FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第五十七話 「死の意味」

老人の指示のもと、スカイリフトのあるデセント崖まで歩く。

(そういえばささやきの谷もこのあたりか・・・)

そう思いながらスカイリフトの埠頭の先まで行くが、さすがに夜更けでは誰もいない。

 

(それで・・・ここで私はどうすればいいんだ?)

鼻が曲がってもなお強烈に鼻孔を攻めたてる包み紙をとりあえずおいて、
風上へと立って深呼吸をする。

すうぅぅぅぅ はああぁぁぁ・・・ああ・・・空気がうまい。
しかし、しばらくこの臭いは取れそうにないな・・・

と装備に付いたであろうチーズの臭いを確認しながら、半ば落胆気味でたそがれていると、


よっ・・・首尾は・・・って、

くさぁっ!!


気配を消しながら近寄ってきたであろうはずのジャックは、チーズのあまりの臭さに鼻をつまみながら悶えている。


こいつがブレイフロクスの珍チーズってやつか?
噂以上にすげえ臭いだな・・・
こんなの本当に食えるのか?
およそ食い物の臭いとは思えないものを欲しがるとは、金持ちの道楽はやっぱり違うねぇ・・・


鼻をつまんているせいか変な声で言いながら、「パチン」と指を鳴らすとどこからともなく現れた双剣士ギルドの者達がチーズとワインを手早く木箱に梱包し、いつの間にか用意していた気球に括り付けると空へと飛ばした。よく見ると気球の籠の下には何やら四つのプロペラと機械のようなものが取り付けられていた。
その様子を不思議な顔をしながら見守る私に、


この「誘導装置付き」の気球を使って、あれを我々の「スポンサー」のところに送るのさ。
今回の情報料はこの贈り物の請求額に上乗せされているんだ。
金額については・・・知らねえほうがいいだろうな。
心配すんな! あんたに払わせるつもりはねえからよ!


そう言うジャックの言葉に私は少し安堵する。
少しばかりの蓄えはあるものの、闇の情報屋の情報料は一般とは比べられるものではない。


このゴブリンチーズは「御禁制品」ではないんだが、あまりの激臭のせいでリムサ・ロミンサへの持ち込みは認められていない。エールポートから船は出てるが持ち込みは断られるし、陸路も無いからこうやって気球を使って送るしかないんだよ。


確かに、こんなものを持ち込まれたらたまったもんじゃない。
気分を悪くして倒れる者が出た日には「毒物をばら撒いたテロリスト」扱いされてもおかしくないだろう。


あの誘導装置はガレマール帝国が使っていたやつで、故障して落ちていたものを俺らが接収したんだ。
そしてたまたま仕事の依頼で一緒になった青い服を着たゴーグル姿の二人組の男に、報酬の代わりに直してもらったんだ。
たしかガーなんとかワッフルのピッケルとウェット・・・って名前だったか?
まあいいや、座標を入れるだけで後は自動。まったく楽なもんさ!


ハハッ! と笑うジャック。
だが、私はどうにも解せない。
情報屋に出向いて渡されたのは情報ではなく「商品」だ。
これがセヴリンの動向を探るのに何の意味があったのだろうか?
特殊な「お使い」だったにしても、ずいぶんと慎重すぎる。
私はそのことを問うと、ジャックは笑いながら「爺さんがなんか不自然な事を言っていただろ。話してみな?」と返してきた。

たしか・・・あと3日で太陽が一番高くなる日。それと・・・白糸の滝を見ながら変わり者達と卓を囲みたいとかなんとか・・・

私は少しおぼろげながらも老人が呟いた言葉をジャックに伝える。
その言葉にジャックはピンと来ているようで、


そうか・・・さすが爺。
普通の情報屋より簡単にきわどい情報を持ってきやがるぜ!

要は「三日後に白糸の滝の側で宴がある」、「三日後にささやきの谷に人が集められる」ってことさ。
ささやきの谷から見える滝は、流下する水の様子が何本にも分かれて白糸を垂らしたように見えることから「白糸の滝」とも呼ばれているんだ

 

とにかくこれで情報は揃ったな!
それが「人拐い」の現場であるかはわからねえが、あの爺の情報なら間違いねえだろう。
なによりとっ捕まえればわかるこった。
気合い入れていくぜ!


ジャックは掌に拳を合わせて「パンッ」と鳴らすと、


おい! 秘宝探しにいっている奴も全員呼び戻しておけ!
こっちが最優先だ! 総力戦でいく!
お前は「シッポを踏んづけた」後の処理のためにイエロージャケットに情報を流しとけ。タイミングは間違えるなよ!
ヴァ・ケビには全体の偵察と後方支援の部隊を率いさせろ。必ず退路は確保しておけと伝えておけ。
ペリム・ハウリム! お前は奴らが谷に入った後に急襲部隊を率いて周りを固めろ! 潜んでいた奴は殺しても構わない。
だがララフェルの子供は要注意だ。決して一人では当たるな。足を止めて口を塞げ!

あんたと俺は正面からいくぞ。
もしその中に黒い入れ墨の男がいたら譲ってやるから決着をつけな。
ただし! 聞きたいことが山ほどあるから殺さない程度にな!!


ジャックは随分と難しい注文を私につけてくる。
しかし、私とて聞きだしたいことが山ほどあるのだ。
その機会を与えてくれたことには感謝しかない。


死んだ仲間の弔い合戦だと思って気合いを入れろ!
借りは100倍にして返すぞ!

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 


それから三日後、滞りなく準備を整えた双剣士ギルドと私は草むらの影に隠れながら谷の入り口の動向を探る。

 

すると赤い帽子の男セヴリンが、情報通りガラの悪い連中を従えてぞろぞろと谷の奥へと入っていった。
ペコペコとしている様子を見ると、ぱっと見ではセヴリンがガラの悪い連中に絡まれているように見える。
さらにしばらくののち、今度は顔に入れ墨の入った男があたりを警戒しながら後追うように谷の奥へと入っていった。

「これはビンゴだなっ!」とジャックは小声で声を上げ、手を挙げて指でサインを送る。
ちりじりになって隠れている双剣士ギルドのメンバーへの伝達を行いながら突入準備を進めていると、ジャックは突然「あっ!」と声を上げた。

何か起きたのかと思い谷の入り口を見ると、機械の面をつけながらキョロキョロしているミコッテの女が谷の奥に入っていく姿が見えた。

(あれは!?)

「おいまてっ!」とジャックが声を上げたかと思うと、別のところに隠れていたペリム・ハウリムが指示を無視して谷の入り口に駆け込んでいく姿が目に入る。


ヤバいぞ! 多分ささやきの谷には海蛇の舌の連中がたくさん隠れているはずだ。
このままだとアイツら殺されちまう!


ジャックは「ピィーッ!!」と指笛を鳴らすと、一斉にギルドメンバーと共にささやきの谷へと走り出す。


ちっ!! 「隠密」こそが花の双剣士が姿をさらして総力戦するたぁダセえことこの上ねえぜ!!
だがここが正念場! これ以上仲間を失うのはこっちもごめんだ!!
こんなことになってすまねえが、あんたも力を貸してくれ!!

私はジャックの叫びに「おうっ!」と声を上げて、双剣士ギルドのメンバーたちと共に谷の奥へと駆けた。

 

 

ゾクッ!!

谷へと入ると不快な寒気に襲われた。

(これは・・・!)

それは目眩ではないだろう。まるで無理やりこじ開けられたかのように空間が歪んでいた。
そこからはどす黒い負の妖気がまるでガスのように噴き出している。
そしてその妖気は転がっている岩に取りつき、一か所に寄り集まると大きな人形を作り出した。

それは、ウルダハのシラディハ遺跡で対峙した妖異「ゴーレム」そのものであった。

オオォォォッ!!

空気が振動するほどの咆哮を挙げながら振り下ろされる巨大な岩の腕が、ミコッテの女へと一直線に向かう。

危ない!!

と言う言葉と共に、ミコッテの女を突き飛ばした小さな体に、無情にもゴーレムの一撃が直撃する。
「ドンッ!」という強い衝撃に吹き飛ばされた体は、まるで全力で投げつけられた小石のような速度で岩壁にぶつかり「トサッ」という軽い音を立てて床に落ちた。
赤い液体が堰をきったように流れ出し、じわじわと地面を黒く染め上げる。致命的ともいえる衝撃を受けた体はピクリとも動かない。


ペリム・ハウリム!!!


ジャックが取り乱したように叫ぶ。
そして近寄ろうとするジャックをミコッテの女は手で制した。


犯人は岩場の下に逃げていったわ!
あなたたちはそっちを追いなさい!!

お・・おまえは何を!

いいから行きなさいっ!!


ゴーレムの咆哮にも勝るような怒号でミコッテの女は叫ぶ。
それに合わせるかのように、とてつもない圧力を感じるほどの魔力が彼女の周りに集まっていく。


あの子はまだ助けられる・・・
だからあなた達は目的を忘れないで!


意思を持った強い眼光を向けられたジャックは、一度大きく深呼吸をした後「野郎ども!! 奴らを追うぞ!!」と言って足場の少ない岩場を器用に降りていった。
曲芸に近い動きについていくことができずにいる私に、


あなたはここに残りなさい!
私はあの子をもう一度この世界に留め直すわ。だけどそれには少し時間がかかるの。
だからあなたはあのゴーレムを打倒しなさい。

あなたなら出来るでしょう?

一度倒しているのだから!


そう言うとあふれ出た魔力をすべて地面に突っ伏しているぺリム・ハウリムに向けて注ぎ始めた。
しかしゴーレムはそのミコッテの女に再び襲い掛かろうとする。

(させるか!)

私はゴーレムの足、正確には岩と岩とをつないでいる妖力の糸を狙い、力を込めた一撃を打ち放つ。
ザクッ! という音を立てて妖力の糸が切断されると、岩の一部が切り離されて踏ん張りの効かなくなったゴーレムは前のめりに地面へ倒れこんだ。
私はそのまま蘇生魔法の詠唱に集中しているミコッテから少し距離を取りながら、ゴーレムを挑発する。
唸り声をあげるように体をきしませながら、ゴーレムはゆっくりと立ち上がる。
削いだはずの足の岩は、新たに生まれた妖気の糸によって絡み取られ元に戻っている。

(やはり心核を狙わなければだめか・・・だが、敵視はこちらを向ている!)

体を大きく震わせて襲い掛かってくるゴーレム。だが、ウルダハで戦ったゴーレムと同じく動きは大味で隙が多い。
私は先ほどと同じように岩の間を狙って攻撃の「要」をそぎ落とし、動きを縛りながらゴーレムが力を集め始めるタイミングを見計らった。
そして一際大きな咆哮を放つと、周囲のエーテルを取り込もうと胸の一部が光り出す。

(ここだ!!)

私はタイミングを合わせて一気にゴーレムの懐に飛び込んでいく。
そして力すべてをこめた一撃を、クリスタルのように光り輝く核に叩き込んだ。
核が大きくはじけ飛んだ途端、繋がりを失った岩がガラガラと崩れ落ちていった。

(はぁ・・・はぁ・・・・)

さすがの手際ね。


荒く息を吐く私にミコッテの女は声を掛けてくる。
既に蘇生魔法の詠唱は終わったようで、体から溢れる魔力は消えていた。


あの子は何とか一命を取り留めたわ。
しばらくは安静にしなければならないけれど、命には別条はない。


ぺリム・ハウリムの方を見ると、体から大量に流れ出たはずの血の跡がすっかり消えていた。
私はホッと息を吐く。そしてその奥の岩陰に誰かが隠れている気配を感じて私は声を上げた。

ひっ!・・・殺さないでくれ!!

震える情けない声と共に、両手を挙げながら赤い帽子の男、セヴリンが現れた。
どうやら戦いの最中ずっと岩陰に隠れていたようだ。
私は構えていた斧を下ろし、セヴリンの方に歩いていく。
しかしセヴリンは近づく私と距離を取るように後ずさる。

お・・・俺は悪くないんだ!
俺はただ頼ま・・・・がっ!

顔の側を通り過ぎる風圧を感じた瞬間、セヴリンの額には一本のナイフが刺さっていた。

が・・・・あ゛・・

セヴリンは呻き声を挙げながら後ろに倒れ、そのまま谷底へと落ちていった。

 

顔の側を通り過ぎる風圧を感じた瞬間、セヴリンの額には一本のナイフが刺さっていた。

が・・・・あ゛・・

セヴリンは呻き声を挙げながら後ろに倒れ、そのまま谷底へと落ちていった。


(!!!?)


私は再び斧を構えながら振り向く。
そこには汚れたローブを着たララフェルの子供の姿があった。


私は既視感に襲われる。
このララフェルとはザナラーンのアンホーリーエアーで初めて出会った。
そして今と同じようにあっさりと首謀者を殺され、逃げられたのだった。


ふとララフェルの脇にミコッテの女がうずくまっている姿が目に入る。
その体は黄色く輝く幻獣に取りつかれ、魔力を吸い取られているようにも見えた。

く・・・そ・・・

弱々しくも震える声を上げるミコッテの女。
その頭をララフェルの少女は無遠慮に踏みつける。


あんたの魔力は魅力的。
萎むまで吸い上げたあと、楽にあげるからじっとしててね。


感情も抑揚もなく、淡々と告げる言葉の冷たさに鳥肌が立つ。
そしてララフェルの少女はゆっくりとこちらを見た。
私はミコッテの女を助けようとララフェルの子供との距離を詰める。

こいつは見かけ以上に相当の強さを持っている。
気配は薄く、動きは速いうえに幻獣を使役する。
ふと目を離した瞬間に待っているのは確実な死だ。

決して見失ってはならないという緊迫感で全身が毛羽立つ。

(???)

しかし私の接近にララフェルの少女はなぜか後ずさっていく。
私はその動きに不審を覚えながらも、警戒を解くことなくララフェルの様子を伺った。

ララフェルの私を見る目がどうもおかしい。
私という存在に驚いているような・・・

体を硬直させ、わなわなと震えているようにも見える。
そして滝音に紛れてかすかに聞こえてくる言葉に耳を澄ますと、ララフェルの少女はぶつぶつと何かを呟いていた。


な・・・・なんで・・・・あんたは、
あんたが生きているの?


私は少女の洩らす言葉にハッと気が付いた。

そうか・・・そういえばこいつはルガディンの男の仲間だった。とすれば・・・
この少女もまた、私がキキルンの盗賊たちに殺されるところを見ていたのかもしれない!

手前にナイフを構えながらも小刻みに震え、気が動転しているのか息遣いも荒い。
だからこそ、今ははっきりとララフェルの少女の気配を捕えることが出来た。
私を見るララフェルの少女はぺリム・ハウリムのように幽霊に怯えているような感じではない。
「恐怖」というよりはなにか「驚嘆」といったような反応にも似ている。

やはりこの少女も私の暗殺に・・・ん?
片目の・・・ララフェルの・・・少女?

なぜ今の今まで気が付かなかったのだろう。
目の前にいる少女を改めて見ると、片目が機能していないように白く濁っている。
私はミリララというイエロージャケットの女が工房からの去り際に呟いた話を思い出す。

連絡船の事故に遭い「何故か」リムサ・ロミンサで見つかったという片目の少女
ひょっとしてこの子こそ、ミリララが「救えなかった」という少女ではないのか?
私は構えを維持したまま、ララフェルの少女に問いかけた。

おまえ・・・一年前に起こった連絡船事故の生き残りか?

私の言葉を聞いてララフェルの少女は「ビクッ!」と体を震わせる。
そして大きく後ろに跳び下がり、改めてナイフを構え直す。
それに合わせるようにミコッテの女に憑りついていた幻獣も束縛を解いて後退し、片目の少女を守るように身構えた。
ミコッテの女は自由になったものの、生気を吸われすぎたのか立ち上がることが出来ないでいる。

片目の少女は私の問いに何も答えない。

だが、今の「沈黙」は「答えた」と同じである。

私は少女の答えを待たずに再び問いかけた。

なぜおまえは「人拐い」側にいる?
もしかしておまえは、お前を保護したイエロージャケットの女を欺いてい・・・

ちがう!!!

私の言葉に被せるようにララフェルの少女が喉を潰すかのような大声を張り上げた。
私は突然の怒声に動きを止める。


おまえこそなんだ! なんなんだ!? なんで生きている!?
おまえはウルダハでキキルン盗賊団の長に顔を潰されたはずだ!!
生きてここにいるはずはない!


そう言いながらララフェルの少女は私の顔に向けてナイフを投げる。
しかし動揺からか殺気を感じられる以上、その攻撃を避けるだけなら造作もない。
私は斧の側面でナイフを弾く。そして少女の問いに答えることなく、畳みかけるように問いかけた。


お前が乗っていた連絡船の乗員の遺体は誰一人たりとも見つかっていない。
ではなぜおまえだけは「生きて」リムサ・ロミンサにいたんだ?
聞いた話では「血だらけ」で裸のままエーテライトプラザにいたらしいな、傷一つおわずに。
それはイエロージャケットに保護されやすいように偽装していただけなんじゃないか?
記憶を失っていたとも聞く。しかしそれもまた身分を隠す嘘。

目的はなんだ? なぜ失踪した?

・・・・っ

・・・考えられる理由は一つ。
それはお前が何らかの理由で「仲間からはぐれた」からではないのか?
だからエールポートまでイエロージャケットの女に送り届けさせて、仲間と合流して消えた。

そう・・・お前は初めから「人拐い」の仲間だったんじゃないのか?


ちがう・・・ちがうちがうちがうちがうちがうっ!!!!

何も知らないくせに勝手なこと言うなっ!!
もうお前はしゃべるな! しね! しねしね! もう一回死んじゃえ!!!!


怒りに狂いながら片目の少女は左手に本を持ち、幻獣に向けて「殺せっ!!」と叫んだ。
その指示に呼応した幻獣が「キュキュッ」と嘶いた瞬間、爆発したような速度で迫りくる。
防御に徹していたものの、幻獣のあまりの速さに私は対応しきれない。

あぶないっ!!

と言う声と共に私の周りに光の壁のようなものが展開する。
それに弾かれるように幻獣は飛び跳ねた。

次の攻撃が来る!

直感的に感じた私はララフェルの少女を見るのではなく、殺気を探り攻撃に備える。
もはや気配を隠すことが出来ないほどに我を忘れている少女の動きは手に取るようにわかる。
私は斧を盾代わりにして投擲されたナイフを防ぎながら、自ら間合いを詰めるように走る。


くそっ! くそっ!!

少女の焦りの声が聞こえてくる。
ウルダハの時を思い出してみると、多分この少女はナイフによる攻撃と幻獣の使役を同時には行えない。
片目の少女の気配が読み取れる以上、一番の脅威は「幻獣」だ。

手に持っているあの本をさえ奪えば・・・

冷静さを欠いた少女の動きが鈍い。
だが、少女が何かまた呟くと幻獣はその姿を変え今度は魔法による遠距離攻撃を仕掛けてきた。
私はその変化に対応できず、幻獣の放つ魔法攻撃をもろに受けてしまう。

がはぁっ!!!

側面から放たれた魔法攻撃を防御すらできず、たまらず地面に膝をつく。そんな私へ向けて幻獣の魔法攻撃は追い打ちをかけるように迫ってきた。

 

あなた、斧使いなら少しは耐えなさいよっ!!


そんな叱咤と共に私の体を緑色のやさしい光が包む。
途端、みるみる体の傷が回復していく。

(ありがたい!!)

私は立ち上がり、再び斧を前に構えて真正面から幻獣の攻撃を受け止める。


もう! 攻撃が単純すぎよ!!


今度は私の体を殻につつむような防御魔法が展開され、少女から投擲されるナイフが弾かれていく。

(よし・・これなら!!)

どちらかと言うと非難めいたミコッテの女の罵声に耳を塞ぎつつ、私は片目の少女めがけて特攻する。


おまえ! 邪魔!!


フッと私に対する猛攻がやんだかと思うと、ララフェルの少女大きく飛びあがり、攻撃の矛先を私の援護に回っていたミコッテの女に向けた。

(くそっ! しまった!!)

ミコッテの女は自力で魔法力を回復させたものの、未だに身動きがとれないでいる。
私は足を止め、ミコッテの女を庇いに向かおうとした瞬間、様々な方向から投擲された十以上にも及ぶナイフがララフェルめがけて飛んで行く。
我を忘れていたのか攻撃に気が付くのが遅れ、うまく回避が出来なかったララフェルの少女の体に、複数のナイフが容赦なく刺さった。

ぐあ゛ぁぁっ!!!

小さく悲鳴を上げた片目の少女の手から本が落ちると、それに合わせるかのように幻獣もふっと消えた。
片目の少女の体には痛々しいほどの数のナイフが刺さっている。
それでも、少女は倒れることなく立っていた。
片目の少女は手に刺さったナイフを乱暴に引き抜くと、後ろに大きく飛び跳ねて距離をとろうとするが、痛みのせいかうまく動けないようだった。

本を失い、さらに手を怪我した少女はもはやナイフでの攻撃もできないだろう。
周りを見渡すと、いざというときのために退路の確保を請け負っていたヴァ・ケビを初めとする「別働隊」がララフェルの子供を取り囲んでいた。


もう逃げ場はないよ!
急所は避けたつもり! 死にたくなければおとなしく降参して!


ヴァ・ケビがそう叫ぶとララフェルの少女はがっくりとうなだれ、肩を震わせている。
だがどこか様子がおかしい。

くく・・・・

ナイフが抜かれた手からとめどなく溢れ出す血。それは「パタパタッ」という音を立てて地面に黒い血だまりを作っていく。
急所は外しているとはいえ、このまま放置すれば出血多量で死にいたるだろう。
しかしそれでも、ララフェルの少女は体中から流れ出す出血を抑えることもせず、肩を震わせながら、

不気味に笑っていたのだ。

私達はその光景に戦慄を覚えて、思わず固まってしまう。


くく・・・・はは・・・あはははっ!!


ララフェルの少女は笑いながら、よろよろとよろめきながら谷の方に歩みを進めていく。


(!!!?)

だめ! お前はまだ死なせない!!

ヴァ・ケビはそう叫ぶと、今度は少女の足をめがけてナイフを投げる。
それはよけられることもなく、当たり前のようにララフェルの足に刺さった。

ひぐっ・・・

痛みでくぐもる声を上げる片目の少女。
しかしそれでも歩みは止まらない。
ず・・・ず・・・と足を引きずり、2本の血の線を地面に描く。
そして崖の縁までたどり着くと、こちらに振り向き、

 

はぁ・・・は・・・・はぁあ・・・ふう・・・げほっ・・・げほっ・・・
ふ・・・ふふっ・・・

私を・・・・止めたい・・くふっ・・・げふ・・・なら、
みん・・・ぐっ・・・みんなを・・・・助けてみな・・・・よ・・・・


そう言いながら片目の少女は重力に身を任せるように谷へと倒れ、
自分が殺したセヴリンと同じように、谷底へと落ちていった。