FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第六十九話 「命の再会」

すべてを白にと染め上げる閃光は、次第に収まっていく。
しかし光の集束と入れ替わるように、すべてを飲みこもうとするような「恐怖」が体にまとわりついた。
力を奪われる感覚。いや、そんな生易しいものではない。
存在そのものが飲みこまれそうなほどの強大な力が、片目の少女を守るように顕現している。
少女を取り囲んでいた異形の人型はいない。
少女はうつろな目で何もない空を見上げながら、ただただ泣いていた。

・・・なさい・・・・
ごめ・・・・ん・・・・・さい・・・

誰かに謝罪するように、何かに懺悔するように。
大粒の涙で顔をグシャグシャに濡らしながら、まるで子供である自分を取り戻したかのように、尽きることの無い悲しみに嗚咽を上げる。
その光景をみて、私たちは誰一人として声も上げることができない。

私は意を決して少女のもとへと近寄る。
ウィズンルーンは私のことを止めようとするが、私は背負っていた斧をウィズンルーンに渡し「他の人型の方をたのむ」と言って、少しずつゆっくりと歩み始めた。

多分だが、先ほど少女のもとに群がった異形の人型は、少女が暮らしていた村の住人だったのだろう。
かすかに聞こえた、

(アンリ)

という名前のようなもの。
少女はその言葉を聞いた瞬間、弾けるように光に包まれたのだ。

私の接近にも少女は動かない。
周りのことなんて目に入っていないのだろう。
そんな少女になんて声をかけようかと思案していると、

アンリ!!

と、少女の名が洞窟内に響き渡る。
声のする方を見てみると、そこにはイエロージャケットの女がこちらに駆け寄ってきていた。
どうやら黒渦団の本隊が到着したようだ。
黒渦団の他に巴術士ギルドでであったマスター他メンバーと、双剣士の面々もまた駆けつけていた。
巴術士ギルドのメンバーはみな薬の入った瓶を持ち、襲い掛かってくる異形の人型に中身を浴びせかけると、異形の人型たちは苦しみだしてその場に溶けた。
一方の双剣士ギルドは、ジャックの指示により海蛇の舌の残党がいないか探しに散開していった。

イエロージャケットの女が少女のもとに駆け寄ると、その体を抱きしめて声をかける。
紡がれる言葉は「謝罪」の言葉。
しかし、それでも少女は女を見ることなく、相変わらず空に向かって涙を流していた。

突然、頭に酷い頭痛が襲う。

こ……この感覚は!?

根こそぎ意識を奪いに来るような感覚。
それは、アンホーリーエアーで妖異の化け物と対峙した時に襲われた者と同じ。
まるで私の中にいる知らない自我が体と意識を乗っ取りに来ているような感覚に、思わず膝をつく。
明滅する視界の中で、泣いていた少女が取り乱したように暴れている姿を見ながら「ブツッ」という音共に無情にも意識が切断された。

 

 


夢を見ている。
それは、誰のものなのかわからない夢。
まるで紙芝居のようにパラパラと、
断片的な記憶が連なり、
一つの物語を紡いでいく。

私はそれをただの傍観者として、
二人の人生を俯瞰で眺めていた。

一人は親に捨てられた赤ん坊。
「悪魔の子」を生んだと気味悪がれ、村から追い出された母親は、落ちのびるように長い旅をした。しかしその道中に魔物に襲われた母親は、赤ん坊を遺して魔物と共にその身を谷へと投げた。

もう一人は自分の子供を殺しかけた母親。
自制が効かなくなるほど狂ってしまった自分に恐怖を覚えた母親は、一人逃げるように海都を離れていった。
呆然としながら故郷を目指した母親は、隠すように捨てられていた赤ん坊を手に取り、2人の子供の代わりとして自分の子供として故郷に連れ帰った。

故郷の村で仮初の親子関係を演じながら、幸せに過ごす母親と捨て子。
しかし捨て子が「召喚士」としての資質を持つことがわかると、母親は子孫の末裔として力を持つことができなかったことへの嫉妬から、再び子供に辛く当たろうとしてしまう。

結局、何一つ変わることのできなかったことに絶望した母親は、
自分のすべてから逃げるように、

自らの命を絶って死んでいった。


ふと目を覚ますと、激痛で思わず声をあげてしまう。
体をビリビリとした強い力で痛めつけられて、気が狂うほどの痛みで再び意識が飛びそうになる。

(な……なにがおこっている!?)

歯を食いしばりながらなんとか状況の把握に努めると、私はどうやら片目の少女とイエロージャケットの女を抱きながら、何かから二人を守っているようだった。

一際大きな咆哮が上がったかと思うと、巨躯の魔物がこちらを襲ってきている。
ヤ・シュトラをはじめとし、巴術士達による防御魔法により体は包まれているものの、魔物の一撃はいともたやすくその術壁を引き裂いていく。

一撃で絶命するほどの強い力。
それでも、痛みだけは伝えてくるものの体は傷つかない。
あまりにも痛みが強く気が付くのに時間はかかったが、まるで地面からエーテルを吸い上げているかの如く体に力がみなぎってくる。
魔物の攻撃と自分の回復が拮抗する中で、私は二人を守るようにさらに深く抱きしめた。

片目の少女は気を失っているのか、目を閉じたまま動かない。そしてその少女を抱くように、イエロージャケットの女が強く抱きしめていた。
その光景はまるで、妹を守る姉のようでもあった。

(何か打開策はないか!)

いくら自分に不思議な力が宿っているとはいえ、このままではいずれやられてしまう。

なぜこの魔物はこちらだけを狙っているのか。
黒渦団も、斧術士ギルドも、イエロージャケットも、双剣士ギルドも、そして冒険者達も。
みなその魔物に斬ってかかるがまるで効かない。

標的は自分?
いやそうじゃない。
こいつは片目の少女を、自分を使役していた主のことを、呼び出されたこの「召喚獣」は片目の少女を食い殺そうとしているのだ。

くっ・・・・!
主であるこの少女が目覚めさえすれば、事態は変わるかもしれない。

一縷の望みをかけて、私は未だに襲い続ける痛みをぐっと飲みこみながら、

「アンリッ!! アンリッ!!」

と名前で呼びかける。
私が少女の名前を呼ぶ声にイエロージャケットの女は私の顔をハッとした表情で見ると、すぐに少女に向き直って

アンリッ! 起きなさいアンリッ!

と呼びかけ始めた。
すると、二人の呼びかけに反応するように、温かな光が体の周りを包み始める。その光は少女から湧き上がるように広がっていく。

そしてふと目を覚ました少女は、片目の少女ではない。
自分の体を抱きしめるイエロージャケットの女の手を優しく触り、


もう大丈夫だから……ありがとう。


と言ってゆっくりと立ち上がった。
先ほどまで感じていた痛みはもう感じない。
少女から湧き上がるエーテルと、私に流れ込んでくるエーテルが混ざり合うように呼応し合い、ドームのような形をした青色の強力な防壁が展開していた。


ハイデリンの子よ。
ちょっと力を貸してくれるかしら。


まるで母親のような口調で少女がほほ笑む。
私は頷くと、少女が差し出した手を取る。
途端「ドンッ!」という強い衝動と共に、私の身に流れ込んでいたエーテルが一気に少女に向かって流れていく。
急速に失っていく力を感じながらも、不思議と心地よさで包まれている。圧倒的なエーテルの奔流に魔物は怯えるように後退するが、少女は首を横に振りながら。


去りなさい……世を分つものよ。


そう呟くと、手から放たれた強い光が魔物を一瞬にして消し飛ばした。
強い閃光がはしった後、その場に残っていたのは片目の少女が使役する幻獣の姿だった。
よろよろとした足取りで少女のもとにたどり着き、力尽きた様にその身を少女に預けた。
少女はその幻獣の体を優しくなでながら、


あなたも必死に戦ってくれていたのよね。
ごめんなさい。気がついてあげられなくて。
でももう大丈夫。おつかれさまね。


そう優しく語り掛けると「キュキュッ」と嬉しそうに嘶いた幻獣は「パリンッ」という音を立ててはじけて消えた。
消えてしまった幻獣を撫でていた手を悲しそうに見つめながら、


ごめんなさい……本当に……ごめん……なさ……い。


そう呟くと、ふっ少女を包んでいた光が消えたかとおもうと、トサッという軽い音と共に少女の体は地面に崩れ落ちた。

 

団長室を出ると、そこには私を取り囲むように海蛇の舌の団員が取り囲んでいた。
見える限りの人数にして約30人程度。

(なんだ、こんなものか)

私はその数に少しがっかりしながらも、手に力を集中して幻獣を現出させる。


なに! 魔導書もなしに!?
どういうことだ!!


突然現れた幻獣の姿に驚き、動揺する団員達。
私はそんな団員たちを面倒くさそうに一瞥しながら、


さて、始めようか。
殺し合いをね。


私は不敵に笑いながらそう告げると、ゆっくりと手を手前に突き出し、

殺せっ!

と幻獣に命じた。

 


私の命令に従順に突き従う幻獣は、爆発的な速度で団員たちの群れの中へと切り込んでいく。
その衝撃でところどころからあがる悲鳴を聞きながら、私もまた短剣を手にその混乱の中へと向かっていった。

実は魔導書なしで幻獣の現出が可能となって以来、私はその「使役」という呪縛から逃れることができた。
一旦指示さえ与えてしまえば、あとはあいつは勝手に動き回る。
だから、私は私で自由に動くことができるようになったのだ。

(まずは面倒な弓持ちから!)

私はその混乱から距離を取りながらこちらを狙う弓持ちへと向かって走った。
混乱する塊を背にするように位置取りをして、一気に加速して弓持ちへと肉迫する。
慌てながらもこちらに放たれた矢は、風切り音だけを残して私の頬をかすめていく。
そしてうしろから「ギャッ」とひびく悲鳴を聞きながら、再び弓を構えようとする弓使いの首元を掻っ捌いた。
「ぶしゃぁぁっ」という血しぶきをあげながら、膝を折り地面へと倒れていく。
私はその生暖かい血を浴びながら、また新たに標的を定めて飛びかかっていった。

結局、祝福を受けていない純粋な海蛇の舌の団員なんてこんなものだ。
明確な主義主張もなく、ただただ自分の好き勝手に人を貶める。
だから統率もなく、一度混乱させてしまえばただのシープの群れと変わらない。
本当はもっともっと苦しませてあげたかったけれど、

(それは団長代理に代表してもらおう)

私は浴びた血を袖で拭いながら、あちこちで右往左往する団員の中から団長代理の姿を探す。

(いた!)

団長代理は戦いを避けるようにこそこそとどこかへ向かおうとしている姿を見つけた。
私はそれでも襲ってくる頭の悪い団員の攻撃を避けながら、一直線に団長代理のもとへと駆けた。

!!!?

突然私の行く手を遮るように、小さな影が私を襲う。
私はその攻撃をかわしながら短剣を投げるが、流れるような動作で頭に向かっていたはずの短剣は弾かれてしまった。
団長代理の姿を確認しながらすこし距離をとろうと後退するが、相手はそれを許さないと言った感じで攻撃の手をやめない。
体と同じくらいの大きさの大斧を自在に振り回しながら、加勢に駆けつけた男を「こいつは自分の獲物だ!」と制した。

(あのおじさんだ!)

加勢に駆けつけようとした男は、ウルダハで私たちが殺したはずの冒険者。
私と同じく「死ねない呪い」をかけられたであろう選ばれし「星の奴隷」だ。

役者は揃った……けど、まずアイツを何とかしないといけないのに!

邪魔をするなっ!!

と私は叫び、いつの間にか乱入者によって討ちはてられていた幻獣を再び素早く現出させる。
そして直線的にしか攻撃をしてこない邪魔くさいララフェルの女を一気に仕留めようとするが、すんでのところで少し後ろから見守っていた冒険者のおじさんによってララフェルの体は弾き飛ばされた。

(くそっ!)

私は改めてその二人から距離をとる。
そして新たに加勢に加わったのは全身鎧に身を包んだ斧術士。その男もまた今までの相手とは違う手練れだ。
ちょっとの油断が自身の敗北へと直結する。

私は大きく深呼吸をして今一度仕切り直す。
じりじりと間合いの読み合いをしながらにらみ合っている二人の斧術士の後ろに立っていた冒険者のおじさんは、何かに気がついたかのように駆け始めた。

(ひょっとして団長代理の方に向かった!?)

冒険者のおじさんが向かっていく方向は、団長代理が消えた方とほぼ一緒。一人逃げていった団長に不審を感じて向かっていったのだろう。

(足止めぐらいしてくれればいいんだけど、まずはこっちから片づけなきゃ!)

まずはこの二人の殲滅に意識を集中する。
眼鏡をかけた小賢しいララフェルはこちらを見てニヤニヤと笑っている。

狂気に捕らわれた目……

戦いの中に身を置くことでしか、自分の存在価値を得られない愚者。
でもそれは、今の自分とまるで合わせ鏡のよう。
多分私も自らの戦いに高揚し、目の前の女と同じように笑っているのだろう。

(もう少し温存したかったけど、出し惜しみはしてられないか!)

私は両手を広げ、体内にあるエーテルすべてを還元する勢いで力を発現させる。
そして、力の歪みに飲みこまれるかのように消えた幻獣に変わり、それまでとはまったく形の違う幻獣を顕現させた。

見たこともない形の獣に戸惑う斧術士の男。
だがララフェルの斧術士はそんなことはお構いなしに突進してくる。
こいつを使うと負担が大きいからあまり時間を掛けられない。
だから、このララフェルのように馬鹿正直に突っ込んできてくれる奴の方が相性がいい。
私は意識が逸れないように集中しながら、幻獣を使役する。
幻獣の放つ一撃は、いとも簡単にララフェルの斧術士の攻撃を体ごと弾き飛ばす。

これまでの幻獣と違い、新たに生み出した幻獣は手練れの二人を相手にしてもまだ余裕があるといったほどに強かった。
しかし幻獣が動くたびに、ごっそりと蓄積した魔力が削られていく。
もう一人の斧術士の男は必要に術者である私を狙いに来るが、私に攻撃が及ばないようよう、必ず幻獣が盾になるように位置取りには気を付けた。
そして私は攻撃をララフェルの斧術士に集中させる。
攻撃しつづけることでしか「守ること」を知らないこいつを攻撃していれば、必ず斧術士の男がフォローに回る。
思っていた通りララフェルの女を襲うおそらく致命傷になるであろう攻撃は、ことごとく斧術士の男によって防がれる。

攻撃はララフェルの女、防御は斧術士の男といった感じで見事な連携がとられていた。

しかし、それは致命傷になる。

ララフェルの斧術士の向こう見ずな攻撃のおかげで、防御に回る斧術士の男は幻獣の攻撃を受けてどんどんと疲弊していく。

幻獣の攻撃がララフェルの斧術士にあたるのが先か。

幻獣の攻撃に耐えかねて斧術士の男が倒れるのが先か。

私の魔力供給が尽きるのが先か。

ギリギリの戦いに身を置きながらも、感じたことの無いほどに体がゾクゾクと湧き上がっている。
今まで幾度となく体験したはずの命の駆け引き。

それなのに、今は少しでも長くこの感覚を味わっていたいと心の奥から気持ちが湧き上がっている。

ハハッ ハハハハッ!

思わず笑い声をあげながら、私は一切の手を緩めることなく、今できるすべての魔力を幻獣に注ぎこむ。
しかしいつしかじりじりと力の均衡は破れ初め、狂気に笑っていたララフェルの斧術士の顔はいつしかくやしさで歪んでいる。
斧術士の男も既にボロボロで、未だ立ち続けられていることの方が不思議なくらい疲弊していた。

なんだ、もう終わりか。
なら、そろそろ終わりにしようかな。

何故なのかはわからないが、私の体に流れ込むエーテル量がまったく衰えない。まるで大地から吸い上げているかのように、無尽蔵に体に流れ込んでくるのだ。

私は余裕の表情を浮かべながら、楽しませてくれた二人にはせめて死の苦しみを与えないよう一撃で仕留めようと、ありったけの魔力を溜め込む。

しかし、誰かの叫び声と共にまるでノイズのように突然頭の中に言葉のようなものが流れ込んできた。

助けて…お願い…殺して…

その瞬間、私の心臓がドクンと跳ね上がった。

(あ……あ…あ……)

溜め込んだ魔力は行き場を失い一気に霧散する。
声の響くほうを私はこわごわとみる。

ひたひた…ひたひた…と

人ではない何かが這い上がってくる音が聞こえてくる。

頭に強制的に響いてくる声は、どんどんとその数を増していく。

殺してくれ…
助けて…
もう嫌だ……
死にたい…
こんなのもう嫌だ…

悲鳴にも似た感情の渦。
それは数重の数となって私の頭に一気に流れ込んでくる。

(いや…来ないで!……なに…なんで私が!?)

その声なき声から逃げるように後ずさるが、押しつぶされるほどの恐怖に体が委縮して満足に動くことができない。

そして、地の底から這いあがるように姿を現した「人ならざる人型」は、呪言をまき散らしながら一人二人と姿を現し始めた。


酷い臭気を放ちながら、体中からタコや以下のような触手を何本も体からはやしている。
ところどころ魚の鱗のようにギラギラと光らせながらも、かろうじて服のようなものがこびりついているところを見ると、それは元々人であったことを伝えているようだった。

!!!?

そしてその内の一団が、私を見つけるとこちらに向かってズリスリと地面をする音を立てながら、ゆっくりと近寄ってくる。
私はその一団をみて思わず声を失った。

鱗の肌にこびりついている服の切れ端。

それは私がいた村の人々が来ていた伝統衣装。
決して他の地域の人達とは似つかない。
否定したくとも、決して否定することができない。

(っなんで…なんでみんながここに!)

再会を望んだはずの再会は、すべてが悪夢であってほしいほどの結末だった。
頭は今起こっているすべてを否定したくとも、現実を捕らえた目がそれを許さない。

いつしかその人型は私の周りを取り囲み、私よりも少し背の高いララフェルであったであろう化け物が声にならない声で確かに呟いた。

アンリ……助けて……

その瞬間、
私の頭の中はすべてを飲みこむほどの負の感情で満たされ、
ブツッっという音と共に意識が飛んだ。

 


暗い…

苦しい…

重い…

私がいるのは、たまに見るような夢の中。
失ったはずの肉体が、まるで蚕の繭のように、フワフワ浮いた魂にまとわりついてくる。


痛い…

辛い…

憎い…

でもいつもと違うのは、
たった一辺光すらも見えないということ

聞きたくもないのに、いつも私に問いかけてくるあの大きなクリスタルの塊の姿はどこににもない。
周りに浮かぶ、星のように輝く魂もどこにもいない。

闇に完全に閉ざされたここにあるのはたったの一つだけ。
それはまるで地獄の底から響く地鳴りのような、

苦しむ人々の言葉の渦だった。


ごめんなさい……
きっと私のせいだ……
ごめんなさい……

私は自分の体をぎゅっと抱きしめて、
小さく縮こまりながら泣き続けた。

耳を塞ごうが、何をしようが、
その声は私の肌すべてが耳となったかのように頭の中心に響き渡る。

村の人たちが魔獣にさせられていたこと。

それは受け入れたくない現実。
自分が捕まったばかりに、
村人を巻き込んでしまったという罪悪感。

自分助けている気でいた。
自分をさらった海賊たちからの辱めを受けても、
どんなに理不尽なことを強要されても、
自分の心を殺してさえいれば、
彼らを助けることができると思っていたのだから。

でも……

でもそれは間違いだった。

私が彼らに捕らえられた時点で、

すべてが終わっていたのだから。


痛い…

辛い…

憎い…


ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…


せめて差し出したいと願う命の塊さえも、私自身ではどうすることもできない。私の命の管理人たる大きなクリスタルは、今はもうないのだから。
永遠に続くような責め苦を浴びながら、私は黒よりも黒く、闇よりも深い空間の中で、ただひたすらに泣き続けるしかなかった。


キュキュッ

突然に、鳴き声と共に私の目の前に幻獣が現れた。
それは闇に灯った松明のように、どもまでも深い闇と思っていた空間をポッと照らし出した。

私、この子をだした覚えがないのに…

私を守り続けてきた幻獣は、私の声など関係ないかのようにいつものように私を守る。その健気な姿を見て私は、罪悪感で胸がいっぱいになってしまった。

ごめん……ゴメンね……

わたし……お前のこと……嫌いだった…

お前がいたから、私はこんな目にあってきたんだって…

だから、お前のことがすごく憎かった。

いっぱい残酷なこともしてきた……

ただの気まぐれで壊したり、助けることもせずに放置したりもした。

でも、今気が付いたよ。

わたしは……わたしをさらったあの海賊と、

おんなじ仕打ちをお前にぶつけていたんだね。


私は叫びながら、私の前に立つ幻獣に抱きしめた。
そして、自分が行ってきたことすべてを懺悔するように、
泣き叫び続けた。


幻獣に体温はない。
エーテルの塊である幻獣は、存在しないものかのようにその体は無機質である。でも、なぜか私はこの幻獣の中に魂の温かみを感じることができた。
あらんだ心が安らぐような柔らかい鼓動。
それはまるで、母親の腕の中にいるような安心感。
私に抱きつかれた幻獣は、嬉しそうにキュキュッっと声を上げながら、頬ずりするかのように顔を擦り付けてきた。

あれだけ響いていた呪言が、いまや遠くに聞こえている。

私は大好きな村の人を救えなかった。
苦しんでいることも知らず、誰一人として助けることができなかった。
でもそれは、

本当に私のせいだったのだろうか…


「目を背けるのか?」


空気を振動させるような重い声が、空間全体に響き渡る。
ずっと響いていた呪言をすべて一まとめにしたような音。
いまこの空間全体の声が一つに合わさり、救いを求めた私の心にしがみついてきた。

!!?

それまで闇しかないと思われた空間は、幻獣の輝きによりすこしだけ明るさをとりもどしている。
ほのかに照らされた闇の奥。私の目の前を覆いつくすように、一つの大きな顔のようなものが浮かび上がっていた。

「汝は自分の運命に目を背けるのか?」

一度軽くなった心が、再び見えない手によって握りつぶされる。

ううぅ……

私は胸を押さえて必死に耐える。

この声は聞いてはダメ……
この声に呑まれたきっと悪いことが起きる……
それは取り返しのつかない大きなことがっ

「汝は我ら側の者。人道から外れ、魔道に魅入られた末裔の子よ」

「既に運命の車輪は回り始めた。汝が否定しようとも決して逃れられぬ」

「心を堕とせ。その身を、その体ごと我に喰わせるのだ!」

たくさんの人の声が混ざり合い、それは衝撃となって私を襲う。
その衝撃から私を守るように、幻獣は私を守るように体を震わした。

バシュッ!!!

衝撃に立ちはだかった幻獣は、まるで風に飛ばされたぼろきれのように私の前に転がった。
体が弱々しく明滅している。
私を守ろうと体を張った幻獣は、たったの一撃でその命の灯を尽きようとしている。

ダメ…ダメッ!

この子はやっぱりいつもとは違う。
なにか魂にも似た何かを持っているのだ。

その魂が尽きようとしているかのように、存在が消えようとしている。
多分、今消えてしまったら、この子を二度と呼び出すことはできなくなるだろう。

私は思わず守るように幻獣に覆いかぶさった。
息も絶え絶えな様子の幻獣は、それでも闇の顔に向かっていこうと動く。

ダメだよっ!

私は必死に叫びながらその幻獣の体をきつく抱きしめた。

!?

ふと、幻獣の体を通して、なにか声のようなものが聞こえてくる。
それはここで聞こえる呪言ではない。

懐かしくもあり、そして確かに私を呼ぶ声だ。

…リ

あぁ……なんだかとても懐かしい。

……リ

私は声のする方にたどり着かなければならない。

……ンリ!

声のする方を見上げると、そこには小さな光の道ができていた。


「汝はこの世界に蛮神を作り出した悪魔の子。千をも越え、万に届くわれらの恨み、我らの憎しみを、その身をささげて世界を焼き尽くす器とせよ!」

再び闇が私を襲う。
もう私を守るべきものはいない。

届いて……

私は光の筋に手を伸ばす。

先ほどから私の名前を呼ぶ声はどんどんと力を増してきている。
光は加速度的に速度を早め、まるで放たれた矢のように私に向かってきている。

お願いだから届いて!

「おねえちゃん!!」
「アンリ!!」


私の指が光に触れた途端、一気に世界は黒から白へと書き換えられる。
目が潰れるかと思うほどのまばゆい光に照らされて、私の心に張り付いていた悪魔が引きはがされていく。

それとは別に私の周りに立ち上る幾筋の光の束。
その一つ一つは、まるで人の体温のような温かさで

「アンリ……ありがとう」

という言葉を遺して消えていった。