FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第五十話 「ナルヴィク&ヴィメリー社」

翌日、私は工房に顔を出さずにN&V社へと向かった。
目的は昨日の夜に決めた答えをハ・ナンザに伝えるためだ。
受付にハ・ナンザに用があることを伝え、工房を横目で見ながら奥へと進む。
相変わらず流れるような作業で商品が次々と出来上がっていく光景は圧巻だ。


おおっ! 随分と早いね!
もう結論が出たのかい?

ハ・ナンザはいつものように耐熱用のアイグラスをしたまま嬉しそうに私を迎えてくれる。
だが、私の表情を見て察したのか、どこかあきらめを感じた様な表情に変わったものの、落ち着いて対応をしてくれた。
私はハ・ナンザにこちらの工房に来る気はないことを伝えると「やっぱりか・・・」という表情をしながら「そうか・・・残念だね」と答えた。
しかし、そうなることを予想していたのか、私の「答え」を聞いてどこか吹っ切れた顔をしている。

私はハ・ナンザに「せっかくの申し出を断ってしまい申し訳ない」と言いながら頭を下げる。
そんな私を見てハ・ナンザは慌てた様に、


いいさいいさ!
別にこれで機会が潰れたとは思っていないしね。
私はまだまだあきらめていないよ。

しかし・・・親父さんは分かってないようだけど、あの工房で生き残った奴らはなぜか何処にも行きたがらないんだよね。
今どき「根性」と「忍耐」が一番という過酷な職場だってのに、まったく不思議なもんだよ。
うちでそれを求めた日にゃ、新米連中はあっという間にやめていっちまうよ。


ハ・ナンザはやれやれと言った表情で後ろで働く職人たちを一瞥する。
一生懸命に仕事に打ち込んでいるものの、やはりうちの工房に比べるとどこかな緩い感じが漂い、そもそも金属にむかう気迫がまったく違う。

そういえば・・・・

私はふと弟子の男のことが思い浮かんだ。
私が来る前まではおやっさんの弟子はあの男だけだ。
この前酒場で聞こうと思っていて聞きそびれてしまったのだが、彼は何故あの工房で働くことになったのだろうか?

私はそれが気になって、ハ・ナンザに弟子の男のことを聞いてみた。

ん? なんだ、君は知らなかったのかい?
あそこで働いている弟子の男。あいつもここの職人だったんだよ?
しかもあいつは、「100年に1人の逸材」なんてはやし立てられるほど奴だったんだ。


おやっさんがN&V社の職人だったことを聞いて、弟子の男も薄々そうではないかとは思っていたが、それほどの人材だったということに驚いた。
確かに工房ではミスもほとんどなく、おやっさんに仕事を完全に任されているが、何かずば抜けたものを作るところを見たことはなかった。


ハハッ! イメージと違ったかい?
それもそうだ。今のアイツは昔とは違うからね。
昔はとにかく自分の才能に溺れた「異端児」だったんだよ。

実はアイツは先代が大変世話になった職人の孫でね。
N&V社に来る前は他の工房で働いていたんだが、甘やかされて育ってしまったせいか自分勝手な性格が災いして破門になったらしいんだ。
その後も色々な工房を転々としたものどこもダメでね。
結局うちで引き取ることになったんだよ。

確かに非常識から新しい常識を生み出すようなセンスに溢れていたし、アイツがうちに来たからこそ生み出された技術や商品もある。
だが、やはりうちでも職人たちとそりが合わなくてね。
自分の言っていることは全部正しいと譲らないものだから、古参はもちろんのこと若手からも嫌われた。
私としては恩義のある人の孫を追い出すわけにもいかなくて、板挟みの状態だった。

ほんと、あんときは職人崩壊の危機だったよ。


ハ・ナンザは昔を懐かしむように笑いながら話を続ける。


だが、アイツが変わるきっかけを作ったのが親父さんだったんだ。。
ある時アイツは自分の技術を過信しすぎてとんでもない大失敗をしてしまった。うちにとっての上客も上客に対して、勝手にアレンジを加えてしまったものを作ってしまって、客は「注文したものと違う!」と大変お怒りになってね。

すぐにでも作り直しをしなけりゃならないが、誰もアイツを助けようとしなかった。
「可哀想」なんて言葉が出ないほどに嫌われていたからね。
工房で一人立ち尽くすアイツを助けたのが、親父さんだったんだ。

周りは驚いたよ。
アイツのことをいつも怒鳴り散らしていたのは誰でもない、親父さんだったからね。

親父さんは決して手伝うことはなかった。
アイツの横についてずっとダメ出しをする。
ただそれだけだった。

実は親父さんはアイツの「鍛冶職人」としての技術を誰よりも認めていたんだ。ただ、その使い方が間違っているだけだってね。

あんときのアイツはただ泣きながら親父さんの激を受け続けて、商品を徹夜で完成させた。
それを持ってアイツと親父さんは客の元に直接届けに行ったんだ。

ぱっと見はなんの変哲もない普通のものだ。
だが、目の肥えた客にとってみればそれは驚きの仕上がりだった。
親父さんは客に頭を下げたうえで、こいつを作ったのはこの若い職人だと紹介すると、客は大変に喜んでくれたんだ。

その客の笑顔を見た時に、アイツは気が付いたらしい。

「自分の技術は何のためにあるのか」ってことにね。

それからというものそれまでの無礼を他の職人達に謝罪し、まるで人が変わったかのように仕事に打ち込むようになった。
親父さんには積極的に技術の指導を願い出るようになったし、作り上げる商品も要望通りの堅実なものがほとんどになった。

私はこのままアイツがN&V社を背負っていく人材に育っていくと思っていた・・・・のだがな。

アイツは親父さんがここを去ると同時に、やめていってしまったんだよ。


ハ・ナンザは少し落ち込むような表情をする。
その当時のことを思い出してしまったのか、少し目には涙のようなものが見て取れた。
私は弟子の男から親父さんの息子さんであり、ハ・ナンザの恋人であった人が、事故で亡くなったことを聞いたことを話す。
するとハ・ナンザは「あいつめ・・・口の軽さだけはいまだ直っていないじゃないか・・・」とわざとらしく非難する。


そう、あの人が亡くなってかから親父さんは変わってしまったんだ。
移り気で手のかかるバカ息子と罵ってはいたけれど、酒を飲むたびに愛する奥さんの大切な忘れ形見だから見放せないと愚痴っていたよ。
それほど大切だったあの人を失ってしまったショックで、親父さんは仕事にだけ没頭するようになっていった。

悲しみから逃げるためにね・・・・

そうして、今度は親父さんが孤立していったんだよ。
今まで以上に若い職人に強く当たるようになって、それに耐えきれずに辞めていく職人が続出したんだ。

それを自分も分かっていたらしくてね。
自分の悲しみを関係のない職人たちにぶつけてしまったことで、うちの会社に迷惑をかけてしまったことに責任を感じて、やめると言い出したんだ。

私は必死で止めたよ。
悲しかったのは親父さんだけじゃない。
私だって辛かった。
だから、二人だったら何とか乗り切れると思ったんだ。

でも、親父さんは頑なだった。
ここをやめてどうするのか聞いたけれど、口を噤んだまま何も答えない。
親父さんのことだ。どうせ何も考えていないんだろうと思って、せめてここをやめるなら自分の工房を持ってくれと半ば強引に工房を開かせることにしたんだよ。
仕事はうちが出すって言ってね。

しぶしぶだったが、何とか納得してくれたのまではよかったんだけれど、あろうことかアイツもついていくと言い出してね。
正直このタイミングでアイツまでも抜けられてしまうと、うちとしても痛手が大きかったんだが、親父さん一人じゃ不安だったから仕方が無く了承したんだ。

まぁ・・・今思えば、よかったと言えるんだけれどね。
親父さんの工房が軌道に乗り始めたあたりから、職人の斡旋もしてきたんだが、結局残ったのはアイツだけだったし。

親父さんが君のことを私に紹介したのは、アイツを引っ張っていったお返しなのかもしれないね。


まあなんにせよ、親父さんを慕う連中ってのは職人としての気力に溢れている奴ばかりだ。
モラビー造船廠のアートビルムまで引っ張られなかっただけでも御の字だよ。
親父さんは親父さん自身が思っているよりも影響力が強いんだ。
親父さんさえ望むなら、うちの会社に帰って来てほしいと心から思っている。


すまん。話が長くなってしまったな。
とりあえず君の返答は分かったよ。
だが、さっきも言った通り、私はあきらめたわけじゃないからね。
君も、アイツも、そして親父さんのこともね。

あっ、そうだ! この後は工房に戻るんだろう?
先日はかなりの無茶をさせてしまったからな。
これを持って行ってくれ。


そう言って、ハ・ナンザは液体の入ったボトルを手渡してくる。


親父さんを満足させられる出来かどうかは自信ないけど、秘伝のハーブティーだよ。
味はともかく、驚くほどに疲れが取れるからぜひ飲んでくれ。


私はハ・ナンザからハーブティーの入ったボトルを受け取り、深く一礼しN&V社のギルドを後にした。

 

工房に戻ると、おやっさんは何をするでもなく工房で黄昏ていた。
常に動いていないと死んでしまうんじゃないかと思うほどに、いつも忙しないおやっさんのその姿は随分と珍しい。
おやっさんは工房に戻ってきた私のことを見ると、なにか言いたそうな顔をしながらも、プイッと私から視線を外した。

私はおやっさんに、N&V社への移籍を断ってきたと報告する。
するとおやっさんはピクッと体を震わせて反応しながらも、


なんでぇ・・・・もってえねぇな。
せっかく俺がアイツに紹介してやったってのに。
こんな工房にいるより、あそこで働いたほうが職人としての未来があるってのによ。


と、こちらに顔を向けることなく淡々と答えた。
表情こそ読み取れないものの、口調からどこかほっとした雰囲気を感じるのは気のせいではないだろう。

私は改めておやっさんに今の自分の本心を伝える。


自分は霊災の時に記憶を失い、難民として絶望の淵を歩んできた。でもたくさんの人との出会いがあって、私はウルダハで冒険者となった。
そんな私が、正直ここでずっと職人として生きる覚悟ができているかと言うと、今は答えられない。
でも、今ここでおやっさんの元で修練を重ねる自分に迷いはない。
それに自分には、一つの大きな目標もできた。

「それは、職人としておやっさんを越えることだ。」


そう話すと、おやっさんはプっと吹き出し、腹を抱えて大笑いをし始める。


随分と馬鹿なことを言うようになったじゃねぇか!
お前ごときが俺を越えるなんざ、命が二つあったとしても無理な話だ!

・・・・だがな、目標があるってえのはいいことだ。

職人としての迷いは、必ず仕上がりにでる。
それは出来・不出来以下の問題だ。

だからこそ迷わねぇ様に目ん玉を向ける「目標」ってのは必要なんだ。
俺を超えるなんて「無茶な目標」を立てちまうお前にこれ以上言うことなんて何もねぇが、
自分が自分に正直であることが、職人として一番大事なことだからな。

まぁ・・・アイツは除く・・・がな!

そう言って弟子の男を顎で指す。
それに気が付いた弟子の男は「なになに?、何の話!?」と寄ってくる。
「うるせぇ!黙って仕事しろっ!」と邪険な対応をするおやっさん
それに対して「こいつのことが心配でずっと上の空だったくせにズルいっすよ!」と弟子はニヤニヤしながら反論する。
途端、おやっさんは顔を真っ赤にして近くに置いていたハンマーを手にして、弟子の男めがけて投げつけた。
間一髪のところで避けた弟子の男は「ちょっ!! 当たったら怪我どころじゃすまないっすよ!!」と抗議の声を上げるが「うるせぇ!! てめぇは少ししゃべれねぇぐらいが丁度いいんだよ!」と言いながら別の工具を手にして逃げる弟子の男を追いかけていた。

狭いあばら屋の中で、ギャーギャーという声が響き渡る。
その光景を見ながら、棚から杯を3つ取り出し、ハ・ナンザから預かってきた「特製ハーブティー」を注ぐ。
そして、追いかけっこでへとへとになった二人に「ハ・ナンザからもらった特製ハーブティーだ」と言って差し出した。
おやっさんは少しの間そのハーブティーの入った杯を見つめると「ふんっ」と鼻を鳴らして乱暴に器を掴み、ごくごくと喉を鳴らしながら一気に飲みほす。
そして「かぁーーっ!! まだまだだな!」と文句をつけながらも、晴れ晴れとした表情をしていた。
一方弟子の男は「うめぇ!! うめぇ!!」と絶賛し、その二人の見ながら私もハーブティーに口を付けた。
ほのかな甘みと共に、ミントのさわやかな刺激が喉を優しく包み込む。


自分は職人としてやっとスタートラインに立ったのだと実感する。
人はそれぞれに色々な出来事に遭遇し、時には困難にぶち当たって挫折する。
それでも、人は助けを得て再び立ち上がっていくのだ。

この先の自分の人生がどうであるのか。
その答えはが出るのはまだまだ先なのだろう。
自分が生きる道。それは、日々生きる中で積み上げたものこそが道であるのだと、なぜか納得することができた。

 


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クソ・・・なにかが違うな・・・

私は一から作り上げた一本の斧を振りながら大きなため息をついた。
見てくれこそ悪くはないが、どうにもしっくり来ない。
手に馴染まないというかなんというか、どうにも違和感を感じてしまう出来だった。


ある日のこと、私はおやっさんから一本の「斧」を作るように言われた。
その斧は農業用ではなく、武器としての「斧」だ。
おやっさんの工房では「武具」を作ることは珍しく、作ったとしても対獣用に限定したものがほとんどだ。
人と人とが争うための武器は作らないため、黒渦団などの軍事目的での使用を目的とした武具の作成は絶対に請け負わない。

斧の依頼元がどこであるかはわからない上、どういったものという指示もなく、ただ両刃の斧を作れとの依頼だった。

正直なところ、私はこれまで斧を作った経験がない。それどころか斧を振ったことすらない。両刃の斧ということからすると、攻撃用の武具であることは確かだ。
私は見よう見まねで斧を振りながら感触を確かめるが、いまいち感触が悪かった。


そんなところでただ振っていたってなにもわからないんじゃない?


剣を振りながら頭を悩ます姿をニヤニヤとみていた弟子の男が、しょうがないなぁとばかりに話しかけてきた。

あんたは剣は得意みたいだけど、斧の扱いは全くのド素人に見える。
そんなあんたがただ斧を降り回したところで、得られるものなんてなにもないと思うよ。


そう言いながら、弟子の男は一枚の紙を私に手渡してきた。
私は不思議に思いながらもその紙を受けとると、


それはここリムサロミンサにある斧術士ギルドへの紹介状さ。
あそこには俺の知り合いが働いているんだ。
役職は結構上だから、簡単に取り次いでもらえると思うよ。
斧のことを知りたければ斧が職業のところにいけばいい。

おやっさん!!
いいよね? 今依頼仕事も少ないし。


弟子の男は後ろで黙々と作業に向かっているおやっさんに許可をとろうとすると「こいつが抜ける分、おまえが死ぬ気で働くなら問題ないな。」といいながらヒラヒラと手を振る。
弟子の男はおやっさんの返しを聞くと、少し顔を青ざめさせながらも「あんまり長居はしてこないでね・・・」と懇願してきた。

斧術士ギルドか・・・

戦闘系のギルドにいくのは随分と久しぶりだ。
どこか体の奥から高揚感を感じていることに苦笑する。
どうやら私はまだ冒険者時代の日々を忘れられないらしい。

私はおやっさんと弟子の男に礼をして、斧術士ギルドへと向かうことにした。

 

斧術士ギルドはリンサロミンサの北端に建てられた「コーラルタワー」と呼ばれる建物の中にある。


元々ここには「バラクーダ騎士団」と呼ばれるリムサ・ロミンサの正規海軍本部であったが、同組織は第七霊災時に壊滅状態となり、残った兵は霊災後に創設されたグランドカンパニー「黒渦団」に統合されたため消滅した。現在コーラルタワーは「バラクーダ騎士団」の元陸戦部隊であり、治安維持部隊として黒渦団から再び独立したイエロージャケットの司令本部となっている。
またコーラルタワー内に併設されている斧術士ギルド自体も元々はリムサ・ロミンサの三大海賊団の一つであり、現在も最大勢力を誇る断罪党旗艦「アスタリシア号」の中に併設されていたが、霊災以後に治安維持部隊の強化を目的としてイエロージャケットにその運営管理が委譲された。

余談ではあるが「バラクーダ騎士団」時代のコーラルタワー内には「銃術士ギルド」があったが、霊災以後にイエロージャケットの専門職となったため、現在は閉鎖されている。

 


私は受付の者に工房から来たものであることを伝え、弟子の男からもらった紹介状を手渡した。


受付の者は「確認いたしますのでしばらくお待ちください」と言って紹介状のなかを改めると、ホールの中心部で隊員達に指導しているルガディンの男に報告にいった。ルガディンの男はその手紙の中を確認すると、こちらを向いて受付の前で待つ私に手招きをする。


お前がウルダハで冒険者稼業をしていたという奴か?


手紙を見ながらルガディンの男は私を確認する。
私がうなずくとルガディンの男は「ふむ・・・」と声を漏らしながら手紙から目を離し、今度は私の体つきをみているようだった。

・・・・・

冒険者にせよ職人にせよ、体が資本の商売である以上体つきを見られることは仕方がないことだろうが、いつまでたっても慣れない自分がいる。

なんなら「ポーズ」でもとった方がうけがいいのだろうか。

 

なんて変なことを考えていると、ルガディンの男は「よし!」と言って私の肩を「バンッ」と掴んできた。


「百聞は一見に如かず」だな。
うちの者とちょっと手合わせをしてみてくれ。
剣術士だったらしいじゃないか・・・・おいっ!この前の押収物の中に剣があっただろ。それ持ってこい!


なんだろうか・・・・
ここリムサロミンサでは用件を聞く前に何かさせないと気がすまないのだろうか・・・

私はN&V社での一件と同じような展開になっていることに苦笑しつつ、それでも久々に剣を振るえることにうずうずしている自分がいた。


ほれっ!
剣を合わせるだけで構わない。
あんたの冒険者としての資質を見せてみな。

すっかりと趣旨が変わっていると思いながらも、運ばれてきた剣を見た瞬間思わず息をんだ。
その剣は美しさを感じるほどに細かいほどに細工が施されていて、刀身の仕立ても素晴らしい。押収品とはいえ、手合せ程度の仕合でこれほどまでの剣を使うことがはばかられるほどのものだった。

剣を手に取り、軽く振ってみる。

???

おかしいな…
どうにもしっくり来ない。

確かに冒険者として剣を扱わなくなってから結構な月日が経つ。
だが、ここまで感覚を忘れてしまうものなのだろうか。
私は振り方を変えながら何度も試し振りをするが、いまいち体に馴染んでこないことに焦りを感じ始めていた。何度も素振りを繰り返す私を見て、ルがディンの男は「大丈夫か?」と心配そうに声をかけてくる。
私はそれに対して曖昧な答えしか返すことが出来なかったものの、これ以上何やっても仕方がないと腹をくくって、素振りをやめて剣を構えた。


それでは・・・・はじめ!!


ルガディンの男の号令に合わせて、斧術士の男はじりじりと間合いを詰めてくる。
まずは小手調べとばかりに直線的に切りかかってくる攻撃を剣で裁こうとする。
だが、うまく捌くことが出来ずに斧の重い一撃に体が持っていかれてしまう。
斧術士の男はその隙をついて連撃を撃ってくる。
体勢の崩れている私はその連撃を辛うじて交わしながら、いったん距離を取ろうと後ろへと後退する。
しかし、斧術士の男はそれを読んでいたのか一気に私の懐に飛び込み、後ろ手に構えていた斧を一気に振り下ろしてきた。
私はそれを剣で防ぐが、体重の乗った一撃を完全に防ぐことができずに後ろ大きく吹っ飛んだ。


やめっ!


ルガディンの男が声を上げると、無様に尻餅をついている私に「大丈夫か?」と言って手を差し伸べてきた。
私は男の手を借りて立ち上がるが、何をすることもできなかった自分にショックを受けた。
確かに、相手の男は相当の手練れだった。一分の隙もなく打ち込んでくる流れるような攻撃からは、たった数手の打ち合いですらわかるほどに強さが伝わってくる。
だがそれを打ち返すことはおろか、捌くことすら叶わなかったことに愕然とする。


ショックで無言で立ちすくむ私を見て、ルガディンの男は「わかったか?」と声をかけてきた。


???

わかったか?
何を? 自分の弱さのことか?

ルガディンの男の問いかけに何も答えられずにいる私を見て、ルガディンの男はため息をつきながら、


何だ分からんのか。
職人としてもだが、そんなんじゃ剣士としても駄目駄目だな。
腕だけでなく、冒険者としての感覚も随分と錆びついているじゃないか?


と厳しい言葉を吐いた。

なんだ・・・何が原因だ?
冒険者稼業から離れてから随分と経つが、工房でかなりの重労働をしているので筋力が衰えたとは思えない。
相手の動きもきちんと見えていたし、それを躱す動作も準備できていた。
それでも受け流せなかった原因はどこにある?

私は手に握っていた豪奢な剣を見る。
剣術士である以上自分の弱さを剣の所為にはしたくない・・・・のではあるのが、やはり原因はこの剣にあるのではないかと思ってしまう。

不思議そうに剣を眺める自分を見ながら、ルガディンの男が話す。


その剣は見てくれこそいいが、相当の「なまくら刀」なんだ。
伝説の剣である「エクスカリバー」を模して作ったらしいが、装飾品としての利用価値しかない偽物中の偽物なんだよ。
こいつを「本物」と偽って商売していた奴がいたから押収したんだ。なんでも「赤い頭巾を被ったひんがしの国風の奴」にもらったとかなんとか言っていたな。


まぁ確かに本物と見紛うばかりの逸品だから装飾物としての価値はあるかもしれないのだが、ここリムサ・ロミンサで「偽物」は禁制品だからな。

しかし、まっとうな奴ならそいつを持っただけでわかるはずだぞ?
これだったらそこらへんで売られている安い剣の方がましだってな。

あんた、本当に冒険者だったのかい?