず、何故斧術士の男をリムサ・ロミンサに送り返したのか?

それは、王党派側の理由でな。ロロリトが行っている悪事の一端を掴むために、我々もあの男を利用しようとしたのさ。ロロリトってのは稀代の商人と言われるほどの商才と同じくらいに、悪事に対しても頭が回るんだ。根回しというか、用意周到というか、行動は目立つくらい大胆な癖に、絶対に裏をつかませねぇんだよ。何か事が起こったとしても結局はいつも通りな黒い噂が出るだけで、それを証明できるほどの核心にはいつもたどり着けない。
トカゲのしっぽきりってのがあるだろ? 悪事を追ってもいつもどこかで途切れてしまう。日頃の行いの悪い、銅刃団という「しっぽ」をいっぱい持っているだけあって、結局は「銅刃団の一部が独断でやったこと」で片づけられてしまうんだよ。

ただ今回の件に限っては違う。我々王党派とリムサ・ロミンサにある斧術士ギルドとは協力関係にあってな。こちらで問題を起こしていた「最強戦斧破砕軍団」はリムサ・ロミンサでも色々とやらかしているらしくて、生きているのならば身柄を引き渡してほしいとの連絡があったんだ。こちらとしても願ってもない話だったんでな、斧術士の男をリムサ・ロミンサのギルドへと送り、今回の件のことも含めて吐かせようとしてるんだよ。
で、斧術士をリムサ・ロミンサに送った後、スコーピオン交易所に戻る途中に、俺はあえなく斧術士を取り逃がした罪でつかまり、ここに左遷ってわけさ。やっぱり金ごときで口は封じれねぇな。」

レオフリックは「ハハハッ」と呑気に笑う。

「捕まった時は心底焦ったが、リムサ・ロミンサに送ったことはバレてはいないようでほっとしたよ。まぁシルバーバザーの連中は銅刃団には絶対に協力しねぇから心配はしてなかったんだが。ただ、どこからのタレこみかは知らねぇが、俺が「情にほだされて逃がした」ということになっているらしい。
そして、この流民街へ飛ばされた、ところまではいいが・・・実は一番厄介な問題があってな・・・・」

レオフリックはそう言うと、顔から笑顔が消え真剣な表情になる。

「ここ最近、ロストホープ周辺で襲撃被害が多発しているんだ。名目上、その襲撃者からここの住人守るために俺が派遣されてきたことになっている。だが、銅刃団がこの集落を守る必要が本当にあると思うかい?
銅刃団は所詮ロロリトの私兵集団だ。ロロリトにとってメリットが無ければ守る必要はない。ということは、ここに何かしらのメリットが存在するわけだ。

それが俺がここに飛ばされた理由だよ。トカゲのしっぽきりってやつだ。

確かに斧術士の男をリムサ・ロミンサに「生きたまま」送ったことはバレちゃいねえが、逃したこと自体がロロリトにとっちゃ計算外だったんだろう。今も躍起になって探させているようだが、まぁ見つかるはずもねぇよな。ここロストホープ産の「夢想花」を使った「ソムヌス香」をたっぷりと嗅がせて昏睡状態で出荷してるから、船旅の道中でもまず起きることはねぇ。
俺も取り調べん時はタレこみに乗っかって「斧術士の境遇が哀れになって逃がしてやった。もし見つかったら銅刃団として雇ってやってほしい」としか喋ってねぇしな。本当はすぐにでも俺を「処分」したかったんだろうが、“元”とはいえ、連隊長の立場にあったものが、強盗一人取り逃がしたぐらいで死刑となっちゃあ、他の者への士気へと関わる。最近じゃしっぽを切り過ぎて「トカゲのしっぽ」が不足気味だからな。
だから、俺を襲撃にあっている貧民街の警備に回したんだよ。警備中に襲われて死んでしまっても、だれからも疑われない。まぁそこまではいいんだが、この集落はを守るにはさすがに人数が少なくてな・・・。流民街の奴らも別に死んでもいいと思っているような連中ばかりだから話にならんし、素人に武器持たせて立たせても的にしかならんしな。
だが、このまま大人数で襲撃されたらさすがの俺でもやばい。そこで折り入って冒険者のお前に依頼したいことがあるんだ。」

真剣な表情をしていたレオフリックの表情は、不敵な笑みへと変わる。

「あんた、そいつらのアジトにいって盗賊団の頭目を退治してきてくれないか?」

 
私は突然の依頼に驚くものの「お前に義理立てする理由は無い」と断った。しかしレオフリックは「まぁせっかくだから話だけは聞いてくれよ」と食い下がる。

「ブラックブッシュ停留所の南東側、クラッチ狭間と呼ばれるところに「キヴロン別宅跡」と呼ばれる廃屋があるんだ。そこに、ここを襲ってくる盗賊団の根城がある。

キヴロンって知っているか?・・・・って、そういやお前はここいらのもんじゃなかったな。
エオランデ=キヴロンっていう人は、第七霊災前までフロンデール薬学院理事長を務めていて、砂蠍衆の一角までになった大人物だ。エオランデ=ギヴロン女史は第七霊災の時に死亡してしまったんだが、そこに住み着いた盗賊団の頭目は自分のことを正統なる後継者として「サー・キヴロン男爵III世」と名乗っている。
だがそいつはキヴロン家とは血縁もなにも関係もない、ただこの跡地に住み着いただけの小悪党だ。そもそもⅢ世の前に“男爵”をつけること自体おかしいことに気が付いていない。元々キヴロン別宅があったところに掘立小屋を一つ建てて、貴族ごっこして遊んでいる迷惑な奴らなんだよ。

でもな、生意気にも相手には結構な数がいる。
そんなところにお前ひとりで乗り込んでいって、全部倒してこいとは言うつもりはないよ。それはお前に「死んで来い」って言っているようなもんだ。実は今、王党派の仲間と連絡を取っていて、盗賊団の殲滅戦の為に人数を揃えているんだ。本当は俺がそいつらと行動する予定だったんだが、やはり銅刃団の男が他の兵隊と一緒に動いているところを見られるとさすがにまずいと思っていてな。

ちょうどそんな時に、お前が俺を訪ねてきた。「俺ってツイてる!」 と思ったぜ!」

ハハハッ、とレオフリックは陽気に笑うと「相変わらずタイミングが神がかってるな!」と言いながら私の肩をバンバンと叩く。

「まぁ強制はしないさ。元々はお前がいないことを前提として仕組んでいた作戦だし、大きな危険が伴うことには変わりはない。確かに、お前が倒した斧術士を「逃した」俺に建てる義理なんてものはないのはわかっている。ただ、ここで俺が死んでしまったらロロリトの悪事を暴くことができなくなるし、バレでもしたら王党派の立場もさらに危うくなる。この討伐戦は、国が変わってしまうかもしれない「大きな戦い」でもあるんだ。

俺はその役目を、冒険者のお前に託したい。
信用に値する、お前にな。」

レオフリックは本当に卑怯な男だ。ここで王党派とウルダハの将来を俺にゆだねようとしてくる。たとえこの依頼を断ったとしても、自分にかかる火の粉はない。
もしあるとするなら私自身の心にのみ「作戦が失敗した」時の後悔と罪悪感が残り続けるだけだ。
乗り掛かった舟・・・ではなく、無理やり船に乗せられた、というべきか。

「実はここの集落にはその盗賊団と内通している奴がいてな。俺はそいつを「買収」したんだ。」

「買収」と聞いて、話の展開が雲行きが一気に怪しくなる。

「まぁそんな渋い顔をするなよ。俺だってそいつのすべてを信用しているわけじゃねぇ。こちらとしても情報が洩れている可能性も考えているし、そうなったときのための保険ももちろん用意している。
とにかくお前は俺の代わりに指揮を執ってくれさえすればいい。実質盗賊団の連中と戦うのは仲間の連中だ。それに俺はお前の闘いを間近で見ていた男だ。だからこそ自信をもって言える。お前なら確実にやってくれると。

どうだい?  やってくれるかい?」

レオフリックはまっすぐな目で俺を見る。その表情からはそれまで感じていた胡散臭さは感じられない。それでも私は、即答はできなかった。

そもそも、自分にこの件は何の関係もない。私としては斧術士の男の件が分かればそれでいいのだ。だが・・・レオフリックの置かれている立場も分かる。この殲滅戦の最中にレオフリックの存在がバレてしまえば、銅刃団に王党派が間者を送っていたことが発覚してしまい、王党派の立場が一気に不利になるだろう。万が一にも、そんなヘマをする男ではないとはわかるのだが・・・世の中「絶対」という保証はどこにもない。

(仕方がない・・・少しでもこの人に関わってしまったのが運の尽きだと思ってあきらめよう)

私はゆっくりとうなずいて、盗賊団殲滅戦の依頼を受けた。

「そうか! やってくれるか!!」

レオフリックは満面の笑みを浮かべながら「報酬は期待しろよ! なんせ王党派の後ろ盾があるからな!」と弾んだ声で言った。


「作戦はこうだ。この盗賊団は延べ30人からなる大きい集団だ。通常正面から乗り込んでいっては消耗戦の上、最悪キヴロン男爵に逃げられて終わりだ。そこで、盗賊団が作戦行動中の手薄な時を狙う。
間者の情報だと、近々ロストホープを襲いに来る計画があるらしい。狙いはここの住民をさらってアマルジャ族へと売り飛ばすことにあるようだ。アマルジャの奴らが貧民をさらって何をしているのかについて詳しくはわからねぇが、結構な金になると聞いたことがある。

お前たちはその襲撃に合わせて、キヴロン邸に急襲をかけてもらう。なに、ロストホープの連中は事前に避難させておくさ。キヴロン邸跡は見晴らしのいい高台にあるから、気が付かれずに忍び込もうとしても隠れるところがない。

それに見張りが何人も立っていて生意気にも警備は強固だ。たがその見張りについてはこちらの間者に一服盛ってもらう予定だ。遅効性の睡眠薬入りの酒をね。こっちにはとびっきりの夢想花があるからな。効果は折り紙つきだぜ。そして見張りが眠った隙を狙って、一気に急襲をかけるんだ。

この盗賊団は、頭目である「サー・キヴロン男爵III世」を名乗る男によって組織されている。だからお前はそいつだけを狙ってくれ。他の雑魚連中はこちらの応援部隊が相手をする。応援部隊っつっても、みんなウルダハ随一の兵どもよ。安心してくれてかまわねぇ。それにあんたがいれば、こんな作戦あっけなく終わるよ。

レオフリックは何の根拠もなく私を信用している。こういうところがいまだ信用できない。しかし、突然バツの悪そうな顔をしたかと思うと、少し言い淀みながら、

「ただ・・ちぃっとばかし問題があってな・・・誰もサー・キヴロン男爵Ⅲ世の顔を見たことがないんだ。」