FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第六十五話 「それぞれの戦い」

私はオシュオン大橋を渡り、北側にむかおうとする。
特にあてがあるわけではないが、一度レッドルースター農場へと向かい食べ物を少し分けてもらおう。
その後どうするかまでは、今は考えられない。


おいあんた! どこに行くんだい!!


橋をフラフラとした足取りで歩いていると、足止めをくらっているのか待機所で煙草をふかしていた商人の男に話しかけられた。
私はすこし警戒しながらも商人の男に「北に向かう」ことを伝えると、

あ!? 北だぁ!?
おいおいっ、やめておきなよ!
ここの北にあるレッドルースター農場は今、馬鹿でかい獣とコボルド族に襲われてるって話だぜ!?
野次馬根性だして行ったもんなら、巻き込まれて殺されちまうよ!


私は商人の話を聞いて驚き、近くにいた衛兵にも確認する。


あ、ああ。
確かに今現在レッドルースター農場の襲撃は駐留していたイエロージャケット、および駆けつけた斧術士ギルドにより応戦中だ。
我々も加勢にいきたいのだがモラビー造船廠が賊共に急襲されている現在、ここの警備を離れるわけにもいかん。
それに西ラノシア方面ではサハギン族との戦闘が始まったらしい。
悪いことは言わん。そっちの商人の言うとおり急ぎの用事でもなければリムサ・ロミンサに戻ることをお勧めするよ。


衛兵の話を聞いて私は唖然とする。
まるで仕組まれていたかのようにラノシア全土が揺れている。

(何が起こっているんだ?)

西ラノシアと言えばサハギン族勢力圏との境だ。
おそらくサハギン族との間でも何か起きているのかもしれない。
だが、いくら安全だからといってリムサ・ロミンサに戻るわけにもいかない。

私は今や「お尋ね者」なのだから。

クジャタが出現したレッドルースター農場のことが心配ではあるが、イエロージャケットと斧術士ギルドが応戦しているのならば大丈夫だろう。
そこに武器すら持たない私が加わったところで、何の戦力にもなりえない。

私は自分に言い聞かせるようにブツブツと呟き、商人の男に「ありがとう」と言ってオシュオン大橋を離れた。


~~~~~~~~~~~~~~~

オシュオン大橋から離れ、リムサ・ロミンサとの分かれ道をどうしたものかと頭を悩ませながら歩いていると、ふと物陰から一人の男が現れた。

(???)

私は咄嗟に岩陰に隠れてその男の様子を探る。
男が出てきたところを確認すると、切り立った岩壁が広がっている。

(一体どこから現れた?)

怪しげな男はこちらには気が付かなかったようで、周りを気にしながら北へと向かって走っていく。
向かう先を物陰から伺ってみていると、どうやらレッドルースターが見下ろせる高台へと向かっているようだった。

(これは何かありそうだ……)

私はその男を気がつかれないように尾行して後を追いかけた。


~~~~~~~~~~~~~~~


レッドルースター農場に近づくにつれ、戦の音が耳に入り始める。
コボルド族の奇声とイエロージャケットの怒号。銃声に爆発音。そしてクジャタの咆哮が入り乱れている。
私は男を見失わないようにしながらも戦況を確認する。

すると不思議なことが起きていた。

確かに戦いの構図としては「人族」対「コボルド族」となっている。
しかし問題は「クジャタ」の立ち位置だ。
クジャタは人族もコボルド族も関係なく暴れている。
それにコボルド族は戸惑っているようで、戦力では勝っていながらもいまいち攻めきれないでいる。

(やはり何かがおかしい……)

怪しい男はレッドルースター農場を一望できる丘の上まであがり、そこで一人の男と話をしているようだった。その男の顔には、入れ墨がある。

(!!!?)

丘の上に立っている男。
それは私が追いかけていた「黒い入れ墨のルガディン」だ。

私は慌てて岩陰に身をひそめる。
この男がいるということは、近くに「片目の少女」がいる可能性がある。
生きていたら……の話ではあるが、気配を消せる少女に見つかれば一巻の終わりだ。

私はしばらくそこに留まりながら急襲に警戒する。
だが片目の少女は一向に襲われる気配もなく、ただただ時間だけが過ぎていった。

いない……か?

私は一つ深呼吸をして物陰から身を乗り出して、再び入れ墨の男の方に目を向ける。
ここからでは入れ墨の男と怪しい男の会話を聞くことはできないが、例え少女がいなかったとしてもこれ以上の接近は自殺行為となる。
私はやきもきする気持ちを抑えながらも、再び深呼吸をして気を落ち着かせる。
焦りは禁物。高台の上にいる以上、入れ墨の男に逃げられることはない。

入れ墨の男は怪しい男に何か指示をしていたらしく、怒鳴り声をあげると怪しい男は慌てた様子で来た道を戻っていった。
入れ墨の男はイライラとした様子で口に何か笛のようなものを咥える。
するとそれに呼応するかのようにクジャタはレッドルースター農場の建物に突進していった。

……もしかして男が加えているのは犬笛のようなものか?

笛の音はいっさい聞こえない。
それは、犬笛のように特定の獣にしか聞こえない音を出しているようだった。

(さて、どうする?)

とても残念なことに、私は丸腰だ。
斧は尋問の際に没収され、ご丁寧にも日用品として携帯していた小さなナイフすら取られてしまった。
黒い入れ墨の男は農場の様子に気を取られているとはいえ、体格の大きなルガディンの男を押さえる自信はない。
だがクジャタを操っている可能性の高いあの男を押さえれば、レッドルースター農場の戦況は好転するだろう。
クジャタは冒険者を交えた混合部隊の総攻撃を受けて体中から血が溢れている。
普通の魔物であれば足が止まるはずのダメージを受けながらも、クジャタは止まらない。
そして建物の一つをその巨体で破壊すると、再び大きく咆哮をあげた。

時間はかけられないか。
しかたがない……

私は近くにあった手ごろな大きさの石を握る。
あの男には私念はあるが、ここで優先すべきはそれではない。
打倒するまでにはいたらないかもしれないが、無防備な私でも気を逸らすことはできる。
少なくとも、あの獣笛さえ何とか出来ればいいのだ。

私は黒い入れ墨の男の隙を伺う。
タイミングとしては笛を口から放した瞬間だ。

(いまだっ!!)

無警戒の男に突進し、笛を奪いに走る。
男は草むらを駆ける私の足音に気が付いたのか、こちらに振り返った。
私は手に持っていた石を男の顔めがけて投げつけて、注意を逸らす。
一瞬怯んだその隙に笛を掴もうと手を伸ばす……が、

甘い!!

あと一歩のところで避けられ、私は男が持っていた皮を編んで作られた太い紐のようなもので体を拘束され、無様にも地面に倒れこんだ。

 


ちっ……
あのガキがいねぇとどうにも索敵に穴ができやすいな。
見つからねえようにと思って獣を配置しなかったことが仇になったか。
しかし人目につかないところを選んだつもりだったが、どうしてここが……って、
あのボケが……さてはつけられてたな?


黒い入れ墨の男は苛立ちを隠せない様子でブツブツと言っている。
しかし、襲い掛かってきた男が私であることが分かった瞬間「ニヤァ」と下卑た笑いを浮かべた。


おいおいおい。
こんなところにも登場するたぁ、随分といい「役者」してるじゃねえか。
不死者さんよぉ!


そう言って男は拘束されて動けない私の腹を思いっきり蹴り上げた。

ごふっっっ!!

内臓がかき混ぜらるほどの衝撃で私は思わずむせる。
鎧越しだったとはいえ、まったく防御のとれない体勢での一撃に私は身悶えた。


へへっ、惜しかったな。
俺の笛を奪おうってのはいい判断だが、もうちょっと策を練ったほうがよかったんじゃねえか?
まあ丸腰で突進かましてくる勇気はかってやるが、余興としては50点ってところだがな!


そう言いながら、黒い入れ墨の男は私の顔を踏みつけた。


せっかくここに来たんだ。
農場が壊滅する様子を一緒に見ようぜ?
加勢に入った冒険者共のおかげで一方的な死合じゃなくなったからおもしれえんだ。
クジャタが勝つか、イエロージャケット共が勝つか。
ここ一番の大勝負だ!


先ほどまでの苛立ちは何処へ行ったのか、黒い入れ墨の男はまるで子供のようにはしゃいでいる。
私は男に「こんなことをして、何が目的だ!」と問いかけると、


あん? 目的だ?
おまえは馬鹿か?
それをお前に話すと思うか?
くそつまらねこと言いやがって。
ちょっとは立場ってのをわきまえてほしいぜ!


男は私の頭を踏みつける足に体重を乗せてぐりぐりと踏みにじる。


お前はただ黙ってみてりゃいいんだよ。
人の住処が蹂躙されていく様って奴をよ。
必死に抗って死んでいく人の表情ってのは、一度癖になったらたまらなくなるぜ?


そう言ってルガディンの男は再び笛を口にくわえると「ふーっ」と息を吹きかける。すると動きが弱くなっていたクジャタが再び咆哮を上げ、体中から血を吹き出しながらも冒険者達を蹴散らしていく。
クジャタは既に満身創痍だ。
あの状態では、いつ倒れてもおかしくない。
しかし、あの笛の音はクジャタにそれを許さない。

(このままでは……)

私はどうすることもできない状況に絶望しかけた時、


せいっ!!!


という力強い声と共に小さな斧が投げ込まれ、完全に油断していた黒い男の肩にざくりと刺さった。


ぐぅっ!!
な、なんだ!?


今までの余裕は何処にもなく、慌てる黒い入れ墨の男を斧を持った一団が取り囲む。

ヴィルンズーン!!

私は思わず声を上げると続けて「笛を取り上げろ!!」と叫ぶ。
ヴィルンズーンは地面に倒れているのが私だと分かるとびっくりした表情をしながらも、私の叫びに応じるように黒い入れ墨の男に向かって突進していく。

肩にけがを負った入れ墨の男は「ちっ!!」と舌打ちをすると、私を蹴り転がして縄の拘束を解くと、後ろへと後退しながらその縄を振り回して間合いを詰めさせないように牽制する。
しかし黒い入れ墨の男は逃げ場所を誤ったか、自然と崖に追い詰められるような形となった。

私は痛む体を何とか起こし、ウィルンズーン達の後をついていった。


へへ……あんたらここにいてもいいのかい?
例え冒険者たちの力を借りたとしても、イエロージャケット共だけじゃクジャタは止められねぇぜ?

心配してくれるとは有り難いが、それは余計なお世話って奴だ。
苦戦はしいられたが、何とかうちの「猟犬」共の増援が間に合ったからな。
アイツらにとっちゃいい狩場だ。
今までのつけ、すべて払ってもらうぞ!!


私は横目で農場を見てみると、確かにクジャタが押されている。
笛の音を失ったクジャタの動きが鈍ってきているのもあるが、猟犬同盟の海賊達、なかでも斧を自在に振り回すララフェルの少女の動きに翻弄されているようだ。

狂ったような奇声をあげながら、まるでいたぶるかのように追い詰めるさまは、どちらが敵なのか分らないほどだ。


その光景を黒い入れ墨の男も見ながら、


さすがに「予定調和」とはいかねえか。
コボルド族がタイタンを呼ぶと思ったんだが……

コボルド族はちゃんとタイタンを呼びやがったぞ?
だが残念だったな。お前達が何を考えているのか知らねえが、タイタンは呼び出された直後に精鋭の冒険者たちによって討滅されたよ。

……なに?

こっちだって警戒はしてたさ。おかしなことが続いていたしな。
色々と対策ができたのはこの冒険者が動いてくれたおかげってのもあるがな。


そう言ってヴィルンズーンは後ろ指さす。


……イレギュラーってのは恐ろしいねぇ。
でも、あんたらはそいつを「罪人」扱いしてるんだろ?

!!!?
……お前、何故それを知っている?

ははっ!! こう見えても俺は情報通なんだよ。
世の為、人の為にと命を賭けて奔走する冒険者を「犯罪者」に仕立て上げるだなんて、お前らだって人のこと言えねえじゃねえか。

俺はこいつのことを疑っちゃいない!!

熱くなるなよ。お前がどうこうは関係ねえ。
英雄ってのは誰でもない、国によって殺されるんだよ。
いつの時代であってもな。

世迷言を!!

さて、残念だが俺の方はゲームオーバーらしい。
出番の終わった者は潔く退場するのが「舞台」ってもんだ。


そう言って黒い入れ墨の男はゆっくりと後ずさる。
その先にあるのは海へと落ちる高い崖だ。


ははっ、崖ってのは都合がいいねえ。
逃げ場には最高なところだよ。

追い詰められた奴が何を言う!!

さて諸君。
残念だが悪夢はまだまだ続く。

そのすべてを

お前らに止められるかな?


そう言い残して、黒い入れ墨の男は崖から海へと身を投げた

 

いつも賑やかなリムサ・ロミンサも、今日ばかりは閑散としている。
街を警備しているイエロージャケットの姿も少なく、日々賑わいのあるエーテライトプラザの周りですら冒険者の姿は見かけられなかった。
今日はあちこちで「祭り」が行われている。

船着き場に停泊中の船は出港を禁止された商船ばかりで人影も少ない。
大手の海賊団の船もなくなっているところをみると、どうやるサハギン族との戦いに駆り出されたのだろう。
黒渦団の軍船もまた、計画通りエールポートへと向かったようだ。

私は町はずれにある倉庫の屋根の上に移動し、合図を待つ。
倉庫の中には例の「箱」が置いてある。
それはガレマール帝国の最新式で、この箱一つでちょっとした集落くらいなら壊滅できるほどの火力があるらしい。
今回の目的はリムサ・ロミンサの中枢「ミズンマスト」の破壊だ。
一度海上で奪ったものをばらし、リムサロミンサに少しずつ持ち込んだあとに組み立て直した。
時限式にできなかったのは、起爆装置は検閲に引っかかるため手動になったとのことだった。

(まぁ別にいいけどね)

自分が死ぬことを前提にした作戦にあきらめはある。それこそ運搬を担当する断罪党の海賊共がまきこまれて死ぬこともどうでもいい。
でも今回の作戦で私は罪のない人をたくさん、巻き込むことになる。

今更善人ぶるつもりはないけど、今までの対象が「殺されても文句を言えない」ような者だったたけに、今回ばかりは胸がざわざわと騒いでいる。

出来れば少しでも人気の少ない時間にしよう……

私の視線の先にある西ラノシアから煙のようなものが上がっている。
しかし私はすぐ行動に移すことなく、夜になるのをジッと待った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

なんか騒がしいわね……

さっきから廊下をバタバタと人が駆けている。
私は自室のドアを開けて慌てている隊員に声をかけて事情を聞く。

な……そんなことって……

私は隊員の説明を聞いて唖然とする。
西ラノシアではサハギン族が侵攻をはじめ、スウィフトパーチでは産卵地のドードーが暴れ出し、その混乱に乗じて海蛇の舌が来襲。
低地ラノシアではモラビー造船廠が賊に襲撃され、レッドルースター農場はクジャタとコボルドが暴れている。
各地で起こる襲撃鎮圧のために、リムサ・ロミンサにいるイエロージャケットに招集がかかっているとのことだ。

何が起こっているの!?
これじゃまるでテロじゃない!

私の血がざわざわと騒ぎ出す。
今すぐにでも着替えて飛び出していきたい……ところだけれど、
例え「空砲」だったとしても、コーラルタワー内でしかも民間人に発砲した責任は重く、
「自室待機」から「外出禁止・無期限の職務停止」と変わってしまっている。
そんな私が彼らとの合流を願い出ても、扱いに困らせてかえって足を引っ張ってしまうだろう。
歯がゆさと後悔で胸が締め付けられる。

こんな時に何もできないなんて……
私、何をしているのかしら!!

ドンッ!! と扉を叩く。
何もできないことへの不甲斐なさで胸がいっぱいだ。
それは「正義感」からくる感情ではない。
遥かにどす黒く、私念に満ちた感情の渦。
別にみんなを助けたいと思っているわけではない。
私は自分の存在意義を満たすために、動きたいと思っているのだ。
自分でいうのもなんだけれど、私という人間はどれだけ自己中心的なのだろうか。

そんな私だから、一人の少女ですら守り通せないのかもしれない。

私は自分の闇から逃げるようにベッドに飛び込んでタオルケットで身を包み、耳を塞いで目を閉じた。

 

私が再び目を覚ましたころには、すっかりと夜が更けていた。
窓から外を眺めてみると、西ラノシアのあたりがほのかに明るい。
サハギン族との戦いは今もなお続いているのだろう。
私は一つため息をつく……と、視界の中に複数の影が動いていることに気が付いた。

???

影は荷車になにか黒い大きな箱のようなものを積んで、周囲を警戒するかのようにキョロキョロしながら歩いている。

あやしい、あからさまにあやしいわね。

私は周囲を見回すが、近くにイエロージャケットの姿はない。
机の上に置いている銃を手に取る。

空砲じゃ威嚇にしか使えない。でも何をしているのかぐらいは探れるわね。

私は決意を決めて、イエロージャケットの制服に着替える。
そして開けた扉の隙間から外に隊員がいないことを確かめると、私は身を隠しながら外へと向かった。


~~~~~~~~~~~~~~~


夜も更け、西ラノシア、スカイバレーあたりから立ち上る煙はさらに勢いを増しているようだ。
東の空もうっすらと赤ばんでいるところを見ると、モラビー造船廠の方も始まったようだ。

そろそろ……かな。

あたりを見回すと、人影はほとんどない。
多くの人は襲撃を恐れて、建物の中に閉じこもっているのだろう。
いつもなら巡回警備にあたっているイエロージャケットの姿さえもなかった。

私は屋根から降りて、倉庫の入り口を6度叩く。
するとゆっくりと扉が開き、荷車を引いた海賊の連中が出てきた。
私は荷車を先導し、周囲を警戒しながら誰もいない道を歩む。
途中に出会う酔っぱらいを処理し、安全を確保しながら私たちはタワーの下脚部へとたどり着いた。

……急いで。

私は断罪党の団員に設置をせかしながら、周囲を警戒する。

誰かいる!!

私は気配を感じて咄嗟に走る。
そして物陰からこちらの様子を伺っていた人影の首元にナイフを突きつけた。

!!!!?

私の手が止まる。
それは体がその先の行為を止めるかのように。
その人に手をかけることを全力で否定するように。
強制的に時が止まったように制止した。

あ……あぁ……あ……

動揺で動悸が収まらない。
まるで壊れた機械のように鼓動がおかしい。
手は震え、声は出ず、足はガタガタと震えている。

黄色い服、少しボサボサなミントグリーンの髪、そして自己主張の強いくりくりとした目。

私がナイフを突きつけているその人は、

私を保護してくれたおねえちゃんだった。


っ!!!

私は慌ててナイフを下げて大きく後ろに飛び跳ねる。


アンリ!!!


!!?


な……なんで、なんでおねえちゃんが私の名前を……

おねえちゃんは私の名前を叫ぶ。
教えたはずはない。だってあの時はしゃべれなかったんだから。
おねえちゃんは驚いた表情をしながらも、目からは涙を流しながら私の方に駆けよろうとする。

だめ!! こないで!!!

私は咄嗟におねえちゃんの足元にナイフを投げて歩みを止めさせる。


な、なんで!?
なんでなの!!
アンリ! あなたのことずっと探してたのに!!
わたし……わたしはあなたにあやまらなければならないのに!!


ドクンッ ドクンッ と鼓動が胸を激しく打つ。
気が動転してしまい、正常な思考ができない。


おい!! 何もたもたしてやがる!!
設置は完了したぞ!! 早くそいつを始末しろ!!


後ろから聞こえる海賊の男の怒鳴り声を聞き、私はおねえちゃんを牽制しながら箱まで後退する。


分かってるよ!!
どうせ爆発に巻き込まれれば死ぬんだ。
あんたらは早くどっか行け!!

お……おう。
じゃああとはまかせたぜ!!
あの世では達者でな!!


死ぬと分かっているのに態度を変えない私のことを気の毒そうな目で見ながら、海賊共は少しでも遠くにと逃げていった。
私は海賊連中がいなくなったのを確かめると、


逃げて!! 少しでも遠くに!! リムサ・ロミンサから出て!!


とお姉ちゃんに叫ぶ。
必死に叫ぶ私に驚いているおねえちゃんは、戸惑いながらも覚悟を決めた目をしながら私の方に近寄ってくる。


なんで……なんでなの?
アンリ、あなたは何をしようとしているの?

こっちにこないでよおねえちゃん!!
来たらダメなんだよ!
来たら……来たら……

いや……私はもうアンリを見失いたくないの。
あなたがこれから何をしようとしても、
私はアンリを決して放さない!!

っ……


私の言葉を聞かず、じりじりとにじり寄ってくるおねえちゃん。
私はあたりを見回し、安全そうな場所を確認する。

(あの岩陰なら大丈夫かも!?)

私はおねえちゃんに向き直り、再びナイフを手に構える。
おねえちゃんを気絶させてあそこのくぼみに寝かせておけば、少なくとも爆発に巻き込まれることはなさそうだ。

(助けに戻るまでは時間がかかるかもだけど……絶対におねえちゃんは死なせたくない!)

私がナイフを構えても、お姉ちゃんは決して怯まない。

(おねえちゃん、ごめんなさい!)

私は跳ねるようにお姉ちゃんに飛びかかり、ナイフの持ち手で打撃を与えようとする

ヒュンヒュンッ!!

(!!!?)

あうっ!!

「ザクザクッ!!」 という肉を引き裂く音とともに鈍い衝撃が体中に走る。
私は空中でバランスを崩し、無様に地面に転がった。


ミリララ!! 大丈夫か!!


男の声がする。
体中から感じる痛みに耐えながら周りを見ると、緑色の衣装に身を包んだ集団が私の周りを囲んでいる。


アンリ!? ちょっとあんた達!!
アンリに何をするの!?


床に転がっている私に駆け寄ろうとするおねえちゃんを、緑色の服を着た男が止める。


馬鹿野郎!!
こいつはお前を殺そうとしたんだぞ!?
死にたいのか!

あり得ない!!
この子が私を殺そうとするなんてありえないわ!!
だって……
あの子は、アンリは私を見て嬉しそうに笑っていたんだから!!


おねえちゃんの言葉を聞いて私はハッとする。
笑顔なんて忘れてしまっていたと思っていた。

私……笑ってたんだ。


それに私を殺そうとしたんだったらとっくの前に殺されてるわ!
アンリは私に「逃げろ」って言った!
そんなアンリをあんたたちは傷つけたのよ!!


絶叫するおねえちゃん。
おねえちゃんは私のことを信頼してくれている。
例え言葉は無くても、どこか心でつながっている。
わたしは、その迷信めいたことを信じたかった。

(このまま捕まっちゃおうかな……)

ドスッ

突然、地面に伏している私の目の前に一本のナイフが突き刺さった。
私はそのナイフを見て絶望する。

ドクンッ ドクンッ

それは緑服のもの達のものではない。
何処からか投げ込まれた、海蛇の舌の印の入った一本のナイフ。
それは今もなお私を縛る「契約」の証。

『無視すればすべてを失うことになる』

そのメッセージがこのナイフには込められている。

神様は本当に意地悪だ。
私に悪魔的な選択を迫ってくる。

『村の人々か、私を助けてくれたおねえちゃんか』

私にそのどちらかしか選ばせてくれない。

おねえちゃんのことは好き。大好き。
……でも、そっちを選んだら私の今までがすべてなくなる。

過去も未来も全部含めて。

(ごめんね……わたし、今から本当の人殺しになるよ)

大好きな人を手にかける。
それは今までの殺しとはまったくの別物。
罪の重さも、心の負担も、
まったく違うもの。
私は今からその大罪を、行わなければならない。

私がすることはただ一つ。
あそこのボタンを押すことだけ。

私は手に力を込める。

痛みを忘れろ…
痛みを消し去れ…
意識を集中して…集中して…
すべてを力に……
吸い上げろ!!

手が光り出した瞬間、幻獣が現出する。


なに!? 幻獣だと!?
お前ら仕留めろ!!


男は驚きの声を挙げながらも、私を殺そうと指示を出す。
四方八方から投擲されるナイフの群れ。
あれを全部食らったら、さすがの私も生きてはいられまい。

(……だけど、まだ私は死ねないんだ!)

幻獣が一際輝くと、私の周りを障壁のようなものが張り巡らされ、投擲されたナイフすべてをはじき返した。
それは、あの幻術士のババアが使っていた忌々しい術。
私はそれを真似たのだ。

私はその隙に体の中に溜まったエーテルを魔力へと還元し、体を癒す。
幾分動かせるようになった私は、一気に「箱」まで飛びのいた。

これもあのババアの術。
なんだ、やってみると簡単だ。

私は一つ深呼吸をしておねえちゃんをみる。

おねえちゃんと会えるのはこれが最後。
もしうまれかわれるならば、わたしはおねえちゃんの妹になりたかったな。

ごめん……ごめんね……ごめんなさい……ごめ……んなさい……

私は今更ながら自分で感じていた。
頬を伝う生温い感覚。
流れる涙が溢れて止まらないことに。
別れがこんなにも悲しいことに。
たった一日二日あっただけのこと。
たったのそれが、
自分にとってこんなにも大きかったことに。


やばいっ!!
何処でもいいから物陰に隠れろ!!


緑色の服の男がそう叫ぶと、おねえちゃんを抱きかかえて物陰に隠れようとする。
ちゃんと隠れるまで待ってあげていたいところだけれど、そこだと多分意味が無い。

下手に助かって激痛を味わって死ぬのなら、いっそひと思いに死んだ方が100倍いい。
だって、その方が苦しまなくて済むのだから。

私は目を閉じて、ひとつ深呼吸をする。


バイバイ……おねえちゃん……


そして、心をすべて空っぽにして、ゆっくりと箱のボタンを押した。