FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第五十九話 「ミリララ」

眩しい・・・

 

朝の強い日差しを顔に浴び、私は浅い眠りから目を覚ます。窓を見ると、まるで希望に満ち溢れるかのように燦々と輝く太陽の光が眩しく世界を照らしている。
(はぁ・・・)
私はその太陽の輝きをもってすら晴れることのないため息を吐く。
(もう何日目だろうか・・・)
ベッドの脇に置いてある手帳を開いて今日が何日なのかを調べ、またため息をついて手帳を机に置いた。

私は上官であるレイナー司令から謹慎処分を受け、無期限の自室待機を命じられていた。考えれば、確かに独断専行をした私が悪いことは分かっている。だけれどあの少女の失踪から既に一年。手掛かりは何もなく、世の中はそのこと自体を「なかったこと」にするかのように、残酷なまでに新たな日常を塗り重ねていく。かくいうイエロージャケットの中でさえも、その事件は「過去の出来事」として話にものぼることはない。むしろそのことに固執している私は腫れ物のような扱いだ。

私は重い瞼を何とか開け、まるで体中におもりが付いているのではないかと思うほどに重々しい足を引きずりながら窓際に移動し窓を開けた。開け放たれた窓からは、海鳥の鳴き声と共にガヤガヤとした喧騒が海風に乗って流れ込んでくる。
リムサロミンサの街は今日も賑やかだ。まるで闇など無いかのように、今日という日を皆当たり前のように皆それぞれに生きている。

私はもそもそポケットの中から折り畳まれた一枚の紙切れをとりだして広げた。何度となく閉じては広げた紙切れは、古文書のようにボロボロだ。この紙を持ち続けることにもう意味はないかもしれない。でも…それでも、この紙切れを捨てることはできなかった。

おねえちゃん ありがとお

その紙にはたったそれだけ……稚拙な字で言葉が描かれている。声を失った少女が、一生懸命に文字に表した言葉。それには「私への想い」が込められていると信じたかった。

あなたを一人にして本当にごめんなさい……

お願いだから、生きていて……

私もまたいつもの日常を繰り返すように、せめて私だけは少女のことを忘れぬためにと、その紙切れに向かって懺悔した。

トントン

不意に自室の扉がノックされる。

朝早くにすみません。ミリララ陸士長、レイナー指令がお呼びです。

(また説教かしら。嫌ならさっさと解雇してしまえばいいのにね)

私は心にも思ってもいないような自虐的なこと呟きながら、目尻にたまった水滴をぬぐい「すぐ向かいます」と扉に向かって答えた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

久しぶりに袖を通したイエロージャケットの制服に着替え指令室に出頭すると、そこにはレイナー司令の他にもう一人、装備に身を包んだ男の姿があった。

……あなたは?

髪型が変わっているものの私はその男に見覚えがあった。今は防具に身を包み、背中には一本の斧を背負っている冒険者の立ち姿ではあるが、紛れもなく「人拐い」の協力者と疑い踏み込んだ工房の職人に間違いはなかった。それよりなにより、私が謹慎処分を受ける原因となった連中の一人である。

???

私は背中に担いでいる斧を見る。その斧には、私が「証拠」と突き付けた店主の「銘紋」が刻まれていた。

(なに? 当て付け? 私に謝罪させたいつもりかしら?)

私は工房の男を一瞥すると、視線を戻し存在を無視するようにレイナー司令の前まで歩んでいった。

「謹慎中の私にご用向きとは。自室で「大人しくしていた」はずですが、まだなにか足りないのでしょうか?」

私の皮肉にまみれた言葉を聞いてレイナー司令が途端に渋い顔をする。しかし工房の男は何一つ表情を変えずに私に礼をした。

(なに? なんなのこいつ?)

工房の男の余裕な態度に苛立ちを隠せない私は、その礼すらも無視をする。レイナー司令はそれをみて「やれやれ……」といった表情をしながら、

「ミリララ、よく聞け。この人は今お前の探している「人拐い」の連中を追っている。
目的は「工房にかけられた嫌疑を晴らす」ことだ。」

レイナー司令の言葉に私は眉を顰める。

「あらあら・・・人拐いの仲間かもしれない男に、人拐いの捜査をさせるなんて随分とイエロージャケットは寛容になったのですね。漏れた情報によって命を落とすのは末端の隊員だってことぐらいわかっていると思っていたのですが?」

と、これまた皮肉に皮肉を巻いた言葉をレイナーにぶつける。しかしレイナーは私の悪態に慣れてしまっているのか、怒りだすこともなく、

「わかっているさ。だから私を初めとしてイエロージャケットはこの者に一切の協力をしてはいない。それでも彼はその危険な連中を追っているんだ。」

「へえ・・・それはご苦労なことですわね」

と私は無感情に答える。一年をかけてもしっぽの先すら見つからない事案に一介の職人が立ち向かったところで命の無駄でしかない。
(イエロージャケットはついにどこの馬とも言えないような一般人にまで頼らなくてはならなくなったのか・・・)
と落胆していると、

「これに見覚えはないか?」

とレイナー司令はデスクの上からアクセサリを一つ手に取り私に見せてきた。

(!!!!!!)

レイナー司令が手にするペンダントには見覚えがあった。いや、見覚えがあるどころではない。それは一年前から私の記憶と共に目にも記憶にも焼き付いているものだ。

「ちょっと詳しく見せていただけませんか!?」

私はレイナー司令に詰め寄り、半ば強引に奪い取るかのようにそのペンダントを手にする。私はペンダントの装飾部を開こうとするが、手が震えてしまって中々開くことができない。

(この・・・この!)

私はもう一つの手で震えを抑えながら、何とかそのペンダントを開いた。
そして中には、私が想像していた通りの写真が納まっていた。

こっ・・・これをどこで!!!

私はドクドクと飛び跳ねるように鼓動する胸にペンダントを押しあてながら、レイナー司令に詰め寄った。


お、おちつけミリララ!!
このペンダントを拾ったのは私達ではない。ここにいる冒険者の方だ。


レイナー司令はそう言って工房の男を指さした。
私はレイナー司令から離れて、初めて男に向き直る。

(正直・・・悔しい・・けど・・・)

少女の手掛かりに自分でたどり着けなかったことに悔しさを感じてしまう。
しかし、今はそんな強がりを言っていられる場合ではない。
この一年間、血眼になって探し続けた少女の手掛かりが、今まさに目の前にあるのだから。


これをどこで見つけたのかしら?


私は複雑に沸き立つ感情を押さえながら、キッとした視線を工房の男にぶつける。
しかし男は先ほどまでとは違い、どこか気まずそうな顔をしながら私から目線を外した。


なんなの? 何かやましいことがあるのかしら?


男の態度を不審に思い近寄って問い詰めると、レイナー司令が話に割って入り、


ミリララ、気を落ちつけて話を聞くんだ。
これから話すことは事実であり、その先は推論でもある。
まだ決まったことではないから、勝手に頭の中で結論付けるなよ!


と忠告してきた。

(しかたがありませんわね・・・)

私は一度深呼吸をして、工房の男の話に耳を傾けた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

は・・・はは・・・・そんな…そんなはずないじゃないの。
なに? あんたはあの少女を「悪者」に仕立て上げる気なのかしら?
なにが目的? 攪乱かしら?

私は工房の男が語ったことを何一つ受け入れることができなかった。
この男は、あろうことかあの少女を「人拐い」の仲間といい、あまつさえ私を騙したと言っているのだ。
確かにこの男の推論は正しくも聞こえるかもしれない。
でもそれは、本当のあの娘を「知らない」からそう言えるのだ。

私はそれを肯定できない。いや、否定する気にもならない。
私の中を掻き乱していた複雑な感情は、いまや一つの感情に置き換えられている。
この男に対しての「怒り」は既に限界だ。


・・・レイナー司令。今確信しましたわ。
我々を騙しているのはこいつの方です。
この男がなぜあの子が大事にしていたペンダントを持っているか?
その理由は一つ、

「この男こそ、あの娘を拐った」

のです。

先ほどの話を聞いている限り、人拐い共と行動していた「片目の少女」を見たのはこの男だけ。
であれば、適当なことを言うのも自由でしょう?

本当に汚い男・・・自分が罪を犯しながら、その罪から逃れるためにあの娘を「罪人」に仕立て上げるなんて!!


そう言って私は腰に下げていた銃を抜き、男に向けた。
焦って止めに入るレイナー司令とは対照的に、男は微動だにしない。
覚悟を決めているような強い眼差しでこちらを射貫いてくる。

そう・・・それは、

この男が働く工房の店主と同じように。

(本当に・・・いけすかない連中だわ)

必死に駆け寄るレイナー司令の姿が視線に入るが、時既に遅い。
私は銃の照準をしっかりと男の顔の中心に合わせて、

今度こそ躊躇うことなく、

引き金を引いた。

 

パアァァァンッ!!

室内に乾いた破裂音が木霊する。
私を捕らえていた銃口からは煙が上がり、火薬の焦げた匂いが一気に室内に充満する。

(ほ・・・本当に撃ちやがった・・・)

私の心臓は胸を突き破らんばかりにバクバクと飛び跳ねている。
表情はこわばったまま崩すことができない。
近距離から顔を撃たれたはずの私が思考ができることに疑問を覚えないほどに、動揺していた。

ミリララ!!

レイナーはミリララに怒鳴る。
するとミリララは、

「死にはしませんわよ・・・」

と言って銃をスッと下ろし、

「だって空砲ですもの」

と言葉を続けた。
確かに・・・・私は生きて今も立っている。
多少の耳鳴りはあるものの、体のどこにも痛みはない。
腰が抜けそうになるほど足が震えているのは内緒だ。
当のミリララは銃を撃って少し落ち着きを取り戻したのか、


謹慎処分の身である私が、実弾を携帯しているわけないじゃないの。


と自嘲気味に言葉を吐いた。


「何事ですか!!」と言いながら、銃撃音を聞きつけたイエロージャケットの隊員が駆け込んでくる。
そして部外者である私を見るやいなや、一斉に武器を構えながら取り囲んだ。


落ち着け! その人は関係ない!
武器を下ろせ!


レイナーが部下たちを窘めると、隊員たちは不思議な顔をしながら武器を下ろし、未だ銃口から硝煙が立ち上る銃を持っているミリララの方を見た。


お騒がせしてごめんなさい。銃を撃ったのは私です。
私は、この男の「覚悟」を試しただけですわ。


そう言いながら手に持った銃をホルスターにしまった。
駆けつけた隊員たちはなぜか納得したような複雑な表情をしながらレイナーを見ると、レイナーは「やれやれ」と首を横に振りながら隊員たちに退室を促した。
納得した隊員たちが礼をして退室していくと、さすがのレイナーも腕を組みながらミリララを睨み「ったく・・・お前の方がよっぽど海賊らしいよ」と愚痴を漏らした。


ミリララ、私は言ったはずだ。話は最後まで聞けと。
その「片目の少女」を見たのはなにもその冒険者だけではない。
双剣士ギルドの連中の他に、シャーレアンから来た特使も見ているんだ。

・・・その少女には逃げられたのですか?

いや・・・追い詰めたのだが、自ら谷底へと落ちていったとのことだ。

・・・そうですか。
それは残念です。

ミリララは目を伏せながら乾いた答えを返す。
やはり先ほど私が説明した推論を信じていないのか、どこか他人事のようだ。
私はミリララに、その少女が最後に呟いた言葉をつたえる。

「私を止めたければ、みんなを助けてみなよ」


みん・・・な?


ミリララはそう小さく呟くと、どこか悲しそうな表情を浮かべながらうつむいた。
黙ったまま何かを考えているミリララに代わりに、レイナーは話し始める。


実はその少女の失踪後に、ミリララはその子の故郷まで行ったんだよ。
その子を助けることができなかった謝罪をするためにね。
少女の故郷は相当山深い辺境にあって、たどり着くまでに相当苦労したようだよ。
しかし、やっとたどり着いた村には、誰一人といなかった。

生きている人・・・はね。

村は焼き払われていて、被害にあったとされる老人の亡骸があちらこちらに横たわっていた。

どうやらどこの誰かに襲われたらしい。
獣に襲われたという感じではなく、遺体には刃物で切られたような跡が残っていたとのことだ。

この村の近くには他の集落もなく、なにより辺境過ぎてどこの国にも属していない。
ただ一つ分かっているのは、その村が「召喚士の末裔が住むと言われている村」と呼ばれていただけ。
ただ、血が途絶えてから千を超える時が立ち、すでに伝承とされ人々から忘れ去れた集落だった。
正直なところ、この村を襲う理由がわからないのだが所詮管轄違いだから調べることもできない。

だが一つ引っかかるところはあるんだ。
それは先ほども言ったように、見つかった亡骸は老人だけということ。
村にかろうじて残されていたものを見ると、確かに若者もいたようだがそれらしき遺体はどこにもなかったんだ。


レイナーは説明を続けようとすると、うつむいていたミリララが「そこからは私が説明します」と話し始めた。


私は麓にある小さな港で色々と聞き込みしたわ。
村を出ていった少女のこと、その少女の村のこと。
港の人は村が壊滅していたことを誰一人知らなかったの。
どうやら少女の暮らしていた村は他の集落との交流を隔絶していたみたいで、村から出稼ぎに出る男衆からしか村の様子を伺うことはできなかったようね。
でもその集落に唯一出入りしていた「商人」がいた、という話を聞いたの。
その商人は連絡船ではなく、いつも「クフサド商船団」の船に乗って来ていたらしいわ。

その話を聞いて私は一つ引っかかったの。
消えた村の若者たちは何処へ行ったのか?
連絡船は事故で途絶えてしまっているから海を渡ってどこかへ移動するすべもない。
険しい山を越えて、陸伝いに他の集落に移ったという話も聞かない。
唯一のクフサド商船団の船に港からのった形跡もない

私はこの港以外にどこか船を接岸できるような入り江はないか聞いてみたら、あまり大きい船でなければ止められる場所があったのよ。
私はそこに向かって調べたわ。

そして、私はその入り江で一冊の魔導書を見つけたの。


ミリララの話の流れを読んでか、レイナーは一冊の本を持ってきて私に見せる。
その本はボロボロではあるものの、歴史を感じさせるほど重厚な作りをしていて、どこか威圧感を放っていた。


この魔導書について、巴術士ギルドに鑑定を依頼したんだ。
そしたらこの本は今の巴術士が用いている魔導書の「すべての祖となる原書」に近い内容が記述されている貴重な本だということがわかった。
そしてもしかしたら、古代アラグ帝国時に存在したとされる「蛮神を統べる賢者」が用いた魔導書ではないかとね。
学術的に貴重な本であるが故、ここコーラルタワー内にて厳重に保管しているんだよ。


とレイナーは補足する。

だからわたしはクフサド商船団を疑ったわ。
港ではなく、その入り江から村人たちの生き残りを船に乗せたんじゃないかってね。
でも、結局なんの証拠も得られないまま話はうやむやのままに消されてしまった。
それでも必死にくいさがったわたしは、今や狂人扱いよ。

もし・・・もしもよ。
あなたの言っている「片目の少女」が私の保護した少女であるとすれば、私はまだ「生きている」と思います。
私は彼女が「特別な者」であると信じたい。

・・・確かに、滝つぼからは「片目の少女」に殺されたセヴリンという男の遺体は見つかったが、その少女の遺体は見つかっていない。
滝つぼには岩盤の割れ目から地下に流れ込む場所がいくつもあるから、そこに流れていった可能性は否定できないが「特別な者」として生き返っている可能性もまた否定はできないか・・・


レイナーの言葉にゆっくりと頷きながら、ミリララは真剣なまなざしを私に向ける。


あなたの聞いた、

「みんなを助けてみなよ」

という言葉。
それはもしかしたら「人質」として捕らえられた村の生き残りのことを指しているのかもしれない。
あの少女が、死んでも生き返る「特別な者」と知った人拐い共は、村の生き残りを人質にして少女に殺しをさせているのでしょう。
「特別な者」は人ならざる「超える力」を持っていると言われている。
であるならば、少女でありながら大人を翻弄する強さを持っていてもおかしくはありません。


ミリララはそう結論付けると、目を閉じながら話を終わらせた。
ミリララの拳は固く握られ、どこか小刻みに震えていた。
信じたくはない現実。
それでも紡いだ彼女の憶測は、それに対する精一杯の譲歩であるかもしれない。

私は自分の推論よりも、彼女の思いのほうがが正しいと思えるようになっていた。

私は最後にミリララに、自分がその少女に対して「人拐いの仲間として、あんたのことを騙したのか?」と聞いたとき、その少女は「違う!」と絶叫していたことを伝えた。
そして谷底に自身の身を投げる前、言葉と共に涙を流していたこと。
するとミリララは驚いた顔をした後、すぐに軽蔑した眼差しを私に向け、


・・・あなた、そう言うことは早く言いなさいよね。
一番大事なことを後回しにするなんて、頭の悪さを証明しているものだわ。


そう言って私を一瞥すると、ミリララはレイナーに礼をして一人指令室を退室していった。
先ほどまでのしおらしさは何処にもない。
だが初めのすべてを否定するような冷たい感じではなく、その表情は決意を感じさせるほどの力強さがあった。

 


ミリララが退室する姿を見送った後、レイナーは「はぁ~~っ」と大きくため息をついた。


一時はどうなるかと思ったが、事が収まってよかったよ。
あの暴走女もこれで少しは落ち着くかな。
失踪した少女の一件を放置していたつもりはないんだが、少女の失踪に関わる捜査は手づまりのまま止まっていたからね。
それにここ最近じゃいろんなことが起こってその対処の方が優先されるんだ。
だが、今回の件ですこし光明は見えてきたんじゃないかと思うよ。
まあ結果が「ミリララの望むもの」かどうかは別としてだけれどね。

レイナーはやれやれといった表情をしながら疲れ果てた様に椅子に座った。


それで、君はこれからどうするんだい?
これまで通りジャックと行動を共にするのもいいけど、もし時間があるようだったら一度巴術士ギルドに行ってみたらどうだ?
この魔導書のこともあるし、少女が落としていった魔導書は実は巴術士ギルドのメンバーが使っていたものだったようなんだ。
不法な取引をしている商船に臨検のために乗り込んだ時、返り討ちにあって奪われたものだったらしい。
何か手掛かりになる情報が得られるかもしれないよ。

レイナーはそう私に進言してくる。

正直ありがたい話ではあるのだが、イエロージャケットの司令から直々に「人拐いの援助」という嫌疑をかけられている私にそんな情報を流していいのだろうか?

そんな私の思いを表情からくみ取ったのか、


あ、あと、君のところの工房の嫌疑については「保留」とすることにしたよ。
まだ無実の証拠が集まりきれていないから「無罪放免」とするわけにはいかないけれど、監視対象からは外れることになる。
君の活躍・・・もあるけれど、実はN&V社のハ・ナンザ社長に怒鳴り込まれてね。
「嫌疑を取り下げなければ、イエロージャケット、および斧術士ギルドへの今後一切の武器提供を行わない」なんて言われてしまったもんだからどうしようもなくてね。
まったく・・・権力者が権力を振り回すと怖いもんだね・・・


と、他人事のようにレイナーは話す。
私は「あなただって権力者だろうに」と言うと「私はただの公務員だよ。それに部下の暴走の尻拭いだけでいっぱいいっぱいさ」と苦笑いをした。
私は笑いながらレイナーに「ありがとう」と感謝をして、指令室から退室した。

 

コーラルタワーを出た私は、レイナーの提案通り巴術士ギルドに向かうことにした。

巴術士ギルドのある場所につくと、そこはギルドというよりも鑑査施設のような場所であった。
商人と思わしき人々が持ち込み品のリストを手に受付に列を作っている。
その中には人族だけでなく、ゴブリンやキキルン、そしてイクサルの姿もあり、今イクサルと受付の人が何やらもめているようだ。
耳をそばだてて会話を聞いてみると、イクサルは「持ち込むのは傭兵としての自分だ」と言い張っていて、今一要領を得ないようだった。

 

私はそれを気の毒そうに眺めつつ、職員と思わしき人に声をかけた。
そしてレイナーからもらった紹介状を手渡しながら、巴術士ギルドに用向きがあってきたことを伝える。
職員は「拝見します」と言って一旦紹介状の中を改めると、微笑みながら「こちらへどうぞ」と案内してくれた。


職員の案内を受けて一人の大柄なルガディンの女性の前に立つと、職員はそのルガディンの女性に紹介状を手渡し、私の用向きを簡潔に説明する。
その説明を聞きながら紹介状を読んだルガディンの女性は「おおっ 魔導書を取り戻してくれた本人か!」と大きな声を上げた。


君がうちのメンバーの魔導書を取り戻してくれたという冒険者か!
本人に代わって感謝する! あの魔導書はアイツにとって人生を変えるほどの貴重品だったからな。
見つかったと分かれば喜ぶだろうよ!


ルガディンの女性は満面の笑みで私に感謝を述べてくる。
私は「私一人の力ではないよ」と言うと「リムサ・ロミンサではめったに聞けないセリフだな!」と笑っていた。


名乗るのが遅れたね。
私はここメルヴィン税関公社の責任者であるトゥビルゲイムという者だ。
併設している巴術士ギルドのマスター代理も兼任している。
うちのギルドマスターである「ク・リド・ティア」は放浪癖があってな・・・
いまは古代アラグ帝国時代の「召喚士」について調べるため方々を回っているようだ。

めったなことが無ければここに帰ってこないんだが、税関業務に関しては役立たずも役立たずだからいてもいなくても大して変わらんがね。


と、トゥビルゲイムは半ばあきらめた様に吐き捨てる。


さて、紹介状の内容を見させてもらったけれど、「人拐い」について調べているようだね。
あまり公にしていないが、君が取り戻してくれた魔導書の持ち主も実は「人拐い」につかまっていた奴なんだ。

一年くらい前に臨検のために乗り込んだ船の中に「人拐い」の首謀者が乗船していてね。
護衛として雇っていた傭兵と冒険者の活躍もあってその船から逃げ出すことには成功したんだが、動揺もあって魔導書を捕られてしまったんだ。
その魔導書ってのは、ギルドマスターがそいつに「一人前になった記念」として贈ったやつだったんだよ。


さかのぼること6年前。ガレマール帝国の侵攻が表立って開始されたあたりのことだが、メルヴィル提督の号令に従わなかった一部の海賊団が混乱に乗じて「奴隷売買」を行っていた。巴術士ギルドは対ガレマールに手を取られている「バラクーダ騎士団」の代わりに不法商船の臨検を行うようになっていったんだ。

ある時、不審な航行をしている商船を拿捕してみると、船倉にはぎゅうぎゅう詰めに「人」が押し込まれていた。
その船の持ち主を洗ってみたら当時「最狂」と恐れられていた大海賊「デュースマガ」だったんだ。
本人は「奴隷売買」の関与を否定したが、メルヴィブ提督は「掟破り」を決して許さなかった。
だが、海賊団同士の「結束」が必要な時期でもあり、反メルヴィブを掲げる海賊諸派への影響力の大きいデュースマガの処刑は見送られた上「永久追放」という形での特赦が与えられてしまった。
その後しばらく表舞台から姿を消していたんだが、どうやら外洋を中心に輸送船と偽って御禁制品の売買を行っていたようだ。

見つかれば今度こそ「死刑」が決まっているというのに、なぜ再びリムサ・ロミンサの近海に姿を現したのか?
それを調べている最中なんだが、外洋となるとなかなか手を出せなくて今に至るんだ。

だが、今回その奪われた魔導書が戻ってきた。
その持ち主のことが分かれば、デュースマガのことを捕まえることができるかもしれない。
頼む! 知っていることを教えてはもらえないか?


深々と頭を下げるトゥビルゲイムに、私は「ささやきの谷」での一件だけでなく、ウルダハでの出来事も当たり障りのない程度に説明する。
そしてその魔導書を使っていた少女は「海蛇の舌」の一員であった疑いがあることも話す。
私の話を聞いてトゥビルゲイムの目の色が変わる。


ぜひその少女について詳しく聞きたい!
いやな、なぜその少女がこの魔導書を使えたのかを知りたいんだ。


詰め寄ってくるトゥビルゲイムを何とかなだめる。
女性とはいえルガディンの女性は体格が大きく、詰め寄られると威圧感がすごいのだ。
ふと頭にベスパーベイで出会った「染色師」のことが頭に浮かんだ。
そういえば、あの人もリムサ・ロミンサに渡っていったはずだ。


す、すまん・・・取り乱してしまった・・・
いや実はな、その魔導書なんだが普通じゃないんだよ。
確かに魔導書はうちのメンバーである「ク・リヒャ」のものであるのは間違いはないのだが・・・
魔導書の「魔紋」の一部が書き換えられていたんだ。


トゥビルゲイムはそう言って自分の魔導書を取り出し、私に開いて見せる。
その頁には魔法陣のような幾何学模様が描かれている。


この「魔紋」ってのは巴術士が自らのエーテルを魔法力に還元して力を発現するための「触媒」だ。
魔導書には使う魔法の数だけ魔紋があるんだが、この魔導書の・・・特に幻獣「カーバンクル」を顕現するための魔紋がおかしなことになっているんだ。

それは今の巴術士が用いる魔紋体系とは似て非なるもの。
驚くべきことに、古代アラグ帝国時代に存在したとされる「召喚士」が使っていたとされる魔導書の魔紋と酷似しているんだ。
残念なことだが、今の巴術士・・・いや、私ですらこの魔紋を使うことができない。どうやっても魔力を生み出さないのだ。

だが、その少女は幻獣を使っていたのだろう?


私はその魔導書を持っていた片目の少女のことを話す。
少女は色の異なる幻獣を自在に使役し、一撃で人を屠れるほどの強力な力を持っていたと。
私の話を聞いてトゥビルゲイムは何か考えているように押し黙る。そして自分を納得させたように頷き「ちょっと私についてきてくれ」と言って地下へと降りていった。


メルヴァン税関公社の下は巴術士達の修練場となっていた。
見たことのある幻獣を魔導書から顕現し、お互いに戦い合わせたり命令したりしていた。
だが私が見た幻獣と見た目は同じなものの、どこか迫力に欠ける。


どうだい? 君が見たものとの違いを教えてほしいのだが・・・

私の思いを見抜いているのか、トゥビルゲイムは私に問いかけてくる。
私は率直な感想をトゥビルゲイムに伝えた。

そうか・・・やはりな・・・
幻獣カーバンクルの強さってのは、本人の扱えるエーテル量に依存する。
人の器ってのは決まっているから、どんなに強い巴術士・・・例えばうちのマスターでさえも、カーバンクルの強さには限界があるんだ。
だが君から聞いた少女の強さが本当であり、それが「幻光の影法師」と同一人物だとすると、我々を越えた存在であるのだろう。

とすればあの村が召喚士の村であったというのは、あながち間違いではない。


と誰に言うでもなく、まるで自分に言い聞かせるかのように小さくつぷやいた。


「召喚士」ってのは古代アラグ帝国時代に存在していたとされる法位の高い魔法使いだ。
その身の法力のみで蛮神を召喚し、自在に使役していたとされる。しかも複数だ。
アラグ帝国時代の古文書に残されていた一文によると蛮神とは「主従関係」ではなく「契約」によるものとされている。
「蛮神が認めた者のみ召喚に応じる」と書かれていたが、信仰という多くの「贄」と、エーテルの塊である「クリスタル」をもって召喚可能な蛮神を単独で召喚するなんて想像もできんことだ。

そして、その末裔が暮らしていた村が存在していた。

レイナーのところで「古代の魔導書」のことを聞いたんだろう?
連絡船事故の唯一の生き残りとして発見された「片目の少女」。
その少女の故郷のある大陸の入り江で見つかった魔導書のことさ。
それは我々巴術士の扱う魔導書の「原典」と酷似していた。
我々ごときでは到底扱うことのできない「高位」の魔紋は理解不能。
魔力を通わすことすらかなわない、巴術士にとっての永遠の「課題本」さ。

もしその魔導書が召喚士の村のものであったとすれば、出身者である「片目の少女」が召喚士としての素質を持っている可能性は十分にある。
そして「巴術士の魔紋」を書き換えるほどの「超える力」を持つ片目の少女。

これはもう考える余地もないだろうな。
もしその少女に「古代の魔道書」を持たせたら何が起こるかわからない。
正直知りたくはある・・・が同時に恐怖を覚えるよ。

しかし、そんな少女がなぜ「人拐い」側に身を落としているのか。
そこがよくわからないのだが・・・

私は一時ではあるが行動を共にしたミリララとの推測を、少女が遺した「願い」と共にトゥビルゲイムに話す。


そうか・・・ならば救ってやらねばならないな。
その「願い」から推測すると、確かに村の者はまだ生きている可能性は高い。村の者の命を人質にその少女が縛られているだけなのであれば救う道はある。

確かに犯してきた罪を消すことはできない。

だが、まだまだ長い人生を残す少女の生きる道はそこではない。
もし生きて捕獲できたのならば、その身はうちで引き取ろう。
召喚士としての力を持つ少女の存在はうちとしても大きい。
歪んだ性格は・・・うちのマスターにでも教育させればなんとかなるさ!


トゥビルゲイムは豪快に笑う。
どうやらギルドマスターのことを「税務官」としては認めていないが、巴術士として、なにより教育係としては絶対の信頼を置いているようだ。

我々も「人拐い」の件についてはもう少し踏み込んでみるよ。
元来ここリムサ・ロミンサではタブーなのだが、事実から目を背けることは「悪」に屈したと同義だからな


トゥビルゲイムはどんと胸を叩くと、思い出したように「一つ情報になるかどうかは分からないが」と前置きをしながら、


マスターの話だと、実はうちで一人だけその村出身の術者を預かることがあったらしいんだ。
でもなかなか巴術士としての芽が出なくてね・・・結局リムサ・ロミンサの商人の男と結婚して子供を産んだんだが、気がふれてしまったらしくて自分の子供の殺人未遂を犯した後に、海都から消えてしまったんだ。
父親は海賊団の抗争に巻き込まれて死んじまったらしいが、その子供は今もリムサ・ロミンサにいるらしい。
どこかに引き取られたって話だが、あわせて調べてみてもいいかもな。


(リムサ・ロミンサに住む「召喚士の村」の子孫か・・・)

少しずつではあるが、何かが繋がってきているような気がする。
なんの当てもない話ではあるが、今となってはその子孫しか残されていない。

闇の情報屋・・・か。

ふと先日あった老人の顔が頭をよぎる。
この件は双剣士ギルドのジャックを頼ったほうがよさそうだ。
私はそう結論付けて、巴術士ギルドを後にした。