第二十七話 「凋落のウルダハ王室」
冒険者殿っ!
その手紙について、折り入ってご相談があるであります!!
フフルパは急にまじめな顔になり椅子の上に座ったかと思うと「がばっ」と勢いよく頭を下げた。
実はその便箋・・・前ローズ隊隊長のバルドウィンの机から出てきたものであります。
差出人は書かれておらず、宛先は銀冑団のオワイン殿になっているであります。
「銀冑団」といえばウルダハ王家に仕える近衛隊。きっと内容は重要な用件に違いないのであります!
ですが、連隊長とはいえ私も銅刃団の一人・・・・自分単独でこの手紙を銀冑団に持っていくのも不自然であると思い悩んでいたのでありますっ!
この話は内密にお願いしたいのですが・・・・実はナナモ女王陛下の王冠が何者かによって盗まれているのであります・・・・。
その時王冠の護衛を行っていたのがオワイン殿だったらしいのであります。
王室は今も血眼になって王冠の行方を捜しているのですが、ここ最近のごたごたのせいもあって未だ発見には至っていないとのことであります。
盗賊団に騙されて貴重な石の密輸にバルドウィンが持っていた手紙・・・しかも宛先は近衛隊のオワイン殿・・・・・・。
もしかしたら、例の王冠の件かもしれないのであります!
便箋の中身を検めたかったのですが、厳重な封がしてあるためそれもできません。
そこで冒険者殿! どうかこの手紙をオワイン殿に渡してほしいであります!
それに冒険者殿ならオワイン殿が「白」か「黒」か見極められると思うであります!
もし「黒」であった場合、銅刃団としてオワイン殿を国家反逆を企てたものとしてひっとらえるでありますっ!!
フフルパからの突然の依頼に私も面食らった。
話としてはもっともらしいが、この便箋の中が王冠の紛失と関わっているかどうかなんてことはわからない。
もしかしたらバルドウィンと銀冑団のオワインという男はただの知り合いだという可能性もある。
そもそも私自身、オワインはおろか銀冑団と何の接点もない。その私が突然差出人不明の便箋を渡そうとしても、怪しまれて受け取ってはもらえまい。
私はフフルパに私でも無理だと思うと話すと「そ・・・そうでありますよね・・・」とガクッと落ち込んだ。
オワインさんに手紙を渡すだけでいいのかしら?
と頼んだ酒を持ってきたモモディ女史が話に混ざってきた。
ありがたい申し出ではありますが、モ・・モモディさんにそんなこと頼めないでありますっ! オワイン殿が危険な存在かもしれないのでありますっ!
と一生懸命に断るフフルパ。
ふふっ、心配しないで。冒険者ギルドは元々も銀冑団とは協力関係にあるの。
それにオワインさんはここの常連だしね。あれが盗難にあってからというもの、ここにしょっちゅう来ては頭を抱えているわ。
それもそうよね・・・。
このウルダハは対外的には王政をとって、ナナモ女王陛下を元首と仰いでいるわ。
でも実際は「砂蠍衆」と呼ばれる6人の有力者による合議制によって動いている・・・・・・。
彼らは圧倒的な富で、政治の実権を握っているの。
ラウバーン局長率いる不滅隊が王政側についているから、今のところは形だけでも王室は成り立っているのだけれど砂蠍衆はあの手この手を使って王政を取り潰そうとしていると噂されているわ。
その最中に王宮から王家の象徴である王冠が盗まれてしまった。傀儡の女王だと言われてただでさえ肩身の狭い王家が、この事件のためにさらに面目を失ったって聞いたわ。
王冠が盗難されたとき、警護の任に当たっていたのがオワインさん。
でも、あの人が王冠の盗難に関わっているというのはちょっと考えられないわね。
オワインさんはナナモ女王様への忠義が固い真っ直ぐな人よ。自分が銀冑団にいることを誇りに思っているし、元銀冑団近衛士のパパシャン氏とも親交が深いわ。
そんな人が王冠を盗むなんてこと絶対にしない・・・・それを皆わかっているから謹慎処分となっていないのだと思う。
ただ真っ直ぐ過ぎて抜けているところがあるから、そこに付け込まれたのかもしれないわね。
そういいながら、モモディ女史はフフルパをちらっと見た。
フフルパはその視線の意味がわからないのか、嬉しそうに「へへっ」と笑い返していた。
なるほど・・・・オワインという人物はフフルパと似ているのか。
真っ直ぐが故に、何をしでかすかわからない・・・と。
だからこそこの手紙、オワインさんには必要なのだと思う。
それにこの封・・・・
そう言いながらモモディ女史は便箋を裏返して封を見る。
この辺りでは使われていない「蝋」で封がされているわ。
この蝋・・・・どこかで見たような気がするのだけれど・・・・どこのだったかしら・・・?
モモディ女史は思い当たる節はあるようだが、思い出せないようだった。
とにかくこの便箋はオワインさんに渡しておくわ。
動きがあったら連絡するから任せて頂戴。
あ・・・ありがとうございますでありますっ!!
モモディさんには感謝の言葉も浮かばないでありますっ!!
と言いながら、フフルパはモモディ女史の手を握りぶんぶんと振っていた。
あ、あらあらっ
モモディ女史は少し困った様子ではあったものの、フフルパの真っ直ぐな姿勢にあてられたのか、まんざらでもない様子だった。
その後私とフフルパは別れ、それぞれに宿に入る。
それにしてもここで寝るのも随分と久しぶりな気がする。
未だにどこでも寝ることはできるが、やはりここが一番落ち着く。
明日は剣術士ギルドに顔を出さなきゃなぁ・・・
和解できていないミラに会うのは緊張する・・・
独断で動いた揚句に襲撃者の毒を食らって記憶を失うという失態を犯してしまった。
今回の件でもしかしたら剣術士ギルドを破門・・・ってことになるかもしれない。
そうなった場合でも、今回の事件の顛末をきちんと見届けなければなぁ・・・
そんなことを思いながら、私の意識は夢の中に沈んでいった。
翌日、私は大きく深呼吸をし覚悟を決めて剣術士ギルドへと入っていった。
・・・
すると受付のルルツは入ってきたのが私とわかると、あからさまなほど冷ややかな目で見てきた。
・・・
私は冷や汗をかきながら、ぎこちなく挨拶をすると「はぁ・・・・」とルルツは大きなため息をつきながら、
今までどこをほっつき歩いていたの?
あんたが退院するって話だったから、こっちではみんなで迎え入れる準備をしていたってのに。
ミラも遠くから見てわかるほど落ち着かない様子だったし、和解するいい機会をわざわざお膳立てしてあげてたのよ。
あれでもミラは、あんたにあたってしまった自分の言動に反省していたんだから。
私はしまったと思いながら、慌てて退院してからのいきさつを説明した。
それなら仕方がないか・・・・でもホントあんた、間が悪いよねぇ・・・
深くため息をつくルルツの視線を追って剣術士ギルドの中を見てみると、新米の数名がいるだけで閑散としていた。
私は人の少なさに不思議に思いルルツに聞いてみると、
犯罪者の一団がシルバーバザーを襲撃するという情報が入ってね。
襲撃者の件もあって不滅隊や銅刃団では対処ができないから各ギルドの有志で対応することになったのよ。
それで今ミラをはじめとする古参の剣術士達が応戦に出て行ってる。
話を聞いてざわつきだす私を見て、ルルツは冷静に制止する。
病み上がりのあんたが行ったところで足手まといにしかならないよ。
それにあんたの防具、いま修理に出しているからここには無いし。
行って迷惑をかけるなら、行かずにここで留守を守りなさいよ。
ルルツの言うとおり、長い間病院で寝ていたせいもあって体は本調子ではない。
万全ではないものが戦闘に乱入して、勝てるはずの勝負をかき乱すのは本意ではない。
私は深呼吸をして落ち着きを取り戻し、近くにある椅子へと座った。
しかし、ウルダハもなんだか物騒になったなぁ・・・。
昔からアマルジャの連中の脅威はあったけど、霊災以降外部から難民が流入するようになってから、盗賊達が幅を利かすようになったし。
強盗だけならまだしも、最近だと人身売買のためにさらわれることもあるって話だしね・・・。最近巷をにぎわしている襲撃者は剣術士しか襲わないって話だけど、確証はないから怖くておいそれとウルダハの外に出れやしない。
銅刃団は盗賊と変わらないようなならず者の集まりだし、鉄灯団は自分たちのことで精いっぱい。王室を守る銀冑団は見かけ倒れの張りぼてだし、頼みの不滅隊も人手不足。
やっぱりギルド連中がもっと団結しなくちゃだめなんだろうなぁ。
留守を任されているとはいえ、暇を持て余しているのか遠い目をしながら語るルルツ。
剣術士を狙った襲撃事件が続いたおかげで、入門希望者もめっきりと減っているらしい。
そういえばさっき銀冑団のことを「張りぼて」と言っていたな・・・
私は気になってそのことをルルツに聞いてみた。
銀冑団のことが聞きたいだって? 物好き・・・まぁ暇だしいいか。
銀冑団ってのは代々ウルダハの王室を守ってきた近衛兵だよ。
王家に臣従の誓いを立てた騎士のうち、特に忠誠心厚く、剣の腕に優れると認められた者のみが近衛兵団「銀冑団」に所属することができた・・・・のは昔の話で、王家自体が共和派の連中に権威を奪われている今、銀冑団に魅力を感じる奴なんてほんの一握りしかいない。
今いる奴らだって王室ってよりは「ナナモ女王」のためっていうやつらばかりだからね。
今の王室もそれを守る銀冑団もナナモ様の人気だけで成り立っているんだ。
近衛隊長のジェンリンスや元近衛騎士のパパシャン氏とかの腕前は一流だけど、それ以外の連中なんて銅刃団よりも腕に劣るような奴らだからね。ちょっと前のここみたいに実戦経験のない奴らの寄せ集めばかりなもんだから、傭兵を雇わなければ何もできないのさ。
そのくせ王室直属だってだけで「お高くとまっている」し、ホント鼻つく連中だよ。
随分ときついことを言うルルツ。
ひょっとしたら昔何かあったのかもしれないが、聞いたら蹴られそうだからやめておこう。
ルルツと会話をした後、私はリハビリもかねてギルドに残った連中と修練に励んだ。
ギルドの方針・・・いや、ミラの指導の仕方が変わったからなのか、より実践的な動きをするようになっていた。
私は自分の体を慣らしながら、体の動かし方を簡単に指導すると新人たちは熱心に話を聞いていた。彼らからは「強くなりたい」という熱意が伝わってくる。
そしてしばらくすると、シルバーバザーへと行っていたミラ達が戻ってきた。
見る限り怪我をしたものもなく、どうやら完勝に近い戦いができたようだ。
私は思い切ってミラにねぎらいの言葉をかけたが「あぁ・・・おまえか・・・」と意気消沈しているようだった。
私はミラの状態に戸惑い、他の剣術士の者に何があったか聞いてみると、
昔、剣術士ギルドの一角を担っていた男が「敵」として現れたとのことだった。
・・・・リーヴォルド。
そいつは昔「ナルザルの双剣」としてアルディスと共に剣術士ギルドの栄勢を担った奴だったんだ。
父に剣の才能を見出されて、アルディスと共にコロシアムの頂点にまで上り詰めた男だ。
無口で何を考えているかわからないんで皆気を使っていたんだが、根はやさしい男だった・・・て、私が言うことでもないが・・。
ミラは自嘲気味に話を続ける。
だが、たった一度・・・公式な仕合でアルディスがリーヴォルドを打ち負かした時、リーヴォルドは感情を爆発させていた。誰も見たことのない激情を叫び声と共にあたりにぶちまけていたよ。あまりの豹変ぶりに誰も近寄れなかった。
結局その仕合はアルディスに八百長の嫌疑をかけられたことにより無効。リーヴォルドは剣術士ギルドに顔を出すことなくどこかへ消えた。そしてそのどさくさに紛れて父は何者かの手によって葬られたのだ・・・・
父の死について表向きは八百長仕合の責任をとって自害したことになっているが、どんなことになろうとも父が自らの命を絶つほど弱い人ではない。
例え万人から軽蔑されても、微塵も気にしないほど精神が図太かったからな・・・。
私はその父が羨ましかった。その何物にも揺るがない強さが欲しいと思ったし、父の子である私にもそれができると本気で思っていたんだよ。
これでも私は内気で人見知りな子だったんだぞ?・・・とミラは今できる精いっぱいの笑顔でおどけて見せる。
ギルドの皆・・・まぁアルディスを除いてだが、父を怖がっていたからか私に対して優しかった・・・表面上はな。その時の私はそれが分からなくて調子に乗っていたんだよ。
でも本当は、実力のない私が父を真似ても人の心は離れていくばかりだった。
それを痛いほど思い知ったのは父が亡くなった後、ギルドを続けていくかどうかの時だった。
みなギルドを終わらせようと言った。父だけでなく、アルディスもリーヴォルドもいない。
そればかりか、八百長を行ったという嫌疑までかけられ、地位も名誉も地に落ちた剣術士ギルドを存続するのは無理だとね。
でも私は嫌だった。代々続いてきた剣術士ギルドを、不名誉の烙印を押されたまま父の代で終わらせるのだけは何としても避けたかった。
それに、冤罪によって一方的に潰されること自体がとても腹立たしかったんだ。
共に無実の罪をはらし、再び結束して剣術士ギルドを盛り立てようと私は懇願した。
ちやほやされていた私は、皆同意してくれると思った・・・・でも現実は違ったよ。
私は皆をまとめることができるほど信頼されてはいなかったんだ。遠慮なしにぶつけられる言葉から、むしろ軽蔑されていたことを知ってショックだったよ。
そして結局、残ってくれたのは数名の若い剣術士達と、ルルツだけだった。
私はあの時ほど絶望感に苛まれたことはなかった。
ただでさえ父を失い、そして剣術士ギルドの者達からの否定は、父の威を借り、何一つ世間を知らず、人の闇、そして自分の過ちを知ることなく、形だけの優しさに包まれて育ってきた私には、自分の人生すべてを否定されたほどの衝撃だったよ。
でも・・・そんな時にルルツは、私がギルドマスターとして再出発する剣術士ギルドがどういう道を辿ろうとも、最後まで付き合うよって言ってくれた。残ってくれた少数の剣術士達も、一からはじめようと励ましてくれた。
例え規模が小さくなろうと、終わらせなければチャンスは必ずやってくるってね。
私はその時、剣術士ギルドの歴史のためでなく、亡き父の為でもなく、私を信じて残ってくれた人たちのために剣術士ギルドをやり直そうと誓ったんだ。
結局、アルディスの八百長疑惑は冤罪だったことがわかって、それをきっかけとして八百長仕合をしていた連中が芋づる式に検挙され、剣術士ギルドは許されたんだ。
それからはただひたすらに頑張ったよ。自分の人生すべてが剣術士ギルドのためだけにあるかのようにね。時には間違いながらも、それでも前に向かって進みながら、帰る場所を残しておけば、いつか必ずあいつ等も戻ってきてくれるんじゃないかって思ってね。
正直、アルディスがここに顔を出してくれた時は戸惑いもあったけれど嬉しかったんだ。
・・・でも、再会の嬉しさよりも先に、溜まりに溜まっていた不満が口から出てしまった。
おまえも知っている通り、私は考えるよりも先に感情で走ってしまうからな・・・。
お前がアルディスと組んで今起こっている襲撃事件を解決しようとしていることはわかっていた。だが例え自分の為だとしても、知らないところで勝手されるのは嫌いなんだ。
だからあえてお前たちを突き放した。知らなければ、思わなくて済むからな。
・・・それに、突き放してなお居続けてくれるお前さえいれば、あいつもいつか戻ってくると思ってな。
・・・まぁ、それもまたまずかったと今は反省しているが・・・。
そして・・・失踪したはずのリーヴォルドもウルダハに帰ってきていた・・・。
・・・・・だがあいつは・・・・・・・剣聖とまで呼ばれたあいつが、今はチンケな小悪党に成り下がっていたよ。
あいつの心の中には復讐しかなかった。
あの日、アルディスに負けたこと・・・全力で戦った仕合が「八百長」とされたこと。
それを指示していたのが私の父だと勘違いしてな。
あいつはあの日に、自分のすべてを失ったと言っていた。
そして今、自分の人生を台無しにしたすべてを壊すために戻ってきた・・・とも・・・・。
ミラはがっくりと肩を落としながら訥々と話を続けた。
今起こっている剣術士襲撃事件はすべてあいつらが仕組んだことだ。
アルディスへの、剣術士ギルドへの、そしてウルダハへの復讐を胸にな・・・
私も・・・私もアルディスも・・・
あいつを止めて・・・・すべてをお・・・わらせ・・・・。
ミラはよろよろとよろめきながら壁に背をあて、そのままズルズルと滑りながら床へと座りこんだ。
私たちは慌ててミラの体を支える。
ずっと胸にため込んでいた激情を吐露したからだろうか。
張り詰めていた気が切れ、疲れが一気に出たようでその場で寝てしまったようだった。
ミラの介抱をルルツに任せ、私は剣術士ギルドを出る。
アルディス・・・・お前は今どこにいる・・・・
お前が失ったと思っていた場所は、今もまだここにある。
お前が守るべきものが、ここにあるのだ・・・
あれから数日、私は必ず剣術士ギルドに顔を出すようにしていた。
長年心の奥底に溜めこんでいた感情を吐き出したせいか、体調を悪くしたミラは自宅で療養している。
私はミラの留守を預かるように、一剣術士としてギルドの者と修練に励んでいた。
前も感じたが、エースだけでなく剣術士ギルドの者の腕前が全体的に一段も二段も上がってきている。
初めは戸惑いも多かったが、実戦経験を重ねることによってどんどんとレベルアップしているようだ。
襲われている者には申し訳ない話しだが、襲撃者や盗賊団の活発化によって救援要請が溢れている現状が、剣術士ギルド全体に大きな好影響を与えている。
挫折と再起を繰り返して、ミラを頭目とする剣術士ギルドは確実に成長していくだろう。
その流れを止めないためにも、微力ながら役立ちたい・・・・私は自然とそう思えるようになっていた。
そんなある日、モモディ女史からの呼び出しがあって私はクイックサンドへと出向いた。
突然呼び出してごめんなさいね。
実は銀冑団のオワインさんがあなたにお願いがあるらしいの。
剣術士ギルドの件もあるから無理にとは言えないのだけれど、話だけでも聞きに行ってもらえないかしら・・・。
色々と世話をしてもらっているモモディ女史の話であるなら断る理由はない。
そもそもモモディ女史を巻き込んだのはこちらだ。
私は快諾して、その足で銀冑団の総長室へと向かった。
銀冑団の総長室はウルダハの中心部、政庁層の最上部にある王宮の近くにある。
政庁層の歩廊には一面赤い絨毯が敷き詰められており、身分の高そうな人達が上品に談笑している姿がちらほらと見える。
ウルダハの外苑を成す街並みと商人中心の喧騒とは結びつかないほど豪奢で贅を尽くした内装の中にいると、どこか居心地の悪さを感じて仕方がない。
私はそのまま錬金術師ギルドのあるフロンデール歩廊の方に向かいあたりを見渡すと、相変わらず錬金術師ギルドやフロンデール薬学院の者達で溢れている。
連日連夜の研究で疲れ果てた体を癒すように、水場に足を付けたまま居眠りをしているもの、個人的な研究の話に花を咲かせるもの、真面目に研究の方向性について議論するものなど、思い思いに休憩をしているようだ。
私は無茶苦茶な命令をするセヴェリアンの姿を想像しながら、疲れ果てた錬金術師ギルドの者を眺めていると、その奥にひっそりとある銀冑団の総長室の入口らしきものを見つけた。
正直なところ、錬金術師ギルドがあるこの辺りにはここ最近通い詰めていたが、ここに銀冑団の総長室があることにまったく気が付かなかったことに我ながら驚いてしまった。
入り口を守るように銀の甲冑に身を包んだ者が微動だにせず立っている。
私が入り口の前まで来ると、警備の者達がこちらをきつく睨んできた。
まるで不審者を見るような目で・・・・いや、約束も無く突然現れた冒険者の私は、誰がどう見ても不審者に違いないと言えばそれまでだが。
私は警備の者に「モモディ女史からの依頼でオワイン氏に会いに来た」と伝え、書状を渡すと、一人の者がその書状をもって入り口の中に入っていった。
そして時を待たずして入り口は開き、警備の者は「通れ」と、顔をこちらに向けることなく高圧的な感じで私に言い放った。
その対応に胸がむかむかするような思いを感じながらも、私は入り口の中に入る。
すると中には、総長の机と思わしき机の周りにいる5名ほどの団員とともに、銀髪の若い青年がこちらを見ていた。
貴殿がモモディさんの言っていた冒険者殿か?
と青年は私を改めて確認する。
本来なら私自らが訪ねねばならぬところ、ここまで出向いて頂いたことを感謝する。
ことが事だけに話が外に漏れてしまうのはまずいのでね。
先ほどの警護の者とは違い、オワインと呼ばれる青年の物腰は他の者と比べると少し柔軟なようだった。
・・・・ただ、何をしゃべるでもなく周りに立っている団員達の私を見る圧力がすごいのが少々気になるのだが・・・まるでこちらを取り囲むように、何かあれば一斉に襲いかかってきそうな気配すら感じてしまう。
普通こういう場面では相手に悟られないように殺気を消すのだが、どうやらここの者達にはそれができ無いようだ。
モモディさんから君についての話は聞いたよ。モモディ氏だけでなくパパシャン氏からも一目を置かれているとね・・・・
冒険者殿なら絶対信頼できると聞いて、ここまでご足労願ったのだ。
オワインは表情を崩さないまま話を続ける。
我々銀冑団はウルダハ王室を守る由緒ある近衛兵・・・だが故に、商人が国政運営の実権を握っている今となっては、我々の存在はいつしかお飾りとなってしまった。
活動の場は商人達が組織する銅刃団に奪われ、まとまった争い事はラウバーン局長率いる不滅隊がすべてを取り仕切る。
我々はいつか来るかもしれない王室への急襲に備えて鍛錬を重ねるばかりで、恥ずかしながら実戦経験に劣るのだ。昔は各団の精鋭がこぞって銀冑団入りを志願したものだったらしいが・・・そのような屈強な者たちが今の銀冑団に入りたいとは思わないようだ。
銀冑団のことを周りの者は「張りぼて」と揶揄されていることも知っている。
・・・そのせいもあってか、年々志願する者が減っていてね・・・。
今となっては王室を警備するために、傭兵を雇わなければならない状況でもあるのだ。
オワインは悔しそうな表情をしながら話を続けようとするが、周りの銀冑団の者に睨まれると「コホン」と咳ばらいをしたうえで話を切り替えた。
すまぬ・・・話しが逸れてしまったな。
冒険者殿、貴殿をここまでお呼びしたのには一つお願いがあったのだ。
王室にとって重大なことを、部外者である貴殿に頼むのは恥と承知はしておるのだが、
既にどこからか情報が洩れ街でも噂になってきている今、一刻の猶予もないのだ。
貴殿も知っているかと思うが、最近王宮から王家の王冠が盗まれてしまったのだ。