第四十二話 「追憶」
はぁぁ・・・・
私は何度ついたかもわからないほどの溜息をつく。
不規則に揺れる船の揺れに酔ったのか、とても具合が悪い。
船に乗るのも初めてだし、そもそも村からこんなにも遠く離れることすら初めてだった。
ううぅぅ・・・・
ただでさえこれからのことを考えると憂鬱な気分になるのに、かき回されているように体の内でグルグルと巡る気持ち悪さに耐えきれず、船外に出て海風にあたっていた。
気分は全く回復しないけど、船内にいるよりは全然まし。
でもやっぱりつらい~~
マストに寄りかかりながらぐったりと座っていると、船員らしき男が「船酔いかい? ならこれでも飲みな!」と飲み物を渡してくれた。
私はそれを受け取り、恐る恐る飲んでみた。
!!
渡された飲み物はただの水じゃない。
適度に冷やされたその飲み物は柑橘系のさわやかな甘酸っぱさと共に、スッと喉に爽やかな余韻を残す不思議な飲み物だった。
深呼吸をすると、喉がスースーして気持ちがいい。
驚きの表情をしながら一生懸命に飲む私の姿を見て、大きな斧を担いだ船員の人は「これは我が家に伝わる秘伝のハーブティーなんだ。もうちょっとでリムサ・ロミンサに着くから頑張んなよ!」と笑顔で声を掛けてくる。
私は素直に「ありがとう!」と男に言った。
その答えに満足したのか、男は手を振りながら自分の仕事へと戻っていった。
私は今の今まで村の近くから離れたことなんてなかった。
正直、知らない人に会うことは本当に怖かったけど、この船に乗っている人は村の皆と同じくらい優しい。
船員さんも乗り合わせた乗客の人達も、私が初めての旅をしていることを話すと、嬉しそうに色々と気にかけてくれる。
リムサ・ロミンサについても、こういう人達に会えたらいいな・・・
そんなことを思いながら私は空を見上げた。
空はどこまでもどこまでも、淡い青色が広がっている。
ギャーギャーと騒ぎながら一生懸命に船を追いかけてきていた海鳥たちの姿も、今となってはどこにも見えない。
海に目を移してみても、空とは違う濃い青が広がっている。
それぞれに色の違う青色は、まるで油に注いだ水のように決して交わることなく一筋の線を世界に引いていた。
陸から随分と離れたのだろう。ぐるっと見渡しても、島影の一つすら見えない。
翼で空を飛べるからといって、鳥さんだってどこまでも行けるわけじゃない。
飛び疲れたら、遊び疲れた私みたいに自分の居場所に戻っていくんだ。
私も・・・おうちに帰りたいな・・・
遠く離れていく故郷のことを考えると、やはり胸が締め付けられてしまう。
私の心は、波立つ海面のように浮き沈みを繰り返すばかりだ。
ふと欄干の上に、一羽の海鳥がいる。。
帰り損ねてはぐれたのだろうか。
動くことなく、じっとその場に佇んでいた。
あの子、帰れなくなっちゃったのかな・・・
それなら私と同じ・・・
不安・・・だよね。
・・・だったら・・・・私も優しくしてあげなくちゃ!!
私はカバンの中から昼食用に持たされていたパンを取り出し、小さくちぎって海鳥の前に投げる。
海鳥はそれに気づいたものの、警戒しながらしきりに様子を伺っている。
私は「ほら、たべな」と言いながら、またパンをちぎって投げる。
海鳥は首を動かしながら、くわーっと小さく嘶くと、バサバサと翼を広げ、欄干から飛び降りる。
キョロキョロと私とパンを交互に見た後、用心深そうにパンを咥えた。
そしてパクッとパンを一飲みにすると、今度はこちらを見てきた。
食べた!
私は嬉しくなって、パンをどんどんと海鳥の前にちぎって投げる。
気が付くと、私の昼食のパンは半分になっていた。
はい、お終い!
そう言って残りのパンを私は頬張った。
海鳥はそれでも物欲しそうにこちらを見ている。
触れられる距離ではないけれど、初めにに比べれば大分近い。
私がパッと手を上げると、海鳥はあきらめた様にその場に座り込んで、気持ちよさそうに目を細めていた。
かわいい・・・
気がまぎれたからか、さっき貰った特製ハーブティーのおかげか、船酔いのつらさも大分収まっていた。
ふぁ・・・・あ
鳥さん見てたら何だか眠たくなってきた・・・
さっきまでは不快でしょうがなかった船の揺れは、まるで揺り籠の中で揺られているように心地いい。
うとうととしながら、私の瞼はゆっくりと閉じていった。
ドーーーーンッッ!!!!
という強い衝撃で船が大きく揺れる。
わわっ!!
大きな音にびっくりして目を覚ますと、
私の小さな体は大きく振られ、ゴロゴロと転がっていた。
か、海賊だぁぁぁ!!!!
甲板の上にいた船員さんが声を大きく張り上げている。
ドーンッッ!!!!
ドーーーンッッ!!!!
音に遅れて、穏やかだった海面に大きな水しぶきが立ち上がる。
私は何とかマストに巻いていた縄につかまり、衝撃に耐える。
音のする方を見ると複数の船が黒煙を上げながらこちらに向かってきていた。
おい君!! ここは危ないから船内に早く!!
私にハーブティーをくれた男が私を船内に誘導する。
あっ・・・鳥さんはっ!!
手を引かれながら海鳥のいたほうを見ると、衝撃で飛び散った木片が当たったのか、血を流しながらぐったりと横たわっていた。
あぁ・・・あああぁ!!
私は言葉にならない声をあげながらも、男に手を引かれて船内の一部屋に押し込められた。
君はここでじっとしてるんだっ!
絶対に外に出ちゃいけないよ!
誰か来たら・・・・そうだな・・・・そこの箱に隠れるんだ!
そう私に行って、背中に担いでいた大きな斧を手に持ち直し、勇ましく出ていった。
さっきまで響いていた轟音はやみ、今度は何かがぶつかるような衝撃で船が軋む。
私は体が投げ出されないように箱にしがみつきながらなんとか耐える。
すると今度は、外からドタバタという音と共に人の叫び声と悲鳴が聞こえ始めた。
何が起こっているのかわからない・・・
でも、危険な何かが起こっている。
それだけは感覚で分かった。
私は耳を塞ぎながら、じっとその場にうずくまる。
それからしばらくして、船は静寂で包まれた。
お・・・・おわったの?
でてはいけないと言われたけど、外の状況がどうなっているのかこのままではわからない。
私は扉の前まで行き、耳をそっとあてた・・・
おい! 乗客は殺すなよっ!!
こいつらは奴隷として売り飛ばすんだからな!
縛って一か所にまとめとけ!
という怒鳴り声が聞こえてくる。
おいっ ララフェルのガキはいねえか?
探せっ! この船に桃色の髪のララフェルのガキが乗っているはずだ!
そいつはぜってぇに殺すなよ!
という声と共に、再びドタドタという足音が聞こえ始める。
や・・・やば・・・
か・・か・・・かくれなきゃ・・・
斧を担いだ船員さんの指示通り、近くにあった箱の中に入ろうと蓋に手をかけるが、手が恐怖で震えてしまっているせいもあって、渋く固い蓋をあけるのに手こずってしまう。
こっちは探したか!?
と、扉越しでもはっきりとわかる声が聞こえてくる。
はやくっ・・・はやくっ!!
何とか体を滑り込ませられるようなくらいの隙間を開け、えいやっ! と体を滑り込ませた。
バンッ!
とドアが乱暴に開けられる音がする。
それとともに二人ほどの足音が部屋の中に響く。
ちっ・・・
ここにもいねぇか・・・
どこに行きやがったんだ?
もしかして箱の中に隠れてんじゃねぇのか?
そう言って、一人の男は近くにあった箱を開けようとしているのか、ごそごそと聞こえてくる。
うっ・・・・随分とキツイなこれ・・・
中に何入ってんだ?
と、普通に開けることをあきらめたのか、次の瞬間、バキッという大きな音が鳴り響いた。
私はその音に恐れおののく。
さっきから体の震えが止まらない。
この震えで箱の中にいることがバレてしまわないように、私は自分の体をギュッと縮こませる。
何でぇ・・・ただの汚ねぇ漁具か・・・
何で連絡船にこんなもの積んでんだ?
しらねぇよ。大方客がいない日は漁でもしてるんだろ。
金にならねぇものに興味はねぇ。
おいっ! ここに爆弾を仕掛けておくぞ。
この辺りに穴があきゃ、この船も簡単に沈むだろう。
男たちは一つの箱の中身を見て興味を無くしたのか、
代わりに「ゴトッ」と何かを置いてから部屋から出て行ったようだった。
私は足音が消えたことを確かめると、箱のふたを開けて周囲の様子を確かめる。
このままずっと隠れていたかったけれど「ばくだん」と言っていたものが私の知っているものと同じであるとしたら、ここにいたら爆発に巻き込まれて死んでしまう。
私は物音を立てない様に箱から出て、物陰に隠れながら移動する。
逃げる・・・って言っても、ここは海のど真ん中。
私泳げないし、でもこのままここにいても死んじゃうし、怖い人たちに捕まるのもいや・・・
どうしたら・・・・
あっ・・・・そういえば・・・・
船外に小さな小舟が付いていたことを思い出す。
具合悪さから気を紛らわすため、あれは何のための船なんだろうと眺めていたんだった。
あれに乗って逃げよう!
私は覚悟を決めて、小舟のある船外へと目指す。
船外に出ると、手を縛られた船の乗客が、ぶつかってきた船の方に移動させられていた。
みな泣き叫びながら命乞いをしている人もいたけど、悪い人たちはその人達の言葉を無視して怒鳴りながら移動させていた。
自分だけ逃げていいのかな・・・
罪悪感が胸を刺す。
でも・・・自分さえ逃げられれば、助けを呼べるかもっ!
そう自分に言い聞かせて、小舟のある方へと足を進める。
小舟は縄によって吊るされていて、それを切りさえすれば自動的に海面へと堕ちるような仕組みになっていた。
バッグの中から小さいナイフを取り出して、太くしっかりと編まれた縄を一生懸命に切る。
かなり手こずりはしたものの、ブツッっという音を立てて縄が切れると、スルスルッっと小舟は海面へと落ちて行った。
海面に浮かんだ小舟を見ながら、海面まで結構な高さがあることに気が付いた。
小舟まで下りるには飛び込めば早いけど、泳げない私はそのまま溺れてしまうかもしれない。
梯子のようなものがあればと周囲を見渡すと、地面に横たわり血を流したまま動かなくなった海鳥をみつけた。
鳥さんっ!!
私は血まみれになった海鳥の元に駆け寄る。
海鳥はぐったりとしているものの、まだ死んではいないようだった。
私は海鳥に手をかざして、精神を集中する。
元気になれっ!
と念じると、手から放たれた波動が海鳥を包み込む。
そして海鳥のケガは回復し、バサバサッと羽を広げて飛び上がった。
よかった・・・・
へぇ・・・おもしれぇことできんじゃねぇか。
突然後ろから声が聞こえ、逃げ出そうとする私の体に覆いかぶさるように羽交い絞めにされた。
欄干に捕まりじたばたと暴れる私に「あばれんじゃねぇっ!!」と男はいい、私のことを欄干から引きずり放そうとする。
結局大人の男の力には敵わず、私は欄干から引き離されてしまった。
その時、首にかけていたペンダントが引っかかり「ブチっ」と切れて海へと落ちていった。
あぁっ!! 大事なペンダントが!!
男の腕の中で暴れまわる私に、男は刺激臭のする布で私の口元を押さえてきた。
むーーっ! むーーーっ!!
必死に抵抗するが男の拘束から逃れることができない。
そればかりか、どんどんと意識が朦朧とし始めてくる。
体からどんどん力が抜け、空を見上げながら涙を流すことしかできなくなった。
空にはさっきの鳥がキーキーと泣きながら空を旋回している。
わたしも・・・・飛べたらよか・・・・った・・・の・・・に・・・・
朦朧とする意識はやがて眠りに落ちるかのように、私を暗闇へ落としていった。
う・・・んん・・
目を覚まして体を起こすと、音の反響する広い空間にいた。
松明の薄明りにぼんやりと浮き上がる岩の壁。
ジメッとした湿気と、少し肌寒さを感じるここは、どうやら洞窟の中のようだ。
入口付近には鉄格子が張り巡らされていて、とてもではないが逃げ出ることは出来そうにもない。
重い瞼をこすりながら、記憶を呼び覚ます。
そうか・・・私は悪い人たちに捕まったんだ・・・
周りを見渡すと、同じ船に乗っていた人達が心配そうに声をかけてくれる。
私は大丈夫・・・と答えると、みんなで寄り添いあいながら、自分達の行く末に思いをはせる。
私たち・・・どうなっちゃうんだろう・・・
悪い人たちは私たちを奴隷にするって言ってたけど、どこかに売られちゃうのかな・・・
何一つ希望を見いだせない。
そんな状況に絶望し、シクシクとすすり泣く声があちこちから聞こえてくる。
私はそっと首元に手を当てる。
信じたくはなかったが、そこにあるはずのものはやはり無い。
大事に大事にしていたペンダント・・・
お母さんとお揃いのペンダント・・・・
私は自分の体をきゅっと抱きしめながら、大切なものを失ってしまったことに涙した。
そんな中「ガチャンッ!」という金属音が鳴り「ギギギィィィ」と軋む音を立てながら鉄格子が開かれると、顔に入れ墨をした男が入ってくる。
男はキョロキョロと見渡しながら、私を見つけるとニヤッと気持ちの悪い笑い顔をして、
おまえ、ちょっと来い!
といい、私の手をグイッと引っ張り上げると、無理やりどこかへと連れて行く。
私は抵抗する勇気もなく、ただただ怯えながらその男に手を引かれるままついていくしかなかった。
そして物置のような小さな小部屋に入ると、男は内側から鍵をかけた。
へへっ・・・ここなら大声出されても聞こえねぇな。
さすが今回の目玉商品だけあって、いい面してんじゃねぇか。
そう言いながら、男は私に顔を近づける。
嫌悪感を感じて咄嗟に顔を背けたけれど、男は手で私の頬を掴むと、強引に顔を正面に戻した。
どんだけ嫌がったって、お前にはもう変態共のおもちゃになる未来しかねぇんだ。
あきらめな。
と男は卑屈な笑い声を上げながら私に話しかける。
だがな、売りもんがお得意先で粗相したんじゃこっちの信用にかかわる。
特に性奴隷の扱いに慣れてねぇ初心者は「生娘」を求めたがるが、大体痛い目にあって文句を言いって捨てやがるからな。
売り物が錯乱してお得意先を刺殺したってこともある。
そうならねぇように俺がお前をしっかりと性奴隷としての「基本」を仕込んでやる。
お前だって女の喜びってやつを覚えりゃ、不自由と引き換えに金持ちに飼われて毎日「気持ちいい」思いできるんだしなぁ。
そういうないなや、男はその大きな体で私を羽交い絞めにし、乱暴に覆いかぶさってきた。
いやっ!! いやぁぁっ!!
必死に声を上げながら抵抗するが、子供である私が大人の力に抗うことはできない。
へへ・・・嫌がる顔もなかなかにそそるぜ・・・
そう言いながら、男は汚い舌で私の顔をなめ上げる。
肌から感じるザラザラとした気色の悪い感触によって体中に悪寒が走る。
必死に抵抗する私は、目の前の視界に入った男の耳に思いっきり噛りついた。
痛てててっ!!
あまりの痛さに私を引き離そうとする男だったが、私は思いっきり歯を食いしばって噛みつき続ける。
やめろって・・・言ってんだろ!!!
と、男が私を強引に引き離すと「ブチッ」という音と共に男の肉の一部が体から離れた。
がぁぁぁっ!!
男は耳を押さえながら私から離れ、こちらを睨みつける。
押さえた指の間から、ぽたぽたと絶えず血がしたたり落ちていた。
て・・・てめぇこの野郎!!!
そういって男は再び私に飛びかかりる。
そして私を地面に押し倒し、馬乗りになった。
じたばたと振り回す手すら押さえつけられ、ついに何の抵抗もできなくなった。
男の目は先ほどまでの嫌らしい目ではなく、狂気に落ちたかのように血走った眼を大きく見開いていた。
ふざけたことしやがって!!
男はそう言いながら私のことを強く平手打ちし、両手でギリギリと首を締め上げてくる。
ぐ・・・・・ぁ・・・・くひ・・・・・・が・・・・・
息ができない・・・
く・・くるし・・・・・
男が首を絞めているせいで自由になった手で懸命に地面を弄る。
私は木片のようなものを掴んで、男の顔に向けた。
させるかよっ!!
それに気がついた男は首を絞めていた手を離し、木片を持った私の手を掴む。
幾分呼吸ができるようになった私は「ケホッ! ケホッ!」と咳き込みながらも、もう片方の手で石を掴んで男の顔めがけて投げつけた。
その石は男の目にぶつかり、男は悲鳴を上げる。
あまりの痛みで木片を掴んでいた方の手を押さえていた男の手から、ふっと力が抜ける。
あっ・・・・
捕まれた手を引き離そうと、力を込められていた手が突然に解放される。
力の方向、そして木片の尖った先は、運の悪いことに私の方を向いていた。
突然抗力を失った私の手は、
「止めろ」という脳内伝達も間に合わず、
ただ一直線に、
私の右目に突き刺した。
あ゛・・・あ゛あああぁぁぁぁっっ!!!!
「ブチュンッ」という何かが潰れる不快な音と共に、木片が刺さったほうの目から生暖かいものが溢れだす。
それは涙ではない。
眼球を傷つけてしまったことによって流れ出た、私の赤い体液であった。
私は咄嗟に木片を抜き捨て目に手を当てる。
うそ・・・・やだ・・・やだっ!!
どうしよう・・・どうしよう!!
次第に右目からは、思い出したかのようにドクドクと痛みを伝え始める。
咄嗟に癒し力を使おうとするが、気が動転してしまって集中できない。
なんで・・・・なんで!?・・・急がなきゃ!・・・・だめ・・・なのに!!
いくら手に力を込めても、海鳥を回復させた力は発現しない。
はやく・・・はやく!!
自分の体を傷つけられた男は、血があふれ出ている目を抑え、発狂したかのように叫ぶ私を見て言葉を失う。
お・・・・俺は悪くねぇからな・・・・
お前が、お前が抵抗するからこうなったんだ!
私を襲った男は、私が深い怪我を追ったことに恐怖して、その場から慌てて逃げ出した。
やだ・・・・いやだよ・・・・なんで・・・こんな・・・・
痛みよりもなによりも、失明してしまったという恐怖に体が震え、左目からは熱い涙が溢れだしていた。
様子を見に来た別の男が、顔から血を流して泣きながらうずくまる私を見つけると、慌てて目を抑えていた私の手を強引に引き離す。
なんだぁこりゃ!!
あいつ!! 売りもんを台無しにしやがったなぁ!!
男は私の目が潰れてしまっていることを知ると、私を襲った男の名前を呼びながら部屋から飛び出していった。
ほどなくして、騒ぎを聞きつけた複数の男たちが、物置のような部屋に入ってくる。
あの野郎は見つかったか?
いえ・・・それがまだ見つかっておりません・・・
ばかやろう! さっさと探し出せ!!
「掟」を破った奴は魚野郎のところ送りだ!
ちっ・・・・
何が「調教は俺に任せろ」だ。
あの野郎・・・ララフェルのガキに欲情しやがったな?
あのド変態野郎が!
ひときわ偉そうな口調の男はイライラとしながら近くにあった木箱を思いっきり蹴った。
「こいつ、どうしますか?」と偉そうな男のそばにいた男が話す。
偉そうな男は、乱暴に私の潰れた目を確認すると、
ちっ・・・・こいつの目はもうだめだな。
片目のガキなんて売りもんにならねぇし、心も折れちまっているだろうから飼いならすのも無理だろうな。
傷物のままサハギン族に渡すのも癪だ。
海に捨てる・・・のが手っ取り早いが、運悪く見つかっちまうのもやっかいだな・・・・
顎に手を当てながら、私の処分の仕方を考える偉そうな男。
そして妙案を思いついたかのように口角が不気味に持ち上がる。
そういえば最近、番犬共に「狩り」をさせてなかったな。
いつも俺たちの残飯ばかりで腹すかせてるだろうし、
たまには「いい餌」食わしてやるか。
といい、別の男に私を担ぎ上げさせてどこかに連れていく。
痛みと悲しさで抵抗する力も無くしていた私は、うめき声をあげて泣くことしかできなかった。
グルルルと喉を鳴らし、凶暴な顔をした犬達が閉じ込められている檻の前に着くと、私は着ていた服を乱暴に剥がされた。
「ほれ! 餌の時間だぞ!!」
と男は言いながら、開けられた扉の隙間から全裸の私を檻の中に投げ込んだ。
ぐぇ・・っ!!
私は受け身もとることもできずに、硬い岩肌の地面に叩きつけられた。
ザラザラとした地面に肌が擦れて、不快な痛みが全身に走る。
異臭の立ち込める檻の中で、私はうずくまることしかできない。
血の匂いを嗅ぎつけた犬達は「ぐるるるっ」とうめき声をあげながら、ゆっくりと私の周りを回りながら様子をうかがっている。
あ・・・あ・・・・・
もう逃げ場は何処にもない。
恐怖で声も出ない
覚悟も、あきらめも、
何もかも、
完全な絶望を前にして思考することを拒んでいた。
一斉に飛びかかってくる犬達に抗うことなんでできない。
私は身動き一つとることもできないまま、一気に体のあちこちを噛みつかれた。
ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!
全身を刺すような痛みは、私の意思とは関係なく絶叫を上げさせる。
限界を超えた痛みのせいなのか「ブツッ」と感覚は途切れた。
これは人の心を守るためのせめてもの慈悲なのだろうか。
魂が体から切り離されたかのように、私は俯瞰で自分の「有様」を見ている。
「ブチブチッ」という肉を割く音が洞窟内に反響する。
私の体はいたるところから血を吹き出しながら、あっという間に肉を失い、彼らの生の糧と変わっていく。
最後まで残されていた私の顔は、絶望の表情で天を仰いでいる。
大きく見開かれた左目と、潰れて閉じられた右目から流れ出る赤と透明の液体によって残酷に濡れていた。
そしてその顔さえも獰猛な犬達によって乱暴に噛み潰され、
遂に私の思考も、ブツッっと途切れた。