FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第五十一話 「クジャタ」

は斧術士の男に冷ややかな視線を向けられながら、自分の不甲斐なさにショックを受けてしまう。
いち剣術士として「なまくら」であろうとも剣をまともに扱えなかったこともあるが、曲がりなりにも鍛冶職人として剣の真贋を見極めることすらできなかった。
そして今になってやっと気が付いたことがある。

この剣が「私の作った斧」とそっくりであることにだ。
見てくれはいいが使うことを前提として作られていない、ただ外側を真似ただけの中身のないものだと。

やっとルガディンの男が言った「わかったか?」という問いの意味が分かった。
彼は私の剣術士としての腕を試そうとしたのではない。
斧の製作に悩む私にヒントを与えようとしたのだろう。

私は改めて見てくれだけの豪奢な剣を振るう。
今にして思えば、刃と柄のバランスがデタラメで刃先に力が伝わらない。
柄にしてみても太さがどこか不自然で持ちにくく、更にツルツルとした表面のせいできちんと握れなかった。
これでは剣に力を込めることもままならず、まともに振るうことすらできないのはあたりまえである。


まったく・・・やっと気が付いたようだな。
アイツの話じゃあんたはウルダハじゃ名の知れた冒険者だったって聞いていたもんだから、ウルダハの冒険者のレベルをちょっと疑ってしまったよ。


ルガディンの男はやれやれといった表情で私を見ている。
私は恥ずかしくなって頭を掻きながら「別に普通以下の駆け出し冒険者だったよ」と答え返すと、なんともいえない表情をしたままルガディンの男は一本の斧を私に差し出した。


謙遜なのか本当なのか、本当のところは実戦で見せてもらおうか。
だが、ここに来た以上扱う獲物は「剣」ではなく「斧」だ。
分かっているかとは思うが、剣とはまったく扱い方が違うぞ?
斧術士としての基礎はここで教えてやるが、それ以上のことはあんた次第だ。

私はルガディンの男から斧を受け取る。そして自分の作った斧との違いに愕然とした。
ずっしりとした重みは、刃の中心に芯があるかのように伝わってくる。
振ってみると、刃先はずれることなく狙ったところにストンと垂直に落ちていく。
それに比べて私の斧は、ただ全体的に重いだけでどこに重心があるのかがわからない。そのため振ったときに刃の腹が前に来てしまうこともあり、単純に扱い辛さが際立っていた。

またルガディンの男の言う通り、剣と斧では必要な体裁きは剣と全く違う。
重量のある斧を軸として、いかに体を動かしていくか。
力の向きに逆らわず、遠心力を乗せて相手に強い一撃を打ち込むか。
近接武器でありながら、相手に懐に入られる前にいかに薙ぎ払うかに重点がおいて動かなければならない。

思い起こせば、私が斧術士と対峙するのは、ウルダハで出会った海賊崩れのルガディン以来だ。
大振りではあったものの、力のこもった一撃は岩をも砕く重い一撃だったことを思い出す。


よし。いきなり実践じゃ辛いだろうから、まずはこいつを相手に基礎を学びな。
あんたは鍛冶工房のゲストだから無茶はさせないが、慣れたころに実践も経験してもらうつもりだ。
最近街の周りの獣共が増えだしたせいで人手が足りんからな。
ただで教えてやるからその分役に立ちな。


ルガディンの男は私にそう言うと、いつのまにやら隣に立っていた男が「よろしく」と手を差し出してきた。
私はその手を握り「よろしくお願いします」と答え頭を下げると、地下にある修練場に連れていかれてみっちりと稽古を受けた。

 


帰り際、斧術士の男に借りていた斧を返そうとすると、男は受け取りを拒み、


その斧はあんたに「貸す」からしばらく持ってな。
自主トレするなりなんなりに使ってみればいい。
それと、仕事終わりでもいいから明日も来いよ。
一日で「わかった」とか言われたら鍛冶屋としてのお前を疑うしかないからな。


私は「ありがとう」と礼をいい、斧を背負ったまま工房へと帰った。

 


工房へと戻ると、斧を背負った私を見た弟子の男は「なんだ? 本当に斧術士になるつもりかい!?」と驚いている。

(言い出しっぺはあんたなんだがな・・・)

と思いながらも、苦笑いをしながら頭を横に振って、弟子の男とおやっさんに改めて報告する。
戦斧の制作の為に、仕事が終わったら斧術士ギルドで修練を積むことになったことを伝えると、おやっさんは「こっちの仕事の手を抜いたらただじゃおかねぇぞ」と忠告してきた。
私はおやっさんの目を見ながら「はいっ!」と言いながら深く頭を下げた。

そしてすぐに斧の製作へと向かう。
斧の修練の疲れはあるものの、気分が高揚している私は新しい斧を作りたいという衝動を抑えることができない。そんな私の姿をみて、弟子の男は「なんかあいつ、おやっさんに似てきたな」と小さく呟いていた。


すぐにいっぱしの斧を作ることができるとは思っていない。
しかし、今日覚えたこと、感じたことはすぐにでも斧製作に反映したい。

その気持ちに突き動かされるように、くず鉄を使いながら試行錯誤を繰り返す日々が始まった。

 

私が斧術士ギルドで修練を積むようになって数週間が経った。
実戦訓練としてリムサ・ロミンサ近郊のモンスター駆除に駆り出されるようになり、より本格的な「技」の習得に向けた訓練も行っていった。
戦斧の製作もまた少しずつ手ごたえを感じ始めてはいたが、おやっさんから合格点を貰えるレベルに至ったかと言われれば、まだまだ不十分だと感じていた。

そんなある日、いつものように修練場で訓練をしていると、

「クジャタがまたでたぞ!!」

という叫び声が上階から聞こえてきた。その声に反応した教官は慌てて上へと駆け上がっていく。
私も教官の後を追いかけて上階に上がると、斧術士ギルドのギルドマスターであるヴィルンズーンを中心に斧術士ギルドとイエロージャケットの面々が集まっていた。

報告に来たイエロージャケットの隊員の話によると「クジャタ」と呼ばれるものによって集落の一つが壊滅。その中で大怪我を負ったものの奇跡的に生きていた子供一人を救出。
しかしその他の住民はクジャタによって蹂躙され、すべて命を落としたとのことだった。

クジャタ・・・?

私が集まりの後ろで首をかしげていると、教官はクジャタについて教えてくれた。


クジャタとは最近になってリムサ・ロミンサ近郊に現れるようになった巨躯のバッファローのことだという。
元々バイルブランド島には家畜として飼われていたバッファローが多数いたが、第七霊災により崩壊した牧場から逃げ出したバッファローが野生化し、今では南部平原地帯のあちこちで見られるようになった。
その中でもクジャタは一際大きい巨体のバッファローで、その存在自体は第七霊災以前から確認されていたが、高地ラノシアのブロンズレイク周辺にある森の中のさらに奥、人目のつかない場所でひっそりと暮らしていたため、現地民から「山神様の使い」として崇められていた。

しかし第七霊災以降、突然クジャタは森から出て人里を襲うようになり、今回はそのクジャタを「山神の使い」として深く信仰していた集落が壊滅させられたとのことだった。

クジャタの襲撃は神出鬼没であり、時に野生のバッファローや野生の獣を多数従え大挙して襲撃してくるばかりか、その襲撃が大抵が真夜中であるため避難することもできず、治安部隊であるイエロージャケットが到着する頃には既に壊滅していることがほとんどだという。

噂の域はでないものの、クジャタは北部高山地帯を縄張りとする蛮族「コボルド族」によって信仰される蛮神タイタン(山神)の霊気に当てられテンパード化した獣であり、コボルド族の縄張りを侵す人族に怒ったタイタンの代行者として人里を襲っているのではないかと言われている。

 

奇跡的に助かった少年は、親類のいるレッドルースター農場に運び込まれて治療を受けているとのことだった。


また助けられなかったか・・・
ちくしょうっ! アイツに一体いくつの命が奪われたか!
あそこの集落に行くにはこの道しかないはずだが・・・
この崖を越えてきたのではないか?


ガヤガヤと討論をしながら、クジャタの襲撃ルートの検討に入る団員達。
クジャタの出現はいまだ「神出鬼没」で特定には至っておらず、いつもどうやって襲ったかについては謎が多いとのこと。さらにクジャタに襲われる集落にこれといった共通点もなく、討伐しようにも対策が取れない状態が続いているらしい。


その少年の意識はあるのか?


神妙な顔をしているヴィルンズーンは、イエロージャケットの統括司令官であるレイナー・ハンスレッドに問いかけた。


意識ははっきりしていると聞いている。
だが、どうやら目の前で親を殺されてしまったらしくてな・・・。
今その時のことを聞くには少し早いかもしれん。

・・・・そうか。
無理に聞けば少年の心も壊れてしまうかもしれないな。
しかし・・・・一向に解決の糸口が見つからんな・・・

ヴィルンズーンは「ふぅ・・・」と大きく溜息をつくと、頭を乱暴に掻きながら、
話の輪に入ることができずにただ会話を聞いている私の存在に気が付き、


あぁ・・・放っておいてすまんな。
今日はもう帰っていいぞ。
この件にあんたを関わらせるには随分と危険すぎるからな。


ヴィルンズーンは私にそう言うと、再び議論の中に入っていった。
私はどうすることもできず、小さく礼をして斧術士ギルドを後にした。

 

クジャタ?

翌日、工房でおやっさんと弟子の男に昨日斧術士ギルドでの一件を話すと、弟子の男は「あぁ・・」と小さく声を吐いた。


アイツのせいで随分と死者が出ている。
リムサ・ロミンサの近郊には霊災で村を失った人たちが寄り集まって出来た小さな集落がいくつもあるんだ。
やっと住処を得たというのに、無慈悲に蹂躙されるなんてね・・・
もう・・・言葉もないよ。

けど・・・そもそもの原因はこっち側にあるからなぁ・・・


弟子の男の一言を聞き、私は「どういうことだ?」と聞き返す。


いやね、そもそもの原因はリムサ・ロミンサ側がコボルド族との協定を破ったことにあるんだよ。
いや、別にメルヴィブ提督の指示ってわけじゃないよ。
一部の欲深い奴らが鉱脈目当てにコボルド族と決めた境界線を越えて山側に入植し始めたことが発端で、約束が違うと怒ったコボルド族と小競り合いが始まったんだよ。
リムサ・ロミンサとしても黒渦団が越境者を取り締まっていはいるんだが、ずっといたちごっこでね。
依然として解決をみない状況に怒ったコボルド族が、蛮神「タイタン」の召喚を始めてしまったのさ。

その頃からかな、野生化したバッファローが凶暴化し始めたのは。
人を見れば逃げていったアイツらが、急に人を襲うようになったんだ。
そして山神の使いとして崇められていた「クジャタ」すら姿を現し、集団で人里を襲うようになった。
それに凶暴化したのはバッファローだけじゃない。プアメイドミルに出没するクアールだってそうだし、色んな獣達が人を襲うようになったんだ。

とにかく原因がこっちにある以上一方的に人を襲う獣を責められないけど、せめて昔のようにきちんと住み分けできればなぁ。


と弟子の男は困った顔をしながら説明する。
おやっさんは弟子の男の話を無言で聞きながら、手を休めることなく作業に集中していた。

弟子の男の話が本当であれば、随分と根の深い話だ・・・
ようはクジャタは氷山の一角でしかない。コボルド族が蛮神召喚をやめない限り、すべての問題は解決しない。
そのためには「欲」に溺れる人を制し、コボルド族と再び和解しなければならないのだ。

 

数日後、私は依頼されていた農具の納品に行くようにおやっさんに言われた。

レッドルースター農場?
たしかあそこは・・・

聞き覚えのある集落の名前を聞いて、私は記憶を探る。
レッドルースター農場は、先日クジャタに襲われた集落の唯一の生き残りが引き取られたころだったはずだ。
農具を前にして無言で立ち竦む私を見たおやっさん


おい・・・余計なこと考えるんじゃねぇぞ。
お前は職人だ。職人はモノを作ることだけを考えてりゃいいんだ。

と、こちらを見ることなく忠告してくる。
それに合いの手を入れるように弟子の男が、

そうそう。いくら考えたって君が何を出来るわけじゃないよ。
荒事は専門の人たちに任せておけばいいんだから。

と、珍しく忠告をしてくる・・・と思ったが、


君と僕が相手にしなければいけないのは、クジャタより恐ろしいおやっさんなんだからね。
君が戻ってこないと僕だけが大変な目に合うんだから、余計なことは考えずにすぐに戻ってき・・・あたっ!


余計な口を滑らした弟子の男の頭を、無言で金属のプレートで叩くおやっさん
あまりの痛みからか、床でうずくまる弟子の男に「お前に任せた・・・」と肩を叩き、私は農具を荷車に乗せてレッドルースター農場へと向かった。

 

レッドルースター農場は、低地ラノシアにある大きな農場だ。ここもまた「サマーフォード庄」と同じく霊災後に拓かれた入植地の一つである。
元はとある園芸師が始めた実験農場であり、小さな掘っ立て小屋が一つあるだけのところであった。
コボルド族の勢力圏に近いこともあり、古くからコボルド族の野盗に悩まされていたため、その警備を近隣の海賊団にお願いしていた。
その海賊団もまた「レッドルースター」という名前の由来となった事件を起こすわけだが、メルヴィブの提督就任後、すぐに行われた「治安強化策」の命を受けたバラクーダ騎士団により、レッドールースター農場の警備を請け負っていた海賊団が取り締まられ、その結果コボルド族の野盗にやりたい放題に荒らされるようになっていた。
(リムサ・ロミンサ側はコボルド族に対し領土侵犯だと抗議をしたが、コボルド族側の言い分は「コボルドの掟を捨てた者はコボルドに非ず」とのことで、関係性を否定された)

その後、農場主は幾度となくバラクーダ騎士団に対して警備強化の陳情をおこなったが、農場の規模も小さかったためか当時のバラクーダ騎士団の管轄担当に無視され続ける。
その現状を憂いた農場主の娘がイエロージャケットに入隊し、そのコネを使ってなんとか農場の警備を行っていた。

第七霊災によりバイルブランド島は各地で大きな傷跡を残すこととなったが、運よくレッドルースター農場周辺は大きな被害を免れた。
ラノシア各地の農地壊滅や漁船の激減よる食料不足を解決するため、被害の少ないレッドルースター農場に白羽の矢が当たり、メルヴィブ提督の命により重点入植地として農場の解放を打診される。
しかし、警備の一件でバラクーダ騎士団、そしてその統括者であるメルヴィブ提督に大きな不信感を抱いていた農場主は頑なに拒んだ。
その報告を耳にしたメルヴィブ提督は、その当時の事実関係を洗い直すように指示。そして管轄担当が職務怠慢の上、虚偽報告を繰り替えしていたことが判明し、即刻拘束の上罪人として逮捕された。
その後、メルヴィブ提督は直々に農場まで出向き農場主に謝罪をする。
その真摯な対応に感動した農場主はメルヴィブ提督の願いを受け、実験農場としての資金援助を条件として農場を開放することとなった。
結果警備の強化だけでなく資金や人材の確保が容易になったレッドルースター農場は飛躍的に規模を拡大し、現在ではリムサ・ロミンサを代表する一大農場としての地位を築き上げるまでに至っている。
農作物の育成だけでなく、畜産や風車を使った織物の生産など多岐にわたり、現在もまた新しい農法開発や品種改良に励み、ラノシアだけでなくエオルゼア全体への農業技術の向上を担っている。

 

農場に着いた私は規模の大きさに驚いた。
治安部隊であるイエロージャケットもまた常駐しているようで、農場はさまざまな脅威に怯えることなく自由に農業にうちこめているようだ。

私は警備の者にリムサ・ロミンサの工房から依頼品を届けに来たことを伝えると、農場主のいる建物の中に通された。
部屋に入ると、ヒューランの老人がおり、頭を抱えながら何か悩んでいるようだった。
「工房からきた客人です」と紹介され、私が頭を下げると老人はすまなそうな顔をしながら

わざわざすまないね。
こちらから出向きたかったのだが、最近立て続けに問題ごとが起きてしまってね。見ない顔だが、新人さんかね?


と聞いてきた。
私が頷くと「ほほ、めずらしいこともあるもんじゃな。」と言いながら笑っていた。

アイツとはもう何十年の付き合いになるんじゃよ。
ここがまだ小さな農場だったころから、ワシはアイツに農具を作らせていてね。
お互い若かったからいっぱい喧嘩もしたし、女もとりあったんじゃよ。
まぁ、結局私の本命はあいつにとられてしまったけどな。

老人は椅子にもたれかかりながら、懐かしそうに昔を思い出していた。
正直、あのおやっさんが女をとりあう姿とかまったく想像ができない。


今でも会えば罵り合う仲じゃが、悔しいがやっぱりあいつの作った農具が一番使いやすくて壊れにくいのでな。
こうやって今でも依頼しておるんじゃよ。


そう言いながら、納品した農具を眺めながらうんうんと頷いていた。
突然廊下が騒がしくなり、ドタドタと誰かの足音が聞こえた。


放して!! 放してよ!! 爺ちゃんに話があるんだよ!!

 

部屋の外から「ドンドンッ!」という物音と共に小さな子供の叫び声が聞こえてくる。そして「バンッ」と大きな音を立ててドアが開かれると、一人の子供が部屋の中に飛び込んできた。
老人はその子供の姿を見て「はぁ・・・」とため息をつく。


なんじゃ・・・・怪我も治らんうちから暴れよって・・・。
何度も駄目じゃと言うとろうが。


老人は子供をたしなめるようにゆっくりと話す。
しかし子供はそんな老人に詰め寄り、

頼むよ爺ちゃん!
僕はあいつにもう一度会わなきゃダメなんだよ!

会ってどうするというのじゃ? お前なんぞ踏みつぶされて終わりじゃぞ?
ワシに息子ばかりか、孫まで失えというのか?
そもそも外に出たからと言って会える保障などないじゃろう。

でも・・・・でも!!


聞き分けのない子供は、それでも一生懸命に老人に食い下がる。
少年の体を見ると、いたるところが包帯でぐるぐる巻きになっていた。

そうか・・・この少年が・・・

私は斧術士ギルドで聞いた「クジャタ」の一件を思い出す。
どうやらこの子供が襲われた集落の唯一の生き残りのようだ。
老人はやさしく少年の頭に手を置き、

今専門の人達が必死になってクジャタを探しておるし、見つかればこちらにも情報をくれるようにお願いもしておる。
もし危険がないようだったらお前を連れて行くこともできるじゃろう。じゃから今は怪我を直すためにおとなしくしておくれ。


老人は少年をたしなめながら、頭に置いた手をぐりぐりと動かす。
少年はどこか納得できないといった表情で、下を向きながら訥々としゃべり始める。


クジャタは・・・・クジャタは山の守り神様の使いなんだ。
神様がお怒りになったってことは、僕たちが悪いことをしたからなんだ。
お父さんやお母さん、集落のみんな達が何をしてしまったのかはわからない。
だけど・・・・だからこそ僕は集落の生き残りとして、山神の使いであるクジャタに謝らなければならないんだよ。


少年はふるふると体を震わせながらも、はっきりと言葉を紡いでいく。


クジャタはすごく怒っていたんだ。怒りに体を震わせてまるで僕らを叱りつけるかのように叫んでいた。
でも・・・・僕にはクジャタが泣いているようにも見えたんだ。
その眼は怒りじゃなくて、悲しんでいるように僕は見えた。

だから、
僕は・・・・僕はクジャタに会って、その真意が知りたいんだ!


俯いていた顔をあげ、きっと老人を見つめる。
少年は目から涙をこぼしながらも、強いまなざしで老人を射抜く。
その強い眼光に驚いたのか、老人は思わず少年の頭から手を放した。


殺しちゃだめだよ・・・
絶対にクジャタを殺しちゃだめだからね!!


そう叫ぶと、少年はこぼれた涙を袖で乱暴に拭うと、部屋を飛び出て行った。
静寂に包まれる室内の中に、どこか気まずい雰囲気が漂い始める。
それを振り払うように、老人は一つ咳払いをして少年のことを話し始めた。


お見苦しいところを見せてしまったね・・・
あの子はうちの息子の孫で、先日集落を獣に襲われて一人身となってしまったんじゃよ。
本人も大けがを負ったのじゃが、見てわかるとおり随分と落ち着きがなくてな。
クジャタに会うと言ってきかんのですわ。

老人は大きく「はぁ・・・」とため息をついて、頭を抱える。
私は少年が言っていた「山神様の使い」について老人に聞いてみた。


「クジャタ」と呼ばれている大型のバッファローは、ブロンズブレイクの北、コボルド族の支配地域であるオーバールックの山間のさらに奥に生息しておる老獣じゃ。
古代アラグ帝国時代の伝承にある「山の如き二瘤の牡牛 クジャタ」になぞらえて、そう呼ぶようになったらしい。
山の神である蛮神「タイタン」の御使いであり、山の恵みの豊穣をつかさどる「聖獣」として、古くから崇められてきたのじゃ。
人の前に姿を現すことはほとんどなく、クジャタの鳴き声が聞こえるとコボルド族の領域に近いことを意味していることから、人とコボルド族はうまくすみわけができておった。まぁうちの農園を荒らしに来る「逸れコボルド」共は別としてじゃがな。

ワシの息子は木こりをしておってな、山神の使いであるクジャタを深く信仰しておったのじゃ。じゃからあの子にとってもクジャタは特別な存在なのじゃろう。

じゃが第七霊災後に住処や職を追われた難民や海賊の一部が、コボルド族の支配下にある鉱山資源の盗掘に目をつけて境界線を越えて不用意に北側に立ち入るようになってしまったのじゃ。
その頃から怒ったコボルド族と小競り合いが頻発するようになってな。
人側の代表としてうちの息子らがコボルド族と折衝しておったのじゃが、結局は人側の浸食を止めることができずに彼らを完全に怒らせてしまったのじゃよ。

そして彼らは我々人族への報復として、一度中止していた蛮神「タイタン」の召喚を行うようになったのじゃ。

境界線でのコボルド族との衝突が激しくなり、オーバールックに黒渦団の前線基地がおかれるようになってから、息子のいる集落も安全なところまで移転を勧告されたのじゃが「自分らもまた山と共に生きる民だ」と集落移転を拒み、結局山神の使いである「クジャタ」によって滅ぼされてしまったのじゃ。
うちの息子たちが悪いわけじゃないがな・・・結局は人の「業」が招いた災いなのじゃよ。

老人はぐっと顔をしかめさせて、空を見上げる。
訥々と語る老人の目に涙が浮かんでいた。


済まぬな・・・職人のそなたにそんな話をしたところで何にもならぬのにな。
ほれ、代金じゃ。あいつによろしく伝えておいてくれ。


私は見送りに出てくれた老人に手を振りながら、工房へと戻っていった。