第三十七話(外伝) 「ララフェルの少女」
聞いて・・・・・・感じて・・・・・・考えて・・・・・・
頭の中に響き渡る声・・・
またこの夢だ・・・
私は大きなクリスタルの周りを、何をすることもできずに只々浮遊し続けている。
聞いて・・・・・・感じて・・・・・・考えて・・・・・・
うるさい・・・
耳を塞いでも、聞こえてくる声に辟易する。
聞いて・・・・・・感じて・・・・・・考えて・・・・・・
うるさいっ うるさいっ
私と同じように浮遊する冒険者たちは、大いなる意思に導かれるように光の中に消えていく。
聞いて・・・・・・感じて・・・・・・考えて・・・・・・
うるさいっ! うるさいっ! ! うるさいっ!!!
その中で、私だけが時が止まっているかのように動かない。
これは何の罰だ?
これは何の呪いだ?
これは何の・・・・
私は顔をくしゃくしゃにしながら精いっぱい叫ぶ。
しかし、声さえも出すことが出来ない。
喉から空気が漏れるだけ・・・・
現実で絶望を突きつけられ、夢の中でなお一人取り残される。
聞きたくもない「雑音」を繰り返し聞かされながら、
私は出ることの出来ない「牢獄」で、今日も一人叫び続ける。
おいっ!!!
「ズンッ」という衝撃で体が歪み飛ぶ。
外部から与えられた強い痛みによって、ブツッという音ともに現実へと引き戻される。
かはっ! ぐあぁ・・・・ げほっ! げほっ!!
腹部に強い痛み・・・どうやら私は、腹を思いっきり蹴られたらしい。
嗚咽を誘発するような気持ち悪さで喉がえずく。
必死に痛みをこらえながら、私を蹴った男を見る。
こんなところで寝てやがるとは、しつけが足りなかったか!?
ルガディンの男はぐりぐりと私の顔を足蹴にする。
体格の大きいルガディンに踏まれ、顔の骨がみしみしと歪むのがわかる。
あぁ・・ぐぅっ・・・・あぁっ!
そこまでになさい・・・・やり過ぎですよ。
聞きなれない声・・・
ぼやける視界の中で、私を踏みにじるルガディンの男の他に、ララフェルの男が立っているのが見えた。
・・・・なんだあんたか。
ルガディンはその男の姿を確認すると「チッ」と舌打ちしながら踏みつけていた足を私からどける。
そして、ララフェルの男に対してイラついた表情をしながら、
こっちのやり方に口出ししねぇでもらえるか?
こいつは俺らのペットであり道具だ。
躾が足りてねぇから躾し直しているだけだ。
それによ・・・
そう言ってルガディンの男は、倒れている私のローブの中を弄り、一本の瓶を取り出した。
こんな大事なもん抱えているのに寝てやがったんだぜ?
この程度の「お仕置き」で済んでるだけましだろうが。
と言って、その瓶を男に渡す。
ララフェルの男はその瓶を受け取ると、それが本物であるかどうかを確認した上で「確かに」と言いながら懐にしまいこむ。
では、取引は成立ということで。
あなたの頭領にお伝えください。
報酬のお支払いは打ち合わせ通りに。
チッ・・・・了解だ。
しかし、あんたほどの人物が出てくるとはな。
まぁこっちにとっちゃ渡りに船だったが。
あんたがいなきゃタダ働きになっていたところだ。
でもいいのかい?
こんな破格な報酬を俺らに約束して。
その薬は今となっちゃああんまり価値のないものなんだろ?
ふふ・・・
こんな骨董品でも、使い方によっては色々と取引材料になるんですよ。
王宮内の「宝殿」から盗まれたもの。
物の価値よりも、その事実こそが大事なのですから。
ルガディンの男は眉をひそめる。
あんた・・・あそこで死んだ男とおんなじ思考してるんじゃねぇのか?
こんなまどろっこしいことしてねぇで、力でねじ伏せればいいものを。
失敬な・・・あんな無能な連中と一緒にしないでもらいたい。
ララフェルの男は不快そうに顔を歪める。
・・・・悪かったよ。
俺もこのまま何もなしで帰ったんじゃ、命の保証もなかったしな。
人を操る「言霊」ってやつには興味があったが、今となってはそれも望めねえし。
別にそんな不確定なものに頼らずとも、我々が支払いを約束する「金」で釣ったほうが
確実かと思いますがね。
ちがいねぇっ!!
ルガディンの男は合点が言ったように高笑いをする。
ララフェルの男はルガディンの男から目を背けると、地面にうずくまったままの私のことをじっと見てくる。
それにしても・・・
そちらの子供、もしあれでしたら私が高く買いますよ?
あなたのところにいたんじゃ、簡単に命を落としてしまいそうだ。
ルガディンの男から笑顔が消える。
それはだめだ。
こいつは非売品。どんだけ金を積まれても売り飛ばすつもりはねぇ。
さっき言ったはずだ。こいつは俺らのペットだってね。
金でどうこうできるような、奴隷じゃねぇンだよ。
それにこいつはあんたには躾られねえんだよ。
こいつは絶対的な絶望と、逃げるという選択肢を潰せなければ扱えねんだよ。
ちょっとでも甘やかしてみろ。
すぐにでも寝首をかかれちまう。
そんなこと・・・こっちにとっては専売特許なんですけどねぇ・・・
死んでしまったらその貴重な原石は無駄になるというのに。
「生かさず」「殺さず」で扱うには幾分雑すぎるように見えるのですが。
ララフェルの男はそんなことを呟きながらも、残念そうに首を横に振る。
心配にはおよばねぇ。
だってこいつ、
体がバラバラになっても死なねぇんだ。
その言葉を聞いてララフェルの男は驚いた表情をする。
しかし、すぐに表情は曇り、ルガディンの男には聞こえないような小声で、
道具・・・・ね。
と、意味ありげに呟いた。