第三十九話 「闇」
私は何事かと思い、声をかけてきた商人らしき男を見ると、どうにもまっとうな商売をしていなさそうな身なりをしている。
私は少し警戒しながら「もしかして私のことですか?」と聞くと、商人らしき男はうんうんと大きく頭を縦に振った。
ウルダハの危機を救った英雄である冒険者様と見込んでお願いがあるのです!
どうか・・・・どうか私のお話を聞いてくだされ!!
男は取り乱したように私に話す。
・・・・私が英雄であるかどうかはともかく、なぜこの男は私のことを知っている?
王冠の件もアルディスの件も世間には公表されていないし、何よりその件はここ数日中の話だ。
この男が何をもって私のことを「英雄」呼ばわりするのか。
私はまず先にそのことが気になり「なぜ私のことを知っているのだ?」と問いかけた。
すると男は、
この街を代表する情報屋からあなたのことを聞いたのです!
その・・・丸メガネをかけた軽い感じの・・・・
あぁクソ・・・・ワイモンドの奴か・・・
こんなにも早く対価を支払わされるとは思ってもいなかった・・・
私はため息をついて、疲労で朦朧とする意識の中、なんとか気を保ちながら商人らしき男の話を聞く。
男の話によると、近日中に王宮内で開かれる晩餐会で使う食材や貴重品類を運んでいた商隊が、道中でキキルン盗賊団に襲われ物品を盗まれてしまったとのこと。
その中には王室へ献上される他国の調度品も含まれていて、このままだと国際問題になりかねないとのことだった。
私はことがことだけに「不滅隊や銅刃団に相談した方がいいのでは?」と聞いたが「強奪されたことを公にできないのです」と意気消沈しながら男は答える。
奪われたことが分かれば、自分の命だけでなく、一族にも迷惑がかかるとのことだった。
正直睡眠不足と食事を満足にとっていないせいで体が限界に近い。
・・・だが
先ほどのナナモ女王陛下の安心しきった柔らかな表情が頭に浮かぶ。
・・・またササガン大王樹で見せたような、思いつめた顔をさせるわけにはいかないか・・・
私は男に対して了承するが、それでも大きな不安は残る。
そもそも盗賊団相手となると、相手は複数。
私一人で到底立ち向かえる相手ではない。
それについては問題ありません!
既に他の冒険者の方にもお声をかけさせていただいております。
そして英雄のあなたがこの奪還戦に組みいっていただけるとあらば、士気も上がりましょう!
・・・なんだ、随分と用意がいいじゃないか。
だが、他にも人がいるのなら少しは安心できるだろう。
情報屋の協力により、荷物を強奪したキキルン盗賊団のいる集落は分かっております。
冒険者の皆様の安全を考えて、寝静まった深夜に寝込みを襲う算段です。
ですので、今宵12時にザル大門の外に一台の荷馬車をご用意しておりますので、そこまで来ていたければ・・・。
・・・・・・・
今からだと・・・寝る暇もない・・・・
せめてもう一日時間があれば・・・
なんて考えながらも、表情には出ないように気を付けながら、私は再び商人の男と落ち合う約束をして別れた。
眠い目をこすりながら、私はクイックサンドを出てザル大門の外へと向かう。
少しでも仮眠をとろうかとも思ったのだが寝たら最後、明日の日中まで寝てしまいそうだったので我慢した。
おかげで体調はすこぶる悪い。
しかし他の冒険者がいるとあれば、それほどきつい戦いにはならないだろう。
キキルンは集団で襲ってくるが、個々の強さは傭兵崩れかそれ以下であってそれほど強くは無い。
またキキルンは商売事には優れた知恵を持つが、アマルジャのような戦闘民族ではないこともあって、戦いに関しての知略はあまりない。
なので、囲まれないよう注意しながら複数人でチームを組んで、分散して戦うことが出来れば勝利は確実だ。
あれぇ~? あんたじゃないかぁ!?
ザル大門へと向かう道中で、私は一人酔っ払いに話しかけられる。
・・・ワイモンド?
ワイモンドは顔を真っ赤にさせながら、歳が分からないほどに化粧を厚く塗った女性を数人はべらせながら、千鳥足で寄ってくる。
ヒクッ・・・こんな深夜にどこ行くんだぁい?
なんだ~?・・・あんたもウルダハの夜の街を覚えちゃったのかぁ??
ハハハッ! 遊び過ぎは禁物だぜぇ?
あんたみたいなのが女にハマっちまうと、一気に金を吸い取られちゃうからなぁ・・・
そう・・・この俺にみたいになっ!!
そういって、肩に手を回している女性の頬にキスをする。
酒が入っているせいで、いつもうざいワイモンドが更にうざくなっている。
私は「仕事だよ。あんたが俺について変な情報を流すからね」と嫌味事を言うと、ワイモンドは
何のことだ?? 思い当ることがあり過ぎてどれのことかわからんな・・・
と考えているようで、まったく考えていない答えを返してくる。
私は「はぁ・・・」と一つため息をつくと「この前の礼は正気な時に改めてな」と言って、私のことを陽気に見送るワイモンドを無視して待ち合わせ場所へと向かった。
ザル大門の脇に止められていた荷馬車につくと、既に冒険者達の姿があった。
どうやら私が最後の一人らしい。
おせぇーぞ!
と、顔に入れ墨を入れたルガディンの男が、苛立ちを隠せないように私に罵声を浴びせる。
時間に遅れたつもりはないのだが、ここで雰囲気を悪くしても仕方がないので「すまない」と素直に謝り、荷馬車へと乗り込んだ。
みなさんお揃いのようですので、出発いたします。
道中は揺れますのでご注意を・・・
商人らしき男はチョコボに鞭を入れ、ゆっくりと荷馬車を走らせ始めた。
荷馬車の中を見るに、冒険者の数は8名。
キキルン盗賊団の総数は分からないが、即席パーティーとしてはなかなかに十分な数である。
これだけの人がいるのならば、私がいる必要など無いんじゃないか…
なんてことを考えたりもするが、了承した以上帰るわけにもいかない。
各々の装備がバラバラなところを見ると、本当に街中からかき集めてきた感はある。
だが、装備を見ただけで実力を推し量れないのが冒険者。
装備が充実していても立ち回りに慣れていない者もいれば、装備は普通なのに様々なスキルをうまく使い分けながら、攻撃に補助にと活躍する冒険者もいる。
かくいう私は、品質は高いもののバザーの売れ残り品で揃えた装備であるし、冒険者同士でパーティーを組んでの戦闘経験が少ない。
あぁ・・・そういえば・・・
私は重大なことに気が付いて剣を見る。
ボロボロだ・・・。
アンホーリーエアーでの妖異との一戦のあと、剣は折れそうなほどボロボロになっていたことを今更に気が付く。
こんな状態でよくハイブリッジの戦いで折れなかったな・・・
と、感慨深く剣を眺めている自分に、
おいおい・・・そんなボロボロの剣で戦うってのかい?
あんた、ウルダハの英雄だか何だかしらねぇが、随分と余裕じゃねぇか?
と、顔に入れ墨をしたルガディンの男がまた噛みついてくる。
「今回の件、急ぎ頼まれたからな・・・新しく調達する時間がなかったんだ」と私はルガディンの男に説明する。
ルがディンの男は私の返しにムッとしたのか、
時間が無かったって、冒険者の命である武具はいついかなる事態に備えて常に手入れしておかなきゃダメなんじゃねぇのか?
時間がなかったってあんたは言うが、おおかたボロボロな状態になるまでほっておいたんだろ?
ギリギリになって「時間がなかった」って言うのは言い訳でしかねぇ。
あんたにとっては楽な相手かもしれねぇが、気を抜くのはいけすかねぇな。
あんた・・・・本当に冒険者かい?
正論を言われてぐうの音も出ない。
パーティーを組む以上、実力の有る無しは別としても、装備の不備は致命的だ。
一人の失態で全滅・・・というのも世の中には溢れている。
しかし疲れが限界に達していたせいもあってか、少しきつめな口調で「その時は私のことは見殺しにすればいい」と答えると「チッ・・・いけすかねぇ・・・・」と言いながら、ルガディンの男は不機嫌そうにそっぽを向いた。
私とルガディンのやり取りを聞いてか、荷馬車内には微妙な空気が流れる。
他の冒険者たちは、巻き込まれまいとするように、私たちと目を合わせないようにしているようだ。
士気が上がるというか、ダダ下がりだな・・・・
まぁ、その原因は私にあるのだが・・・
正直、自分のことなどは放っておいて欲しいものだ。
荷馬車内に包まれるギスギス感に堪え切れなくなったのか、一人の弓術士の男が「お疲れのようなのでどうぞこれを・・・」と一本のポーションを私に差し出してきた。
これはありがたい・・・
私は弓術士の男に礼を言うと、ポーションを受け取りその場で飲む。
ポーションのおかげで幾分か体調は回復するが、しかし内面の疲れまでは取ることができないようだ。
自分が思っている以上に消耗していることに一抹の不安を感じつつも、精神力だけは失わないように気を張る。
しかし、荷馬車の振動が心地よかったのか、眠気の限界を超えたのか、私はいつしか眠りの中に入ってしまっていた。
ふと目を覚ますと、いつの間にか私は既に荷馬車から降りていたようで、岩にもたれかかる様に座っていた。
・・・いつの間に?
私は目をこすりながら、周りの状況を確認する。
すると、近くでキキルンの集団が火を取り囲んで何やら会話をしている。
他の冒険者は?
周りを確認するが、冒険者たちの姿はどこにも見えない。
???
私は今自分の置かれている状況が掴めず、それを考えようにも寝起きのせいもあって頭が全然働かない。
とりあえず距離をとろうと体を動かした・・・・その時、
私の足元に小さな塊が投げ込まれる。
そして次の瞬間、
バンッ!!!!!
という大きな音と共にその塊が爆裂する。
グッ!!!
爆発物の衝撃は小さいものの、炸裂音のせいでキーーンッとした耳なりが頭に響き渡る。
頭を振りながら状況の確認をすると、炸裂音につられてキキルン盗賊団の連中がこちらに走ってくる姿が見えた。
やばい・・・逃げなければ・・・
私は腰を上げて逃げようと試みるが、思っていた以上に体の動きが悪く、少し動いただけで激しい動悸に襲われる。
なんだ・・・・これは・・・
毒・・・という感じではない。
今まで感じたことがないほどに体が重いのだ。
思考もまだ鈍っているが、危機的状況の渦中にあることだけははっきりとわかる。
あたり一帯に響くような爆裂音だったにも関わらず、荷馬車にいた冒険者たちが姿を現すことはない。
私は混乱してしまい、思考があっちこっちへと飛ぶ。
その間に、私はキキルン達によって取り囲まれてしまっていた。
思わず腰の剣を抜く・・・・が、剣の刃は根元から折れていた。
!!!?
体調は悪く、そして戦う武器もない。
そして、冒険者たちの姿もどこにもいない。
・・・・これは、嵌められたか。
少しずつ冷静さを取り戻していく思考の中で、この話は私を嵌める罠だったのだと真っ先に頭に浮かぶ。
周りを取り囲むキキルンの中から、一際大きな体格をしたボスらしきキキルンがゆっくりと歩み出てくる。
「ナニしにキタぬすっと。われわれのイバショをまたウバうつもりか?」
ボスらしきキキルンはギラギラとした大きな目で私を睨みつけてくる。
私は「お前たちこそ商隊を襲って強奪しただろう?」と答えると、ボスらしきキキルンは、
おまえがイってること、なんのことかわからナイ。
われわれは、おまえらのしゅうらくからこっそりものはとってイクが、ショウニンをおそうことはシテナイ。
われわれもまたショウニン。しょうばいあいてはおそわナイ。
ボスらしきキキルンの言葉を聞き、やはり自分は何者かに嵌められたことを悟った。
オマエ、オレたちのショウバイをジャマするわるいヤツ。
ナカマのショウニンはイっていた。
だから、おまえのイノチ、ナイ。
そうボスらしきキキルンが言うと、私を取り囲んでいたキキルンが一斉に飛び掛かってきた。
クソッ!!
重い体を引きずりながらも、私は手薄な一角に体当たりをかまして突破口を作る。
しかし、ここは相手の陣地内。
どれだけ逃げようとも、すぐに逃げ道を塞がれてしまう。
そして・・・・
ズザンッ!!!
という大きな衝撃が体を襲う。
それと同時に、体の力が一気に抜けて地面へと倒れこんだ。
背中を襲うジンジンとした鈍い痛み。
私はどうやら、背中をキキルンの鋭い爪で引き裂かれてしまったようだ。
ドクンッ ドクンッ
という心臓の鼓動がやけにはっきり聞こえてくる。
しかしこの音はどんどんと力を失い、これが命が失われていく感覚だということは理解できた。
いつもの意識障害とは違い、視界は白ではなく、黒く塗り潰されていく。
そして・・・
「オマエのカオ、みたくナイ」
という言葉を最後に、ボスのキキルンの鋭い爪が、
グサッ
という音を立てて私の顔を深々と突き刺した。