FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第四十四話 「裸の少女」

目を覚ますと、頭の痛みもすっかりと消えていた。

お姉ちゃん・・・・・どこ・・・?

視界にララフェルのお姉ちゃんの姿が見えないことに不安を感じ、起き上ろうと体に力を入れると、ふと手が誰かに握られていることに気がついた。
ゆっくりと体を起こし見てみると、ララフェルのお姉ちゃんは私の手を握りながらベッドの横ですやすやと寝ていた。
口の際からは涎のような跡が残っている。

お姉ちゃん・・・かわいいっ!

私は手を伸ばして姉ちゃんの頭をいいこいいこすると「うぅぅ・・・ん」と小さく声を上げた。
そして、撫でられていることに気が付いたのか、お姉ちゃんは起き上った私のことを眠たげな眼で見ると、びっくりしたようにガバッと顔を上げた。

あっ・・あれっ!?
私、寝てた!?


私はクスクスと笑いながら、涎が垂れている口元を指さすと、お姉ちゃんは慌てて涎の跡を袖でぐいぐいと拭った。

へへ・・
お姉ちゃんといると、自然と笑みが浮かんでくる。
まるで村にいるみたい。

なぜかそんな親近感を、このお姉ちゃんからは感じることができるのだ。


お姉ちゃんは私に「体調はどう?」と聞いてくる。
私は大きく頭を縦に振って、元気いっぱいに両手を広げた。

ごめんね・・・と謝ってくるお姉ちゃんの頭を私は再び撫でると、お姉ちゃんは驚いた顔をしながら、でも照れ臭そうに笑ながらじっとしていた。

 


「覚えている範囲でいいから、私に教えて?」と、お姉ちゃんは意を決したような真剣な顔で、私の手を握りながら聞いてくる。


私は誰なのか?
私はなぜ、あそこにいたのか?


私は頭をひねりながら、私自身が覚えている範囲でその質問に答えようとしたのだけど、

うぁ・・・・あ・・・・うぅ・・・・

なぜだろう?
うまく言葉にならない。

あれ・・・・あれ・・・?

う・・・・うううぁ・・・・・うう・・・・

必死に喋ろうとするけど、やっぱり喉からはうめき声のような変な声しか出すことが出来なかった。

あれ・・・あれ・・・おかしいな・・・・

私は喉を確認するように首元に手を当てた・・・瞬間、

ドクンッ!!!!

と突然首を絞められている光景が頭に浮かぶ


うううぁぁ!!!
ああぁ・・・・ああぁ!!


明滅するように世界が歪む。
まるで決壊した川の水のように、忘却の彼方にあったはずの記憶が頭の中に流れ込んでくる。

 

暗く汚い物置の中で、わたしは一人の怖い男の人に首を絞められていた。
必死に抵抗する中で、わたしは、わたしの持っていた木片の先は、

わたしの・・・・

私の目を・・・・・


あがぁぁぁ・・・・うあぁ・・・うぁぁぁっ!!!


私は自分の目を抑えながら、叫び声をあげた。

嘘・・・嘘だよ!!
あぁ・あ・・あれは夢だよ!!
あれはただの怖い夢のできごと!!
だ・・・だって私はいまここで優しいお姉ちゃんと一緒にいるもん!!

断片的に蘇ってくる記憶を私は叫んで必死に否定する。
しかし、無情にもその記憶の復活は、私に逃げられない現実を突き付けてくる。

いや・・・いやだ!
いやだいやだいやだいやだいやだいやだっ!!

頭を抱えながら否定する私をあざ笑うかのように、私の記憶は「あの時」に起こったすべてのことを思い出させた。
体がガタガタと震える。その震えで歯がカチカチと鳴っている。

いま、静かであるはずの部屋の中で、

あの時・・・

あの犬の檻の中に放り込まれた時の、

自分の肉を引き裂く気持ちの悪い音が、

聞こえるはずのない音が、

いまもなお続いているかのように

生々しいほどの現実感をもって、

頭の中にこだまする。


あぁぁぁっぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!!!


私は夢であってほしい現実を拒むかのように、喉がつぶれてしまうほどの大声で絶叫する。
そんな私を見て、お姉ちゃんは必死に私のことを押さえつけようとしてきた。
でも、その行為が私を無理やり押さえつけたあの男とかぶってしまい、

お姉ちゃんの腕から逃げようとひたすらに暴れてしまう。

おっ! 落ち着いてっ!!  イタッ!!!!

それでも私を押さえつけようとしたお姉ちゃんの手を引っ掻いた時、
お姉ちゃんの手の中から見慣れたペンダントが零れ落ちた。

あっ!! あれはっ!!!

私はベッドから転げ落ちて、必死にそのペンダントを手にする。

失くしたと思った大事なペンダントッ!
私とお母さんの大事な思い出!

ギュッと胸でそのペンダントを抱きしめた。
そして私は、ベッドの下で小さくうずくまりながら

あ゛ーっ! あ゛ーっ

とまるで子供のように泣き続けた。

 

 

ごめん・・・ごめんなさい・・・・

ララフェルのお姉ちゃんは、私に引っかかれて血が滲んだ手を気にすることもなく、謝りながら私を抱きしめてくる。
お姉ちゃんの温かさと、優しい匂いに包まれているうちに、荒んだ心がゆっくりと落ち着きを取り戻してくる。
お姉ちゃんは涙をたくさん流しながら、ただひたすらに私に謝っていた。


謝らなければならないのは私の方・・・・
私は、私は悪夢を思い出して、お姉ちゃんを傷つけてしまった・・・

そう・・・あれはただの悪い夢なんだ。

だって・・・・だって・・・

私は今もちゃんとここで生きているもの。

それにほら、私の目だって・・・・


そう思いながら、木片が刺さったほうの目を覆い隠す。

しかし、半分になるはずの視界に変化はない。

・・・・・れ・・・・あれっ・・・・・・・・?

私は震えながら、もう片方の目を隠してみると、

私の見ていた世界は、すっ・・・と暗闇に包まれた。

あ・・・・・・あぁ・・・・・

私は悪夢と信じたい夢の出来事が、現実であったことを受け止めきれず、
まるで再び心を切り離すかのように、

そのままふっと意識を失ってしまった。

 

 

 

私は突然暴れ出し、気を失った少女に必死に呼びかけながら、自責の念で胸が締め付けられる。

騒ぎを聞きつけて、部下の男が室内に入ってきた。
私は「大丈夫・・・・大丈夫だから」と言って部下の者をたしなめる。

部下の男は私が涙で顔を濡らしていることに気が付いたのか、懐からハンカチを取り出して私に差し出してくれた。
私は部下の男に「ありがとう・・・」と言うと「いえ・・・」と言いながら、どことなく目線を外しながら恥ずかしそうに顔をポリポリとかいていた。
思えば、負けん気が強くいつも強気な私が、部下にこんな姿を見せるのは初めてかもしれない。

気を失った少女を抱えあげベッドに寝せると、私はがっくりとうなだれる。

こうなるなんてこと・・・・・分かっていたことじゃないっ!!!

と叫びながら、近くにあったテーブルを「ドンッ!!」と叩く。
テーブルの上に置かれた食器が「ガチャン」と鳴った。


そう・・・エーテライトプラザで会った時から、この子のおかしさには気がつくことが出来たはずだ。
子供には違わないけれど、年相応とは言い難いほどの幼い態度。

あれはそう・・・・
精神障害における「幼児退行」

ふと私は、包丁を持った母親に馬乗りにされた光景を思い出す。
現実から目を背けたくても、現実は決して私を捕らえて逃さない。
母親の虐待に耐えかねた私もまた失語症になりかけ、心を閉ざした時期もあった。

辛かった日々・・・それでも、私には父がいてくれた。
でも・・・この子には・・・・

連絡船の事故にあい、全身は血だらけになるほどの傷を負った。
そして彼女はそこで、何らかの原因で右目を失明したのだろう。
自分がなぜここにいるのかも理解できず、頼る者も誰もいないここリムサ・ロミンサで、
ただの一人で放り出されたこの少女の不安の大きさは計り知れない。

だからこそあの子の脳は、心を壊してしまうほどの強い恐怖と不安で潰れてしまわぬよう、
記憶の一部を精神障害と引き換えにして切り離したのだ。

わたしは・・・そのことに気づけていたはずなのに

わたしは・・・その少女の心の傷に不用意に触れてしまった。

わたしは・・・この子を守ろうとしたのではなく、

ただただ・・・事件を解決したかっただけだったんだ・・・。


悔しさで顔が歪む。
噛んだ唇から血が滴り落ちる。
私の目から流れる涙は、少女への同情からではない。
自分自身の未熟さに対して、涙が止まらないのだ。

この子を故郷へと返してあげよう・・・
この子が安らぐのは、もうそれしかない。

私はそう決意して、部屋から飛び出していく。

「ど・・・どこへ!?」と慌てる部下の男に「上官と掛け合ってきます!!」と言って、上官室まで駆けた。

 

上官室の前まで来た私は、ノックすることもせずに「失礼しますっ!!!」と言いながら扉を乱暴に開け放ち、上官室へとズカズカと入っていく。
誰かと話していた上官は突然入ってきた私にびっくりした様子でこっちを見ている。
私は気にせず、矢継ぎ早に上官に対して、

上官! エーテライトプラザにて保護した少女を故郷まで移送したく進言に参りましたっ!

と言うと、事態が呑み込めないといった表情で上官は戸惑っていた。


すると後ろから「話を聞こうか」と、どすの利いた声が聞こえてきた。
振り向くとそこには、リムサ・ロミンサの総督であり、グランドカンパニー「黒渦団」を束ねるメルウィブ提督の姿がそこにあった。

私はいるはずのない大人物が上官室にいたことにびっくりしてしまい、不恰好な形で敬礼をしてしまう。
しかし提督は「よい」と言って、私に話を続けるように促した。


私は一度深呼吸をしたうえで提督と上官に、エーテライトプラザにて保護した少女は消息を絶った連絡船の乗船者であることを報告した。
その少女がなぜエーテライトの前で見つかったのかについては、少し言いよどみ淀みながらも「特別な者」なのかもしれないことを話すと、
上官は「突然何をいいだすんだ・・・」というような気難しい顔をしていたが、提督は真剣な顔をしながら話し出した。


特別な者・・・言い伝えでいうならば「光の戦士」と呼ばれる者か。

過去幾度となく起こった霊災時に突然現れては、戦乱を沈める原動力として活躍する戦士たち。
その身は不死であり、死してもまた母なるハイデリンの加護を受けてエーテルより甦る。

その少女が幼き「光の戦士の卵」であるのならば、エーテライトプラザで甦ったという話はうなずける。
あれは地脈の結合点。エーテルの吹き溜まりであるからな。
他で見つかった・・・というより、現実味のある話だ。


私は理解を示すメルウィブ提督に一礼し、話を続ける。
少女は連絡船の転覆時に何があったかはわからないが、幼児退行するほどに精神に深い傷を負っており、いまはまともにしゃべることすらできないことを報告する。
だからこそ、彼女から事情を聞くには故郷である村に返し、心の治療がまず必要であると説明した。

私の進言に提督は頷きながら、少しん考え込んだうえで私を見て話を始めた。


実は最近、人攫いらしき事件がリムサロミンサ近郊で起きているんだ。
今回の連絡船転覆事故も、そうではないかと私は睨んでいる。


私は提督の話を聞いて驚きの声を上げた。


リムサ・ロミンサでは古くから国民の奴隷売買を固く禁じている。
特に法律と言ったものは無いが、それよりも強く海賊諸派で結ばれている「鉄の掟」だ。
もしそれを破れば、海賊団の全意の元に「より残酷な手段」を持って駆逐され晒される。
また同じことをしようと企むものへの「見せしめ」としてね。
それほどまでに強く、固い掟であるのだ。

このリムサ・ロミンサで、そんな大それたことをする輩がいるとは思えないのですが・・・


私がそう言うと、メルウィブ提督に代わって上官が話を始めた。


連絡船のことだが、コスタ・デル・ソルに残骸が漂着したことは聞いているな?
確かに船の「残骸」は漂着したが、そこに誰一人たりとも「乗員」の姿はなかったのだ。

!!?

そう言われれば確かにおかしい。
事故によって船が転覆したとしたら、水死体もまた漂着物として流れ着くはずだ。
それが、ただの一体の死体も上がらなかったというのは、普通に考えればありえない。

言葉を失う私に提督は、


もしそれが事実だとしたら、このリムサ・ロミンサで不戦協定よりも固い「鉄の掟」を破る大事だ。
我々黒渦団も動いてはいるのだが、証拠なき疑惑を海賊団諸派達に向けてしまっては不戦協定の瓦解にもつながりかねない。
それは国の安定を揺るがし、サハギン族やコボルド族などの蛮族連中だけでなく、ガレマール帝国への隙となる。
だからこそイエロージャケットの諸君らに協力を要請するため、私はここに来たんだよ。

そして今さっき君の上官から、保護した少女の報告を受けていた時に君がここに入ってきたんだ。
できればその少女に、連絡船のことをききたかったのだが・・・・


そう言う提督の言葉に、私は俯いてしまう。
あの少女は、間違いなく連絡船の顛末のことを思い出した。
それは、提督が黒渦団だけでなくイエロージャケットにも協力要請を出してまで、突き止めなければならない「貴重な証拠」なのだ。

でも・・・それでも、恐怖に狂うあの少女の姿を見てしまった私に、
再び「消そうとした現実」を突きつけるという非情を行うことはできない。

「任務」か「情」か。

あかの他人である少女と、自分が護るべき国の大事。
守り人として選ぶべきは一択なのかもしれないけれど、それでも今の私の心の天秤は「選ぶ余地」もない。

言葉を詰まらせる私に提督は近づき、肩にポンと手を置いた。


君の報告を聞いて、私はその少女に話を聞くことをあきらめることにしたよ。
こちらの都合で被害者である少女を追い込んでしまうことは、罰を与えているに等しいからな。
「掟」を破る輩に慈悲は与えんが、罪なき民は守らなければならない。
それに人さらいの案件は今回の連絡船だけではないしな。
追い続ければ、必ず糸口は見つかるさ。


メルウィブ提督はどこか遠くをみながら、自分自身に戒めるかのように言葉を紡ぐ。


移送の船はこちらで用意しよう。
連絡船の代わりの船が調達できるまでの間、こちらの軍艦で代用してくれ。
まさか軍艦を襲うなんて輩はいないだろうしな。
ただ・・・すぐにでも用意できる船はエールポートからとなるが、それでもいいかな?

メルウィブ提督がそういうと、私は「ありがとうございますっ!!」と言い、深々と礼をする。


もし差支えなければだが、その少女を一目見させてはもらえないか?


普段の凛とした表情を崩し、柔らかく微笑むメルウィブ提督。
情緒不安定な少女の元に提督を案内するべきか少し迷ったが、提督に最大限の配慮をいただいた以上断るわけにもいかない。
「ではこちらへ」と言って提督を少女が眠る部屋まで案内した。

扉を少し開け部屋の中を確認すると、少女は「すーっ すーっ」と小さな寝音を立てながら眠りについていた。
私はほっと胸をなでおろして、部屋の中に提督を招き入れた。

提督は眠りにつく少女を見て「こんな少女が・・・」とメルウィブ提督は呟くと、涙が流れた後を取り出したハンカチで優しく拭う。
そして私に

「頼んだぞ・・・」

と言い、静かに部屋から出て行った。
私は敬礼をしながら、部屋を去っていく提督の後姿を見送る。
提督の強く、そして固く握られた手からは、何か決意のようなものが感じ取れた。

 

翌日、目覚めた少女はすっかりと明るさを失っていた。
「大丈夫?」と問いかけても言葉は無く、頷くこともない。

大丈夫なわけがないじゃない・・・
私・・・ほんとうに馬鹿だ・・・

私は自戒の念で押しつぶされそうになりながらも少女に、

おうちに帰ろう・・・

と呟いて、ギュッと抱きしめた。

 

黒渦団の人がイエロージャケットの本部に訪れ、船の用意ができたと伝えに来てくれた。
さすが国家元首。通常であれば色々な手続きが必要で最短でも一週間以上はかかるところ、たったの一昼夜で用意を整えるとは・・・
私は上官にこの少女を故郷まで送り届けることを伝えると、上官は複雑そうな顔をしながらも総督が言うなら仕方がないといった様子で了承した。

国外に出るのにこのままの格好じゃだめね・・・

私は一旦家に戻り、飾り気のない私服に着替える。
・・・そもそも、日中はイエロージャケットの制服を着たままのことがほとんどの為、よそ行きの服を私は持っていない。

・・・年頃の女性としてこんなのでは嫁の貰い手もないわね・・・料理もへただし・・・。
あっ、そうだ。途中お腹がすくかもしれないから、食べ物も持っていかなきゃ。
でも、今からマーケットに行っていたら遅くなっちゃう。
・・・・・サンドイッチぐらいなら、何とかなるかしら・・・パンにはさめばいいだけだし。
飲み物は・・・そうだ! スープは作って持っていこう。
冷めちゃうかもしれないけど、大丈夫ね!
・・・・多分。

私はありあわせの物を使って手早く昼食を用意する。
手近にあったバスケットに作ったサンドイッチを詰め込むと、急ぎ少女にいる本部へと向かった。

 


エールポートに行くにはリムサ・ロミンサから出ている直通の連絡船を使えば早い。
しかし、船を見ると怯えだす少女を無理やり乗せるわけにもいかず、チョコボキャリアーを一台手配して陸路で向かった。

着いた頃には夜ね・・・・
そこで一泊して、翌日に出発しましょう。

私はポケットに薬が入っているかを改めて確かめる。
船旅の間、この子を怖がらせないように眠ってもらう算段だ。
少々強引かもしれないけれど、これしか手は無い。

少女を見ると、私の体に寄りかかりながら「ぼーっ」とどこか遠くを見つめていた。
少女の瞳の先を追っていくと、空を気持ちよさそうに飛んでいる海鳥たちの姿が見える。

翼があれば、あっという間に帰れるのにね・・・

と心で思いながら、私は少女の体を抱きかかえて、頭を優しく撫でた。

 

 

エールポートに着くころには、すっかり夜が更けていた。
港に停泊していた黒渦団の船に挨拶しようと思ったが、船を見ると怯え出す少女のことを考えて、先に宿へと向かった。
本当はイエロージャケットの詰所に泊まろうと思っていたのだが、大きな体格の男を見ると少女は怯えだすのだ。
出会った時は大丈夫だったのだけれど、思い出した記憶の中に少女を怯えさせる何かがあるのだろう。


何件かの宿屋を尋ねたが、どこも満室だった。

おかしいわね・・・そんなに賑わっているとは思えないのだけれど・・・

エールポートの中を見渡してみても、人の姿は少なく閑散としている。
確かに今日の船便は既に終わっているので、当たり前と言えば当たり前なのだが。

宿の人に話を聞くと、出稼ぎのためにリムサ・ロミンサへと向かう人達で一杯とのことだった。
連絡船が一隻無くなったことで、あちこちにしわ寄せがきているらしい。
原因がはっきりするまで出航を取りやめる船も出たりと、客船商船問わず混乱しているという。

そうか・・・そういえばここスウィフトパーチにも近いものね・・・

リムサ・ロミンサのあるバイルブランド島も、第七霊災によって例外なく大きな傷跡を残した。
大きな地殻変動によって壊滅した集落も多く、ガレマール帝国との戦争によって船を失い、生計の経てることができなくなったものもたくさんいた。
首都であるリムサ・ロミンサの復興は急速に行われたが、未だ復興がままならずに放置された集落からは仕事を求めてリムサロミンサへと移動する出稼ぎ労働者が多い。
さらに最近では、海からはサハギン族、山からはコボルド族の領土侵攻が活発化しており、襲撃を恐れて住処を追われるものも出始めている。

蛮族を抑え込むためグランドカンパニーである黒渦団が最前線にたってはいるが、陸戦を苦手とする部分もあり苦戦を強いられているらしい。
そのため、斧術士ギルドや冒険者の力も借りながら、何とか今の前線を保っている状態だ。

エールポートにほど近いスイフトパーチも例外ではなく、主産業であった農業は霊災で棲みかを追われたドードーの群れにより畑を占領され、未だ復興の糸口をつかめずにいる。
そして復興をあきらめた住人達がリムサ・ロミンサに仕事を求めて移動しているという噂は聞いていた。

しかたがないわね・・・と途方にくれながら宿を出ようとすると、宿屋の主人は「少しお待ちを・・・」と言って、他の宿に一室空きを作れないか聞いてくれて回ってくれた。
そして「粗末なベッドが一つしかありませんが、泊めてくれるところがありました」と教えてくれる。
私は宿屋の主人にありがとうと言いながら、少しばかりの駄賃をそっと渡す。
宿屋の主人は受け取りを断ったが「お礼の気持ちだから受け取って頂戴」と言うと、こちらこそすみませんとその駄賃を受け取った。

教えてもらった宿に着くと、入り口の前に人相の悪い商人風の男が立っていた。
私は不審に思いながらも横を通り過ぎて歩いていく。
しかしその商人風の男は、私達をジロジロと値踏みするように見ていた。

私は「何か?」と話しかけると、男は「いえいえ」と気持ちの悪い笑顔を浮かべながら答えた。

2階の角の部屋に通されて、部屋に入る。
そこは物置だった部屋を片付けて、ベッドを置いただけの粗末な部屋だった。
それでも、個室で泊まれる分ありがたい話だ。

宿屋の主人は部屋を去り際に「一階にガラの悪い連中が入っているから、あまり出歩かないほうがいいですよ」と忠告してくれた。
元々満室ではあったものの、そのガラの悪い連中に絡まれて怒った客が出て行ってしまったらしい。
一階の部屋は空いているものの、これ以上宿泊客に迷惑が掛からないように、宿泊をお断りしていたとのことだった。

不安ではあったものの、宿屋を選ぶことが出来ない以上致し方ない。
何かあった時に協力を頼めるよう、この子を寝かしつけたらイエロージャケットの詰所に顔を出そう。

そう思いながら、少女をベッドの上に座らせると、作っておいたサンドウィッチを鞄から取り出して少女に渡す。
携帯用のポットの中から、すでに冷めてしまったスープをコップに注ぐ。

少女はサンドウィッチを無表情のまま見つめていたが、ぱくっと口の中に入れた。
そのままもぐもぐと咀嚼しながら、無言でサンドウィッチを食べ始めた。

だいじょうぶ・・・・だよね?

昼間に見せた元気いっぱいの笑顔が頭に浮かぶ
少女から笑顔が消えてしまったことに胸を詰まらせながら、サンドウィッチを食べ終えた少女にスープの入ったコップを渡した。
少女は冷めたスープに口を付けるが、口に合わなかったのか飲むのをやめる。

あーーー・・・・
美味しくなかったかぁ・・・・
私の自信作なんだけどなぁ・・・・

と寂しい気持ちになりながらも、少女の手からコップを取り、サンドイッチを食べ終えた少女をベッドに寝させた。

少女が眠りに落ちるまでの間、私はずっと手を握り続ける。
恐怖以外の感情を失った少女の顔からは、今何を考えているのかは読み取れない。

親御さんになんて説明しよう・・・・

そんな考えながら、私は少女の頭を優しく撫で、寝息を立てるのをずっと見守っていた。

 

イエロージャケットの詰所に顔を出すと、慌ただしく戦闘準備をする団員たちの姿があった。
何事かと思いここの責任者に事情を聞くと、スウィフトパーチ近くにあるドードーの野営地で、突然ドードー達が暴れ出したとのことだった。
スウィフトパーチに駐屯している警備隊だけでは人が足らないため、応援でこちらからも向かうとのことだった。

私は自分がリムサ・ロミンサ管轄のイエロージャケットであることを伝えると、その仕事に自分も参加すると進言する。
責任者の男は、管轄違いで、しかも師長クラスの人に応援いただくのは申し訳ないと断ってきたが、私は少し強引な言い回しで参加を取り付けた。

なぜそこまでして私は管轄違いの案件に首を突っ込んだ?
正義感から?
いえ・・・・そんな前向きなものではないわ・・・。

思えば、私はあの少女のことから少し逃げたかったのかもしれない。
笑顔が消えてしまった少女の顔を思い出すたびに、気分が陰鬱とする。
私は少女から目を背けるように、イエロージャケットの仲間達と共に、ドードー野営地へと向かっていった。