FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第四十六話 「目覚め」

ゆっくりと目を覚ますと、天井と呼んでいいのかわからない光景が視界に映る。

岩の天井・・・

薄暗く、灯す明かりも少ない空間の中に、私は寝かされていた。
耳にはぴちょん・・・ぴちょん・・・という水の滴る音が響いていた。

あれここ・・・見たこと・・・

っ!!!!!!!!

私はがばっと飛び起きて、周りを見る。
岩で囲まれた洞窟の中のような空間。
じっとりと淀む空気と、鼻孔を刺激する吐き気を催すような魚の腐ったような匂い。
炊かれた松明に照らされて、自分を閉じ込めるかのように鈍く黒光りする鉄の格子。

あ・・・・・あ・・・・・・

そう、私がいる場所は、

私が「ただの悪夢」と信じたかった場所そのものだった。

 

 

よう・・・気がついたかい?
本能から拒絶するような耳障りな声が、鉄格子の外から響いてきた。
そこに現れたのは、悪夢の中であった悪魔のような顔をした男だった。

私は歯をカタカタいわせながら、恐ろしさで体が動かない。

な・・・なんで・・・
わわ・・わ・・たし・・・ベッドで寝ていたはずなのに・・・

今が夢なのか、それとも今まで見ていたことが夢だったのか。
夢と現実の区別がつかなくなった私は、少しでもその男から距離をとろうと後ずさる。


まさか生きているとはな。
びっくりしたぜ。
番犬どもに骨までしゃぶられて、くたばったはずのお前が生きて宿屋に泊っていると聞いたときはよ。

そっくりさん・・・・ってわけじゃなさそうだ。

と、男を見て必要以上に怯える私をニタニタと笑う。

噂の「特別な者」ってやつか?
死んで体を失っても生き返るってな。
骨がなくなったと聞いてまさかと思ったが、本当に実在するなんてな。

なぁ・・・
村に帰りたいかい?

悪魔のような男は、私の表情を楽しむかのように覗き込みながら、私に問いかける。

ぇ・・・・なぜこの人、私の村のこと知っているの・・・?

私は悪魔のような男から村の話が出て「ドクンッ」と胸が跳ね上がる。


すると、悪魔のような男の後ろから、宿屋で優しくしてくれた行商人のお兄さんがすっと姿を現した。

!!!?

私は意図せず突然に表れた優しいお兄さんの姿を見てびっくりしたまま動けなくなる。
お兄さんはそんな私を見ながら、悪魔のような男と同じように不気味に笑っている。


こいつがあんたの言っていた「召喚士の卵」って奴かい?


悪魔のような男は、優しかったお兄さんに対して問いかけると「まぁ村の村長が言っていただけなんで本当かどうかはわかりませんがね。これがあれば本物かどうか判断できるでしょう。」と言って、悪魔のような男に本のようなものを手渡した。


ふーん。巴術士の連中が持つ魔導書ってやつか?
随分とボロボロだが、使えんのかこれ?


そう言いながら、本を開けて興味なさげにペラペラと捲る。


巴術士ギルドにいたやつが使っていたものなんで大丈夫でしょう。この手のものは新しいものよりも使い込んだものの方が価値があるらしいので。


優しかったお兄さんがそう言うと「俺には何が何やらわからんしろものだな」と言いながらパタンと本を閉じて、乱暴に私の目の前に投げ入れた。
その本は、村の長老様が大切に持っていた本と似ていた。
私が村にいたとき長老様に言われて、何度かその本を触ったことがあったけれど、光り輝くだけで何かが起きたわけではなかった。

長老様は「素質はあるがまだ早い」ということで、誕生日が来るたびにその本を触るように言いつけられていた。
私は本を触る度に強まっていく得たいの知れない感覚が怖くて、この数年はあえて力を抑えたりしながらごまかし続けていた。

でも、そのことがばれてしまったのか、村長さんは突然私のことをリムサ・ロミンサの巴術士ギルドに修行に出すと言い出した。
長老様は私を外に出すことを嫌がったのだけれど、村長さんは私のことを「村の希望として必要なこと」と言って、強引に村から送り出したんだった。


おい、それを使ってみろ。


と、悪魔のような男は私に言う。
でも、私はこの本の使い方なんて知らない。
どうすればいいかわからず戸惑っていると、悪魔のような男はイライラとした表情を浮かべながら優しかったお兄さんに向かって、


おいおい、だめじゃねえか。
こいつ本の使い方すら知らねぇみたいだぜ?
例え「特別な者」だからって、何も出来ねえ奴をのんびりと飼い続けるほど俺たちは気は長くねぇぞ。

この子の力の片りんは私も村で何度か見ております。
ただ、どうやらこの子自体が力を発現させることをどこかで拒んでいるようです。
だったら「発現」しなければならない状況に追い込んでみれば、覚醒するかもしれませんね。

と言う優しかったお兄さんの表情は、見たこともないほどに醜く大きく歪んでいた。


その言葉に納得したのか悪魔のような男が「おいっ!」と部下の者に叫ぶと「あいつらを連れてこい!」と命令した。

 

遠くから、獣の鳴き声が響いてくる。
私はその声が、犬の鳴き声とわかるとビクッと体を震わした。
声すら出ず、口をパクパクと動かしながら首を横に振る。

(いや・・・・いや・・・・・いやっ!・・・・)

幾ら後ろに下がろうとも、逃げだそうとする私を捕えるかのようにじっとりと黒く濡れた石壁に阻まれる。

背の高い男が犬たちに引っ張られるように檻の前に辿りつくや否や、犬たちはすぐにでも私に飛び掛からんと、柵の間に顔を埋め、ギャンギャンと喚きたてている。
口からは汚らしいほどに涎を垂らし、充血した目は飛び出るんじゃないかと思うほどに大きく見開かれている。

ハハッ! 随分と活きがいいな。
お前、相当うまかったんだろうな。
犬どもはお前の「味」を覚えてるみてぇだ。


死にたくないなら、さっさとお前の力見せてみな!


慈悲もなく、狂喜に錯乱している犬達が私のいる檻のなかに放たれると、一直線に私の元に向かって駆け寄ってくる。


また・・・・またわたし・・・
食べられちゃうの・・・
やだ・・・やだやだ・・・・やだっ

死にたくない!!!!!!!!!


痛みだけでなく、自分を失う恐怖を思い出し、
私は心に強く思う。
その思いに反応したのか、手に触れていた本がまばゆいばかりに光り輝いた。
自分の意思とは関係なく、ペラペラと頁がめくられている。
そして、ある頁が開くとぴたっと止まり、そこから光り輝く塊が飛び出してきた。

光り輝く塊は私と駆け寄る犬との間に立ちふさがり「キュキュッ」と小さく鳴くと、迫りくる犬達に向かって突進していく。
犬はその塊に怯むことなく、噛みつこうと飛び上がる。

瞬間、光の塊はその身を大きく震わせると、空気が鳴動するほどの轟音と共に強い衝撃波が犬達を一瞬のうちに切り裂いた。

耳障りな犬の鳴き声は聞こえなくなり、洞窟の中に静寂が包まれる。

パチパチパチ

少しして、静けさを打ち払うかのように拍手が聞こえてきた。
「すばらしい」と言って、優しかったお兄さんが私に向かって拍手をしていた。
悪魔のような男は腕を組みながら難しい顔をして、


あんたの言った通りだな。
・・・・だが、この程度じゃ巴術士の連中とかわらんじゃないか?
召喚士って奴がどういうやつなのか分らんから、どうといえたもんじゃねえが。

もしこの少女が召喚士として覚醒していたら、我々は今生きてはいられませんよ。
そもそも召喚士とは、蛮神を使役するほどの力を持っていた。
膨大な量のクリスタルと「信仰」という生贄をもってやっと顕現させられる蛮神を、彼らはその身に宿る法力のみで召喚し、自在に操るのです。
この少女はまだ未完。器としても完成されてはいません。

・・・しかし、

その身に宿る法力の大きさはここの巴術ギルドに所属するすべての巴術士を足し合わせても敵わない。
時期が来れば、自然と新たに覚醒するでしょう。

そんな危険な奴を俺らで扱えるのか。
見ろ・・・・、さっきまでは餌として投げ込まれたウサギみたいな怯えた目をしていた奴が、今や獣の目をしてこっちを見てやがるぜ?

言葉とは裏腹に、どこか余裕ありげに話を続ける悪魔のような男。

確かに、あの少女を縛る「切れることの無い鎖」は必要でしょうね。
そういって、商人の男は懐から一つのペンダントを取り出し、私に見えるようにかざす。


・・・・・あれはっ!!!

男が取り出したペンダントは、私が首から下げているペンダントと同じもの。
それは、お母さんが私に託したペンダントそのものだった。
呆気にとられる私に商人は、

あなたのお母さんは病気の療養を終えて、今は村にいます。
そしてこのペンダントがここにある。

この意味、あなたにわかりますか?


と、商人の男は私の顔を楽しむように見ながら、話す。

私は商人の男からペンダントを取り返そうと光の塊をけしかけようとするが、

おっと待ちなよ!

と言って、悪魔のような男は私に対して服を投げ込んだ。
見覚えのある服。それは私の大好きなおせっかい焼きなお姉ちゃんがいつも来ていた服だった。

お前の大好きな「お母さん」も「お姉ちゃんも」、まだ生きているぜ?

まだ・・・・な。
だが、お前が今俺らを殺してしまえば、お前の大好きな人と村人達は、子分共が報復として虐殺するように言いつけている。
お前は、俺らの命と引き換えに、自分の帰る場所と大好きな人達を失う覚悟があるのかい?


と、ニタニタと笑いながら話す。
私は頭が混乱してしまい、身動きを取ることすらできなくなった。
敵意を向けたまま、しかし動くことをやめた私を見ながら、


さて、取引と行こうか?


と、悪魔のような男が言うと、今度は目隠しをされた一人の男が連れられてきた。
見覚えのあるその男は、誰でもない。
私を襲い、片目を無くす原因となった彼らの仲間の男であった。

 

私を襲った男は、目隠しを解かれると、私のいる牢の中に入れられた。
「団長! すいません! すいません!!」と、鉄格子にとりつきながら悪魔のような男に対して命乞いをしている。
団長と呼ばれた男は、私を襲った男に一本のナイフを手渡すと、

そのガキを殺せたらお前の「掟破り」は見逃してやるよ。
簡単な事だろう?

と団長と呼ばれた男が言うと、私を襲った男はナイフを力いっぱいに握りしめながら、ゆっくりとこっちを見る。
ハァ・・・・ハァ・・・
見ても分かるほどに肩を上下に揺らしながら、荒々しく息を吐く。

お前のせいだ・・・・・・お前のせいだっ!!

と言いながら、目を真っ赤に血ばらせながら、大きく叫んだ。


さてガキ。
お前の選択肢は2つ。
こいつに殺されるか、こいつを殺して俺たちの飼い犬となるか・・・だ。

もし殺されちまったら、一人であっちの世界に行くのは寂しいだろうからな。
慈悲深い俺は付き添いに村の全員をお前んところに送ってやるよ。
あぁそういや、お前は死なねぇんだったな! 残念!!
解放はしてやるから、お前は自分のせいで村人が全員死んだことを悔やんで生き続ければいい。

もう一つは、こいつを殺したうえで、俺たちの飼い犬となることだ。
お前は俺らの貴重な番犬をたくさん殺しただけでなく、貴重な団員の一人を屠るんだ。
抜けた穴はお前で埋めてもらう。
なぁに、生きてさえすれば、村に戻れることもあるかもしれねぇぜ?


と、団長と呼ばれた男は私に宣告する。

おっと、考えている時間はないようだぜ?
こいつはお前を殺さない限りは死ぬ運命だ。
自分にとってどちらが最良の選択なのか。
行動をもってさっさと示しな。

ナイフを手にした男はじりじりと私の元へのにじり寄ってくる。
光る獣のような塊に警戒しながらも、怯むこともなくただ私を「殺す」為だけに間合いを詰めている。

団長と呼ばれた男によって突き付けられた選択肢は、私にとってどちらも地獄だった。

自分だけが苦しみ、村を守るのか。
自分だけが生きて、村を、大切な人達を殺すのか。

でも私には、元々選択肢などない。
考える余地すら、余裕すらも、何一つなかった。

私は、光る獣に小さく命じる。

ただ一言「殺せ」と。

 

勝負は一瞬だった。
私の言葉と共にはじけ飛んだ光る獣は、さっき私に飛びかかってきた犬のように、ただの一瞬で私を襲った男を切り裂いた。
フワフワとしているようなその外殻は、その一本一本がナイフでできているかのように、鋭く男を切り刻む。

しかし、先ほどよりも威力が弱いのか、男は致命傷を負いながらも、まだ息をしていた。

あが・・・・だずげ・・・で・・・・・だ・・・だれが・・・・

喉の奥から溢れる血で言葉が濁る。
ピクピクと体を痙攣させ、顔中血で濡れていないところが無いほどに真っ赤に染まっている。
それでも、ズリズリと体を動かしながら、今度は私から少しでも距離をとろうとする。


おいおいお前、ひどい奴だな。
瀕死になるまでいたぶっておいて、とどめを刺さないなんてな。
さすがに地獄を味わっただけあって、やることが残酷だな!

そういって、団長と呼ばれた男は腹を抱えて大笑いしている。
そして、にやつきながら私に言う。

言ったはずだ。
選択肢は二つ。
殺すか、殺されるかだ。


私はよろよろと立ち上がり、震える手で床に落ちていたナイフを拾う。

私は「殺せ」と命じた。
でも、心の奥ではこの男を、この男ですら殺すことに躊躇したのだ。
もはや血の塊となっている男を見下ろしながら、私はナイフを両手で握る。

そして、

私は男に馬乗りになると、

その体目がけて、ナイフを振り下ろす。

「ザクッ!」

という不快な肉の感触が手に伝わる。
男は既に体中の痛みによって精神が壊れてしまったのか、私に体を刺されても動くことをやめない。
私は刺さったナイフを抜き、再び体にさす。

ザクッ ザクッ

ザクッ ザクッ ザクッ

抜いては刺し、抜いては刺しを繰り返す。
顔が熱い。体が熱い。
男の血しぶきを浴びながら、私は一心不乱にナイフを刺す。

あ゛!・・・あ゛っ!・・・あ゛あ゛!!

声になっていない奇声を上げ、私は狂ったようにナイフを刺し続けた。
そして、いつしか、男は命が尽きた様に、ピクリとも動かなくなった。

殺し終わってみれば、私の心は驚くほどに冷めていた。

痛みも、憎しみも、悲しみも・・・・

絶望ですら、

今の私を苦しめるものはなかった。

そうか・・・・私はもう、


壊れてしまったんだ。

 

力の抜けた私の手から血に濡れていたナイフが滑り落ち、カランカラン、という乾いた金属音を立てて床に落ちた。


上出来だ!

団長と呼ばれた男は、私に対して拍手をしている。
この男が何かを叫んでいる。

しかし、私の耳には届かない。

何故なら

私は、

限りない絶望と引き換えに、小さな希望を見つけたんだ。

私は、

この男と商人の男の言う通り「召喚士」になって、

 

逃げ場のない絶望を与えてやるんだ。