FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第二十五話 「蜥蜴の毒がもたらす悪夢」

~ 聖アダマ・ランダマ教会 ~

聖アダマ・ランダマ教会はウルダハに本拠を置く「ナルザル教団」が管理する教会である。
昔この辺りを活動拠点にしていた「アダマ・ランダマ」という商人の残した数知れない実績を讃えて作られた教会であり、古くから商売の神として崇められ御利益にあやかろうと商人達の来訪が絶えなかった。


逸話「聖アダマ・ランダマの籠」
商人アダマランダマは押しも押されぬ大金持ち。貧しい人々に銅貨一枚恵まないケチとして知られていた。しかし、彼をよく知る市場の人々は違った感想を抱いていた。アダマランダマは恵みこそしないものの、女の子が集めた貝殻だろうが、食い潰した前衛画家の作品だろうが、よい品には対価を惜しまなかったからだった。大籠を持って現れ、どんどん買ってくれる彼のおかげで、商人が集まり、特産品が育ち、市場はやがて近隣随一の規模にまで発展した。アダマランダマは、その生前のよさを称えられ、後にナルザルの聖人に列せられた。


しかしドライボーンが軍事拠点化し交易拠点としての機能が弱まるにつれて自然と商人達の来訪も少なくなり、教会は次第に商人向けの信仰施設ではなく「生者に説き死者を送る」という教会本来の活動が中心となり、死者を受け入れるため教会の周りに広い墓園が作られた。
信仰施設の役目を終えてからも、神として奉られている聖アダマ・ランダマの気前の精神は残されており、死人の受け入れ・埋葬を無償で行い続けている。


だがそのせいもあって第七霊災に巻き込まれた人の大量の死体や、その後に活発化し始めた蛮族に襲われた者、更には諸国から流入してくる難民の死体がここに運び込まれ、一時教会の前には埋葬を待つ死体の山が築かれた。

教会内にいるナルザル教団のものは少数しかおらず、信徒たちのボランティアもあって施設管理が行われていたが、毎日のように運び込まれてくる遺体の埋葬に追いつかず、防腐処理もままならないままで放置されていた死体が腐りだすことによって、酷い悪臭に包まれていた時期もあった。

さらにダラカブの落下で東ザナラーンが大地ごと大きく引き裂かれたことにより、死体を埋葬するための棺の材料となる「木材」をグリダニアから仕入れることもできなくなったため「ただ土を掘って埋める」簡易土葬にて埋葬せざろうえなかった。
様々な悪条件のせいで不衛生を極めた聖アダマ・ランダマ教会周辺は、悪臭だけでなく「伝染病」が大流行し、さらに多数の死者を誘発する結果を招いてしまう。

その後錬金術師ギルドが、防腐剤や消毒剤の他、伝染病への特効薬を作ったことで事態の悪化に歯止めがかかり、さらにハイブリッジ建設により本格的にグリダニアとの交易が再開され棺桶が作れるようになったため、ようやく聖アダマ・ランダマ教会の周りから露出する死体が消え去った。

しかしその時についてしまった悪い印象も今だに残っており、ドライボーンの周りには救いや死に場所を求めて難民や貧民が居つきだし、地元民との軋轢が生まれてきている。

また、聖アダマ・ランダマ教会においても変わらず人手不足が続いているため、朽ち果ててしまっている墓も野放しの状態が続いている。

 

閑話休題


私はドライボーンにある聖アダマ・ランダマ教会に着くと、赤い服を着た男のことを聞く。すると教会の者が「ここ数日毎日のように墓に訪れる男のことかしら・・・」と教えてくれる。
そして私はその者に墓の前まで案内して貰えないかと頼むと、快く応じてくれた。

私はその墓の前で待っていると、そう時を待たずにアルディスは現れた。


やっと来たな。
俺のいない間に、ウルダハもずいぶんと大変なことになっているらしいじゃねぇか。


と、アルディスはまるで他人事のように話す。
しかしその表情には、いつも見せているような軽々しさは無かった。
アルディスは名すら刻まれていない一つの墓の前に立ち、手に持っていた酒瓶のふたを開け墓石にかけた。
そして墓石の前に花束を置くと、静かに目をつむり手を合わせた。


ハハッ 久しぶりに来て見りゃ、随分と汚なくなったもんだ・・・・
あちらこちらの墓石は壊れちまってるし、その破片を墓石にしているところなんてのもある。
昔はもっときれいだったんだが、商人からの寄付も集まらなくなったって聞く・・・
やっぱり「無償」ってのは限界があるよなぁ・・・

 

まぁそんなことはいいか・・・
この土の下に眠ってるのは、7年前に死んだ先代の剣術士ギルドマスター・・・・・・ミラの父親だ。 頑固で偏屈で横暴で・・・・・・まったく、どうしようもねェクソジジイだったよ。
だが剣への情熱だけは世界一だった・・・。

そんなオヤジを敬っていたのはミラだけじゃねぇ。
俺にとっても・・・アイツにとっても尊敬できるオヤジだったはずだ・・・
無理難題ばかり押し付けてきて終始振り回されっぱなしだったけど、あのオヤジの元にいたからこそ、俺らはウルダハの頂点にまで上り詰めることが出来たことは間違いねぇ。

なのに・・・・!


ここまで感情をむき出しにするアルディスの姿を見るのは初めてだ。
アルディスが言う「アイツ」とはルルツの言っていた「ナルザルの双剣」の片割れのことだろう。剣術士ギルドの混乱に乗じて姿を消した男。
ここでアルディスがあの男のことを語り出したということは、今回の襲撃事件に関わりがあるからだろう。

私がそのことをアルディスに聞こうとしたとき、気配を感じて振り向いた。
そこには、まるで死人のような顔色をした一人の拳闘士の女がフラフラとした足取りで違寄ってきていた。

 

・・・・気を付けろ・・・あいつの目・・・普通じゃねぇ・・・


私は剣を抜き構える。
拳闘士の女?・・・・まさかこいつ、ブラックブッシュで手練れの剣術士を襲ったやつか?

女はブツブツ何かを呟きながらこちらに歩いて来る。
自分を見ている・・・というよりは構えた「剣」を見ているようだ。


ザナ・リエーガ・・・・・・。リーヴォルド様の・・・・・・影・・・・・・。
 アルディス・・・・・・お前を・・・・・・葬る・・・・・・。
 ・・・・・・お前・・・・・・危険な敵・・・・・・。


アルディス? 今この女・・・アルディスと言ったな・・・
だが、女は私の後ろにいるアルディス本人ではなく、私を・・・私の剣を凝視しているのはなぜだ?

 

リーヴォルト・・・やっぱり奴か・・・
すまねぇ! オヤジの墓標の手前もあって今日は剣を持ってきてねぇんだ。
アイツの始末はお前に任せた!


女は標的であるはずのアルディスに目もくれず、剣を帯刀している私めがけて一気に突っ込んでくる。

!!!

恐ろしく動きが早い!
3間ほどあったはずの間合いは瞬きの間に一瞬に詰められ、手に取り付けられたカギ爪を振ってくる。私はその攻撃を何とか躱すが、同時に足を払われてその場に倒れこんだ。
ヤバイッ!!
直感的に危険を感じた私はそのまま起きることなく横に転がった。
ザクッ 耳元で地面に突き刺す音がする。
間一髪でカギ爪の攻撃をよけ、急いで立ち上がる。

 

ゆらりと体勢を整え直した拳闘士の女は相変わらずブツブツと何かを呟きながら再び間合いを一気に詰めてくる。
私は剣を横に薙ぎ、拳闘士の女の突進を止めようとするが、

ザクッ

という肉を切る感触を剣に伝えながらも、女の突進は止まらなかった。

くそっ!!

女は瞬時に体勢を入れ替え、切られた腕とは反対側の手に付けたカギ爪を、私の顔めがけて一直線に突き出してきた。
私は顔を背けて攻撃を躱そうとするが、完全にはよけられずに「ザクッ」と顔をかすめた。

私は突進してきた女の体を受け止めて、そのままの反動を使って地面へと投げ落とした。
女の軽い体は自分の勢いも乗せられて、受け身もとらずに地面に叩きつけられゴロゴロと転がった。
しかし、女は何事もなかったかのようにゆらりとすぐに立ち上がる。

「まるで死人と戦っているかのようだった」

ブラックブッシュで剣術士から聞いた話を思い出す。

死を恐れず、ただ目的のためだけに前に向かってくる。
怪物ですら痛みに反応するというのに、傷つけても何事もなく向かってくる「人」を相手にするのがこんなにも怖いものだとは思わなかった。
普通ではない、何かに操られているかのように女は剣を持つ私に向かってくる。

ん・・・・これが毒の影響だとすれば?・・・・ならば・・・

私はとっさに袋からセヴェリアンの特製ポーションの取り出して、再び突っ込んでくる拳闘士の攻撃をぎりぎりで躱しながら女の口元めがけてビンのまま叩きつけた。

がしゃぁぁぁん!

力いっぱい叩きつけたビンは割れて、中に入っていた特製ポーションが幾らかが女の口の中に強制的に入っていく。
思わずそれを呑み込んでしまった女は立ち止まり、顔に着いた液体をぬぐった瞬間

が・・・・・ぎゃぁあっぁ!!!

と突然苦しみだした。

あぁっっ・・あぅ!・・・・が・・・ぐぁぁぁぁ!!

女は声にならない声を上げながら、地面に倒れこんで体を掻きむしりながら転げまわる。

毒によって操られているのならば、毒そのものを消してしまえばいい。
毒の種類によって解毒薬というものは変わってくるのだが、セヴェリアンの作った特製ポーションであればある程度なら効くかもしれない。

私はその推測に運命をかけてみたのだ。

よし・・・いまなら!
そう思った瞬間、私の視界がぐにゃりと歪んだ。

・・・・な・・・・に・・・

足がもつれて受け身も取れず顔から地面へと倒れこむ。

ま・・・・まさ・・・か・・・
毒・・・・あのカギ爪にも毒が塗られていたのか・・・・

意識だけでなく、体全体を乗っ取りにかかるかのように黒い感情が頭の中を染めていく。


アルディスを殺せ・・・・・・剣術士を殺せ・・・・・
誰一人残すことなく・・・・すべては・・・・リーヴォルト様の復讐のために・・・

 

抗うこともできずに、私の意識は真っ黒な闇の中へと堕ちて行った。

 

 

せ・・・・


殺せ・・・・・


アルディスを殺せ・・・


壊せ・・・・


壊せ・・・・


「    」を壊せ・・・・


折れ・・・・


折れ・・・・


憎き剣を折れ!!


黒一色に染められた救いのない世界の中は、淡々と繰り返される呪言だけに埋め尽くされている。耳を塞ごうが叫び声をあげようが、脳に直接響いてくる言葉からは逃げられない。

殺せ・・・殺せ・・・・殺せ・・・・
憎い・・・憎い・・・・憎い・・・・

周りを見渡しても何も見えず、逃げ出そうとしてもそもそも足が地についていない。
黒い液体の中に閉じ込められたかのように、憎しみの言葉で満たされた黒い海の中を何もできずに漂っていた。

その中には一切の救いも、一切の望みもない。

殺せ・・・殺せ・・・・殺せ・・・・
憎い・・・憎い・・・・憎い・・・・

どのくらいの時が経ったのだろうか・・・
これは夢の中なのか、それとも現実なのか・・・なぜ自分はこんなところにいるのか・・・・

生きることすら考えることが出来なくなるほど、呪いの言葉によって擦り切れてしまった思考は、いっそ自分もその黒い海の一部になろうとするかのように、次第に呪いの言葉に呑み込まれていった。
一度受け入れてしまうと、耳障りでしかなかったはずの呪いの言葉は、赤子に聞かせる子守唄のようにすっと脳に入っていく。

殺せ・・・殺せ・・・・殺せ・・・・
憎い・・・憎い・・・・憎い・・・・

全てをあきらめた私は、まるで悪魔の子宮の中に宿った赤子のようにうずくまり、わずかに残っていた自我すら閉じていった・・・・

 

 

 

 

突然、自分の周りを覆っていた闇に光が差し込んだ。
強烈な輝きを放つ光は永遠とも思えるほどに続いていた呪言の海を打消し、塗料を乱暴にぶちまけたように、黒から白へと世界を塗り替えていく。
白よりもさらに白く輝きを増していく光の渦に、私は目を開けることもできない。

そして大きな力によって動かされるように体が流れていく。
その流れは次第に速まり、どんどんと加速してく。
縛っていた「何か」から私を引き離すように、加速は止まらない。
光の中心へと吸い込まれていく私の意識は、いつの間にか自我を取り戻していた。

 

(がばっ!!)

うぁわぁぁぁぁぁっ!!!!!

がはっ!・・・はぁっ!・・・・はぁ!・・・はぁ・・・・

悪夢から覚めたかのように、私は大きく叫び声をあげた。
ぼんやりと霞む視界には、はっきりと認識できる物質てきなものが映っている。
それがただの「壁」であることを認識するまで、少しの時間がかかった。

戻って・・・・これた・・・のか?

私は自分の体を確認する。
体中が汗でびっしょりと濡れているが、手も足も体すべてを「認識」することが出来た。
しかしここがまだ夢の中なのか、それとも「現実」として続いてることなのかを判別することは出来なかった。

深呼吸をして、精神を落ち着かせる。
そして次第に脳が冷静さを取り戻し、今の世界が「現実」であることを受け入れた。


未だにズキズキと痛む頭を押さえながら、私はあたりを見回した。

・・・・・ここは・・・・どこだ・・・?

私が寝ていたところは、全く見覚えのない部屋だった。
部屋の中にはベッドが一つだけで他には何もない。
窓もなく、入り口のドアは鉄で作られた頑丈なものだ・・・。
例えるならば「独房」のような作りをしている。

それにこの匂いは?

スンスンと鼻を鳴らしながら息を吸うと、薬のような匂いが部屋中に充満していた。
その匂いはどうやら部屋自体に染みついているような感じだ。
ふと壁を見てみると、無数の傷のような跡がある。
ベッドから出ようと体を動かそうとするが、いまいち言うことを聞かない。
無理やり動いたせいで私の体はベッドから転げ、無様な格好で床に落ちた。

その時、鉄の扉の一部がスライドして、その隙間から一人の男がこちらを覗き込んだ。
その男は無言のままこちらをじーっと凝視していたが、スっと覗き窓が閉まり「ガチャンッ!!」とカギが開けられる音が鳴ったかと思うと「ギギギギッ」という耳障りな音を立ててドアがゆっくりと開く。
そして開いたドアの先には、セヴェリアンの姿があった。


くくっ・・・・なんて無様な格好をしているんだお前は。


まるで尺取虫のようにくの字に折れ曲がりながら床に這いつくばっている私の姿を見て、セヴェリアンは笑いをこらえきれない様子だった。
「おい、起こしてやれ」とセヴェリアンが言うと、後ろで待機していた白衣の者達が私を抱えベッドの上に乗せた直した。


それで、意識はどうだ?


とセヴェリアンは聞いてくるが「あぁ・・・うん」と曖昧な答えしか返せなかった。
私は未だに自分の状況を呑み込めていない。

私はなぜここにいる?
それ以前に私は何をしていた?

未だにぼんやりとする意識の中必死に記憶の断片を探したが、頭の中の一部がすっぽりと抜けおちてしまったかのように何も思い出すことができなかった。
セヴェリアンは私の困惑した表情を見ながら、何か考えているようだった。


ふむ・・・・思い出せないのか。
お前は自分がなぜここにいるのか、それ以前に自分が何をしていたのかどうなったのか。
そのすべてがわからないようだな。
よろしい。ではまず私の質問に答えろ。


「お前は誰だ?」


???


セヴェリアンは突然奇妙な質問を始めた。
私は困惑したが、自分の名を名乗った。


よし次「私は誰だ?」


セヴェリアンは続けて私に質問をする。
私は「セヴェリアンだろ?」と答えると、セヴェリアンの顔に変化があった。
「限定的なものか・・・」と呟いた後、その後自分のことについてや、錬金術師ギルドでのやりとり、自分が何のために動いていたかを事細かく質問してきた。
そのすべてに答えることはできた・・・・が、


そうか・・・なら最後の質問だ。
お前はドライボーンで赤い服の男に会ったか?


・・・・えっ?・・・・・・ドライボーン?


私は最後に投げかけられた質問への答えを詰まらせた。

ドライボーンに行った記憶がない。
いや・・・正確なことを言えばあるにはあるが、それは剣術士ギルドのエースを助けに行った時でそこで赤い服の男・・・・アルディスには会ってはいない。

・・・・・アルディス?・・・・そうだ、私はワイモンドから一通の手紙をもらい、そこに書かれていた「聖アダマ・ランダマ教会」に行こうとしていた。
そこにアルディスが待っていると確信して・・・・それから・・・私はどうしたんだろうか・・・?


・・・・・


セヴェリアンは最後の質問に答えられず、考え込む私の姿を見て「もういいぞ」と一言いい、私がここに運び込まれた経緯を説明し始めた。


セヴェリアンの話によると、ここはフロンデール薬学院の施設で昔「薬物中毒」患者を治療のために収容・隔離していた病棟だということだ。
先日病院に赤い服を着た剣術士の男が、縄でぐるぐるに縛り上げた自分を抱えて現れた。その男の話によると「今は気絶しているが、目を覚ますと暴れる危険性がある」と伝え「襲撃者の毒に侵されている」と続けて話したため、この隔離病棟に運びこまれたということだった。そして私は目を覚ますと、何かブツブツと言いながら部屋の中で暴れまわっていたということだった。


体の自由が効かないのは毒のせいではない。
いや・・・間接的には毒のせいだが、お前は無意識のうちに体の力全てを解放していたんだ。
周りの壁についている傷跡はすべてお前がつけたものだ。
人の体というのは肉体の恒常的維持のために7割程度しか力を発揮できないようになっている。
我が錬金術師ギルドで取り扱っている「興奮剤」はその縛りを少しだけ緩和する薬で、それを服用すると一定時間力の制限が外れるのだが、薬が切れると肉体維持の縛りを超えて動いた体は悲鳴を上げ、全身が激痛で襲われるのだ。
痛み自体は回復薬で治っているが、お前の脳と体が同調してはおらんのだろう。
まぁじきに直るだろうから、無理に動こうとはしないことだな。

私はその言葉に従うように、ゆっくりと体をベッドに横たわらせた。

 

お前が侵された毒にはその薬と同じように、身体機能を書き換える効能があるようだな。
ただ、一度外れれば二度と戻すことが出来ないほど強力なものだったようだがな。

素手で石の壁に傷をつけるお前の姿はまるで化け物の様だったぞ!
回復薬を飲ませたから体自体の傷は治ってはいるが、体中から血を吹き出して歩いているさまは悪鬼そのものだったな!


と、セヴェリアンは喜々とした表情で嬉しそうに語る。


お前を運んできた男が「この男が持っていたポーションに似た液体を飲ませれば解毒するかもしれない」と言ったのでな、俺はピーンと来たんだよ。お前に持たせていたポーションの原料の中に、解毒効果のあるものが含まれているってな。

まずは実験と思って悪鬼と化したお前に試してみようかと思ったのだが、部屋に踏みいってお前を取り押さえるのは流石に面倒だったから、ポーションを霧状にして部屋の中に拡散してやったんだ。
そしたらお前が苦しみだしたかと思うと、ばたっと倒れこんで今に至るというわけだ。

・・・・その後色々と体を調べさせてもらったがな・・・・

とセヴェリアンは最後に不穏なことを小さく呟いた。


記憶障害が残っていることはわかった。
この毒に侵されると、その前後の記憶を失うようだな。
ということは、侵されている間中は「自分ではなくなる」ということだ。
このあたり、何か思い出せることは無いか?


セヴェリアンの問いに、ふと私は思い当ることがあった。
意識を失っている間中、ずっと悪夢を見ていたような気がする。
繰り返し続く呪言のような言葉の海に閉じ込められ、感情を黒く染められていた。
自分の意思を強引に上書きしていく呪いの波に、抗うこともできずに呑まれていった。


毒というのは単純に身体機能を侵すものであって、例え毒によって脳を侵されて精神異常を引き起こしたとしても、精神を特定の方向に誘導することが出来るものではない。
この辺りに引っかかっていたのだが・・・・どうやら呪詛の類を吹き込んだ触媒も仕込んであったということか。
こういった技術を持っているのは・・・・骸旅団ぐらいか?


・・・・骸旅団?


ふむ。骸旅団はアラミゴの最後の王にして、最悪の暴君だったテオドリックの親衛隊の名だ。
ガレマール帝国に攻め入られて国を失い、南ザナラーンに落ち延びてきた一部の残党が盗賊化している。
アイツらはどこで学んだのかは知らんが「毒学」に精通していて、様々な植物や動物の一部から色々な効果を持つ「毒」を精製する技術を持っている。
悔しいがその技術はフロンデール薬学院を超えるのだ。
高度な毒薬技術に加えて、精神誘導をもたらす呪詛との掛け合わせまで出来るとは・・・・


セヴェリアンは、自分ですら成しえない技術を持っている「骸旅団」と呼ばれる盗賊に対抗意識を燃やしているようだった。


とにかく、今は安静にしておけ。
動けるようになったら、もっと詳しく「毒」と「呪い」のことを聞くからな。

覚悟しておくように。

そう言い放って、セヴェリアンは部屋を出ていった。