FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第五十六話 「シーフ」

世界はいつだって絶望に満ちている。

幸せな人はただそのことに気がついてないだけ。
楽しげに笑っている人も、希望に輝いている人にだって、ほら・・・


絶望の淵は、すぐそこにあるんだ。

 

希望も絶望も知らなかった無垢な私の人生は、赤の他人の気まぐれによって黒く塗りつぶされた。

それはまるで落ちている小石を蹴りとばす感覚で、

それはまるで歩いている蟻を踏んづけるように、

笑い、

鼻歌を歌いながら、

ただただ楽しそうに、

私の人生を絶望の世界へと落としていったんだ。

 

辛いなら逃げればいい?

いったい何処へ?

逃げたいのなら、助けてもらえばいい?

いったい誰に?

いっそのこと、死んでしまえば楽になる?

ハハッ

死ぬことができるのなら


私は、どんなに幸せなことか。

 

 

ドンっ、という強い衝撃が、私の内臓を突然に圧迫する。
私は見たくもない夢から覚めて、絶望しかない現実へと戻された。

ごほっ!ごほっ!!

腹を蹴られた私は、思わず咽て咳き込んだ。
呼吸をすることすら辛く、喉からヒューヒューという音をたてて息が漏れる。

おい起きろ!! 仕事だ!!

私の腹を蹴ったのは一人のちんけな海賊崩れだ。
下っ端のくせに、
虎の威を借りただけのドブネズミの癖に、
手足を縛られて身動きの取れない私を、何の躊躇もせず蹴り飛ばす。

おうなんだその眼は・・・
お前誰のお陰で生きていられると思ってんだ?

そう叫びながら、男は私の顔を蹴り飛ばした。

ぐっっ・・・

私の小さな体には、そのチンケなドブネズミの一撃ですら重い。
こんな男程度、ヤろうとすれば一瞬で屠れるというのに。


目ぇ覚めたか?
へへ・・・おめぇは俺らの人形なんだから、文句も言わずにやることをやればいいんだよ!!


男は語尾を強めながらも、どこか怯えるような表情を含ませながら私を縛り付けている縄を乱暴に掴み、蹴られた痛みで起き上がることのできない私を引き摺りながら牢屋から連れ出した。

 

団長!
連れてきやしたぜ。ほら、立ちやがれ!

私は、団長と呼ばれる盗賊団の男の前へと引っ張りあげられ、乱暴に立たせられた。

ぐっ…

縄は食い込み、赤く腫れ上がった肌を擦りあげ、ビリビリとした痛みに顔が歪む。

そんな顔を見て楽しむように、盗賊団の頭目はニヤニヤと笑っていた。


おまえにやってもらうことがある。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


リムサ・ロミンサは、多くの海賊団がいる海洋都市だ。
今の国家元首であるメルウィブ・ブルーフィスウィン率いるシルバーサンド一家を筆頭に、ヒルフィル・フェツムーンシン率いる「断罪党」、ローズウェン・リーチ率いる「紅血聖女団」、そしてカルヴァラン・ド・ゴルガニュ率いる「百鬼夜行」がリムサ・ロミンサ三大海賊と呼ばれ、覇権に最も近い位置にいる。
その他にも大小様々な海賊集団が存在するが、私がいる海賊団は他とはちょっと違っている。

私が囚われている「海蛇の舌」と呼ばれる海賊団は、バイルブランド固有の蛮族「サハギン族」と繋がりを持っている異端中の異端だ。

サハギン族は蛮神「リヴァイアサン」を信奉していて、リムサ・ロミンサと勢力圏争いをしている。
小競り合いが絶えなかった海賊団同士の対立は「蛮族」と「ガレマール帝国」という共通敵の存在のおかげで不安定ではありながらも「協同」を保っているけど、海賊行為そのものを禁止する現体制に不満を漏らすものも少なくない。

その内の一つがここの海賊団だ。

ここの海賊団はリムサ・ロミンサと敵対するサハギン族と協定を組み、自分達を初めとするリヴァイアサンの「信奉者」を集めることにより召喚を手助けしている。
「集める」と言うのは語弊があるか・・・言い直そう。

「拐う」という方が正しい。

第七霊災と呼ばれる大災害から、5年という歳月がたった今もなお世界にはたくさんの難民が溢れている。
一部の人は日常を取り戻しているけど、再起を目指すも夢破れた者、世間からあぶれたもの、人生を呪いあきらめた者などもたくさんいる。
そんな奴らを甘言で集め「神の池」と呼ばれる場所で禊をさせ、顔にリヴァイアサンの体液で作られた染料を使って入れ墨を入れる。
リヴァイアサンの祝福を受けた彼ら狂信的な「溺れた者」となり、女子供はリヴァイアサンに祈り、男たちは海賊団「海蛇の舌」の一員として、さらなる人拐いを行っている。

「海蛇の舌」はサハギン族と共にリヴァイアサンを召喚し、リムサ・ロミンサを壊滅まで追い込むことで「海賊としての自由」を取り戻すことを目的としている。
混沌とした時代のように、強いものが弱いものから奪うという「自由」な時代への回帰を望んでいるのだ。
また、神おろしだけでなくサハギン族側についていれば、リムサ・ロミンサの亡き後に自分たちの自治を認めてもらえるとも思っているらしい。

蛮族相手にそんなにうまくいくとは思えないけど・・・

 

そんな彼らの「人形」である私の仕事は、

「諜報」「陽動」そして「暗殺」を行うこと。

それ以外に自由はない。

初めは「慰安」の道具とされたこともあったけれど、無感情で欲情的ではない私は面白みが無いらしく、もっと「適任」な奴隷たちが行っている。

用事が無ければ暗く、じめじめとした岩に囲まれた牢屋の中でじっと身を潜めているしかない。

絶望の籠の中にいる私だけれど、一つだけここにきてよかったと思えることもある。
それは様々な「教育」を受けられたことだ。

諜報・陽動には様々な「知識」が必要になる。「仕事」に出ていない間、私はそれをみっちりと叩き込まれた。それに「仕事」を行うのにも「技術」がいる。
その技術もまた専門の「先生」によって教えられた。

「教育」を受けている間だけは、自分を取り戻せたように思える。
だから、ただ純粋に楽しかった。
もっと知りたい、もっとできるようになりたい! もっともっと・・・
もっと上手に「人を殺せる」ようになりたい。

たった一年という短い間だったけど、経験を積み重ねた今の私は人を殺すことになんの躊躇もない。
どうせ人は遅かれ早かれ死ぬし、希望によって光り輝く白紙は、絶望という黒いインクによって塗りつぶされる。
そう考えれば、私は絶望を知らずに死ねるという「幸せ」を与えていると思えるのだ。
感謝されても恨まれる筋合いはない。

そんな私のことを、縛っているはずの彼らでさえ「敬遠」し始めていることに気がついてもいた。
無感情で人を殺し、乱暴に扱われても文句を言わない。
そんな私を気持ち悪がって、恐れを薄っぺらい「強がり」で隠している。

バレバレだよ。

でも心配しないで。

時が来たら、

私以上の「絶望」を持って、

全員焼き殺してあげるから。

 

 

 

 

 

翌日の夜、再び双剣士ギルドのアジトの前に行くといつもいるはずの門衛の姿が無いことに気が付いた。
扉を叩くも中からは何の反応もない。

???

扉に耳を押し当ててみても、中からは物音ひとつ聞こえてこない。

まさか・・・襲撃にあったのか?

あたりをキョロキョロと伺いながら不審なところが無いか確かめていると、


動かないで・・・・


建物の影の中から女の声が聞こえてくる。

(この声・・・・ヴァ・ケビか?)

私は見渡すのをやめて、そのままの体勢のまま耳をそばだてる。

 

えらいえらい。
このままエーテライトプラザまで歩いて上層甲板まで来て。溺れる海豚亭のある甲板の西側に、下に降りる勾配があるからその先でジャックが待ってるって。


そう言うと、気配はスッと消えてなくなる。

(相変わらず見事なもんだ・・・)

私は感心しながらも、踵を返して指示されたポイントへと向かった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

すまねえな!


指定された場所に着くと、そこにはジャックとぺリム・ハウリムの姿があった。
ペリム・ハウリムは落ち着きを取り戻したようだったが、頭の一部が腫れた様に盛り上がっているのが若干気になった。


いやいや、さっそくアジトの場所まで嗅ぎつけられちまったようでな。どうにも不審な影を見かけるようになったんでしばらくあそこは使わねぇことにしたんだ。ヴァ・ケビ、尾行はされなかったか?

うん、大丈夫・・・だと思う。


と言う声と共に、どこからともなくヴァ・ケビが姿を現した。
その声は何処か自信を感じられない。


なんだ、随分と歯切れが悪いじゃねえか。お前にしては珍しい。

うん・・・うろちょろしているのは一人だけ。これは間違いない。
多分だけど、エールポートで仲間を殺したララフェルの子供だと思う。
でも、気配の消し方がすごく不自然・・・
考えすぎかもしれないけど、わざと存在をアピールしているような感じ・・・
それに、なぜかこっちの動きの先に必ずいる。まるですべてをわかっているように。
それがすごく気持ち悪い・・・


ジャックはヴァ・ケビの報告を聞いて黙考する。


・・・やはりあの子供には謎が多いな。
用心には用心を重ねるか・・・
よし、すまねえがここで話させてもらうよ。かんべんな。


そう言ってジャックは顔の前で手を合わせる。
状況が状況ではあるし、私は構わないと答える。

 

ありがてぇ。じゃあさっそく本題に入ろうか。
サマーフォード庄にいる赤い帽子の野郎、確かセヴリンと言ったかな。あいつはどうやら「黒」のようだぜ?
どうやら酒場で怪しげな「儲け話」を酒飲み客に持ちかけては人集めをしているようだ。もちろんほとんどの奴は眉唾な話に飛びつかねえが、面白がった馬鹿どもが話に乗っかったらしい。もちろん嘘だったらセヴリンに「代償は取らせる」と他の連中に吹聴していたようだが、どうも最近そいつらの姿が見えなくなっているらしい。
正直「どっちもどっち」の話ではあるが、人が消えちまっていることは確かなようだ。

街道を往来する商人に目撃情報を当たってみたんだが、中央ラノシアのデセント断崖にあるスカイリフトのところで、ガラの悪い男数人と「ささやきの谷」の方に向かていく姿を見た奴がいた。そこは表の街道から奥まったところにあるから、人目を忍んで入っちまえば何が行われていようがわからねえ。

どうだい? 調べてみるかい?

ジャックは「もちろん安全第一だがな」と付け加えて提案してくる。私に断る理由はない。一人ではないというだけで大分心も楽になる。
私が承諾をするとジャックは、


さすがに赤い帽子の男のことを奴らもマークしているだろうから、あんたもうちらも迂闊に動くとまずい。
ヴァ・ケビのいうララフェルの子供の動きも気になるしな。
まずは俺の知り合いの「情報屋」に調べさせるから、その情報をもとに動いてくれ。
情報が集まった時点であんたと接触するよ。だからしばらくはリムサロミンサに留まっていてくれると助かる。
接触した時に情報屋のいる場所を教えるから、あんたはそこに向かってくれ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ジャック達と別れてから接触があるまでの数日間、私は自室で斧の素振りを行いながら動きを体に染み込ませた。
斧の扱いの向上はもちろんだが、おやっさんの技術に少しでも近づきたいという欲求の方が強い。
手に吸い付くように馴染む感触。重さを感じないほどに調整された絶妙なバランス。
振り回すにしろ、体重移動の軸にするにしろ、盾として構えるにしろ、本当に自由自在だ。

その扱いやすさの理由はどこにあるのか。

それを知るために私は斧を振る。

(それにしてもこの斧、一体いつ作っていたんだろうか?)

という疑問と共に、ふともう一つ疑問が湧き上がってきた。

おやっさんはなぜこんなにも斧の製作がうまいのだろうか?


そんなことを考えている時、ふいに窓のガラスが「カン」という音を立てる。
私は斧を置き、窓の前にたってガラス戸を少し開けた。
するとその隙間から小さな紙きれが投げ込まれた。
私はガラス戸を閉め、そして投げ込まれた紙きれを拾って広げる。
とそこには、

(月の頂点 開拓者の納屋 貴腐ワインとゴブリンチーズを一つずつ)

と書かれていた。
紙の下の方には地図のような落書きも書いている。

(ここにいけばいいのか?)

私はその紙きれをしまい、身支度を整えて地図の場所へと向かった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~

闇夜に紛れながら「開拓者の納屋」のある場所へと移動する。
それらしきあばら屋を見つけて近寄ろうとすると、闇に紛れて動く複数の影が見えた。

(・・・・あれは・・・キキルン?)

あばら屋の周りには3匹のキキルンの姿があった。

(・・・・情報屋とはキキルンのことか?)

私は警戒しながらゆっくりとあばら屋に近づく。
すると私の気配に気が付いたキキルンは、

「お客、何者っちゃ?」
「見慣れないやつ!! ご主人、守るっちゃ!」

と叫びながら飛びかかってきた。
私は咄嗟に斧を構えてキキルンの攻撃をかわす。
あばら屋の方に汚いローブに身を包んだ老人の姿が見える。

(主人・・・とはあいつか!)

私はキキルンの攻撃を斧で跳ね返し、そのままの勢いで体当たりをかます。
そしてその反動を利用して斧を振り回し、もう一匹のキキルンの顔を斧の側面で叩き飛ばした。
最後の一匹は臆したのか建物の裏へと逃げていった。
それ見ていた主人と思わしき老人は、やれやれといった表情で、


これはまた随分と勇ましいお客様が来たもんだ。
こんな夜更けにいらっしゃる方は「お客様」か「同業者」のどちらかなもんでね、ヒッヒッヒッ。


老人は卑屈な笑い声をあげながらこちらへと歩んでくる。
私は斧をしまい老人に対して、

貴腐ワインとゴブリンチーズを一つずつ」

と紙に書かれていた合言葉を話す。
すると老人は細い目を見開き「これはこれは・・・お得意様のお使いでありましたか・・・」と言ってあばら屋の中へと入り、一本のワインらしき瓶と包み紙を持ってくる。


ヒッヒッヒッ・・・
それにしても貴腐ワインとゴブリンチーズをご所望とは随分とグルメでございますな。
ゴブリンチーズは匂いがキツくて味わうどころではないのですが、芳醇な甘さを持つ貴腐ワインと一緒に食べると臭いを忘れるほどのコクとうま味に心を奪われてしまうのですじゃ。しかもこれは「ブレイフロクスの珍チーズ」、味も臭いも一級品。そしてこの貴腐ワインもシャマニ・ロマーニの目利きによる特選品ですじゃ。

思えばあと3日で太陽が一番高く上る日。夏の暑さが本格的になる前に「白糸の滝」を眺めながら好奇に群がる変わり者達と卓を囲みたいものですな。


そう言って手渡された包み紙に私は好奇に勝てず顔を寄せる。

(うぷっ!! げほっ! げほっ!!)

強烈な臭気に襲われて思わず顔を背け、むせる。
まるで腐ったミルクを拭いた雑巾を乾かさずに放置したような臭いが鼻から離れない。
咳き込む私をみて老人は笑いながら、


デセント崖にあるスカイリフトまで行きなされ。
お代は「一括払い、一日遅れるごとに十割」とお伝えくだされ、ヒヒッ。


そう私に告げると、気絶していたキキルンに水をぶっかけて起こしていた。
私は「護衛を気絶させてしまってすまない」と謝ると「そのために雇っているのですからお気遣いなく・・・ヒヒッ」と笑う。

一度キキルンに殺されたが、今回ばかりはとても不憫に思ってしまう私であった。

 

人は集まりましたか?


にこやかな笑顔で商人風の青年は赤い帽子の男に問いかける。


あ・・ああ、4人ばかり話に乗ってきたよ。


びくびくとした表情でそう答える赤い帽子の男に、商人の側で睨んでいたルガディンの男が「たったの4人だぁ? お前ふざけてんのか?」と食いついた。
それを「まあまあ」と商人の男が窘めると「それ以上の人数で歩いていたら逆に怪しまれます。適正な人数だと思いますよ?」と柔らかにフォローしていた。


首尾は分かっていますね? あなたは「財宝の発掘」と騙した人たちを「ささやきの谷」へと連れ出してください。
そこから先はこちらの方々が誘導しますし、その後の「輸送」は我々で行いますので。
あなたはその人達に怪しまれないようにだけ、注意してください。
なに「普通」を装えば簡単なことですよ。


商人の男はそう言いながらにっこりと笑う。
そしてルガディンの男に向き直り、


連絡船の一件があってから我々も目を付けられてますからね。
監視の目の中で、表立った船での「輸送」はとても難しいんです。
そんな中で危険なく人を「集められている」というだけでも、上々ですよ。


裏を感じさせるような不気味な笑顔を絶やさぬまま話す商人を見ながら、ルガディンの男は「ちっ・・しけてんな・・・」と文句を言う。
そして私に視線を移し「おい・・・外の様子は?」と聞いてきた。


外に一人、隠れてる。


私がそう言うとルガディンの男は顔をしかめ、


ここまでつけられていたか?

それはないと思うけど、動きが素人じゃないから多分アイツら。

とすると「見張り」・・・か。


ルガディンの男は腕を組みながら、なにか対策を考えているようだ。
だがこの男は面倒を嫌う。例え閃いたとしてもいつも正面突破に近い作戦が多い。


よし。こいつらが扉から出た瞬間、俺が叫んで炙り出すからよ。
お前は怪しい奴を見つけて追い込め。

(・・・やっぱり)

決して逃がすなよ。
もししらばっくれるようならこの言葉を使え。
もしアイツらの仲間なら少しは動揺するだろうよ。

お前ならそれを見抜けるだろ?


そう言ってルガディンの男は私に「読み上げるなよ」と忠告したうえで、一枚の紙きれを手渡してきた。
その紙を見ると汚い字で、

「酔わないエールはどこで売っている?」

とだけ書かれていた。


(なにかの合言葉かな?)


とりあえず私はその言葉を頭に叩き込み、紙をルガディンの男に返しながら「あんたは姿をさらしていいの?」と聞く。
するとルガディンの男は表情を変えず、


ああ、俺は海蛇の舌の中でも「特殊」だからな。
かえってチラ見させていたほうがいい攪乱になるさ。


そう言って「顔」の入れ墨をポンポンと指さした。
このルガディンの男は他の海蛇の舌の連中とちょっと違う。
「禊」を行い祝福を受けた者には青色の入れ墨が施されるけど、この男の入れ墨の色はなぜか「黒」なのだ。
なぜそうなったかを聞いてみても「俺は特別だからだ」としか教えてくれない。
まあそういう私も「神の池」に放り込まれたけど何の変化もなかった。
そればかりか青い入れ墨は彫ってもすぐに消えてしまうため、私の顔に入れ墨自体はない。

「死なない」ということに何か関係しているようだけど、まあどうでもいいことではある。

 

黒い入れ墨の男は、ウルダハでの「仕事」から私の「飼い主」となっている。
初めは他の奴らと似たり寄ったりだったけれど、ウルダハでの一件以来「奇妙な信頼関係」が生まれていた。
表向きはやはり暴力的ではあるけれど、今のような単体行動になるとある程度の会話と自由が与えられている。なにより他の奴らと違って変に怯えることもないし、決断も早く(単純なことは置いておいて)、足手まといにもならないので私としてはすごく動きやすい。

だからといって私が「懐いた」わけではないし、相手も「懐かれた」とは思っていないだろう。
「仕事」においての最善の関係が、今の状態なのだし。


私は「わかった」と頷いて裏口から静かに外に出た。
建物の影に潜み、気配を消しながら周りの様子をうかがう。

 

不審な影は・・・あれ、二つ?

ひとつは初めから感じていた薄い気配。
そしてもうひとつの気配は明らかに素人丸出し・・・というかそもそも隠れきれていない。


(こいつは別口かな? しかしあのおっさん、あれで隠れているつもりなのかな?)


その男は不格好なまでに体をさらして宿屋の方を覗いている。

(あれ???)

ふと私はその冒険者のような中年の男に違和感を感じた。

(あの男を見たことがあるような・・・それこそ、ウルダハで嵌めた冒険者に。
いや・・まさかね、生きているはずがない。

それこそ、私じゃあるまいし)

 

私は一度深呼吸をしながら、気配がもれない様にに心と感情を静める。
もう一人の影もその中年の男の存在に気がついているのか、その男を盾にするような位置に移動している。

バレた時の囮にするつもりかな・・・
でも、私の目はごまかせないよ。

隠れている「つもり」の男の目的は分からない。
しかし素人丸出しなところを見ると、大方ギルドから何かの依頼を受けた一般の冒険者なのだろう。

「ギィッ・・」と言う音と共に宿屋の扉が開かれ、赤い帽子の男と商人が出てきた。
すると隠れているつもりの男はあからさまに「ぴくっ」と反応し、さらに体を物陰から乗り出し始めた。
そして後ろに控えていた黒い入れ墨の男が叫ぶと、慌てた様に路地裏に駆け込んでいった。

(逃げた!!)

私は飛ぶような勢いで男を追いかける。
もう一つの気配もまた同じ路地に消えていった。

(罠かな・・・まあいいや)

私が細かいことを考える必要はない。
どういう目的があるにせよ、二人とも「始末」すればいいだけのことだ。


路地に飛び込むと、人の姿はどこにもない。
だが、気配は両方共に読み取れた。

 

隠れるのが下手な一人はあの排水溝の中・・・・
もう一人はあの木箱の影・・・ね。
最優先は・・・やっぱり隠れる方がうまい方かな。


私は排水溝の溝が見える位置に移動しつつ、木箱に向けてナイフを投げた。
すると、

「ヒッ!」という小さな悲鳴を上げながら、一人の男が出てきた。

(・・・こいつ、間抜けな冒険者と同じ格好してる? 持ってる武器は違うようだけど、やっぱり囮にするつもりだったんだ)

「おまえ、さっきこちらを見ていただろう?」と私が問いかけると、男はヘラヘラと笑い御託を並べながら言い訳を始めた。

(何かしてくるかもしれないな・・・)

私は少し警戒しながら腰からナイフを一本取り出し「酔えないエールはどこで売っている?」と呟くと、明らかに男は動揺した。

(あたりだね)

私は剣を構える男に臆することなくゆっくりと歩きはじめ、男に向かってわざと話しかけて注意を引く。
心の動揺こそが一番の隙となるのだ。動揺に捕らわれた時点でこの男は終わった。

私は一瞬の間をおいて一気に飛び上がった。
例え目の前にいても、目線を誘導し一瞬の「間」を外せば消えた様に見せることができる。

私に「暗殺技術」を教えてくれた先生の得意技だ。


呆気に取られている男の首に飛びつき、その勢いのままナイフを振り下ろす。
骨を避けるように奥までしっかりと差し込み、ナイフをそのままに飛びのいた。
男は何が起こったかもわからないように、不思議そうな顔をしながら崩れ落ちるように地面に突っ伏した。

私は路地の外に目配せをする。
すると路地を塞ぐように商談を行っていた商人風の男達が木箱を乗せた荷車を引いて路地の奥まで入ってくる。
そして私が殺した男を木箱の中に手早く詰め込んで、何事もなかったように商談を装いながら路地の外に出ていった。

(随分と手際のいいことで・・・)

私は少し感心しながらも、その場に佇み続けた。

(さて・・・もう一人はどうす・・・)

ふと違和感を感じてその場に立ち竦む。

(・・・もう一人・・・・いる?)

まるで蜘蛛の糸に触れたかのような薄い感覚。
今は気配を感じられないが、確実にこちらを見ている「何か」がいる。

 

ここで下手に動くのはまずいかな・・・
しょうがない・・・とりあえず、枝はつけておこう・・・


私はもう一つの「影」に気が付いていないふりをしながら、排水溝の溝の中に隠れている冒険者に向かって言葉を吐く。
それと同時に魔導書の一部をちぎってその場に捨てた。

そして私は何事もなかったかのように路地から出ていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


仕留めたか?

 

エールポートの外、ブルワーズ灯台の前で私は黒い入れ墨の男と落ち合った。
私は黒い入れ墨の男に「一人は殺せたけど、まだ仲間がいたようだった」と答えると「見られたか?」と問い返してくる。


多分。気配を消すのがうまくて特定はできなかったけど、枝はつけてきたから追い込めるとは思う。

 

と答えて魔導書を開いた。
白紙のページに付いた黒い点が少しずつ移動している。
どうやらうまく本のかけらが対象に取りついたみたいだ。


この黒い点はこの本とかけらが取りついた者との距離を表している。
これさえあれば、気配がわからずとも場所を特定できるよ。

へぇ・・・便利なもんだな。


黒入れ墨の男は素直に感心している。
私は「効力は一日くらいしか持たないから行くなら早い方がいい。それに取り払われたら終わりだし」というと、


よし、お前は「鼠の巣」を特定してこい。
もしリムサ・ロミンサに巣があるようだったら無理はするなよ。
バレない程度に攪乱してこい。その間に俺たちはセヴリンの野郎の連れてくる「愚か者」の引き受け準備を進める。
情報は洩らしたままでいい。そうすればアイツらから乗り込んでくるだろうから、そん時に全部仕留めるぞ。

大丈夫なの? 頭目代理の許可とらなくて。

事後でもいいさ。アイツは今サハギン族共に追い詰められているからな。
厄介ごとは持ち込まれたくないだろう。
実行部隊は「功」に焦っているマディソンの野郎に話を持ち掛けるつもりだ。
ただ・・・アイツだけじゃ不安もあるから、あの「商人の男」にも話を振っておく。

最悪、そいつが何とかしてくれるさ。
もしそれでも失敗する場合は、お前が何とかしてこい。


そう言って黒い入れ墨の男はブルワーズ灯台の警備をしているカンスィスに声を掛けると、灯台の中へと入っていった。