FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第四十七話 「鍛冶」

おい! できたか!?

金属を打つハンマーを肩に担ぎながら、大柄の男が私に怒鳴る。
私が頷くと、男は近づいてきて「見せてみろ」と言いながら、私が製作した剣を手に取った。
色々な角度から刃の打ち込み具合や柄との接合部、おさまり具合など、こと細かくチェックしていく。


まだまだ雑なところはあるが・・・・こんなものか・・・


男はそう言って、私の作った剣をもう一人の者に手渡した。
私は「ホッ」と息を吐き、胸をなでおろしていると、


俺はまだまだ納得いってねぇぞ! 職人としての腕は未熟も未熟だ!
もっと精度を上げろ! もっと腕を磨け!!


大柄な男は安堵する私を叱咤し、ドカドカと自分の仕事場へと戻っていった。
その姿を見送りながら「よかったな」と、剣を受け取った青年が話しかけてきた。


やっとってところか?
あんたがここに来てからそこそこ経つが、ずっとやり直し続きだったもんな。
おやっさんの要求基準は厳しいから、俺も合格点を貰えるまでかなり苦労したもんだ。
でも、合格点をもらう前に根を上げてやめてく奴らがほとんどだから、あんたは相当見込みあると思うぜ?

とにかく、これであんたもはれてこの工房の職人として認められたんだ。
素直に喜びなよ。
どうだい? 仕事終わった後に祝いの酒でも飲みにいかねえか?


そう言いながら青年は私の肩に手を回しながら気さくに話す。
私は苦笑いをしながらも「是非」と言ってその誘いを受けた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ウルダハで計略に嵌められ殺された私は、生き返った時に出会った「私を知る男」の手引きによってリムサ・ロミンサへと旅立った。
特別な飛空艇にリムサ・ロミンサの発着場に着くと、一人の青年が私を出迎えてくれた。

 

ひさしぶりだねっ、冒険者さん!

私に声を掛けてきた青年は、シラディハ遺跡で銅刃団に襲われていたウィスタンだった。

ウィスタンの話によると、遺跡に現れたサンクレッドの手引きによって、彼とその仲間たちはリムサ・ロミンサにあるエーデルワイス商会に引き取られた。
初めはエーデルワイス商会の斡旋を受けて別のところに行く予定だったが、ウィスタンの商才と、一度「闇」を見たという経歴をかわれ、エーデルワイス商会での「表向き」の商売を一手に引き受けているということだった。


話しは聞いているよ。
冒険者さんも僕と同じように嵌められたってね。
本当にウルダハの奴らは見境がないな。
例え国が滅んででも自分の利権にしがみつく奴らをいつか根絶やしにしないと・・・


ウィスタンは何か義勇に駆られているのか、随分と物騒なことを言っている。
本人はそのことに気が付いているのかどうか微妙ではあったが、ウィスタンは話を変え、


さっそくで悪いけど、僕に着いてきてくれるかい?
冒険者さんがここに着いたら、案内してほしいと頼まれているんだよ。
そこは当面の生活を送るための「隠れ蓑」って彼は言っていたよ。


彼? 彼とはだれだろう。
もしかして、サンクレッドか?

私はウィスタンに「その男はサンクレッドか?」と聞いたが「違うよ。でもごめん・・・・これ以上は言えないんだ」と申し訳なさげな表情をしながら言葉を濁した。
私はそれ以上の詮索はせず、黙ってウィスタンについていく。
リムサ・ロミンサは初めて訪れる都市だ。正直右も左もわからない。

先導するウィスタンの後を着いていきながら街中を見渡す。

 

リムサ・ロミンサの街並みはとても美しい。
ウルダハのような城砦を彷彿とさせるような豪胆なつくりではなく、小さな岩礁や島々を橋で繋ぎ、そこに建てられた白亜の建造物が一体となり、上品で華麗な美しさを纏っている。
そのあまりの美しさから、近々諸国から「リムレーンのベール」と称されているらしい。

しかし、美しい街並みと相反するように、街中を歩く者たちにはガラの悪いものが目立つ。
それもそうだ。リムサ・ロミンサは海賊によって統治されている国。
数多くいる海賊団の中から、この国の党首が決められているらしい。
しかしながら不思議なことに、街中を歩いてみてもウルダハで感じたような胡散臭さはない。

「リムサ・ロミンサでの海賊同士の争い事はご法度」

そんな決まり事が、この国にはあるのかもしれない。

マーケットに差し掛かると、マーケットの片隅に露店を開く獣人の姿が目に入る。
すると突然、キキルン盗賊団に囲まれ殺された光景が脳内によぎり、私は思わず足を止めてしまう。

 

キキルン族がいる・・・。

突然立ち竦んだ私を不思議がって、ウィスタンもまた足を止めて話しかけてくる。

どうしたんだい?
あぁ、キキルンかい?
ここリムサ・ロミンサではキキルンだけでなく獣人の街の出入りは自由なのさ。
商売もまた然り。もちろん、ウルダハみたいに悪さする奴らもいるけど、街にいる彼らは大丈夫だよ。
その点でいえば、ウルダハより商売はしやすいかな。
まぁ口利きがあれば・・・って条件付きではあるのだけれどね。

実際のところ、マーケットはウルダハに比べて段違いに活気があるよ。
ここの商取引はリムサ・ロミンサの国家元首メルヴィブ提督直轄の「メルヴァン税関公社」によって管理監督されていて、商取引は公平かつ厳正に管理されているからね。

一方、一部の有力商人たちによって商売が牛耳られている上に鉱石の採掘量が減少しているウルダハは、マーケットの縮小だけでなく資源の枯渇にも直面している。
自由な交易を武器に海運力に物をいわせてエオルゼア以外の国との交易の厚いリムサ・ロミンサに、ウルダハはいずれ経済で追い越されると思うよ。


やはりウィスタンはウルダハの話になると途端に口が悪くなる。
シラディハ遺跡の一件でウルダハ・・・と言うよりはロロリトに対して相当な恨みを抱いているようだ。
しかし、確かにウィスタンの言う通りマーケットのあるメインストリートの人の多さはウルダハの比ではない。


売られている商品も様々なものに溢れ、一日中見てまわってるだけでも飽きないだろう。


禁制品や危険物とか、変なものを持ち込まない限り商売は自由。
商人として横の繋がりを広げられれば、斡旋や仲介で相互に商売を高めあえるんだ。
実業家だった僕にとっては、ここリムサ・ロミンサこそが理想郷だったかもね。
導いてくれた本当にサンクレッドさんには感謝しないと。

再びサンクレッドという名前を聞いて、私はウィスタンに「サンクレッドはここにいるのか」と聞いてみた。


サンクレッドさん?
ここリムサ・ロミンサにはいないよ。彼の管轄はウルダハだって言っていたから。


そうか・・・
サンクレッドはここにはいないのか。
ウルダハにいるということは、私は彼に会うことは叶いそうにもない。
さて・・・どうしたものか・・・


あっ、でも仲間の人がリムサ・ロミンサにいるって言っていたから、彼のことを知りたかったら探してみてもいいかもね。
たしか・・・ミコッテ族の流麗な女性で、彼と同じようにシャーレアンの機械を持っているらしいから見ればわかると思うよ。
まぁ・・・僕は会ったことないけどね。

さて、着いたよ。
ここが冒険者さんの新しい住処だよ。


そう言って、ウィスタンは綺麗な街並みの一角に建てられた掘っ立小屋のようなあばら屋に入っていった。

 

あばらやの中に入ると絶えることなく「カンッ カンッ」という金属叩く音が響いている。


おーいっ!! おやっさーーーん!!!


金属を打つ音に負けないような声でウィスタンは叫ぶ。
遠慮もなくどんどんと奥へと入っていくウィスタンの後をついていきながら、私はあばら屋の中をキョロキョロと見渡した。

ここは工房か?
あの音が金属を打つ音だとすれば、鍛冶屋か何かだろうか?

壁一面に整然と並べられた手入れの行き届いた工具と、床に置いてあった素材ごとに整頓された材料らしきものをみながら考えを巡らす。
外見が外見だっただけに中も散らかっていると思っていたが、あばら屋の中は狭いながらも几帳面なほどに整理されていた。

想像以上に奥行きのある小屋の奥へと進むと、一人の大柄なルガディンの男が作業に没頭していた。
真っ赤に焼けた金属のようなものをペンチにも似た鉄の工具で挟み込み、一心不乱にハンマーで打っている。
音のせいなのか、集中しているせいなのか、金属を打つ壮年の男は狭い室内にもかかわらず私たちが入ってきたことになんの反応も示さない。

浅黒く変色し、一通り打ち込んだ金属を確認しながら、再びオレンジ色に輝く炉の中に金属を入れ、再び赤く染まった金属を取り出してはリズムよく打っていく。
その工程を幾度となく繰り返し、金属の塊であったものはみるみる剣の刀身へと姿を変えていった。


一通りの作業を終えると、親父さんと呼ばれた壮年の男はこちらをじろっと見る。



ウィスタンはそれに動じることもなく、

おやっさん、連れてきましたよ。
期待の新人です。

???

期待の新人? 何のことだろうか。


壮年の男はジロジロと私のことを見る。
そして最後に私の顔をまじまじと見ると、気難しい顔をしながら、


なんでぇ・・・新人って歳でもねえじゃねぇかこいつは。
この歳で無職ってことは難民かなんかか?
だったらこっちはお断りだ!
あいつら働き口を探しに来ているくせに、ちょっとのことで「キツイ」だとか「限界」とか抜かしてヘタレやがる。

職人になる覚悟のねぇ奴が、銭稼ぎの目的でここに来られたんじゃ迷惑だ!


そう厳しく言って話を切り、作業に戻ろうとする。
そんな壮年の男にウィスタンは、

この人はそういうんじゃないよ。
冒険者で、色々な修羅場を経験してきている。
おやっさんの「しごき」ぐらいで音を上げるほどやわじゃない。

それに人手が足りないって最近ぼやいているらしいじゃないか。
ちょうどいい人材だと僕は思うけどね。

あいつ・・・・余計なことを言いやがって・・・
馬鹿野郎! 人手が足りてねえのはうちじゃねぇ!

はいはい、どんなに忙しくとも、おやっさんところは意地と根性で乗り切るからね。
いつも納期は守ってもらえているから問題ないけど、今のペースじゃいつか体を壊すよ。
おやっさんもいい歳なんだから、もう一人ぐらい弟子をとってもいいと思うけどねぇ。


二人の問答を聞きながら、意外にウィスタンの胆が据わっていることに驚いた。
普通の人であれば、職人気質全開な壮年の男を相手にしたら、ビビッてしまってまともに話もできなくなる。
ましてやウィスタンもリムサ・ロミンサに来たのは私と数か月程度しか違わない。

こういう「怖いもの知らず」なところを買われたのだろうか・・・

そんなことを考えながら、私は無言で立っていると。


おいお前。
鍛冶の経験はあるか?


と壮年の男はぶしつけに聞いてきた。



私は「経験はない」というと「ちっ・・・ど素人か・・・・」と吐き捨てる。
そして突然私に近寄り、グイッと私の手を引っ張りあげたかと思うと、手の平をじっと見始めた。
どうやらこの壮年の男は、自分のことが使えるかどうか判断しているらしい。

そして「ふむ・・・」と小さく呟くと「お前、冒険者歴は長いのか?」と聞いてきた。
私は「もともと自分は第七霊災の記憶を失くし、ウルダハで冒険者をしていた」ことを壮年の男に話す。
「なぜリムサ・ロミンサに」という問いに対して答えようとしたが、ウィスタンが焦りながら「色々あるんだよ色々ねっ!!」と割って入ってきた。

(・・・ああそうか、自分がウルダハを追われてきたことを話すと具合が悪いのか)

「ちっ、隠し事されるのは我慢ならねぇんだけどな!」と言いながらも、壮年の男はそれ以上のことを詮索してこなかった。


ただいま~~


入り口の方から、若い男の呑気な声が響いた。
若い男は口笛を吹きながら自分たちがいる部屋まで来ると「おやじ~、買ってきましたよ~。いやいや、今日はいいものが手にはい・・・・あれ? どちらさまで?」



若い男は私を不思議な顔で見ている。

「なんでもねぇ!」と壮年の男がプイッと横を向くと、すかさずウィスタンは「ご依頼の新人さんだよ。よろしくね。」と言った。
「お、おいっ! 誰もまだ弟子にとるって・・・」といいかける壮年の男の言葉にかぶせる様に、若い男は「よろしくねっ!! 新人さん!! いやいや、見込みのありそうな人だ!!」
と、大げさに手を握ってきた。



馬鹿野郎!
まだ俺はこいつのことを認めてねぇぞ!

いいじゃないですか~、おやっさ~ん。
新しい弟子をとるのに抵抗があるのはわかるけど、このまんまじゃジリ貧っすよ?
それに、へへ・・・新人さんが入れば俺も少しは楽に・・・

おめぇはもうちょっと苦労しやがれ!


弟子のような男に必死に抵抗する壮年の男を見ていると、なんだか心が和む。
ここぞとばかりに同調するウィスタンと弟子の若い男に押し切られそうになると、


ならお前、これを叩いて伸ばしてみろ!


と、私にハンマーを乱暴に手渡し、炉にくべられていた真っ赤になった金属の棒を取り出して、台の上に乗せた。

突然の展開の連続に私は戸惑う。
そもそも私は鍛冶経験など無い。
しかし、難しい顔をしながらこっちを睨んでいる壮年の男と、喜々とした表情で今の状況を楽しんでいる若い男二人の視線に負け、私は見よう見まねで熱せられた金属にハンマーを振り下ろした。

「カンッ!!」

という甲高い音が鳴ると、熱によって柔らかくなった金属が少しだけ変形する。
私はその変形を確認しながら少しずつ打っていく。

イメージするは・・・はやり剣か。

何を作るのか。
そのイメージが確定すると、私の金属を打つ間隔も短くなり、まるでリズムを刻むように打っていった。

「やめっ!!」という壮年の男の声が響き、私は手を止める。
壮年の男は私の打った金属の塊を見ながら「うむむ・・・・」と小さく唸っている。
そして、

だめだめだっ!
こんなんじゃ使い物にならねぇ。

そういって、私の打った金属片を金属くずが入ったかごに投げ入れた。

どうやら不合格・・・・みたいだな。

と、私があきらめかけると、


あんまり時間はやらねぇぞっ!
いっぱしのもん作れねぇようだったら、容赦なく捨てるからなっ!!


と吐き捨てて、壮年の男は工房を出ていった。
あっけにとられている私に、弟子の男は笑顔で近づいてきて「これからよろしくね!」と再び握手を求めてきた。

 

半ばなし崩し的に小さな鍛冶屋の工房に世話になることになってから、毎日が激務に次ぐ激務で何かを考える暇すらない日々が続く。
ただひたすらに焼けた金属と向き合い続け、親父さんからとりあえずの「合格」を貰えるまでに数か月を要した。
しかしながら、技術向上を目指す日々は今までに無いほどの充実感に溢れ、新たな技術を獲得することに喜びを感じられるようにまでなっていった。

そんなある日の朝、大きな欠伸をしながら工房の中に入ると、おやっさんはいつにも増して機嫌の悪そうな顔をしながら工房内をうろうろとしていた。


作業台の上を見ると、先日私が修理した農具が未だ残されている。
私はおやっさんに「まだ受け取りに来てないんですか?」と聞いてみると「作らせといて取りに来ねぇとは・・・うちも舐められたもんだなっ!」と声を張り上げた。

おやっさんは今日も元気だな。)

と思いながら苦笑する。

(それはそうと、あれは確かサマーフォード庄からの依頼品だったかな・・・)

イライラとしているおやっさんを見かねた私は「直接受け渡しにいって代金をもらってくるよ。」と言い、台に置かれたままになった農具を担いで工房を出ていく。
すると後ろから「シュテールヴィルンの野郎に配達代分も請求してこい!!」というおやっさんの怒号が聞こえてきた。


サマーフォード庄は中央ラノシアにある入植地の一つだ。
第七霊災によって大きな被害を受けたリムサ・ロミンサの復興計画の一つとして、メルウィブ提督の指示によって各地で拓かれ、船を失い海を追われた元海賊たちの働き口として、現在では多くの海賊が農夫として従事している。

その入植地の一つであるサマーフォード庄ではシュテールヴィルンという元海賊団の船長以下、団員たちが働いているが、実際のところ評判はあまりよくはない。
特に何か悪さをしているわけではないのだが、海を忘れられないのかいまいち農作業に身が入らず、技術指導のために雇われたベテラン農夫たちも船員たちのやる気の無さにお手上げの状況らしい。

今回は壊れた農具の修理依頼で、実は私が「商品」として初めて打ち鍛え直したものでもある。
ベテラン農夫ならまだしも、農業に身の入らない元海賊に見せたところで仕上がりの評価を得られるわけではないと分かっているのだが、それでもやはり気になるものなのである。

サマーフォード庄に着くと、あちらこちらで何することもなくただ酒を飲みながら騒いでいる一団が見られた。


畑で一生懸命に精を出しているのは技術指導のために雇われた農夫達だろう。
私は農夫たちに挨拶をしながら、坂を上ったところにある建物の前に行くと、頭を掻きながらあきれ果てた表情でサボる団員たちを見るルガディンの男を見つけた。

男は私が農具一式を背負っているのを見ると「見ない顔だが、もしかして工房の人かい?」と聞いてきた。
私がうなずくと、その男はさらに困った表情をしながら私に謝罪をしてきた。


すまねぇな・・・
その様子だと、うちのもんが引き取りにはいってねぇみてぇだな。
どおりで農具が戻ってこねぇはずだ・・・。
その背負っているものが俺が修理を依頼していたものかい?


私は頷くと、背負っていた農具一式を肩からおろし、その男に手渡した。
男は農具を受け取ると、まじまじと農具を見ている。
私は「何かおかしいところがあるのだろうか・・・」とドキドキしながらその様子をうかがう。
そして一通り農具を見た後、男は私に向かって


この農具・・・・おやじさんの手のものではねぇな・・・
あの小生意気な弟子のものでもない。
とすると・・・・ひょっとしてあんたが修理したのかい?

私はドキッとしながらも「そうだ」と答えると、男は改めて農具を見て、

経験はまだまだ浅そうだが・・・・
さすがオヤジさんとこで働いているだけあるな。
いい出来だ。

実はこいつは野良の鍛冶職人に修理を依頼したやつでな。扱いが荒かったのか修理が雑だったのか、すぐ壊れちまってよ。

前よりもずっと使いやすそうだ。
ありがとよ!


そう言って満足げな顔をしながら軽く農具を振り、うんうんとうなずいていた。
私は「お世辞でもうれしいよ」と言うと「世辞が言えるほど器用に見えるか?」と笑って答えた。


男は一度建物の中に入ると、代金の入った袋を私に手渡す。


わざわざ届けに来てくれた分、代金には色を付けておいた。
もう今回に懲りたから、オヤジさんのところにしか頼まねえことにするよ。
また頼むぜ! オヤジさんによろしく伝えてくれ!


と言って男はニカッと笑った。

サマーフォード庄からの帰り道に、赤い帽子をかぶった男とすれ違った。
赤い帽子の男は私のことをジロジロと横目で見ると「やべ・・・鍛冶屋の奴か・・・」と呟き、焦るようにサマーフォード庄に戻っていった。


工房に戻ると、中が随分と慌ただしい。
弟子の男は私の姿を見つけると「やっときたっ!!」と言って私の足元に抱きついてきた。


私は何事かと思い聞いてみると、ナルディク&ヴィメリー社のギルドから緊急の応援依頼が舞い込んだとのことだった。
弟子の男の話によると、モラビー造船廠で建造中の大型船「ヴィクトリー号」の重要な部品を乗せた運搬船座礁し、その衝撃で部品の入った箱が荷崩れを起こし、海中に沈んでいってしまったとのことだった。
座礁の原因は、一度に大量の部品を運ぼうとして過積載状態に陥っていた運搬船が、潮の流れのキツイ海峡で操舵不能となり、ぶつかったとのことだった。
海運大国であるリムサ・ロミンサとしては、なんとも情けない話である。

私たちの話を聞いていたのか「手が足りねぇからって大事な部品作成を外注に回すからこんなことになるんだ!」なんておやっさんのでかいグチが聞こえてくる。
しかしながら、文句が多いくせに困りごとは決して見捨てないおやっさんの心意気にニヤニヤしながらも、サマーフォード庄で受け取った農具の代金を弟子の男に渡し、すぐに作業に加わった。

結局、徹夜に徹夜を繰り返して何とか部品を作り上げた頃には、おやっさん含め全員が満身創痍だった。
納期が納期だけに私も随分多くの製作を任された。
初めは随分と心配していたおやっさんも、作り上げた部品を何度か見ると納得したのか、その後は確認することすらなくなった。

フラフラとした足取りで目に大きなクマを作っている弟子の男が近寄って来て、崩れ落ちるように床にドサッと座り込んだ。


「寝る間も惜しんで・・・なんて言葉もあるが、頭が朦朧としていちゃいいもんは作れねぇ。」

なんて生意気なことを言っていた時期が懐かしいよ・・・。
おやっさんに言わせれば、集中力が続く限り一気にやったほうがいいもんができる。
一度休んで集中力を切らすと、また同じ次元まで気を張り詰めるのに時間がかかる。
不具合ってのはそういう時に限って起こるもんだ

だとさ。
まぁ言っていることは理解できるんだけど、さすがの俺もまだまだその境地には達せてないけどねぇ~。


確かに気分がのっている時のおやっさんと、のってないときのおやっさんの機嫌の差は激しい。
気分が乗っていないときは声を掛けることもはばかられるような難しい顔をしながら、黙々と納得のいくレベルの仕事ができるまで何度も何度も作り直しを続ける。
逆にのっている時はまるで工程を幾つかすっ飛ばしているのではないかと思うほどのスピードで商品を仕上げていくのだ。

作り上げた部品の山を見ると、たった三人、その内一人が見習いという人員で作る量ではない。
途中からまるで自分が機械になったように無心で作っていたような気もする。
それほどまでに集中し続けた結果なのだろう。


連日に渡った徹夜作業でさすがにぐったりとした様子のおやっさんに、納品には自分が向かう旨を伝える。


弟子の男と一緒に完成させた部品を荷馬車に乗せた。
全身を気だるい疲れが包んでいるものの、冒険者時代の死線をさまよった時の疲労感に比べればさほど苦ではない。
むしろ、困難な仕事をやり遂げたという高揚感が未だ自分の気力を維持させていた。


タフだね・・・ほんと。
あんたがいなかったら今頃どうなっていたことか。
考えただけでも恐ろしいよ。

ただ、道中には気を付けなよ。
最近街道沿いに変な一団を見かけるって噂だからね。
別になにかものを取られたって話は聞かないけど、用心するには越したことはない。


しょぼしょぼと死人のような目を瞬かせる弟子の男の忠告に頷きながら、私は一路モラビー造船所へと荷馬車走らせた。