FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第四十八話 「職人として」

モラビー造船廠~
モラビー造船廠は、第七霊災後「オシュオン大橋」を越えた先にあるエーテライトゲート、モラビー湾の側に建設された巨大な造船ドックである。
霊災時に大損害を受けた船の建造と修理、および黒渦団の軍船の建造・および保守を目的としてナルディク&ヴィメリー社によって建設され、現在ではダラカブの破片落下により起きた大津波で建造ドッグを失った競合他社と共同運営されている。

昔は軍事機密の守秘という観点から立ち入りを厳重に制限されていたものの、低地ラノシアの西の海の玄関口として、また霊災後に出現した塩とクリスタルにより形成された奇景「ソルトストランド」などへ向かう観光拠点として現在は限定的ではあるが開放されている。

 


モラビー造船廠に着くと、門衛にナルディク&ヴィメリー社の依頼で作った船の部品を納品しに来たことを伝えた。


門衛は荷馬車の中を改めると、近くにいた造船師に声を掛ける。
部品が到着した事を知った造船師は、慌てて造船ドッグの方に駆けていった。

しばらくすると、先ほどの作業員はガタイの良いルガディンの男を引き連れて戻ってきた。
ルガディンの男は私の顔を見るなり、不思議そうな顔をしながら「あんた新入りかい?」と聞いてきた。私はうなずくと、腕を組みながら私のことを物珍しそうにジロジロと見た後、うんうんと頷きながら笑った。


俺はここでヴィクトリー号の建造指揮を任されているアートビルムってもんだ。
まさかこんなにも早く部品が仕上がってくるたぁ恐れ入ったぜ。
さすがは親父さんの工房・・・・と言ったところだが、そのやつれ具合からすると相当な無茶をしたんだろう?


私は苦笑いをしながらアートビルムと名乗ったルガディンの男におやっさんの今の状態を説明する。


そうかそうか・・・さすがの親父さんもグロッキーだったか。
歳も歳だからあんま無茶させたくないんだが、言い出したら聞かない人だからな・・・
「部品を積み過ぎて座礁」なんてダセェことになっているから、今回の件はうちのギルドだけで対処したかったんだが、ウルダハからの大口の仕事と重なってしまってどうにもできなくてね。

無茶すると分かっていても親父さんに頼るしかなかったんだよ。


アートビルムは溜息を吐きながら、どこか遠くを見つめている。
おやっさんを思うアートビルムの表情からは、自分の親を思い、心配するような雰囲気が感じられた。


おっとすまねぇ! ちょっと感慨に耽ってしまってな。
俺も親父さんにはかなり世話になったからな。
俺がここでまっとうな仕事につけたのも親父さんのおかげなんだよ。
俺にとって親父さんは本当の親以上の存在さ。

さて! ここで立ち話もなんだ。
あんたも疲れているようだから、下で少し休んできな!


納品が完了した安堵感からか、張り詰めていたテンションが切れた体には津波のように疲労感が襲ってくる。
私はアートビルムに促されるように造船ドッグの近くまで降りて、椅子にドカリと座り込んだ。
激しい疲労感で包まれた体は、少したりとも動くことを拒否する。
そして疲れを思い出した脳は、慌てた様に強烈な眠気を持って体力の限界を訴えてくる。

私は体中から堰を切ったかのように溢れだす疲労感に抗うこともできず、目を閉じるとそのまま眠りの中に落ちていった。
何か私に呼びかける声も聞こえるが、もう瞼を開けることすら億劫だ。
頬を撫でる爽やかな潮風が心地よい。
空を駆ける海鳥たちの鳴き声や、造船所内に響き渡る喧騒すらも、今の自分にとっては心地のいい子守歌となっていた。

 

 

目を覚ますと、既に日は西側に傾き世界全体はオレンジ色に染まり始めていた。

しまった・・・・どのくらい寝ていたんだろう・・・
確か私がここに着いたのは昼前くらい・・・
とすると、4時間ぐらい寝てたかな・・・

未だに重い瞼を何とか動かし、あたりの様子を見る。
ふと自分の体に違和感を感じてみてみると、小奇麗なタオルケットが体に掛けられていた。
そばにあったテーブルには、飲み物が入ったグラスが置いてある。
私はそれを手に取り一気に飲み干すと、思い出しかのように空腹感を訴えだした腹が「ぐぅ~」という大きな音を立てた。

ふふっ

ふと自分のそばから小さな笑い声が聞こえてくる。
私は慌てて腹をおさえながら、笑い声がした方を見ると、そこには一人のララフェルの女性が立っていた。


「これをどうぞ」と言ってララフェルの女性は包みに入った箱を私に差し出してきた。

これはお弁当・・・か?

私は戸惑いながらもその包みを受け取り、テーブルの上で包みを解く。
箱の蓋を開けてみると、中には食べ物がぎっしりと詰まっていた。


私はここで働く造船師の皆さんにお昼のお弁当を作っているんです。
今日は間違って一個多く作ってしまったみたいで・・・
私はこんなに多くは食べられないので、もしよかったら食べてください。
あっ、でも、無理にとは言いませんから!

そう言いながら、ララフェルの女性は恥ずかしそうにもじもじとしていた。
弁当からは旨そうな匂いが立ち上っている。
力仕事で体力を使う造船師の栄養を考えているのか、量もかなり多く、肉などの精が付くような品目が多い。
弁当の中身を見ていると、口の中にじわじわと唾液があふれ出てくる。
そして私が返事をする代わりに、腹が再び「ぐぅぅっ!!」と一際大きな音をたてた。

私は恥ずかしくてたまらなくなり、頭を掻きながら「いただきます」と言うと、ララフェルの女性は「召し上がれ!」と嬉しそうにはにかんだ。

「ガツガツ」という表現があうほどの勢いで弁当を平らげていく。
味については申し分ない。というか、こういうちゃんとした手料理を食べるのは久々かもしれない。
工房では金属を加工することにおいては一切の妥協をしないものの、食に関してはかなり大雑把だ。
時間が無いときは調理の必要のないものを雑に切ってそのまま食べたり、炉の炭を使って雑に焼いた肉を頬張ったりと、どこか流浪生活を思い出させる食事が多かった。
ただ、さすがはリムサ・ロミンサだけあって、食材のどれもが新鮮で塩と胡椒さえあれば大抵のものは旨かったのだが。

ララフェルの女性はその様子を満足そうにしながら、テーブルに置いてあったポットから飲み物を器に注ぎ、そっと私に手渡してきた。
私はそれをペコペコしながら受け取ると「焦らないでよく噛んで食べてくださいね」と言いながら、ララフェルの女性は微笑んでいた。
箱の隅に残った食べ物の破片の一つも残さぬように食べきり、器に入った飲み物をごくごくと飲み干す。
満腹感と満足感に包まれ「はぁ~~」と深く息をつくと、私は椅子の背に深々と体を持たれかけた。

やっぱり飯っていうのは幸福感に直結するよなぁ・・・・

そんなことを考えながらボーっと空を眺めていると「お口にあいましたか?」とララフェルの女性は私の腑抜けた顔を覗き込んできた。
私は慌てて居住まいを正し「大変おいしゅうございました!」と変な丁寧語で答えると、ララフェルの女性はどこかほっとした表情をしながら「お粗末様でしたっ!」と言って、食べ終わった弁当箱を手早く片付け始める。
そして、ペコッと大きくお辞儀をすると、トテトテと小走りで去って行った。

色々なララフェルと会ってきたが、ああいうタイプの子は初めてだ・・・

ふと頭の中に、キキプやルルツ、ナナモ女王やモモディの顔が浮かんでくる(あと砂の家にいた子)。
思えば、私は押し切られる形でナナモ女王主催の晩餐会に参加する予定だった。
しかし、その前に私は何者かによって計画された策謀によって死亡。
なぜか生き返った私は、正体不明の男の手引きによって逃げるようにウルダハから脱出し、ここリムサ・ロミンサでの生活が始まった。

みんな元気しているだろうか・・・?

そういえば、最近では工房での忙しさもあって遠く離れたウルダハで出会った人たちのことを思うことは無かった。

晩餐会をすっぽかし、挨拶も無く急にいなくなった私をナナモ女王陛下はどう思っているのだろうか・・・
新たなスタートを切った剣術士ギルドのミラ達は、アルディスよろしく突然姿を消した私に幻滅しているだろうか・・・

もし私が死んだことが伝わっていたとしたら、

みんなは悲しんでくれたのだろうか・・・

昔を思い出し、哀愁に囚われた心が急速に冷えていく。
これまでとは違う環境、余計なことを考えることすらできない忙しさ、そして新たな事に対する好奇心は、過去を忘れさせてくれた。
しかし、だからといって自分の過去が消えるわけではない。
いち冒険者として駆け回った日々。ただがむしゃらに走り、色々なことに巻き込まれ、幾度となく命を危険に晒してきた。

そうしてやっと積み上げたもの・・・・それはまるで薄く張った氷のように、たったの一瞬で壊された。

私は椅子の背に体をもたれかけ、再び「はぁ・・・・」と深く・・・・深く息を吐く。
それは先ほどの満足感から出た「息」ではない。
紛れもなく、疑う余地のないほどに暗く淀んだ「ため息」であった。

 

なぁあんた・・・・ワフフと知り合いないのか?


一人物思いに耽っていた私の背後から、今度は低音の効いた野太い声が聞こえている。
油断していた私はその声に驚いてしまい、思わず椅子から無様に転げ落ちてしまった。

「おいおい、大丈夫かあんた・・・」と呆れたような声と共に、アートビルムは私に手を差し伸べてくる。
私は「す・・・すまない」と謝りながら、アートビルムの手を掴んでゆっくりと立ち上がった。
アートビルムは私のただならぬ気配を感じ取ったのか「ならいんだが・・・」と言いながら、声をかけたもののどうすればいいか迷っているようで、どこか遠慮がちに私のことをチラチラと盗み見ている。

なんか気を使わせてしまったな・・・

私はどこ無く流れている気まずい雰囲気を振り払うため「あのララフェルの子はワフフと言うのか?」とアートビルムに聞く。
そして続けて「知り合いどころか初めて会ったよ」と答えると、

あ・・・あぁ。そうなのか?
あの子は別に人見知りってわけではないんだが、特製弁当までふるまうほどに見ず知らずの人に心を開いていたことが意外だったんだよ。
ワフフの特製弁当は、ここで働く「独身造船師」だけが享受することの出来る特別なものなんだ。
弁当を造船師から分けてもらうならまだしも、部外者がおいそれと食えるもんじゃねえんだぜ?


アートビルムはどこか悔しそうな気配を匂わせながらも、不思議でしょうがないといった表情で私のことを見ている。
私は「余った弁当をもらっただけだ」と答えると、アートビルムは更に頭を捻って「いや・・・むしろ一個足りなかったはずなんだよな・・・」とブツブツ言っていた。


まぁいい・・・。
だが、ワフフに気に入られたからって許可なく手は出すんじゃねぇぞ。
あの子はここモラビー造船廠にいる独身男性にとっての花だからな。
飾り気こそないが、健気で優しいワフフの存在は日々キツイ仕事をこなさなければならない造船師の力の源だ。
あの子が誰か特定の付き合い始めたとなれば、あっという間にここは機能不全に陥っちまう。
それほどまでにワフフはモラビー造船廠の柱となっているんだ。


鋭い眼つきで熱く語るアートビルム。
たったの一度弁当をもらっただけであるのに、随分と過剰な反応を示すものだ。
モラビー造船廠にとって、それほどまでにワフフの存在が大きいのかもしれないが、彼女の本当の幸せのことを考えたことはあるのだろうか?

「偶像としての彼女を愛し、人間としての幸せは否定する。」

もし本当に彼女のことを思うなら、どんな形になるにせよ彼女にとっての幸せを笑顔で祝ってほしい。
例え最愛の人を見つけ、結ばれたとしても、モラビー造船廠に対する思いは変わらないだろうに・・・。
そう思う私は、間違っているのだろうか・・・

私はそんなことを思いながら「心に留めておくよ」と答えると、納得したのかしていないのか分からないような微妙な表情をしながらアートビルムは頷いた。


話しは変わるが、部品を確認させてもらったぜ。
相変わらずだが、親父さんのところのものはどれも格が違うな。
あんたの様子を見るに何日も徹夜したように見えるが、だからと言って品質が落ちているわけでもねぇ。
急ぎとあらば抜いてしまうようなちょっとした細工も、しっかりと作り上げている。精度も図ったかのように正確。
ほんと、毎度毎度驚かせられているよ。
あんたも部品を作ったのかい?


私はアートビルムの問いに対して、私が自分で作った部品がどれであるかを伝えると「へぇ・・・」と目を大きく見開きながら小さく唸った。


おやじさんのところは弟子を取らなくなって久しい。
ここ最近はずっと小生意気な弟子と二人でやっていたはずだから、あんたは所詮見習い程度の使いっ走りだと思っていたんだがな。
元々どっかの工房で働いていたとか?


アートビルムの質問に対して「いいや。元は冒険者だ」と答えると、


じゃぁ「期待の新人現る!」と言ったところか?
まぁ・・・新人というにはちょっと歳が行き過ぎているような気もするがな!!


アートビルムは余計な一言を付け加えながら「ガハハッ!!」 と豪快に笑った。
そしてアートビルムはふと真剣な表情に戻り、造船ドッグで建造中の船を見ながら話を続ける。


俺たちは早くこいつを完成させなけりゃならねえんだ。
霊災後に建造が始まった大型船「ヴィクトリー号」。
霊最後に初めて建造される大型船であり、メルヴィブ提督の旗艦にしてリムサ・ロミンサの復興の象徴さ。

だが・・・実際のところ建造は遅れに遅れている。
原因は慢性的な職人不足と、不安定な材料供給のせいだ。

霊災ん時に発生した大津波の影響で、数多くあった建造施設はことごとく破壊されてな、津波に飲み込まれて多くの造船師達が犠牲となった。
それ以来、リムサ・ロミンサ全体の造船能力は全盛期の半分以下まで落ち込んだ。。
経済が持ち直してきている今、軍艦はもとより商船、漁船、運搬船の造船依頼は後を絶たないが、造船師が絶対的に足りてない現状では受注がままならねぇ。
今どきの奴は「金を稼ぐこと」が目当ての基本職止まりな奴ばかりで、「造船師」を志す奴がいねぇんだ。
楽して稼げる仕事があれば、ほいほいとそっちに移っちまう。
せっかく職人として育てても、仕事を覚えてこれからって時にやめちまうしな。

親父さんとこも一緒だ。独立後にうちの会社は親父さんとこの工房に職人を斡旋していたんだが、親父さんの古臭い考えについていけるやつがいなくてね。結局誰もかれもすぐにやめてっちまったんだよ。
それに嫌気がさした親父さんは、いつしか弟子をとることをやめたのさ。


今さまらながら工房での親父さんのことを思い返してみると、確かに絶えず発せられる怒号は耐えようと思って耐えられるものではない。
おやっさんさんのあれは「人格否定ではなく職人としてのアドバイス」と理解できなければ、精神的に潰れてしまうのだろう。


「それにな・・・あそこに山積みになっている材料を見てみな。」と言いながら、アートビルムは山と積まれた木材を指差す。


あれはすべて「不適合品」だ。
調達している木材はウルダハの商人を通じてグリダニアからベスパーベイを経由して送られてくるんだが、高い関税を掛けられている割に品質が安定しねぇ。
シルバーバザーと交易していた頃はそんなことはなかったんだが、ベスパーベイに移ってからどうも様子がおかしいんだよ。
足元を見られているというか「交渉」という名の駆け引きに巻き込まれているというか。
霊災後の復興資金によってどこの国も困窮しているのは分かるが、商品に嘘をつくのだけはやめてほしんだよな。

俺らにとっちゃ国の「威信」なんてもんはどうでもいいんだ。
いっぱしの職人として、誰に見られても恥ずかしくの無い立派な「船」を作りたい。
ただそれだけなんだけどなぁ・・・。


アートビルムは「はぁ・・・」と深くため息をついた。
どうやらウルダハ商人の魔の手は遠くリムサ・ロミンサまで影響しているようだ。
ウィスタンが過剰に毒づくのもなんとなくわかるような気がしてきた。

「自由で平等な交易は、関係するすべての国にとって益となる。」

益を独占し商売を牛耳ろうとするものがいるからこそ、経済は停滞し国は衰退へと向かうのだろう。


おっとすまねぇ・・・・なんだか愚痴を吐いちまったな。
これは商品の受領書だ。
すまねぇが代金はリムサ・ロミンサのギルドから直接もらってくれ。
あと「本当に助かった」と親父さんに伝えてくれ。
また依頼するかもしれねぇが、そんときゃもっと納期のある依頼をするよ。
親父さんに無理させて倒れられたんじゃ、うちの社長にも申し訳が立たねぇしな!

私はアートビルムから受け取りのサインの入った書類を受け取り、荷馬車へと乗り込んでリムサ・ロミンサへと戻る。
その途中、夜の暗闇に紛れるように移動する複数の集団を見かけた。
私は不信に思いながらも、大切な受領書を持ったまま危険に飛び込むわけにもいかず、夜の街道をリムサ・ロミンサへと向けてひた走った。

 

翌日、工房でおやっさんにモラビー造船廠から預かってきた受領書を手渡そうとするが「お前が行って代金を受け取ってこい」と突き返された。
アートビルムからの伝言を伝えると「ハッ!困ったときにしか仕事を出してこねぇ奴が何を言う!」と、いつもの口調に戻っていた。
しかしながら、どこか体調が悪いのか足取りが少しおぼつかない。
私はおやっさんに「体調が悪いようだから休んでくれ」と頼むが、それでもおやっさんは頑として作業に向かっていった。


おやっさんは静かに休んでいることのほうが苦痛だから、少しでも動いていたほうが休息になるんだよ。
心配されると逆に怒るから放っておきな。本当にヤバいときは俺が止めるよ。


と、弟子の男が声を掛けてきた。
弟子の男もまだ疲労が抜けていないのか、どこか疲れを感じさせる様子だったが「残っている仕事は差し迫った仕事じゃないから、まぁぼちぼち進めておくよ。」といつものように笑いながらおやっさんの後を追いかけるように工房へと戻っていった。


私は受領書を持ってナルディク&ヴィメリー社(以下 N&V社)へと向かう。
思えば、N&V社のギルドに行くのは初めてだ。
リムサ・ロミンサを代表するクラフターギルドの一角である大規模ギルドの中をみれるのはいい機会だ。

N&V社のギルドはおやっさんの工房と違い、鍛冶師ギルドと甲冑士ギルドの二つに分かれている。
甲冑士ギルドのギルドマスターはN&V社の社長であるハ・ナンザが務めているが、鍛冶師ギルドのギルドマスターは同社の副社長であるブリサエルが務めている。
噂では二人は会社の経営方針に対して意見が合わずに対立していると言われているが、おやっさんに言わせれば「しょうもない子供のケンカだ」とのことだった。

私は甲冑士ギルドの受付に行き、モラビー造船廠に納品した部品の代金をもらいに来たことを伝える。
待っている間、私はしきりにキョロキョロしながら工房の中の様子をうかがった。


設備は最新のもので溢れ、いわば流れ作業のように工程別に分かれて進められていく製作作業を見ていると、極限まで効率化を重視しているようだ。
その整った工房の一角に、ひときわ古い炉と作業台を見つけた。
綺麗に手入れされているものの、そこだけが浮いたように異質な存在感を放っていた。

あそこだけおやっさんの工房と似ているな・・・・

そんなことを思いながら工房を見ている私に「あれが気になるかい?」と女性に話しかけられた。
声がしたほうを向くと、そこには短髪で特徴的なアイグラスをしたミコッテ族の女性が立っていた。
風貌からして随分と気の強そうな感じが滲み出ている。


あんたが親父さんの工房に入ったうわさの新人だね。
よし・・・じゃああいさつ代わり鍛冶屋としての腕前を見せてもらおうじゃないか。


突然の展開についていけず戸惑う私をよそに、ミコッテの女性は工房の職人にテキパキと指示をしている。
「どこでも好きなところを使ってもいいけど、君はあそこの方がいいかい?」とこちらの意見など初めから無いといった感じで、ひと際古い炉を指さした。
確かにおやっさんのボロボロな工房に慣れている私にとってすれば、あそこの方が使い勝手がいい。
私は仕方がなく頷くと、どこか見慣れた炉の前に立ち、渡された鉱石の塊を受け取る


その鉱石からインゴットを一つ作ってくれればいいよ。
ここにある道具ならどれを使ってもらっても構わない。


渡された鉱石を見ると「銅鉱」と「錫鉱」、それとアイスシャード。
とすると、作るのは「ブロンズインゴット」か。

ブロンズインゴットは鍛冶ギルド製作物の中において基本中の基本であり、

「製作に行き詰ったときはブロンズインゴット製作に立ち返り、基礎を思い出せ」

と言われるほどだ。
おやっさんにも口酸っぱく言われ続け、工房に所属してからというもの何度も何度も反復して作ってきた。

私は炉の温度を確かめながら、鉱石を炉に入れたそれぞれの耐熱容器の中にくべる。
そして不純物を取り除くためにいくつものを工程を経て、限りなく純度を高めた銅と錫を取り出していく。
ブロンズインゴットは他の金属に比べて製作が簡単だ。
しかしそれだけに、どれだけ手を込めたかが精度として如実に表れる。

どれだけ手をかけて不純物を取り除いていくか。

それが重要なのである。

精錬した銅と錫を取り出して、今度は二つを混ぜ合わせる。
銅と錫の割合はおやっさんにきっちり叩き込まれている。
一文の狂いも無いようにきっちりと計り、熱で溶け流体化した二つの金属を一つの耐熱容器に流し込み、撹拌して不純物を取り除きながらじっくりと精錬していく。
そして、耐熱容器を炉から取り出し、熱を冷ます工程に入ると、私の作業をただじっと見ていたミコッテの女性が話しかけてきた。


名乗るのが遅れたな。
私はN&V社を仕切っているハ・ナンザというものだ。
甲冑師ギルドのギルドマスターもしている。向こうにいるのがうちの副社長で、鍛冶師ギルドのギルドマスターをしているブリサエルだ。
すこし気の弱いところはあるが、私の地位を狙う野心家さ。


どこか皮肉を込めながらそう言うハ・ナンザの言葉が聞こえたのか、「ちょっ、やめてくださいよ! そんなつもりは毛頭ないですからねっ!」と大きな声でブリサエルは反論をしてきた

そのやり取りを聞いて、ギルド内の職人たちはクスクスと笑っている。
やはり対立しているという噂は噂でしかないのか、それとも体面上のことなのかわからないが、少なくともギルド内にギスギスとした雰囲気は見受けられない。


ハハッ! 同じ会社の社長・副社長という立場だが、鍛冶師と甲冑師はライバル関係だ。
工房にとって不利益になるようなら立場など関係なく指摘しあう。
そうやって今までここまでやってきたじゃないか。遠慮は無用だぞ!

ハ・ナンザがそうはやし立てるとブリサエルは少しうんざりした表情で「もう言いたいことは十分言ってますっ!!」と大きな声で答えた。


その返答に満足したのか、ハ・ナンザはこちらに向き直り、

まぁN&V社ってのはこんなとこだ。
街で噂になっていることなんて表面上でしか物事をみれない愚か者が触れ回っただけのこと。
確かに経営戦略での食い違いはあるが、それはお互いがお互いにこの会社を守っていくために思うことだ。
どちらも否定されるものじゃないし、対案があるからこそより良い計画が練られるってもんだよ。


街で囁かれている風聞なんてどこ吹く風・・・・なんて言いたいところだが、こちらから聞いたわけではないにここまで説明が入るということは、噂を結構気にしていると見える。
まあ、「工房は商品ですべてが決まる」という時代は終わり、最近ではちょっとしたうわさが評価を下げる原因につながっているらしいから、風評被害には敏感なのだろう。
ハ・ナンザのことだ。来る客来る客に同じようなやり取りをしているから、ブリサエルはうんざりしているのかもしれない。


さて、今度は君のことを聞こうか。
君はなんでまた親父さんの工房に?
あそこは並みの職人ではすぐに逃げ出してしまうほどキツイところだ。
今じゃ一品物の製作よりも、そこそこ品質のいいものを如何に手間をかけずに大量生産するかがトレンドだ。
それが求められている時代に、あえて一品物にこだわる親父さんところに行ったのかい?


私はハ・ナンザの問いに言葉を詰まらせた。
そう・・・私は別に職人になりたくておやっさんの工房に行ったわけではない。
むしろ「ただ連れていかれただけ」でしかないのだ。
確かに仕事に打ち込むことは嫌いではないし、今は辛ささえも溢れだす向上心の前にかすれてしまっている。
試行錯誤を繰り返し、困難を越えていく楽しさを覚えてからというものの、自分の「在り方」に疑問を感じる暇さえなかった。

しかし、それでも、

私はこのまま鍛冶師になりたいのだろうか・・・

ふと突き付けられた現実に、私は何も答えることができなかった。