FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第五十六話 「シーフ」

世界はいつだって絶望に満ちている。

幸せな人はただそのことに気がついてないだけ。
楽しげに笑っている人も、希望に輝いている人にだって、ほら・・・


絶望の淵は、すぐそこにあるんだ。

 

希望も絶望も知らなかった無垢な私の人生は、赤の他人の気まぐれによって黒く塗りつぶされた。

それはまるで落ちている小石を蹴りとばす感覚で、

それはまるで歩いている蟻を踏んづけるように、

笑い、

鼻歌を歌いながら、

ただただ楽しそうに、

私の人生を絶望の世界へと落としていったんだ。

 

辛いなら逃げればいい?

いったい何処へ?

逃げたいのなら、助けてもらえばいい?

いったい誰に?

いっそのこと、死んでしまえば楽になる?

ハハッ

死ぬことができるのなら


私は、どんなに幸せなことか。

 

 

ドンっ、という強い衝撃が、私の内臓を突然に圧迫する。
私は見たくもない夢から覚めて、絶望しかない現実へと戻された。

ごほっ!ごほっ!!

腹を蹴られた私は、思わず咽て咳き込んだ。
呼吸をすることすら辛く、喉からヒューヒューという音をたてて息が漏れる。

おい起きろ!! 仕事だ!!

私の腹を蹴ったのは一人のちんけな海賊崩れだ。
下っ端のくせに、
虎の威を借りただけのドブネズミの癖に、
手足を縛られて身動きの取れない私を、何の躊躇もせず蹴り飛ばす。

おうなんだその眼は・・・
お前誰のお陰で生きていられると思ってんだ?

そう叫びながら、男は私の顔を蹴り飛ばした。

ぐっっ・・・

私の小さな体には、そのチンケなドブネズミの一撃ですら重い。
こんな男程度、ヤろうとすれば一瞬で屠れるというのに。


目ぇ覚めたか?
へへ・・・おめぇは俺らの人形なんだから、文句も言わずにやることをやればいいんだよ!!


男は語尾を強めながらも、どこか怯えるような表情を含ませながら私を縛り付けている縄を乱暴に掴み、蹴られた痛みで起き上がることのできない私を引き摺りながら牢屋から連れ出した。

 

団長!
連れてきやしたぜ。ほら、立ちやがれ!

私は、団長と呼ばれる盗賊団の男の前へと引っ張りあげられ、乱暴に立たせられた。

ぐっ…

縄は食い込み、赤く腫れ上がった肌を擦りあげ、ビリビリとした痛みに顔が歪む。

そんな顔を見て楽しむように、盗賊団の頭目はニヤニヤと笑っていた。


おまえにやってもらうことがある。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


リムサ・ロミンサは、多くの海賊団がいる海洋都市だ。
今の国家元首であるメルウィブ・ブルーフィスウィン率いるシルバーサンド一家を筆頭に、ヒルフィル・フェツムーンシン率いる「断罪党」、ローズウェン・リーチ率いる「紅血聖女団」、そしてカルヴァラン・ド・ゴルガニュ率いる「百鬼夜行」がリムサ・ロミンサ三大海賊と呼ばれ、覇権に最も近い位置にいる。
その他にも大小様々な海賊集団が存在するが、私がいる海賊団は他とはちょっと違っている。

私が囚われている「海蛇の舌」と呼ばれる海賊団は、バイルブランド固有の蛮族「サハギン族」と繋がりを持っている異端中の異端だ。

サハギン族は蛮神「リヴァイアサン」を信奉していて、リムサ・ロミンサと勢力圏争いをしている。
小競り合いが絶えなかった海賊団同士の対立は「蛮族」と「ガレマール帝国」という共通敵の存在のおかげで不安定ではありながらも「協同」を保っているけど、海賊行為そのものを禁止する現体制に不満を漏らすものも少なくない。

その内の一つがここの海賊団だ。

ここの海賊団はリムサ・ロミンサと敵対するサハギン族と協定を組み、自分達を初めとするリヴァイアサンの「信奉者」を集めることにより召喚を手助けしている。
「集める」と言うのは語弊があるか・・・言い直そう。

「拐う」という方が正しい。

第七霊災と呼ばれる大災害から、5年という歳月がたった今もなお世界にはたくさんの難民が溢れている。
一部の人は日常を取り戻しているけど、再起を目指すも夢破れた者、世間からあぶれたもの、人生を呪いあきらめた者などもたくさんいる。
そんな奴らを甘言で集め「神の池」と呼ばれる場所で禊をさせ、顔にリヴァイアサンの体液で作られた染料を使って入れ墨を入れる。
リヴァイアサンの祝福を受けた彼ら狂信的な「溺れた者」となり、女子供はリヴァイアサンに祈り、男たちは海賊団「海蛇の舌」の一員として、さらなる人拐いを行っている。

「海蛇の舌」はサハギン族と共にリヴァイアサンを召喚し、リムサ・ロミンサを壊滅まで追い込むことで「海賊としての自由」を取り戻すことを目的としている。
混沌とした時代のように、強いものが弱いものから奪うという「自由」な時代への回帰を望んでいるのだ。
また、神おろしだけでなくサハギン族側についていれば、リムサ・ロミンサの亡き後に自分たちの自治を認めてもらえるとも思っているらしい。

蛮族相手にそんなにうまくいくとは思えないけど・・・

 

そんな彼らの「人形」である私の仕事は、

「諜報」「陽動」そして「暗殺」を行うこと。

それ以外に自由はない。

初めは「慰安」の道具とされたこともあったけれど、無感情で欲情的ではない私は面白みが無いらしく、もっと「適任」な奴隷たちが行っている。

用事が無ければ暗く、じめじめとした岩に囲まれた牢屋の中でじっと身を潜めているしかない。

絶望の籠の中にいる私だけれど、一つだけここにきてよかったと思えることもある。
それは様々な「教育」を受けられたことだ。

諜報・陽動には様々な「知識」が必要になる。「仕事」に出ていない間、私はそれをみっちりと叩き込まれた。それに「仕事」を行うのにも「技術」がいる。
その技術もまた専門の「先生」によって教えられた。

「教育」を受けている間だけは、自分を取り戻せたように思える。
だから、ただ純粋に楽しかった。
もっと知りたい、もっとできるようになりたい! もっともっと・・・
もっと上手に「人を殺せる」ようになりたい。

たった一年という短い間だったけど、経験を積み重ねた今の私は人を殺すことになんの躊躇もない。
どうせ人は遅かれ早かれ死ぬし、希望によって光り輝く白紙は、絶望という黒いインクによって塗りつぶされる。
そう考えれば、私は絶望を知らずに死ねるという「幸せ」を与えていると思えるのだ。
感謝されても恨まれる筋合いはない。

そんな私のことを、縛っているはずの彼らでさえ「敬遠」し始めていることに気がついてもいた。
無感情で人を殺し、乱暴に扱われても文句を言わない。
そんな私を気持ち悪がって、恐れを薄っぺらい「強がり」で隠している。

バレバレだよ。

でも心配しないで。

時が来たら、

私以上の「絶望」を持って、

全員焼き殺してあげるから。

 

 

 

 

 

翌日の夜、再び双剣士ギルドのアジトの前に行くといつもいるはずの門衛の姿が無いことに気が付いた。
扉を叩くも中からは何の反応もない。

???

扉に耳を押し当ててみても、中からは物音ひとつ聞こえてこない。

まさか・・・襲撃にあったのか?

あたりをキョロキョロと伺いながら不審なところが無いか確かめていると、


動かないで・・・・


建物の影の中から女の声が聞こえてくる。

(この声・・・・ヴァ・ケビか?)

私は見渡すのをやめて、そのままの体勢のまま耳をそばだてる。

 

えらいえらい。
このままエーテライトプラザまで歩いて上層甲板まで来て。溺れる海豚亭のある甲板の西側に、下に降りる勾配があるからその先でジャックが待ってるって。


そう言うと、気配はスッと消えてなくなる。

(相変わらず見事なもんだ・・・)

私は感心しながらも、踵を返して指示されたポイントへと向かった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

すまねえな!


指定された場所に着くと、そこにはジャックとぺリム・ハウリムの姿があった。
ペリム・ハウリムは落ち着きを取り戻したようだったが、頭の一部が腫れた様に盛り上がっているのが若干気になった。


いやいや、さっそくアジトの場所まで嗅ぎつけられちまったようでな。どうにも不審な影を見かけるようになったんでしばらくあそこは使わねぇことにしたんだ。ヴァ・ケビ、尾行はされなかったか?

うん、大丈夫・・・だと思う。


と言う声と共に、どこからともなくヴァ・ケビが姿を現した。
その声は何処か自信を感じられない。


なんだ、随分と歯切れが悪いじゃねえか。お前にしては珍しい。

うん・・・うろちょろしているのは一人だけ。これは間違いない。
多分だけど、エールポートで仲間を殺したララフェルの子供だと思う。
でも、気配の消し方がすごく不自然・・・
考えすぎかもしれないけど、わざと存在をアピールしているような感じ・・・
それに、なぜかこっちの動きの先に必ずいる。まるですべてをわかっているように。
それがすごく気持ち悪い・・・


ジャックはヴァ・ケビの報告を聞いて黙考する。


・・・やはりあの子供には謎が多いな。
用心には用心を重ねるか・・・
よし、すまねえがここで話させてもらうよ。かんべんな。


そう言ってジャックは顔の前で手を合わせる。
状況が状況ではあるし、私は構わないと答える。

 

ありがてぇ。じゃあさっそく本題に入ろうか。
サマーフォード庄にいる赤い帽子の野郎、確かセヴリンと言ったかな。あいつはどうやら「黒」のようだぜ?
どうやら酒場で怪しげな「儲け話」を酒飲み客に持ちかけては人集めをしているようだ。もちろんほとんどの奴は眉唾な話に飛びつかねえが、面白がった馬鹿どもが話に乗っかったらしい。もちろん嘘だったらセヴリンに「代償は取らせる」と他の連中に吹聴していたようだが、どうも最近そいつらの姿が見えなくなっているらしい。
正直「どっちもどっち」の話ではあるが、人が消えちまっていることは確かなようだ。

街道を往来する商人に目撃情報を当たってみたんだが、中央ラノシアのデセント断崖にあるスカイリフトのところで、ガラの悪い男数人と「ささやきの谷」の方に向かていく姿を見た奴がいた。そこは表の街道から奥まったところにあるから、人目を忍んで入っちまえば何が行われていようがわからねえ。

どうだい? 調べてみるかい?

ジャックは「もちろん安全第一だがな」と付け加えて提案してくる。私に断る理由はない。一人ではないというだけで大分心も楽になる。
私が承諾をするとジャックは、


さすがに赤い帽子の男のことを奴らもマークしているだろうから、あんたもうちらも迂闊に動くとまずい。
ヴァ・ケビのいうララフェルの子供の動きも気になるしな。
まずは俺の知り合いの「情報屋」に調べさせるから、その情報をもとに動いてくれ。
情報が集まった時点であんたと接触するよ。だからしばらくはリムサロミンサに留まっていてくれると助かる。
接触した時に情報屋のいる場所を教えるから、あんたはそこに向かってくれ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ジャック達と別れてから接触があるまでの数日間、私は自室で斧の素振りを行いながら動きを体に染み込ませた。
斧の扱いの向上はもちろんだが、おやっさんの技術に少しでも近づきたいという欲求の方が強い。
手に吸い付くように馴染む感触。重さを感じないほどに調整された絶妙なバランス。
振り回すにしろ、体重移動の軸にするにしろ、盾として構えるにしろ、本当に自由自在だ。

その扱いやすさの理由はどこにあるのか。

それを知るために私は斧を振る。

(それにしてもこの斧、一体いつ作っていたんだろうか?)

という疑問と共に、ふともう一つ疑問が湧き上がってきた。

おやっさんはなぜこんなにも斧の製作がうまいのだろうか?


そんなことを考えている時、ふいに窓のガラスが「カン」という音を立てる。
私は斧を置き、窓の前にたってガラス戸を少し開けた。
するとその隙間から小さな紙きれが投げ込まれた。
私はガラス戸を閉め、そして投げ込まれた紙きれを拾って広げる。
とそこには、

(月の頂点 開拓者の納屋 貴腐ワインとゴブリンチーズを一つずつ)

と書かれていた。
紙の下の方には地図のような落書きも書いている。

(ここにいけばいいのか?)

私はその紙きれをしまい、身支度を整えて地図の場所へと向かった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~

闇夜に紛れながら「開拓者の納屋」のある場所へと移動する。
それらしきあばら屋を見つけて近寄ろうとすると、闇に紛れて動く複数の影が見えた。

(・・・・あれは・・・キキルン?)

あばら屋の周りには3匹のキキルンの姿があった。

(・・・・情報屋とはキキルンのことか?)

私は警戒しながらゆっくりとあばら屋に近づく。
すると私の気配に気が付いたキキルンは、

「お客、何者っちゃ?」
「見慣れないやつ!! ご主人、守るっちゃ!」

と叫びながら飛びかかってきた。
私は咄嗟に斧を構えてキキルンの攻撃をかわす。
あばら屋の方に汚いローブに身を包んだ老人の姿が見える。

(主人・・・とはあいつか!)

私はキキルンの攻撃を斧で跳ね返し、そのままの勢いで体当たりをかます。
そしてその反動を利用して斧を振り回し、もう一匹のキキルンの顔を斧の側面で叩き飛ばした。
最後の一匹は臆したのか建物の裏へと逃げていった。
それ見ていた主人と思わしき老人は、やれやれといった表情で、


これはまた随分と勇ましいお客様が来たもんだ。
こんな夜更けにいらっしゃる方は「お客様」か「同業者」のどちらかなもんでね、ヒッヒッヒッ。


老人は卑屈な笑い声をあげながらこちらへと歩んでくる。
私は斧をしまい老人に対して、

貴腐ワインとゴブリンチーズを一つずつ」

と紙に書かれていた合言葉を話す。
すると老人は細い目を見開き「これはこれは・・・お得意様のお使いでありましたか・・・」と言ってあばら屋の中へと入り、一本のワインらしき瓶と包み紙を持ってくる。


ヒッヒッヒッ・・・
それにしても貴腐ワインとゴブリンチーズをご所望とは随分とグルメでございますな。
ゴブリンチーズは匂いがキツくて味わうどころではないのですが、芳醇な甘さを持つ貴腐ワインと一緒に食べると臭いを忘れるほどのコクとうま味に心を奪われてしまうのですじゃ。しかもこれは「ブレイフロクスの珍チーズ」、味も臭いも一級品。そしてこの貴腐ワインもシャマニ・ロマーニの目利きによる特選品ですじゃ。

思えばあと3日で太陽が一番高く上る日。夏の暑さが本格的になる前に「白糸の滝」を眺めながら好奇に群がる変わり者達と卓を囲みたいものですな。


そう言って手渡された包み紙に私は好奇に勝てず顔を寄せる。

(うぷっ!! げほっ! げほっ!!)

強烈な臭気に襲われて思わず顔を背け、むせる。
まるで腐ったミルクを拭いた雑巾を乾かさずに放置したような臭いが鼻から離れない。
咳き込む私をみて老人は笑いながら、


デセント崖にあるスカイリフトまで行きなされ。
お代は「一括払い、一日遅れるごとに十割」とお伝えくだされ、ヒヒッ。


そう私に告げると、気絶していたキキルンに水をぶっかけて起こしていた。
私は「護衛を気絶させてしまってすまない」と謝ると「そのために雇っているのですからお気遣いなく・・・ヒヒッ」と笑う。

一度キキルンに殺されたが、今回ばかりはとても不憫に思ってしまう私であった。

 

人は集まりましたか?


にこやかな笑顔で商人風の青年は赤い帽子の男に問いかける。


あ・・ああ、4人ばかり話に乗ってきたよ。


びくびくとした表情でそう答える赤い帽子の男に、商人の側で睨んでいたルガディンの男が「たったの4人だぁ? お前ふざけてんのか?」と食いついた。
それを「まあまあ」と商人の男が窘めると「それ以上の人数で歩いていたら逆に怪しまれます。適正な人数だと思いますよ?」と柔らかにフォローしていた。


首尾は分かっていますね? あなたは「財宝の発掘」と騙した人たちを「ささやきの谷」へと連れ出してください。
そこから先はこちらの方々が誘導しますし、その後の「輸送」は我々で行いますので。
あなたはその人達に怪しまれないようにだけ、注意してください。
なに「普通」を装えば簡単なことですよ。


商人の男はそう言いながらにっこりと笑う。
そしてルガディンの男に向き直り、


連絡船の一件があってから我々も目を付けられてますからね。
監視の目の中で、表立った船での「輸送」はとても難しいんです。
そんな中で危険なく人を「集められている」というだけでも、上々ですよ。


裏を感じさせるような不気味な笑顔を絶やさぬまま話す商人を見ながら、ルガディンの男は「ちっ・・しけてんな・・・」と文句を言う。
そして私に視線を移し「おい・・・外の様子は?」と聞いてきた。


外に一人、隠れてる。


私がそう言うとルガディンの男は顔をしかめ、


ここまでつけられていたか?

それはないと思うけど、動きが素人じゃないから多分アイツら。

とすると「見張り」・・・か。


ルガディンの男は腕を組みながら、なにか対策を考えているようだ。
だがこの男は面倒を嫌う。例え閃いたとしてもいつも正面突破に近い作戦が多い。


よし。こいつらが扉から出た瞬間、俺が叫んで炙り出すからよ。
お前は怪しい奴を見つけて追い込め。

(・・・やっぱり)

決して逃がすなよ。
もししらばっくれるようならこの言葉を使え。
もしアイツらの仲間なら少しは動揺するだろうよ。

お前ならそれを見抜けるだろ?


そう言ってルガディンの男は私に「読み上げるなよ」と忠告したうえで、一枚の紙きれを手渡してきた。
その紙を見ると汚い字で、

「酔わないエールはどこで売っている?」

とだけ書かれていた。


(なにかの合言葉かな?)


とりあえず私はその言葉を頭に叩き込み、紙をルガディンの男に返しながら「あんたは姿をさらしていいの?」と聞く。
するとルガディンの男は表情を変えず、


ああ、俺は海蛇の舌の中でも「特殊」だからな。
かえってチラ見させていたほうがいい攪乱になるさ。


そう言って「顔」の入れ墨をポンポンと指さした。
このルガディンの男は他の海蛇の舌の連中とちょっと違う。
「禊」を行い祝福を受けた者には青色の入れ墨が施されるけど、この男の入れ墨の色はなぜか「黒」なのだ。
なぜそうなったかを聞いてみても「俺は特別だからだ」としか教えてくれない。
まあそういう私も「神の池」に放り込まれたけど何の変化もなかった。
そればかりか青い入れ墨は彫ってもすぐに消えてしまうため、私の顔に入れ墨自体はない。

「死なない」ということに何か関係しているようだけど、まあどうでもいいことではある。

 

黒い入れ墨の男は、ウルダハでの「仕事」から私の「飼い主」となっている。
初めは他の奴らと似たり寄ったりだったけれど、ウルダハでの一件以来「奇妙な信頼関係」が生まれていた。
表向きはやはり暴力的ではあるけれど、今のような単体行動になるとある程度の会話と自由が与えられている。なにより他の奴らと違って変に怯えることもないし、決断も早く(単純なことは置いておいて)、足手まといにもならないので私としてはすごく動きやすい。

だからといって私が「懐いた」わけではないし、相手も「懐かれた」とは思っていないだろう。
「仕事」においての最善の関係が、今の状態なのだし。


私は「わかった」と頷いて裏口から静かに外に出た。
建物の影に潜み、気配を消しながら周りの様子をうかがう。

 

不審な影は・・・あれ、二つ?

ひとつは初めから感じていた薄い気配。
そしてもうひとつの気配は明らかに素人丸出し・・・というかそもそも隠れきれていない。


(こいつは別口かな? しかしあのおっさん、あれで隠れているつもりなのかな?)


その男は不格好なまでに体をさらして宿屋の方を覗いている。

(あれ???)

ふと私はその冒険者のような中年の男に違和感を感じた。

(あの男を見たことがあるような・・・それこそ、ウルダハで嵌めた冒険者に。
いや・・まさかね、生きているはずがない。

それこそ、私じゃあるまいし)

 

私は一度深呼吸をしながら、気配がもれない様にに心と感情を静める。
もう一人の影もその中年の男の存在に気がついているのか、その男を盾にするような位置に移動している。

バレた時の囮にするつもりかな・・・
でも、私の目はごまかせないよ。

隠れている「つもり」の男の目的は分からない。
しかし素人丸出しなところを見ると、大方ギルドから何かの依頼を受けた一般の冒険者なのだろう。

「ギィッ・・」と言う音と共に宿屋の扉が開かれ、赤い帽子の男と商人が出てきた。
すると隠れているつもりの男はあからさまに「ぴくっ」と反応し、さらに体を物陰から乗り出し始めた。
そして後ろに控えていた黒い入れ墨の男が叫ぶと、慌てた様に路地裏に駆け込んでいった。

(逃げた!!)

私は飛ぶような勢いで男を追いかける。
もう一つの気配もまた同じ路地に消えていった。

(罠かな・・・まあいいや)

私が細かいことを考える必要はない。
どういう目的があるにせよ、二人とも「始末」すればいいだけのことだ。


路地に飛び込むと、人の姿はどこにもない。
だが、気配は両方共に読み取れた。

 

隠れるのが下手な一人はあの排水溝の中・・・・
もう一人はあの木箱の影・・・ね。
最優先は・・・やっぱり隠れる方がうまい方かな。


私は排水溝の溝が見える位置に移動しつつ、木箱に向けてナイフを投げた。
すると、

「ヒッ!」という小さな悲鳴を上げながら、一人の男が出てきた。

(・・・こいつ、間抜けな冒険者と同じ格好してる? 持ってる武器は違うようだけど、やっぱり囮にするつもりだったんだ)

「おまえ、さっきこちらを見ていただろう?」と私が問いかけると、男はヘラヘラと笑い御託を並べながら言い訳を始めた。

(何かしてくるかもしれないな・・・)

私は少し警戒しながら腰からナイフを一本取り出し「酔えないエールはどこで売っている?」と呟くと、明らかに男は動揺した。

(あたりだね)

私は剣を構える男に臆することなくゆっくりと歩きはじめ、男に向かってわざと話しかけて注意を引く。
心の動揺こそが一番の隙となるのだ。動揺に捕らわれた時点でこの男は終わった。

私は一瞬の間をおいて一気に飛び上がった。
例え目の前にいても、目線を誘導し一瞬の「間」を外せば消えた様に見せることができる。

私に「暗殺技術」を教えてくれた先生の得意技だ。


呆気に取られている男の首に飛びつき、その勢いのままナイフを振り下ろす。
骨を避けるように奥までしっかりと差し込み、ナイフをそのままに飛びのいた。
男は何が起こったかもわからないように、不思議そうな顔をしながら崩れ落ちるように地面に突っ伏した。

私は路地の外に目配せをする。
すると路地を塞ぐように商談を行っていた商人風の男達が木箱を乗せた荷車を引いて路地の奥まで入ってくる。
そして私が殺した男を木箱の中に手早く詰め込んで、何事もなかったように商談を装いながら路地の外に出ていった。

(随分と手際のいいことで・・・)

私は少し感心しながらも、その場に佇み続けた。

(さて・・・もう一人はどうす・・・)

ふと違和感を感じてその場に立ち竦む。

(・・・もう一人・・・・いる?)

まるで蜘蛛の糸に触れたかのような薄い感覚。
今は気配を感じられないが、確実にこちらを見ている「何か」がいる。

 

ここで下手に動くのはまずいかな・・・
しょうがない・・・とりあえず、枝はつけておこう・・・


私はもう一つの「影」に気が付いていないふりをしながら、排水溝の溝の中に隠れている冒険者に向かって言葉を吐く。
それと同時に魔導書の一部をちぎってその場に捨てた。

そして私は何事もなかったかのように路地から出ていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


仕留めたか?

 

エールポートの外、ブルワーズ灯台の前で私は黒い入れ墨の男と落ち合った。
私は黒い入れ墨の男に「一人は殺せたけど、まだ仲間がいたようだった」と答えると「見られたか?」と問い返してくる。


多分。気配を消すのがうまくて特定はできなかったけど、枝はつけてきたから追い込めるとは思う。

 

と答えて魔導書を開いた。
白紙のページに付いた黒い点が少しずつ移動している。
どうやらうまく本のかけらが対象に取りついたみたいだ。


この黒い点はこの本とかけらが取りついた者との距離を表している。
これさえあれば、気配がわからずとも場所を特定できるよ。

へぇ・・・便利なもんだな。


黒入れ墨の男は素直に感心している。
私は「効力は一日くらいしか持たないから行くなら早い方がいい。それに取り払われたら終わりだし」というと、


よし、お前は「鼠の巣」を特定してこい。
もしリムサ・ロミンサに巣があるようだったら無理はするなよ。
バレない程度に攪乱してこい。その間に俺たちはセヴリンの野郎の連れてくる「愚か者」の引き受け準備を進める。
情報は洩らしたままでいい。そうすればアイツらから乗り込んでくるだろうから、そん時に全部仕留めるぞ。

大丈夫なの? 頭目代理の許可とらなくて。

事後でもいいさ。アイツは今サハギン族共に追い詰められているからな。
厄介ごとは持ち込まれたくないだろう。
実行部隊は「功」に焦っているマディソンの野郎に話を持ち掛けるつもりだ。
ただ・・・アイツだけじゃ不安もあるから、あの「商人の男」にも話を振っておく。

最悪、そいつが何とかしてくれるさ。
もしそれでも失敗する場合は、お前が何とかしてこい。


そう言って黒い入れ墨の男はブルワーズ灯台の警備をしているカンスィスに声を掛けると、灯台の中へと入っていった。

第五十五話 「巴術士の女」

それがあんたにも深い因縁のある「黒い入れ墨の男」の存在だよ。

そいつは普通の海蛇の舌の奴らと違いがあってね。
海蛇の舌の奴らの入れ墨は「青」なんだが、そいつの入れ墨だけは「黒」なんだ。理由は分からねぇがな。
だから初めは海蛇の舌とは切り離して考えていたんだが、最近「人拐い」の現場から逃げてきた奴の証言で「黒い入れ墨の男」を見たという話が出たんだよ。
それからずっとその男をマークしていたんだが、どうやらうちの「合言葉」が流出してしまったみたいでね・・・こっちの存在がバレてしまっているようだから、どうしたもんかと悩んでいたんだよ。


ジャックは自分の頭をポンポンと叩きながら途方にくれた顔をしている。
「そこまで情報を得ているのならグランドカンパニーである黒渦団に調査を移管したほうがいいのでは?」と聞くと、


実はまだ海蛇の舌の正確なアジトが特定されていないんだ。奴らの船は幻影諸島の北に消えていくと噂されている。だがその先にあるのはサハギン族の勢力圏内で迂闊に近づくことすらできない。
連絡船の事故があっただろう?
あれは連絡船がサハギン族の勢力圏にある秘密航路を航行する奴らの船を偶然見つけてしまい、確認信号を送ってしまったために襲われたんじゃないかと俺は思っている・・・まあ確証はなにもないがな。

勢力圏に攻め込んでサハギン族とガチで戦争をおっぱじめられるほどリムサ・ロミンサの軍力は回復していない。そもそもリムサ・ロミンサの軍力の中心は独立した海賊諸派との連合であって、黒渦団単独だけでは兵力不足だ。
ガレマール帝国とのドンパチのように国の存亡をかけた戦いならまだしも、いち海賊団の討伐程度じゃ理解は得られない。だからよっぽどのことが無い限り黒渦団は動けないのさ。

それこそ、蛮神「リヴァイアサン」の討伐ぐらいのインパクトが無ければね。

海蛇の舌が「人拐い」に加担していて拐った奴らをテンパード化して兵隊にしているとしたら、リヴァイアサンの召喚も無視できねえ話になる。
そのあたりの確証を得られさえすれば、もうちょっと何とかなるんだろうけどな。
とにかく俺らもアイツらにバレちまった以上、今までのような調査はできねえ。
やり方を変えていかねえとな・・・


そういえばサマーフォード庄にいる赤い帽子の男がその黒い刺青の男と接触していたことを思い出し、私はジャックに説明する。
正確には「商人らしき男」と接触していたのだが、その現場にルガディンの男がいたのだ。
ジャックは私の話を聞き、どこか浮かない顔をしている。


サマーフォード庄ってぇと、シュテールヴィルンの旦那のところか・・・
すまねえ・・・そこはあんたが聞き込みをしてもらっていいか?
いや、情けねえ話だがアイツらとは昔ちょっとした因縁があってね。うちらが出向いたところで塩まかれて追い払われちまうからよ。
もちろん、バックアップはさせてもらうからよ!

顔の前に手を合わせて「頼む!」とお願いしてくる。
こちらとしても協力を得たくて訪問したこともあるので快諾した。


そうか! やってっくれるか!
じゃあこっちからはこいつをあんたの補助につけてやるよ。


そう言って、ジャックは一人のララフェルの男を指さす。
突然指名された男は「うえぇっ! 俺もいくんですか!」と抗議の声を上げる。


「お前変装が得意だろう? 中までついていく必要はないから変な奴が張り付いていないか見張ってやんな。」


ジャックがそう言うと、ララフェルの男は「はぁ~・・・」と溜息をつきながらも「あぁ・・・えっと、ペリム・ハウリムっていいます。よろしくお願いします。」と頭を下げてきた。


こいつは見かけによらずうちのギルドじゃ1・2を争うほどの腕利きだから安心しな!
じゃあよろしく頼んだぜ!


ジャックに送り出されるような形で、私とぺリム・ハウリムはサマーフォード庄に向かう。ペリム・ハウリムは特徴的だった緑を基調とした服装からどこにでもいるような新米冒険者のような恰好に着替えていた。多分私に合わせてくれたのだろう。
道中無言のままでは気まずいので、私はペリム・ハウリムにリムサ・ロミンサの裏事情を色々聞いた。話によると霊災時にメルヴィブ提督の元団結した海賊団諸派だったが、霊災後に復興が進むにつれ、その団結にも綻びが発生しているらしい。
なかには掟を破り外洋で海賊行為を働くものや、海賊団内でも意見対立により派閥同士の抗争が発生したりと「共通の敵」の動きが弱まってからというもの急進派の動きが活発化しているとのことだった。

サマーフォード庄の前に着くと、ペリム・ハウリムは「じゃあ俺はここいらで見張ってますんで」と言ってスッと姿を消した。


私はシュテールヴィルンを探しながら仲間の団員の方に目を向ける。赤い帽子の男を探すがパッと見で見つけることはできなかった。
相変わらず頭を抱えているシュテールヴィルンの元に着くと「赤い帽子の男のことで少し話が聞きたい」と話す。
するとシュテールヴィルンは「アイツがまた何かしでかしたのかい
?」と険しい顔をしながら答えてきた。
私は「ここでは話しにくいので、話を聞かれない場所に移動したい」と話すと「俺にそんな気はないんだがな」と冗談を言った後「ついてこい」と言って農場内にある小さな納屋の影に移動した。

「さて、話と言うのは?」とシュテールヴィルンは聞いてくる。
私は、赤い帽子の男が先日エールポートで「商人」らしき人と密談をしていた件を説明する。そのグループの中に私がウルダハにいた時に因縁のある男がいたこともあり、何か知っていることはないかと聞いてみた。

赤い帽子の男・・・あいつはセヴリンと言ってな。問題児ばかりが集まるここの中でも一番の問題児だ。
まともに働かねえばかりか、今も仲のいい不良連中を連れてどっかに行ったまま戻ってこねえんだ。
どっかで酒でも飲んでいるんじゃねえかと思っていたが・・・
セヴリンと会っていた奴らはきな臭い野郎なのか?

シュテールヴィルンの問いに「商人風の男のことはわからないが、少なくとも私と因縁のある男は「善人」ではない」と答える。
それを聞いたシュテールヴィルンは腕を組みながら何かを考え、そして私に話し始める。

実はセヴリンは元々俺の海賊団の団員ではねえんだ。
ここサマーフォード庄が拓かれてからきた奴で、初めは随分とまじめに働いていたもんだ。
しかし悪い仲間とつるみだしてから様子がおかしくなり始めてな。今じゃまともに働くどころか、うちの農作物をコボルドの連中に高値で横流しして不当に金を稼いでいるらしい。
あまりにも酷いんで追い出そうと考えたこともあるが、アイツも実は霊災孤児らしくてな。ここを追い出しちまったら行く当てもないだろうから、何とか更生させたいと思って今までやってきていたんだ。
厄介なことに巻き込まれてなければいいんだが・・・

シュテールヴィルンは重い溜め息をつく。
私はセヴリンの身の回りで気が付くことがなかったか聞いてみると、

そういえばうちの団員の奴らがセヴリンに「おいしい儲け話」があるから一口乗らねえかと勧誘されたらしい。
たしか・・・シーソング石窟の慰霊碑の下にお宝が埋まっているだとかなんとか言っていたな。
あそこは海で亡くなった奴らの慰霊碑だから、墓荒らしなんてできないとうちの連中は断ったらしいが、もしかしたら今そこにいるかもしれねぇな。

私はシュテールヴィルンに「私が様子を見てくるよ」と話すと「俺がこんなことをいうのもなんだが、穏便に頼むぜ。」と頼まれた。

 

なにか情報は得られましたかい?


サマーフォード庄から出ると、いつの間にやらぺリム・ハウリムが私の脇を歩いていた。
私はぺリム・ハウリムに赤い帽子の男はセヴリンと言って、サマーフォード庄の中の不良グループの一人だということを伝える。そして儲け話があると言ってシーソング石窟に人を集めようとしていたことも伝えた。


シ…シーソング石窟ですか・・・
あそこ・・・・死んだ人の幽霊が出るって有名なんですよねぇ・・・
ってまさか、いまからあそこに行くつもりですか!?

急に怯えだすペリム・ハウリム。ひょっとして幽霊が怖いのだろうか。シーソング石窟はサマーフォード庄からほど近く、少し歩くだけでたどり着ける距離にある。私はそのつもりだと答えると、


や、やめましょうぜ?
だって今日はもう日も暮れてますし、一旦報告に戻ったほうがいいと思うんっすよ。
それにほら・・・・灯りもないはずなのにほのかに明る・・・・ひっ!


シーソング石窟があるあたりで、不自然な光がユラユラと揺れていた。
やはり誰かいるのだろうか・・・

私はぺリム・ハウリムに「ここで見張っていてくれ」と頼むと、草陰に紛れるように一人でシーソング石窟の入り口前まで歩みを進める。
そして様子を伺うと、洞窟の両脇に松明が灯されていて中は明るい。
私は周囲を警戒しながら洞窟の入口へと張り付き、中の様子をうかがう。
すると、奥に一人のミコッテの女性が立っていた。

 

奥に一人のミコッテの女性が立っていた。
よく見ると顔には機械のような面をつけている。

(あれは!?)

私はあの機械の面を知っている。
そう、あれはサンクレッドが調査で使っていた面と全く同じものだ。
私はゆっくりと歩きながらシーソング石窟内の慰霊碑に近づいていく。するとミコッテの女は私の存在に気が付いたのかこちらを一瞥すると、


私は支える波であり、

私は導く風である。

私は夜の星であり、私は朝の空である。

私は海で生を受け、そして、海で死に向かう・・・・・・。


と、女はまるで唄を歌うように詩を口ずさむ。
そして顔につけた面を外しながら私の方に振り向き、

 

この碑石に刻まれた、船乗りたちの鎮魂歌よ。

「海で生まれて、海で死ぬ・・・」

リムサ・ロミンサに生きる民の生き様ね。

海に帰ることができた船乗りには、 海難事故が起きぬように祈りを。
大地に散った船乗りには、 彼らの魂が海へ戻るための祈りを・・・。

目を閉じ、胸に手をあてて祈りをささげるミコッテの女。
ゆっくりと一言一言紡がれる言葉は流れるようでいて、寄せては返す波のように静かな抑揚を繰り返す。それはまるで夕凪の海辺で黄昏ているようで、思わず心を奪われてしまった。


あなた・・・ウルダハから来た冒険者ね?
噂の「人拐い」を追ってたんだけど・・・これはいい収穫だったかもしれないわね。


祈りを終えたミコッテの女はそう呟くと、懐から木の枝のようなものを取りだし何か呪文のような言葉を紡ぎ始める。
するとミコッテの女性の周りに大量の魔力の波が渦巻いた。

(・・・・敵だったか!?)

私はすかさず斧を手に取りミコッテの女性と対峙する。
その姿をみたミコッテの女性は「どこを見ているの?」と呟き、手に集約された魔力の塊を放った。

(くっ!!)

私は斧を盾代わりに構えて魔力の塊から耐えようと身構える。しかし魔力の塊は私の脇をすり抜け、轟音と共に何かにぶつかり破裂した。

(!!?)

ぐぉぉぉぉ・・・

 

後ろから獣の呻き声が響き「ドスンッ!」という轟音を立てて倒れる音が洞窟内に反響する。
振り向くとそこには焼け焦げたグゥーブーの姿があった。
ミコッテの女性はまるで何事もなかったかのように歩き出し、私の脇を通り過ぎて倒れたグゥーブーを調べ始めた。
そして何かを見つけたのか「これを見て」と言って一つの短剣を私の前にかざした。

 

この短剣はロープを扱う船乗りたちが使うものね。
それに・・・


ミコッテの女性は頭にのせていた機械の面を顔にはめ、つまみをいじりながらその短剣を調べ始めた。


歪められたエーテルの残留反応・・・この短剣には何かが仕組まれていて、この子は暴走したようね。
この子が狙ったのは私か、それともあなたか・・・
どちらにせよ、私たちのどちらかを「消したい」者がいるということかしら。


そう言いながら、ミコッテの女性は「ふふ・・・」と静かに笑った。
その笑みは妖艶であり、どこか冷酷でもあった。
思わずゾクッと鳥肌がたつ。

 

なっ・・・何事ですか!!


声を振りしぼるように震えた声をあげながら、よろよろとした足取りでぺリム・ハウリムが洞窟内に入ってくる。


あら、お仲間がいたのね。
私はお邪魔だろうから、お先するわ。

では・・・

また。


そう言いながら、ミコッテの女性はゆっくりとした足取りで洞窟を出ていった。
焼け焦げたグゥーブーを唖然とした表情で見ているぺリム・ハウリムの脇を通るミコッテの女性。ペリム・ハウリムはその女性に気が付くと、今度は呆けた表情で女性を目で追い始めた。
女性が洞窟をでて行くまでジーっと見つめたあと、バッとこちらに振り返り血走った目で、

だ・・・だれですかあの美女は!!
あんたの知り合いですか!!
年齢は!? 趣味は!? 好きなタイプは!?
詳しく!! 詳しく!!!

とペリム・ハウリムは食いついてくる。
どうやら彼の好みにあのミコッテの女性はどストライクだったようだ。
しがみついてくるペリム・ハウリムを引き離しながら、私は彼女とは初対面だということ、あそこで焦げているグゥーブーはあのミコッテの女性の一撃によってああなったこと、そしてそのグゥーブーは何者かによってけしかけられていたことを伝えた。
しかし当のぺリム・ハウリムは「そんなことよりも彼女のことをしりたい!」といった表情をしている。そんなペリム・ハウリムの表情を見ながら私はニヤニヤしていたが、ふと気が付いた。

私が洞窟にいる間、ペリム・ハウリムは洞窟の外で見張りをしていたはずだ。であるならこのグゥーブーが洞窟に入るところを見ないわけがない。だがペリム・ハウリムが駆けつけた時「何事ですか!」と言って入ってきたのだ。
私はぺリム・ハウリムに「なぜグゥーブーが洞窟に入ってくるのを見落とした?」と問い詰める。
するとペリム・ハウリムはどこか気まずそうな顔をしながらもじもじとした後「突然現れたウィスプに囲まれて逃げ回ってました!」とものすごい勢いで頭を下げて言い訳を始めた。


いやっ、ウィスプってのは成仏できなかった人の霊魂が具現化したものと言われているんすよ! ここらじゃ難破船が漂着するコスタ・デル・ソルの浜辺で大量にでるって噂されてますが、ここで出くわすなんて・・・やっぱりここは死んでも死にきれなかった水夫たちの霊が集まるんスよ!
早くアジトへ帰りましょう!


恐怖を思い出したのか、かくかくと膝を震わせながら慌てているぺリム・ハウリムの反応を見ながら私は黙考する。
態度からして嘘を言っているようには見えないが、相手は諜報活動を得意とする双剣士ギルドのメンバーだ。双剣士ギルドが私を嵌める理由があるかどうかを考えながら、私はペリム・ハウリムと共に双剣士ギルドへと戻った。

 

首尾はどうだったかい?


ギルドに戻るとジャックが私たちを出迎えた。
私はジャックにサマーフォード庄でシュテールヴィルンから聞いたこと、そしてシーソング石窟で一人のミコッテの女性と出会い、突然グゥーブーに襲われたこと、そのグゥーブーは誰かによって暴走させられていたことを報告する。


ミコッテの女ねぇ・・・・ひょっとしてそいつ、機械の仮面を首から下げた幻術士じゃなかったかい?


ジャックは「ショートボブの銀髪で、手に木の枝のようなものをもった奴だ」と身振り手振りを加えて補足する。私は「そうだ」と言おうとするとペリム・ハウリムが「アニキも知っているんですか!?」と言葉をかぶせてきた。
ジャックは驚いた顔をしながら

な、なんだおまえ・・・突然によ、びっくりするじゃねえか。そのミコッテの女はシャーレアンからリムサ・ロミンサ周辺のエーテル調査に来ている偉いさんだ。蛮族共の蛮神召喚を防ぐために各地を回っているらしい。名前は何っていったっけな・・・そうそう、確かヤ・シュトラとかいう名前だったな。

ああっ、あの方、ヤ・シュトラさんと言うんですね!

あまりの食いつきっぷりに「お、おう・・」と引いているジャックをよそに一人テンションの上がるぺリム・ハウリム。すっかり会話を乗っ取られ唖然としている私にジャックは、


なあ、あんた。こいつどうしちまったんだ? こいついつも硬派を気取って「女には興味がねえ」って感じてすかしていやがるのに、そいつに変な魔法でも掛けられたんじゃねえのか?


「私にもさっぱり分からない」といいながら首を横に振ると、ぺリム・ハウリムはどこか遠くを見つめながら、


それは一目惚れでした・・・
まるで絹を思わせるような艶やかな銀髪・・・
宝石のように輝く美しい瞳・・・
妖艶な輝きを放つ濡れた唇・・・
そして思考を惑わす甘い芳香・・・

あの方は大人の女の色気をすべて持ち合わせた麗しきヒト。
私の理想そのものなのです!

・・・・・。

(・・・・・。)


愛を囁く自分に酔うペリム・ハウリムを見て、変な魔法をかけられたというのはあながち間違いではないのかもしれないと思ってしまった。
魅力的な情勢であった問ことに関しては、異論はない。


・・・・まあこいつのことはどうでもいいや。
結局その「お宝」ってのは本当にあったのかい?


私は慰霊碑の周りを確認したが、特に荒らされた跡は見当たらなかったことをジャックに話すと「やはりそれは人をおびき出すための口実だったかもな」とあごに手を当てながら考えを巡らしている。


まずは赤い帽子の奴を見つけ出さねえと話にならねえな。
ペリム・・・は使い物にならねえな・・・ヴァ・ケビ! 溺れる海豚亭にいるイ・トルワンに赤い帽子の男の情報を集めさせろ。イエロージャケットには絶対に気取られるなよ。あの派手女に知られでもしたらすべてが台無しにされちまうからな!


ヴァ・ケビと呼ばれたミコッテの女は「わかった」と短く答えて敬礼すると、スッと暗闇の中に姿を消した。


あんたは一旦戻って明日の夜にまた顔を出してくれ。時間はねえが糸口ぐれえは掴んどいてやるからよ。


ジャックはそう言うと未だ夢見心地なペリム・ハウリムの尻を思いっきり蹴り上げると「いくぞオラッ!!」と言ってアジトの奥に消えていった。

第五十四話 「片目の暗殺者」

ドクンッ! ドクンッ!

急に心拍数が跳ね上がる。
それを隠すように手で胸を抑えた。

アイツは私が死んだ「あの事件」に関わる人物。
あの男が「生きている」ということは何らかの事情を知っているのではないか?
もしかしたらアイツは私を嵌めた側であるかもしれないし、私と同じように雇われた冒険者の一人だったのかもしれない。

どちら側だったとしても、私は「自分が殺された」真実を知りたいという欲求をとどめておくことができない。
その焦りからか、私は不用意に物陰から大きく体を出してしまっていたようで、私のことを不信がったルガディンの男がこちらを指さしながら何かを叫んでいる。

ヤバイ!!

私は再び物陰に身を隠すと、急いでその場から逃げ出す。
後ろから小さな影が追いかけてきている気配を感じつつ、私は路地を曲がるとすぐに狭い排水溝の中に飛び込み、身を隠した。
その後すぐにトテトテという足音が近づいてきて、私が身を潜めている排水溝の前でぴたりと止まった。
私は息を殺しながら身を縮めて気配を殺す。

(バレたらすべてが終わる。)

なぜかそう思えて仕方がなかった。

排水溝の小さな隙間から外の様子が見える。
私はそこから外を伺うと、そこには汚れたローブを身にまとい、フードを目深に被ったララフェルの少女が立っていた。

!!?

何の感情も抱いていないかのような無表情で立ち竦むそのララフェルの少女もまた、私は見たことがある。

肌は浅黒く汚れ、まるで機能していないかのように濁った片目。

そのララフェルは、ウルダハで銀冑団の王冠奪還に協力していた時、首謀者の男を殺しゾンビパウダーを奪っていった巴術士の少女だった。

ララフェルの少女は懐からナイフを取り出すと、木箱が山積みとなった一角に投げつける。
するとその木箱の奥から「ひっ!」という声が聞こえ、一人の男が両手を上げて物陰から出てきた。
偶然なのか、その男は私と似たような恰好をしている。


おまえ、さっきこちらを見ていただろう?

はっ? 何言ってるんだい嬢ちゃん。俺はララフェルのガキに色情を抱くような変態じゃないぜ?そっちの勘違いじゃないか?。

ではなんで隠れていた?
やましいことが無ければ隠れる必要はない。

隠れていた?
へへ、俺はただここで休んでいただけだぜ?
今日は日差しがきついからな。ここは日陰で風通しがいいから昼寝するには最高なんだ。

男とララフェルの少女のやり取りを伺いながら、矛先が自分に向けられていないことにホッと胸をなでおろしながらも、見ず知らずの男を巻き込んでしまったことに申し訳なさをかんじてしまう。

(何事も起きなければいいが・・・)

祈るような思いを胸にじっと身を潜めていると、ララフェルの少女は懐からもう一本のナイフを取り出し、

「酔わないエールはどこで売っている?」

と男に問いかけた。

!!!?

ララフェルの口から聞き覚えのある「言葉」が発せられる。
その言葉は確か・・・

そう、エーデルワイス商会に入るための「合言葉」だ。


なっ・・・・と、突然何を言い出すんだい?
酔わないエール? そんなものあるわけないじゃないか。


男はララフェルから発せられた言葉を聞いて明らかに動揺している。
「売っている」と言う問いかけに「あるわけはない」という答えは明らかに不自然だ。

(なんだ?・・・何が起きている?)

突然の展開の連続に思考がついていかない。
そんな私の動揺をよそに、確信を得たかのようにララフェルの少女はゆっくりと男に近づいていく。
男は咄嗟に剣を構えて後ずさった。


お前らがこっちのことをこそこそとかぎまわっていることは知っていた。
どうせあの「間抜け野郎」に張り付いてこっちの動向を伺っていたんでしょ?
ご丁寧に港にいる「冒険者」と同じ格好に擬態してね。
バレたらそいつを囮にして逃げるつもりだったんだろうけど、残念だったね。

その程度のことじゃ、私のことは騙せない。

つまらない鬼ごっこは終わり。

バイバイ


そう言うな否や「ふっ」と姿が消えたかと思うと、いつの間にか男の首筋に飛びついていたララフェルの少女の持っていたナイフが、深々と男の首に刺さっていた。
「ドサッ」という音を立てて崩れ落ちる男。
男は声一つ上げることもできず、ただの一撃で絶命させられていた。


ララフェルの少女が男から離れ、路地の外に目線を送ると荷車を引いた男達が現れた。
みんな商人の格好をしているが、顔には特徴的な青い入れ墨が見え隠れしていた。
そして男達はナイフが刺さったままの男を着車に積んだ木箱の中に乱暴に投げ入れると、まるで行商を行っているかのように会話をしながらどこかへと運んでいった。

 

すべての「処理」が終わった後もララフェルの少女は動かない。

(やはり見逃してはもらえないか・・・)

そしてゆっくりと私の隠れている排水溝に顔を向け、


おいそこに隠れているドブネズミ。
あんたの始末は私の「仕事」に入っていないから今回は見逃してやる。
でも、今見たことすべて他言無用だ。
でなければ、今度はお前があの男と同じ目にあうことになる。
命が惜しくば「なかったこと」として忘れてしまうことだ。


そう言って、フードをかぶり直すと何事もなかったかのように宿屋の方に戻っていった。

 


足音が消え、人の気配がなくなると私は「はぁぁぁ・・・」と大きく息を吐いた。
心臓は今もなお激しく鼓動を続けている。
体中から溢れだす冷や汗が止まらない。

剣であればまだしも、まだまだ使いこなせていない斧ではとてもではないがあのララフェルには敵わない。
例え殺されたとしても生き返る。だがそれはウルダハの時と同じように自分の居場所を失うことを意味する。
おやっさんの工房の件も中途半端にして投げ出して、私は誰にも見つからないようにリムサ・ロミンサを去らなければならない。

(それだけはごめんだ・・・)

排水溝から這い出してあたりを伺う。逃げ込んだ時は焦っていてわからなかったが、暗い路地は狭いうえメインストリートからは死角となっているため、人殺しがあったとしても声さえ出さなければ警備にあたっているイエロージャケットでさえも気が付くことができなそうだ。
このままエールポートにいるのは危険だと判断し、離れようとフラフラとした足取りで歩き始めた時、

動くな・・・・

と、再び背後から声が聞こえてきた。

首筋に冷たい金属の感触を感じる。
ナイフだろうか・・・ピリピリとした痛みを伝えるほどに、それは私の肌に強く押し付けられていた。

(くそ・・・気配を感じることができなかった)

私はとりあえず手を挙げて抵抗の意思はないことを示す。
一難去ってまた一難。色々なことが続きすぎて思考が追いつかない。
反撃するにも相手のことがわからない上、ちょっとでも抵抗すればさっき殺された男と同じような目に合うような気がする。
だが一撃で命を屠りに来なかったということは、何か目的があるのだろう。


そのまま動かないで。ちょっと質問に答えてもらえれば解放する。
お前、殺された男とララフェルの会話を聞いていたか?


・・・こいつ、殺された男の仲間か?

どうやら女のようだが「あんたは何者だ?」と聞いたところで答えてはくれないだろう。
私は素直に「聞いていた」と短く答える。続けて「何を話していた?」と聞いてきたので、できるだけ簡潔に説明した。

背後の女は「そう・・・」と納得した後、今度は「お前あのララフェルに気づかれていたね? 何を言われた? それになぜ殺されなかった?」と聞いてきた。
私は「仕事の内じゃないから見逃してやるが、誰かに話したら殺す」と言われたことを話す。

その答えを聞いて背後の女は無言になる。どうやら少し動揺したようで希薄だった気配が少し濃くなる。
私は少し腹いせに「素直に話した俺をあのララフェルから守ってくれるのかい?」と聞くと「それは・・・無理かも」と言って首に押し当てていたナイフをスッと引っ込めた。

その瞬間、私はバッと間合いを取り背負っていた斧を手に構える。
しかし、背後にいたはずの女の姿は何処にもない。そればかりか気配自体が完全に消えていた。

(・・・どこかにいるのか?)

ここは狭い路地の中だ。隠れたとしても場所は限られている。
神経を張り詰めながら必死に気配を探る。
しかし結局私は見つけることができずに、手に構えていた斧を下ろし近くにあった木箱にどっかりと座った。
脅威は去ったと分かっていても「どこかでまだ見張られているのではないか?」という疑心で未だ動悸が収まらない。緊張で胸が張り裂けそうだ。

私はウルダハで命を賭けた戦いを幾度となくしてきた。
でもそのほとんどが「相手が見える」戦いだった。
例え強大な相手だったとしても、見えている限り対処もできれば逃げの算段をうつことだってできる。
しかし今起こったことはそれが通用しない。
相手も見えず、敵か味方かもわからない状況では完全に「思考」を奪われてしまう。

(巻き込んでしまった・・・・のではなく、ひょっとしたら巻き込まれてしまったのかもしれない)

路地の隅から街道に目を向ける。
なぜだろうか・・・今となっては普通に身をさらすことに恐怖を感じてしまう。
情けないことに「あの排水溝の中をたどれば街の外に出られるのではないか?」とまで考えてしまうのだ。
私は心が落ち着き、覚悟ができるまでしばらくの間、その狭く奥まった路地の中で途方に暮れていた。

 

結局夜になるまで路地裏にとどまっていた私は、警戒しながらエールポートのメインストリートに出る。
日中あれだけ人に溢れていた港も、船の乗り入れの少ない夜になるとさすがに閑散としていた。
見かけるのは港の警備をするイエロージャケットや黒渦団、そして冒険者の姿ぐらいだ。
商取引を終えた商人たちは、大方酒場で今日の上がりを弾きながら酒でも飲んでいるのだろう。

とりあえずスウィフトパーチまで戻ろう・・・

夜の移動は危険ではあるが、ここエールポートに留まるよりはましだ。
あの黒い入れ墨の男と片目の少女がまだここに滞在している可能性もある。
私はチョコボポーターを利用して、闇夜に紛れるようにスウィフトパーチへと向かった。


暗い街道をひたすらに駆け抜けスウィフトパーチに着くと、前回利用した宿に再び泊まった。
ここが安全であるとは限らないが、エールポートより寂れているものの、集落規模以上にイエロージャケットの警備が厚いここの方がまだましだろう。
部屋に入ると着替えもそぞろに、ベッドわきにある椅子にドカリと座る。
その衝撃に「ぎいぃっ!!」と悲鳴を上げる椅子であったが、私は構うことなく背もたれにもたれかかり、安い酒を飲みながら頭の整理をする。
思えば、本当に色々なことが起きた一日だった。

偶然見つけた赤い帽子の男を追ってみれば、ウルダハで自分が死ぬ原因となった依頼に関わっていた黒い入れ墨の男と繋がっていて、その男の指示で動いたのはアンホーリーエアーで王冠紛失事件の首謀者を殺し、混乱の中でゾンビパウダーを奪って逃げた片目の少女だった。
そして巻き込まれたと思った男は、むしろ私を利用しようとして殺されその仲間と思わしき女に尋問を受けた。

片目の少女が黒い入れ墨の男の指示で殺しを行ったことを思えば、黒い入れ墨の男はあの依頼で私の殺人に加担していたのは間違いないだろう。
となれば、王冠事件と私の暗殺事件の黒幕は「同じ」可能性が高い。大方王冠事件で目を付けられた私は利を害する「危険分子」と判断され、処分の対象となったのだろう。
あの少女とルガディンを捕まえることができれば私は真実にたどりつける。そして私を嵌めた首謀者を突き止められさえすれば、再びウルダハに戻ることも可能になるだろう。

だが・・・

国をまたいで活動しているという時点で、相手は相当な規模を有していると考えていいだろう。
それに比べてこっちはたったの一人だ。ウルダハの時と違い、ギルドやグランドカンパニーのバックアップは期待できない。
あまつさえリムサ・ロミンサの治安維持部隊であるイエロージャケットのレイナー司令にも「協力はできない」と釘を刺されている身なのだ。
私の暗部への不用意な接触は、逆に関係性を疑われて工房共々無実の罪を着せられかねない。

斧術士ギルドもイエロージャケットの一部門・・・・これでは八方ふさがりだな・・・

私は途方に暮れながら酒をグイッとあおる。喉を焼くほどの強い刺激が胃の中を熱く燃やす。
久々に自分が「孤独」であることを実感してしまう。
何か突破口はないか・・・と頭を悩ませていると、ふと少女が呟いた「言葉」が頭に浮かんできた。

(酔えないエールはどこで売っている?)

あの言葉はエーデルワイス商会の合言葉だったはずだ。
とすると、その言葉に動揺した男はエーデルワイス商会の人間だったことになる。

そういえばレイナーに「手に負えなくなったらエーデルワイス商会を頼れ」と言われていた。
ウィスタンが勤めているエーデルワイス商会に「裏側」があることは知っていたが、それがどんな組織かは教えてくれなかった。。
だが治安維持部隊の司令であるレイナーが「頼れ」ということは、少なくとも敵ではないのだろう。
エーデルワイス商会があの黒い入れ墨の男を探っているということは、私の利害も一致するのだ。

もう頼るところはそこしかないか・・・

私は一縷の望みをかけてエーデルワイス商会へと向かうことを決意し、眠りについた。

 


翌日リムサ・ロミンサに戻った私はさっそくエーデルワイス商会のある倉庫へと赴いた。
場所については以前にウィスタンから聞いていたため、迷わずに行くことができた。

扉の前に行くと門衛はどこか威圧するような目でこちらを見ている。
私は門衛に「酔えないエールはどこで売っている?」と聞くと、男は表情を変えないままこちらをジッと見た後「ドンッドンッドンッ」と扉を三度叩く。
そして「入りな」と言って扉を開けた。

???
何かの合図だろうか。

私は訝しながらも「どうも」と答えて建物の中に入っていった。
建物の中は窓一つなく、中にはとても商人とは思えない連中が突然の来訪者である私をにらんでいる。
居心地の悪さを感じながらも奥へと進むと「ガチャン」という音共に扉が閉められた。
そして私の前に一人のララフェルの男が立ち、


ようこそエーデルワイス商会へ・・・でも誠に残念です。
「酔わないエール」をご所望とのことですが、あいにくうちでは「もう」取り扱っておりません。


そうララフェルの男が言うと、周りの連中が武器を取り出し私のことを囲み始めた。
全員が全員、両手に短剣を持っている。

(レイナーめ、話が違うじゃないか・・・)

私は背中に背負っていた斧に手を掛けるとララフェルの男は「あなたに勝ち目はありませんよ」と冷たい声で警告してくる。
私はララフェルの男に「そんな気はないさ」と言って手にした斧を床に置いて手をあげる。
自ら武装を放棄してもまったく警戒は解かれず、ララフェルの男は他に武器を持っていないか私の体を確かめてきた。

そんな緊迫なやりとりをしている時、裏口からホクホク顔で手にしたエッグサンドをハムハムと頬張りながら、ミコッテの女が入ってくる。
ミコッテの女は剣呑な雰囲気に包まれている室内に驚きながら、囲まれている私の顔を確認すると、しっぽを「ピィィンッ」と立て慌てて一人の若い男に駆け寄り何かを耳打ちした。
ミコッテの話を聞いた若い男は「なに?」と声を漏らすと、スタスタと歩いてきて私の前に立った。


あんたエールポートで襲われていた奴か?


と若い男は聞いてくる、私は「そうだ」と答えると、


もしかしてだが、うちの合言葉を知っているということは、レイナーが言っていた工房の男だったり?


と聞いてきたので、私は少し皮肉を込めて「初めまして」と笑顔で答えた。
すると若い男は「そういうことは早く言えよ!」と言って周りの連中の警戒を解かせた。


もう使っていない「合言葉」を使うもんだから敵だと思ったぜ。
まあ使用禁止にしたのは「昨日の夜」の話なんだけどな。

改めて・・・

ようこそエーデルワイス商会・・・・いや、双剣士ギルドへ!

 

改めてようこそエーデルワイス商会・・・・いや、双剣士ギルドへ!

俺はここのギルドマスターをやっているジャックってもんだ。


そう言ってジャックと名乗る青年は手を差し出してくる。
私はその手を握って握手を交わす。


いやいや、あんたには話を聞きたいと思っていたんだが、こいつがやりすぎちまったせいでどう「接触」しようか考えていたんだ。
まさかあんたからこっちを訪ねてくれるとはね。飛んで火にいる夏のなんちゃらだぜ!


さっきまでの対応とうって変わって軽い空気が場に漂い始め、私はホッと胸をなでおろした。
ジャックの後ろを見ると、口の周りにエッグサンドの卵をつけたままのミコッテの女性がすまなそうな顔でこちらを見ていた。
ミコッテの女性を見ている私に気が付いたジャックは、


あぁ、こいつはヴァ・ケビっ・・・・っておい、口の周りに卵いっぱいついてんぞ!


とジャックが指摘すると、ヴァ・ケビと呼ばれた女性は慌てて口の周りを布で拭いていた。


なんかしまらねぇなあ・・・まあいいや。
あんたを尋問したのはこいつだ。
まあうちの仲間が一人やられちまったすぐ後だったから、無礼は勘弁してもらえると助かる。
ここにわざわざ来たってことは「人拐い」の件を追っかけてるんだろ?


どうやらレイナーはあらかじめ自分がここを訪ねてくるかもしれないとジャックに伝えてくれていたようだ。
話が早くて助かると思いながら私は頷いた。そういえばさっき「双剣士ギルド」とジャックは言っていた。
確かに周りを取り囲まれたとき皆両手に短剣を持っていたが、どうやら世間一般には開かれていないギルドのようだ。

銃術士ギルドのような特別職なのだろうか?

私はジャックに双剣士ギルドについて聞いてみると、

エーデルワイス商会」というのは表向きの偽名さ。ウルダハからウィスタンというやつを引き取ってからは結構「表側」も潤っているがな。
俺たちの真の名は「双剣士ギルド」という。 「双剣士ギルド」はリムサ・ロミンサの影の存在として厄介な依頼を請ける武装組織なんだ。
リムサ・ロミンサが海賊の拠点として発展してきた都市だってことは知っているよな?
海賊っていうのは無法者の集まりだが略奪品を売買したり、同じ島に居座るにあたって、守るべき暗黙の「掟」が存在してたんだよ。

曰く、リムサ・ロミンサの民からは略奪するべからず。

曰く、略奪品の取引で詐欺を行うべからず。

曰く、奴隷は売買するべからず・・・・・・とかな!

今じゃメルウィブ提督が海賊行為そのものを禁止してるが、目の届かない裏側では相変わらず「掟」こそが唯一のルールなのさ。
その「掟」の番人といわれる存在が俺たち双剣士だ。 リムサ・ロミンサの暗部に目を光らせ掟破りには制裁を下す。
不当な略奪が行われたなら略奪品を奪還し、必要とあらば「殺し」もするが、正規の治安維持部隊である「イエロージャケット」からは野蛮だと疎まれているんだ。
最近じゃよっぽどのことが無い限り「殺し」はしないが、昔は「命までをも盗む者」と裏社会でも畏れられるほど容赦なかったんだぜ?
だが、綺麗ごとだけじゃ海賊共と渡り合おうなんて不可能だ。そもそも海賊がいなくなればこのリムサ・ロミンサも成り立たなくなる。だから表立って手を汚せねぇ連中に代わって汚れ仕事をかってでているのさ。

さて、こっちの自己紹介はこれくらいにして本題に入ろうか。
あんた「人拐い」を追っているんだってな。
一年前の連絡船事故の件で、あんたが働いている工房の嫌疑を晴らすためにね。
だが先日エールポートで痛いほど味わったと思うが、ここリムサ・ロミンサで「人拐い」に関わるってことは相当危険な事だってことは覚悟しなよ。
表向きは「ありえねぇ」ってことになっているんだからな。
うちらだってその調査でもう何人も仲間を失っているんだ。
そのくらい命がけになるってこと、理解しておいてほしい。

さてまずはこっちからの質問だ。
ヴァ・ケビからある程度報告は受けてはいるが、もう一度エールポートでの一件を教えてくれ。

私は頷くと、ジャックにエールポートでの一件を詳しく説明する。
そしてそこで見かけた「顔に黒い入れ墨のある男」と「片目のララフェルの少女」は、ウルダハで冒険者だった頃に因縁があることを伝えた。
ただ、殺されて生き返ったことだけは不審に思われるから話すことを控えた。


へぇ・・・あんた冒険者だったのか。ただの職人だと思っていたよ。
しかしウルダハからの因縁っていうのもすげえ話だな。まさかアイツらがウルダハでも活動してたなんて知らなかったよ。
あんたが見つけた「顔に入れ墨のある男」ってのは、ここリムサ・ロミンサにいる海賊団「海蛇の舌」って奴らなんだ。
海賊団と言っても「掟」から逸脱したいわくつきの奴らで、蛮神「リヴァイアサン」を信奉しサハギン族の群臣に下った頭のおかしい連中さ。

ちょっと前まではエールポート周辺で悪さを働く小悪党程度だったんだが、最近どうやら海賊団としての規模が拡大しているようで看過できない存在になって来ているんだよ。
俺たちはそいつらがどうやって団員を増やしているのか調査し始めていたんだが、その延長上に「人拐い」の疑いが出てきてね。
どうやら拐われた連中が団員になっているようなんだ。
海蛇の舌になった連中はたとえ最愛の人の言葉ですらも聞かなくなって、一心に「リヴァイアサン」を信奉するようになる。
そう、ようはリヴァイアサンの「テンパード」になってしまっているようなんだ。

だから俺らは「海蛇の舌」の連中を見張っていたんだが、なかなかしっぽを出さなくてね。
結論から言うと、彼らは直接「人拐い」を行っていない。
別のところから「人」を買っているようなんだ。

その流れも追っていたんだがこっちもなかなか難儀だったよ。
あんたも見たと思うが、人を助ける替わりに仲間を殺されてしまっている悪循環に陥っちまったんだ。
だが、最近やっとその糸口を見つけることができた。

「クフサド商船団」って奴らを知っているかい?

そう、アイツらはこのリムサ・ロミンサを中心にエオルゼア全土で「労働者の輸送」を引き受けている奴らさ。
霊災難民や貧民なんかの「出稼ぎ労働者」達を仕事があるところに「ただ」で輸送するんだ。
で、そこの仕事斡旋業者に労働者を繋げて、人数に応じて斡旋業者から運賃を上乗せした額の「紹介料」をもらっているようだ。
まぁそれ自体に問題があるわけじゃねぇ。商売としてはうまいやり方だと思うぜ?

だが問題は乗船人数を「ごまかしている」可能性があることが最近の調査で分かってきたんだ。
帳簿上の人数と実際に乗船していた人数が違う・・・ということは、船には行き先不明の「乗船客」が乗っていたことになる。
イエロージャケット共がそのことをクフサド商船団に確認したことがあったが「帳簿上のミスで誤差の範囲」と一蹴されてね。
そこに喰らいついたイエロージャケットの鉄砲玉が「人拐いをしているんじゃないか」ってストレートに聞いたもんだから話が余計にこじれてしまって、それ以降ずっとうやむやになっていたんだよ。

だが、うちのもんの犠牲の甲斐もあって「クフサド商船団」と「海蛇の舌」の接点を掴むことができたんだ。

それがあんたにも深い因縁のある「黒い入れ墨の男」の存在だよ。

第五十三話 「人拐い」

・・・さて

人拐いを捕まえると息巻いたものの、なにか当てがあるわけでもないのも事実である。
不穏な集団の目撃情報が多いソルトストランド周辺もすでにイエロージャケットによって警備が強化されている。
レイナーに忠告されたこともあるが、わざわざ警備が厚いところに行っても仕方がない。
自分は冒険者だ。冒険者は冒険者なりの手段を使って情報を集めよう。

そう思い至り冒険者ギルドである「溺れた海豚亭」へと向かった。


お? あんた親父さんとこの工房の新人じゃねぇか。
どうしたんだいこんな朝早くに? それに冒険者みたいななりして。
あ、まさか・・・やっぱりあんたも親父さんのしごきに耐えられなかった・・・。
いやいや! 俺は決してあんたのことを根性なしとは思っちゃいねぇよ?
親父さんのところを逃げ出した奴に冒険者稼業が勤まるとは思えねぇとか・・・そんなことは言わないからな!

どこか複雑な表情をしながら、遠回しのようで直球な皮肉を言う店主に苦笑しながら、私は「人拐い」についてなにか知っていることはないかと聞いてみた。

!!

店主は「人拐い」という言葉を聞いてビックリとした表情をする。
そしてキョロキョロと辺りを伺いながら「ちょっと声を小さくしな・・・」と言いながら、顔を近づけてきた。


本当にどうしたんだい?
ずいぶんときなくせぇ話をするじゃねぇか。
「人拐い」と親父さんのところの工房となにか関係あるのかい?


私は先日の工房での一件をこの男に話して言いかどうか少し考える。正直イエロージャケットがおやっさんの工房に対して「人拐い」の共謀の嫌疑を掛けていることが街中に広がれば、信用商売でもある工房は一発で潰れてしまう。冒険者ギルドは様々な情報が集まる場所であり、もしこの男から噂話程度でもその話が漏れ出たとしたら私自身が工房を潰す原因を作りかねない。

だが、この店主は親父さんを知っているし弟子の男とも仲がいい。
工房の運命を左右する話を興味本位で口外することはないだろう。

私は小声で店主に先日の工房の一件を話し、自分はその嫌疑を晴らすために「人拐い」のリーダーを探していることを伝えた。
私の話を聞き、店主は「はぁ・・・」とため息を吐く。


ミリララの嬢ちゃんがまた暴走したか・・・
あいつは「海賊」と「人拐い」の件になると見境いなくなるからな。
「疑わしきは罰する」の動きで今までどんだけの人が「冤罪」にかけられたものかわかったもんじゃねぇ。
イエロージャケットのレイナーも、いったいいつまで嬢ちゃんを野放しにしとくつもりなんだ?


過去色々あったのか、ぶつぶつと呟く店主。
そして真剣な表情に戻り、


だが・・・今回の件はどうやら他の奴とは違うようだな。
親父さんが息子に送った斧は相当の業物だからな。
人拐いが持っているという「バルダーアクス」が模造品の可能性も捨てられねえが、あんな特徴的な斧をみ間違えることはないだろうしな。
連絡船の件は噂程度に色々聞いていたが、まさか本当だったとは。
うちに確実な情報が降りてきていないということは、相当な「箝口令」がしかれていたと見える。

まぁ「人拐い」ってのはそれだけ「危険な話」って訳だ。
酒のつまみのよた話としてもおいそれと話題にするもんじゃない。気を付けな。


店主はそういうと近づけてきた顔を離す。


そういうことで残念だがあんたが求めている情報はここにはないよ。
だが、出稼ぎ労働者の輸送で一山当てた奴がいるのは確かだ。人拐いまがいの強引な手段で人を集めている噂もある。
連絡船事故の際に何らかの理由でイエロージャケットが目をつけたらしいが結局証拠という証拠を見つけられずに、逆に「冤罪をかけられた」という理由で訴えられて慰謝料を支払うはめになったらしい。
それからはイエロージャケットの連中は迂闊にやつらに近づけなくなっているんだ。

「クフサド商船団」

霊災後にリムサ・ロミンサは元よりウルダハやグリダニアから人を集めた霊災難民や貧民の「輸送」を生業としている。
難民の自立支援や震災復興への貢献といういい話もあるが、やはり人を扱う仕事上、黒い噂も尽きない連中さ。
羽振りのよさのやっかみからか「サハギン族と手を組んでいる」という噂話すら出ている。
まぁ、なんの根拠もないんだけどね。

前段の通りクフサド商船団はイエロージャケットでも容易におかせない「聖域」となっているおかげで、いまかなり好き勝手やっているようだから今一度きちんと正す必要がある。
そこを追ってみるのもひとつだと思うぜ?

やつらの拠点はエールポートだ。
人の流れを追うだけで見えてくるものもあるかもしれねえ。
もし変なことがあれば俺に報告しな。酒場の店主ではなく「冒険者ギルドのギルドマスター」として援助してやる。要は「他の冒険者」を使って調査を依頼することもできるってことさ。
まあ「金と報酬次第」ってところもあるがな。


そう言いながら酒場の店主は親指を立ててウィンクをする。


あと、あんたのためにこれだけはいっておく。足を使った聞き込みは結構なことだが「人拐い」という言葉は使うなよ。
始めにもいったが、ここリムサロミンサでその行為は重罪中の重罪だ。
当然、海賊の連中もその話題には敏感だ。
どこで話を聞いているかもわからないからな。

これは忠告ではなく、警告だ。
それだけは忘れるなよ?

私は酒場の店主に礼を言って溺れる海豚亭を出た。

ふと視線を感じて振りかえる。
しかし喧騒に包まれる街の中で、その視線の主を見つけることはできなかった。

 

ん?

エールポートに向かう途中、見覚えのある服を着た連中がゴブリン族に襲われていた。
麻袋がたくさん詰まれた荷車があるところを見ると、略奪されそうになっているのかもしれない。
なんとか逃げ出した赤い帽子をかぶった男が必死の形相でこちらに向かって駆け寄ってくる。


はぁっ! はぁっ!! あ、あんた冒険者か!
荷物の配達途中にゴブリン族どもに襲われちまったんだ!
仲間を助けてくれ!


私はわかったと頷き、背中の斧を手に取ると荷車に向かって全力で駆けた。
赤い帽子の男の仲間を襲っているゴブリン達の動きをみる限りそれほど強くはなさそうではあったが、相手が複数である上にこちらも斧の扱いは初心者に近い。
剣であればそれなりに退けることは可能だとは思うが、今回は多少の攻撃をうけてしまうことは覚悟して致命傷だけは受けないように立ち回ることにした。
おやっさんの防具だ。信頼していい。

覚悟を決めて正面からゴブリン達と赤い帽子の男の仲間の間に割って入り、繰り出されたゴブリンの攻撃を斧で受け返す。
突然の乱入者である私にひるんだゴブリン達は一旦間合いを測るように後退し、


増援呼んだゴブ!
汚いゴブ!
約束を破ったのはそっちゴブ!


と叫んでいる。
どうやらゴブリン達は怒っているようで「略奪のために襲われた」と言うのとはちょっと違うようだ。

???

私は状況に違和感を感じながらも、赤い帽子の男の仲間たちに逃げるように叫び、相手の出方を伺うように斧を構えたままゴブリン達をじっと睨み続けた。
動かない私に痺れを切らしたゴブリン達は、互いに目配せをすると背負っていた大きなリュックの中から布で巻かれた丸いものを取り出すと、伸びている紐に火をつけてこちらに投げてきた。

やばいっ!

私は咄嗟にその丸いものを斧で弾き飛ばす。
瞬間、

ドオオォン!!

という轟音を立ててその丸いものは空中で爆発した。

くっ・・・・

ゴブリンの投げた爆弾を弾くだけで精いっぱいだった私は、響き渡る爆音から耳を塞ぐことができない。

「キィィィィィィン」という耳鳴りが脳を揺さぶり、たまらずよろよろと後退する。

今集団で飛び掛かられたらなすすべもない!

私は防御に徹し、斧を前に構えつつ攻撃に警戒しながら身構える。
しかしそれ以上のゴブリンの攻撃はなく、土煙が晴れるころには忽然と姿を消していた。
どうやら爆弾の爆発に乗じて逃げていったらしい。

私はその後もしばらく周囲を警戒し、安全を確かめるとホッと息を吐き構えを解いた。


だいじょうぶか!?


声のする方を見ると、退避していた赤い帽子の男とその仲間たちが戻ってきていた。
私は「大丈夫だ」と答え「ゴブリン達が約束を破ったのはこっちと言っていたが」と続けて聞くと、赤い帽子の男は急に態度を一変させ「あんたは獣人の肩を持つ気なのか?」と突っかかってきた。
私は「彼らが言っていたことをそのまま伝えただけだが?」と返すと「ちっ!」と舌打ちしてこちらを睨みつけてくる。

助けられておいて随分と態度の悪い奴だな。
しかし・・・この態度からするとゴブリン達に襲われた理由はどうやらこいつらにあるようだ。

どこかきな臭い雰囲気を感じながらも、怪我をしている者を放って睨みあっているわけにもいかない。
私は赤い帽子の男に「早く仲間のケガの手当てをしたほうがいい」と言うと「そんなことわかっている!」と吐き捨て、けが人に肩を貸しながらサマーフォード庄の方に歩き出した。

・・・この荷車はどうするんだ?

荷物を積んだままの荷車を放置したまま歩いていく男たちに「この荷車はここに放置したままでいいのか?」と聞くと、赤い帽子の男は振り向いて「あんたが代わりにラザグラン関門のオシンまで届けてくれ」と言い去っていった。

おいおい・・・命を助けたというのにこの仕打ちか。
ずいぶんと酷いものだ。

私は「はぁ・・・」と溜息をつきながら荷車を見る。
荷車の荷台には収穫されたオレンジの入った麻袋が満載されている。
私一人でこの荷車を押せるかどうかわからない。

正直そこまでする義理はないのだが、ふと頭の中にシュテールヴィルンの困った顔が浮かんできた。

しかたがないか・・・

私は荷車のハンドルに手をかけ、何度か勢いをつけて荷車を何とか動かす。

「これは止まったら終わりだな・・・」なんてことを考えながら、勢いを止めないように力を入れ続けながら荷車を引き、何とかラザグラン関門までたどり着いた。
ダラダラと滝のような汗をかき息も絶え絶えな私に、心配そうに門衛が話しかけてくる。

だ・・・大丈夫かい?
そんなにたくさんの荷物を積んでどこ行くんだい?

と聞いてきた。私はサマーフォード庄の者からこれをここに届けるように依頼されてきたと伝えると、門衛は驚きの表情をしながら「珍しいこともあるもんだ!」と意味深なことを言いながら私に代金を渡してきた。

 


納品が終わって空になった台車を引きサマーフォード庄まで戻り、ラザグラン関門の門衛から受け取った代金をシュテールヴィルンに手渡した。
シュテールヴィルンは「うちの奴らの代わりにあんただけで届けてくれたのかい!?」と驚きの表情をすると、すぐにバツの悪そうな顔になり私に頭を下げた。


何があったか知らねえが、途中で怪我したってうちの奴らが手ぶらで戻ってきやがったから、別の奴らをかき集めていたところだったんだ。まさかあんたに配達を頼んでいたとはな。
本当にすまねぇ・・・


そう言ってシュテールヴィルンは渡した袋の中から銅貨を取り出すと「配達の駄賃だ。受け取ってくれ」と私に渡してきた。


しかし何があったんだ?
俺が聞いても「転んだだけだ」としか言いやがらねぇ。
だがあの傷は転んでできるような傷じゃねえし、なにか厄介ごとに巻き込まれたんじゃねぇかって心配していたんだ。
何か知っているかい?


私はシュテールヴィルンにゴブリン族に襲われていたことを説明する。


ゴブリン族に?
そういや・・・最近ゴブリンの一団がここら辺に住み始めたって話を聞いていたな。
ゴブリンは商売が目的の温和な奴らだから滅多な事じゃ人は襲わないと言っていたが、あいつら何しでかしやがったんだ?

私はゴブリン族が言っていたことをシュテールヴィルンに言うか言うまいか悩んだが、大事になってからじゃ遅いと思った私はシュテールヴィルンに聞いたすべてのことを話した。
私の話を聞いたシュテールヴィルンは「やっぱりアイツらが何かしやがったんだな」と呟き、眉間に青筋を立てている。


ありがとよ!
アイツらにはみっちり「お仕置き」が必要なようだな。
陸に上がった俺らに「掟」もくそもねえが「ケジメ」は必要だ。
事情次第ではゴブリン族の奴らに謝りにいかなけりゃならねえしな。

ほんと、厄介ごとしかおこせねぇのかアイツらはよ・・・


と言いながら大きなため息をついた。
私は少し気になってシュテールヴィルンに「なぜそんな問題児たちを追い出さないのか?」と聞いてみた。
するとシュテールヴィルンは苦笑いをしながら、


今は問題児揃いのアイツらだって元からあんなのだったわけじゃねぇ。
だが、霊災で船を失って陸で働くようになってからというもの、みな腑抜けになってしまってな。

「俺たちは農作業がしたくて海賊になったんじゃねぇ」

ってな。海に生きた者は海を忘れられねえのさ。
小さな船でもありゃいいんだが、モラビー造船廠が「ヴィクトリー号」の建造にかかりっきりなもんだから、金があっても船を作ってもらえねえんだよ。
今はメルヴィブ提督にここを紹介してもらったこともあるから何とか引き止めちゃいるが、いよいよ抑えきれなくなってきたってことかなぁ。


とあきらめにも似た声で答えた。私がそのことに何も言えずにいると、


あんたには関係のねぇことだったな。つまらねぇ話をしてしまってすまねえ。
それよりもどうしたんだい? 冒険者みてえな格好してよ。
まさか親父さんの工房をやめたんじゃねぇだろうな?


と言って話題を変えてきた。
私はシュテールヴィルンに「工房はやめていないが、ちょっと探し物があってね」と答えた。
私はこの先のことをシュテールヴィルンに伝えていいものかどうか迷った。冒険者ギルドの店主に忠告された通りおいそれと言葉にすることはできない。
私の雰囲気からただ事ではないと察したシュテールヴィルンは、


何を探しているかまでは聞かねえが協力できることがあれば何でも言ってくれ。あんたには世話になりっぱなしだからな。
一つでも恩を返しておきたい。


と言って、私の肩に手を置いた。
私は「一つだけ聞かせてくれ。ここ最近エールポートのあたりで変な噂とか聞いたことはないか?」と聞いてみた。
私の質問にシュテールヴィルンは少し頭を捻りながらも、


そういやエールポート近くの「サスタシャ浸食洞」ってところに不審な集団が出入りしているって噂が出てるな。
その洞窟はスカイバレー沿岸部の入江に繫がっていて海賊王「霧髭」のアジトがあったところに通じているんだが、霊最後にわんさかモンスターが湧いて手におえないから閉鎖していたはずなんだよ。噂が本当か嘘かは分からねぇが、不滅隊の奴らが調べているって話は聞いたぜ?


と教えてくれた。

私はシュテールヴィルンに礼を言うと「またなにか情報が入ったら教えてやるよ」と笑いながら見送ってくれた。

 

サマーフォード庄を後にする頃には、既に太陽は西に大きく傾き始めていた。
エールポートまでの道のりはまだまだ遠い。
夜の移動は怪しまれる危険性があるため、途中にあるスウィフトパーチで一泊することにした。


~スウィフトパーチ入植地~


スウィフトパーチ入植地は、西ラノシア東部のクォーターストーンにある小さな集落である。
サマーフォード庄やレッドルースター農場と同じく、スウィフトパーチも霊災後に開拓された入植地であるものの、他の入植地と比べてあまりうまくいってはいない。
原因はスウィフトパーチの周辺の土地は岩盤質が多く農業に向かない痩せた土である上、家畜の放牧地として期待されていた北側の牧草地帯に、他から移ってきた野生のドードーが大挙として住み着き土地を占拠されてしまっている。
そのため今は農業というよりはエーテライト網の再整備で設置されたエーテライトの警備と、エールポートまでの陸路の中継宿場として得られるお金で細々と生活している。
余談ではあるが「スウィフトパーチ」という名前の由来は霊災前にこの周辺にあった雨燕塔(Swiftperch Tower)という灯台にあり、現在の集落名は霊災時に破壊されたその灯台を惜しんでつけられた。

 

スウィフトパーチに着くころにはすっかり夜が更け、私は集落に入るとこじんまりとした宿屋に立ち寄った。
宿屋には私以外の宿泊者はおらず、どこか寂れた雰囲気が漂っている。
どこかシルバーバザーにも似た雰囲気をもつスウィフトパーチに、懐かしさを感じてしまう。


キキプは元気にやっているかな・・・

斧術士との一件以来、訪れることのなかったシルバーバザー。
再開発から故郷を守るため、キキプは一人で奮闘していたのだ。
今考えればすごい精神力だ。ただ一人で巨大な権力と戦っているのだから。

今になってキキプと会って話をしたいという感情が湧きあがってくる。
キキプだけじゃない。モモディやミラ、ルルツにフフルパ。パパシャンにセヴェリアンにオワイン。
昔話を酒の肴に、みんなの笑顔を見たいと心で思う。
目を閉じるとウルダハでの日々が甦ってくる。
久々に冒険者として動いているからだろうか。
色々な人に出会い作り上げてきた思い出を子守唄に、私は眠りについた。

 


翌朝、私は改めてエールポートに向けて移動を始める。
山側に広がる広い牧草地に目を移すと、たくさんのドードー達の姿が見えた。
昨日泊まった宿屋の亭主の話によると、あのドードー達は逃げ出した家畜が野生化したもので、イエロージャケットによって幾度となく駆除作戦が決行されたものの、ドードーの繁殖力の方が強く未だ解決には至っていないとのことだった。
また最近では霊災の影響なのか巨大化したドードーまで現れ、本来では天敵であるはずのジャッカルの縄張りを犯し始めたことで獣同士の小競り合いも頻発し、手に負えなくなっているらしい。
今は繁殖の季節ではないからか、のんびりと草原を闊歩するドードー達の姿を横目で見つつ、私はエールポートへと先を急いだ。

 


~エールポート~

エールポートは西ラノシアのスカイバレーにある港である。
リムサ・ロミンサに商船が一極集中することを緩和するため「第二の港」として開港された。
港としての規模は小さいものの大型船の停泊も可能であり、港の利用率を上げるためにここで荷下ろしされる酒類への税優遇措置がとられた。
そのため世界中から「エール」が集まる港として有名となり、それにちなんで「エールポート」と名付けられた。
商業港として成功したものの、リムサ・ロミンサに比べて税関の監視の目が弱かったせいで、「禁制品」の裏取引も横行した。
果てには「掟破り」の海賊行為により入手した物品の売買も公然として行われるようになり、事態を憂慮したメルヴィル提督の指示によってイエロージャケットの支部が築かれ、捕えた者を一時的に拘留する「牢屋」も整備されている。

 


エールポートに着いた私は、思わず上を見上げてしまった。
港はまるで砦のように高い城壁で囲まれている。城壁の上には大きな砲台が何台も配置されており、そこには黒渦団の制服を来た兵士が立っていた。
まるで戦争でもしているかのようにものものしい雰囲気に気圧されながらも、私は門をくぐって港の中に入っていく。

港の中は想像以上に活気に溢れていた。商取引をしている商人たちはもちろん、冒険者の姿も多く見受けられる。聞けばここエールポートはサハギン族との国境線に近く、現在は更に西にある前線を押し上げたものの未だ小競り合いが絶えない。
またコボルド族との境界線も近いことから、現在は軍事的な補給拠点としての側面を持っているとのことだった。

さて、着いたはいいがどうするか・・・

聞き込みをするにもストレートに「人拐い」について聞くわけにもいかない。
港を散策してみると、商人や冒険者に紛れて集団で行動する若い農夫たちの一行に目が留まった。
みな衣服は最低限で、大きな荷物を背負っている。暗いというわけではないが表情はどこか不安を感じているような表情であった。
にこやかな笑顔を浮かべる商人風の男の指示で、その一団は停泊していた船に乗り込んでいく。

あれが出稼ぎ労働者の一行か?

私は船の係留作業をしている港夫に聞いてみると「あれはクフサド商船団の一行だよ」と教えてくれた。農夫の一団が乗り込んだ船は綺麗に整備されている立派な船であった。
港夫の話によると「クフサド商船団はエールポートを本港としてリムサ・ロミンサだけでなくエオルゼア各地に労働者を輸送する商売を行っている」とのことだ。

溺れる海豚亭の店主が言うとおり、クフサド商船団は「労働者への仕事の斡旋」ではなく、あくまでも「労働者の輸送」を主業務としているようだ。
人材を必要としている先と希望する労働者をマッチングさせ、「送り届けること」だけに限定することにより「人身売買」というリスクを避けているのだろう。
人身売買の片棒を担いでいるのでは? という疑いはついて回るが、あくまでも「輸送賃」のみを収入としている以上「その先のことは管轄外」と言えばそれまでとなる。
依頼者が労働者を奴隷のように扱おうが何しようが、クフサド商船団には関係のない話なのである。

私はしばらく「クフサド商船団」と「出稼ぎ労働者」の動向を観察するため、冒険者として仕事を請け負いながらエールポートに滞在することにした。

それから数日の間、クフサド商船団の動向をうかがい続けたがこれといって不穏な動きはない。
逆にエールポートに戻ってくる労働者も多く、決して「労働者の輸送」は一方通行ではなことがうかがえた。
家族の出迎えを受けて再開を果たす労働者たちの笑顔を見る限りでは、特段疑われることをしているようには見えなかった。

(これはひょっとしたらはずれかもしれないな)

そう思った私はエールポートでの情報収集を諦め、サスタシャ浸食洞の入り口があると言われているところに向かってみることにした。
門をくぐりエールポートを出ようとしたとき、見覚えのある格好をした男がこちらに向かってくるのが見える。

あの赤い帽子・・・サマーフォード庄の?

私は咄嗟に物陰に隠れ、赤い帽子の男をやり過ごす。


相手はこちらには気が付かなかったようで、キョロキョロとあたりをうかがいながらある宿屋へと入っていった。

あからさまに怪しい動き・・・
今度は何を企んでいるんだろう・・・

私はそのまま宿屋の入り口が見える物陰に張り付き、再び赤い帽子の男が出てくるのを待った。
そしてしばらくすると赤い帽子をかぶった男は、商人風の若い男と一緒に宿屋から出てくる。
そしてそのさらに後には、顔に特徴的な入れ墨が入ったルガディンの男の姿が見えた。

・・・!? あれは!!

私はそのルガディンの男を見て唖然とする。
ルガディンの男に見覚えがあった。
「顔」というより「入れ墨」にだ。
もしかしたら見間違いかもしれない、だが私があの男を見間違えることはないと信じたかった。

私はそのルガディンの男の顔を確かめたくて、物陰からさらに身を乗り出す。
何度確認しても私の記憶の中の男に間違いはない。

その男こそ、ウルダハで「盗品の奪還」と偽り私を嵌めた依頼に同行していたルガディンの男だった。

第五十二話 「疑惑」

ある日のこと、いつものように工房で作業をしていると突然黄色い制服を着たララフェルの女が工房の中にズカズカと入ってきた。


ここの店主に話があるの!
何処にいるのかしら!?


ララフェルはキッとした表情でこちらを睨みつけながらぶしつけに叫んでくる。
あの制服はリムサ・ロミンサ周辺の治安維持を担っているイエロージャケットのものだ。
私と弟子の男は何事かと思いながら呆然と立ち尽くしていると「なんだうるせぇな・・・客か?」と言いながらおやっさんが工房の奥から顔を出した。


ここの店主ね?
あなた・・・・人拐いどもの片棒を担いでいる容疑がかかっているわ。
身に覚えがあるなら今すぐここですべてを吐きなさい!

そう言って腰に差していた銃を手に取った。
突然のことにキョトンとする工房側の三人衆。さすがのおやっさんも、あんぐりと口を開けている弟子の男に「おい、こいつは何を言ってんだ?」と首をかしげながら聞いている。
そんな三人の薄い反応に動じることもなく、ララフェルの女はドヤ顔をしながら、


ふふっ・・・しらばっくれようったってそうはいかないわよ?
すでにネタはあがっているのよ!


そう言いながら懐から「ジャジャーン!」という擬音が似合いそうなほどの勢いで一枚の紙を取り出し、私たちの目の前に広げて見せた。
紙には「紋様」のようなものが描かれていたが、小さくていまいち見えない。
「ん、んん?」と眉をひそめながら、私たちは紙に近寄って確認する。


どうかしら?
これに見覚えがあるはずよ。この工房ならね!


キンキンとした声で勝ち誇ったように叫ぶララフェル。
その表情は自信に満ち溢れ「さぁはやく罪を認めなさい!」とばかりに自信満々な表情でこちらを見ていた。

斧が二つ交わる紋・・・これは一体何なんだろうか・・・

わたしがその絵を見ながら首をかしげていると、


確かにこの銘紋・・・おやっさんのに似ているけど、
これが一体なんだってんだ?


と弟子の男がララフェルに聞き返す。
当のおやっさんもまた「はて?」といった表情で紙に描かれた紋様を不思議そうに眺めていた。


しらばっくれてもダメよ!
これが店主の「銘紋」だってことは調べがついているの。
なぜこれが「罪の証拠」にって?
ふふ・・・うふふふ!
仕方がないわね、教えてあげるわ!


一人で問答して勝手に盛り上がっているララフェルの姿を、私達はやはり呆然と眺めるしかない。
まるで劇を演じる役者のようにララフェルの口は滑るように回り出す。

これはね・・・・人拐いの連中が持っていた斧に刻まれていたものなのよ!


!!!

驚きで動きが止まる。
それは弟子の男も、おやっさんも同じだった。
私たちの表情を満足そうに眺めながら、うんうんと頷きララフェルはさらに説明を続ける。


先日人拐いの現場から命からがら逃げてきた人をうちで保護してね、詳しく事情を聞いたの。
その話の中で、人拐いのリーダーと思わしき若いルガディンの男が、この「銘紋」の入った立派な斧を背負っていたと証言したのよ。
その斧があまりに立派だったから鮮明に覚えていたらしいわ。
それを手掛かりに私たちはいろんな工房に出向いて聞き込みに奔走したの。
そして様々な証言から、この銘紋はここの店主が「業物」と認めたものにのみ入れる「刻印」だってことが判明したわ。


「どうかしら?」とばかりにムカつくほどのにやけ顔でこちらを見てくる。
だがその刻印が本物だとしても、人拐いが持っていたからといっておやっさんを人拐いの仲間と疑うのはあまりにも短絡的だ。
売ったものがその先どう流通しようが、こればっかりはおやっさんのあずかり知らぬことだ。

「バルダーアクス」

ララフェルがそう呟くと、おやっさんはビクッと体を震わせた。
その挙動をララフェルが見逃すはずもなく、確信を得たとばかりにクククッと体を震わせながら笑い始める。

調べさせてもらったわよ?
あなたがナルディク&ヴィメリー社にいた時代に作った製品すべてを洗いざらいね。
「バルダーアクス」と呼ばれるその斧はヴァレリア島を起源とする戦斧。
イシュガルドにある古代アラグ帝国時代の遺跡で発見されたものをあなたは再現した。

そう・・・あなたが自分の息子に送るためにね。


私は驚きのあまりおやっさんの方を向く。おやっさんは反論すること無くうつむいたまま動かない。
それをみた弟子の男は慌てた様に、


い、いや!
それはおかしい!
おやっさんの息子さんは連絡船の事故に巻き込まれて亡くなったはずだ!
だとすればその斧は海の底に沈んでいるはずなんじゃないのか!?


と反論する。
それを聞いたララフェルの顔から笑みが消え、どこかつらそうな顔をしながら話を始める。


そう・・・連絡船は確かに沈んだわ。その残骸はコスタ・デル・ソルの浜辺に打ち上げられていたからね。
でもね・・・その船に乗船していた船員・乗客含めて、誰一人の遺体も上がらなかったのよ。


これが何を意味するか、分かるかしら?

 

これが何を意味するか、分かるかしら?


ララフェルの女の言葉を聞いて、俯いていたおやっさんが顔を上げる。
その表情はすこし怒りを帯びていた。

俺には分からなねぇな・・・あんたがそう思う理由をよ。


怒気をはらむおやっさんの声にも怯むことなくララフェルの女は睨み返す。


あなたの息子さん・・・彼は私たちと同じイエロージャケットだった。
私は彼のことを知っているの。気の合う「同僚」としてね。
だからこそ私だって信じたくはなかったわ。
でもね、逃げてきた人の証言から得たリーダーらしき人の人物像と、彼の特徴がよく似ていたの。
そしてその斧は磨かれたように綺麗だった・・・ともね。


ララフェルの女は手に持っていた紙をペラペラと揺らしながら、問い詰めるような口調で捲し立てた。


あなたの作った「バルダーアクス」はここリムサ・ロミンサではあなたしか作れない。
そんな業物、誰でもメンテナンスできるものじゃない。
じゃあなぜその斧はなぜ綺麗だったのかしら?
使っていないから? いえ違うわ。 作者である店主、あなたが整備しているからよ!

私はね、あなたの息子さんが生きていると考えている。
残念だけれど「人拐い」のリーダーとしてね。
そしてあなたはその息子さんの手助けをしている。
それは「人さらい」の手助けをしていることに他ならないわ!


そう言ってララフェルは手に持っていた銃の銃口おやっさんに向けた。
私と弟子の男はあたふたと慌てふためく。
しかしおやっさんは銃が向けられていることを気にすることなく、ゆっくりとララフェルに近づいていった。


俺のことを悪く言うのは構わねぇ。
だが、死んじまった人間をどうこういうのはいけ好かねぇな。
確かにうちの息子はいろんなことを中途半端にするようなダメな奴だったさ。
だがN&V社を辞めてまでイエロージャケットに移ったのはなにも正義の味方ごっこがしたかったわけじゃねぇ。
色んな奴との交流を深めて、ゆくゆくはN&V社の販路拡大に繋げようとして外に出ていったんだ。
連絡船の護衛なんてちんけな仕事をかってでたのもそれが理由よ。
そんなアイツが人拐いになるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ねえ話だ。


ララフェルの真ん前まで行くと、しゃがみこんで目線を合わせる。
そして無骨な手で銃身を掴み、強引に自分の眉間に銃口を向けた。


撃ちたきゃ撃ちな。おれはてめえ勝手な正義ごっこに付き合うつもりはねえ。
勝手な推論で人を犯罪者扱いするような奴らに話すことなんざ一つも何もねえよ。
なにより・・・おれは何かありゃ武器に頼って、簡単に人様に向けやがる奴が大っ嫌ぇなんだ!


おやっさんの何事にも動じることの無い強い目力に、さすがのララフェルも押し負けたのか銃のトリガーから指を外す。


きょ、今日のところは大人しく引きましょう。
この件についてはもっともっと調査する必要がありそうだしね。
でも・・・・私は連絡船の事故のこと、あきらめるつもりはないわよ!


おやっさんが銃から手を離すと、ララフェルはいそいそと腰のホルスターに銃を入れて工房を後にしようとする。
そして扉の前に立つと、

私は正義ごっこのためにここに来たわけじゃないわよ・・・・
私はじめに、誰一人の遺体も上がらなかったと言ったわね。
実はその連絡船に乗っていた子供がリムサ・ロミンサで発見されたのよ。
裸の状態で、全身血まみれ、そして片目は失明していたわ。
よっぽど辛いことがあったのか、その時の記憶は閉ざされていた。

私は・・・私はその子すら救えなかった・・・
だから・・・だから私は、せめて連絡船事故の真実にたどり着かなければならないの。
もしあなたが嘘をついていたとしたら、私は絶対に許さないから!


そう意味深な捨て台詞を吐きながら、扉を乱暴に開けてのしのしと工房を出ていった。

嵐が過ぎ去った後のように工房内には静寂が包んでいた。
誰も何も話そうとはしない。
いや、話すことがはばかれるような雰囲気に縛られていた。

その後しばらくして「今日は工房閉めるぞ」と言うおやっさんの一声で、私たちは無言で工房を閉める。
今回の件は弟子の男でさえもショックだったのか、いつもの軽口で場を和ませるようなことはなかった。
それでも弟子の男は精一杯の作り笑顔で「また明日な・・・」と私に挨拶すると、トボトボとした足取りで街中に消えていった。

 


翌日、イエロージャケットの司令官であるレイナー・ハンスレッドが工房に現れた。
どうやら昨日の一件を謝罪に来たらしい。
おやっさんは無言のまま取り合おうとしなかったため、結局私と弟子の男で対応することとなった。


昨日は本当にすまなかったな・・・
うちの部下が店主にずいぶんと失礼なことをしてしまったようだ。
アイツは厳重注意の上、無期限の謹慎処分としているよ。


頭を下げるレイナーに、今回のことの顛末の説明をお願いする。
正直、いきなりな事の連続でいまいち状況がつかめない。
弟子の男は何か知ってそうな気はするが、私の言葉に口を挟もうとはしなかった。


今回迷惑をかけた奴は「ミリララ」と言ってな、うちで陸士長をやっている。
仕事に実直なのはいいのだが、いつもどこかやりすぎるキライがあってな。
本来であれば陸士長以上の役職を与えてもよいくらいの功績を残しているのだが、独断専行が過ぎるために権限を与えられずにいるんだ。
アイツを見た君たちならわかるだろう? 表も裏もない、あれがミリララのすべてだ。
強い権限を与えてしまったら、アイツは自分の正義感だけで海賊共と戦争を始めかねないんだよ。


レイナーはやれやれと言った表情で頭を掻きながら「一年前に起こった連絡船の事故のことは覚えているかい?」と聞いてくる。
弟子の男は頷くも、私はその頃はまだリムサ・ロミンサにいなかったこともあり頭を横に振った。


掻い摘んで説明すると、ここと大陸とを往復する連絡船が一隻沈没したんだ。
その船にここの店主の息子さんもイエロージャケットの隊員として乗船していたことはもう知っているな?
その船の残骸がコスタ・デル・ソルの浜辺に打ち上げられたのだが、その中に乗船者の亡骸が誰一人たりとも見当たらなかった。
その後も事故海域を調べたのだが、結局乗員を見つけることは遂にできなかったんだ。
ただ一人、リムサ・ロミンサのエーテライトプラザで見つかった少女を除いてね。

その少女を保護したミリララは、故郷に送り届けるため私のところまで直談判しに来たよ。
その時たまたま居合わせたメルヴィブ提督の配慮もあって、黒渦団の軍船で故郷に送る手はずだった・・・。
だがエールポートでその少女が忽然と姿を消してな。必死に探したんだが結局少女の消息を掴むことはできなかったんだ。

その頃からかな、ミリララが今のように「独断専行」するようになったのは。

その後の調査で、流れ着いた破片の一部に爆弾か何かで破壊された跡が残っていたんだ。
我々と黒渦団はこの連絡船は「事故」で転覆したのではなく何者かに「拿捕」された上、乗員すべて「拐われた」と結論付けている。
だがこのことを公言してしまうと拐った連中が身を隠してしまうだけでなく、海賊団諸派に無用な疑念を向けてしまうことを恐れて表向きは「事故」という話となっているんだ。
「人さらい」はここリムサ・ロミンサでは重罪中の重罪だ。黒渦団やイエロージャケットが海賊達を疑いだせば、ただでさえ怪しくなってきている海賊団同士の相互不信を生み、結束の崩壊を招いてしまうからな。だから今なお慎重な捜査を続けているんだよ。

その事故からしばらくは「人拐い」に関する動きはなかったんだが、最近になって再び不穏な目撃例が報告されるようになってな。
そこに来て「人拐い」から逃げてきたという人物を保護することに成功したんだ。そいつの話では「人拐い」達は顔全体を布で覆っていたため特徴を掴むことはできなかったが、その中で立派な斧を背負ったリーダーと思わしき人物だけは顔を露わにしていたらしい。
そのリーダーと思わしき人の人相が店主の息子さんと一致するところがあって、ミリララが「犯人」とあてを付けたようだ。
そしてその立派な斧が店主さんの「一品」であることを突き止めて、昨日の顛末になってしまったのさ。


レイナーはすまなそうな顔をしながらも厳しい表情へと変わり、


まぁ・・・こんなことを言ってしまうのはあれなのだが、我々イエロージャケットとしても店主にまったく疑いを持っていないとはいえない。
感情的な部分を抜いて見つかっている証拠と今回の証言をつなぎ合わせた時、どうしても店主の息子さんが浮かび上がってきてしまうんだ。
だからこの先この工房は我々の「監視対象」となる。すこしでも不穏な動きがあれば商売の停止を勧告することになるだろうよ。それだけは心に留めておいてくれ。


と強く言った。レイナーの話にショックを受けた弟子の男はよろよろと後ずさり「ドンッ」と壁にもたれかかる。頭が混乱し何をどうすればいいのか考えあぐねているようだった。

私は冷静にレイナーに対して「こちらとして無実を晴らす手段はあるのか?」と聞くと、レイナーは少し驚いた顔をしながらも「店主の斧を持つ人拐いのリーダーを捕まえれば手っ取り早いだろうな」と答えた。
私はただ一言「そうか」と答えると、弟子の男を向いてこう言った。


「しばらく工房を休む」とおやっさんに伝えてくれ。

 

「しばらく工房を休む」とおやっさんに伝えてくれ。

私がそう言うと弟子の男は驚いた顔で、


おいおい! お前まさか「人拐い」を追っかけようってのか!?
やめとけよ! お前ひとりで何とかできる相手じゃねえぞ!?
別に今まで通り普通にしておけばいいだけの話じゃねぇか。
危険に首を突っ込む必要なんてどこにもないんだぜ!?


と、私の腕を掴んで制止する。

確かに弟子の男の言う通りだ。おやっさんを含め私も弟子の男にもやましいことなんてない。
今は監視下に置かれたとしてもイエロージャケットが真実にたどり着けば自然と無実は証明され、工房は解放されるだろう。
だがそれがいつのことになるかわからないし、何よりおやっさんの息子が「生きているかもしれない」という事実はおやっさんに大きな動揺を生むことになる。

「迷いは仕上がりに出る」

それはおやっさんとて例外ではないだろう。
おやっさんのことだ。自分が満足にものを作れなくなってしまえば「この工房を閉める」と言い出しかねない。
だからこそおやっさんの息子が生きているにしろ死んでしまっているにしろ、白黒をはっきりつけなければならないのだ。

私は弟子の男に自分の思いを伝えると、手からスッと力が抜け掴まれていた腕が解放される。
そんな光景を見ながらレイナーは厳しい表情のまま、


お前の決意は立派だが、我々はお前に協力はできないぞ。なにせ容疑の掛けられている工房の関係者だからな。
もし本当に協力者だった場合、我々の動きを「人拐い」側に流される危険がある。

それでもやるのか?


と忠告してくる。だがそれでも私は強く頷き「もし無実が証明されたときは、あんたらは全員おやっさんに土下座な!」と、まるでミリララを真似るかのようにレイナーを指を指しながら言い放つ。

するとレイナーはプッと吹き出し、


命知らずの職人に一つだけ助言してやるよ。
不穏な集団の目撃情報はモラビー造船廠の西側、ソルトストランド周辺で目撃されている。
そこは重点監視区域にしていしためにうちのものが多く配備されているから注意しなよ。
あんたがそこでうろちょろして工房の関係者とバレたら、一発で疑われるからな。

あと一人ではどうにもできないような状況になるなら、エーデルワイス商会を頼れ。
入り口に立っている男に「酔わないエールはどこで売っている?」と言えば中に通してくれるだろう。

では、健闘を祈る。


そう言うと、レイナーは深く礼をして工房を後にした。

 


本当にやるのか?
何度も言うが、あんたがそこまでやる義理なんてないんだぜ?


レイナーが工房を出て行ったあと、弟子の男が心配そうに話しかけてくる。
私は「無理はしない。だからおやっさんのことを頼む」とお願いすると、弟子の男は目に涙を浮かべながら「パンパンッ」と自分の頬を叩き「任された!!」と力強く叫んだ。

私と弟子の男はがっちりと握手を交わし、工房を後にした。

 


その日の夜、ベッドに横になったものの寝付けずにいると小屋の扉のあたりに「ゴトッ」という物音が聞こえた。

・・・もう嗅ぎつけられたのか?

もしそうであれば工房内での話を誰かに聞かれていたことになる。
私は物音を立てないようにベットから這い出て、窓から死角になるように動きゆっくりと扉のそばに近寄る。
立てかけてあった木の棒を手に取り、神経を集中して外の物音を探る。

・・・・・?

外に人の気配を感じられない。
私は扉のノブに手をかけ、ゆっくりと開く。
そこから見える景色には、いつもと何ら変わりはなかった。

猫か何かかが通っただけか?

私は扉から外に出てあたりをうかがうと、扉の脇に防具らしきものと一振りの「斧」が置いてあった。
その斧はおやっさんの指示で私が試行錯誤を繰り返しながら製作していたものに似ている。
しかしその斧を持った瞬間、それが自分が作ったものではないとはっきりとわかった。
飾り気はないものの完璧に完璧を極めた感触は、振るうまでもなくおやっさんが作ったものであると分かった。
よく見ると、斧の側面に小さく「銘紋」が刻印されている。

「交差する斧」

それは紛れもない、おやっさんの「銘紋」だった。

改めて周りを見回すと、物陰の間から不自然な人影が映っていることに気が付いた。
どうやら月の光に照らされて、地面に影が伸びていることに気が付いていないようだ。

私はその影に気が付いていないふりをしながら、

「確かにおやっさんを越えるなんて無茶なこと言いましたけど、おやっさんの背中は絶対に見失いませんよ」

と聞こえるような声で呟く。その言葉に安心したのか、フッと人影は消えていった。
私はそれを見届け、決意を新たに置かれていた防具を部屋にしまい込んで眠りについた。

 

 


翌日、決意も新たに伸び放題になっていた髪を切ることにした。
どうしても雑になる部分は結上げて、とりあえず見てくれだけを整えるのが自分のスタイルだ。
髭も剃ろうかどうか迷ったが、どうせ伸びるのでこのままにしておくことにした。
情けない話、肌の弱い私が手持ちのナイフを使って雑に剃ると、すぐに肌が荒れてしまうのだ。

そして、昨日の夜に置かれていた防具を着込む。

おお・・・

防具はまるで計ったかのようにぴったりで、継ぎ目もしっかりと防護されているにもかかわらず、非常に動きやすい。
また、見た目以上に軽く感じるのは、防具自体の重量バランスがよいことを表している。
さすがはおやっさんの仕立てた防具だ。
見た目の派手さはないものの、防具としては完璧だ。

私は昨日の弟子の男と同じように「パンパンッ!」と両手で頬を叩き気合いを入れ、颯爽と小屋から出ていった。

 

 

第五十一話 「クジャタ」

は斧術士の男に冷ややかな視線を向けられながら、自分の不甲斐なさにショックを受けてしまう。
いち剣術士として「なまくら」であろうとも剣をまともに扱えなかったこともあるが、曲がりなりにも鍛冶職人として剣の真贋を見極めることすらできなかった。
そして今になってやっと気が付いたことがある。

この剣が「私の作った斧」とそっくりであることにだ。
見てくれはいいが使うことを前提として作られていない、ただ外側を真似ただけの中身のないものだと。

やっとルガディンの男が言った「わかったか?」という問いの意味が分かった。
彼は私の剣術士としての腕を試そうとしたのではない。
斧の製作に悩む私にヒントを与えようとしたのだろう。

私は改めて見てくれだけの豪奢な剣を振るう。
今にして思えば、刃と柄のバランスがデタラメで刃先に力が伝わらない。
柄にしてみても太さがどこか不自然で持ちにくく、更にツルツルとした表面のせいできちんと握れなかった。
これでは剣に力を込めることもままならず、まともに振るうことすらできないのはあたりまえである。


まったく・・・やっと気が付いたようだな。
アイツの話じゃあんたはウルダハじゃ名の知れた冒険者だったって聞いていたもんだから、ウルダハの冒険者のレベルをちょっと疑ってしまったよ。


ルガディンの男はやれやれといった表情で私を見ている。
私は恥ずかしくなって頭を掻きながら「別に普通以下の駆け出し冒険者だったよ」と答え返すと、なんともいえない表情をしたままルガディンの男は一本の斧を私に差し出した。


謙遜なのか本当なのか、本当のところは実戦で見せてもらおうか。
だが、ここに来た以上扱う獲物は「剣」ではなく「斧」だ。
分かっているかとは思うが、剣とはまったく扱い方が違うぞ?
斧術士としての基礎はここで教えてやるが、それ以上のことはあんた次第だ。

私はルガディンの男から斧を受け取る。そして自分の作った斧との違いに愕然とした。
ずっしりとした重みは、刃の中心に芯があるかのように伝わってくる。
振ってみると、刃先はずれることなく狙ったところにストンと垂直に落ちていく。
それに比べて私の斧は、ただ全体的に重いだけでどこに重心があるのかがわからない。そのため振ったときに刃の腹が前に来てしまうこともあり、単純に扱い辛さが際立っていた。

またルガディンの男の言う通り、剣と斧では必要な体裁きは剣と全く違う。
重量のある斧を軸として、いかに体を動かしていくか。
力の向きに逆らわず、遠心力を乗せて相手に強い一撃を打ち込むか。
近接武器でありながら、相手に懐に入られる前にいかに薙ぎ払うかに重点がおいて動かなければならない。

思い起こせば、私が斧術士と対峙するのは、ウルダハで出会った海賊崩れのルガディン以来だ。
大振りではあったものの、力のこもった一撃は岩をも砕く重い一撃だったことを思い出す。


よし。いきなり実践じゃ辛いだろうから、まずはこいつを相手に基礎を学びな。
あんたは鍛冶工房のゲストだから無茶はさせないが、慣れたころに実践も経験してもらうつもりだ。
最近街の周りの獣共が増えだしたせいで人手が足りんからな。
ただで教えてやるからその分役に立ちな。


ルガディンの男は私にそう言うと、いつのまにやら隣に立っていた男が「よろしく」と手を差し出してきた。
私はその手を握り「よろしくお願いします」と答え頭を下げると、地下にある修練場に連れていかれてみっちりと稽古を受けた。

 


帰り際、斧術士の男に借りていた斧を返そうとすると、男は受け取りを拒み、


その斧はあんたに「貸す」からしばらく持ってな。
自主トレするなりなんなりに使ってみればいい。
それと、仕事終わりでもいいから明日も来いよ。
一日で「わかった」とか言われたら鍛冶屋としてのお前を疑うしかないからな。


私は「ありがとう」と礼をいい、斧を背負ったまま工房へと帰った。

 


工房へと戻ると、斧を背負った私を見た弟子の男は「なんだ? 本当に斧術士になるつもりかい!?」と驚いている。

(言い出しっぺはあんたなんだがな・・・)

と思いながらも、苦笑いをしながら頭を横に振って、弟子の男とおやっさんに改めて報告する。
戦斧の制作の為に、仕事が終わったら斧術士ギルドで修練を積むことになったことを伝えると、おやっさんは「こっちの仕事の手を抜いたらただじゃおかねぇぞ」と忠告してきた。
私はおやっさんの目を見ながら「はいっ!」と言いながら深く頭を下げた。

そしてすぐに斧の製作へと向かう。
斧の修練の疲れはあるものの、気分が高揚している私は新しい斧を作りたいという衝動を抑えることができない。そんな私の姿をみて、弟子の男は「なんかあいつ、おやっさんに似てきたな」と小さく呟いていた。


すぐにいっぱしの斧を作ることができるとは思っていない。
しかし、今日覚えたこと、感じたことはすぐにでも斧製作に反映したい。

その気持ちに突き動かされるように、くず鉄を使いながら試行錯誤を繰り返す日々が始まった。

 

私が斧術士ギルドで修練を積むようになって数週間が経った。
実戦訓練としてリムサ・ロミンサ近郊のモンスター駆除に駆り出されるようになり、より本格的な「技」の習得に向けた訓練も行っていった。
戦斧の製作もまた少しずつ手ごたえを感じ始めてはいたが、おやっさんから合格点を貰えるレベルに至ったかと言われれば、まだまだ不十分だと感じていた。

そんなある日、いつものように修練場で訓練をしていると、

「クジャタがまたでたぞ!!」

という叫び声が上階から聞こえてきた。その声に反応した教官は慌てて上へと駆け上がっていく。
私も教官の後を追いかけて上階に上がると、斧術士ギルドのギルドマスターであるヴィルンズーンを中心に斧術士ギルドとイエロージャケットの面々が集まっていた。

報告に来たイエロージャケットの隊員の話によると「クジャタ」と呼ばれるものによって集落の一つが壊滅。その中で大怪我を負ったものの奇跡的に生きていた子供一人を救出。
しかしその他の住民はクジャタによって蹂躙され、すべて命を落としたとのことだった。

クジャタ・・・?

私が集まりの後ろで首をかしげていると、教官はクジャタについて教えてくれた。


クジャタとは最近になってリムサ・ロミンサ近郊に現れるようになった巨躯のバッファローのことだという。
元々バイルブランド島には家畜として飼われていたバッファローが多数いたが、第七霊災により崩壊した牧場から逃げ出したバッファローが野生化し、今では南部平原地帯のあちこちで見られるようになった。
その中でもクジャタは一際大きい巨体のバッファローで、その存在自体は第七霊災以前から確認されていたが、高地ラノシアのブロンズレイク周辺にある森の中のさらに奥、人目のつかない場所でひっそりと暮らしていたため、現地民から「山神様の使い」として崇められていた。

しかし第七霊災以降、突然クジャタは森から出て人里を襲うようになり、今回はそのクジャタを「山神の使い」として深く信仰していた集落が壊滅させられたとのことだった。

クジャタの襲撃は神出鬼没であり、時に野生のバッファローや野生の獣を多数従え大挙して襲撃してくるばかりか、その襲撃が大抵が真夜中であるため避難することもできず、治安部隊であるイエロージャケットが到着する頃には既に壊滅していることがほとんどだという。

噂の域はでないものの、クジャタは北部高山地帯を縄張りとする蛮族「コボルド族」によって信仰される蛮神タイタン(山神)の霊気に当てられテンパード化した獣であり、コボルド族の縄張りを侵す人族に怒ったタイタンの代行者として人里を襲っているのではないかと言われている。

 

奇跡的に助かった少年は、親類のいるレッドルースター農場に運び込まれて治療を受けているとのことだった。


また助けられなかったか・・・
ちくしょうっ! アイツに一体いくつの命が奪われたか!
あそこの集落に行くにはこの道しかないはずだが・・・
この崖を越えてきたのではないか?


ガヤガヤと討論をしながら、クジャタの襲撃ルートの検討に入る団員達。
クジャタの出現はいまだ「神出鬼没」で特定には至っておらず、いつもどうやって襲ったかについては謎が多いとのこと。さらにクジャタに襲われる集落にこれといった共通点もなく、討伐しようにも対策が取れない状態が続いているらしい。


その少年の意識はあるのか?


神妙な顔をしているヴィルンズーンは、イエロージャケットの統括司令官であるレイナー・ハンスレッドに問いかけた。


意識ははっきりしていると聞いている。
だが、どうやら目の前で親を殺されてしまったらしくてな・・・。
今その時のことを聞くには少し早いかもしれん。

・・・・そうか。
無理に聞けば少年の心も壊れてしまうかもしれないな。
しかし・・・・一向に解決の糸口が見つからんな・・・

ヴィルンズーンは「ふぅ・・・」と大きく溜息をつくと、頭を乱暴に掻きながら、
話の輪に入ることができずにただ会話を聞いている私の存在に気が付き、


あぁ・・・放っておいてすまんな。
今日はもう帰っていいぞ。
この件にあんたを関わらせるには随分と危険すぎるからな。


ヴィルンズーンは私にそう言うと、再び議論の中に入っていった。
私はどうすることもできず、小さく礼をして斧術士ギルドを後にした。

 

クジャタ?

翌日、工房でおやっさんと弟子の男に昨日斧術士ギルドでの一件を話すと、弟子の男は「あぁ・・」と小さく声を吐いた。


アイツのせいで随分と死者が出ている。
リムサ・ロミンサの近郊には霊災で村を失った人たちが寄り集まって出来た小さな集落がいくつもあるんだ。
やっと住処を得たというのに、無慈悲に蹂躙されるなんてね・・・
もう・・・言葉もないよ。

けど・・・そもそもの原因はこっち側にあるからなぁ・・・


弟子の男の一言を聞き、私は「どういうことだ?」と聞き返す。


いやね、そもそもの原因はリムサ・ロミンサ側がコボルド族との協定を破ったことにあるんだよ。
いや、別にメルヴィブ提督の指示ってわけじゃないよ。
一部の欲深い奴らが鉱脈目当てにコボルド族と決めた境界線を越えて山側に入植し始めたことが発端で、約束が違うと怒ったコボルド族と小競り合いが始まったんだよ。
リムサ・ロミンサとしても黒渦団が越境者を取り締まっていはいるんだが、ずっといたちごっこでね。
依然として解決をみない状況に怒ったコボルド族が、蛮神「タイタン」の召喚を始めてしまったのさ。

その頃からかな、野生化したバッファローが凶暴化し始めたのは。
人を見れば逃げていったアイツらが、急に人を襲うようになったんだ。
そして山神の使いとして崇められていた「クジャタ」すら姿を現し、集団で人里を襲うようになった。
それに凶暴化したのはバッファローだけじゃない。プアメイドミルに出没するクアールだってそうだし、色んな獣達が人を襲うようになったんだ。

とにかく原因がこっちにある以上一方的に人を襲う獣を責められないけど、せめて昔のようにきちんと住み分けできればなぁ。


と弟子の男は困った顔をしながら説明する。
おやっさんは弟子の男の話を無言で聞きながら、手を休めることなく作業に集中していた。

弟子の男の話が本当であれば、随分と根の深い話だ・・・
ようはクジャタは氷山の一角でしかない。コボルド族が蛮神召喚をやめない限り、すべての問題は解決しない。
そのためには「欲」に溺れる人を制し、コボルド族と再び和解しなければならないのだ。

 

数日後、私は依頼されていた農具の納品に行くようにおやっさんに言われた。

レッドルースター農場?
たしかあそこは・・・

聞き覚えのある集落の名前を聞いて、私は記憶を探る。
レッドルースター農場は、先日クジャタに襲われた集落の唯一の生き残りが引き取られたころだったはずだ。
農具を前にして無言で立ち竦む私を見たおやっさん


おい・・・余計なこと考えるんじゃねぇぞ。
お前は職人だ。職人はモノを作ることだけを考えてりゃいいんだ。

と、こちらを見ることなく忠告してくる。
それに合いの手を入れるように弟子の男が、

そうそう。いくら考えたって君が何を出来るわけじゃないよ。
荒事は専門の人たちに任せておけばいいんだから。

と、珍しく忠告をしてくる・・・と思ったが、


君と僕が相手にしなければいけないのは、クジャタより恐ろしいおやっさんなんだからね。
君が戻ってこないと僕だけが大変な目に合うんだから、余計なことは考えずにすぐに戻ってき・・・あたっ!


余計な口を滑らした弟子の男の頭を、無言で金属のプレートで叩くおやっさん
あまりの痛みからか、床でうずくまる弟子の男に「お前に任せた・・・」と肩を叩き、私は農具を荷車に乗せてレッドルースター農場へと向かった。

 

レッドルースター農場は、低地ラノシアにある大きな農場だ。ここもまた「サマーフォード庄」と同じく霊災後に拓かれた入植地の一つである。
元はとある園芸師が始めた実験農場であり、小さな掘っ立て小屋が一つあるだけのところであった。
コボルド族の勢力圏に近いこともあり、古くからコボルド族の野盗に悩まされていたため、その警備を近隣の海賊団にお願いしていた。
その海賊団もまた「レッドルースター」という名前の由来となった事件を起こすわけだが、メルヴィブの提督就任後、すぐに行われた「治安強化策」の命を受けたバラクーダ騎士団により、レッドールースター農場の警備を請け負っていた海賊団が取り締まられ、その結果コボルド族の野盗にやりたい放題に荒らされるようになっていた。
(リムサ・ロミンサ側はコボルド族に対し領土侵犯だと抗議をしたが、コボルド族側の言い分は「コボルドの掟を捨てた者はコボルドに非ず」とのことで、関係性を否定された)

その後、農場主は幾度となくバラクーダ騎士団に対して警備強化の陳情をおこなったが、農場の規模も小さかったためか当時のバラクーダ騎士団の管轄担当に無視され続ける。
その現状を憂いた農場主の娘がイエロージャケットに入隊し、そのコネを使ってなんとか農場の警備を行っていた。

第七霊災によりバイルブランド島は各地で大きな傷跡を残すこととなったが、運よくレッドルースター農場周辺は大きな被害を免れた。
ラノシア各地の農地壊滅や漁船の激減よる食料不足を解決するため、被害の少ないレッドルースター農場に白羽の矢が当たり、メルヴィブ提督の命により重点入植地として農場の解放を打診される。
しかし、警備の一件でバラクーダ騎士団、そしてその統括者であるメルヴィブ提督に大きな不信感を抱いていた農場主は頑なに拒んだ。
その報告を耳にしたメルヴィブ提督は、その当時の事実関係を洗い直すように指示。そして管轄担当が職務怠慢の上、虚偽報告を繰り替えしていたことが判明し、即刻拘束の上罪人として逮捕された。
その後、メルヴィブ提督は直々に農場まで出向き農場主に謝罪をする。
その真摯な対応に感動した農場主はメルヴィブ提督の願いを受け、実験農場としての資金援助を条件として農場を開放することとなった。
結果警備の強化だけでなく資金や人材の確保が容易になったレッドルースター農場は飛躍的に規模を拡大し、現在ではリムサ・ロミンサを代表する一大農場としての地位を築き上げるまでに至っている。
農作物の育成だけでなく、畜産や風車を使った織物の生産など多岐にわたり、現在もまた新しい農法開発や品種改良に励み、ラノシアだけでなくエオルゼア全体への農業技術の向上を担っている。

 

農場に着いた私は規模の大きさに驚いた。
治安部隊であるイエロージャケットもまた常駐しているようで、農場はさまざまな脅威に怯えることなく自由に農業にうちこめているようだ。

私は警備の者にリムサ・ロミンサの工房から依頼品を届けに来たことを伝えると、農場主のいる建物の中に通された。
部屋に入ると、ヒューランの老人がおり、頭を抱えながら何か悩んでいるようだった。
「工房からきた客人です」と紹介され、私が頭を下げると老人はすまなそうな顔をしながら

わざわざすまないね。
こちらから出向きたかったのだが、最近立て続けに問題ごとが起きてしまってね。見ない顔だが、新人さんかね?


と聞いてきた。
私が頷くと「ほほ、めずらしいこともあるもんじゃな。」と言いながら笑っていた。

アイツとはもう何十年の付き合いになるんじゃよ。
ここがまだ小さな農場だったころから、ワシはアイツに農具を作らせていてね。
お互い若かったからいっぱい喧嘩もしたし、女もとりあったんじゃよ。
まぁ、結局私の本命はあいつにとられてしまったけどな。

老人は椅子にもたれかかりながら、懐かしそうに昔を思い出していた。
正直、あのおやっさんが女をとりあう姿とかまったく想像ができない。


今でも会えば罵り合う仲じゃが、悔しいがやっぱりあいつの作った農具が一番使いやすくて壊れにくいのでな。
こうやって今でも依頼しておるんじゃよ。


そう言いながら、納品した農具を眺めながらうんうんと頷いていた。
突然廊下が騒がしくなり、ドタドタと誰かの足音が聞こえた。


放して!! 放してよ!! 爺ちゃんに話があるんだよ!!

 

部屋の外から「ドンドンッ!」という物音と共に小さな子供の叫び声が聞こえてくる。そして「バンッ」と大きな音を立ててドアが開かれると、一人の子供が部屋の中に飛び込んできた。
老人はその子供の姿を見て「はぁ・・・」とため息をつく。


なんじゃ・・・・怪我も治らんうちから暴れよって・・・。
何度も駄目じゃと言うとろうが。


老人は子供をたしなめるようにゆっくりと話す。
しかし子供はそんな老人に詰め寄り、

頼むよ爺ちゃん!
僕はあいつにもう一度会わなきゃダメなんだよ!

会ってどうするというのじゃ? お前なんぞ踏みつぶされて終わりじゃぞ?
ワシに息子ばかりか、孫まで失えというのか?
そもそも外に出たからと言って会える保障などないじゃろう。

でも・・・・でも!!


聞き分けのない子供は、それでも一生懸命に老人に食い下がる。
少年の体を見ると、いたるところが包帯でぐるぐる巻きになっていた。

そうか・・・この少年が・・・

私は斧術士ギルドで聞いた「クジャタ」の一件を思い出す。
どうやらこの子供が襲われた集落の唯一の生き残りのようだ。
老人はやさしく少年の頭に手を置き、

今専門の人達が必死になってクジャタを探しておるし、見つかればこちらにも情報をくれるようにお願いもしておる。
もし危険がないようだったらお前を連れて行くこともできるじゃろう。じゃから今は怪我を直すためにおとなしくしておくれ。


老人は少年をたしなめながら、頭に置いた手をぐりぐりと動かす。
少年はどこか納得できないといった表情で、下を向きながら訥々としゃべり始める。


クジャタは・・・・クジャタは山の守り神様の使いなんだ。
神様がお怒りになったってことは、僕たちが悪いことをしたからなんだ。
お父さんやお母さん、集落のみんな達が何をしてしまったのかはわからない。
だけど・・・・だからこそ僕は集落の生き残りとして、山神の使いであるクジャタに謝らなければならないんだよ。


少年はふるふると体を震わせながらも、はっきりと言葉を紡いでいく。


クジャタはすごく怒っていたんだ。怒りに体を震わせてまるで僕らを叱りつけるかのように叫んでいた。
でも・・・・僕にはクジャタが泣いているようにも見えたんだ。
その眼は怒りじゃなくて、悲しんでいるように僕は見えた。

だから、
僕は・・・・僕はクジャタに会って、その真意が知りたいんだ!


俯いていた顔をあげ、きっと老人を見つめる。
少年は目から涙をこぼしながらも、強いまなざしで老人を射抜く。
その強い眼光に驚いたのか、老人は思わず少年の頭から手を放した。


殺しちゃだめだよ・・・
絶対にクジャタを殺しちゃだめだからね!!


そう叫ぶと、少年はこぼれた涙を袖で乱暴に拭うと、部屋を飛び出て行った。
静寂に包まれる室内の中に、どこか気まずい雰囲気が漂い始める。
それを振り払うように、老人は一つ咳払いをして少年のことを話し始めた。


お見苦しいところを見せてしまったね・・・
あの子はうちの息子の孫で、先日集落を獣に襲われて一人身となってしまったんじゃよ。
本人も大けがを負ったのじゃが、見てわかるとおり随分と落ち着きがなくてな。
クジャタに会うと言ってきかんのですわ。

老人は大きく「はぁ・・・」とため息をついて、頭を抱える。
私は少年が言っていた「山神様の使い」について老人に聞いてみた。


「クジャタ」と呼ばれている大型のバッファローは、ブロンズブレイクの北、コボルド族の支配地域であるオーバールックの山間のさらに奥に生息しておる老獣じゃ。
古代アラグ帝国時代の伝承にある「山の如き二瘤の牡牛 クジャタ」になぞらえて、そう呼ぶようになったらしい。
山の神である蛮神「タイタン」の御使いであり、山の恵みの豊穣をつかさどる「聖獣」として、古くから崇められてきたのじゃ。
人の前に姿を現すことはほとんどなく、クジャタの鳴き声が聞こえるとコボルド族の領域に近いことを意味していることから、人とコボルド族はうまくすみわけができておった。まぁうちの農園を荒らしに来る「逸れコボルド」共は別としてじゃがな。

ワシの息子は木こりをしておってな、山神の使いであるクジャタを深く信仰しておったのじゃ。じゃからあの子にとってもクジャタは特別な存在なのじゃろう。

じゃが第七霊災後に住処や職を追われた難民や海賊の一部が、コボルド族の支配下にある鉱山資源の盗掘に目をつけて境界線を越えて不用意に北側に立ち入るようになってしまったのじゃ。
その頃から怒ったコボルド族と小競り合いが頻発するようになってな。
人側の代表としてうちの息子らがコボルド族と折衝しておったのじゃが、結局は人側の浸食を止めることができずに彼らを完全に怒らせてしまったのじゃよ。

そして彼らは我々人族への報復として、一度中止していた蛮神「タイタン」の召喚を行うようになったのじゃ。

境界線でのコボルド族との衝突が激しくなり、オーバールックに黒渦団の前線基地がおかれるようになってから、息子のいる集落も安全なところまで移転を勧告されたのじゃが「自分らもまた山と共に生きる民だ」と集落移転を拒み、結局山神の使いである「クジャタ」によって滅ぼされてしまったのじゃ。
うちの息子たちが悪いわけじゃないがな・・・結局は人の「業」が招いた災いなのじゃよ。

老人はぐっと顔をしかめさせて、空を見上げる。
訥々と語る老人の目に涙が浮かんでいた。


済まぬな・・・職人のそなたにそんな話をしたところで何にもならぬのにな。
ほれ、代金じゃ。あいつによろしく伝えておいてくれ。


私は見送りに出てくれた老人に手を振りながら、工房へと戻っていった。

 

第五十話 「ナルヴィク&ヴィメリー社」

翌日、私は工房に顔を出さずにN&V社へと向かった。
目的は昨日の夜に決めた答えをハ・ナンザに伝えるためだ。
受付にハ・ナンザに用があることを伝え、工房を横目で見ながら奥へと進む。
相変わらず流れるような作業で商品が次々と出来上がっていく光景は圧巻だ。


おおっ! 随分と早いね!
もう結論が出たのかい?

ハ・ナンザはいつものように耐熱用のアイグラスをしたまま嬉しそうに私を迎えてくれる。
だが、私の表情を見て察したのか、どこかあきらめを感じた様な表情に変わったものの、落ち着いて対応をしてくれた。
私はハ・ナンザにこちらの工房に来る気はないことを伝えると「やっぱりか・・・」という表情をしながら「そうか・・・残念だね」と答えた。
しかし、そうなることを予想していたのか、私の「答え」を聞いてどこか吹っ切れた顔をしている。

私はハ・ナンザに「せっかくの申し出を断ってしまい申し訳ない」と言いながら頭を下げる。
そんな私を見てハ・ナンザは慌てた様に、


いいさいいさ!
別にこれで機会が潰れたとは思っていないしね。
私はまだまだあきらめていないよ。

しかし・・・親父さんは分かってないようだけど、あの工房で生き残った奴らはなぜか何処にも行きたがらないんだよね。
今どき「根性」と「忍耐」が一番という過酷な職場だってのに、まったく不思議なもんだよ。
うちでそれを求めた日にゃ、新米連中はあっという間にやめていっちまうよ。


ハ・ナンザはやれやれと言った表情で後ろで働く職人たちを一瞥する。
一生懸命に仕事に打ち込んでいるものの、やはりうちの工房に比べるとどこかな緩い感じが漂い、そもそも金属にむかう気迫がまったく違う。

そういえば・・・・

私はふと弟子の男のことが思い浮かんだ。
私が来る前まではおやっさんの弟子はあの男だけだ。
この前酒場で聞こうと思っていて聞きそびれてしまったのだが、彼は何故あの工房で働くことになったのだろうか?

私はそれが気になって、ハ・ナンザに弟子の男のことを聞いてみた。

ん? なんだ、君は知らなかったのかい?
あそこで働いている弟子の男。あいつもここの職人だったんだよ?
しかもあいつは、「100年に1人の逸材」なんてはやし立てられるほど奴だったんだ。


おやっさんがN&V社の職人だったことを聞いて、弟子の男も薄々そうではないかとは思っていたが、それほどの人材だったということに驚いた。
確かに工房ではミスもほとんどなく、おやっさんに仕事を完全に任されているが、何かずば抜けたものを作るところを見たことはなかった。


ハハッ! イメージと違ったかい?
それもそうだ。今のアイツは昔とは違うからね。
昔はとにかく自分の才能に溺れた「異端児」だったんだよ。

実はアイツは先代が大変世話になった職人の孫でね。
N&V社に来る前は他の工房で働いていたんだが、甘やかされて育ってしまったせいか自分勝手な性格が災いして破門になったらしいんだ。
その後も色々な工房を転々としたものどこもダメでね。
結局うちで引き取ることになったんだよ。

確かに非常識から新しい常識を生み出すようなセンスに溢れていたし、アイツがうちに来たからこそ生み出された技術や商品もある。
だが、やはりうちでも職人たちとそりが合わなくてね。
自分の言っていることは全部正しいと譲らないものだから、古参はもちろんのこと若手からも嫌われた。
私としては恩義のある人の孫を追い出すわけにもいかなくて、板挟みの状態だった。

ほんと、あんときは職人崩壊の危機だったよ。


ハ・ナンザは昔を懐かしむように笑いながら話を続ける。


だが、アイツが変わるきっかけを作ったのが親父さんだったんだ。。
ある時アイツは自分の技術を過信しすぎてとんでもない大失敗をしてしまった。うちにとっての上客も上客に対して、勝手にアレンジを加えてしまったものを作ってしまって、客は「注文したものと違う!」と大変お怒りになってね。

すぐにでも作り直しをしなけりゃならないが、誰もアイツを助けようとしなかった。
「可哀想」なんて言葉が出ないほどに嫌われていたからね。
工房で一人立ち尽くすアイツを助けたのが、親父さんだったんだ。

周りは驚いたよ。
アイツのことをいつも怒鳴り散らしていたのは誰でもない、親父さんだったからね。

親父さんは決して手伝うことはなかった。
アイツの横についてずっとダメ出しをする。
ただそれだけだった。

実は親父さんはアイツの「鍛冶職人」としての技術を誰よりも認めていたんだ。ただ、その使い方が間違っているだけだってね。

あんときのアイツはただ泣きながら親父さんの激を受け続けて、商品を徹夜で完成させた。
それを持ってアイツと親父さんは客の元に直接届けに行ったんだ。

ぱっと見はなんの変哲もない普通のものだ。
だが、目の肥えた客にとってみればそれは驚きの仕上がりだった。
親父さんは客に頭を下げたうえで、こいつを作ったのはこの若い職人だと紹介すると、客は大変に喜んでくれたんだ。

その客の笑顔を見た時に、アイツは気が付いたらしい。

「自分の技術は何のためにあるのか」ってことにね。

それからというものそれまでの無礼を他の職人達に謝罪し、まるで人が変わったかのように仕事に打ち込むようになった。
親父さんには積極的に技術の指導を願い出るようになったし、作り上げる商品も要望通りの堅実なものがほとんどになった。

私はこのままアイツがN&V社を背負っていく人材に育っていくと思っていた・・・・のだがな。

アイツは親父さんがここを去ると同時に、やめていってしまったんだよ。


ハ・ナンザは少し落ち込むような表情をする。
その当時のことを思い出してしまったのか、少し目には涙のようなものが見て取れた。
私は弟子の男から親父さんの息子さんであり、ハ・ナンザの恋人であった人が、事故で亡くなったことを聞いたことを話す。
するとハ・ナンザは「あいつめ・・・口の軽さだけはいまだ直っていないじゃないか・・・」とわざとらしく非難する。


そう、あの人が亡くなってかから親父さんは変わってしまったんだ。
移り気で手のかかるバカ息子と罵ってはいたけれど、酒を飲むたびに愛する奥さんの大切な忘れ形見だから見放せないと愚痴っていたよ。
それほど大切だったあの人を失ってしまったショックで、親父さんは仕事にだけ没頭するようになっていった。

悲しみから逃げるためにね・・・・

そうして、今度は親父さんが孤立していったんだよ。
今まで以上に若い職人に強く当たるようになって、それに耐えきれずに辞めていく職人が続出したんだ。

それを自分も分かっていたらしくてね。
自分の悲しみを関係のない職人たちにぶつけてしまったことで、うちの会社に迷惑をかけてしまったことに責任を感じて、やめると言い出したんだ。

私は必死で止めたよ。
悲しかったのは親父さんだけじゃない。
私だって辛かった。
だから、二人だったら何とか乗り切れると思ったんだ。

でも、親父さんは頑なだった。
ここをやめてどうするのか聞いたけれど、口を噤んだまま何も答えない。
親父さんのことだ。どうせ何も考えていないんだろうと思って、せめてここをやめるなら自分の工房を持ってくれと半ば強引に工房を開かせることにしたんだよ。
仕事はうちが出すって言ってね。

しぶしぶだったが、何とか納得してくれたのまではよかったんだけれど、あろうことかアイツもついていくと言い出してね。
正直このタイミングでアイツまでも抜けられてしまうと、うちとしても痛手が大きかったんだが、親父さん一人じゃ不安だったから仕方が無く了承したんだ。

まぁ・・・今思えば、よかったと言えるんだけれどね。
親父さんの工房が軌道に乗り始めたあたりから、職人の斡旋もしてきたんだが、結局残ったのはアイツだけだったし。

親父さんが君のことを私に紹介したのは、アイツを引っ張っていったお返しなのかもしれないね。


まあなんにせよ、親父さんを慕う連中ってのは職人としての気力に溢れている奴ばかりだ。
モラビー造船廠のアートビルムまで引っ張られなかっただけでも御の字だよ。
親父さんは親父さん自身が思っているよりも影響力が強いんだ。
親父さんさえ望むなら、うちの会社に帰って来てほしいと心から思っている。


すまん。話が長くなってしまったな。
とりあえず君の返答は分かったよ。
だが、さっきも言った通り、私はあきらめたわけじゃないからね。
君も、アイツも、そして親父さんのこともね。

あっ、そうだ! この後は工房に戻るんだろう?
先日はかなりの無茶をさせてしまったからな。
これを持って行ってくれ。


そう言って、ハ・ナンザは液体の入ったボトルを手渡してくる。


親父さんを満足させられる出来かどうかは自信ないけど、秘伝のハーブティーだよ。
味はともかく、驚くほどに疲れが取れるからぜひ飲んでくれ。


私はハ・ナンザからハーブティーの入ったボトルを受け取り、深く一礼しN&V社のギルドを後にした。

 

工房に戻ると、おやっさんは何をするでもなく工房で黄昏ていた。
常に動いていないと死んでしまうんじゃないかと思うほどに、いつも忙しないおやっさんのその姿は随分と珍しい。
おやっさんは工房に戻ってきた私のことを見ると、なにか言いたそうな顔をしながらも、プイッと私から視線を外した。

私はおやっさんに、N&V社への移籍を断ってきたと報告する。
するとおやっさんはピクッと体を震わせて反応しながらも、


なんでぇ・・・・もってえねぇな。
せっかく俺がアイツに紹介してやったってのに。
こんな工房にいるより、あそこで働いたほうが職人としての未来があるってのによ。


と、こちらに顔を向けることなく淡々と答えた。
表情こそ読み取れないものの、口調からどこかほっとした雰囲気を感じるのは気のせいではないだろう。

私は改めておやっさんに今の自分の本心を伝える。


自分は霊災の時に記憶を失い、難民として絶望の淵を歩んできた。でもたくさんの人との出会いがあって、私はウルダハで冒険者となった。
そんな私が、正直ここでずっと職人として生きる覚悟ができているかと言うと、今は答えられない。
でも、今ここでおやっさんの元で修練を重ねる自分に迷いはない。
それに自分には、一つの大きな目標もできた。

「それは、職人としておやっさんを越えることだ。」


そう話すと、おやっさんはプっと吹き出し、腹を抱えて大笑いをし始める。


随分と馬鹿なことを言うようになったじゃねぇか!
お前ごときが俺を越えるなんざ、命が二つあったとしても無理な話だ!

・・・・だがな、目標があるってえのはいいことだ。

職人としての迷いは、必ず仕上がりにでる。
それは出来・不出来以下の問題だ。

だからこそ迷わねぇ様に目ん玉を向ける「目標」ってのは必要なんだ。
俺を超えるなんて「無茶な目標」を立てちまうお前にこれ以上言うことなんて何もねぇが、
自分が自分に正直であることが、職人として一番大事なことだからな。

まぁ・・・アイツは除く・・・がな!

そう言って弟子の男を顎で指す。
それに気が付いた弟子の男は「なになに?、何の話!?」と寄ってくる。
「うるせぇ!黙って仕事しろっ!」と邪険な対応をするおやっさん
それに対して「こいつのことが心配でずっと上の空だったくせにズルいっすよ!」と弟子はニヤニヤしながら反論する。
途端、おやっさんは顔を真っ赤にして近くに置いていたハンマーを手にして、弟子の男めがけて投げつけた。
間一髪のところで避けた弟子の男は「ちょっ!! 当たったら怪我どころじゃすまないっすよ!!」と抗議の声を上げるが「うるせぇ!! てめぇは少ししゃべれねぇぐらいが丁度いいんだよ!」と言いながら別の工具を手にして逃げる弟子の男を追いかけていた。

狭いあばら屋の中で、ギャーギャーという声が響き渡る。
その光景を見ながら、棚から杯を3つ取り出し、ハ・ナンザから預かってきた「特製ハーブティー」を注ぐ。
そして、追いかけっこでへとへとになった二人に「ハ・ナンザからもらった特製ハーブティーだ」と言って差し出した。
おやっさんは少しの間そのハーブティーの入った杯を見つめると「ふんっ」と鼻を鳴らして乱暴に器を掴み、ごくごくと喉を鳴らしながら一気に飲みほす。
そして「かぁーーっ!! まだまだだな!」と文句をつけながらも、晴れ晴れとした表情をしていた。
一方弟子の男は「うめぇ!! うめぇ!!」と絶賛し、その二人の見ながら私もハーブティーに口を付けた。
ほのかな甘みと共に、ミントのさわやかな刺激が喉を優しく包み込む。


自分は職人としてやっとスタートラインに立ったのだと実感する。
人はそれぞれに色々な出来事に遭遇し、時には困難にぶち当たって挫折する。
それでも、人は助けを得て再び立ち上がっていくのだ。

この先の自分の人生がどうであるのか。
その答えはが出るのはまだまだ先なのだろう。
自分が生きる道。それは、日々生きる中で積み上げたものこそが道であるのだと、なぜか納得することができた。

 


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クソ・・・なにかが違うな・・・

私は一から作り上げた一本の斧を振りながら大きなため息をついた。
見てくれこそ悪くはないが、どうにもしっくり来ない。
手に馴染まないというかなんというか、どうにも違和感を感じてしまう出来だった。


ある日のこと、私はおやっさんから一本の「斧」を作るように言われた。
その斧は農業用ではなく、武器としての「斧」だ。
おやっさんの工房では「武具」を作ることは珍しく、作ったとしても対獣用に限定したものがほとんどだ。
人と人とが争うための武器は作らないため、黒渦団などの軍事目的での使用を目的とした武具の作成は絶対に請け負わない。

斧の依頼元がどこであるかはわからない上、どういったものという指示もなく、ただ両刃の斧を作れとの依頼だった。

正直なところ、私はこれまで斧を作った経験がない。それどころか斧を振ったことすらない。両刃の斧ということからすると、攻撃用の武具であることは確かだ。
私は見よう見まねで斧を振りながら感触を確かめるが、いまいち感触が悪かった。


そんなところでただ振っていたってなにもわからないんじゃない?


剣を振りながら頭を悩ます姿をニヤニヤとみていた弟子の男が、しょうがないなぁとばかりに話しかけてきた。

あんたは剣は得意みたいだけど、斧の扱いは全くのド素人に見える。
そんなあんたがただ斧を降り回したところで、得られるものなんてなにもないと思うよ。


そう言いながら、弟子の男は一枚の紙を私に手渡してきた。
私は不思議に思いながらもその紙を受けとると、


それはここリムサロミンサにある斧術士ギルドへの紹介状さ。
あそこには俺の知り合いが働いているんだ。
役職は結構上だから、簡単に取り次いでもらえると思うよ。
斧のことを知りたければ斧が職業のところにいけばいい。

おやっさん!!
いいよね? 今依頼仕事も少ないし。


弟子の男は後ろで黙々と作業に向かっているおやっさんに許可をとろうとすると「こいつが抜ける分、おまえが死ぬ気で働くなら問題ないな。」といいながらヒラヒラと手を振る。
弟子の男はおやっさんの返しを聞くと、少し顔を青ざめさせながらも「あんまり長居はしてこないでね・・・」と懇願してきた。

斧術士ギルドか・・・

戦闘系のギルドにいくのは随分と久しぶりだ。
どこか体の奥から高揚感を感じていることに苦笑する。
どうやら私はまだ冒険者時代の日々を忘れられないらしい。

私はおやっさんと弟子の男に礼をして、斧術士ギルドへと向かうことにした。

 

斧術士ギルドはリンサロミンサの北端に建てられた「コーラルタワー」と呼ばれる建物の中にある。


元々ここには「バラクーダ騎士団」と呼ばれるリムサ・ロミンサの正規海軍本部であったが、同組織は第七霊災時に壊滅状態となり、残った兵は霊災後に創設されたグランドカンパニー「黒渦団」に統合されたため消滅した。現在コーラルタワーは「バラクーダ騎士団」の元陸戦部隊であり、治安維持部隊として黒渦団から再び独立したイエロージャケットの司令本部となっている。
またコーラルタワー内に併設されている斧術士ギルド自体も元々はリムサ・ロミンサの三大海賊団の一つであり、現在も最大勢力を誇る断罪党旗艦「アスタリシア号」の中に併設されていたが、霊災以後に治安維持部隊の強化を目的としてイエロージャケットにその運営管理が委譲された。

余談ではあるが「バラクーダ騎士団」時代のコーラルタワー内には「銃術士ギルド」があったが、霊災以後にイエロージャケットの専門職となったため、現在は閉鎖されている。

 


私は受付の者に工房から来たものであることを伝え、弟子の男からもらった紹介状を手渡した。


受付の者は「確認いたしますのでしばらくお待ちください」と言って紹介状のなかを改めると、ホールの中心部で隊員達に指導しているルガディンの男に報告にいった。ルガディンの男はその手紙の中を確認すると、こちらを向いて受付の前で待つ私に手招きをする。


お前がウルダハで冒険者稼業をしていたという奴か?


手紙を見ながらルガディンの男は私を確認する。
私がうなずくとルガディンの男は「ふむ・・・」と声を漏らしながら手紙から目を離し、今度は私の体つきをみているようだった。

・・・・・

冒険者にせよ職人にせよ、体が資本の商売である以上体つきを見られることは仕方がないことだろうが、いつまでたっても慣れない自分がいる。

なんなら「ポーズ」でもとった方がうけがいいのだろうか。

 

なんて変なことを考えていると、ルガディンの男は「よし!」と言って私の肩を「バンッ」と掴んできた。


「百聞は一見に如かず」だな。
うちの者とちょっと手合わせをしてみてくれ。
剣術士だったらしいじゃないか・・・・おいっ!この前の押収物の中に剣があっただろ。それ持ってこい!


なんだろうか・・・・
ここリムサロミンサでは用件を聞く前に何かさせないと気がすまないのだろうか・・・

私はN&V社での一件と同じような展開になっていることに苦笑しつつ、それでも久々に剣を振るえることにうずうずしている自分がいた。


ほれっ!
剣を合わせるだけで構わない。
あんたの冒険者としての資質を見せてみな。

すっかりと趣旨が変わっていると思いながらも、運ばれてきた剣を見た瞬間思わず息をんだ。
その剣は美しさを感じるほどに細かいほどに細工が施されていて、刀身の仕立ても素晴らしい。押収品とはいえ、手合せ程度の仕合でこれほどまでの剣を使うことがはばかられるほどのものだった。

剣を手に取り、軽く振ってみる。

???

おかしいな…
どうにもしっくり来ない。

確かに冒険者として剣を扱わなくなってから結構な月日が経つ。
だが、ここまで感覚を忘れてしまうものなのだろうか。
私は振り方を変えながら何度も試し振りをするが、いまいち体に馴染んでこないことに焦りを感じ始めていた。何度も素振りを繰り返す私を見て、ルがディンの男は「大丈夫か?」と心配そうに声をかけてくる。
私はそれに対して曖昧な答えしか返すことが出来なかったものの、これ以上何やっても仕方がないと腹をくくって、素振りをやめて剣を構えた。


それでは・・・・はじめ!!


ルガディンの男の号令に合わせて、斧術士の男はじりじりと間合いを詰めてくる。
まずは小手調べとばかりに直線的に切りかかってくる攻撃を剣で裁こうとする。
だが、うまく捌くことが出来ずに斧の重い一撃に体が持っていかれてしまう。
斧術士の男はその隙をついて連撃を撃ってくる。
体勢の崩れている私はその連撃を辛うじて交わしながら、いったん距離を取ろうと後ろへと後退する。
しかし、斧術士の男はそれを読んでいたのか一気に私の懐に飛び込み、後ろ手に構えていた斧を一気に振り下ろしてきた。
私はそれを剣で防ぐが、体重の乗った一撃を完全に防ぐことができずに後ろ大きく吹っ飛んだ。


やめっ!


ルガディンの男が声を上げると、無様に尻餅をついている私に「大丈夫か?」と言って手を差し伸べてきた。
私は男の手を借りて立ち上がるが、何をすることもできなかった自分にショックを受けた。
確かに、相手の男は相当の手練れだった。一分の隙もなく打ち込んでくる流れるような攻撃からは、たった数手の打ち合いですらわかるほどに強さが伝わってくる。
だがそれを打ち返すことはおろか、捌くことすら叶わなかったことに愕然とする。


ショックで無言で立ちすくむ私を見て、ルガディンの男は「わかったか?」と声をかけてきた。


???

わかったか?
何を? 自分の弱さのことか?

ルガディンの男の問いかけに何も答えられずにいる私を見て、ルガディンの男はため息をつきながら、


何だ分からんのか。
職人としてもだが、そんなんじゃ剣士としても駄目駄目だな。
腕だけでなく、冒険者としての感覚も随分と錆びついているじゃないか?


と厳しい言葉を吐いた。

なんだ・・・何が原因だ?
冒険者稼業から離れてから随分と経つが、工房でかなりの重労働をしているので筋力が衰えたとは思えない。
相手の動きもきちんと見えていたし、それを躱す動作も準備できていた。
それでも受け流せなかった原因はどこにある?

私は手に握っていた豪奢な剣を見る。
剣術士である以上自分の弱さを剣の所為にはしたくない・・・・のではあるのが、やはり原因はこの剣にあるのではないかと思ってしまう。

不思議そうに剣を眺める自分を見ながら、ルガディンの男が話す。


その剣は見てくれこそいいが、相当の「なまくら刀」なんだ。
伝説の剣である「エクスカリバー」を模して作ったらしいが、装飾品としての利用価値しかない偽物中の偽物なんだよ。
こいつを「本物」と偽って商売していた奴がいたから押収したんだ。なんでも「赤い頭巾を被ったひんがしの国風の奴」にもらったとかなんとか言っていたな。


まぁ確かに本物と見紛うばかりの逸品だから装飾物としての価値はあるかもしれないのだが、ここリムサ・ロミンサで「偽物」は禁制品だからな。

しかし、まっとうな奴ならそいつを持っただけでわかるはずだぞ?
これだったらそこらへんで売られている安い剣の方がましだってな。

あんた、本当に冒険者だったのかい?