FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第四十九話 「決意」

突然突き付けられた「現実」に、私は言葉を詰まらせる。
その表情を見て、ハ・ナンザはなぜか納得したようにうんうんと頷く。


今君が抱いている感情は、鍛冶師だけでなく「クラフター」や「ギャラザー」を目指す者達が必ず直面する問題だ。
確かに出来ないものを出来るようになる、作れなかったものを作れるようになるという工程は「自己実現の達成」に直結する。
だが「なぜお前はモノを作るのか」という命題に直面した時、答えられない者の方が多い。

別に即答できないことは悪いことじゃないよ。むしろそれが正解だと私は思う。
私の経験上、自信満々で即答できる奴の方が、壁にぶち当たった時に乗り越えられずにあっけなくやめていくしね。
当の私だって初めから鍛冶師になりたかったわけじゃない。どちらかと言えば成り行きでここまで来たと言ってもいい。

「才能」なんて囃し立てられている「閃き」や「発想力」なんてのは、そもそも「壁」を越えるために絶対的に必要なものではないんだ。
だが、それを自分は「持っている」と信じていた思いが強ければ強いほど、「壁」を乗り越えることができなかった時のショックが大きい。
なぜなら、虚像だった自分の姿を知ってしまうからね。

今答えられないのなら無理して考えて答える必要はない。
それは差し迫って重要な事でもない。
でも、職人である以上必ず大きな「壁」にぶつかる。
その時、自分がどうありたいのかをきちんと見定めておかないと、迷いに囚われて抜け出せなくなるんだ。
だからどこか心の片隅にでもいい

「自分は何故ものを作るのか?」

その問いをいつでも心に留めておいてくれ。


真剣な表情で私に語り掛けるハ・ナンザは、壁に掛けてあった工業用の耐熱ミトンを手にはめると、未だ熱を帯びるブロンズインゴットを手にして見始める。
そして見習いの職人たちに声をかけ集めると、彼らが作ったインゴットと並べて違いを見比べさせていた。


どうだお前ら。このインゴットとお前たちが作ったインゴット。並べてみただけで品質の差は一目瞭然だ。
色も輝きも全然違うだろう? 変な凹凸もなく、まるで磨かれたような表面は、不純物が限りなく取り除かれた証拠でもあるんだ。

お前たちが目指すべきはこの品質だ。
商品の出来は、いかに高品質の材料を用意するかにかかっている。
一つの工程でも手を抜けば、品質にこれだけの差が出るんだ。
その差は、製作時の加工のしやすさだけでなく、出来上がる商品の出来きも、もちろん売れる金額もすべてが違う。

なぁ君、職人歴はどれほどのものだ?


突然投げかけられた問いに私は慌てて「半年ぐらいだ」と答える。
すると、見習いの初空人達から小さなどよめきが聞こえてきた。


今までお前らはうちのベテランが作ったインゴットしか見てきていないから、時間を掛ければいつか自分も作れるようになると思っている奴もいるかもしれない。
だが職人歴がたったの半年のものですらこれだけのものを作れるんだ。
これは彼の「センス」によるものではないよ。すべては努力と修練の積み重ねの結果によるものだ。
自分の腕を現実として受け止め、更に自分を高めたいと思うのならば、これを作ったこいつにコツを聞けばいい。

そうハ・ナンザが言うや否や、職人見習の連中は一斉に私のことを取り囲み、あれやこれやと質問攻めにする。
私は焦りながらも、一つ一つの質問を聞き、身振りや手ぶりを加えながら丁寧に受け答えた。
すべてはおやっさんの小言と、弟子の男が合いの手のようにくれるアドバイスの受け売りでしかないが・・・。

ハ・ナンザはその光景をみつつ、改めて私の作ったブロンズインゴットを手にしながら、うんうんと頷いていた。


見習い職人たちの質問攻めから解放されると、私はハ・ナンザに対して非難の表情を向ける。
その私の顔を見てハ・ナンザは苦笑いをしながらも「うちの職人にとってもいい刺激になったよ」と笑っていた。
そして、ハ・ナンザはスッと居住まいを整え直して、真剣な表情で私に対峙する。


さて・・・・
実はここからが本題なんだ。

君の腕は見せてもらったよ。
さすがはおやっさんの工房から逃げ出さなかったこともあって、基礎の基礎はみっちりと叩き込まれていたようだね。
基礎がしっかりしていれば、もっと難しい材料の加工もできるようになる。
忍耐力と気力も十分以上だ。職人としては、本当に将来有望だよ。

で、どうだい?
うちで働かないかい?

 

 

私はハ・ナンザの口から出た言葉を理解するのに随分と時間がかかった。
そしてやっと理解が追いついたとき、私は大きく「ええぇっ!!」と体をのけ反りながら声を上げて驚いた。


誤解しないでほしいのだが「冗談」ではないぞ。
その・・・・あれだ、実は親父さんからの了解ももらっているんだ。


突然の話なこともあるが、私はハ・ナンザの「勧誘」の真意がわからない。
たくさんの職人を抱えている工房が、何故私を引き抜こうとしているのか。
そして何よりも、N&V社への移籍話をおやっさんが許可したこと・・・
私にとってその事が思っていた以上に胸に突き刺さった。


もちろん、君の意向を尊重するよ。
親父さんにも直接「やる」とは言われていない。「欲しいのなら本人に聞いてみな」と言われただけだからね。
君はこのギルドはたくさんの職人を抱えているように見えるかもしれないが、実は全くを持って人手が足りてないんだ。

その原因はモラビー造船廠の造船師不足にある。
それを補うために、工房からベテラン技師の多くをそちらに回しているんだ。

あそこに部品を届けた君ならわかるかもしれないが、我が社で建造中の「ヴィクトリー号」は今や危機的状況にある。
ガワこそ出来上がっているから見てくれは進んでいるように見えるが、今はただバカでかいボートみたいなもんで、心臓部や中の装飾やら設備やらは遅々として進んでいない。
当初の予定では既に完成しているはずなのだが「少しばかり」見込みが甘かったようだ。


ハ・ナンザはどこか自虐的におどけて見せる。


ナルディク&ヴィメリー社にとってヴィクトリー号建造は今まさに重大な岐路に立たされている。
恥ずかしながら、予算に対するあれの建造費を差し引くと、大きな赤字になる見込みだ。
このまま「人手不足」という理由で他の受注を断りながらも今のペースで建造を続ければ、うちは大きな負債を抱えたうえで最悪倒産してしまうかもしれない。

発注者であるメルウィブ提督に予算の増額を打診してはいるが、万が一メルウィブ提督が倒れてしまい、提督選出レースが開催されて別の海賊団の団長が提督となった場合、予算食いのヴィクトリー号の建造は凍結、最悪の場合破棄される可能性もある。そうなったとすればうちはお終いだ。

経験を何十にも積み重ねて作り上げてきた伝統と技術、そして知識は、どこかの金持ちに二束三文で売り払われ、伝統あるナルディク&ヴィメリー社はリムサ・ロミンサの表舞台から姿を消すことになるだろうな。

であるならば、今の段階でメルヴィブ提督に事情を説明し、多額の違約金の支払いを覚悟のうえでヴィクトリー号造船から一旦手を引き、依頼が溢れている小型・中型の造船を始めて地を固め直したほうが会社にとっていいことは明らかだ。

「今は集中して職人を育て、地が固まり次第ヴィクトリー号の建造に戻ってもいい。大型船の造船は会社にとって「花形」ではあるが、造船能力が足りていない現状ではお荷物でしかない。」

そう、副社長であるブリサエルは考えているんだよ。


ハ・ナンザは手を大きく広げて説明を続ける。


確かに、船を失って陸に上がらざるを得なかった海賊団たちも、地道に資金を溜めながら再び海に戻ることを夢見ている。
海賊にとっての母なる大地はやはり「海の上」であり「船の上」だ。
それに霊災後に長く続いた不況を抜け、少しずつではあるが景気が上向きになってきた今だからこそ、みんな新しい「船」を求めている。

それは私も分かっている・・・分かってはいるんだ。
だがね・・・・うちの職人たちは中途半端に仕事を終わらすことに納得しない。
さっき言っただろう? モラビー造船廠に集めているのはうちのベテラン勢だ。
言えば、親父さんと同じく「職人」としての矜持を持った頑固者揃いなんだ。

ヴィクトリー号の建造を一旦取りやめると言ったら、彼らはうちの会社、いや、それよりも私への信頼は紙くず同然となるだろう。
気力の抜けた職人はいくらベテランだとしても使い物にならない。
うちの会社を見限って、やめていくものも多く出るだろう。

そうなってしまっても、会社は終わってしまうんだ。
職人のいない工房で、何を作れっていうんだい?

私はこの会社の代表として、会社を、そしてそこで働く人を守らなければならない。
だが「会社」をとっても「職人」をとっても、今のままではたどり着く先は破滅だ。
そうならないためにも私は色々な手段を検討し、最善の意思決定をしていかなければならないんだ。


私はハ・ナンザの激白を聞いて言葉に詰まる。
リムサロミンサだけでなく、エオルゼア全体から見ても鍛冶工房としてN&V社は最大手。
しかも、リムサ・ロミンサの造船業者は今やN&V社のみだ。
さすがに国内外においても経済に深く直結しているN&V社をリムサ・ロミンサは容易に潰すことはないだろうが、自分の手から経営が離れてしまうことに危機感を感じているのだろう。

だが・・・自分ごときがN&V社のギルドに入ったからといって、何の役に立つのだろうか?


で、さんざん考えて行き着いた答え。
それは「働き方」さ。

君はまだ理解していないだろうが、たった半年であそこまでのものを作れるなんてのは職人として「特別」なんだ。
それは親父さんの「教育」の賜物と言ってもいいけど、君のように親父さんのシゴキに耐えられる者はほとんどいない。
ちょっと強く怒鳴っただけで、「自己否定された」と思ってやる気をなくすものも多いんだ。

だからこそうちでは作業を分業し、製作に必要な専門スキルを個々に特化させることにより、職人レベルに左右されない品質の安定化を図っている。
おかげさまで工房の人員は減ったが、生産効率は倍以上にまでなった。

だがね・・・やはりそれでは士気が上がらないんだよ。
当然、私のやり方はベテラン勢にも理解されていない。

うちの工房の最大の弱点は、君のような年齢の「中堅」がいないことさ。
霊災前にはたくさんいたんだが、皆最前線で活動していたこともあって働き盛りだった多くの職人を津波で失ってしまったんだ。
今では新人か、古参かしかいない。
それでも少しずつは育ってはいるが、育つころに独立してやめていくものも多くてね。

職人は何処までいっても職人だ。
1から10まで「自分の手で商品を作り上げたい」という欲求は誰にも止められるものではない。
とすると、うちの工房みたいな分業作業では不満が出るんだ。
「効率」を求めすぎたら職人としての欲求を満たすことができなくなった。そのあたりでなかなか思うように人材を留めておけていないんだ。

だが、さっき見習いの連中に囲まれていた君の対応を見て私は確信したよ。
君なら彼らをまとめきれるんじゃないかってね。
親父さんのような頑固なベテランと若手のどちらにも目線を合わせることができるし、両者の懸け橋にもなる。
あれぐらいきっちりとした仕事ができるんだったらベテラン勢も納得するだろうし、若手も若手で技術欲求は大きいから気軽に相談できる人が欲しいだろうし。

「働き方」の壁に阻まれている「新旧」をうまく融合できさえすれば、今の難局を乗り越えるだけでなくこの会社をさらに飛躍させることができると思うんだ。


まっすぐ私の目を見ながら熱く語るハ・ナンザは、熱を帯びてきたのか白い顔をほのかに赤く染めていた。
だが正直なところ、初対面で駆け出しの私ごときにそこまで期待されても困る。
会社として切羽詰まっている状況にあることは分かったが、そもそも私よりも職人歴の長い人たちが突然湧いたポッと出の私に仕切られたら、それこそ不愉快極まりないだろう。
これは仕事を通して交流を深め、お互いがお互いのことをわかるようになってからこそ始める話だ。

私の微妙な表情を感じ取ったのか、ハ・ナンザは少し落ち着きを取り戻しながら、


すまない。ちょっと熱くなってしまったね。
今すぐ返事が欲しいというわけじゃないさ。
君には君の歩むべき人生がある。
だが、選択肢を広げることはいいことだと思っているんだ。

ゆっくりで構わない
考えておいてくれ。


そう言って、ハ・ナンザは私に部品代の代金を手渡してきた。
張り裂けんほどにパンパンに広がった金袋はずっしりと重い。
だがそれ以上に、私の心も重くなっていた。

金袋を持ってきた大きな袋に入れ直し、重い足取りで私は工房へと戻っていった。

 

工房に戻ると、めずらしく親父さんの姿はなかった。

どこかに出かけているんだろうか・・・
もしかして体調を崩して寝込んだとか!

私は慌てて弟子の男を探すと、普段と変わらない緩さで「おかえり~」と挨拶を返してきた。
弟子の男に「親父さんは?」と聞くと「気分が乗らないから今日は上がるってさ」と答えた。
私は胸をなでおろしながら、弟子の男に受け取ってきた代金を渡す。
「重っ!!」と言いながら男は金庫に代金の入った袋をしまった。中を確認しなくていいのかと聞いてみると、

あそこからの仕事はいつも金額を決めないでやってるからね。
幾ら入っているか数えたところで仕方がないのさ。
まあなんだ「泡銭」みたいなもんだよ。

弟子の男はケラケラと笑いながら腕をぐるぐると回した。


さて、おやっさんもいないしどうだい?
久々に今日は工房閉めて飲みに行かないか?
さすがに今回の依頼は体に答えたからね。
旨い酒と食い物でも食べながら鋭気を養おうぜ?


弟子の男の誘いに、私はすぐに頷いた。
正直、N&V社の一件を相談したいこともある。
おやっさんに報告しようと思ったが、弟子の男に先に話しておいたほうがいいだろう。

いそいそと工房の掃除をして、入り口に鍵をかける。
空を見上げると太陽こそ地平線に沈んだものの、空はまだ明るさを保っていた。

こんな時間に工房を出るのも久しぶりだな・・・

そんなことを思いながらも「よっしゃいきますかっ!!!」とテンションの上がる弟子の男と一緒に、溺れる海豚亭へと向かっていった。

 

よう! 随分とひさびさじゃねぇか!


溺れた海豚亭に入ると、バンダナを頭に巻いた店主の男が嬉しそうに声を掛けてくる。


ここに来たってことは、今日は親父さんはお休みかい?

最近徹夜続きだったからね。さすがの鋼の心臓を持つ男も体は休息が必要だろうしね。今頃はガーガーいびきかいて寝てると思うよ。


ずっと泳ぎ続けなきゃねぇマグロみてえな親父さんが!?
そりゃちょっと想像できねえな!


店主は「ハハッ!」と大きく笑うと、注文していないのに大ジョッキに並々と注いだビールをテーブルの上にドンッと置いた。


料理はお任せでいいかい?

へへ、旦那に任せるよ。

了解だ! 今日は活きのいい魚が手に入ったんだ!
それをメインにしてやるよ!


そう言いながら、店主はコックにあれこれ指示すると「ごゆっくり!」と言ってカウンターに戻っていった。

ここ「溺れる海豚亭」はリムサ・ロミンサにおいてリーズナブルな値段で酒や料理を提供する人気店だ。
ウルダハの「クイックサンド」と同じく「冒険者ギルド」でもあるため、地元の住民や海賊だけでなく多数の冒険者でいつも溢れている。

じゃあとりあえず乾杯といこうか!

ジョッキを手に取り、お互いに「お疲れ様!」と言いながらジョッキを合わせた。
炭酸の刺激が喉を通り、空腹の胃の中に一気に流れ込んいくと、じんわりとした感覚が胃を通して体全体に広がっていく。

ぷはぁ~!!
仕事上がりのビールはやっぱり最高だな!!


まるで髭のように白い泡を鼻下にいっぱいつけながら、弟子の男は満足げな顔で一息つく。
そしてしばらくすると、テーブルの上を埋め尽くさんとするほど大量の料理が運ばれてきた。
ここの料理は素材を生かした鮮度が売りの料理が多い。
クイックサンドの料理のように手間と工夫が込められた丁寧な料理ではないものの、最低限の調理で素材旨さを最大限に引き出す料理はクイックサンドとは違った旨さがある。
聞けば、ここの料理長はリムサ・ロミンサの名店「ビスマルク」で長年働いていた人物で「すべての人においしい料理を」と言う信念のもと「溺れる海豚亭」に移ったとのことだった。

私と弟子の男は、ジョッキを片手に料理に舌鼓を打ちながら雑談に花を咲かせる。
そして一通りの料理を食べ終わりまったりとした時間が漂い始めた時、弟子の男は目線をしっかりと私の方に向けながら、話しかけてきた。


さて、一つ聞きたいことがあるんだ。
今日N&V社に行ったとき、あそこの社長に何か言われたかい?


私は弟子の男の突然の質問にビックリする。
図星を突かれて驚きの表情をする私の顔を見て、弟子の男は「やっぱりね」と小さく言葉を吐いた。


朝から親父さんの様子がおかしかったし、金の受け取りを俺じゃないくあんたに任せたことにちょっと違和感を感じていたんだよ。
こう見えてもうちの工房の仕入れ交渉や金銭管理は俺がすべてやっているからね。
俺が仕事で手が塞がっていたり、不在だったらなんとも思わなかったかもしれないけど、今回は違う。

大方、引き抜きの話をされたんだろ?
「うちで働かないか」ってね。

弟子の男は、見ていたわけではないはずなのにズバズバと確信をついてく。
だが、そこまで察しているとすれば、こちらも好都合だ。
なにせ、今回はそれを相談したくてここまで酒を飲みに来ていたのだから。

私は弟子の男の言葉に頷くと、困った顔をしながら「どうすればいいかわからないんだ・・・」と心情を吐く。
弟子の男はその言葉に「それは君が決めるべきことだよ。」と冷たく言い放った。


そんなこと、俺や親父が決めることじゃない。
女社長に色々吹き込まれたかもしれないが、話しはいたってシンプルだ。
うちに残って働くか、N&V社に行くか。
ただそれだけのことさ。どちらを選択したとしても、あんたが何を思う必要もないし、こっちも向こうも何も思わないよ。なんせうちはN&V社にとっての別部門みたいなもんだしね。


弟子の男の話を聞いて私は驚く。
N&V社からの依頼仕事は確かにあるが、絶対量からすれば決して多いわけではない。
向こうからこっちの工房に人が来ることもないし、N&V社の話題が出ることもない。


そういえばあんたには言ってなかったか・・・ってまぁ言う必要もなかったしな。

おやっさんは元々N&V社の職人だったんだよ。

 

私はさらに驚き、思わず手に持っていたジョッキをテーブルに置いて前のめりになる。


あそこの女社長、ハ・ナンザはおやっさんにとっては娘みたいなもの、いや、娘になるはずだったが正解かな?
今はおやっさんは独り身だけど、ちょっと前まで息子が一人いたんだよ。
早い頃に奥さんを失くしてから、おやっさんは息子をずっと一人で育てていたんだ。
ただ、おやっさんは昔からあんなんだったらしいから、息子は中々のやんちゃものに育ってしまって相当苦労を重ねたらしいよ。

でもね、成人したころに突然「俺、親父みたいになる!」と言い出しておやっさんのいるN&V社に入社して、鍛冶職人を目指し始めた。
鍛冶職人としては・・・まあ並みだったみたいだけど、人当たりがいいから外商事には優れた才能を持っていた。
そして現社長のハ・ナンザと恋に落ちて、結婚を約束する仲までになったんだ。

でもね・・・霊災後に息子は突然N&V社をやめて、何故かイエロージャケットになった。
そして、警備のために乗船していた連絡船の事故に巻き込まれて、帰らぬ人となってしまったんだ。


そっからおやっさんは少し荒れてしまって、ギルド内で孤立してしまってね。
結局N&V社を離れることになったんだよ。
それでもハ・ナンザはおやっさんを見放さなかった。
新しい工房を開く資金援助をかってでて、回転資金が溜まるまでずっと仕事を出してくれた。
工房が順調に機能し始めて顧客ができると、自然とN&V社からの依頼は減っていった。
気を使ってくれているんだろうね。いつまでもN&V社からの依頼仕事で成り立っていたら一人前の工房とは言えないからね。
それ以来、今回のような案件ではない限り、こっちに仕事を出さなくなったんだよ。

だからおやっさんはN&V社、いやハ・ナンザ社長に恩義を感じているんだ。
相変わらず口は悪いけどね。

今回あんたをハ・ナンザに紹介したのは多分おやっさん自身だよ。
あそこはベテラン以外の人の入れ替わりが激しくて職人が安定しないからね。
あんたみたいに「芯」の通った職人を常に探しているんだ。
ここでずっと働いているあんたの姿を見て、おやっさんは「こいつなら」と納得したんだろうね。

でも勘違いはしないでくれよ。
おやっさんはあんたを捨てようとしているわけじゃない。むしろあんたは今の工房にとって既に大きな歯車だ。
こっちにとってもあんたの存在はすごく大きい。
これから経験を積んでもっともっと腕を上げれば、あんた無しでは回らないほどになるだろうよ。


弟子の男は目線を外して少し言い淀みながらも、覚悟を決めた真剣な表情で目線を私に戻した。


だから・・・・だからこそ今このタイミングだったのかもしれないけどね。
あんたが職人として育ちきってしまえば、こっちの工房としてもあんたを手放すことが難しくなる。
それ以上に・・・・

あんた自身、このまま鍛冶職人としてここで骨をうずめる覚悟はできていないだろう?


私は弟子の男の言葉にハッと息をのむ。
ハ・ナンザに言われて言葉を失った「なぜ物を作るのか」という職人としての命題。
その答えを導き出せなかった原因は、自分の人生に対する「覚悟」が無かったためと気が付いた。


あんたは元々ウルダハで冒険者やっていたんだろ?
ウィスタンからいろいろ話を聞いたよ。
凶悪な化け物に一人で立ち向かう勇敢な冒険者だったってね。
彼の命だってあんたが救ったらしいじゃないか。

 

そんなあんたが冒険者稼業をやめて、ここリムサ・ロミンサに来てうちの工房で働くことになったのかは俺にはわからない。
だが、あんたは武具の中で剣の製作だけがうまいことは納得がいったよ。
剣術士だったんだってな。

なぁ、冒険者をやめることに未練はないのかい?


私は弟子の男の問いに答えられない。
未練があるとかどうとかではない。
自分が歩みたいと思う自分の人生について、真剣に考えたことが無かったのだ。
正直なところ、このまま鍛冶屋としての生涯を歩むことに抵抗があるわけではない。
思い起こせば、私は手に職をつけたくてウルダハへと向かったのだから。

しかし・・・・

私は自分の意思とは別の大きな存在によって「死」を否定され、生かされている。


「クリスタルを探し、闇から世界を救うこと」

そんな大それた使命を、私はなぜか背負わされているのだ。サンクレッドも、私を送り出した男も、私が「特別な者」であることを知っていた。
・・・となると、私のような存在は他にも複数いるのだろう。

自分の在り方として、どれが正しいのか。
それを見つけ出すために、私はウルダハから出ることを決意したのだ。

考えに耽る私の表情をチラチラと読み取りながら、弟子の男は給仕にビールのお代わりを頼んでいる。


自分の生き方ってのは一つじゃない。
常に色々な選択をしながら、出来上がったものがあんたの人生だ。
冒険者として生きようが、職人として生きようが、あんたが決めた選択を誰も否定しないし、否定はできない。
だが、あんたは自分の人生の在り方を誰かに決めてほしいと思っているのならそれは大きな間違いだ。

例え自分の選択が間違いであったとしても、それを自分で決めたのであればいい。
でも、他人に任せた選択が間違っていた時、あんたはそいつを恨むだろうよ。
表向きは「人に任せた自分の責任」と納得したとしても、心の奥底では絶対に残り続ける。

そうなったら、後悔するのはあんた自身なんだぜ?

だからな、周りのことなんて気にするなよ。
迷惑をかけるとか、そういうことはどうでもいいんだ。
自分が納得できる選択を、取ればいいんだよ。


私は弟子の男の話を聞き、自分の心の中でずっとモヤモヤし続けていたものが晴れていく。
自分の運命を知りたいなんて、随分大それたことを考えていたもんだ。
例え私が「星から使命を与えられたもの」だったとしても、私には私自身が歩みたい未来がある。
それを見失ってしまっていたら、私はずっと運命に振り回され続けることになるんだ。


「あんたは強いな・・・」と弟子の男に答えると「照れるからやめろよな!」と笑う。
迷いから抜け出した私の顔に満足したのか、届けられたビールを手に「じゃあ改めて乾杯だ!」とジョッキを高らかに掲げ「カチャンッ!」とぶつけ合った。