FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第四話 「休息」

冒険者ギルドに行くと、モモディ氏が笑顔で迎えてくれた。

「あら遅かったわね。サンクレッドから聞いているわ。大活躍だったらし・・・・随分と顔色が悪いわね・・・大丈夫?」

モモディ女史は心配そうに自分の顔を覗き込んでくる。「大丈夫だと答える」がモモディ女史は「なるほどね・・・と」呟きながらキッと私を睨んできた。

「ちょっとそこに座りなさい。」

先ほどの笑顔は何処へやら一転厳しい表情を私に向け近くに空いていたテーブル席に座るよう言った。モモディ女史は近くにいた給仕に何かを頼んだあと自分と反対側の椅子に座る。

(???)

しばらくの間無言でこちらを睨むモモディ氏と対峙する。

(・・・気まずい、非常に気まずい。)

ほどなくして給仕が持ってきたホットワインとクランペットが目の前に置かれた。

「当店自慢の看板メニューよ。出来立てだから冷めないうちに食べて。」

ホカホカと湯気を立てかぐわしい香りを放つ料理に私の目は釘付けになる。それでも突然のことで状況を呑み込めない私は食べることを躊躇する・・・・が、

「いいから、た・べ・な・さ・い!」

まるで子供を叱るような口調で語尾を強めるモモディ女史。たまらず私はクランペットをフォークで乱暴に刺し一気に頬張った。

!!!!!

バターの香ばしい香りが口の中いっぱいに広がる。程よく甘く味付けされた生地はふっくらとして柔らかく、噛むたびにたっぷりとかけられていたメープルシロップがじゅわっと染み出してくる。

(止まらない・・・止めることができない!!)

堰を切ったように私はクランペットをガツガツと貪り始めた。その姿は空腹に餓えた犬が久しぶりにありつけた餌に飛びついている光景とそれほど大差なかっただろう。作法も礼儀もなくただただ本能のままに喰らいついた。満足な咀嚼もせず口いっぱいに詰め込んだクランペットを強引に呑み込もうとしたが、当然喉に詰まる。むせる私の目の前にそっと差し出されたホットワインを掴み、ぐいっと口に含む。

!!!!!!!!

ホットワインを口に含んだ瞬間、それまで喉を詰まらせていた生地にじわっ染み込みあっという間にしゅわっと溶けた。このホットワイン・・・ただワインを温めたものではない。砂糖で甘く味付けされているうえ柑橘系の果物を一緒に煮立てているのか、赤ワインのどっしりとした力強い酸味とオレンジ系のさっぱりとした切れ味のよい酸味が合わさり絶妙なほど調和していた。また隠し味としてシナモンが入れられているのか、後からくるさわやかな香りが口を通って鼻から抜ける。

(うまい!!!!!)

かなりの量があったはずの料理はあっという間に私の腹の中へと消えていた。

満足感と、満腹感に満たされた私は「ふぅぅぅ〜〜〜〜」と大きく息を吐きだしながら、椅子の背もたれに深くもたれかかった。思い返してみればこんな料理を食べたのはいつぶりだろうか?いつも食べていたのは、固くてボソボソした粗末なパンや、味付けもなくただ焼いた肉や魚。そしてそこらへんに生えている食べられる草や木の実ばかり。この料理の食材の一つ一つは食べたことはあるのだが、きちんと調理されたものを食べるのは本当に久しぶりだ。しかも出来立てで味付けも極上。贅沢と思って口にしてこなかったが、ここの住人はこんなおいしいものをいつでも食べられるのか・・・遠い目をしながら感慨に浸る私を見て、

「お気に召したかしら?」

と、にやけた顔をしながらモモディ女史は質問してきた。幸福感に包まれ油断しきっていた私はガタっと居住まいを正し「おいしかった」と答えた。

「ここには冒険者だけでなく商人や観光客もたくさん食べに来るけど、あなたほどおいしそうに食べてくれた人は数えるほどしかいないかも。ここの自慢の料理だからそんなに喜んでもらえると、こっちとしても腕を振るった甲斐があるわ。」

そういいながらモモディ女史は私の顔についていた食べカスを払い取りながら、フフッと笑う。

(・・・・なんとも恥ずかしい。)

齢40歳近いおっさんが、女性の前でここまで恥を晒してしまうとは・・・

「さて・・・お腹もいっぱいになったことだろうし今度は私のお話を聞いてもらえるかしら?」

モモディ女史はコホンと軽く咳をして、真剣な目でこちらを見直す。私もその気迫に押されて改めて居住まいを正した。

「サンクレッドから話は聞いたけど、ちょっと無理し過ぎているんじゃない?あなたが何を焦っているのかは私にはわからない。でも無理を重ねたら元も子もないことはわかっているわよね。ただの雑用仕事だったらまだしも、冒険者のあなたが冒険中に倒れてしまったらそれは死に直結するの。」

あの時、サンクレッドに言われた言葉を思い出す。敵を退けた後ではあったものの、実際に倒れてしまった自分にとって耳が痛い。確かにあの後一人取り残された自分がどうなっていたかはわからない。

「休息はお金を払ってでもきちんと取りなさい。体が資本の冒険者にとって基本中の基本よ。

「備えあれば、憂いなし」

不利だと感じたら素直に引くぐらいの気持ちでいて欲しいのだけれど、冒険者である以上そうも言っていられないこともあるでしょう。もし無理を推してでも進まなければならないのなら、最低でもできる限りの備えを怠ってはいけないわ。そのためにもいかにうまく休養をとるかどうかも、冒険者に必要な資質の一つなのよ。」

モモディ氏の言葉が胸に刺さる。弱さから逃げ強さだけを求めた結果、私はまた大事なことを見失っていたのだ。

「負けるというのは負けないための準備を怠った結果でしかないの。でもたとえ勝てなくても命がある限り負けではないわ。死んだら負け。わかった?」

私は真剣な顔でうなずいた。

「よろしい! では、お説教はここまで! 実はね・・・・サンクレッドから宿を一室貸すように言われているの。」

そう言いながらモモディ氏は一つのカギを私に差し出した。あなたが妖異から守った女性はね、あなたが思っている以上にこのウルダハにとって重要な方なの。それこそ一食の食事と宿の提供ぐらいの礼では済まないほどにね。」

「まぁ詳しいことは言えないんだけれど・・・」とモモディ氏は小さな声で付け加えた。

「本当はもっとお礼をしたいのだけれど、ここは多くの冒険者を導く冒険者ギルド。
ギルドとしては何があろうと誰か一人に贔屓するわけにはいかないの。だからこれが最大限できる「報酬」よ。」

突然のことに驚きを隠せず躊躇する私を見て、

「あなた今、パールレーンを根城にしているらしいわね。まぁあそこのほうが居心地がいいなら無理にとは言わないけれど、たまには雑踏から離れて無防備になることも必要だと思うわ。宿屋はここの二階だから安全よ。よっぽど・・・あなたがこのギルドでは対処しきれないほど危険なものから狙われない限りは、だけれどね。」

改めて考える・・・余地もなく、この申し出を拒否をする理由が見当たらない。先の戦いで私はあまり役に立ったとは思えないのだが、報酬ということなら受け取らない手はない。というより屋根もベッドもある個室を得られるということは、根無し草だった私にとっては破格にも近い報酬だ。私はモモディ氏からカギを受け取る。

「ただし食事までは面倒見れないから、早く自立して自分のお金で食べに来なさい。安くはできないけど、おまけはいっぱいしてあげるから。」

そう言いながらモモディ氏はウィンクをする。時には優しく、時には厳しいモモディ女史を見ていると、荒くれ者の多い冒険者達に慕われている理由がわかった気がする。いつでもどんな時でも暖かく迎え入れてくれるこのギルドは、冒険者にとって一つのホームといえるのだろう。

帰れる場所がある。

たったそれだけでも心の支えとしては十分に大きいのだ。

私は早速用意された部屋に入る。決して広くはないが生活するには十分過ぎるほどだ。実のところ、飯を食べた後から眠気が半端ない。緊張から解放された体の疲労も限界だ。よろよろとベットに向かい倒れこむと、私はそのまま深い眠りに落ちていった。

(ベッドというのは、こんなにもやわらかいの・・・か・・・)

 

 

 


目が覚めると、ぼんやりとした視界の先に、見慣れない天井が浮かび上がる。

(えっと・・・ここはどこだったか・・・・)

いまいち脳が働いていないようで思考が鈍っている。体をゆっくりと起こしてまわりを見渡す。どうやらここは・・・・どこかの部屋のようだ。窓からは柔らかな光が部屋中に差し込んでいる。窓を開けるとウルダハのにぎやかな喧騒と共に、さわやかな風が室内に吹き込んでくる。空を見上げると随分と日も高くなっていた。

(昨日は確か・・・パパシャン氏からの依頼で少女を探して、見つけたと思ったら妖異に襲われて、銀髪の青年と共闘して、突然気を失って、クイックサンドでモモディ氏に叱られながらうまい飯を食って・・・)

断片的に浮かび上がる出来事を繋げて、一つ一つ記憶を呼び覚ましていく。

(あと・・・そうだ)

その後に報酬として自分専用の個室の鍵をもらって、部屋に入るや否や満腹感と疲労感に負けた私は、ベッドに倒れこんだまま寝てしまったのだった。

ぐぐっと延びをする。そしていまいち働いていない脳を叩き起こすため冷たい水で顔を洗った。疲れは少し残っているものの体調のほうはすこぶるいい。この感じだと少し体を動かせばいつも以上に本調子になるだろう。早速身支度を整えて一階へと降りる。

「あら、ずいぶんとお寝坊さんなのね。ふふっ、疲れはとれたのかしら?」

一階に下りるとモモディ女史が微笑みながら話しかけてくる。私は「昨日食べた飯の次に、最高の体験だった」と答えると「そんなこと言ったって何も出ないわよ!」と笑いながら言う。

ぐぅぅぅぅ・・・・・

クイックサンドに漂う香しい香りにつられて大きく腹が鳴る。昨日あれだけ食べたにもかかわらず、腹の中は既に空になっているようだ。そんな私を見てモモディ女史はクスクスと笑いながら「それで、何か食べてくのかしら?」と聞いてきた。
正直なところ、食事にかけられるお金がないので「あまり高くないものなら」と答えると、モモディ氏は「わかってるわ」と苦笑しながら私を席に座るよう促した。

しばらくして出てきたのは、厚く切られたベーコンがのったエッグトーストと少し不思議な緑色をした飲み物だった。毒々しいというほどの色ではないものの、お世辞にもあまりおいしそうには見えない。匂いは少し青臭くひょっとしたらケールをすりつぶした飲み物なのかもしれない。もしそうだったら朝から飲むには少し勇気がいる。

「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。確かに見た目はちょっと悪いけど、クイックサンドで人気の栄養満点ジュースなんだから!」

モモディ氏がそう言うならそうそう変なものではないだろう。思い切って飲んでみると、少しだけドロッとした食感でやはり青菜特有の青臭さはあるものの、オレンジの強い香りと蜂蜜のほのかな甘味がうまい具合にバランスを取っており、とても飲みやすい味になっていた。他にも隠し味に色々と入っているようで、気になった私は他に何が入っているのかを聞いてみたが「それは企業秘密よ♪」とはぐらかされてしまった。そして当然ではあるが、エッグトーストもまた絶品であった。


「ああ! やっと見つけた!」

朝から至福の時間を満喫していた私に一人の男が話しかけてきた。その男は剣術士ギルドのザザリックだった。

「最近街で見かけないからどこかでおっちんじまっているじゃないかってみんな心配していたんだよ。特にマスターなんて言葉には出さないけどすぐ態度に出るからわかりやすいのなんのって。」

ミラの態度が思い浮かんだのか、男はクククッと思い出し笑いをする。

「ちょっとでもいいからギルドに寄ってくれよ。あんたの無事な顔を見ればみんなも安心するからな!」

そう言ってザザリックはクイックサンドから出て行った。ザザリックとのやり取りを見ていたモモディ女史は「もうすっかりギルドの一員ね!」と言いながら嬉しそうに微笑んでいた。


食事を終えてクイックサンドをでると早速剣術士ギルドへと向った。ここ最近はずっと郊外を放浪していたこともあり、ギルドに寄るのはすごく久しぶりなような気がする。ギルドに入るや否や受付のルルツが「あーーーっ! 行方不明者はっけーーん!!」と私を指さしながら声高らかに叫んだ。その叫び声を耳にしたミラは驚きの表情でこちらで見たかと思うと、次の瞬間には冷静を装うかのように慌てて私から視線を外した。

「なんだお前、生きていたのか? とっくの昔にのたれ死んだと思っていたのだが、存外しぶといのだな!」

私がミラの元に向かうと、あたかも機嫌が悪いかのような口調で話しかけてくる。しかし落ち着かないといった感じで指を動かしながら、チラチラとこちらを盗み見ていた。

(・・・・ザザリックの言っていた通り、随分と分かりやすいな。)

私も内心で苦笑しながら、謝罪の上でミラにここ最近の私の動きを説明した。

「そうか、郊外のモンスター相手に日々鍛錬に励んでいたとは殊勝なことだ。だがお前もギルドの一員なのだからたまには顔を出すようにしろ。ギルドにも人出は必要なのだからな。」

そう言いながらミラはやっと私の方に向き直る。そして私をまじまじと見たかと思うと「ほう?」と何かを感じ取ったようだった。ミラは一つ咳払いし、修練場で模擬戦を行っていた一人の剣士を指さす。

「あの男は剣闘士を目指していてな、ここのギルドでは一番の成長株だ。あいつと模擬戦をしてみろ。お前がどれほど強くなったかを見定めてやる。」

と言ってきた。今までただがむしゃらに戦いの中に身を置いてきたが、自分が昔よりどれだけ成長したのかを知るいい機会なのかもしれない。私はうなずきその男と対峙する。

自信に満ち溢れている男の姿を見ると、少し前の自分を思い出す。彼は成長株と言っていた。とすると負けることにあまり慣れていないのかもしれない。初めは小手調べといった感じに数回剣を交える。剣捌きは鋭く的確に隙をついてくるものの、いかんせん打ち込みが軽い。まぁ模擬戦ということもあるから本気で打ち込んではいないのかもしれないが、理不尽な戦いに身を投じてきた自分からすると幾分物足りなさを感じてしまった。
その後しばらく続いた膠着状態に痺れを切らした男は、フェイントを織り交ぜながら一気に攻めてきた。流れるようで美しい剣戟。が、やはり踏み込みが一段浅い。私はタイミングを見計らって大きく踏み込み男の懐に潜り込む。そして剣の柄で男の腹めがけて一撃を放った。
自分の勢いの上に私の踏み込み分が合わさった重い一撃を受けて、男は苦悶の表情を浮かべながらその場に膝をつく。

「それまで!」

ミラが闘いを止める。ミラの顔をうかがうとどこか満足げな表情で「上出来だ!」と称賛してきた。敗れた男は涙を流しながら悔しそうな表情で地面を見つめている。ミラはその男を一瞥しながら、

「あいつはもともと剣のセンスはあるのだが、剣闘士への憧れが強すぎて見世物の動きしかできないんだ。昔の剣闘士は単純に力と力のぶつかりあいだったんだが、外部からの客が増えるにつれていつしか客を喜ばすためだけの茶番も必要になってしまってな。例えばさっきのお前の闘い方だと、剣闘士の仕合ではいくら強くてもブーイングは必至だ。いまや闘技場での闘いは、力比べではなく富と名声を得る道具でしかないのさ。

しかし剣闘士としては強くても、いざ戦闘に出た時にまったく使い物にならないなんてことになってしまっては、多数の強者を輩出してきた剣術士ギルドの名折れだ。それをわからせるきっかけを与えてくれたことに感謝しよう。あいつはこれから強くなる。できればまたあいつの好敵手として稽古をつけてくれ。」

そういいながらミラは「ポン」と私の肩に手を置いた。そして「今のお前なら・・・」と呟きながら話を変えた。

「おまえ、シルバーバザーは知っているか?あそこに私の顔馴染みがいるのだが、どうやら厄介なことに巻き込まれているらしくてな。実はここ最近あそこを往来する商人が何者かに襲撃される事件が頻発していて、商売がままならなくなっている。そこで犯人を見つけ出して退治してほしいとの依頼が来ているんだ。」

確かシルバーバザーは西ザナラーンの沿岸部にある港町で、ウルダハと他地域を結ぶ交易中継地だったはずだ。その最重要交易路で襲撃事件が起きるということにどうにも不自然さを感じてしまう。商売人の国において弱みに付け込んで小銭を稼ぐことぐらいはあっても、商売の邪魔をする連中がのさばることができるほどウルダハの商人たちは甘くない。ましてや自警団を組織できるほどの力を持つ商人達が、利を害する存在を黙ってみているなんてことがあるのだろうか?

ミラは私の表情の変化を覗き見ながら、この一件の確信を話し始めた。

「剣術士ギルドではその件の情報収集をしていてな。襲撃を受けた複数の商人やその場に居合わせた人の目撃談を集めたのだが、どうやら犯人は黄色いバンダナを巻いた斧術士らしいんだ。」

新米中年冒険者の、パッとしない物語

~ササガン大王樹の下で~


中央ザナラーンの南側、刺抜盆地と呼ばれる一帯の中に一本の大きな樹がある。この地域の者たちはこの木を「ササガン大樹」と呼び親しんでいる。「ササガン」という名前の由来はウルダハの建国者「ササガン・ウル・シシガン」にあり、その雄大な出で立ちを偉大なる建国の王になぞらえてそう呼ばれるようになった。

富の都といわれるほどに発展したウルダハは元々ザナラーン一帯を支配していた古代国家「ベラフディア」の崩壊により生まれた国の一つである。そのベラフディアは第六霊災を引き起こす原因となった「魔大戦」の終結により、迫害から逃れるためにこの一帯に落ち延びた魔道士たちにより建国されたと伝えられている。


ベラフディアは水脈の発見と豊富な鉱山資源を元に大きく発展し、ザナラーン地域のほとんどを支配するほどの栄生を極めた。しかし「栄枯盛衰」の故事通りベラフディアは内政対立によりいとも容易く崩壊してしまう。崩壊のきっかけとなったのは「双子の皇子」による継承権争いだったらしい。
ベラフディアの崩壊後、この大樹の名となっている「ササガン・ウル・シシガン」によって現ウルダハは建国され、時を同じくして生まれたシラディハと長きに渡り争い続けた。この生まれを同じくする二つの国家は「力」の解釈が大きく異なっており、その違いが国の色を大きく分けていた。

一つは富と力、もう一つは知恵と力。

どちらがどちらの国であったからは言わずともわかるだろう。同じ血を引く兄弟でありながら対立し、国を崩壊させてもなお争いをやめなかった悲劇の物語。それは遠き過去の叙事詩。現存する資料も少なく今語られている歴史の真偽も定かではない。


しかし私は思う。その双子の国を思う気持ちは形は違えど同じだったのではないだろうかと。国の栄華は永遠ではない。一度綻び始めればまるで解れた糸のようにするするとほどけていく。国民に芽吹いた不安・疑念・不信は一気に国を侵し、いとも簡単に平和を蝕んでいくのだ。

国を守るため、民を守るため。
領土を守り、栄光ある国を存続させるため。
すべての不安を取り除き、民が笑って暮らせる国を守るため。

双子は国を継ぐものとして綻び始めた自分の国の行く末を考えなければならなかった。双子の違えてしまった信念。はじめはただの兄弟げんか程度だったかもしれない。それはやがて双子を対立させる大きな溝へと広がり、王位継承時の権力闘争へと変貌してしまった。そしてその対立を利用して権力構造の中心へと組み入ろうとするものの後押しをうけ、結局は国を分かち、悲しくも同族同士で血を流し争うことなってしまった。

結局ササガン率いるウルダハの勝利によりシラディハ国は滅亡。現在に至る。ウルダハにおいて英雄譚として語られるササガン大王の叙事詩。だが血を分けた双子の弟を討ち、一人となったササガン王の胸に去来したものは如何なるものであったのだろうか。

 


閑話休題

ウルダハ建国の王を称える「ササガン大樹」のたもとに一人の小さい少女を見つけた。薄桃色の粗末な衣装を身を纏い大樹の前で小さくうずくまっていた。少女は胸の前で手をあわせ、小さく何かを呟きながら一心に祈りを捧げている。しかしその雰囲気は祈るというより大樹に向かって何か告解しているように感じられた。

「誰じゃ!」

私の存在に気が付いたのか、少女は祈りをやめてこちらを向く。しかし厳しく向けられた視線はこちらには向いておらず、自分の奥に向けられているようだった。思わず私も視線につられて振り向くと、そこには銀髪の青年が立っていた。私は慌てて剣に手をかける。

気が付かなかった・・・

少女に気を取られていたとはいえ、この青年の気配を感じることができなかった。物腰の軽そうな風貌に似合わず相当の手練れではあるようだ。緊張で汗がにじみ出る。青年は警戒する私にかまわず、睨み続ける少女に向かって話し始めた。


どうやら少女と面識があるようで、会話の内容からすると青年もまたパパシャン氏からの依頼でこの少女の捜索を行っていたようだ。私はホッと胸をなでおろし、剣の柄からから手を外し警戒を解いた。パパシャンの元に戻るよう説得する青年の言葉を切るように、少女は帰還を嫌がっている。その姿は一見すると駄々をこねるわがままな子供のようではある。しかしながら少女の目には誓いを立てた者のような強い信念と同時に、深い後悔の念を宿しているように見えた。
深いため息をついた青年は、私もまたパパシャン氏からの依頼でこの少女を探していたことを知っていたようで「いつもこんな感じに振り回されてしまっていてね」と苦笑しながら私に経緯の説明を始めた。

 ふいに後ろから迫りくる経験したことのない殺気を感じ、思わず振り返った。その気配の主は振り向く私の視界をあっという間に追い越し、少女に向かって大きく嘶いた。青年もその殺気に気が付いていたらしく既に腰に携えていた短剣を構えていた。彼はこの見慣れないモンスターを「妖異」と呼んだ。これまでに戦ってきた獣とは根本的に違う「呪い」にも似た圧迫感が全身を刺す。

得体もしれぬ相手を前に体が硬直する。動悸も激しく動いてもいないのに息が上がる。まるで体全体が「恐怖」という鎖によって縛りあげられるようだ。

「くそっ! こんなのでは・・・・」

妖異を前に足のすくむ私をよそに、青年はやれやれといった感じで剣を構え軽快な動きでその妖異に飛び込んでいく。

「巻き込んですまないが、手伝いよろしく!!」

躊躇なく妖異に立ち向かっていく勇敢な青年の姿。それはあの時の自分のような無謀さとはまったく違う。相手を知り、己を知ってるからこそできるものだ。

(自分も負けていられない! この青年にではなく自身の弱さから逃げ回っている自分に今こそ打ち勝たなければ、この先には進めない!)

私は大きく声を張り上げ、青年の後を追うように妖異へと立ち向かっていった。

 

 

 

くそ・・想像以上だ・・・・

青年が「妖異」と呼んだ怪物の外殻は硬く、強く踏み込み打ち放つ渾身の一撃さえもまるで岩を打っているかのように弾かれた。まるで刃が立たないというのはこのことか。しかし私の想像を越えたのは妖異の硬さだけではない。むしろ青年の見た目からは想像できなほどの強さにひどく感心してしまった。

青年が構える一振りの剣は、刀身も短く剣術士が持つ剣としては頼りない。しかし休みなく繰り出される妖異の猛攻をいともたやすく躱し、そのお返しとばかりに短剣から放たれる一撃一撃はことごとく怪異の体を切り裂いた。苦悶に喘ぐ怪物はもはや私のことなど見向きもしない。自分の命を脅かす青年だけを執拗に襲っていた。

正直役に立てているかはわからない。それでも私は攻撃の手を緩めるわけにはいかない。確かに私の攻撃ではこの怪物を討ち果たすまでにはいたらない。しかしこの非日常な戦いを通して何か一つでも「強さ」を得たいのだ。

次第に青年の放つ攻撃で弱り始めた妖異の動きが鈍くなる。なんとか討ち倒せそうだ・・・そう思い始めた時、突然妖魔は青年との間合いを取るように後退する。

「逃がすか!」

青年も妖魔を逃すまいと距離を詰め寄ろうとしたが、

ギャァァァァァ!!!!

突然妖異が空気をつんざく悲鳴にも似た咆哮を上げた瞬間、周囲の空間が歪み始める。そして強引に捻じ広げられた歪みの中から、二体の魔物が現れた。現れた妖異は初めの怪物から比べると幾分小さいものの、同形の魔物だった。

「くそ! ここで増援とは! こっちのデカ物は俺が引き受ける。そっちの相手は任せた!!」

(俺にできるのか!?)

頭の中に一瞬戸惑いが湧きあがる。しかしそれは戦いの中において、一種の興奮状態にあった私の足を止めるほどではない。

(やらなければやられるだけだ!)

初めの一体と共に青年に向かっていく二体の妖異に向かって半ばやけくそ気味に飛び込んでいく。

(うおぉぉぉっ!!!)

渾身の力を振り絞り、振り下ろす一撃は、

ザクッ!!!!

という剣を握る手のひら全体に伝わるほどの手ごたえを返してきた。私の攻撃で体を引き裂かれた妖異は、たまらず悲鳴を上げる。その声につられてもう一体もこちらに敵意を向けた。

(落ち着け・・・こいつらは初めの一体ほど強くはない。常に正面をとらえて、囲まれないようにすれば何とかなる)

襲いかかってくる二体の妖魔の位置を見ながら体勢を変え、常に有利な位置取りを心がけながら一体一体を確実に「処理」していく。そして私が増援の妖異を片づけ終わる頃には、最初の一体も青年により討伐されていた。

 

ふぅ・・・なんとか片付いたな。まさか増援まで呼ぶとはな。君がいてくれて本当に助かったよ。

ご苦労様と青年は私にねぎらいの言葉をかける。正直なところ自分がいなくとも青年一人で対処できたのだろう。それほどまでに彼は強かった。

 安全になったことを確認できたのか、大樹の陰に隠れていた少女がひょっこりと顔を出してきた。

「やれやれ・・つくづく敵の多いお嬢様だ。」

「わ、わらわのせいではない! しかし、あ奴らはなんなのじゃ?」

「あれは・・・・」

青年は大樹の陰からのこのこと出てきた少女に対して、襲ってきた「妖異」の存在について説明を始めた。

「妖異」という存在は元々この世界には存在しないもの。それは「ヴォイド」と呼ばれる異世界に存在する魔物であり、この世界に豊富に存在するエーテルを喰らうため偶然に発生する「空間の裂け目」を利用してこちらの世界に現界することがあるらしい。
実際「インプ」や「ボム」など知恵や力の弱いものは、その裂け目からこちらの世界に現界し住み着いている妖異もいるが、今回襲ってきた妖異ほど強力な力を持つものとなると、人為的な儀式を行わない限りこちらの世界に現界することはできない。

青年の話を聞き少女の表情が曇る。今回の一件について何か思う節でもあるのだろうか。いや何もないならば普通は存在しないはずの妖異がこの少女を襲ってくるはずはない。この少女が何者であるかはわからないが、厄介な問題に巻き込まれていることだけははっきりと感じ取れた。

ふと消えゆく妖異の方を見るとそこには一つの大きな塊が落ちていた。

???

宝石のように青く光輝く石。それはクリスタルに似ていた。クリスタルの存在を青年に報告しようと思ったが、まだ少女と帰る帰らないで揉めていたのでやめた。

(あれだけのことがあったにもかかわらず気丈なものだ。だがあまりにも聞き分けが悪いと、子供であることを証明してしまっていることに気が付かないのだろうか・・・)

そんな二人をよそに私はとりあえずその石を拾いに歩きはじめる。そして石に手を伸ばし掴もうとした瞬間、急に体の力が抜けガクンッと膝が折れた。

なん・・・だ?

急速に視界がぼんやりと歪んでいく。意識は混濁し初め考えることすらままならない。体に力を入れようとも何かの力で体の自由を奪われたかのように動かない。
私はついにそのまま地面に倒れこんでしまった。遠くで自分を呼ぶ声が聞こえるが、耳鳴りがひどくてなんと言っているは聞き取れない。
そしていつしか私の意識は、深い闇へと沈んでいった。




私が気を取り戻したころには、既に日は傾いていた。

(っ・・・)

まだひどい頭痛が残っているものの何とか手足は動かせるようだ。

「気が付いたかい?」

声がする方を見ると青年と少女が立っていた。どうやら私が気を取り戻すのを待っていてくれたようだ。私はゆっくりと起き上がり、話を聞くとあれから1時間くらい気を失ってしまっていたらしい。

「とりあえずリリラお嬢様を操車長の元に送り届けたかったんだけど、君を置いてはいけないとおっしゃられるもんでね。かといってお嬢様をここに一人にするわけにもいかないから、結局君が目覚めるのを待っていたわけさ。でもお嬢様のあの取り乱しようは中々に見れるものでもないし退屈はしなかったよ。」

ふふっとまるで我が子の様を見てほほ笑む父親のような穏やかな表情で少女を横目で見ながら青年は笑う。

「なっっ!!! わ、わらわは身を挺して守護してくれたものを見捨てるほど薄情者では無いだけじゃ!! 無論、気絶したのがお前じゃったら捨てていったじゃろうがな!」

少女は羞恥で真っ赤に染まった顔を隠すように慌ててプイッと顔を背けた。

(なんとも情けない・・・守りにきて、気を失うとは・・・)

 しかし元々体調が優れなかったにしてもさっきのはなんだったのだろう。まるで一瞬にして生気を抜かれたかのようだった。気を失っている間、何か夢のようなものを見ていたような気がする。自分に対して何か語り掛けてきていたような・・・
しかしひどく疼き続ける頭痛が邪魔をして思い出すことができない。ただ「大きなクリスタル」「光の戦士」「闇」という単語だけが朧気に浮かんできた。

ふとあのクリスタルのことを思い出し落ちていた場所を見てみたが、既に無くなっていた。青年が拾ったのだろか? 

「相当疲労が溜まっていたみたいだね。戦いの最中に何度かケアルをかけてたんだけど、外面的な傷を癒すのと内面で蓄積する疲労を癒すのはまた別物だから。何があったかは知らないけど根を詰めすぎるのは良くないよ。しっかりと体調管理をして常にベストの状態を保ち続けることこそ、冒険者としては重要だ。死と隣り合わせの冒険者にとって、いざというときに力を発揮できないのは致命的だからね。」

少し厳しい表情で忠告をしてくる。しかしそのあとすぐに青年は表情を和らげ「あ・・今回の件がなければ休めてたのかな?」と言いながらチラッと少女を見る。

ぐぬぬ・・・」

少女は「何か言いたいけど言えない!」といったような歯痒そうな顔をしていた。

もしかしたらこういう嫌味のせいで少女は青年に対して素直になれないのかもしれない。「親子」というよりは「兄妹」に近いような感じだ。

私は自分が気を失う前に発見した妖異が消えた場所に落ちていたクリスタルの話をする。青年はしばらく不思議そうに聞いていたが、何か思う節があったのか私に二、三質問を返してきた。それは今だ私の頭の中でくすぶっている単語をピンポイントで言い当ててくるものだった。私の受け答えを聞いて何かを確信した青年は、貝の形をした小さなものを通して誰かと話をしているようだった。その最中に少女は恐る恐る私に声をかけてきた。

「もう・・・体調は大丈夫なのか?」

私は笑顔で「大丈夫だ」と頷いた。実際疲労感は残っているものの頭痛は大分軽くなっていた。

「すまぬな・・・わらわの身勝手な行動のせいでそなた達を巻き込んでしまった。」


申し訳なさそうに少女は謝罪してくる。この少女は本当は素直なのかもしれない。そんな少女が危険を承知の上周りの目を盗み一人でここに来た。理由はわからないが相当の覚悟があったのだろう。私は少女が無事であったことを素直に喜ぶと憑き物が落ちたかのように少女は、

「ありがとう。」

と柔らかい笑顔で答えた。会話を終えた青年がこちらに戻ってくる。途端に少女の顔は「不機嫌」の仮面をかぶる。その顔の変化を見た青年はやれやれといった表情で、

「すまない。ちょっと別件で呼ばれてしまってね。向こうも急を要するらしい。いやはや人気者のつらいところだね。お嬢様の従者がすぐこちらに来るよ。君は一緒について行って今回の件を操車長に報告してくれないかい? あと報告が終わったら冒険者ギルドのモモディのところにも顔を出してくれ。 それじゃ頼んだ!」

そう言い残して、青年は颯爽と帰っていった。

 

 

 その後すぐに迎えに来た少女の従者と共に、パパシャンの元へと戻った。無事で戻った少女の姿を見るな否やパパシャン氏は安堵し、感極まって涙を流していた。「申し訳ない」とパパシャンに謝罪する少女。もう二度と勝手なことをしないことを誓うと、少女は従者を伴ってウルダハへと戻っていった。ホッと胸をなでおろしていたパパシャン氏に改めて大樹のふもとで起こった一件のことを説明する。

少女は大樹のたもとで真剣に何かを祈っていたこと。
少女を見つけた時一人の青年と合流したこと。
突然妖異と呼ばれる怪物が現れ、少女を襲ってきたこと。
その妖異を青年がほとんど一人で打倒したこと。
そのあと私が突然意識を失ってしまい帰還が遅れたこと。
そして青年は、私に少女を託して去っていったこと。

私の話を聞くと、パパシャンもその青年と面識があるようで、その青年はサンクレッドどいう者でここしばらくウルダハでエーテルの調査の為滞在していること。そしてアマルジャ族によって召喚準備の進む蛮神「イフリート」に関して不滅隊と共に共同調査を行っているなど、知っていることを教えてくれた。
ただ話を聞く中で気が付いたのだが、どうやらパパシャン氏は青年に対して少女の捜索を依頼してはいなかったようだ。現れるべくしてして現れたのか、少女を見つけたところに偶然私が居合わせたのか。それとも別の「誰か」からの依頼だったのか。

エーテルを喰う妖異とエーテルを調査する青年。青年が誰かと話をしてすぐ従者が迎えに来た。しかしその話の相手はパパシャンではなかった。青年は自分自身身に覚えのない言葉を聞いて何かを納得していた。そして「また会うこともあるだろう」とも言っていた。

問題が一つ解決したかと思うと同時に、新たに二つ三つ謎が生まれる。ひょっとしたら自分の周りで何か厄介なことが起き始めているのではないか?そう感じながらもパパシャン氏と挨拶をかわし、自分もまたウルダハへと戻る。

青年は冒険者ギルドに行くようにと言っていた。そこに謎を解決する答えがあるのだろうか?

新米中年冒険者の、パッとしない物語

戦斧を砕く剣風

 

剣術士ギルドへ入門し最低限ではあるものの剣術士としての装備も一式揃ったかげで請け負える依頼の幅も格段に広がった。そのおかげもあって仕事を通して自然と人との繋がりも広がり、仕事の依頼も増えるようになっていた。名前を覚えてもらえたり、街を歩いていると声をかけてくれたり、逆に客から依頼主を紹介してもらったりすると、自分が冒険者としてこの街に根付いてきたことを実感する。

ただ、肝心の稼ぎに繋がっているかというと、実はそうでもない。

依頼の内容は多岐に渡るものの、そのどれもが雑用の域を越えないレベルのものがほとんどのため「報酬」はあまり良くは無い。
今のところなんとか生活していけるほどの稼ぎは確保できてはいるが、御用聞きレベルの仕事は所詮水物なので、一旦途切れてしまえばすぐにじり貧になる。

(今はまだ目先の仕事をこなすことに精一杯ではあるが、より難しい相談事にも対処できるように自分を磨いていかなければ。)

そんなことを思いながら街中を歩いていると、

おーい!

遠くで自分を呼ぶ声がする。声のする方向を見ると丸眼鏡をかけた怪しげな青年の姿があった・・・・ワイモンドだ。

久しぶりだね! 調子はどうだい?

彼はへらへらとした笑顔で挨拶してくる。

(そんなの、私よりもあんたの方が知っているだろう?)

と言おうかと思ったがなんとか言いとどめた。どうも歳をとると皮肉を口にしたくなる。見張られているとはいえ仕事口の紹介で世話になっている身なのだから、ここは素直に感謝しておくべきだろう。「まぁ何とかやっているよ」と答えると、

謙遜すんなよ! いい冒険者がこの街に来たって評判になってるぜ。お前さんの仕事っぷりは評価されてるんだから自信持っていこう!

(やっぱり知ってるじゃないか・・・)

少々あきれ顔になる私を知ってか知らずか「それはそうと」とワイモンドは足早に話を切り変えた。

剣術士ギルドのセラが「お前さんを見かけたらギルドに立ち寄るように伝えてくれ」と言っていたな。何か急ぎの頼みごとがあるらしいが、しかし・・・ギルドマスターから仕事を依頼されるなんて、頼れる冒険者はやっぱり違うなぁおい!

ハハハッと笑いながら、私の肩をパンパンと叩いてきた。

おっと仕事の途中だってことをすっかり忘れていたよ。じゃあまたな!

ワイモンドは手を振りながら走り去って行った。

(風のように現れて、嵐のように去って行ったなぁ・・・)

つかみどころがないというか、つかませないようにしているのか。私は苦笑しながら剣術士ギルドへと歩みを向けた。

 

 剣術士ギルドへと向かう道中、ふと違和感を感じて視線を街の一角に移した。そこには斧を背中に担いだ体躯の大きな男に絡まれているおどおどと萎縮した男がいた。

(取り立てだろうか?)

商売に失敗したものが取り立て屋に追われている光景については、この街では別段珍しいことではない。しかしどうにも様子がおかしい。どちらかと言うと一方的に絡まれているように見える。そもそもあの恰好はウルダハでは珍しい。私は不審に思いながらもギルドに向かったが、その後の道中でも何度か同じような光景を見かけた。

 剣術士ギルドに入るないなや私を見つけたミラがさっそく声をかけてきた。

「おぉ、こりゃナイスタイミングだ!お前なら適任であろう依頼が来てるのだが、どう・・・・、なんだその顔は?」

ミラの話を聞いた私はどうも感情が顔に出てしまっていたらしい。気を取り直して依頼内容を聞く。

依頼主は冒険者ギルドのモモディ女史で、ここ最近外部から来た斧術士の一団が街のあちこちで問題を起こしているらしく「冒険者ギルドとしてこれ以上の狼藉は見過ごすことはできない」と忠告してまわってほしいとのことだった。

(ひょっとしてさっきの連中か?)

そういった類いの治安維持はこの街の自警団の仕事ではないのかと聞き返したが、この街の自警団はここを支配する商人達が雇った寄せ集めの部隊であり、上からの命令がない限りよっぽどのことでないと揉め事には介入してこない。そもそもそれがうまい話とわかれば、悪事に目を瞑るどころか簡単に共謀する様な連中だから、全く当てにならないということだった。

「情報屋がまとめた資料を渡すから見つけ次第追い払ってくれ。あと終わったらモモディへも報告も忘れるな。それでは頼むぞ。」

資料を受け取ると私はセラに「この資料はワイモンドによるものかどうか?」と尋ねた。セラは「そうだが?」と不思議そうな顔をしながら答える。

(こりゃ一杯食わされたな・・・さすがというか所詮は情報屋の掌の上か・・・)

 資料によると、街で問題を起こしている連中は「最強戦斧破砕軍団」と名乗る傭兵崩れの集団のようだ。ネーミングセンスの無さにちょっと笑ってしまったが、この連中は旅行く商人の護衛を強引に引き受けては、護衛料として法外な代金を請求しているらしい。さらに厄介なことにこの辺りの警備を仕切っている銅刃団の一部と裏で結託しているようだ。銅刃団はタイミングを見計らって普段は大人しいモンスターを商隊にけしかけて襲わせ、破砕団がその襲撃から商隊を守ることによって、報酬を山分けするというマッチポンプを繰り返している。もちろん銅刃団の情報によって「手を出してはならない」商隊の選別もできるのだから、お互いの利害も一致するのだろう。そもそも銅刃団自体、外部の商隊に言いがかりをつけては口止め料という名で金をせしめ、小遣い稼ぎをする連中だ。街中での狼藉を銅刃団が見て見ぬ振りするのもうなずける。

 さっそく街中にでると相も変わらず一般市民にちょっかいをかけている斧術士を見つけてはギルドからの忠告を伝えまわった。忠告を受けた斧術士はブツブツと文句は言うものの街中で争いごとを始める気は無いようだ。

(多少のことは見逃すが騒ぎだけは起こすな)

とでも銅刃団に釘を刺されているのだろう。絡まれていた人から話を聞くと、一方的に見の覚えの無い難癖を付けられて慰謝料として金を払うよう脅されていた。

 資料によると街に入った破砕団の人数は5名。ということは、あと一人・・・・なのだが、これがなかなか見つからない。ひょっとしたら忠告を受けた仲間と共に既にこの街から出て行ったのかもしれない。
確認のため私は街中をもう一回りし、見当たらないことを確かめると私はクイックサンドに向かった。


 クイックサンドに入ると何やら騒がしい。どうやら客の一人が給仕に対して絡んでいるようだった。

(ん? ・・・あの服は?)

どうやら騒ぎを起こしていた客は私が探していた最後の一人だったようだ。灯台下暗し。というかまさか冒険者ギルドにいるとは。度胸があるというか怖いもの知らずというか。本人もここがどこだか分かっていてやってるのだろうが、銅刃団の後ろ盾があるとはいえ少しばかり調子に乗り過ぎてるんじゃないだろうか。しかしここは冒険者ギルド。他に誰か止めるものはいなかったのだろうか。

 店内を見渡してみたが、丁度タイミングが悪かったのか酒を飲みに来た普通の客ぐらいしか見当たらない。いや・・・一人腰に剣を携えている剣士らしき男を見つけたが我関せずな感じで幸せそうな顔をしながら酒をあおっていた。カウンターの奥にいるモモディに目を向けると、私の存在に気が付き少し驚いた顔をしながらも肩をすくめて見せた。

 やれやれいった感じでその男に話しかけると、大分酔いもまわっているのか一方的に前口上するばかりでいまいち話が噛み合わない。適当にあしらいつつ追い出そうとしたのだが、男は邪険に扱われたことに腹を立てたのか激高し、背負っていた得物に手をかけると大きく振り上げた。自分も慌てて剣の柄に手をかける。

お~お、クイックサンドもずいぶんと賑やかになったじゃねェか。パーティでも開こうってのかい?

それまで酒を飲んでいた剣士らしき男が立ち上がり、ゆっくりした動作で斧術士と私の間に割って入る。そのなんでもない所作の中には全く隙が無く、腰に下げている見事な剣を見ても相当の手練れなのだろう。勢いづいていた斧術士の男は、剣術士の男に襲い掛かろうとしたものの男の持つ剣を見るな否やたじろぎ始め、振り上げていた斧を下ろしてそそくさとクイックサンドから退散していった。

「ったく、ギルドで揉め事を起こす度胸があるようだから、少しは骨がある奴だとと思ったんだがな。ただの腰抜けだったか・・・・つまらねえなぁ。」


そういいながら右手に持っていた酒をぐいっと飲み干し、ふらふらと体を揺らしながら私に話しかけてきた。

「おいお前。正義感に駆られて止めに入る度胸は認めるが、自分と相手との技量の差を見極めてからやらんと今度は怪我だけじゃすまねぇぞ。そもそもお前の腰にぶら下げてる得物程度じゃ、あいつの斧の一撃を受け止めただけで簡単に折れちまっただろうよ・・・まぁ、お前のような無鉄砲馬鹿は嫌いじゃないけどな!」

ガハハハッ!と高笑いをした。そして私の剣を見ながら、


「お前はここの剣術士ギルドの一員かい? そうか・・・どうりでな。」

と感慨深そうに呟き神妙な表情で頷いていた。しばしの沈黙の後、男は自分の名を「アルディス」と名乗り、

「ここは名の知れた数多の荒くれものを束ねる冒険者ギルドだ。だからお前さんのような駆け出しが出しゃばらなくても、事は何の問題もなく片付いていたさ。ただまぁお前のおかげで、あのしつけの悪い斧術士の「命」が救われたことは間違いねぇがな。ちょいとやりすぎてしまっていたからな。あのまま暴れていたらただじゃ済まなかっただろうよ。
正直、救う価値もねえような汚ねえもんだが、命は命だ。

でもな・・・お前さんの命と引き換えにするようなもんではねぇことだけは心に留めておきな。個人的に無謀な馬鹿は嫌いじゃないとは言ったが、無謀で命を落とす大馬鹿者は冒険者としては失格だ。じゃあな新米。」

そう言い残して、アルディスと名乗った剣術士の男はクイックサンドから出ていった。


 男が言った言葉が妙に胸に残る。私は改めて言葉の意味を考え、真意に気が付いてハッと顔を上げた。

(そうか・・・・斧術士が斧を振り上げた瞬間、あの男が割って入ってきた理由。それは揉めごとの仲裁に入ったわけのではなく、私の命を守るためだったのか。あのまま斧術士と対峙していたら、振り下ろされる一撃によって私の剣は折られ、そのまま命を落としていたのかもしれない。それを予見した男は、あえて動いたのだ。)

調子に乗っていたのは、あの斧術士ではなくて私自身だった。相手を知り、逃げて行った斧術士のほうがよっぽど利口なのだ。

呆然自失で立ち尽くす自分の姿を見かねてかモモディが駆け寄ってきた。

「危険なことに巻き込んでしまってごめんなさいね。本来はこちらで対処すべき問題なんだけれど、あいにくみんな捜索に出払ってしまっていてね。まさかここで暴れるとは思ってもみなかったのよ。それに相手がわからない依頼に対してセラがあなたを寄越すとは思ってもみなかったの。もっと慎重にいくべきだったわ・・・」

モモディは私に対して頭を下げる。そんな姿を見て私は慌ててしまった。悪いのは奢った自分なのだ。謝られる理由はどこにもない。

「でも無事で何よりだったわ。こんなことで死なれてしまっては冒険者を束ねる身としては夢見が悪いもの。あなたにはこれからも、もっと活躍していってほしいと思ってるのよ!」

モモディはにこっと笑う。その笑顔を見た時私は少し救われたような気がした。

「それはそうと赤い服を着たあの男、名乗らなかったかしら?」

真剣な顔で聞いてくるモモディに名前を教えると、

「そう・・・やっぱり生きていたのね。ねぇ、アルディスに会ったことは、セラには言わないで。事情は説明できないのだけれど、今彼女を混乱させるわけにはいかないから・・・・・お願い。」

モモディは再び頭を下げた。よっぽどの事情があるのだろう。事情を知らぬ私は、不用意にこの件に触れてはいけない。私は頷きクイックサンドを後にした。

 

 

 

 冒険者ギルドでの一件以来、私は以前よりも積極的に街外の仕事を請けるようになっていた。街外での依頼はモンスターの討伐・駆除依頼が多いため今まで以上に危険が伴う。ただ依頼人が金を持つ商人達では無い場合も多く、金銭的な報酬は街中で受ける依頼より遥かに少ない。普通に考えれば危険の伴う誰もやりたがらない仕事ではあるのだが、戦闘経験を積むにはもってこいの仕事であることは間違いはない。
 街から一歩外に出るとこの世界は人以上にモンスター達で溢れかえっている。その大半はこちらから手を出さなければ特に害にはならないものが多いのだが、中には好戦的で縄張りに入るや否や問答無用で襲ってくるモンスターもいる為この手の「駆除」依頼は常に溢れているのだ。

 はじめはただがむしゃらに立ち向かっていたのだが、モンスターとの幾度とない戦いを通していつしか相手を見ながら戦えるようになっていた。相手との間合いの取り方や、攻撃動作からの先読み回避、弱点の把握、そして自分自身の攻撃の流れを作ることによってより無駄なく、よりリスクを避けながら最小限の行動で最大の攻撃を行えるように心掛けた。また他冒険者との共闘の機会もあり、先輩方の無駄のない動きを見ることも勉強になっている。

ある時、モンスター駆除完了を報告した際に、依頼人に尋ねられたことがある。

(なぜ誰もやりたがらない危険な相談事に、そんなにも一生懸命になってくれるんだい?)

私はその時こう答えた。

(今の私にとって、この一つ一つの経験が己を鍛えてくれる。だからより多くの経験を通して自身に試練を課したいのだ。)

経験不足は、経験することでしか補えない。
その思いは、確かに今の自分の主たる行動原理である。

しかし本音を言えば、あの時、あの場所で晒してしまった弱く醜い自分の姿から逃げたいだけなのだ。自覚なく、日々誰でもできる簡単な任務に囲まれ、自然と生まれていった「自分ならできる」という奢りと油断。あの時終わっていたかもしれない自分の姿を想像すると今でも身が震える。だから今、私はただひたすらに前だけをみることであの日の自分から目を背けているのである。


 全身を襲う倦怠感に負けて、私は思わず地面に座り込んだ。休む暇を惜しんで戦いに身を投じ続けた私の体は、既に悲鳴を上げている。歳を重ね、老いの始まっている体には若かりし頃の無限とも思えた体力など、どこにも存在しない。早い動きを思考しても、なかなか体が付いていかず時折大きな隙ができてしまうこともある。相手の攻撃に気が付かず、回避動作が遅れてしまうことも多々ある。

(冒険者を始めるにはいささか遅い)

薄々わかっていたことではあるのだが、本格的に始めてみるとそのことを身をもって感じてしまう。そしてそれ以上に差し迫った問題ごとがある。改めて握り直した剣を見る。連日の戦闘によって酷使した剣は、ところどころ刃こぼれをおこしていた。もともと防具としては心もとない服にしても、既にところどころ綻んでいる。定期的に修理しながら使ってはいるものの、この先のことを考えると新しい武具が必要だ。しかし、ここ最近はずっと実入りの少ない街外での依頼ばかりをこなしていたせいもあり、手元のお金も残り少なくなっていた。

どうしたもんかな・・・。

悲鳴を上げる体に鞭をうち立ち上がる。これから先のことに悩みながら街道を歩いていると、遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。声がする方に目を向けると、ララフェルの男性がこちらに向かって手を振っていた。あれは以前から依頼をきっかけとして親交を深めているパパシャン氏だ。

 パパシャン氏は、利害関係が見え隠れする気の置けない者が多いウルダハにおいて、珍しいほど裏表のない気持ちのいい御仁である。
いつも明るくてまっすぐな性格であり、面倒見もいいことから、部下や周りの人からの信頼がとても厚い。

 めずらしく取り乱しているパパシャン氏から事情を聞くと、警備中だった令嬢が、いつの間にか行方不明になってしまったらしい。
いつも落ち着いているパパリモ氏の焦り様からすると、どうやらただ事ではないようだ。すでに他の冒険者にも捜索をお願いしているらしいが、まだ見つかってはいないとのことで、捜索に加わって欲しいとのことだった。

もちろんパパシャン氏の頼みとあっては断れない・・・・のだが。

ふと頭に、剣術士ギルドでの一件が蘇る。

これは自分にとって適任の事案なのだろうか? いやいや、今回は迷子になった令嬢の捜索をするだけだ・・・しかしパパシャン氏をここまで取り乱させる事態とは、ただならぬ事ではないのか?

もし、自分より強いものと出会ってしまったら?

もし、相手が複数で囲まれたらどうする?

もし・・・もし・・・・

頭の中がたくさんの不安で溢れかえる。結局いまだに私は引きずっているのだ。あの日に植え付けられたトラウマを。葛藤によって動きが止まってしまった私を、パパシャン氏は言葉を詰まらせながら不安そうに見ていた。

・・・考えていても仕方がない。

自分の手に負えない状況であれば、無理はせず報告に来ればいいだけの話だ。ほかの冒険者も捜索に出ているということであれば、一人ですべてを終わらせようとしなければ、何とかなる。

立ち止まってしまったら、結局は何も変わらないじゃないか。

私は決意して、私はパパシャン氏から令嬢の容姿などを聞き、急ぎ捜索へと向かった。

新米中年冒険者の、パッとしない物語

 
  ~始動~ 


自分の記憶が正しければ、気が付いた時にはもうすべてを失っていた。ただ一つだけ覚えていたことといえば、それは「貧しかった」ということだけだ。

 

 

 

強風に煽られて吹き上がる土埃を袖で遮りつつ辺りを見渡すと、自分と同じように汚れきった人々の姿があった。皆ともに疲れ果て希望のない陰鬱とした表情を浮かべながらぐったりと地面に腰を下ろしている。おそらく彼らもまた自分と同じくすべてを失い、ここにたどり着いたのであろう。

少し見上げるとウルダハの強固な城壁が視界を埋め尽くした。まるで来るもの全てを拒むかのように街を取り囲む城壁。だが幸いなことにここの城門は常に開かれているの。私はゆっくりと腰を上げ尻についた土を乱暴に払い、そして麻袋の中から奇麗な服を一着取り出して着替えた。

私はウルダハで人並みの生活を取り戻すために遠く辺境から旅をしてきた。記憶のない自分に何ができるかはわからない。そもそもウルダハが貧民の私を受け入れてくれるかどうかもわからない。しかしただ何もせずに朽ち果てていくのだけはごめんだった。

 

私は両手で自分の頬を叩き気合を入れる。そして期待と不安を胸に私はウルダハの門をくぐった。

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   ~拠点~

 
しまった・・・


ウルダハの街へとたどり着いたはものの、身一つで旅してきた私に当然ながら働き口のつてなどあるわけはない。

さて、この先どうすればいいか・・・
まぁ焦っても仕方がない、ちょっと街を見物して回ってみよう。

そう思い至った私は、キョロキョロと視線を迷わせながらブラブラと街中を歩き始めた。

 

 

ウルダハは街を取り囲むように築かれた円形状の城壁に囲まれた城塞都市である。外周部には商業都市国家「ウルダハ」を象徴するように多くのお店が軒を連ねており、中央部には劇場や闘技場などの遊技施設や各ギルド、そのさらに内側に政治の中心部となる政庁層がある。王宮などの重要施設以外は基本的に誰でも入れるほど開かれてはいるのだが、豪奢な内装で包まれた政庁層にこのみすぼらしい姿で入っていくには幾分精神的に抵抗がある。

マーケットに入るとたくさんの人で溢れかえっており、商人達の元気な呼び声があちこちで飛び交っている。賑やかな喧騒の中をぶつからない様に歩く。周りを見てみるとウルダハには自分のようなヒューラン族のみならず、多種多様な種族の者たちで溢れかえっている。もともとウルダハといえば、ララフェル族によって建国され現在もいまだ王政による統治の続く国だ。
豊富な資源と交易の要所という絶好的な地の利のおかげで、今やエオルゼアにおいて物と金の中心地となっている。また外部の者への門戸は常に開いており、そのおかげもあって様々な土地の商人や冒険者たちで賑わっている。ウルダハという商業都市は私のような地方出の貧しい者たちにとって、一攫千金を狙える夢のようなところなのである。

喧騒に包まれる市街地の一角に、華やかな街並みと対照的な薄暗い路地を見つけた。その路地に一歩踏み入れるとそこには私と同じような薄汚れた連中がたむろしていた。

どうやらここはウルダハの闇、貧民街のようだ。

実際こういう連中はどこにでもいるものが、ここまであからさまに街の一角を占拠していること自体、エオルゼア都市国家では珍しい。遠くに自警団らしき男も見かけるが我関せずといった感じだ。街の特性上、排除しても絶対的にいなくなることのない存在であれば、問題を起こさせない程度に管理し、放置したほうがいいということなのだろう。特にこういう「消えても誰も困らない」存在というのは、利権におぼれるものにとって金に換えられないほど便利なものだからだ。

しかしここが今の自分にとって居心地がいいのも事実。どん底まで身を落としたものにとって、活気で賑わう街というのは少々騒々しすぎる。薄暗く喧騒から少し遠のいたこの場所こそ、この街での活動拠点としては申し分ない。

手始めに話の通じそうな者を探して声をかける。こういうところには必ず「顔役」という元締めが存在する・・・はずなのだが、話を聞く限りどうもそういった人物がいるわけではなさそうだ。ということはもっと大きな「何か」によってここは支配されているということなのだろうか。そうでなければ、犯罪の温床でもあるスラムの治安が保たれるわけがない。

私はとりあえず空いているであろう一角に自分の居住まいを整えた。こういうところに新たに住み着く場合、俗にいう「挨拶」が必要ないというのは、少なからず救いでもあった。

 

冒険者

 

さて、拠点は築いた。これからどうしようか?

さっそく働き口を探しに街中をきょろきょろしながら歩いていると、丸メガネをかけたあからさまに怪しい男に声をかけられた。見るからに信用のおけない出で立ちではあったが、話を聞くだけなら問題は無いだろう。

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男はここウルダハの情報屋で、新参者を見つけると街の案内をしてあげているとのことだ。お代は私が冒険者や商人として大物になった時に、自分を情報屋として贔屓にしてくれればいいと言う。

右も左もわからない新参者を捕まえてちょっと恩を売っておけば、ゆくゆくは必ず自分を頼るようになる。

そう踏んでいるのであろう。小さな親切を餌に大きな儲けを釣り上げるということか。さすがウルダハの人は抜け目がない。まぁ実際のところ困っていたのは事実であるし、断る理由もない。情報屋として腕が立つのであれば、結局はこの男を頼ることになるだろう。メガネの男は自分が冒険者を目指していると勘違いしているようで、冒険者ギルドに行ってみるように勧めてきた。

ここウルダハではこの地域を根城とする蛮族「アマルジャ族」との争いが絶えない。さらにエオルゼアへの侵攻を目論むガレマール帝国も怪しい動きを見せているため、冒険者志望者には手厚い支援をしているとのことだ。加えて商売事に忙しい商売人達は、雑務を頼める冒険者の存在が欠かせないとのことだった。

これからの自分が「何をもって生業と成すか」についてはゆくゆく考えていくとして、それに至るための足がかりのために需要の高い冒険者で日銭を稼ぐことは良策であろう。私は素直に男の案内を受けて冒険者ギルド「クイックサンド」へと踏み入れた。

クイックサンドの中はたくさんの冒険者たちで賑わっており、奥にあるカウンターの中に小さなララフェル族の女性が立っていた。
男が言うには彼女がこのギルドのオーナーで、ウルダハの冒険者達の顔役ということだ。

余談ではあるが、ララフェル族は小柄な種族で、年齢を重ねてもあまり見た目も変わらない。かわいらしい外見からは判断できないほど高齢であることも珍しくはない。しかしながら、このオーナーからはただならぬ風格が漂っている。「冒険者」という風来坊達を取り仕切ってきた理由が必ずある。そう予感させるようなほどの威厳を、その小さな体に漂わせていた。

 

・・・・・まぁ、かわいらしいことには変わりはないのだが。


そんな多大に失礼なことを思いつつ、ギルドのオーナーに挨拶をする。
オーナーは名を、モモディといった。彼女が言うには国や地域を守るためにも商売を行うためにも冒険者の存在は欠かせない。そして5年間に起こった第七霊災終結に関わったとされる「光の戦士たち」の存在に敬意を表しながら、第二・第三の「光の戦士」の誕生を期待し、惜しむことなく冒険者たちへの協力を行っているとのことだった。

ただここ最近古参ベテラン冒険者の引退が目立ち、さらに冒険者を目指すものも減少していることも相まって、活動中の冒険者の数はかなり減ってきている、といううわさも出ているらしい。そのため冒険者を目指すものの存在は、ウルダハのみならずエオルゼア全体にとって、大変喜ばしいことである。

熱っぽく語るオーナーの真剣さと、それと相反するような愛嬌にあふれる立ち振る舞いに、自然と笑みが漏れてしまっていた。それに気が付いたオーナーは頬をあからめ、少し取り乱したことを隠すかのようにいそいそと冒険者の登録を促してきた。


私は迷うことなく登録書にサインをする。

 

やっと・・・いや、ついにウルダハでの生活が始まる。先は見えず、不安がまったくないわけではない。冒険者になる以上、明日にも簡単に死んでしまうことだって普通にある。それでもずっと深淵の底に沈みこんでいた自分が掴むことのできた、希望の一片であることは間違いはない。

 

これまで幾度となく絶望の中を歩んできた。

失望に打ちのめされて天を仰いだ日もあった。

空虚感から歩みを止めた日もあった。

あきらめから身を殺めようと思った日もあった。

それでも、

希望を持てと言い続けてくれた人がいた。

自分のために生きろと諭してくれた人がいた。

多くの屍を超えて今、私はここに立っている。

彼らが死を賭して託してくれた希望の証を

私は生きることで示さなければならない。


誰のものでもない、自分の人生のために。

 

 

~門出~

 

クイックサンドから表に出ると、いつの間にか姿を消していたワイモンドが待っていた。彼は私の姿を見つけると嬉しそうに手を挙げて駆け寄ってくる。自分が冒険者として登録をしたことを知ると、まるで自分のことのように喜んでいた。ワイモンドは「冒険者として新たな門出を迎えたものへのご祝儀」ということで、この街中で仕事の依頼先を求めている人物のリストを差し出してきた。

親切にしてくれるのはありがたいものの、初対面の者に対する好意としてはちょっと行き過ぎている様な気がする。なんといってもここは思念渦巻く黄金の魔境「ウルダハ」だ。ワイモンドはリストの受け取りを躊躇する私の気持ちを察してか、一度差し出した手を引っ込めバツの悪そうな顔をしながら説明してきた。

 

実のところ自分は冒険者ギルドのモモディ氏と手を組んでいて、この街を訪れた新参者をここへ案内するのが仕事の一つである。晴れて冒険者となった者にはまずは簡単にこなせる仕事の依頼主を紹介して、この街を活動拠点として根付いてもらえるように誘導している。そして紹介する様々な仕事を通して、この街で生活をしていく上で最低限必要な「知識」を身に着けてもらっている。そして最終的にその者が「冒険者」として適性かどうかを審査しモモディ氏に報告している。

冒険者といっても必ずしも皆が正しくあるとは限らない。そもそも出自が不明確な風来坊がほとんどであり、その者が冒険者として信用に値する人物であるかどうかの判断は見ただけでは難しい。だからこそ自分のようにこの街で広い顔を持つ情報屋が行動を監視して、逐次情報を冒険者ギルドに流している・・・いや、正確には売っている。監視しているなんて聞こえが悪いかもしれないが、適性もないのに冒険者になってしまったら、外に出た途端あっという間に死んでしまう。また最近では冒険者を装ったガレマール帝国の間者の流入が重大問題となっているため、国防上の重要な「役割」として国からも認められている。


すべてが手遅れになる前に、先手を取って食い止めるのも冒険者ギルドの務めってやつだ。悪く思わんでくれ。

 

ワイモンドはそう言うと、自分に向かって深々と頭を下げた。事情が分かればこちらも我を張る理由はない。そもそも私は「悪いこと」をしにここに来たわけではない。私はワイモンドに一歩あゆみ寄り右手を差し出した。それを見たワイモンドは顔を上げ満面な笑みを浮かべ、改めて握手を交わした。正直「見られている」というのは心地いいものではない。しかし自分としては隠すことなど何もないし、ただ普段通りに過ごせばいいだけのことだ。

最後に彼は私にひとつ忠告をしてくれた。


「うまい話はこれで終わり」

 

 

  ~剣術士ギルド~

ぼーっとしていても仕方がないので、早速ワイモンドから渡されたリストを手に依頼主のもとを訪ねてまわった。どの依頼も雑用程度のものばかりで、特に専門の能力を求められるようなものはない。しかしながら彼が言った通り、依頼を通してこの街の内情を垣間見ることができた。

「お使い」を通して分かったことだが、この街には様々な戦闘職と製作職のギルドがある。特に製作系ギルドへの所属はこれから金を稼ぐ上で必ず重要になってくるだろう。ただたくさんありすぎてどこに所属すればいいかいまいちわからないのだが・・。

 

雑用仕事をまじめにこなし顔を覚えてもらいだしたある日のこと「獣を倒して素材を集めてほしい」という依頼を受けた・・・のだが、

・・・・そういえば武器を持っていない。

旅の道中に携えていた剣はあまりにもボロボロでみすぼらしかった為「邪魔だから」という理由でウルダハに入る前に難民キャンプにあった露店で二束三文で売り払ってしまっていた。

仕方がない、新しく買うか。

私は雑用仕事で得たなけなしの金を手に、市場に向かった。

 

うーん・・・

 

店先に雑に置かれている剣を手にとってはみるものの、どれも思っていた以上に質が悪い。見てくれこそ剣のなりをしているが、細かく見てみると柄と刃の固定が甘くかったり、刃は打ち込みが足りずに強度不足だったり、重心がずれていて振りにくかったりと、まぁ何とも色々と問題のある商品が多い。

 

これを買うんだったら、売ってしまった剣を買い戻して鍛え直したほうがよっぽど安価で済む。今もまだ残っているかどうかはわからないが戻ってみるか・・・

 

店での購入をあきらめて難民キャンプの露店に向かおうと思ったその時、ふと冒険者ギルドでモモディ女史から「剣術士ギルド」への入門を勧められていたことを思い出した。

 

ひょっとしたら、入門すればそこで剣を一本譲ってもらえるかもしれない。最悪「ただ」ではなくとも剣術士ギルドにならまともな剣があるだろう。だめだったときは剣を買い戻しに戻ったらいいか。場所は確か・・・闘技場のあるホールの一角だったな。

 

私は踵を返し剣術士ギルドへと歩を向けた。

 

剣術士ギルドに到着すると汗の臭いが染みつく男臭い場に似つかわしくないほど対応の軽い受付嬢に、冒険士ギルドのモモディ氏からの紹介で来たことを告げた。既に話は通っているらしく剣術士ギルドの説明をチョー簡単に受けた後、ギルドマスターであるセラの元へと案内された。

受付から報告を受けたセラは、なんとも言い難いような難しい表情をこちらに向けている。実のところ冒険者ギルドに登録してから既に数日が経っており、一向に顔を出さない自分のことをいぶかしく思っていたらしい。私はセラにここ数日の動きを簡単に説明すると、納得したもののやはり不満げな表情を向けたまま、

 

(ワイモンドめ・・・・順番が違うぞ)

 

とか何とかブツブツと呟いていた。改めて私はセラから剣術士ギルドの説明を聞き入門の意思を伝えると同時に頭を掻きながら剣を持っていないことを伝えた。セラは呆れた表情を浮かべながら近くに立てかけたあった一振りの剣を手に取り、半ば投げやりな感じで私に向かって剣を投げ放った。

 

「練習用の剣ではあるが、街の近くにいるモンスター程度なら問題なく倒せるだろう。初心者でも扱いやすいようにバランスもとっている。代金はいらんから結果で返せ。」

 

私は慌てながらその剣を掴み取る。どうやら初対面の印象は最悪なようだ。ここでやってけるかどうか少し不安になったが、私は気を取り直して受け取った剣を試しに振る。

 

(やはり私の予想は間違っていなかったようだ。)

 

練習用の剣ということなので装飾の類は一切無く作りもいたってシンプルだ。しかしながら刃と柄のバランスは絶妙で振った時にも刃全体に力が伝わるように作られてる。しかも軽いおかげもあって切り返しが容易であり、攻守に優れた剣であることがわかる。刃にいたっても決して質のいい鉄ではないものの必要十分以上の硬さが出るように工夫され丁寧に製錬されていた。セラは試し振りする私の姿を見て「ほう?」と感嘆の息を漏らす。


「剣すら持っていないと言うもんだからとんだ素人がきたもんだと思ったのだが、なるほど・・・モモディから聞いていた通りずいぶんと筋はいいようだ。多少荒削りではあるが剣をふるった経験があるようだな。ではなぜ剣を持っていないのだ?」


セラの目が細まる。どうやら自分に対して新たな疑惑を抱いているようだ。ひょっとしたらワイモンドが言っていた「ガレマールの斥候」と勘違いしているのかもしれない。私は放浪暮らしの道中、食糧確保やモンスターから身を守るために剣を携えていたが、ボロボロだったためウルダハの城門の前にあった露店で売り払ってしまった。素材集めの依頼を請けて必要になったため、改めて調達しようと市場に行ったがろくな剣が売ってなかったことをセラに説明した。

 

「ん? ボロボロの剣だと?・・・・・するとあの剣はもしや・・・・」

 

 

セラは思うところがあったのか不思議そうな顔でぶつぶつと何かを呟き、時折うんうんと小さく頷きながら何かを考えているようだ。

 

「市場で店頭に飾っているものなんてのは見てくれだけの三流品しかないよ。あそこで売っているものの大半は野良の鍛冶職人に大量に作らせた粗悪品で、色々とケチをつけて二束三文で買い叩いたものを無知な客を相手に法外な値段で売りつけているんだ。いい業物ってのは大抵店の奥に仕舞っていてお得意様か金の持っていそうな冒険者が来た時だけ、掘り出し物があるなんて売り文句でこっそり出すのさ。

商売を長くやっていく上で大事なのは金を持っている「お得意様」をいかに作るかってことで、そのためには「あんたにだけ」っていう特別感が重要だからな。お前は目が利くようだが、商人にとっては金づるの匂いがしなかったんだろうね。ひょっとしたら商売敵が相場を見に来たと勘違いしたかもしれんよ?ともあれ、相変わらずここの連中のやることは姑息で腹立たしい限りだね。」

 

苦々しい表情でセラは語る。


「その点ここにある武具はすべて「リムサ・ロミンサの大手鍛冶ギルド」に直接製作を依頼したものだからな。練習用だからといって粗末なものは一つもないぞ。初心者は特にダメなものを持たせると変な癖がついてしまうし、戦いの最中に壊れちまったらそれこそ本末転倒だ。武具にも目が効くようになるために常に良いものに慣れさせているのさ。「ここの剣士は剣を見る目が無い」なんて評判がついてしまったら信用にかかわるからな。そういうところまで気を使っているんだ。だからお前もここに所属する以上、ギルドの看板を背負っていることを自覚した上で行動してくれよ。」


セラは真剣な表情で話す。だが、先ほど私に対して向けられていた疑惑に満ちた表情は消えていた。どうやら私をギルドの一員として認めてくれたようだ。私はほっと胸をなでおろした。


「さて、前置きが長くなったな。では早速だが街の外にいるモンスターを何匹か狩ってこい。武具の製作依頼をしているのだが、材料が足らんらしくてな。必要な材料と必要な量を書いたリストを受付のルルツから受け取ってくれ。では頼んだぞ。」


そう言うとセラは、修練中の者への技術指導に戻っていった。
受付に目を向けるとルルツが嬉しそうに私に向かってチョー笑顔でブンブンと手を振っていた。