FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第六十六話 「迷いと戸惑い」

ちっ……久々だったがやっぱり慣れねえな。
しかも、まさかここかよ。

後ろを振り返りながら上を見上げる。
そこには立派に装飾された大きな結晶体が淡い光を放ちながらそびえたっていた。
さすがは都市中心のエーテライト。
広場として綺麗に整備されていて、サハギン族の奴らのところとは全く違う。
まあサハギン族の奴らのアレはそもそもの目的が違うが。

 

ここリムサ・ロミンサに入るのも随分と久しぶりだ。
見知った顔の奴に会わないために俺はあえて近寄ることはなかった。

変わらねえなぁ……ここは。

ゆっくりと立ち上がり周囲を見渡す。
普段は賑わっているであろう広場に人影は少ない。
どうやら計画はうまくいっているようだ。

レッドルースター農場の襲撃は多分失敗に終わっただろう。
クジャタの奴も俺の笛無しではもう戦うことすらできなかっただろうし、コボルド族も機をみて逃げ出しそうな雰囲気だった。
何よりも、冒険者共の参加が誤算中の誤算だ。
他の国の動乱と歩調を合わせたつもりだったが、ここまで早く冒険者達が戻ってきているとは思わなかった。

まさかタイタンまで抑え込まれるとはな。
少し仕込みが足りなかったか。

熟練冒険者が戻ってきていたとはいえ、そいつらで抑え込める程度だったとすれば、召喚強度が弱かったことの表れだ。
サハギン族とは違って人を祝福させないコボルド族では「信仰心」が足りなかったのかもしれない。

(だが、こっちは作戦通りには進んでいるようだ)

ここからでは西ラノシアやモラビー造船廠の作戦が成功したかどうかは知ることはできないが、ここまでリムサ・ロミンサの警備が薄くなっていることを考えれば、計画通りではある。

(しょうがねえ、様子を見に行くか)

もし滞りなく「箱」が設置されているのであれば、私もここから逃げなければ爆発に巻き込まれてしまう。
だが思っていたよりもリムサ・ロミンサ側の対応が早いことを考えると、この先も何が起こるか予想ができない。
多少のことであればアイツ一人で対処は可能だとは思うが、今回の作戦の一番の胆である「ミズンマストの爆破」は是が非でも成功させなければならない。

俺は冒険者を装いながら、指定ポイントへと向かった。


~~~~~~~~~~~~~~~


あぶねえあぶねえ、やっぱり来てよかったな。
世の中にゃ完全ってことはあり得ねえと。
だが、もうクライマックスだったか。
飼い主として、アイツの雄姿を見届けてやるか。
命一個ぐらい、お前に付き合ってやるよ。


ガキは双剣士ギルドのメンバーに囲まれている。
体にはナイフが刺さったような傷が無数にあるが、幻獣に自分を守らせしっかりと立ち箱に手をかけていた。

ん?

ガキは涙で顔を濡らしている。
視線の先を見ると、そこにはイエロージャケットの女がいた。
イエロージャケットの女もまた顔をくしゃくしゃにしながら、必死に叫んでいる。

まさか知り合いか?
まずいな……アイツ躊躇するんじゃ。

そう思い自分も箱の方へ駆け寄ろうとしたとき、覚悟を決めたのかガキが目を伏せて箱のボタンを押す姿が見えた。

くっ!!

咄嗟に衝撃に備えるよう体を縮こませる。
まさか一日に二度死ぬことになるとは思わなかった。
まあこの爆発に巻き込まれたら一瞬で死ぬだろうから、楽ではあるのだが。

………あれ?

いくら時間がたっても変化が無い。
ひょっとしてもう死んじまったんじゃないかと思い目を開けたが、先ほどと変わらない光景が広がっていた。
不審に思い箱の方を見てみると、ガキは驚いた表情をしながら必死にボタンを押している。
しかし何度押しても「箱」はうんともすんとも言わなかった。

くそっ! 不良品かよ!!

爆発しないことに気が付いた双剣士達が物陰から姿を現し、ガキの周りを包囲し始めた。
ガキは箱から離れながら後ろに後退するが、その先にあるのは高さの無い岸壁の端だ。
一点突破以外の逃げ場所は無いが、双剣士の包囲網は突破できないだろう。
場所的なことを考えても、今回ばかりは「死して逃げる」ことはできそうになかった。


たく、しょうがねえな。


腰から笛を取り出して口にくわえると、俺は大きく息を吹いた。
使役する獣共はレッドルースター農場の近くに待機させていた。
そこから遠く離れるここからの音を奴らが気が付くことができるかどうかいささか不安ではあったが、今は信じることしかできないだろう。

俺はガキに目を奪われている双剣士の奴らの背後に回り、機をうかがう。
するとガキは俺の存在に気が付いたのか、一度こちらを見るとすぐに視線を元に戻し、幻獣を盾に守りを固めた。

双剣士ギルドの一人の男がガキに向かって何かを話している。
どうやらアイツが双剣士ギルドのギルドマスターのようだ。
ふとその隣に立っていたミコッテの女が、俺の気配に気が付いたのかこちらを振り向いた。
私は咄嗟に身を隠したが、気が付かれてしまったかもしれない。

(かえって都合がいいかもしれねえな)

気配を消しているものを特定するのは難しい。
だが、気配が感じ取れないのならば、逆に誘い込めばいいだけだ。
そもそも、俺の目的は見つからないことではない。
逃げることだ。

アイツらのすばしっこさを考えれば、動かれる前に拘束しなければならない。剣や槍では躱されてしまうだろうし、弓術士や呪術師では対象を捕らえてからの予備動作が必要。

(だが、俺の武器はちがうんだなぁ)

俺は息をひそめながらわずかに聞こえてくる足音に集中する。

あと5歩……あと4歩……あと3歩……

腰につけていた「鞭」に手をかけ、振るう準備をする。
わざわざ敵の前に身をさらす必要はない。
俺の目的は「拘束」。

リーチが長く、360度自在に動く鞭の軌道から逃れることはできないだろう。

あと2歩……あと1歩…………

いまだっ!

姿をさらすことなく、物陰から繰り出される鞭は、確実に双剣士の女の体に巻き付いた。
まるで縄でグルグル巻きにされているように腕ごと拘束された女はなんの反撃もできない。
逃げようと抵抗する女を強引に引き寄せて、首を腕で締め上げる。
そして女の腰にある一本のナイフを手に取って、女の胸に押し当てた。

 

おっと! この女の命が惜しくば動くんじゃねえぞ?

仲間の一人が捕らえられ、一瞬私から目を離した双剣士ギルド達の隙をついて一気に魔力を幻獣に注ぎ込む。
そして突然響く「パンッ!」という破裂音に混乱する双剣士ギルドの脇をすり抜けるように走り出し
そして難なく黒い入れ墨の男の後ろにたどり着き、構えをとる。

(おねえちゃんはっ!?)

混乱の中で体勢を整え直す双剣士ギルドの中から、おねえちゃんの姿を探す。

(いたっ!)

おねえちゃんは気を失っているのか、ぐったりとした様子で双剣士ギルドの男に抱きかかえられている。
私は何もしていないし、暴れないよう当て身をあてられてのだろうか。
私としてはその方がかえって安全なのでホッと胸をなでおろす。

再び幻獣を現出させて、戦いの構えをとる私に対して黒い入れ墨の男は、


ここは俺が引き受ける。
お前はアジトに戻って代理に報告してこい。

『花火は湿気ていた』ってな。

(珍しいこともあるもんだ)

いつも私にやらせてばっかりの男の口から出るセリフとは思えない。
人質をとったとはいえ、この状況をどうやって切り抜けるつもりかは分からない。
ただ基本的にリスクを侵さない男だけに、何かしらの奥の手を持っているのだろう。


……わかったけど、一人で大丈夫なの?

はっ! ガキンチョのお前に心配されるたぁ、いよいよ俺も焼きが回ったな。
心配無用! そもそも俺らはそういう関係のはずだ。
あとな……俺もあの冒険者に会ったぜ?
どうやらうちの間抜けの後をつけていたらしい。
もしかしたら「アジト」を嗅ぎつけられるかもしれねぇ。
そうそうに排除にむかえ。


冒険者の男……。
やはりあの男は私と同じなのだろうか。
なんにせよ、もう一度殺してみればわかることだ。

私は小さく頷いて幻獣を霧散させた後、周囲を一度確認して建物の影に入りながら逃げた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


おねえちゃんの無事を祈りながら、私はリムサ・ロミンサの街中を慎重に駆け抜ける。
警備が少し戻ってきているのか、先ほどに比べると街中が随分と慌ただしい。
警備で駆け回る黄色い制服連中の姿を追ってみると、どうやら不審者を見つけては容赦なく尋問をしているようだ。

(逆に怪しまれるか……)

私は着ていた血だらけのローブを脱ぎ捨て、家の外に干されていた服を拝借する。
片目を隠すように包帯を巻いて、あたかも町人であることを装いながら街の中心を堂々と歩く。
子供であるが故なのか、黄色い制服連中は私を見るものの声を掛けてくることはない。

(ちょっと情報が欲しいかな……)

私は冒険者ギルドの前でワイワイと話し込んでいる冒険者の集団に声を掛け、今のリムサ・ロミンサの状況を聞いてみることにした。
冒険者は話しかけられたのが子供である私だったことにビックリしながらも、特に不審がることもなく状況を教えてくれる。
無警戒なところを見ると、どこかから応援で駆けつけた者達なのだろう。

(なんだ、作戦はどこも失敗してるのか)

冒険者の話によると、スウィフトパーチ襲撃は同集落内にある宿屋に宿泊していた冒険者によって足止めされ、ドードーの処理の終わったイエロージャケットたちと合流を果たすと一気に押し返したらしい。
カイバレーの方は初めの勢いこそ凄かったものの、思いのほかサハギン族の侵攻が弱くしばらく膠着状態が続いていたが、黒渦団の艦隊が先行していた海賊団の船と合流すると、見事な艦隊運動により周辺海域にいたサハギン族および海蛇の舌の一団は一掃され、沿岸からの艦砲射撃によりサハギン族の前線は壊滅。
それ以降小規模な衝突は行われるものの、お互いに睨み合いが続いているとのことだった。

モラビー造船廠の情報はまだ入っていないようだったが、黒い入れ墨の男がここにいたってことはレッドルースター農場の襲撃は成功したんだろう。

(劣勢ってことかな)

バイルブランド島全土を巻き込んだ一大作戦は、万全を期したはずなのに次々と失敗に終わっている。
それは相手を舐めすぎていた結果なのかもしれない。
独立独歩が強くまとまりのないリムサ・ロミンサは、各所に戦力をばらけさせれば取るに足らないと予想していた。
しかしリムサ・ロミンサの危機と分かった途端に各所の連携が強化され、一体となって襲撃鎮圧に動いた。

あそこであの「箱」が爆破していれば、状況は一変していたのかもしれないけど。
おねえちゃんを殺してしまうことにならなかったことにホッとする。
あれは私のミスではない。「箱」の組み立てに失敗した海賊連中の失態だ。

(おねえちゃん……大丈夫かな)

人質を取ったにせよ、一人で複数の双剣士を相手にするのは無理がある。
例え奥の手があったとしても、あの男だからこそ正面からやり合うこはしないだろう。
殺し殺されの仲である双剣士ではあるけれど、今回ばかりはおねえちゃんをあの男から守ってほしいと心から願った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~

リムサ・ロミンサを脱出した私は暗闇に紛れるようにアジトへと向かう。
道中ではたくさんの人がリムサ・ロミンサへと戻っていく姿があった

(???)

アジトのある方面から流れてくることを考えると、ひょっとしたらスカイバレーでの作戦も失敗したのかもしれない。
ながらく鎖に繋がれ、囚われていた私だけど、なにか状況が一変するかもしれない。
海蛇の舌が潰れてしまえば、私を縛る鎖は無くなる。
アジトの状況次第では、今まで研ぎ続けてきた牙を振るう絶好のチャンスとなるかもしれない。

(まだ召喚士としては覚醒できてないけどね)

久しぶりに気分が高揚している。
なにせあきらめていた「希望」が突然降ってわいたのだ。
胸が躍るように鼓動を速めている。


(アンリ……アンリ、アンリッ!)


自分に向かって叫んだおねえちゃんの声を思い出す。
一年以上、人の口から聞くことの無かった自分の名前。
おねえちゃんに名前を教えたはずはないけど、囚われた私のことを調べてくれていたことに胸が躍り、思わず自分の名前を何度も口ずさんだ。
たかだか「名前」ではあるけど、大好きな人から名前を呼ばれてにやけてしまう。
私は自分の顔を思わず両手で挟み、グニグニと揉んだ。

笑うことなんか忘れていたと思ってた。
嬉しいと思う感情もどこかに捨てたと思っていた。
私のことを気に掛けてくれる人なんて、
いないと思っていた。

ハッ ハッ ハハッ!

私は息を切らしながらも、うれしさを押さえることができずにピョンピョンと飛び跳ねる。

ふふ・・・くふふ・・・ふふっ!!

ニヤニヤが止まらない口元を押さえながら、ステップを刻むようにアジトへと向かった。

 

黒い入れ墨の男が落ちていた崖下を見ながら、私たちは呆然とする。


悪夢は続く…だと?
どういうことだ?


ウィズンルーンは怪訝な表情で呟いた。
悪い胸騒ぎがする。
死を前にしてあの男は怯むことが無かった。
それは、ちょっと前の自分と同じ。
自分の人生が終わることへの執着の無さには、必ず理由があるはずだ。

(考えたくはないが……)

あの男も同じ、星の海に輝く光の一粒。
ハイデリンによって「光の加護を受け」人の手によって闇に落ちた者。

そう考える方が、今の自分にとっては自然のように思えた。


しかし、まさかお前がここにいるとはな。


崖下に向けられていた視線をこちらに向け、ウィズンルーンは腕を組みながら私のことをまじまじと見ている。

(ひょっとして私が監禁状態から逃げ出したことを知っているのだろうか)

私は少し言葉を濁しながらも、不審者を見つけたから後をつけたら崖の上でクジャタを操っているらしい男を見つけた。
笛を奪おうと飛びかかったが、あと一歩のところで避けられて逆に拘束されてしまっていたことを説明した。


ああ、だからか。


ウィズンルーンはどこか納得のいったような表情をしながら、私に話を始める。


いやな、あそこで戦っている時に石が飛んできてな。
俺の目のあたりに思いっきり頭に当たったんだよ。
何事かと思って上を向いたら、変な男が丘の上にいることに気が付いてな。
その時丁度「猟犬同盟」のやつらが応援にかけつけたから、隊の一部を割いてこっちに回ってきたんだ。

まさか今回の襲撃の首謀者がここにいるとは。
偶然かもしれねえが、お手柄だな!

ハハハッ!
と笑って私の背中をバンバンッと叩いてくる。
私はその衝撃で崖下に落ちそうになるのを何とかこらえながら、下の方に戻らなくていいのかと問いかける。


大丈夫だ。
猟犬同盟の、しかもとびっきりの戦闘狂が来ているからな。
邪魔しちゃかえってマイナスにしかならねえよ。
しかも、クジャタの奴ももう終わりだろ。


私はウィズルーンの視線を追うように、レッドルースター農場を眺め見る。
加勢に加わった猟犬同盟によってコボルド族は次々と討ち果たされている。
特に奇声を上げながら小さなからで斧をブンブンと振り回しているララフェルの少女の活躍は目覚ましく、まだまだ物足りないとばかりに逃げるコボルドを追っかけまわしていた。
男の笛の拘束から逃れたクジャタは、体中から血を吹き出しながらその場に倒れ、わずかに体を動かしながらももう動くことすらできないようであった。

なんとか凌ぎきったな……
さて、他んところの状況が気になるな。
お前、何か知ってるか?


私はウィズンルーンにモラビー造船廠襲撃の話をする。
一時は海賊連中に追い込まれたが、あとから駆けつけた黒渦団と造船師たちが反撃に出ているはずだと伝えた。


ふむ……
お前はモラビー造船廠から来たんだな。


と、ウィズンルーンは私の話を聞きつつ小さく頷いた。


そうだ……
思い返せば私はこの国にとってのお尋ね者。
この男は会話の中かから私の動向について探っているのだろう。
警戒を強める私の気配を感じ取ったのか、


まてまて!
さっきも言ったが俺はお前のことを疑っちゃいねえぜ?
むしろ今回のことでいえば首謀者を見つけるきっかけを作ってくれた立役者でもある。まさかクジャタが操られていたなんて、お前がいなけりゃわからなかったことだしな。
これが収まったら俺が上の奴らに掛け合ってやるから心配はするな。
下も大分片付いたようだから、俺らも戻るか。
お前ははどうする?
俺らと行動を共にするかい?
その方が安全だとは思うがな。


私はウィズンルーンの提案に少し悩む。
確かに双剣士ギルドのギルドマスターであるウィズンルーンのもとに身を寄せていれば、当面の安全は確保できるかもしれない。
しかし、このまま退いては何の解決にもならない。
そう思えて仕方がなかった。

『悪夢は続く…』

男が遺した言葉がずっと胸に引っかかり続けていた。


あっ!!

突然一人の斧術士の男が声を上げ、レッドルースター農場の方へと坂を駆け下りていく。私とウィズンルーンは何事かと思い見てみると、建物から少年がクジャタに向かって駆けよっていく姿が目に入った。


馬鹿野郎っ!
まだコボルド共がいるってのにっ!!


ウィズンルーンも慌てて坂を滑り落ちるように降りていく。
私もまた少年に一言伝えなければならないと思い、ウィズンルーンの後を追いかけた。


クジャタ!
しっかりしてクジャタ!!


少年はクジャタの顔にしがみついて、必死に弱ったクジャタに呼びかけている。目からは涙が溢れだし、喉が枯れるほどの声を張り上げて叫んでいた。


おい! あぶないぞ!!


斧術士の男が少年をクジャタから引き離そうとするが、少年は逃げるようにクジャタの影に隠れる。


クジャタは悪くないよ!
悪いのは僕たち人間だ!!
なのにこんな……こんな!!


対応に苦慮する斧術士の男を制しながら、代わりに少年に呼びかけた。

確かにクジャタは何も悪くない。
クジャタは人間に操られていた。
戦いの道具として、利用されていただけなんだ。
今はもうその呪縛から解放されている。

クジャタは森の守り神としての、
人とコボルドを執成す「調停者」としての尊厳を取り戻したんだ。


私は少年に向かってそう話しながら、私もまたクジャタに近づきその巨体に手を触れる。
クジャタの目を見ると、これまでに見せていた獰猛な獣の目ではなく、集落跡で会った時の悲哀に満ちた目でもない。
すべてを守るような、慈愛に満ちた目をしていた。

少年もまたゆっくりとこちらに近づき、私と共にクジャタを見る。

オォォォ…

クジャタは小さく嘶くと、満身創痍で動くことすら厳しい体をゆっくりと起こし、立ち上がろうとする。
それに反応したイエロージャケット達と冒険者が取り囲むが、

手を出すなっ!!

ウィズンルーンが制す。
クジャタはよろよろとした感じで何とか立ち上がると、しばらく少年の顔をみたまま動きを止める。
そして最後の力を振り絞るように大きく咆哮をあげると、ゆっくりと、ゆっくりとした足取りで、森のある方へと歩き始めた。

そのクジャタの後を追うように、物陰から様子を伺っていたコボルド族達も引いていった。
あの傷では、さすがのクジャタの命も長くはない。
しかし自分の死にざまを、信じ続けてくれた少年に見せたくはなかったのだろう。
クジャタは最後の命の灯を燃やすように雄々しい姿を見せている。
少年は涙を流しながらその後姿をジッと見送り呟いた。


ごめん、ごめんなさい。
せっかく僕たちを守ってくれていたのに…
僕たちは苦しむクジャタに気が付いてあげられなかった。

悲しかったよね…

辛かったよね…

でも、僕は誓うよ。
今はまだ子供だけど、いっぱい修行していつかクジャタが守り続けてきた山を守るために戻ってくる。

だから……安心して眠ってね!

目からボロボロと大粒の涙をこぼしながら、少年は去り行くクジャタに叫ぶ。
クジャタはその少年の言葉に答えるように、

オオオオォォォッ!

と高らかにいなないた