FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第四十三話 「居場所」

聞いて・・・・・・感じて・・・・・・考えて・・・・・・


何だろう・・・

どこか懐かしい声が響いてくる

遠い昔、聞いたことがあるような
願いの言葉。


聞いて・・・・・・感じて・・・・・・考えて・・・・・・


聞いてるよ・・・

何を感じるのかは分からないけれど・・・

私は何を考えればいいの?・・・


聞いて・・・・・・感じて・・・・・・考えて・・・・・・


何度も何度も繰り返される言葉を感じながら、
私は私のことを考える。


ここは夢の中?

わたし・・・どうしたんだっけ?

記憶の一片がすっぽりと抜け落ちているような気がする。

そうか、夢の中だから何もわからないのか。

夢の世界にしては随分と思考がはっきりしているような気がするけど、
夢は自由だしこんなことだってあるよね。


聞いて・・・・・・感じて・・・・・・考えて・・・・・・


はいはい、ちゃんと聞こえてますよ~。
でも、せっかくなら何をしてほしいか、ちゃんと教えてほしいな。

そもそも何も見えないんじゃ、
やりようがないしね。


頭の中に声だけが響いている。
まるで私は水の中にフワフワと浮いているように、ゆらゆらと揺れている。
体の感覚がないのに、不思議と自分の存在だけははっきりと認識できた。

 

ふふっ・・・
お母さんのお腹の中ってこんなのなのかな?

なら、頭に響いているのはお母さんの言葉?

生まれてくる私に、
優しく語り掛けてくれてるのかな?

でも安心して。
私はもう生まれているの。
小さな村で、私はみんなにいっぱい、いいっっっぱい、愛情をもらって楽しく暮らしているの。


そこで私はふと気が付く。

あれ・・・・お母さんって、どんな顔していたっけ?

記憶を探るが、自分の母親の顔をいまいち思い出せない。

あれ・・・・あれ?

村での笑いに満ちた生活。
それは確かに偽りではない。

でも、そこに自分の母親の姿を、

思い出すことだけがどうしてもできない。

あれ・・・・・・・あれ・・・・?


聞いて・・・・・・感じて・・・・・・考えて・・・・・・


再び繰り返される言葉に、次第に不安と疑問を感じ始める。

ここはどこ?
ねぇ・・・・答えてよ。
なんかここは嫌だよ・・・
早く目を覚ましたいよ・・・


お日様の光で目を覚まして、

お母さんに「お寝坊さんね」って怒られて、

お母さんの手作りの朝ご飯を食べて、

長老様の眠たいお話をみんなで必死に聞いて、

お母さんに作ってもらったお弁当を食べて、

ふかふかの草の上でみんなといっぱい遊んで、

お昼寝してたら夕方になって、

帰ったらお母さんが「おかえりなさい」って柔らかく笑いかけてくれて、

お母さんの作ったおいしいご飯を食べて、

そしてお母さんのお話を聞きながら、

おやすみなさいって言って、

明日はなにして遊ぼうかワクワクしながら、

いっぱいいっぱい眠るの。

 

だから・・・・・だから・・・・・


早くここから出して、
お母さんに合わせてよ!!

 

 

 

 

ふと目を覚ますと、私は見覚えのない街の中に座っていた。
ぐるっと見渡すと、村とはくらべものにならないほど多くの人に溢れていて、
建物の一つ一つが、首が疲れるほどに大きい。

・・・・・あれ・・・・

思考ははっきりしているのに、いまいち自分の置かれている状況がわからない。

私・・・・どうしてここにいるんだっけ?

記憶の一つ一つを探りながら、思い出そうとする。

えっと・・・・確か・・・
村長さんの言いつけで村を出て、
えっ・・と・・・・
リムサ・ロミンサという街にいくためにお船に乗って、
えっ・・・・と・・・・
えっ・・・・と・・・・

船に乗った後のことが、霧にかかったようにぼんやりしていていまいち思い出せない。。

でも、楽しいことは何一つなかった。

ただ、その事実だけははっきりとわかる。

・・・なに?

ふと視線を感じて周りを見ると、自分の周りにいる人たちが私のことをジロジロとみている。
私は不思議に思いながら、

 

私の格好がおかしいのかな?
確かに私は田舎者だから、みんなのように素敵な格好ではないけれど。

・・・都会って田舎者には厳しいのかな・・・

そう思うと、なんだかとても心細くなる。
ここには優しかった村の皆はおろか、私の知っている人なんて誰もいない。

わたし・・・一人なんだ・・・・

急に孤独を感じた私は、膝を抱えてうずくまる。

いやだ・・・
もういやだ・・・
帰りたい・・・
村に帰りたいよぉ・・・・


ガヤガヤとした喧騒が、嫌に耳に響き渡る。

静かなところに行きたい・・・
でも、どこに行ったらいいかもわからない・・・


そんな私の元に、黄色いジャケットを着たララフェルの人が駆けつけてくる。

あなた!
どうしたの!?

と、私を見るララフェルの人は驚いた表情で私に話しかけてくる。

私は、その人の顔を見ながらしゃべろうとしたけど、
言葉に詰まって声を出すことができない。

あなたその目・・・・。

ララフェルの人は私の顔を見ると、苦しそうに顔を歪める。
私はなんでこの人が驚いているかはわからなかったけど、
私のことを心配していることだけは分かった。

そのことが分かった瞬間、胸に詰まっていた感情が綻んでいく。
そしていつしか、頬を熱いものがスッと流れ落ちていった。

あっ・・・・あっ!!
どうしたの・・・なにがあったのっ!

ララフェルの人は突然泣き始めた私に動揺して慌てている。
後から駆けつけてきたララフェルの人と同じ格好の人は、バッと一枚のローブを私にかぶせた。

・・・・あれ?
わたし・・・ひょっとして裸だったの?

黄色い格好の男の人に抱きかかえられて、
私はどこかの建物の中に連れられて行った。

 

 


建物の中に入ると、私は椅子にちょこんと座らされる。
部屋の中を見渡すと、粗末なテーブルが一つあるだけで、飾りのようなものは何一つおいていない。

 

へんなの・・・

なんて思いながらキョロキョロしていると「ちょっとだけじっととしてね」とララフェルの人は言って、あったかい布で私の顔をぐいぐいと拭いた。
布の柔らかい感触と、温かさに包まれて、なんだかちょっと気持ちいい。

扉を「トントン」と叩く音がすると、部屋の外から男の人が食べ物をもって入ってきた。

わわっ・・・いい匂い・・・

ほわほわと立ち上る湯気に乗って、甘い香りがほのかに漂う。
くんくんと鼻を鳴らしながら匂いを嗅いでいると「くーっ」と小さくお腹が鳴った。

机の上に置かれた食べ物は、私が見たことのないものだった。

スプーンを手に取り目の前に出されたスープを恐る恐る口にする。
すると、口の中にじわっと甘い果実の味が広がった。
ゴクッと飲み干すと、あったかいスープが喉を通って、空腹でくーくー鳴っていてたお腹の中をじんわりと温める。
「ほぉ・・・」と息を漏らすと、幾分か気分は落ち着きを取り戻した。

こんなおいしいスープ。
初めて飲んだかも・・・

そういえば、船の中でパンを食べてから、何も食べてない・・・。

ふと半分になったパンを思い出す。

あれ・・?
なんで半分だけなんだっけ?

少しずつ思い出しているとはいえ、未だそのあたりの記憶ははっきりしない。
そういえば、あの時立派な斧を背負った船員さんに、ハーブティーを貰ったんだった。
あれもとってもおいしかったなぁ・・・。

そんなことを思いながら、スープと共に出されたパンを口いっぱいに頬張り、一生懸命にもくもくと咀嚼する。
その私の姿を見て、ララフェルの人はほっとした表情を見せていた。

なんだかこの人、村にいたお節介なお姉ちゃんみたい。

村には少し歳の離れたララフェルのお姉ちゃんがいた。
血は繫がっていなかったけど「私がいないとダメなんだからっ!」といつも言いながら、あれやこれやと私の世話を焼いてきた。
時々うるさすぎて嫌になる時もあったけど、いつも一緒に遊んでくれる大好きなお姉ちゃんだった。

「フフッ」と思い出し笑いすると、ララフェルの人は不思議そうにしながら、でも柔らかい笑顔を浮かべて私のことを見ていた。


私が食事を食べ終えた時、扉をノックする音が聞こえる。
ララフェルの人が「どうぞ」というと、食事を持ってきてくれた男の人が入ってきた。

あっ・・・

その人を改めて見て、私は気が付いた。
この人たちの着ている服、船で私に優しくしてくれた立派な斧を担いだ船員さんと一緒だ。
なら、この人たちもいい人なのかな。
ご飯食べさせてくれたし、このお姉ちゃんもとても優しそうだし。

部屋に入ってきた男の人は、ララフェルのお姉ちゃんに「準備が出来ました」と言って、タオルのようなものと服を手渡した。
ララフェルのお姉ちゃんは「ありがとう」と言うと、私に向かって、


さて、あなたに詳しい話を聞きたいところだけど、女の子がそんなに汚い格好のままじゃかわいそうだわ。
だから、私と一緒にお風呂に入りましょ。


と言って、私の手を引いた。
お風呂・・・・お風呂ってなんだろう?

私は「お風呂」と言うものを知らない。
頭に?マークを浮かべながらも、黙ってお姉ちゃんについていく。

「お風呂」というところに着くと、着せられたローブを脱ぐように言われた。
目の前には湯気の立ったお湯のような水が、大きな四角い桶の中になみなみに溜められている。

えっ・・・・えっ・・・!
わ、私あのお湯の中に入れられてご飯にされちゃうのかなっ!?

怯える私にララフェルのお姉ちゃんは「大丈夫だから、お湯、触ってみて?」と言われた。
私は恐る恐る大きな桶の中の水に指を付けてみると、とてもここちのいい温かさだった。
私は今度、手を少し深めに入れてみる。

あ・・・・わたしこれ・・・好きかも!

その思いが顔に出ていたのか、ララフェルのお姉ちゃんはにっこりと笑って、改めて「ほら、服を脱いで。私が洗ってあげるから」と言った。
私は頷き、いそいそと服を脱いだ。

大きな桶に溜められたお湯を、小さな桶に移し替えて私の体にゆっくりとかけてくる。
丁度いい温度のお湯をかけられて、気分がじわーっと落ち着いてくる。
そしてお姉ちゃんは「沁みるかもしれないから、ちょっと目を閉じててね」と言う。
私は大きくうなずいて、ぎゅっと目を閉じた。
「いい子ね」と言って、ララフェルのお姉ちゃんは頭を撫でてくれた。

えへへっ・・・

私はお姉ちゃんに褒められて、なんだかとっても気分がいい。
何か液体のようなものが頭にかけられる。そしてララフェルのお姉ちゃんが手を動かし始めると、シャカシャカと言う音が聞こえ始める。

あわあわかな?

村でもお姉ちゃんがたまに私の髪を洗ってくれた。
ふざけ合ううちに二人ともあわあわになって、笑いあった日を思い出す。

・・・・お姉ちゃんにも会いたいな・・・。

急におとなしくなった私を心配したのか、ララフェルのお姉ちゃんは「目に染みた?」と聞いてくる。
私はブンブンと顔を振る。
ララフェルのお姉ちゃんは「もうちょっと我慢しててね」と言って、今度は体を布で優しく肌をこすり始める。
なんだかくすぐったくてもじもじしてると、その動きが面白かったのか、ララフェルのお姉ちゃんもフフッと笑っていた。

お湯を頭から何回もかけてもらって、あわあわを洗い流すと、お湯の張った大きな桶の中に入るように言われた。
お湯の中に体を入れたことがないからちょっと怖いけど、お姉ちゃんが大丈夫って言ってるから大丈夫!

私はまず足をつけてお湯の温かさを確認すると、ちょっとずつちょっとずつ体をお湯の中に沈めていく。

はわ~~~・・・

体全体が温かいお湯に包まれる。
じんわりとした感覚が、体全体に行きわたる。

なんか・・・・すごい~
お湯の中って、こんなに気持ちがいいんだ・・・

村では水はとっても大切なものだったから、体を洗うときはお湯に浸した布で体を拭くだけだった。

このお風呂ってやつ・・・村のみんなも知ったら、喜ぶだろうなぁ。

そんなことを考えていると、なんだか頭がぼーっとして来る。

ほえぇ~~・・・なんだか頭がぐるぐるしてきたぁ・・・

気持ちがよすぎたのか、頭がぼーっとして来て、次第に眠気にも似た感覚に囚われていく。
私はその感覚に身を任せ、ゆっくりと瞼を閉じた。


・・・・お母さん。

 

 

目を覚ますと、天井のようなものが目に入る。
どうやらここはお風呂ではなく、私はベッドの上に寝かされているらしい。
起き上ろうとするが、なんだか体に力がはいらない。
頭もぼーっとしていて、ちょっと苦しい・・・。

あれ・・・・・?

私がモゾモゾと動いたのに気がついたのか、ララフェルのお姉ちゃんは「大丈夫?」と心配そうな顔で私の顔を覗き込みながら、額に乗せていた布を取り換えた。

あ・・・ちべたい・・

熱を帯びた体を冷やすように、ひんやりとした布の感触がとても気持ちがいい。


ごめんなさい・・・
お風呂に慣れていなかったのに・・・
もうちょっと寝ていれば体調は回復すると思うから、おとなしく寝ていてね。

と言って、私の頭をやさしくなでると、団扇のようなもので私の顔をあおいでくれた。

私はこくんと頷くと、ゆっくりと目を閉じる。
さわさわと肌に触る柔らかな風が心地いい。

お姉ちゃん・・・お母さんみたい・・・
ずっとここにいられたら・・・・いいな・・・・

 

そんなことを思いながら、私は再び眠りの中に落ちて行った。

 

住民からの通報があって、私はエーテライトの元へと駆けていく。

話によると、全身血まみれになったララフェルの少女が、全裸姿でうずくまっているとのことだった。

リムサ・ロミンサは海賊によって支配されている国である以上、ちょっとした小競り合いは確かに絶えない。
しかし一部の海賊団の裏切りにより非公式とはなったものの、対ガレマール帝国のために提案されたガラディオン協定によって、海賊諸派相互の非戦協定が結ばれている。
海上でならいざ知らず、リムサ・ロミンサの街中でこんなことが起きることは珍しい。

冒険者の趣味の悪い悪戯なのでは?

と疑いを持ちながらも、私はエーテライトプラザに向かって駆けていく。


季節を問わず、ここリムサ・ロミンサではおかしな恰好をする冒険者が絶えない。
男女問わず、下着一丁ぐらいは当たり前。
変なお面を被った人や、全身着ぐるみに包まれながら街中を駆け回る人など、筆舌しがたい人たちが絶えないのがこの街だ。

ついこの間までなんて冒険者の間では「死んだふり」が流行っていたらしく、街中のあちこちで寝転んでいる冒険者が多発したものだから、殺人事件と誤認して我々イエロージャケットの出動回数が激増した。
それほどに街中は平和であると言えないことも無いけれど、誤報で振り回される我々の苦労も知ってほしい。

まったく! 海賊だけでも手を焼いているってのに、冒険者の悪ふざけもたまったもんじゃないわっ!

そんなことを思いながらエーテライトプラザに着くと、通報通り確かに全裸のままうずくまっているララフェルの少女を発見した。
全身は血のような赤黒い液体で汚れ、桃色のきれいな髪もボソボソになっている。
どこからどう見ても「冒険者の悪ふざけ」とは違うものだった。
私は急いで駆け寄ると、少女は呆然とした表情でこちらを見つめてくる。

 

この子・・・・目が・・・

全裸のララフェルの少女の片目は、白く掠れている。
左右の目の色がそれぞれに違う「虹彩異色」とは違う。
確かに眼球はあるものの、機能を果たしていないかのように瞳孔が白く濁っていた。

私が自分のことを見て動揺していることに気がついたのか、少女は不安そうな顔を浮かべると、すっと目から涙が零れ落ちた。


あっ・・・・あっ!!
どうしたの・・・なにがあったのっ!


私は慌ててララフェルの少女に声をかける。
ボロボロと零れ落ちる涙をハンカチで拭き取りながら、私は懸命に少女に声をかけ続けた。

程なくして、イエロージャケットの部下の者が到着すると、ローブを頭からすっぽりとかぶせ、ギュッと抱きしめる。
少女は少し動揺していたものの、嫌がるそぶりは見せない。
少女が少し落ち着いたことを確認すると、私は部下に少女を抱きかかえるように指示し、そのままイエロージャケットの本部へと少女を連れ帰った。

 


本部に着くと、私は部下に食事を用意するように指示する。
今自分が置かれている状況が分かっていないのか、少女は不思議そうな顔をしたままキョロキョロと周りを見回していた。
傷の手当をしようと少女の体を確認するが、体全体が血液のようなもので汚れているものの、体のどこにも傷らしきものは無かった。
ひとまずお湯で浸した布で顔を拭いてあげると「むーっ」という声を上げながらも痛がる様子もない。
肌もうらやましいばかりの玉肌で、つやつやと輝いている。

返り血・・・なのかしら?

血で真っ赤に染まった布を見ながら、ララフェルの少女のことを思う。

この子・・・・誰かに捨てられた?
それとも、先日消息を絶った連絡船の生き残り?
いやいや・・・浜辺に打ち上げられているならまだしも、犠牲者がエーテライトプラザにいるわけがないじゃない。
だとすれば・・・何かの事件に巻き込まれた・・・と言うのが一番もっともらしいか。

しかし、ここ最近そんな血なまぐさい事件はリムサ・ロミンサでは起きてはいない。

この少女のことにあれこれと考えを巡らせていると「コンコン」と扉をたたく音が聞こえてくる。
私が「どうぞ」というと、部下の男がスープと一切れのパンを持って入ってきた。

少女にその料理を食べるように促すと、スンスンと匂いを嗅ぎながら恐る恐る食事を口にする。
少女はスープの味にびっくりしたのか、キラキラと目が輝きはじめるのが分かった。
相当お腹が減っていたのだろう。
少女はもくもくとパンを口いっぱいに頬張りながら、スープを口に含んでは呑み込んでいた。

どうやらお気に召したようね。

ほっと胸を撫で下ろす。
私は少女を見ながら「妹がいたら、こんな感じなのかしらね・・・」と物思いに耽る。

 

私は、母親の愛情を知らずに育ってきた。
自分の母に嫌われていたのだ。
それは、どうやら私は「母が産んだ子」ではなかったことが原因だ。

ある日、母は父との間に一人の子を孕んだ。
自分をいじめる母のことは大嫌いだったけれど、自分に弟妹ができることはとても嬉しかったし、楽しみでもあった。

でも仕事一辺倒だった父が母を放っておいてしまったせいか、不満を溜め続けた母は、事あるごとにそのうっぷんを私にぶつけてきた。
精神を病んで情緒不安定になっていた母は、夢遊病者のように夜中に一人ふらふらと出かける癖があった。
そんなある夜、一人街中をフラフラと歩いていた母は、階段で運悪く転び強く腹を打ってしまう。
すぐに医者の所に連れて行かれたが、怪我はしなかったものの打ち所が悪かったため、母のお腹の中にいた子は流れてしまった。

我が子を失ったショックで母親の精神は限界に達し、気が狂った母に私は殺されそうになった。
気がついた父がすんでのことろで私を守ってくれたが、それがもとで父も腕に大きなけがを負ってしまった。

それ以降母とは別居するようになり、私は父に引き取られた。
その後も色々あったけれど、第七霊災のごたごたで母だった人はリムサ・ロミンサから姿を消した。

仕事が立ち行かなくなった父との生活は大変だったけれど、これまでの時間を取り戻すかのように父は私にとても優しかった。
だから私も父のことは大好きだったし、貧乏でもそれほど苦ではなかった。

でも、結局父は誰かに殺されてしまった。
犯人は未だに誰だかはわからないけれど、大方海賊どもの抗争に巻き込まれたのだろうと私は予想している。
大きくなってからわかったことだが、父は私掠免許を持たない在野の海賊たちとの闇取引に手を染めていたらしい。
とても優しかった父の死はつらかったけれど、私を拒んだ母だった人については、正直死んでいようがどうだってよかった。

そして私は、父親の犯した罪の贖罪の為、イエロージャケットに志願したのだ。

 

頬についたパンくずを取りながら、少女の顔を眺める。
少女は私のことを信頼しているのか、警戒心を全く抱いていない様だった。

 

自分の置かれていた状況を分かっていないかのように、少女は無邪気な表情を見せている。
そんな少女を見ていると、私も自然と笑顔になっていた。

「トントン」と再び扉をたたく音がする。
私は「どうぞ」と言うと、部下の男はタオルと下着、そしてありあわせの服を用意して入ってきた。
どうやらお風呂の準備もできたようだ。
私は男に「ありがとう」と言うと、少女にお風呂に一緒に入ろうと話しかける。

少女は「風呂」を知らないのか、不思議な顔を浮かべている。
私は優しく少女の手を取ると、少女も素直に私に従って着いてきてくれた。

本当に素直なかわいい子ね。

風呂場に着くと、少女の着ていたローブを脱ぐようにお願いする。
少女は大きな風呂桶を見ると、なぜか怯えていた。

ひょっとしてお風呂が嫌いなのかしら?

私は少女にお湯を触ってみてと促すと、恐る恐る人差し指でお湯を触った。
やけどしないことに気が付いたのか、何回かお湯を触った後、意を決したように手をお湯につける。
そして、ぐるぐるとお湯をかき回して楽しそうに笑っていた。

よし・・・だいじょうぶね。

いそいそと脱ぎだす少女の姿を見る。
少女の体は、乾いた血で所々黒ずんでいた。
少女はなぜか自分の体のことに気が付いていない。
もしかしたら、これが血だということを知らないのかも知れない。


私は少女に洗い流す血を見せない様、目を瞑るようにお願いする。
少女は大きくうなずいて、素直に目をギュッと瞑った。

本当にかわいい子ね。
なんでこんなに無垢で素直な子が、血だらけでしかも全裸であそこにいたのかしら。

考えれば考えるほどわからないことだらけだ。
体を洗いながら傷を確認するが傷らしき傷はどこにも見つからない。
布の感触がくすぐったいのか、くねくねと体をよじる少女の動きがおかしくて、私はちょっと笑ってしまった。

お風呂から上がって落ち着いたら、話を聞いてみよう。

そんなことを思いながら少女の体に着いた洗剤をお湯で流し、お風呂の中に入るように促す。
恐る恐るではあったものの、少女はお湯の中に体を沈めると、気持ちよさそうに声を漏らした。

お風呂場の入り口に人影を感じ、入り口まで戻ると、ドア越しに部下が「ちょっといいですか」と声をかけてくる。
私は「分かった」と答えて、風呂場から出た。

 


表で待っていた部下の男は、


あの少女、どうやら本当に消息を絶った連絡船の生き残りかも知れません。
これを見てください。


と、一枚の紙を差し出してきた。


これは連絡船の乗船名簿です。ここを見てください。
地図にものらない辺境の地出身の、ララフェルの少女がこの連絡船に乗船しています。
目的はここリムサ・ロミンサの巴術士ギルド。
今巴術士ギルドにその少女のことを確認しに行っています。


私は部下の男の報告を聞いて疑問符を浮かべる。


確かにあの子びっくりするぐらいの世間知らずだけれど、だからと言って連絡船に乗っていた少女であるという確証はないでしょう?
憶測だけでものを言うのはどうかと思うけど?


それが・・・・
今さっき入った報告によると、連絡船らしき船の残骸がコスタ・デル・ソルの浜辺に打ち上げられていたそうです。


私は最悪な結果となった報告に眉をひそめる。

(あの船にはたしか・・・・)

私の物思いを知ってか知らずか、部下の男は報告を続ける。


その漂流物の中に無傷だった脱出用のボートがありまして、そこにこのペンダントが。


男からそのペンダントを手渡されると「そこを開いてみてください」と言われ、ペンダントの装飾部を開いてみる。

!!?

装飾の中には一枚の小さな写真が納まっていた。
写真は古くボロボロになっていて、そこに写っている女性の顔ははっきりとしない。
しかし、確かに母親と思わしき人の隣に、あの少女に似た小さな女の子が写っている。
はっきりとはしていないが、確かにあの少女の幼い姿と言われれば納得のいくものだった。

ならどうしてあの子は浜辺ではなく、エーテライトプラザに?
誰かに助けられて、置き去りにされたとか?
そんなまどろっこしいことをする人がいたってこと?

うむむ・・・と悩んでいる私に、部下の男が

・・・ひょっとしたらあの子「特別」なのかもしれません。

と言った。


特別? まさか・・・・あの噂の?
ばかね! それこそ眉唾じゃない!
都市伝説に語られていることをイエロージャケットが信じてしまうなんて住民に知れたら、馬鹿にされてしまうわよ。

す・・・すみません・・・!!


と部下の男は頭を下げる。
・・・・確かに、あの少女が噂の「特別な者」であるとするならば、すべての辻褄があう。
でも、そんなブラックボックスを用いれば、このリムサ・ロミンサでまことしやかに語られる噂の多くが解決してしまうほど「特別な者」は都合のいい存在なのだ。
かえって真実を覆い隠す危険性のある存在を、なんの確証もなく信じてしまうわけにはいかない。


とにかく、風呂から上がったらあの少女に事情を聞いてみるわ。
あの子の心が大丈夫そうであれば、このペンダントも見せてみる。
だから、上官への連絡は少し待っていて。

と私が言うと、部下の男は「ハッ!」と敬礼して、持ち場へと戻っていった。

 

風呂場へ戻ると、ララフェルの少女はぷかぷかとお尻を浮かべながら、湯船の中に浮かんでいた。

し・・・・しまった!!

私は慌てて少女を湯船の中から拾い上げると、胸に耳を当てて鼓動を確認する。
ドクッドクッドクッドクッ と鼓動が跳ねるように刻んでいる。
命に別状はないようだが、どうやら長風呂させてしまったせいで、湯にあたってしまったようだ。

(ご・・・ごめんなさいっ!!)

心の中で少女を一人置き去りにしてしまったことを謝ると、いそいそとタオルで体を拭き、服を着せて急ぎベッドへと運んだ。

 

ハァハァと苦しそうにしている少女の額に氷水につけた布を当てる。
少女の手を握りながら、片方の手で少女の顔を団扇で扇ぐ。

 

話に夢中になって、彼女を放置してしまったことを悔やむ。
この子は今日初めて風呂に入ったのだ。
自分の体の変化なんて、この子にはわからない。
私がきちんと見ていれば、こんなことにならなかった・・・


少女の顔を見ながら、ペンダントにはめ込まれた写真を再び見る。

確かに・・・そっくりだわ・・・
とすれば、この少女はやはり・・・・

先ほど部下の男が言った「特別な者」という言葉が頭に浮かぶ
私はそれを頭の中から振り払うように、頭をブンブンと振る。

余計なことを考えるのはやめましょう。
どちらにしても真相は、この子が元気になった時にわかることだわ。

 

しばらくすると、少女はゆっくりと目を開ける。
大分落ち着いたとはいえ、息はまだ少し荒く、目は赤く潤んでいる。

私はおでこに乗せていた布を氷水に浸した新しい布に取り換えると、気持ちよさそうに目を細める。


ごめんなさい・・・
お風呂に慣れていなかったのね。
もうちょっと寝ていれば体調は回復すると思うから、おとなしく寝ていてね。


と私が言うと、少女は安心したような顔でうなずき、ゆっくりと目を閉じた。

そしていつしか呼吸は収まり「すーっ すーっ」とかわいい寝息を立てながら、眠りに落ちていったようだった。