FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第四十九話 「決意」

突然突き付けられた「現実」に、私は言葉を詰まらせる。
その表情を見て、ハ・ナンザはなぜか納得したようにうんうんと頷く。


今君が抱いている感情は、鍛冶師だけでなく「クラフター」や「ギャラザー」を目指す者達が必ず直面する問題だ。
確かに出来ないものを出来るようになる、作れなかったものを作れるようになるという工程は「自己実現の達成」に直結する。
だが「なぜお前はモノを作るのか」という命題に直面した時、答えられない者の方が多い。

別に即答できないことは悪いことじゃないよ。むしろそれが正解だと私は思う。
私の経験上、自信満々で即答できる奴の方が、壁にぶち当たった時に乗り越えられずにあっけなくやめていくしね。
当の私だって初めから鍛冶師になりたかったわけじゃない。どちらかと言えば成り行きでここまで来たと言ってもいい。

「才能」なんて囃し立てられている「閃き」や「発想力」なんてのは、そもそも「壁」を越えるために絶対的に必要なものではないんだ。
だが、それを自分は「持っている」と信じていた思いが強ければ強いほど、「壁」を乗り越えることができなかった時のショックが大きい。
なぜなら、虚像だった自分の姿を知ってしまうからね。

今答えられないのなら無理して考えて答える必要はない。
それは差し迫って重要な事でもない。
でも、職人である以上必ず大きな「壁」にぶつかる。
その時、自分がどうありたいのかをきちんと見定めておかないと、迷いに囚われて抜け出せなくなるんだ。
だからどこか心の片隅にでもいい

「自分は何故ものを作るのか?」

その問いをいつでも心に留めておいてくれ。


真剣な表情で私に語り掛けるハ・ナンザは、壁に掛けてあった工業用の耐熱ミトンを手にはめると、未だ熱を帯びるブロンズインゴットを手にして見始める。
そして見習いの職人たちに声をかけ集めると、彼らが作ったインゴットと並べて違いを見比べさせていた。


どうだお前ら。このインゴットとお前たちが作ったインゴット。並べてみただけで品質の差は一目瞭然だ。
色も輝きも全然違うだろう? 変な凹凸もなく、まるで磨かれたような表面は、不純物が限りなく取り除かれた証拠でもあるんだ。

お前たちが目指すべきはこの品質だ。
商品の出来は、いかに高品質の材料を用意するかにかかっている。
一つの工程でも手を抜けば、品質にこれだけの差が出るんだ。
その差は、製作時の加工のしやすさだけでなく、出来上がる商品の出来きも、もちろん売れる金額もすべてが違う。

なぁ君、職人歴はどれほどのものだ?


突然投げかけられた問いに私は慌てて「半年ぐらいだ」と答える。
すると、見習いの初空人達から小さなどよめきが聞こえてきた。


今までお前らはうちのベテランが作ったインゴットしか見てきていないから、時間を掛ければいつか自分も作れるようになると思っている奴もいるかもしれない。
だが職人歴がたったの半年のものですらこれだけのものを作れるんだ。
これは彼の「センス」によるものではないよ。すべては努力と修練の積み重ねの結果によるものだ。
自分の腕を現実として受け止め、更に自分を高めたいと思うのならば、これを作ったこいつにコツを聞けばいい。

そうハ・ナンザが言うや否や、職人見習の連中は一斉に私のことを取り囲み、あれやこれやと質問攻めにする。
私は焦りながらも、一つ一つの質問を聞き、身振りや手ぶりを加えながら丁寧に受け答えた。
すべてはおやっさんの小言と、弟子の男が合いの手のようにくれるアドバイスの受け売りでしかないが・・・。

ハ・ナンザはその光景をみつつ、改めて私の作ったブロンズインゴットを手にしながら、うんうんと頷いていた。


見習い職人たちの質問攻めから解放されると、私はハ・ナンザに対して非難の表情を向ける。
その私の顔を見てハ・ナンザは苦笑いをしながらも「うちの職人にとってもいい刺激になったよ」と笑っていた。
そして、ハ・ナンザはスッと居住まいを整え直して、真剣な表情で私に対峙する。


さて・・・・
実はここからが本題なんだ。

君の腕は見せてもらったよ。
さすがはおやっさんの工房から逃げ出さなかったこともあって、基礎の基礎はみっちりと叩き込まれていたようだね。
基礎がしっかりしていれば、もっと難しい材料の加工もできるようになる。
忍耐力と気力も十分以上だ。職人としては、本当に将来有望だよ。

で、どうだい?
うちで働かないかい?

 

 

私はハ・ナンザの口から出た言葉を理解するのに随分と時間がかかった。
そしてやっと理解が追いついたとき、私は大きく「ええぇっ!!」と体をのけ反りながら声を上げて驚いた。


誤解しないでほしいのだが「冗談」ではないぞ。
その・・・・あれだ、実は親父さんからの了解ももらっているんだ。


突然の話なこともあるが、私はハ・ナンザの「勧誘」の真意がわからない。
たくさんの職人を抱えている工房が、何故私を引き抜こうとしているのか。
そして何よりも、N&V社への移籍話をおやっさんが許可したこと・・・
私にとってその事が思っていた以上に胸に突き刺さった。


もちろん、君の意向を尊重するよ。
親父さんにも直接「やる」とは言われていない。「欲しいのなら本人に聞いてみな」と言われただけだからね。
君はこのギルドはたくさんの職人を抱えているように見えるかもしれないが、実は全くを持って人手が足りてないんだ。

その原因はモラビー造船廠の造船師不足にある。
それを補うために、工房からベテラン技師の多くをそちらに回しているんだ。

あそこに部品を届けた君ならわかるかもしれないが、我が社で建造中の「ヴィクトリー号」は今や危機的状況にある。
ガワこそ出来上がっているから見てくれは進んでいるように見えるが、今はただバカでかいボートみたいなもんで、心臓部や中の装飾やら設備やらは遅々として進んでいない。
当初の予定では既に完成しているはずなのだが「少しばかり」見込みが甘かったようだ。


ハ・ナンザはどこか自虐的におどけて見せる。


ナルディク&ヴィメリー社にとってヴィクトリー号建造は今まさに重大な岐路に立たされている。
恥ずかしながら、予算に対するあれの建造費を差し引くと、大きな赤字になる見込みだ。
このまま「人手不足」という理由で他の受注を断りながらも今のペースで建造を続ければ、うちは大きな負債を抱えたうえで最悪倒産してしまうかもしれない。

発注者であるメルウィブ提督に予算の増額を打診してはいるが、万が一メルウィブ提督が倒れてしまい、提督選出レースが開催されて別の海賊団の団長が提督となった場合、予算食いのヴィクトリー号の建造は凍結、最悪の場合破棄される可能性もある。そうなったとすればうちはお終いだ。

経験を何十にも積み重ねて作り上げてきた伝統と技術、そして知識は、どこかの金持ちに二束三文で売り払われ、伝統あるナルディク&ヴィメリー社はリムサ・ロミンサの表舞台から姿を消すことになるだろうな。

であるならば、今の段階でメルヴィブ提督に事情を説明し、多額の違約金の支払いを覚悟のうえでヴィクトリー号造船から一旦手を引き、依頼が溢れている小型・中型の造船を始めて地を固め直したほうが会社にとっていいことは明らかだ。

「今は集中して職人を育て、地が固まり次第ヴィクトリー号の建造に戻ってもいい。大型船の造船は会社にとって「花形」ではあるが、造船能力が足りていない現状ではお荷物でしかない。」

そう、副社長であるブリサエルは考えているんだよ。


ハ・ナンザは手を大きく広げて説明を続ける。


確かに、船を失って陸に上がらざるを得なかった海賊団たちも、地道に資金を溜めながら再び海に戻ることを夢見ている。
海賊にとっての母なる大地はやはり「海の上」であり「船の上」だ。
それに霊災後に長く続いた不況を抜け、少しずつではあるが景気が上向きになってきた今だからこそ、みんな新しい「船」を求めている。

それは私も分かっている・・・分かってはいるんだ。
だがね・・・・うちの職人たちは中途半端に仕事を終わらすことに納得しない。
さっき言っただろう? モラビー造船廠に集めているのはうちのベテラン勢だ。
言えば、親父さんと同じく「職人」としての矜持を持った頑固者揃いなんだ。

ヴィクトリー号の建造を一旦取りやめると言ったら、彼らはうちの会社、いや、それよりも私への信頼は紙くず同然となるだろう。
気力の抜けた職人はいくらベテランだとしても使い物にならない。
うちの会社を見限って、やめていくものも多く出るだろう。

そうなってしまっても、会社は終わってしまうんだ。
職人のいない工房で、何を作れっていうんだい?

私はこの会社の代表として、会社を、そしてそこで働く人を守らなければならない。
だが「会社」をとっても「職人」をとっても、今のままではたどり着く先は破滅だ。
そうならないためにも私は色々な手段を検討し、最善の意思決定をしていかなければならないんだ。


私はハ・ナンザの激白を聞いて言葉に詰まる。
リムサロミンサだけでなく、エオルゼア全体から見ても鍛冶工房としてN&V社は最大手。
しかも、リムサ・ロミンサの造船業者は今やN&V社のみだ。
さすがに国内外においても経済に深く直結しているN&V社をリムサ・ロミンサは容易に潰すことはないだろうが、自分の手から経営が離れてしまうことに危機感を感じているのだろう。

だが・・・自分ごときがN&V社のギルドに入ったからといって、何の役に立つのだろうか?


で、さんざん考えて行き着いた答え。
それは「働き方」さ。

君はまだ理解していないだろうが、たった半年であそこまでのものを作れるなんてのは職人として「特別」なんだ。
それは親父さんの「教育」の賜物と言ってもいいけど、君のように親父さんのシゴキに耐えられる者はほとんどいない。
ちょっと強く怒鳴っただけで、「自己否定された」と思ってやる気をなくすものも多いんだ。

だからこそうちでは作業を分業し、製作に必要な専門スキルを個々に特化させることにより、職人レベルに左右されない品質の安定化を図っている。
おかげさまで工房の人員は減ったが、生産効率は倍以上にまでなった。

だがね・・・やはりそれでは士気が上がらないんだよ。
当然、私のやり方はベテラン勢にも理解されていない。

うちの工房の最大の弱点は、君のような年齢の「中堅」がいないことさ。
霊災前にはたくさんいたんだが、皆最前線で活動していたこともあって働き盛りだった多くの職人を津波で失ってしまったんだ。
今では新人か、古参かしかいない。
それでも少しずつは育ってはいるが、育つころに独立してやめていくものも多くてね。

職人は何処までいっても職人だ。
1から10まで「自分の手で商品を作り上げたい」という欲求は誰にも止められるものではない。
とすると、うちの工房みたいな分業作業では不満が出るんだ。
「効率」を求めすぎたら職人としての欲求を満たすことができなくなった。そのあたりでなかなか思うように人材を留めておけていないんだ。

だが、さっき見習いの連中に囲まれていた君の対応を見て私は確信したよ。
君なら彼らをまとめきれるんじゃないかってね。
親父さんのような頑固なベテランと若手のどちらにも目線を合わせることができるし、両者の懸け橋にもなる。
あれぐらいきっちりとした仕事ができるんだったらベテラン勢も納得するだろうし、若手も若手で技術欲求は大きいから気軽に相談できる人が欲しいだろうし。

「働き方」の壁に阻まれている「新旧」をうまく融合できさえすれば、今の難局を乗り越えるだけでなくこの会社をさらに飛躍させることができると思うんだ。


まっすぐ私の目を見ながら熱く語るハ・ナンザは、熱を帯びてきたのか白い顔をほのかに赤く染めていた。
だが正直なところ、初対面で駆け出しの私ごときにそこまで期待されても困る。
会社として切羽詰まっている状況にあることは分かったが、そもそも私よりも職人歴の長い人たちが突然湧いたポッと出の私に仕切られたら、それこそ不愉快極まりないだろう。
これは仕事を通して交流を深め、お互いがお互いのことをわかるようになってからこそ始める話だ。

私の微妙な表情を感じ取ったのか、ハ・ナンザは少し落ち着きを取り戻しながら、


すまない。ちょっと熱くなってしまったね。
今すぐ返事が欲しいというわけじゃないさ。
君には君の歩むべき人生がある。
だが、選択肢を広げることはいいことだと思っているんだ。

ゆっくりで構わない
考えておいてくれ。


そう言って、ハ・ナンザは私に部品代の代金を手渡してきた。
張り裂けんほどにパンパンに広がった金袋はずっしりと重い。
だがそれ以上に、私の心も重くなっていた。

金袋を持ってきた大きな袋に入れ直し、重い足取りで私は工房へと戻っていった。

 

工房に戻ると、めずらしく親父さんの姿はなかった。

どこかに出かけているんだろうか・・・
もしかして体調を崩して寝込んだとか!

私は慌てて弟子の男を探すと、普段と変わらない緩さで「おかえり~」と挨拶を返してきた。
弟子の男に「親父さんは?」と聞くと「気分が乗らないから今日は上がるってさ」と答えた。
私は胸をなでおろしながら、弟子の男に受け取ってきた代金を渡す。
「重っ!!」と言いながら男は金庫に代金の入った袋をしまった。中を確認しなくていいのかと聞いてみると、

あそこからの仕事はいつも金額を決めないでやってるからね。
幾ら入っているか数えたところで仕方がないのさ。
まあなんだ「泡銭」みたいなもんだよ。

弟子の男はケラケラと笑いながら腕をぐるぐると回した。


さて、おやっさんもいないしどうだい?
久々に今日は工房閉めて飲みに行かないか?
さすがに今回の依頼は体に答えたからね。
旨い酒と食い物でも食べながら鋭気を養おうぜ?


弟子の男の誘いに、私はすぐに頷いた。
正直、N&V社の一件を相談したいこともある。
おやっさんに報告しようと思ったが、弟子の男に先に話しておいたほうがいいだろう。

いそいそと工房の掃除をして、入り口に鍵をかける。
空を見上げると太陽こそ地平線に沈んだものの、空はまだ明るさを保っていた。

こんな時間に工房を出るのも久しぶりだな・・・

そんなことを思いながらも「よっしゃいきますかっ!!!」とテンションの上がる弟子の男と一緒に、溺れる海豚亭へと向かっていった。

 

よう! 随分とひさびさじゃねぇか!


溺れた海豚亭に入ると、バンダナを頭に巻いた店主の男が嬉しそうに声を掛けてくる。


ここに来たってことは、今日は親父さんはお休みかい?

最近徹夜続きだったからね。さすがの鋼の心臓を持つ男も体は休息が必要だろうしね。今頃はガーガーいびきかいて寝てると思うよ。


ずっと泳ぎ続けなきゃねぇマグロみてえな親父さんが!?
そりゃちょっと想像できねえな!


店主は「ハハッ!」と大きく笑うと、注文していないのに大ジョッキに並々と注いだビールをテーブルの上にドンッと置いた。


料理はお任せでいいかい?

へへ、旦那に任せるよ。

了解だ! 今日は活きのいい魚が手に入ったんだ!
それをメインにしてやるよ!


そう言いながら、店主はコックにあれこれ指示すると「ごゆっくり!」と言ってカウンターに戻っていった。

ここ「溺れる海豚亭」はリムサ・ロミンサにおいてリーズナブルな値段で酒や料理を提供する人気店だ。
ウルダハの「クイックサンド」と同じく「冒険者ギルド」でもあるため、地元の住民や海賊だけでなく多数の冒険者でいつも溢れている。

じゃあとりあえず乾杯といこうか!

ジョッキを手に取り、お互いに「お疲れ様!」と言いながらジョッキを合わせた。
炭酸の刺激が喉を通り、空腹の胃の中に一気に流れ込んいくと、じんわりとした感覚が胃を通して体全体に広がっていく。

ぷはぁ~!!
仕事上がりのビールはやっぱり最高だな!!


まるで髭のように白い泡を鼻下にいっぱいつけながら、弟子の男は満足げな顔で一息つく。
そしてしばらくすると、テーブルの上を埋め尽くさんとするほど大量の料理が運ばれてきた。
ここの料理は素材を生かした鮮度が売りの料理が多い。
クイックサンドの料理のように手間と工夫が込められた丁寧な料理ではないものの、最低限の調理で素材旨さを最大限に引き出す料理はクイックサンドとは違った旨さがある。
聞けば、ここの料理長はリムサ・ロミンサの名店「ビスマルク」で長年働いていた人物で「すべての人においしい料理を」と言う信念のもと「溺れる海豚亭」に移ったとのことだった。

私と弟子の男は、ジョッキを片手に料理に舌鼓を打ちながら雑談に花を咲かせる。
そして一通りの料理を食べ終わりまったりとした時間が漂い始めた時、弟子の男は目線をしっかりと私の方に向けながら、話しかけてきた。


さて、一つ聞きたいことがあるんだ。
今日N&V社に行ったとき、あそこの社長に何か言われたかい?


私は弟子の男の突然の質問にビックリする。
図星を突かれて驚きの表情をする私の顔を見て、弟子の男は「やっぱりね」と小さく言葉を吐いた。


朝から親父さんの様子がおかしかったし、金の受け取りを俺じゃないくあんたに任せたことにちょっと違和感を感じていたんだよ。
こう見えてもうちの工房の仕入れ交渉や金銭管理は俺がすべてやっているからね。
俺が仕事で手が塞がっていたり、不在だったらなんとも思わなかったかもしれないけど、今回は違う。

大方、引き抜きの話をされたんだろ?
「うちで働かないか」ってね。

弟子の男は、見ていたわけではないはずなのにズバズバと確信をついてく。
だが、そこまで察しているとすれば、こちらも好都合だ。
なにせ、今回はそれを相談したくてここまで酒を飲みに来ていたのだから。

私は弟子の男の言葉に頷くと、困った顔をしながら「どうすればいいかわからないんだ・・・」と心情を吐く。
弟子の男はその言葉に「それは君が決めるべきことだよ。」と冷たく言い放った。


そんなこと、俺や親父が決めることじゃない。
女社長に色々吹き込まれたかもしれないが、話しはいたってシンプルだ。
うちに残って働くか、N&V社に行くか。
ただそれだけのことさ。どちらを選択したとしても、あんたが何を思う必要もないし、こっちも向こうも何も思わないよ。なんせうちはN&V社にとっての別部門みたいなもんだしね。


弟子の男の話を聞いて私は驚く。
N&V社からの依頼仕事は確かにあるが、絶対量からすれば決して多いわけではない。
向こうからこっちの工房に人が来ることもないし、N&V社の話題が出ることもない。


そういえばあんたには言ってなかったか・・・ってまぁ言う必要もなかったしな。

おやっさんは元々N&V社の職人だったんだよ。

 

私はさらに驚き、思わず手に持っていたジョッキをテーブルに置いて前のめりになる。


あそこの女社長、ハ・ナンザはおやっさんにとっては娘みたいなもの、いや、娘になるはずだったが正解かな?
今はおやっさんは独り身だけど、ちょっと前まで息子が一人いたんだよ。
早い頃に奥さんを失くしてから、おやっさんは息子をずっと一人で育てていたんだ。
ただ、おやっさんは昔からあんなんだったらしいから、息子は中々のやんちゃものに育ってしまって相当苦労を重ねたらしいよ。

でもね、成人したころに突然「俺、親父みたいになる!」と言い出しておやっさんのいるN&V社に入社して、鍛冶職人を目指し始めた。
鍛冶職人としては・・・まあ並みだったみたいだけど、人当たりがいいから外商事には優れた才能を持っていた。
そして現社長のハ・ナンザと恋に落ちて、結婚を約束する仲までになったんだ。

でもね・・・霊災後に息子は突然N&V社をやめて、何故かイエロージャケットになった。
そして、警備のために乗船していた連絡船の事故に巻き込まれて、帰らぬ人となってしまったんだ。


そっからおやっさんは少し荒れてしまって、ギルド内で孤立してしまってね。
結局N&V社を離れることになったんだよ。
それでもハ・ナンザはおやっさんを見放さなかった。
新しい工房を開く資金援助をかってでて、回転資金が溜まるまでずっと仕事を出してくれた。
工房が順調に機能し始めて顧客ができると、自然とN&V社からの依頼は減っていった。
気を使ってくれているんだろうね。いつまでもN&V社からの依頼仕事で成り立っていたら一人前の工房とは言えないからね。
それ以来、今回のような案件ではない限り、こっちに仕事を出さなくなったんだよ。

だからおやっさんはN&V社、いやハ・ナンザ社長に恩義を感じているんだ。
相変わらず口は悪いけどね。

今回あんたをハ・ナンザに紹介したのは多分おやっさん自身だよ。
あそこはベテラン以外の人の入れ替わりが激しくて職人が安定しないからね。
あんたみたいに「芯」の通った職人を常に探しているんだ。
ここでずっと働いているあんたの姿を見て、おやっさんは「こいつなら」と納得したんだろうね。

でも勘違いはしないでくれよ。
おやっさんはあんたを捨てようとしているわけじゃない。むしろあんたは今の工房にとって既に大きな歯車だ。
こっちにとってもあんたの存在はすごく大きい。
これから経験を積んでもっともっと腕を上げれば、あんた無しでは回らないほどになるだろうよ。


弟子の男は目線を外して少し言い淀みながらも、覚悟を決めた真剣な表情で目線を私に戻した。


だから・・・・だからこそ今このタイミングだったのかもしれないけどね。
あんたが職人として育ちきってしまえば、こっちの工房としてもあんたを手放すことが難しくなる。
それ以上に・・・・

あんた自身、このまま鍛冶職人としてここで骨をうずめる覚悟はできていないだろう?


私は弟子の男の言葉にハッと息をのむ。
ハ・ナンザに言われて言葉を失った「なぜ物を作るのか」という職人としての命題。
その答えを導き出せなかった原因は、自分の人生に対する「覚悟」が無かったためと気が付いた。


あんたは元々ウルダハで冒険者やっていたんだろ?
ウィスタンからいろいろ話を聞いたよ。
凶悪な化け物に一人で立ち向かう勇敢な冒険者だったってね。
彼の命だってあんたが救ったらしいじゃないか。

 

そんなあんたが冒険者稼業をやめて、ここリムサ・ロミンサに来てうちの工房で働くことになったのかは俺にはわからない。
だが、あんたは武具の中で剣の製作だけがうまいことは納得がいったよ。
剣術士だったんだってな。

なぁ、冒険者をやめることに未練はないのかい?


私は弟子の男の問いに答えられない。
未練があるとかどうとかではない。
自分が歩みたいと思う自分の人生について、真剣に考えたことが無かったのだ。
正直なところ、このまま鍛冶屋としての生涯を歩むことに抵抗があるわけではない。
思い起こせば、私は手に職をつけたくてウルダハへと向かったのだから。

しかし・・・・

私は自分の意思とは別の大きな存在によって「死」を否定され、生かされている。


「クリスタルを探し、闇から世界を救うこと」

そんな大それた使命を、私はなぜか背負わされているのだ。サンクレッドも、私を送り出した男も、私が「特別な者」であることを知っていた。
・・・となると、私のような存在は他にも複数いるのだろう。

自分の在り方として、どれが正しいのか。
それを見つけ出すために、私はウルダハから出ることを決意したのだ。

考えに耽る私の表情をチラチラと読み取りながら、弟子の男は給仕にビールのお代わりを頼んでいる。


自分の生き方ってのは一つじゃない。
常に色々な選択をしながら、出来上がったものがあんたの人生だ。
冒険者として生きようが、職人として生きようが、あんたが決めた選択を誰も否定しないし、否定はできない。
だが、あんたは自分の人生の在り方を誰かに決めてほしいと思っているのならそれは大きな間違いだ。

例え自分の選択が間違いであったとしても、それを自分で決めたのであればいい。
でも、他人に任せた選択が間違っていた時、あんたはそいつを恨むだろうよ。
表向きは「人に任せた自分の責任」と納得したとしても、心の奥底では絶対に残り続ける。

そうなったら、後悔するのはあんた自身なんだぜ?

だからな、周りのことなんて気にするなよ。
迷惑をかけるとか、そういうことはどうでもいいんだ。
自分が納得できる選択を、取ればいいんだよ。


私は弟子の男の話を聞き、自分の心の中でずっとモヤモヤし続けていたものが晴れていく。
自分の運命を知りたいなんて、随分大それたことを考えていたもんだ。
例え私が「星から使命を与えられたもの」だったとしても、私には私自身が歩みたい未来がある。
それを見失ってしまっていたら、私はずっと運命に振り回され続けることになるんだ。


「あんたは強いな・・・」と弟子の男に答えると「照れるからやめろよな!」と笑う。
迷いから抜け出した私の顔に満足したのか、届けられたビールを手に「じゃあ改めて乾杯だ!」とジョッキを高らかに掲げ「カチャンッ!」とぶつけ合った。

第四十八話 「職人として」

モラビー造船廠~
モラビー造船廠は、第七霊災後「オシュオン大橋」を越えた先にあるエーテライトゲート、モラビー湾の側に建設された巨大な造船ドックである。
霊災時に大損害を受けた船の建造と修理、および黒渦団の軍船の建造・および保守を目的としてナルディク&ヴィメリー社によって建設され、現在ではダラカブの破片落下により起きた大津波で建造ドッグを失った競合他社と共同運営されている。

昔は軍事機密の守秘という観点から立ち入りを厳重に制限されていたものの、低地ラノシアの西の海の玄関口として、また霊災後に出現した塩とクリスタルにより形成された奇景「ソルトストランド」などへ向かう観光拠点として現在は限定的ではあるが開放されている。

 


モラビー造船廠に着くと、門衛にナルディク&ヴィメリー社の依頼で作った船の部品を納品しに来たことを伝えた。


門衛は荷馬車の中を改めると、近くにいた造船師に声を掛ける。
部品が到着した事を知った造船師は、慌てて造船ドッグの方に駆けていった。

しばらくすると、先ほどの作業員はガタイの良いルガディンの男を引き連れて戻ってきた。
ルガディンの男は私の顔を見るなり、不思議そうな顔をしながら「あんた新入りかい?」と聞いてきた。私はうなずくと、腕を組みながら私のことを物珍しそうにジロジロと見た後、うんうんと頷きながら笑った。


俺はここでヴィクトリー号の建造指揮を任されているアートビルムってもんだ。
まさかこんなにも早く部品が仕上がってくるたぁ恐れ入ったぜ。
さすがは親父さんの工房・・・・と言ったところだが、そのやつれ具合からすると相当な無茶をしたんだろう?


私は苦笑いをしながらアートビルムと名乗ったルガディンの男におやっさんの今の状態を説明する。


そうかそうか・・・さすがの親父さんもグロッキーだったか。
歳も歳だからあんま無茶させたくないんだが、言い出したら聞かない人だからな・・・
「部品を積み過ぎて座礁」なんてダセェことになっているから、今回の件はうちのギルドだけで対処したかったんだが、ウルダハからの大口の仕事と重なってしまってどうにもできなくてね。

無茶すると分かっていても親父さんに頼るしかなかったんだよ。


アートビルムは溜息を吐きながら、どこか遠くを見つめている。
おやっさんを思うアートビルムの表情からは、自分の親を思い、心配するような雰囲気が感じられた。


おっとすまねぇ! ちょっと感慨に耽ってしまってな。
俺も親父さんにはかなり世話になったからな。
俺がここでまっとうな仕事につけたのも親父さんのおかげなんだよ。
俺にとって親父さんは本当の親以上の存在さ。

さて! ここで立ち話もなんだ。
あんたも疲れているようだから、下で少し休んできな!


納品が完了した安堵感からか、張り詰めていたテンションが切れた体には津波のように疲労感が襲ってくる。
私はアートビルムに促されるように造船ドッグの近くまで降りて、椅子にドカリと座り込んだ。
激しい疲労感で包まれた体は、少したりとも動くことを拒否する。
そして疲れを思い出した脳は、慌てた様に強烈な眠気を持って体力の限界を訴えてくる。

私は体中から堰を切ったかのように溢れだす疲労感に抗うこともできず、目を閉じるとそのまま眠りの中に落ちていった。
何か私に呼びかける声も聞こえるが、もう瞼を開けることすら億劫だ。
頬を撫でる爽やかな潮風が心地よい。
空を駆ける海鳥たちの鳴き声や、造船所内に響き渡る喧騒すらも、今の自分にとっては心地のいい子守歌となっていた。

 

 

目を覚ますと、既に日は西側に傾き世界全体はオレンジ色に染まり始めていた。

しまった・・・・どのくらい寝ていたんだろう・・・
確か私がここに着いたのは昼前くらい・・・
とすると、4時間ぐらい寝てたかな・・・

未だに重い瞼を何とか動かし、あたりの様子を見る。
ふと自分の体に違和感を感じてみてみると、小奇麗なタオルケットが体に掛けられていた。
そばにあったテーブルには、飲み物が入ったグラスが置いてある。
私はそれを手に取り一気に飲み干すと、思い出しかのように空腹感を訴えだした腹が「ぐぅ~」という大きな音を立てた。

ふふっ

ふと自分のそばから小さな笑い声が聞こえてくる。
私は慌てて腹をおさえながら、笑い声がした方を見ると、そこには一人のララフェルの女性が立っていた。


「これをどうぞ」と言ってララフェルの女性は包みに入った箱を私に差し出してきた。

これはお弁当・・・か?

私は戸惑いながらもその包みを受け取り、テーブルの上で包みを解く。
箱の蓋を開けてみると、中には食べ物がぎっしりと詰まっていた。


私はここで働く造船師の皆さんにお昼のお弁当を作っているんです。
今日は間違って一個多く作ってしまったみたいで・・・
私はこんなに多くは食べられないので、もしよかったら食べてください。
あっ、でも、無理にとは言いませんから!

そう言いながら、ララフェルの女性は恥ずかしそうにもじもじとしていた。
弁当からは旨そうな匂いが立ち上っている。
力仕事で体力を使う造船師の栄養を考えているのか、量もかなり多く、肉などの精が付くような品目が多い。
弁当の中身を見ていると、口の中にじわじわと唾液があふれ出てくる。
そして私が返事をする代わりに、腹が再び「ぐぅぅっ!!」と一際大きな音をたてた。

私は恥ずかしくてたまらなくなり、頭を掻きながら「いただきます」と言うと、ララフェルの女性は「召し上がれ!」と嬉しそうにはにかんだ。

「ガツガツ」という表現があうほどの勢いで弁当を平らげていく。
味については申し分ない。というか、こういうちゃんとした手料理を食べるのは久々かもしれない。
工房では金属を加工することにおいては一切の妥協をしないものの、食に関してはかなり大雑把だ。
時間が無いときは調理の必要のないものを雑に切ってそのまま食べたり、炉の炭を使って雑に焼いた肉を頬張ったりと、どこか流浪生活を思い出させる食事が多かった。
ただ、さすがはリムサ・ロミンサだけあって、食材のどれもが新鮮で塩と胡椒さえあれば大抵のものは旨かったのだが。

ララフェルの女性はその様子を満足そうにしながら、テーブルに置いてあったポットから飲み物を器に注ぎ、そっと私に手渡してきた。
私はそれをペコペコしながら受け取ると「焦らないでよく噛んで食べてくださいね」と言いながら、ララフェルの女性は微笑んでいた。
箱の隅に残った食べ物の破片の一つも残さぬように食べきり、器に入った飲み物をごくごくと飲み干す。
満腹感と満足感に包まれ「はぁ~~」と深く息をつくと、私は椅子の背に深々と体を持たれかけた。

やっぱり飯っていうのは幸福感に直結するよなぁ・・・・

そんなことを考えながらボーっと空を眺めていると「お口にあいましたか?」とララフェルの女性は私の腑抜けた顔を覗き込んできた。
私は慌てて居住まいを正し「大変おいしゅうございました!」と変な丁寧語で答えると、ララフェルの女性はどこかほっとした表情をしながら「お粗末様でしたっ!」と言って、食べ終わった弁当箱を手早く片付け始める。
そして、ペコッと大きくお辞儀をすると、トテトテと小走りで去って行った。

色々なララフェルと会ってきたが、ああいうタイプの子は初めてだ・・・

ふと頭の中に、キキプやルルツ、ナナモ女王やモモディの顔が浮かんでくる(あと砂の家にいた子)。
思えば、私は押し切られる形でナナモ女王主催の晩餐会に参加する予定だった。
しかし、その前に私は何者かによって計画された策謀によって死亡。
なぜか生き返った私は、正体不明の男の手引きによって逃げるようにウルダハから脱出し、ここリムサ・ロミンサでの生活が始まった。

みんな元気しているだろうか・・・?

そういえば、最近では工房での忙しさもあって遠く離れたウルダハで出会った人たちのことを思うことは無かった。

晩餐会をすっぽかし、挨拶も無く急にいなくなった私をナナモ女王陛下はどう思っているのだろうか・・・
新たなスタートを切った剣術士ギルドのミラ達は、アルディスよろしく突然姿を消した私に幻滅しているだろうか・・・

もし私が死んだことが伝わっていたとしたら、

みんなは悲しんでくれたのだろうか・・・

昔を思い出し、哀愁に囚われた心が急速に冷えていく。
これまでとは違う環境、余計なことを考えることすらできない忙しさ、そして新たな事に対する好奇心は、過去を忘れさせてくれた。
しかし、だからといって自分の過去が消えるわけではない。
いち冒険者として駆け回った日々。ただがむしゃらに走り、色々なことに巻き込まれ、幾度となく命を危険に晒してきた。

そうしてやっと積み上げたもの・・・・それはまるで薄く張った氷のように、たったの一瞬で壊された。

私は椅子の背に体をもたれかけ、再び「はぁ・・・・」と深く・・・・深く息を吐く。
それは先ほどの満足感から出た「息」ではない。
紛れもなく、疑う余地のないほどに暗く淀んだ「ため息」であった。

 

なぁあんた・・・・ワフフと知り合いないのか?


一人物思いに耽っていた私の背後から、今度は低音の効いた野太い声が聞こえている。
油断していた私はその声に驚いてしまい、思わず椅子から無様に転げ落ちてしまった。

「おいおい、大丈夫かあんた・・・」と呆れたような声と共に、アートビルムは私に手を差し伸べてくる。
私は「す・・・すまない」と謝りながら、アートビルムの手を掴んでゆっくりと立ち上がった。
アートビルムは私のただならぬ気配を感じ取ったのか「ならいんだが・・・」と言いながら、声をかけたもののどうすればいいか迷っているようで、どこか遠慮がちに私のことをチラチラと盗み見ている。

なんか気を使わせてしまったな・・・

私はどこ無く流れている気まずい雰囲気を振り払うため「あのララフェルの子はワフフと言うのか?」とアートビルムに聞く。
そして続けて「知り合いどころか初めて会ったよ」と答えると、

あ・・・あぁ。そうなのか?
あの子は別に人見知りってわけではないんだが、特製弁当までふるまうほどに見ず知らずの人に心を開いていたことが意外だったんだよ。
ワフフの特製弁当は、ここで働く「独身造船師」だけが享受することの出来る特別なものなんだ。
弁当を造船師から分けてもらうならまだしも、部外者がおいそれと食えるもんじゃねえんだぜ?


アートビルムはどこか悔しそうな気配を匂わせながらも、不思議でしょうがないといった表情で私のことを見ている。
私は「余った弁当をもらっただけだ」と答えると、アートビルムは更に頭を捻って「いや・・・むしろ一個足りなかったはずなんだよな・・・」とブツブツ言っていた。


まぁいい・・・。
だが、ワフフに気に入られたからって許可なく手は出すんじゃねぇぞ。
あの子はここモラビー造船廠にいる独身男性にとっての花だからな。
飾り気こそないが、健気で優しいワフフの存在は日々キツイ仕事をこなさなければならない造船師の力の源だ。
あの子が誰か特定の付き合い始めたとなれば、あっという間にここは機能不全に陥っちまう。
それほどまでにワフフはモラビー造船廠の柱となっているんだ。


鋭い眼つきで熱く語るアートビルム。
たったの一度弁当をもらっただけであるのに、随分と過剰な反応を示すものだ。
モラビー造船廠にとって、それほどまでにワフフの存在が大きいのかもしれないが、彼女の本当の幸せのことを考えたことはあるのだろうか?

「偶像としての彼女を愛し、人間としての幸せは否定する。」

もし本当に彼女のことを思うなら、どんな形になるにせよ彼女にとっての幸せを笑顔で祝ってほしい。
例え最愛の人を見つけ、結ばれたとしても、モラビー造船廠に対する思いは変わらないだろうに・・・。
そう思う私は、間違っているのだろうか・・・

私はそんなことを思いながら「心に留めておくよ」と答えると、納得したのかしていないのか分からないような微妙な表情をしながらアートビルムは頷いた。


話しは変わるが、部品を確認させてもらったぜ。
相変わらずだが、親父さんのところのものはどれも格が違うな。
あんたの様子を見るに何日も徹夜したように見えるが、だからと言って品質が落ちているわけでもねぇ。
急ぎとあらば抜いてしまうようなちょっとした細工も、しっかりと作り上げている。精度も図ったかのように正確。
ほんと、毎度毎度驚かせられているよ。
あんたも部品を作ったのかい?


私はアートビルムの問いに対して、私が自分で作った部品がどれであるかを伝えると「へぇ・・・」と目を大きく見開きながら小さく唸った。


おやじさんのところは弟子を取らなくなって久しい。
ここ最近はずっと小生意気な弟子と二人でやっていたはずだから、あんたは所詮見習い程度の使いっ走りだと思っていたんだがな。
元々どっかの工房で働いていたとか?


アートビルムの質問に対して「いいや。元は冒険者だ」と答えると、


じゃぁ「期待の新人現る!」と言ったところか?
まぁ・・・新人というにはちょっと歳が行き過ぎているような気もするがな!!


アートビルムは余計な一言を付け加えながら「ガハハッ!!」 と豪快に笑った。
そしてアートビルムはふと真剣な表情に戻り、造船ドッグで建造中の船を見ながら話を続ける。


俺たちは早くこいつを完成させなけりゃならねえんだ。
霊災後に建造が始まった大型船「ヴィクトリー号」。
霊最後に初めて建造される大型船であり、メルヴィブ提督の旗艦にしてリムサ・ロミンサの復興の象徴さ。

だが・・・実際のところ建造は遅れに遅れている。
原因は慢性的な職人不足と、不安定な材料供給のせいだ。

霊災ん時に発生した大津波の影響で、数多くあった建造施設はことごとく破壊されてな、津波に飲み込まれて多くの造船師達が犠牲となった。
それ以来、リムサ・ロミンサ全体の造船能力は全盛期の半分以下まで落ち込んだ。。
経済が持ち直してきている今、軍艦はもとより商船、漁船、運搬船の造船依頼は後を絶たないが、造船師が絶対的に足りてない現状では受注がままならねぇ。
今どきの奴は「金を稼ぐこと」が目当ての基本職止まりな奴ばかりで、「造船師」を志す奴がいねぇんだ。
楽して稼げる仕事があれば、ほいほいとそっちに移っちまう。
せっかく職人として育てても、仕事を覚えてこれからって時にやめちまうしな。

親父さんとこも一緒だ。独立後にうちの会社は親父さんとこの工房に職人を斡旋していたんだが、親父さんの古臭い考えについていけるやつがいなくてね。結局誰もかれもすぐにやめてっちまったんだよ。
それに嫌気がさした親父さんは、いつしか弟子をとることをやめたのさ。


今さまらながら工房での親父さんのことを思い返してみると、確かに絶えず発せられる怒号は耐えようと思って耐えられるものではない。
おやっさんさんのあれは「人格否定ではなく職人としてのアドバイス」と理解できなければ、精神的に潰れてしまうのだろう。


「それにな・・・あそこに山積みになっている材料を見てみな。」と言いながら、アートビルムは山と積まれた木材を指差す。


あれはすべて「不適合品」だ。
調達している木材はウルダハの商人を通じてグリダニアからベスパーベイを経由して送られてくるんだが、高い関税を掛けられている割に品質が安定しねぇ。
シルバーバザーと交易していた頃はそんなことはなかったんだが、ベスパーベイに移ってからどうも様子がおかしいんだよ。
足元を見られているというか「交渉」という名の駆け引きに巻き込まれているというか。
霊災後の復興資金によってどこの国も困窮しているのは分かるが、商品に嘘をつくのだけはやめてほしんだよな。

俺らにとっちゃ国の「威信」なんてもんはどうでもいいんだ。
いっぱしの職人として、誰に見られても恥ずかしくの無い立派な「船」を作りたい。
ただそれだけなんだけどなぁ・・・。


アートビルムは「はぁ・・・」と深くため息をついた。
どうやらウルダハ商人の魔の手は遠くリムサ・ロミンサまで影響しているようだ。
ウィスタンが過剰に毒づくのもなんとなくわかるような気がしてきた。

「自由で平等な交易は、関係するすべての国にとって益となる。」

益を独占し商売を牛耳ろうとするものがいるからこそ、経済は停滞し国は衰退へと向かうのだろう。


おっとすまねぇ・・・・なんだか愚痴を吐いちまったな。
これは商品の受領書だ。
すまねぇが代金はリムサ・ロミンサのギルドから直接もらってくれ。
あと「本当に助かった」と親父さんに伝えてくれ。
また依頼するかもしれねぇが、そんときゃもっと納期のある依頼をするよ。
親父さんに無理させて倒れられたんじゃ、うちの社長にも申し訳が立たねぇしな!

私はアートビルムから受け取りのサインの入った書類を受け取り、荷馬車へと乗り込んでリムサ・ロミンサへと戻る。
その途中、夜の暗闇に紛れるように移動する複数の集団を見かけた。
私は不信に思いながらも、大切な受領書を持ったまま危険に飛び込むわけにもいかず、夜の街道をリムサ・ロミンサへと向けてひた走った。

 

翌日、工房でおやっさんにモラビー造船廠から預かってきた受領書を手渡そうとするが「お前が行って代金を受け取ってこい」と突き返された。
アートビルムからの伝言を伝えると「ハッ!困ったときにしか仕事を出してこねぇ奴が何を言う!」と、いつもの口調に戻っていた。
しかしながら、どこか体調が悪いのか足取りが少しおぼつかない。
私はおやっさんに「体調が悪いようだから休んでくれ」と頼むが、それでもおやっさんは頑として作業に向かっていった。


おやっさんは静かに休んでいることのほうが苦痛だから、少しでも動いていたほうが休息になるんだよ。
心配されると逆に怒るから放っておきな。本当にヤバいときは俺が止めるよ。


と、弟子の男が声を掛けてきた。
弟子の男もまだ疲労が抜けていないのか、どこか疲れを感じさせる様子だったが「残っている仕事は差し迫った仕事じゃないから、まぁぼちぼち進めておくよ。」といつものように笑いながらおやっさんの後を追いかけるように工房へと戻っていった。


私は受領書を持ってナルディク&ヴィメリー社(以下 N&V社)へと向かう。
思えば、N&V社のギルドに行くのは初めてだ。
リムサ・ロミンサを代表するクラフターギルドの一角である大規模ギルドの中をみれるのはいい機会だ。

N&V社のギルドはおやっさんの工房と違い、鍛冶師ギルドと甲冑士ギルドの二つに分かれている。
甲冑士ギルドのギルドマスターはN&V社の社長であるハ・ナンザが務めているが、鍛冶師ギルドのギルドマスターは同社の副社長であるブリサエルが務めている。
噂では二人は会社の経営方針に対して意見が合わずに対立していると言われているが、おやっさんに言わせれば「しょうもない子供のケンカだ」とのことだった。

私は甲冑士ギルドの受付に行き、モラビー造船廠に納品した部品の代金をもらいに来たことを伝える。
待っている間、私はしきりにキョロキョロしながら工房の中の様子をうかがった。


設備は最新のもので溢れ、いわば流れ作業のように工程別に分かれて進められていく製作作業を見ていると、極限まで効率化を重視しているようだ。
その整った工房の一角に、ひときわ古い炉と作業台を見つけた。
綺麗に手入れされているものの、そこだけが浮いたように異質な存在感を放っていた。

あそこだけおやっさんの工房と似ているな・・・・

そんなことを思いながら工房を見ている私に「あれが気になるかい?」と女性に話しかけられた。
声がしたほうを向くと、そこには短髪で特徴的なアイグラスをしたミコッテ族の女性が立っていた。
風貌からして随分と気の強そうな感じが滲み出ている。


あんたが親父さんの工房に入ったうわさの新人だね。
よし・・・じゃああいさつ代わり鍛冶屋としての腕前を見せてもらおうじゃないか。


突然の展開についていけず戸惑う私をよそに、ミコッテの女性は工房の職人にテキパキと指示をしている。
「どこでも好きなところを使ってもいいけど、君はあそこの方がいいかい?」とこちらの意見など初めから無いといった感じで、ひと際古い炉を指さした。
確かにおやっさんのボロボロな工房に慣れている私にとってすれば、あそこの方が使い勝手がいい。
私は仕方がなく頷くと、どこか見慣れた炉の前に立ち、渡された鉱石の塊を受け取る


その鉱石からインゴットを一つ作ってくれればいいよ。
ここにある道具ならどれを使ってもらっても構わない。


渡された鉱石を見ると「銅鉱」と「錫鉱」、それとアイスシャード。
とすると、作るのは「ブロンズインゴット」か。

ブロンズインゴットは鍛冶ギルド製作物の中において基本中の基本であり、

「製作に行き詰ったときはブロンズインゴット製作に立ち返り、基礎を思い出せ」

と言われるほどだ。
おやっさんにも口酸っぱく言われ続け、工房に所属してからというもの何度も何度も反復して作ってきた。

私は炉の温度を確かめながら、鉱石を炉に入れたそれぞれの耐熱容器の中にくべる。
そして不純物を取り除くためにいくつものを工程を経て、限りなく純度を高めた銅と錫を取り出していく。
ブロンズインゴットは他の金属に比べて製作が簡単だ。
しかしそれだけに、どれだけ手を込めたかが精度として如実に表れる。

どれだけ手をかけて不純物を取り除いていくか。

それが重要なのである。

精錬した銅と錫を取り出して、今度は二つを混ぜ合わせる。
銅と錫の割合はおやっさんにきっちり叩き込まれている。
一文の狂いも無いようにきっちりと計り、熱で溶け流体化した二つの金属を一つの耐熱容器に流し込み、撹拌して不純物を取り除きながらじっくりと精錬していく。
そして、耐熱容器を炉から取り出し、熱を冷ます工程に入ると、私の作業をただじっと見ていたミコッテの女性が話しかけてきた。


名乗るのが遅れたな。
私はN&V社を仕切っているハ・ナンザというものだ。
甲冑師ギルドのギルドマスターもしている。向こうにいるのがうちの副社長で、鍛冶師ギルドのギルドマスターをしているブリサエルだ。
すこし気の弱いところはあるが、私の地位を狙う野心家さ。


どこか皮肉を込めながらそう言うハ・ナンザの言葉が聞こえたのか、「ちょっ、やめてくださいよ! そんなつもりは毛頭ないですからねっ!」と大きな声でブリサエルは反論をしてきた

そのやり取りを聞いて、ギルド内の職人たちはクスクスと笑っている。
やはり対立しているという噂は噂でしかないのか、それとも体面上のことなのかわからないが、少なくともギルド内にギスギスとした雰囲気は見受けられない。


ハハッ! 同じ会社の社長・副社長という立場だが、鍛冶師と甲冑師はライバル関係だ。
工房にとって不利益になるようなら立場など関係なく指摘しあう。
そうやって今までここまでやってきたじゃないか。遠慮は無用だぞ!

ハ・ナンザがそうはやし立てるとブリサエルは少しうんざりした表情で「もう言いたいことは十分言ってますっ!!」と大きな声で答えた。


その返答に満足したのか、ハ・ナンザはこちらに向き直り、

まぁN&V社ってのはこんなとこだ。
街で噂になっていることなんて表面上でしか物事をみれない愚か者が触れ回っただけのこと。
確かに経営戦略での食い違いはあるが、それはお互いがお互いにこの会社を守っていくために思うことだ。
どちらも否定されるものじゃないし、対案があるからこそより良い計画が練られるってもんだよ。


街で囁かれている風聞なんてどこ吹く風・・・・なんて言いたいところだが、こちらから聞いたわけではないにここまで説明が入るということは、噂を結構気にしていると見える。
まあ、「工房は商品ですべてが決まる」という時代は終わり、最近ではちょっとしたうわさが評価を下げる原因につながっているらしいから、風評被害には敏感なのだろう。
ハ・ナンザのことだ。来る客来る客に同じようなやり取りをしているから、ブリサエルはうんざりしているのかもしれない。


さて、今度は君のことを聞こうか。
君はなんでまた親父さんの工房に?
あそこは並みの職人ではすぐに逃げ出してしまうほどキツイところだ。
今じゃ一品物の製作よりも、そこそこ品質のいいものを如何に手間をかけずに大量生産するかがトレンドだ。
それが求められている時代に、あえて一品物にこだわる親父さんところに行ったのかい?


私はハ・ナンザの問いに言葉を詰まらせた。
そう・・・私は別に職人になりたくておやっさんの工房に行ったわけではない。
むしろ「ただ連れていかれただけ」でしかないのだ。
確かに仕事に打ち込むことは嫌いではないし、今は辛ささえも溢れだす向上心の前にかすれてしまっている。
試行錯誤を繰り返し、困難を越えていく楽しさを覚えてからというものの、自分の「在り方」に疑問を感じる暇さえなかった。

しかし、それでも、

私はこのまま鍛冶師になりたいのだろうか・・・

ふと突き付けられた現実に、私は何も答えることができなかった。

第四十七話 「鍛冶」

おい! できたか!?

金属を打つハンマーを肩に担ぎながら、大柄の男が私に怒鳴る。
私が頷くと、男は近づいてきて「見せてみろ」と言いながら、私が製作した剣を手に取った。
色々な角度から刃の打ち込み具合や柄との接合部、おさまり具合など、こと細かくチェックしていく。


まだまだ雑なところはあるが・・・・こんなものか・・・


男はそう言って、私の作った剣をもう一人の者に手渡した。
私は「ホッ」と息を吐き、胸をなでおろしていると、


俺はまだまだ納得いってねぇぞ! 職人としての腕は未熟も未熟だ!
もっと精度を上げろ! もっと腕を磨け!!


大柄な男は安堵する私を叱咤し、ドカドカと自分の仕事場へと戻っていった。
その姿を見送りながら「よかったな」と、剣を受け取った青年が話しかけてきた。


やっとってところか?
あんたがここに来てからそこそこ経つが、ずっとやり直し続きだったもんな。
おやっさんの要求基準は厳しいから、俺も合格点を貰えるまでかなり苦労したもんだ。
でも、合格点をもらう前に根を上げてやめてく奴らがほとんどだから、あんたは相当見込みあると思うぜ?

とにかく、これであんたもはれてこの工房の職人として認められたんだ。
素直に喜びなよ。
どうだい? 仕事終わった後に祝いの酒でも飲みにいかねえか?


そう言いながら青年は私の肩に手を回しながら気さくに話す。
私は苦笑いをしながらも「是非」と言ってその誘いを受けた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ウルダハで計略に嵌められ殺された私は、生き返った時に出会った「私を知る男」の手引きによってリムサ・ロミンサへと旅立った。
特別な飛空艇にリムサ・ロミンサの発着場に着くと、一人の青年が私を出迎えてくれた。

 

ひさしぶりだねっ、冒険者さん!

私に声を掛けてきた青年は、シラディハ遺跡で銅刃団に襲われていたウィスタンだった。

ウィスタンの話によると、遺跡に現れたサンクレッドの手引きによって、彼とその仲間たちはリムサ・ロミンサにあるエーデルワイス商会に引き取られた。
初めはエーデルワイス商会の斡旋を受けて別のところに行く予定だったが、ウィスタンの商才と、一度「闇」を見たという経歴をかわれ、エーデルワイス商会での「表向き」の商売を一手に引き受けているということだった。


話しは聞いているよ。
冒険者さんも僕と同じように嵌められたってね。
本当にウルダハの奴らは見境がないな。
例え国が滅んででも自分の利権にしがみつく奴らをいつか根絶やしにしないと・・・


ウィスタンは何か義勇に駆られているのか、随分と物騒なことを言っている。
本人はそのことに気が付いているのかどうか微妙ではあったが、ウィスタンは話を変え、


さっそくで悪いけど、僕に着いてきてくれるかい?
冒険者さんがここに着いたら、案内してほしいと頼まれているんだよ。
そこは当面の生活を送るための「隠れ蓑」って彼は言っていたよ。


彼? 彼とはだれだろう。
もしかして、サンクレッドか?

私はウィスタンに「その男はサンクレッドか?」と聞いたが「違うよ。でもごめん・・・・これ以上は言えないんだ」と申し訳なさげな表情をしながら言葉を濁した。
私はそれ以上の詮索はせず、黙ってウィスタンについていく。
リムサ・ロミンサは初めて訪れる都市だ。正直右も左もわからない。

先導するウィスタンの後を着いていきながら街中を見渡す。

 

リムサ・ロミンサの街並みはとても美しい。
ウルダハのような城砦を彷彿とさせるような豪胆なつくりではなく、小さな岩礁や島々を橋で繋ぎ、そこに建てられた白亜の建造物が一体となり、上品で華麗な美しさを纏っている。
そのあまりの美しさから、近々諸国から「リムレーンのベール」と称されているらしい。

しかし、美しい街並みと相反するように、街中を歩く者たちにはガラの悪いものが目立つ。
それもそうだ。リムサ・ロミンサは海賊によって統治されている国。
数多くいる海賊団の中から、この国の党首が決められているらしい。
しかしながら不思議なことに、街中を歩いてみてもウルダハで感じたような胡散臭さはない。

「リムサ・ロミンサでの海賊同士の争い事はご法度」

そんな決まり事が、この国にはあるのかもしれない。

マーケットに差し掛かると、マーケットの片隅に露店を開く獣人の姿が目に入る。
すると突然、キキルン盗賊団に囲まれ殺された光景が脳内によぎり、私は思わず足を止めてしまう。

 

キキルン族がいる・・・。

突然立ち竦んだ私を不思議がって、ウィスタンもまた足を止めて話しかけてくる。

どうしたんだい?
あぁ、キキルンかい?
ここリムサ・ロミンサではキキルンだけでなく獣人の街の出入りは自由なのさ。
商売もまた然り。もちろん、ウルダハみたいに悪さする奴らもいるけど、街にいる彼らは大丈夫だよ。
その点でいえば、ウルダハより商売はしやすいかな。
まぁ口利きがあれば・・・って条件付きではあるのだけれどね。

実際のところ、マーケットはウルダハに比べて段違いに活気があるよ。
ここの商取引はリムサ・ロミンサの国家元首メルヴィブ提督直轄の「メルヴァン税関公社」によって管理監督されていて、商取引は公平かつ厳正に管理されているからね。

一方、一部の有力商人たちによって商売が牛耳られている上に鉱石の採掘量が減少しているウルダハは、マーケットの縮小だけでなく資源の枯渇にも直面している。
自由な交易を武器に海運力に物をいわせてエオルゼア以外の国との交易の厚いリムサ・ロミンサに、ウルダハはいずれ経済で追い越されると思うよ。


やはりウィスタンはウルダハの話になると途端に口が悪くなる。
シラディハ遺跡の一件でウルダハ・・・と言うよりはロロリトに対して相当な恨みを抱いているようだ。
しかし、確かにウィスタンの言う通りマーケットのあるメインストリートの人の多さはウルダハの比ではない。


売られている商品も様々なものに溢れ、一日中見てまわってるだけでも飽きないだろう。


禁制品や危険物とか、変なものを持ち込まない限り商売は自由。
商人として横の繋がりを広げられれば、斡旋や仲介で相互に商売を高めあえるんだ。
実業家だった僕にとっては、ここリムサ・ロミンサこそが理想郷だったかもね。
導いてくれた本当にサンクレッドさんには感謝しないと。

再びサンクレッドという名前を聞いて、私はウィスタンに「サンクレッドはここにいるのか」と聞いてみた。


サンクレッドさん?
ここリムサ・ロミンサにはいないよ。彼の管轄はウルダハだって言っていたから。


そうか・・・
サンクレッドはここにはいないのか。
ウルダハにいるということは、私は彼に会うことは叶いそうにもない。
さて・・・どうしたものか・・・


あっ、でも仲間の人がリムサ・ロミンサにいるって言っていたから、彼のことを知りたかったら探してみてもいいかもね。
たしか・・・ミコッテ族の流麗な女性で、彼と同じようにシャーレアンの機械を持っているらしいから見ればわかると思うよ。
まぁ・・・僕は会ったことないけどね。

さて、着いたよ。
ここが冒険者さんの新しい住処だよ。


そう言って、ウィスタンは綺麗な街並みの一角に建てられた掘っ立小屋のようなあばら屋に入っていった。

 

あばらやの中に入ると絶えることなく「カンッ カンッ」という金属叩く音が響いている。


おーいっ!! おやっさーーーん!!!


金属を打つ音に負けないような声でウィスタンは叫ぶ。
遠慮もなくどんどんと奥へと入っていくウィスタンの後をついていきながら、私はあばら屋の中をキョロキョロと見渡した。

ここは工房か?
あの音が金属を打つ音だとすれば、鍛冶屋か何かだろうか?

壁一面に整然と並べられた手入れの行き届いた工具と、床に置いてあった素材ごとに整頓された材料らしきものをみながら考えを巡らす。
外見が外見だっただけに中も散らかっていると思っていたが、あばら屋の中は狭いながらも几帳面なほどに整理されていた。

想像以上に奥行きのある小屋の奥へと進むと、一人の大柄なルガディンの男が作業に没頭していた。
真っ赤に焼けた金属のようなものをペンチにも似た鉄の工具で挟み込み、一心不乱にハンマーで打っている。
音のせいなのか、集中しているせいなのか、金属を打つ壮年の男は狭い室内にもかかわらず私たちが入ってきたことになんの反応も示さない。

浅黒く変色し、一通り打ち込んだ金属を確認しながら、再びオレンジ色に輝く炉の中に金属を入れ、再び赤く染まった金属を取り出してはリズムよく打っていく。
その工程を幾度となく繰り返し、金属の塊であったものはみるみる剣の刀身へと姿を変えていった。


一通りの作業を終えると、親父さんと呼ばれた壮年の男はこちらをじろっと見る。



ウィスタンはそれに動じることもなく、

おやっさん、連れてきましたよ。
期待の新人です。

???

期待の新人? 何のことだろうか。


壮年の男はジロジロと私のことを見る。
そして最後に私の顔をまじまじと見ると、気難しい顔をしながら、


なんでぇ・・・新人って歳でもねえじゃねぇかこいつは。
この歳で無職ってことは難民かなんかか?
だったらこっちはお断りだ!
あいつら働き口を探しに来ているくせに、ちょっとのことで「キツイ」だとか「限界」とか抜かしてヘタレやがる。

職人になる覚悟のねぇ奴が、銭稼ぎの目的でここに来られたんじゃ迷惑だ!


そう厳しく言って話を切り、作業に戻ろうとする。
そんな壮年の男にウィスタンは、

この人はそういうんじゃないよ。
冒険者で、色々な修羅場を経験してきている。
おやっさんの「しごき」ぐらいで音を上げるほどやわじゃない。

それに人手が足りないって最近ぼやいているらしいじゃないか。
ちょうどいい人材だと僕は思うけどね。

あいつ・・・・余計なことを言いやがって・・・
馬鹿野郎! 人手が足りてねえのはうちじゃねぇ!

はいはい、どんなに忙しくとも、おやっさんところは意地と根性で乗り切るからね。
いつも納期は守ってもらえているから問題ないけど、今のペースじゃいつか体を壊すよ。
おやっさんもいい歳なんだから、もう一人ぐらい弟子をとってもいいと思うけどねぇ。


二人の問答を聞きながら、意外にウィスタンの胆が据わっていることに驚いた。
普通の人であれば、職人気質全開な壮年の男を相手にしたら、ビビッてしまってまともに話もできなくなる。
ましてやウィスタンもリムサ・ロミンサに来たのは私と数か月程度しか違わない。

こういう「怖いもの知らず」なところを買われたのだろうか・・・

そんなことを考えながら、私は無言で立っていると。


おいお前。
鍛冶の経験はあるか?


と壮年の男はぶしつけに聞いてきた。



私は「経験はない」というと「ちっ・・・ど素人か・・・・」と吐き捨てる。
そして突然私に近寄り、グイッと私の手を引っ張りあげたかと思うと、手の平をじっと見始めた。
どうやらこの壮年の男は、自分のことが使えるかどうか判断しているらしい。

そして「ふむ・・・」と小さく呟くと「お前、冒険者歴は長いのか?」と聞いてきた。
私は「もともと自分は第七霊災の記憶を失くし、ウルダハで冒険者をしていた」ことを壮年の男に話す。
「なぜリムサ・ロミンサに」という問いに対して答えようとしたが、ウィスタンが焦りながら「色々あるんだよ色々ねっ!!」と割って入ってきた。

(・・・ああそうか、自分がウルダハを追われてきたことを話すと具合が悪いのか)

「ちっ、隠し事されるのは我慢ならねぇんだけどな!」と言いながらも、壮年の男はそれ以上のことを詮索してこなかった。


ただいま~~


入り口の方から、若い男の呑気な声が響いた。
若い男は口笛を吹きながら自分たちがいる部屋まで来ると「おやじ~、買ってきましたよ~。いやいや、今日はいいものが手にはい・・・・あれ? どちらさまで?」



若い男は私を不思議な顔で見ている。

「なんでもねぇ!」と壮年の男がプイッと横を向くと、すかさずウィスタンは「ご依頼の新人さんだよ。よろしくね。」と言った。
「お、おいっ! 誰もまだ弟子にとるって・・・」といいかける壮年の男の言葉にかぶせる様に、若い男は「よろしくねっ!! 新人さん!! いやいや、見込みのありそうな人だ!!」
と、大げさに手を握ってきた。



馬鹿野郎!
まだ俺はこいつのことを認めてねぇぞ!

いいじゃないですか~、おやっさ~ん。
新しい弟子をとるのに抵抗があるのはわかるけど、このまんまじゃジリ貧っすよ?
それに、へへ・・・新人さんが入れば俺も少しは楽に・・・

おめぇはもうちょっと苦労しやがれ!


弟子のような男に必死に抵抗する壮年の男を見ていると、なんだか心が和む。
ここぞとばかりに同調するウィスタンと弟子の若い男に押し切られそうになると、


ならお前、これを叩いて伸ばしてみろ!


と、私にハンマーを乱暴に手渡し、炉にくべられていた真っ赤になった金属の棒を取り出して、台の上に乗せた。

突然の展開の連続に私は戸惑う。
そもそも私は鍛冶経験など無い。
しかし、難しい顔をしながらこっちを睨んでいる壮年の男と、喜々とした表情で今の状況を楽しんでいる若い男二人の視線に負け、私は見よう見まねで熱せられた金属にハンマーを振り下ろした。

「カンッ!!」

という甲高い音が鳴ると、熱によって柔らかくなった金属が少しだけ変形する。
私はその変形を確認しながら少しずつ打っていく。

イメージするは・・・はやり剣か。

何を作るのか。
そのイメージが確定すると、私の金属を打つ間隔も短くなり、まるでリズムを刻むように打っていった。

「やめっ!!」という壮年の男の声が響き、私は手を止める。
壮年の男は私の打った金属の塊を見ながら「うむむ・・・・」と小さく唸っている。
そして、

だめだめだっ!
こんなんじゃ使い物にならねぇ。

そういって、私の打った金属片を金属くずが入ったかごに投げ入れた。

どうやら不合格・・・・みたいだな。

と、私があきらめかけると、


あんまり時間はやらねぇぞっ!
いっぱしのもん作れねぇようだったら、容赦なく捨てるからなっ!!


と吐き捨てて、壮年の男は工房を出ていった。
あっけにとられている私に、弟子の男は笑顔で近づいてきて「これからよろしくね!」と再び握手を求めてきた。

 

半ばなし崩し的に小さな鍛冶屋の工房に世話になることになってから、毎日が激務に次ぐ激務で何かを考える暇すらない日々が続く。
ただひたすらに焼けた金属と向き合い続け、親父さんからとりあえずの「合格」を貰えるまでに数か月を要した。
しかしながら、技術向上を目指す日々は今までに無いほどの充実感に溢れ、新たな技術を獲得することに喜びを感じられるようにまでなっていった。

そんなある日の朝、大きな欠伸をしながら工房の中に入ると、おやっさんはいつにも増して機嫌の悪そうな顔をしながら工房内をうろうろとしていた。


作業台の上を見ると、先日私が修理した農具が未だ残されている。
私はおやっさんに「まだ受け取りに来てないんですか?」と聞いてみると「作らせといて取りに来ねぇとは・・・うちも舐められたもんだなっ!」と声を張り上げた。

おやっさんは今日も元気だな。)

と思いながら苦笑する。

(それはそうと、あれは確かサマーフォード庄からの依頼品だったかな・・・)

イライラとしているおやっさんを見かねた私は「直接受け渡しにいって代金をもらってくるよ。」と言い、台に置かれたままになった農具を担いで工房を出ていく。
すると後ろから「シュテールヴィルンの野郎に配達代分も請求してこい!!」というおやっさんの怒号が聞こえてきた。


サマーフォード庄は中央ラノシアにある入植地の一つだ。
第七霊災によって大きな被害を受けたリムサ・ロミンサの復興計画の一つとして、メルウィブ提督の指示によって各地で拓かれ、船を失い海を追われた元海賊たちの働き口として、現在では多くの海賊が農夫として従事している。

その入植地の一つであるサマーフォード庄ではシュテールヴィルンという元海賊団の船長以下、団員たちが働いているが、実際のところ評判はあまりよくはない。
特に何か悪さをしているわけではないのだが、海を忘れられないのかいまいち農作業に身が入らず、技術指導のために雇われたベテラン農夫たちも船員たちのやる気の無さにお手上げの状況らしい。

今回は壊れた農具の修理依頼で、実は私が「商品」として初めて打ち鍛え直したものでもある。
ベテラン農夫ならまだしも、農業に身の入らない元海賊に見せたところで仕上がりの評価を得られるわけではないと分かっているのだが、それでもやはり気になるものなのである。

サマーフォード庄に着くと、あちらこちらで何することもなくただ酒を飲みながら騒いでいる一団が見られた。


畑で一生懸命に精を出しているのは技術指導のために雇われた農夫達だろう。
私は農夫たちに挨拶をしながら、坂を上ったところにある建物の前に行くと、頭を掻きながらあきれ果てた表情でサボる団員たちを見るルガディンの男を見つけた。

男は私が農具一式を背負っているのを見ると「見ない顔だが、もしかして工房の人かい?」と聞いてきた。
私がうなずくと、その男はさらに困った表情をしながら私に謝罪をしてきた。


すまねぇな・・・
その様子だと、うちのもんが引き取りにはいってねぇみてぇだな。
どおりで農具が戻ってこねぇはずだ・・・。
その背負っているものが俺が修理を依頼していたものかい?


私は頷くと、背負っていた農具一式を肩からおろし、その男に手渡した。
男は農具を受け取ると、まじまじと農具を見ている。
私は「何かおかしいところがあるのだろうか・・・」とドキドキしながらその様子をうかがう。
そして一通り農具を見た後、男は私に向かって


この農具・・・・おやじさんの手のものではねぇな・・・
あの小生意気な弟子のものでもない。
とすると・・・・ひょっとしてあんたが修理したのかい?

私はドキッとしながらも「そうだ」と答えると、男は改めて農具を見て、

経験はまだまだ浅そうだが・・・・
さすがオヤジさんとこで働いているだけあるな。
いい出来だ。

実はこいつは野良の鍛冶職人に修理を依頼したやつでな。扱いが荒かったのか修理が雑だったのか、すぐ壊れちまってよ。

前よりもずっと使いやすそうだ。
ありがとよ!


そう言って満足げな顔をしながら軽く農具を振り、うんうんとうなずいていた。
私は「お世辞でもうれしいよ」と言うと「世辞が言えるほど器用に見えるか?」と笑って答えた。


男は一度建物の中に入ると、代金の入った袋を私に手渡す。


わざわざ届けに来てくれた分、代金には色を付けておいた。
もう今回に懲りたから、オヤジさんのところにしか頼まねえことにするよ。
また頼むぜ! オヤジさんによろしく伝えてくれ!


と言って男はニカッと笑った。

サマーフォード庄からの帰り道に、赤い帽子をかぶった男とすれ違った。
赤い帽子の男は私のことをジロジロと横目で見ると「やべ・・・鍛冶屋の奴か・・・」と呟き、焦るようにサマーフォード庄に戻っていった。


工房に戻ると、中が随分と慌ただしい。
弟子の男は私の姿を見つけると「やっときたっ!!」と言って私の足元に抱きついてきた。


私は何事かと思い聞いてみると、ナルディク&ヴィメリー社のギルドから緊急の応援依頼が舞い込んだとのことだった。
弟子の男の話によると、モラビー造船廠で建造中の大型船「ヴィクトリー号」の重要な部品を乗せた運搬船座礁し、その衝撃で部品の入った箱が荷崩れを起こし、海中に沈んでいってしまったとのことだった。
座礁の原因は、一度に大量の部品を運ぼうとして過積載状態に陥っていた運搬船が、潮の流れのキツイ海峡で操舵不能となり、ぶつかったとのことだった。
海運大国であるリムサ・ロミンサとしては、なんとも情けない話である。

私たちの話を聞いていたのか「手が足りねぇからって大事な部品作成を外注に回すからこんなことになるんだ!」なんておやっさんのでかいグチが聞こえてくる。
しかしながら、文句が多いくせに困りごとは決して見捨てないおやっさんの心意気にニヤニヤしながらも、サマーフォード庄で受け取った農具の代金を弟子の男に渡し、すぐに作業に加わった。

結局、徹夜に徹夜を繰り返して何とか部品を作り上げた頃には、おやっさん含め全員が満身創痍だった。
納期が納期だけに私も随分多くの製作を任された。
初めは随分と心配していたおやっさんも、作り上げた部品を何度か見ると納得したのか、その後は確認することすらなくなった。

フラフラとした足取りで目に大きなクマを作っている弟子の男が近寄って来て、崩れ落ちるように床にドサッと座り込んだ。


「寝る間も惜しんで・・・なんて言葉もあるが、頭が朦朧としていちゃいいもんは作れねぇ。」

なんて生意気なことを言っていた時期が懐かしいよ・・・。
おやっさんに言わせれば、集中力が続く限り一気にやったほうがいいもんができる。
一度休んで集中力を切らすと、また同じ次元まで気を張り詰めるのに時間がかかる。
不具合ってのはそういう時に限って起こるもんだ

だとさ。
まぁ言っていることは理解できるんだけど、さすがの俺もまだまだその境地には達せてないけどねぇ~。


確かに気分がのっている時のおやっさんと、のってないときのおやっさんの機嫌の差は激しい。
気分が乗っていないときは声を掛けることもはばかられるような難しい顔をしながら、黙々と納得のいくレベルの仕事ができるまで何度も何度も作り直しを続ける。
逆にのっている時はまるで工程を幾つかすっ飛ばしているのではないかと思うほどのスピードで商品を仕上げていくのだ。

作り上げた部品の山を見ると、たった三人、その内一人が見習いという人員で作る量ではない。
途中からまるで自分が機械になったように無心で作っていたような気もする。
それほどまでに集中し続けた結果なのだろう。


連日に渡った徹夜作業でさすがにぐったりとした様子のおやっさんに、納品には自分が向かう旨を伝える。


弟子の男と一緒に完成させた部品を荷馬車に乗せた。
全身を気だるい疲れが包んでいるものの、冒険者時代の死線をさまよった時の疲労感に比べればさほど苦ではない。
むしろ、困難な仕事をやり遂げたという高揚感が未だ自分の気力を維持させていた。


タフだね・・・ほんと。
あんたがいなかったら今頃どうなっていたことか。
考えただけでも恐ろしいよ。

ただ、道中には気を付けなよ。
最近街道沿いに変な一団を見かけるって噂だからね。
別になにかものを取られたって話は聞かないけど、用心するには越したことはない。


しょぼしょぼと死人のような目を瞬かせる弟子の男の忠告に頷きながら、私は一路モラビー造船所へと荷馬車走らせた。

第四十六話 「目覚め」

ゆっくりと目を覚ますと、天井と呼んでいいのかわからない光景が視界に映る。

岩の天井・・・

薄暗く、灯す明かりも少ない空間の中に、私は寝かされていた。
耳にはぴちょん・・・ぴちょん・・・という水の滴る音が響いていた。

あれここ・・・見たこと・・・

っ!!!!!!!!

私はがばっと飛び起きて、周りを見る。
岩で囲まれた洞窟の中のような空間。
じっとりと淀む空気と、鼻孔を刺激する吐き気を催すような魚の腐ったような匂い。
炊かれた松明に照らされて、自分を閉じ込めるかのように鈍く黒光りする鉄の格子。

あ・・・・・あ・・・・・・

そう、私がいる場所は、

私が「ただの悪夢」と信じたかった場所そのものだった。

 

 

よう・・・気がついたかい?
本能から拒絶するような耳障りな声が、鉄格子の外から響いてきた。
そこに現れたのは、悪夢の中であった悪魔のような顔をした男だった。

私は歯をカタカタいわせながら、恐ろしさで体が動かない。

な・・・なんで・・・
わわ・・わ・・たし・・・ベッドで寝ていたはずなのに・・・

今が夢なのか、それとも今まで見ていたことが夢だったのか。
夢と現実の区別がつかなくなった私は、少しでもその男から距離をとろうと後ずさる。


まさか生きているとはな。
びっくりしたぜ。
番犬どもに骨までしゃぶられて、くたばったはずのお前が生きて宿屋に泊っていると聞いたときはよ。

そっくりさん・・・・ってわけじゃなさそうだ。

と、男を見て必要以上に怯える私をニタニタと笑う。

噂の「特別な者」ってやつか?
死んで体を失っても生き返るってな。
骨がなくなったと聞いてまさかと思ったが、本当に実在するなんてな。

なぁ・・・
村に帰りたいかい?

悪魔のような男は、私の表情を楽しむかのように覗き込みながら、私に問いかける。

ぇ・・・・なぜこの人、私の村のこと知っているの・・・?

私は悪魔のような男から村の話が出て「ドクンッ」と胸が跳ね上がる。


すると、悪魔のような男の後ろから、宿屋で優しくしてくれた行商人のお兄さんがすっと姿を現した。

!!!?

私は意図せず突然に表れた優しいお兄さんの姿を見てびっくりしたまま動けなくなる。
お兄さんはそんな私を見ながら、悪魔のような男と同じように不気味に笑っている。


こいつがあんたの言っていた「召喚士の卵」って奴かい?


悪魔のような男は、優しかったお兄さんに対して問いかけると「まぁ村の村長が言っていただけなんで本当かどうかはわかりませんがね。これがあれば本物かどうか判断できるでしょう。」と言って、悪魔のような男に本のようなものを手渡した。


ふーん。巴術士の連中が持つ魔導書ってやつか?
随分とボロボロだが、使えんのかこれ?


そう言いながら、本を開けて興味なさげにペラペラと捲る。


巴術士ギルドにいたやつが使っていたものなんで大丈夫でしょう。この手のものは新しいものよりも使い込んだものの方が価値があるらしいので。


優しかったお兄さんがそう言うと「俺には何が何やらわからんしろものだな」と言いながらパタンと本を閉じて、乱暴に私の目の前に投げ入れた。
その本は、村の長老様が大切に持っていた本と似ていた。
私が村にいたとき長老様に言われて、何度かその本を触ったことがあったけれど、光り輝くだけで何かが起きたわけではなかった。

長老様は「素質はあるがまだ早い」ということで、誕生日が来るたびにその本を触るように言いつけられていた。
私は本を触る度に強まっていく得たいの知れない感覚が怖くて、この数年はあえて力を抑えたりしながらごまかし続けていた。

でも、そのことがばれてしまったのか、村長さんは突然私のことをリムサ・ロミンサの巴術士ギルドに修行に出すと言い出した。
長老様は私を外に出すことを嫌がったのだけれど、村長さんは私のことを「村の希望として必要なこと」と言って、強引に村から送り出したんだった。


おい、それを使ってみろ。


と、悪魔のような男は私に言う。
でも、私はこの本の使い方なんて知らない。
どうすればいいかわからず戸惑っていると、悪魔のような男はイライラとした表情を浮かべながら優しかったお兄さんに向かって、


おいおい、だめじゃねえか。
こいつ本の使い方すら知らねぇみたいだぜ?
例え「特別な者」だからって、何も出来ねえ奴をのんびりと飼い続けるほど俺たちは気は長くねぇぞ。

この子の力の片りんは私も村で何度か見ております。
ただ、どうやらこの子自体が力を発現させることをどこかで拒んでいるようです。
だったら「発現」しなければならない状況に追い込んでみれば、覚醒するかもしれませんね。

と言う優しかったお兄さんの表情は、見たこともないほどに醜く大きく歪んでいた。


その言葉に納得したのか悪魔のような男が「おいっ!」と部下の者に叫ぶと「あいつらを連れてこい!」と命令した。

 

遠くから、獣の鳴き声が響いてくる。
私はその声が、犬の鳴き声とわかるとビクッと体を震わした。
声すら出ず、口をパクパクと動かしながら首を横に振る。

(いや・・・・いや・・・・・いやっ!・・・・)

幾ら後ろに下がろうとも、逃げだそうとする私を捕えるかのようにじっとりと黒く濡れた石壁に阻まれる。

背の高い男が犬たちに引っ張られるように檻の前に辿りつくや否や、犬たちはすぐにでも私に飛び掛からんと、柵の間に顔を埋め、ギャンギャンと喚きたてている。
口からは汚らしいほどに涎を垂らし、充血した目は飛び出るんじゃないかと思うほどに大きく見開かれている。

ハハッ! 随分と活きがいいな。
お前、相当うまかったんだろうな。
犬どもはお前の「味」を覚えてるみてぇだ。


死にたくないなら、さっさとお前の力見せてみな!


慈悲もなく、狂喜に錯乱している犬達が私のいる檻のなかに放たれると、一直線に私の元に向かって駆け寄ってくる。


また・・・・またわたし・・・
食べられちゃうの・・・
やだ・・・やだやだ・・・・やだっ

死にたくない!!!!!!!!!


痛みだけでなく、自分を失う恐怖を思い出し、
私は心に強く思う。
その思いに反応したのか、手に触れていた本がまばゆいばかりに光り輝いた。
自分の意思とは関係なく、ペラペラと頁がめくられている。
そして、ある頁が開くとぴたっと止まり、そこから光り輝く塊が飛び出してきた。

光り輝く塊は私と駆け寄る犬との間に立ちふさがり「キュキュッ」と小さく鳴くと、迫りくる犬達に向かって突進していく。
犬はその塊に怯むことなく、噛みつこうと飛び上がる。

瞬間、光の塊はその身を大きく震わせると、空気が鳴動するほどの轟音と共に強い衝撃波が犬達を一瞬のうちに切り裂いた。

耳障りな犬の鳴き声は聞こえなくなり、洞窟の中に静寂が包まれる。

パチパチパチ

少しして、静けさを打ち払うかのように拍手が聞こえてきた。
「すばらしい」と言って、優しかったお兄さんが私に向かって拍手をしていた。
悪魔のような男は腕を組みながら難しい顔をして、


あんたの言った通りだな。
・・・・だが、この程度じゃ巴術士の連中とかわらんじゃないか?
召喚士って奴がどういうやつなのか分らんから、どうといえたもんじゃねえが。

もしこの少女が召喚士として覚醒していたら、我々は今生きてはいられませんよ。
そもそも召喚士とは、蛮神を使役するほどの力を持っていた。
膨大な量のクリスタルと「信仰」という生贄をもってやっと顕現させられる蛮神を、彼らはその身に宿る法力のみで召喚し、自在に操るのです。
この少女はまだ未完。器としても完成されてはいません。

・・・しかし、

その身に宿る法力の大きさはここの巴術ギルドに所属するすべての巴術士を足し合わせても敵わない。
時期が来れば、自然と新たに覚醒するでしょう。

そんな危険な奴を俺らで扱えるのか。
見ろ・・・・、さっきまでは餌として投げ込まれたウサギみたいな怯えた目をしていた奴が、今や獣の目をしてこっちを見てやがるぜ?

言葉とは裏腹に、どこか余裕ありげに話を続ける悪魔のような男。

確かに、あの少女を縛る「切れることの無い鎖」は必要でしょうね。
そういって、商人の男は懐から一つのペンダントを取り出し、私に見えるようにかざす。


・・・・・あれはっ!!!

男が取り出したペンダントは、私が首から下げているペンダントと同じもの。
それは、お母さんが私に託したペンダントそのものだった。
呆気にとられる私に商人は、

あなたのお母さんは病気の療養を終えて、今は村にいます。
そしてこのペンダントがここにある。

この意味、あなたにわかりますか?


と、商人の男は私の顔を楽しむように見ながら、話す。

私は商人の男からペンダントを取り返そうと光の塊をけしかけようとするが、

おっと待ちなよ!

と言って、悪魔のような男は私に対して服を投げ込んだ。
見覚えのある服。それは私の大好きなおせっかい焼きなお姉ちゃんがいつも来ていた服だった。

お前の大好きな「お母さん」も「お姉ちゃんも」、まだ生きているぜ?

まだ・・・・な。
だが、お前が今俺らを殺してしまえば、お前の大好きな人と村人達は、子分共が報復として虐殺するように言いつけている。
お前は、俺らの命と引き換えに、自分の帰る場所と大好きな人達を失う覚悟があるのかい?


と、ニタニタと笑いながら話す。
私は頭が混乱してしまい、身動きを取ることすらできなくなった。
敵意を向けたまま、しかし動くことをやめた私を見ながら、


さて、取引と行こうか?


と、悪魔のような男が言うと、今度は目隠しをされた一人の男が連れられてきた。
見覚えのあるその男は、誰でもない。
私を襲い、片目を無くす原因となった彼らの仲間の男であった。

 

私を襲った男は、目隠しを解かれると、私のいる牢の中に入れられた。
「団長! すいません! すいません!!」と、鉄格子にとりつきながら悪魔のような男に対して命乞いをしている。
団長と呼ばれた男は、私を襲った男に一本のナイフを手渡すと、

そのガキを殺せたらお前の「掟破り」は見逃してやるよ。
簡単な事だろう?

と団長と呼ばれた男が言うと、私を襲った男はナイフを力いっぱいに握りしめながら、ゆっくりとこっちを見る。
ハァ・・・・ハァ・・・
見ても分かるほどに肩を上下に揺らしながら、荒々しく息を吐く。

お前のせいだ・・・・・・お前のせいだっ!!

と言いながら、目を真っ赤に血ばらせながら、大きく叫んだ。


さてガキ。
お前の選択肢は2つ。
こいつに殺されるか、こいつを殺して俺たちの飼い犬となるか・・・だ。

もし殺されちまったら、一人であっちの世界に行くのは寂しいだろうからな。
慈悲深い俺は付き添いに村の全員をお前んところに送ってやるよ。
あぁそういや、お前は死なねぇんだったな! 残念!!
解放はしてやるから、お前は自分のせいで村人が全員死んだことを悔やんで生き続ければいい。

もう一つは、こいつを殺したうえで、俺たちの飼い犬となることだ。
お前は俺らの貴重な番犬をたくさん殺しただけでなく、貴重な団員の一人を屠るんだ。
抜けた穴はお前で埋めてもらう。
なぁに、生きてさえすれば、村に戻れることもあるかもしれねぇぜ?


と、団長と呼ばれた男は私に宣告する。

おっと、考えている時間はないようだぜ?
こいつはお前を殺さない限りは死ぬ運命だ。
自分にとってどちらが最良の選択なのか。
行動をもってさっさと示しな。

ナイフを手にした男はじりじりと私の元へのにじり寄ってくる。
光る獣のような塊に警戒しながらも、怯むこともなくただ私を「殺す」為だけに間合いを詰めている。

団長と呼ばれた男によって突き付けられた選択肢は、私にとってどちらも地獄だった。

自分だけが苦しみ、村を守るのか。
自分だけが生きて、村を、大切な人達を殺すのか。

でも私には、元々選択肢などない。
考える余地すら、余裕すらも、何一つなかった。

私は、光る獣に小さく命じる。

ただ一言「殺せ」と。

 

勝負は一瞬だった。
私の言葉と共にはじけ飛んだ光る獣は、さっき私に飛びかかってきた犬のように、ただの一瞬で私を襲った男を切り裂いた。
フワフワとしているようなその外殻は、その一本一本がナイフでできているかのように、鋭く男を切り刻む。

しかし、先ほどよりも威力が弱いのか、男は致命傷を負いながらも、まだ息をしていた。

あが・・・・だずげ・・・で・・・・・だ・・・だれが・・・・

喉の奥から溢れる血で言葉が濁る。
ピクピクと体を痙攣させ、顔中血で濡れていないところが無いほどに真っ赤に染まっている。
それでも、ズリズリと体を動かしながら、今度は私から少しでも距離をとろうとする。


おいおいお前、ひどい奴だな。
瀕死になるまでいたぶっておいて、とどめを刺さないなんてな。
さすがに地獄を味わっただけあって、やることが残酷だな!

そういって、団長と呼ばれた男は腹を抱えて大笑いしている。
そして、にやつきながら私に言う。

言ったはずだ。
選択肢は二つ。
殺すか、殺されるかだ。


私はよろよろと立ち上がり、震える手で床に落ちていたナイフを拾う。

私は「殺せ」と命じた。
でも、心の奥ではこの男を、この男ですら殺すことに躊躇したのだ。
もはや血の塊となっている男を見下ろしながら、私はナイフを両手で握る。

そして、

私は男に馬乗りになると、

その体目がけて、ナイフを振り下ろす。

「ザクッ!」

という不快な肉の感触が手に伝わる。
男は既に体中の痛みによって精神が壊れてしまったのか、私に体を刺されても動くことをやめない。
私は刺さったナイフを抜き、再び体にさす。

ザクッ ザクッ

ザクッ ザクッ ザクッ

抜いては刺し、抜いては刺しを繰り返す。
顔が熱い。体が熱い。
男の血しぶきを浴びながら、私は一心不乱にナイフを刺す。

あ゛!・・・あ゛っ!・・・あ゛あ゛!!

声になっていない奇声を上げ、私は狂ったようにナイフを刺し続けた。
そして、いつしか、男は命が尽きた様に、ピクリとも動かなくなった。

殺し終わってみれば、私の心は驚くほどに冷めていた。

痛みも、憎しみも、悲しみも・・・・

絶望ですら、

今の私を苦しめるものはなかった。

そうか・・・・私はもう、


壊れてしまったんだ。

 

力の抜けた私の手から血に濡れていたナイフが滑り落ち、カランカラン、という乾いた金属音を立てて床に落ちた。


上出来だ!

団長と呼ばれた男は、私に対して拍手をしている。
この男が何かを叫んでいる。

しかし、私の耳には届かない。

何故なら

私は、

限りない絶望と引き換えに、小さな希望を見つけたんだ。

私は、

この男と商人の男の言う通り「召喚士」になって、

 

逃げ場のない絶望を与えてやるんだ。

 

 

 

第四十五話 「運命の鎖」

・・・・また知らない天井だ。

目を覚ました私の目に映ったのは、簡素な造りをした部屋の天井だった。

だるい体をゆっくりと起こして、目を擦りながら周りを見渡す。

ここ・・・・どこ・・・・?

なんだか記憶があいまいだ。

私は記憶の一つ一つを探りながら、今までのことを思い出していく。


そうだ・・・・
私はララフェルのお姉ちゃんと一緒におうちに帰るんだった・・・


村に帰れるということ。
それはとても嬉しいことのはずなのに、
なぜか気分が晴れることはなかった。

私は手で右目を覆う。
半分になるはずの視界は、変わらない。

なぜならもう既に、私の視界が半分になっているから。

うっ・・

吐き気にも似た気持ち悪さがこみあげてくる。
受け入れなければならない現実を前にして、拒絶するかのように気分が悪くなる。
ふと、部屋の片隅に小さな鏡があることに気が付く。

私の右目・・・・どうなってるのかな・・・

見てみたいという気持ちもある。
でも真実を知るのが怖くて、本能によって体を動かすことを拒否するかのように固まっていた。

うぅ・・・・

結局私は、自分の右目を確認する勇気が持てずに、現実から逃げるように布団の中に潜り込んだ。

あれ・・・
お姉ちゃんは?

優しいお姉ちゃんがいないことに気が付いた私は「ガバッ」と布団の中から飛び起きる。
キョロキョロと見渡してもお姉ちゃんの姿は何処にもない。

あれ・・・あれ・・・

窓もない小さな部屋に私は独りぼっち。

やだ・・・・やだよ・・・置いてかないで・・・・
一人はやだよ・・・・

私はベッドから這い出て、素足のままよろよろと扉に向かって歩き始める。
扉の外からは、ガヤガヤとした人の声が聞こえている。

お姉ちゃん・・・・お姉ちゃん・・・・

私は扉を開けて、人の声のする一階へとふらふら歩いて行った。

 


一階へ降りると、たくさんの人が一か所にまとまっている。
みんな表情は暗く、中には少し泣いている人もいた。
それを取り囲むように、険しい表情をした男の人が立っている。

うぅ…怖い・・・・怖いよお姉ちゃん・・・

悪夢の中で見たような強面の男の人に怯え、私は二歩三歩と後ずさる。
すると「ドンッ」と背中に何かがぶつかった。

おやおや・・・どうしたのかな?

私はびくっとして、後ろを振り返ると、そこには細身の男の人がびっくりした様子でこちらを見ていた。

あれ・・・・君は?

その男の人は私のことを知っているのか、膝を折ってしゃがむと、私の顔を確かめるように見ていた。

この人・・・・どこかで見たことがある・・・

なんとはなくだが、私もこの細身の男の人を見たことがあるような気がする。
確か村によく立ち寄っていた物売りのお兄さん・・・だったような。

私がきょとんとした目でそのお兄さんを見ていると、お兄さんは、

偶然だね。こんなところで会うなんて。
君、一人なのかい?

と、優しい笑顔を浮かべ私の頭をなでながら聞いてくる。
私は知っている人に出会えたという安堵感に包まれ、首を横に振ると、

そうなんだ。だったら早くお部屋に戻ったほうがいいよ。
あそこには怖い人たちがいるからね。

と言って、入り口の前でたむろしている強面の男の人を指さした。

私は口をパクパクしながら、物売りのお兄さんにお姉ちゃんのことを伝えようとする。
だけど、なぜかは知らないけれど中々言葉を紡ぐことができない。

う・・・あぁ・・・・あ・・・・

と、漏れ出す声にお兄さんは必死に耳を傾けてくれている。

う・・・・・お・・・ね・・・・うぅ・・・・おねぇ・・・・ああ・・・・

お姉ちゃん?

物売りのお兄さんがそう呟くと、私はブンブンと首を大きく振った。

ひょっとして、お姉ちゃんと逸れちゃったのかな?

そう続けるお兄ちゃんに、私はさっきよりも強く頷いた。


そうなんだ・・・・宿屋のご主人に聞けばわかるかな・・・
よし。僕がお姉ちゃんを探してきてあげるから、お部屋に戻ろう? ね?

と、優しいお兄さんは私の手を取る。
私は小さく頷くと、お兄さんは私の頭をなでながら「えらいえらい」と言ってくれた。

お部屋に戻ると、安心したのかお腹が「くーっ」と小さくなった。
その音を聞いたのか、優しいお兄さんは「ぷっ」と噴き出して、

何か食べるものを持ってきてあげるから、大人しくしててね。

と言って、部屋を出ていった。

よかった・・・

安堵感に包まれて、大分気持ちが落ち着いてくる。
お姉ちゃんに会いたい気持ちは強いけど、あのお兄さんがいてくれると心強い。
ふと、頭の中での村の光景が浮かんだ。


小さな村を訪ねてくれる人はほとんどいないけど、
あのお兄さんは荷馬車にたくさんの見たことのないものを積んで、
村に度々来てくれていた。
あのお兄さんが村に来ると、村中の人達はお祭り騒ぎだ。

綺麗な洋服を体に当てながら、嬉しそうにする女の人達。
見たこともない道具を手にして、あれやこれやと話し始める男の人達。
初めて見るような食べ物を摘まんでは、みんな嬉しそうに笑っていた。

私は人見知りだったから、いつもその様子を物陰から見ていただけだったけど、
そんな私を見つけては、優しいお兄さんはこっそり近づいてきて「ないしょだよ」と言って甘いお菓子をくれたんだ。


程なくして、優しいお兄さんは湯気の立つスープを持ってお部屋に入ってきた。
「今の時間だとこんなものしか用意できないけど」と言って、テーブルの上に置く。
私はスプーンを貰って、ふーっ ふーっ と息を吹きかけてスープを口にする。
スープは、村でいつも食べているような素朴な味がする。
リムサ・ロミンサで飲んだスープとは違うけど、今はこの味の方がほっとする。

そういえば・・・・お姉ちゃんのスープ、残しちゃったな・・・

お姉ちゃんからもらったスープは、温くてちょっとしょっぱかったのだ。
でも、スープの味よりも苦しい胸を我慢するのが辛くて、サンドイッチを食べるだけで精いっぱいだった。
残してしまったことに後悔しながら、もくもくとスープを口に運ぶ。

食事をとる私のことを見ながら「お姉ちゃんのこと、好き?」

と、優しいお兄ちゃんは聞いてくる。
私はこくんと頭を縦に振ると「じゃあその気持ちをちゃんと伝えなきゃね。」と言って、一枚の紙とペンをテーブルの上に置いた。
「文字は書ける?」と聞いてくるお兄ちゃんに、私は小さくうなずいた。

本当のところ、文字を書くのは得意ではない。
一生懸命に書くんだけど、いつもお姉ちゃんに「へたくそ~」と笑われた。

・・・でも、そうか・・・
喋れないのなら、書いたらいいんだ。

私は食事を終えると、ペンを手に取った。

“おねえちゃん、ありがとう。”

「そう書くだけでも君の気持ちは伝わると思うよ。」と、優しいお兄ちゃんが教えてくれた。


さて、じゃあ僕はその間お姉ちゃんを探してくるから、がんばってね。


そう言って、お兄ちゃんは手を振りながら、お部屋から出て行った。

私は少しでもきれいな字を書こうと、一文字一文字、ゆっくりと書いていく。
でも、安心したのか、それともお腹が満たされたからなのか、なんだかとっても眠い。
瞼が重くて閉じようとするのを必死に堪えながら、なんとか感謝の言葉を書き終えた。

やっ・・・・・た・・・・・

私は達成感に包まれながら、テーブルから滑り落ちたペンを拾い上げることもできず、
再びベッドの上で眠りの中に落ちていった。

 

 

ハァ・・・ハァ・・・こ・・これで・・・終わりかしら・・・。


暴れるドードーを押さえこみながら、私は他の隊員達の状況を確認する。
他の隊員達も息を切らせながらも、何とか抑え込みに成功したようだった。

スウィフトパーチに駐屯しているイエロージャケットの責任者が私に駆け寄り、

「ありがとうございます!本当に助かりました!」

と私に対して深々と礼をする。

しかし、どうしてこんなことになったのかと聞いてみると、誰かがドードーの巣にある卵を壊して回ったらしく、それに怒った親鳥たちが暴れ始めたとのことだった。
街道沿いを行き来する人や商人を襲い始め、スウィフトパーチまで集団で襲ってくる危険性があったため、やむを得ず応戦する形となったとのことだった。

第七霊災のせいで野良化したドードーは害獣として扱われているが、もともとは人が食糧確保のために家畜として島外から持ち込んだものだ。
それを人にとって脅威になるからといって、今度は一方的に駆除するというのは都合のいい考えだ。
しかし、スウィフトパーチの人達にとっては生死に関わることだけに、私は不用意に意見を述べるわけにはいかなかった。


疲れたでしょうから、スウィフトパーチでお休みください。

と責任者の人は気を使ってくれたが、思っていた以上に時間を取られてしまった私は宿屋に置き去りにしてしまった少女が心配になり、移動用のチョコボ一羽の貸し出しだけをお願いし、急ぎエールポートへと戻った。

 


宿屋に戻ると、中はシーンとした静けさに包まれていた。
まぁ深夜だしみんな寝ているのだろうと思いながら、うとうとと転寝をしている宿屋の亭主に戻ったことを伝える。

そして2階に上がり、少女が泊まっている部屋に入る。

???

おかしい、人の気配がない。
ベッドを見るが、シーツに包まっているようでもなく、ベッドから転げ落ちているわけでもなかった。
その代り、床には見たことのないペンが一本落ちていた。

・・・こんなペン、ここにあったかしら?

私は床に落ちていたペンを拾い上げ、ふと机の上を見ると食事をした跡が残る食器とともに、文字が書かれた一枚の紙切れがあった。
そしてそこには、

「おねえちゃん ありがとお」

とだけ、拙い文字で書かれていた。

私は言葉を失って、慌てて宿屋の亭主の元へと走った。
宿屋の亭主は私が戻ってきたことで、あくびをしながら店じまいを始めている。
そんな中、血相を変えて駆け込んだ私に驚いた亭主は「何事ですか!?」と目を丸くしていた。

私は「ララフェルの少女が部屋にいない」と話すと、亭主は「えっ?」という表情をしながら「私が見ていた限りでは、同行されていた少女は宿からは出ていませんよ?」と話した。

私は続けて、部屋にあった食事のことを聞くと、逗留していた商人の男の頼みで、残っていたスープを分けてあげたということだった。
商人の宿泊している部屋を教えてほしいと頼んだが、急に船が到着したとかどうとかで、宿泊予定だった集団を連れて出て行ってしまったとのことだった。

私は宿屋を飛び出し、急いで船着き場まで走る。
しかし、船着き場に船の姿はどこにもなかった。
途方に暮れて立ちすくんでいる私を見て、帰り支度をしていた船着き場の作業員が「どうしたんだい?」と声をかけてきた。

私は今日の夜に出て行った船のことを聞くと、

連絡船が行方不明となったせいで、ここ最近船舶の入出港に大きな遅れが出てしまい、足止めを食らう人が多発している。
それを見かねた私掠免許を持つ商船団の一つが「どうせ我々はリムサ・ロミンサに戻るのだから、乗船していけばいい」と、連絡船代わりとしての利用をかってでてくれた。

そして宿屋で足止めを食らっていた希望者を先ほど全員乗せ終え、出航していったばかりだと話す。
私はその中に、桃色の髪をしたララフェルの少女を見かけなかったが聞いたが、作業員は顎に手を当てながら、乗船客の中にララフェルはいなかったと思うと話す。
その表情を見る限り、嘘をついているような感じではなかった。

私はそうですか・・・と言いながら、港の逆側にある入場門の方に向かい、守衛にもララフェルの少女のことを聞いてみた。
しかし、自分をはじめとするイエロージャケット達が出て行った後に、ここを出入りしたものはほとんどおらず、もちろんララフェルの少女の姿も見かけていないとのことだった。

その後も私はエールポートの中を必死に探し回ったものの、ついにララフェルの少女を見つけることはできなかった。

とぼとぼと宿屋に戻ると、私を心配した宿屋の亭主が待っていてくれた。
ドードーの撃退任務を終え、しかも少女を探すために走り回った私の体は、疲れで悲鳴を上げている。
うなだれながら椅子に座ると、宿屋の亭主は暖かな飲み物をそっと出してくれた。
私は亭主に「ありがとう・・・」と力なさげに言うと、明日にでもエールポートの人達に少女を見たものはいないか聞いて回ってくれるとのことだった。

宿屋の亭主からいただいた暖かなスープを飲むと、体にじんわりと染み込んでいく。
気を使ってくれる宿屋の亭主に感謝しつつ、私は机に置いてあった紙を改めて見る。

文字はお世辞にも綺麗ではないけれど、一生懸命綺麗に書こうとしているのは痛いほどに伝わってくる。
最後の方は眠かったのか、文字が随分と伸び伸びになっていた。

ふと、紙が途中で破かれていることに気が付いた。

・・・何回か書き直したのかな?

そんなことを考えながら、私はその紙を四つ折りにして、大事にポケットへと仕舞い込んだ。

たった一日二日のことだったのに、少女と過ごした時間がとても愛おしい。
それなのに、自分が逃げたいがために少女の元を離れてしまったことに後悔する。

私は何をすることもできずに、少女が寝ていたベッドに倒れこむと、彼女の存在を感じるようにシーツについた残り香を嗅ぐ。

・・・・どこいっちゃったんだろう。

忽然と姿を消した少女のことを思い、明日のことを考えながら、眠りに落ちていった。

 

翌日、エールポートを再び駆けずり回って、方々にララフェルの少女のことを聞いたが、結局目撃情報はおろか、なに一つのことも得られることが出来なかった。
少女を送るために停泊していた黒渦団の船に、事情を説明したうえで頭を下げた。
船の運航を任されていた船員は心配してくれたが、私はただただ謝ることしかできなかった。

リムサ・ロミンサにいったん戻り、上官にその経緯を伝えると、上官はあきれた顔をしながら、

スウィフトパーチを管轄とする部隊から、君への感謝を伝える伝言が届いている。仕事熱心なのはいいが、元の任務をおろそかにするのは君の悪い癖だ。
なにより、今回のことを言いだしたのは誰でもない、君だろう?
別に少女の捜索願が出されているような案件ではなかったことが救いではあるが、連絡船襲撃の被害者であり、メルヴィル提督からも色々手を回してもらった経緯もある。
君は目先の正義感にとらわれて、提督の行為に泥を塗るような真似をしてしまったことを反省しろ。

イエロージャケットとしては継続してその少女の捜索を行うが、君は少々休んだ方がいい。

休暇を取れと言う上官に対して、私も捜索に参加すると食いついたが、上官は、

今の自分の顔を鏡で見てみろ。
そんな顔では、とてもではないがだれもお前にはついてこないぞ。

と叱責する。

見つかった時、あの子が頼れるのは誰でもない、君だけだ。
その時は、決して少女を見失うな。
話はそれだけだ。

と言って、上官は私を強引に退席させた。

上官室から外に出ると、イエロージャケットの部下が心配そうに私に声をかけてくる。
私は「だいじょうぶ・・・ごめんなさい・・・」とかすれた情けのない声を出すと「我々で探しますので今は自分の体をご自愛ください」と励ましてくれた。

それでも、今の私にとってはその励ましですら辛かった。

 

 

第四十四話 「裸の少女」

目を覚ますと、頭の痛みもすっかりと消えていた。

お姉ちゃん・・・・・どこ・・・?

視界にララフェルのお姉ちゃんの姿が見えないことに不安を感じ、起き上ろうと体に力を入れると、ふと手が誰かに握られていることに気がついた。
ゆっくりと体を起こし見てみると、ララフェルのお姉ちゃんは私の手を握りながらベッドの横ですやすやと寝ていた。
口の際からは涎のような跡が残っている。

お姉ちゃん・・・かわいいっ!

私は手を伸ばして姉ちゃんの頭をいいこいいこすると「うぅぅ・・・ん」と小さく声を上げた。
そして、撫でられていることに気が付いたのか、お姉ちゃんは起き上った私のことを眠たげな眼で見ると、びっくりしたようにガバッと顔を上げた。

あっ・・あれっ!?
私、寝てた!?


私はクスクスと笑いながら、涎が垂れている口元を指さすと、お姉ちゃんは慌てて涎の跡を袖でぐいぐいと拭った。

へへ・・
お姉ちゃんといると、自然と笑みが浮かんでくる。
まるで村にいるみたい。

なぜかそんな親近感を、このお姉ちゃんからは感じることができるのだ。


お姉ちゃんは私に「体調はどう?」と聞いてくる。
私は大きく頭を縦に振って、元気いっぱいに両手を広げた。

ごめんね・・・と謝ってくるお姉ちゃんの頭を私は再び撫でると、お姉ちゃんは驚いた顔をしながら、でも照れ臭そうに笑ながらじっとしていた。

 


「覚えている範囲でいいから、私に教えて?」と、お姉ちゃんは意を決したような真剣な顔で、私の手を握りながら聞いてくる。


私は誰なのか?
私はなぜ、あそこにいたのか?


私は頭をひねりながら、私自身が覚えている範囲でその質問に答えようとしたのだけど、

うぁ・・・・あ・・・・うぅ・・・・

なぜだろう?
うまく言葉にならない。

あれ・・・・あれ・・・?

う・・・・うううぁ・・・・・うう・・・・

必死に喋ろうとするけど、やっぱり喉からはうめき声のような変な声しか出すことが出来なかった。

あれ・・・あれ・・・おかしいな・・・・

私は喉を確認するように首元に手を当てた・・・瞬間、

ドクンッ!!!!

と突然首を絞められている光景が頭に浮かぶ


うううぁぁ!!!
ああぁ・・・・ああぁ!!


明滅するように世界が歪む。
まるで決壊した川の水のように、忘却の彼方にあったはずの記憶が頭の中に流れ込んでくる。

 

暗く汚い物置の中で、わたしは一人の怖い男の人に首を絞められていた。
必死に抵抗する中で、わたしは、わたしの持っていた木片の先は、

わたしの・・・・

私の目を・・・・・


あがぁぁぁ・・・・うあぁ・・・うぁぁぁっ!!!


私は自分の目を抑えながら、叫び声をあげた。

嘘・・・嘘だよ!!
あぁ・あ・・あれは夢だよ!!
あれはただの怖い夢のできごと!!
だ・・・だって私はいまここで優しいお姉ちゃんと一緒にいるもん!!

断片的に蘇ってくる記憶を私は叫んで必死に否定する。
しかし、無情にもその記憶の復活は、私に逃げられない現実を突き付けてくる。

いや・・・いやだ!
いやだいやだいやだいやだいやだいやだっ!!

頭を抱えながら否定する私をあざ笑うかのように、私の記憶は「あの時」に起こったすべてのことを思い出させた。
体がガタガタと震える。その震えで歯がカチカチと鳴っている。

いま、静かであるはずの部屋の中で、

あの時・・・

あの犬の檻の中に放り込まれた時の、

自分の肉を引き裂く気持ちの悪い音が、

聞こえるはずのない音が、

いまもなお続いているかのように

生々しいほどの現実感をもって、

頭の中にこだまする。


あぁぁぁっぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!!!


私は夢であってほしい現実を拒むかのように、喉がつぶれてしまうほどの大声で絶叫する。
そんな私を見て、お姉ちゃんは必死に私のことを押さえつけようとしてきた。
でも、その行為が私を無理やり押さえつけたあの男とかぶってしまい、

お姉ちゃんの腕から逃げようとひたすらに暴れてしまう。

おっ! 落ち着いてっ!!  イタッ!!!!

それでも私を押さえつけようとしたお姉ちゃんの手を引っ掻いた時、
お姉ちゃんの手の中から見慣れたペンダントが零れ落ちた。

あっ!! あれはっ!!!

私はベッドから転げ落ちて、必死にそのペンダントを手にする。

失くしたと思った大事なペンダントッ!
私とお母さんの大事な思い出!

ギュッと胸でそのペンダントを抱きしめた。
そして私は、ベッドの下で小さくうずくまりながら

あ゛ーっ! あ゛ーっ

とまるで子供のように泣き続けた。

 

 

ごめん・・・ごめんなさい・・・・

ララフェルのお姉ちゃんは、私に引っかかれて血が滲んだ手を気にすることもなく、謝りながら私を抱きしめてくる。
お姉ちゃんの温かさと、優しい匂いに包まれているうちに、荒んだ心がゆっくりと落ち着きを取り戻してくる。
お姉ちゃんは涙をたくさん流しながら、ただひたすらに私に謝っていた。


謝らなければならないのは私の方・・・・
私は、私は悪夢を思い出して、お姉ちゃんを傷つけてしまった・・・

そう・・・あれはただの悪い夢なんだ。

だって・・・・だって・・・

私は今もちゃんとここで生きているもの。

それにほら、私の目だって・・・・


そう思いながら、木片が刺さったほうの目を覆い隠す。

しかし、半分になるはずの視界に変化はない。

・・・・・れ・・・・あれっ・・・・・・・・?

私は震えながら、もう片方の目を隠してみると、

私の見ていた世界は、すっ・・・と暗闇に包まれた。

あ・・・・・・あぁ・・・・・

私は悪夢と信じたい夢の出来事が、現実であったことを受け止めきれず、
まるで再び心を切り離すかのように、

そのままふっと意識を失ってしまった。

 

 

 

私は突然暴れ出し、気を失った少女に必死に呼びかけながら、自責の念で胸が締め付けられる。

騒ぎを聞きつけて、部下の男が室内に入ってきた。
私は「大丈夫・・・・大丈夫だから」と言って部下の者をたしなめる。

部下の男は私が涙で顔を濡らしていることに気が付いたのか、懐からハンカチを取り出して私に差し出してくれた。
私は部下の男に「ありがとう・・・」と言うと「いえ・・・」と言いながら、どことなく目線を外しながら恥ずかしそうに顔をポリポリとかいていた。
思えば、負けん気が強くいつも強気な私が、部下にこんな姿を見せるのは初めてかもしれない。

気を失った少女を抱えあげベッドに寝せると、私はがっくりとうなだれる。

こうなるなんてこと・・・・・分かっていたことじゃないっ!!!

と叫びながら、近くにあったテーブルを「ドンッ!!」と叩く。
テーブルの上に置かれた食器が「ガチャン」と鳴った。


そう・・・エーテライトプラザで会った時から、この子のおかしさには気がつくことが出来たはずだ。
子供には違わないけれど、年相応とは言い難いほどの幼い態度。

あれはそう・・・・
精神障害における「幼児退行」

ふと私は、包丁を持った母親に馬乗りにされた光景を思い出す。
現実から目を背けたくても、現実は決して私を捕らえて逃さない。
母親の虐待に耐えかねた私もまた失語症になりかけ、心を閉ざした時期もあった。

辛かった日々・・・それでも、私には父がいてくれた。
でも・・・この子には・・・・

連絡船の事故にあい、全身は血だらけになるほどの傷を負った。
そして彼女はそこで、何らかの原因で右目を失明したのだろう。
自分がなぜここにいるのかも理解できず、頼る者も誰もいないここリムサ・ロミンサで、
ただの一人で放り出されたこの少女の不安の大きさは計り知れない。

だからこそあの子の脳は、心を壊してしまうほどの強い恐怖と不安で潰れてしまわぬよう、
記憶の一部を精神障害と引き換えにして切り離したのだ。

わたしは・・・そのことに気づけていたはずなのに

わたしは・・・その少女の心の傷に不用意に触れてしまった。

わたしは・・・この子を守ろうとしたのではなく、

ただただ・・・事件を解決したかっただけだったんだ・・・。


悔しさで顔が歪む。
噛んだ唇から血が滴り落ちる。
私の目から流れる涙は、少女への同情からではない。
自分自身の未熟さに対して、涙が止まらないのだ。

この子を故郷へと返してあげよう・・・
この子が安らぐのは、もうそれしかない。

私はそう決意して、部屋から飛び出していく。

「ど・・・どこへ!?」と慌てる部下の男に「上官と掛け合ってきます!!」と言って、上官室まで駆けた。

 

上官室の前まで来た私は、ノックすることもせずに「失礼しますっ!!!」と言いながら扉を乱暴に開け放ち、上官室へとズカズカと入っていく。
誰かと話していた上官は突然入ってきた私にびっくりした様子でこっちを見ている。
私は気にせず、矢継ぎ早に上官に対して、

上官! エーテライトプラザにて保護した少女を故郷まで移送したく進言に参りましたっ!

と言うと、事態が呑み込めないといった表情で上官は戸惑っていた。


すると後ろから「話を聞こうか」と、どすの利いた声が聞こえてきた。
振り向くとそこには、リムサ・ロミンサの総督であり、グランドカンパニー「黒渦団」を束ねるメルウィブ提督の姿がそこにあった。

私はいるはずのない大人物が上官室にいたことにびっくりしてしまい、不恰好な形で敬礼をしてしまう。
しかし提督は「よい」と言って、私に話を続けるように促した。


私は一度深呼吸をしたうえで提督と上官に、エーテライトプラザにて保護した少女は消息を絶った連絡船の乗船者であることを報告した。
その少女がなぜエーテライトの前で見つかったのかについては、少し言いよどみ淀みながらも「特別な者」なのかもしれないことを話すと、
上官は「突然何をいいだすんだ・・・」というような気難しい顔をしていたが、提督は真剣な顔をしながら話し出した。


特別な者・・・言い伝えでいうならば「光の戦士」と呼ばれる者か。

過去幾度となく起こった霊災時に突然現れては、戦乱を沈める原動力として活躍する戦士たち。
その身は不死であり、死してもまた母なるハイデリンの加護を受けてエーテルより甦る。

その少女が幼き「光の戦士の卵」であるのならば、エーテライトプラザで甦ったという話はうなずける。
あれは地脈の結合点。エーテルの吹き溜まりであるからな。
他で見つかった・・・というより、現実味のある話だ。


私は理解を示すメルウィブ提督に一礼し、話を続ける。
少女は連絡船の転覆時に何があったかはわからないが、幼児退行するほどに精神に深い傷を負っており、いまはまともにしゃべることすらできないことを報告する。
だからこそ、彼女から事情を聞くには故郷である村に返し、心の治療がまず必要であると説明した。

私の進言に提督は頷きながら、少しん考え込んだうえで私を見て話を始めた。


実は最近、人攫いらしき事件がリムサロミンサ近郊で起きているんだ。
今回の連絡船転覆事故も、そうではないかと私は睨んでいる。


私は提督の話を聞いて驚きの声を上げた。


リムサ・ロミンサでは古くから国民の奴隷売買を固く禁じている。
特に法律と言ったものは無いが、それよりも強く海賊諸派で結ばれている「鉄の掟」だ。
もしそれを破れば、海賊団の全意の元に「より残酷な手段」を持って駆逐され晒される。
また同じことをしようと企むものへの「見せしめ」としてね。
それほどまでに強く、固い掟であるのだ。

このリムサ・ロミンサで、そんな大それたことをする輩がいるとは思えないのですが・・・


私がそう言うと、メルウィブ提督に代わって上官が話を始めた。


連絡船のことだが、コスタ・デル・ソルに残骸が漂着したことは聞いているな?
確かに船の「残骸」は漂着したが、そこに誰一人たりとも「乗員」の姿はなかったのだ。

!!?

そう言われれば確かにおかしい。
事故によって船が転覆したとしたら、水死体もまた漂着物として流れ着くはずだ。
それが、ただの一体の死体も上がらなかったというのは、普通に考えればありえない。

言葉を失う私に提督は、


もしそれが事実だとしたら、このリムサ・ロミンサで不戦協定よりも固い「鉄の掟」を破る大事だ。
我々黒渦団も動いてはいるのだが、証拠なき疑惑を海賊団諸派達に向けてしまっては不戦協定の瓦解にもつながりかねない。
それは国の安定を揺るがし、サハギン族やコボルド族などの蛮族連中だけでなく、ガレマール帝国への隙となる。
だからこそイエロージャケットの諸君らに協力を要請するため、私はここに来たんだよ。

そして今さっき君の上官から、保護した少女の報告を受けていた時に君がここに入ってきたんだ。
できればその少女に、連絡船のことをききたかったのだが・・・・


そう言う提督の言葉に、私は俯いてしまう。
あの少女は、間違いなく連絡船の顛末のことを思い出した。
それは、提督が黒渦団だけでなくイエロージャケットにも協力要請を出してまで、突き止めなければならない「貴重な証拠」なのだ。

でも・・・それでも、恐怖に狂うあの少女の姿を見てしまった私に、
再び「消そうとした現実」を突きつけるという非情を行うことはできない。

「任務」か「情」か。

あかの他人である少女と、自分が護るべき国の大事。
守り人として選ぶべきは一択なのかもしれないけれど、それでも今の私の心の天秤は「選ぶ余地」もない。

言葉を詰まらせる私に提督は近づき、肩にポンと手を置いた。


君の報告を聞いて、私はその少女に話を聞くことをあきらめることにしたよ。
こちらの都合で被害者である少女を追い込んでしまうことは、罰を与えているに等しいからな。
「掟」を破る輩に慈悲は与えんが、罪なき民は守らなければならない。
それに人さらいの案件は今回の連絡船だけではないしな。
追い続ければ、必ず糸口は見つかるさ。


メルウィブ提督はどこか遠くをみながら、自分自身に戒めるかのように言葉を紡ぐ。


移送の船はこちらで用意しよう。
連絡船の代わりの船が調達できるまでの間、こちらの軍艦で代用してくれ。
まさか軍艦を襲うなんて輩はいないだろうしな。
ただ・・・すぐにでも用意できる船はエールポートからとなるが、それでもいいかな?

メルウィブ提督がそういうと、私は「ありがとうございますっ!!」と言い、深々と礼をする。


もし差支えなければだが、その少女を一目見させてはもらえないか?


普段の凛とした表情を崩し、柔らかく微笑むメルウィブ提督。
情緒不安定な少女の元に提督を案内するべきか少し迷ったが、提督に最大限の配慮をいただいた以上断るわけにもいかない。
「ではこちらへ」と言って提督を少女が眠る部屋まで案内した。

扉を少し開け部屋の中を確認すると、少女は「すーっ すーっ」と小さな寝音を立てながら眠りについていた。
私はほっと胸をなでおろして、部屋の中に提督を招き入れた。

提督は眠りにつく少女を見て「こんな少女が・・・」とメルウィブ提督は呟くと、涙が流れた後を取り出したハンカチで優しく拭う。
そして私に

「頼んだぞ・・・」

と言い、静かに部屋から出て行った。
私は敬礼をしながら、部屋を去っていく提督の後姿を見送る。
提督の強く、そして固く握られた手からは、何か決意のようなものが感じ取れた。

 

翌日、目覚めた少女はすっかりと明るさを失っていた。
「大丈夫?」と問いかけても言葉は無く、頷くこともない。

大丈夫なわけがないじゃない・・・
私・・・ほんとうに馬鹿だ・・・

私は自戒の念で押しつぶされそうになりながらも少女に、

おうちに帰ろう・・・

と呟いて、ギュッと抱きしめた。

 

黒渦団の人がイエロージャケットの本部に訪れ、船の用意ができたと伝えに来てくれた。
さすが国家元首。通常であれば色々な手続きが必要で最短でも一週間以上はかかるところ、たったの一昼夜で用意を整えるとは・・・
私は上官にこの少女を故郷まで送り届けることを伝えると、上官は複雑そうな顔をしながらも総督が言うなら仕方がないといった様子で了承した。

国外に出るのにこのままの格好じゃだめね・・・

私は一旦家に戻り、飾り気のない私服に着替える。
・・・そもそも、日中はイエロージャケットの制服を着たままのことがほとんどの為、よそ行きの服を私は持っていない。

・・・年頃の女性としてこんなのでは嫁の貰い手もないわね・・・料理もへただし・・・。
あっ、そうだ。途中お腹がすくかもしれないから、食べ物も持っていかなきゃ。
でも、今からマーケットに行っていたら遅くなっちゃう。
・・・・・サンドイッチぐらいなら、何とかなるかしら・・・パンにはさめばいいだけだし。
飲み物は・・・そうだ! スープは作って持っていこう。
冷めちゃうかもしれないけど、大丈夫ね!
・・・・多分。

私はありあわせの物を使って手早く昼食を用意する。
手近にあったバスケットに作ったサンドイッチを詰め込むと、急ぎ少女にいる本部へと向かった。

 


エールポートに行くにはリムサ・ロミンサから出ている直通の連絡船を使えば早い。
しかし、船を見ると怯えだす少女を無理やり乗せるわけにもいかず、チョコボキャリアーを一台手配して陸路で向かった。

着いた頃には夜ね・・・・
そこで一泊して、翌日に出発しましょう。

私はポケットに薬が入っているかを改めて確かめる。
船旅の間、この子を怖がらせないように眠ってもらう算段だ。
少々強引かもしれないけれど、これしか手は無い。

少女を見ると、私の体に寄りかかりながら「ぼーっ」とどこか遠くを見つめていた。
少女の瞳の先を追っていくと、空を気持ちよさそうに飛んでいる海鳥たちの姿が見える。

翼があれば、あっという間に帰れるのにね・・・

と心で思いながら、私は少女の体を抱きかかえて、頭を優しく撫でた。

 

 

エールポートに着くころには、すっかり夜が更けていた。
港に停泊していた黒渦団の船に挨拶しようと思ったが、船を見ると怯え出す少女のことを考えて、先に宿へと向かった。
本当はイエロージャケットの詰所に泊まろうと思っていたのだが、大きな体格の男を見ると少女は怯えだすのだ。
出会った時は大丈夫だったのだけれど、思い出した記憶の中に少女を怯えさせる何かがあるのだろう。


何件かの宿屋を尋ねたが、どこも満室だった。

おかしいわね・・・そんなに賑わっているとは思えないのだけれど・・・

エールポートの中を見渡してみても、人の姿は少なく閑散としている。
確かに今日の船便は既に終わっているので、当たり前と言えば当たり前なのだが。

宿の人に話を聞くと、出稼ぎのためにリムサ・ロミンサへと向かう人達で一杯とのことだった。
連絡船が一隻無くなったことで、あちこちにしわ寄せがきているらしい。
原因がはっきりするまで出航を取りやめる船も出たりと、客船商船問わず混乱しているという。

そうか・・・そういえばここスウィフトパーチにも近いものね・・・

リムサ・ロミンサのあるバイルブランド島も、第七霊災によって例外なく大きな傷跡を残した。
大きな地殻変動によって壊滅した集落も多く、ガレマール帝国との戦争によって船を失い、生計の経てることができなくなったものもたくさんいた。
首都であるリムサ・ロミンサの復興は急速に行われたが、未だ復興がままならずに放置された集落からは仕事を求めてリムサロミンサへと移動する出稼ぎ労働者が多い。
さらに最近では、海からはサハギン族、山からはコボルド族の領土侵攻が活発化しており、襲撃を恐れて住処を追われるものも出始めている。

蛮族を抑え込むためグランドカンパニーである黒渦団が最前線にたってはいるが、陸戦を苦手とする部分もあり苦戦を強いられているらしい。
そのため、斧術士ギルドや冒険者の力も借りながら、何とか今の前線を保っている状態だ。

エールポートにほど近いスイフトパーチも例外ではなく、主産業であった農業は霊災で棲みかを追われたドードーの群れにより畑を占領され、未だ復興の糸口をつかめずにいる。
そして復興をあきらめた住人達がリムサ・ロミンサに仕事を求めて移動しているという噂は聞いていた。

しかたがないわね・・・と途方にくれながら宿を出ようとすると、宿屋の主人は「少しお待ちを・・・」と言って、他の宿に一室空きを作れないか聞いてくれて回ってくれた。
そして「粗末なベッドが一つしかありませんが、泊めてくれるところがありました」と教えてくれる。
私は宿屋の主人にありがとうと言いながら、少しばかりの駄賃をそっと渡す。
宿屋の主人は受け取りを断ったが「お礼の気持ちだから受け取って頂戴」と言うと、こちらこそすみませんとその駄賃を受け取った。

教えてもらった宿に着くと、入り口の前に人相の悪い商人風の男が立っていた。
私は不審に思いながらも横を通り過ぎて歩いていく。
しかしその商人風の男は、私達をジロジロと値踏みするように見ていた。

私は「何か?」と話しかけると、男は「いえいえ」と気持ちの悪い笑顔を浮かべながら答えた。

2階の角の部屋に通されて、部屋に入る。
そこは物置だった部屋を片付けて、ベッドを置いただけの粗末な部屋だった。
それでも、個室で泊まれる分ありがたい話だ。

宿屋の主人は部屋を去り際に「一階にガラの悪い連中が入っているから、あまり出歩かないほうがいいですよ」と忠告してくれた。
元々満室ではあったものの、そのガラの悪い連中に絡まれて怒った客が出て行ってしまったらしい。
一階の部屋は空いているものの、これ以上宿泊客に迷惑が掛からないように、宿泊をお断りしていたとのことだった。

不安ではあったものの、宿屋を選ぶことが出来ない以上致し方ない。
何かあった時に協力を頼めるよう、この子を寝かしつけたらイエロージャケットの詰所に顔を出そう。

そう思いながら、少女をベッドの上に座らせると、作っておいたサンドウィッチを鞄から取り出して少女に渡す。
携帯用のポットの中から、すでに冷めてしまったスープをコップに注ぐ。

少女はサンドウィッチを無表情のまま見つめていたが、ぱくっと口の中に入れた。
そのままもぐもぐと咀嚼しながら、無言でサンドウィッチを食べ始めた。

だいじょうぶ・・・・だよね?

昼間に見せた元気いっぱいの笑顔が頭に浮かぶ
少女から笑顔が消えてしまったことに胸を詰まらせながら、サンドウィッチを食べ終えた少女にスープの入ったコップを渡した。
少女は冷めたスープに口を付けるが、口に合わなかったのか飲むのをやめる。

あーーー・・・・
美味しくなかったかぁ・・・・
私の自信作なんだけどなぁ・・・・

と寂しい気持ちになりながらも、少女の手からコップを取り、サンドイッチを食べ終えた少女をベッドに寝させた。

少女が眠りに落ちるまでの間、私はずっと手を握り続ける。
恐怖以外の感情を失った少女の顔からは、今何を考えているのかは読み取れない。

親御さんになんて説明しよう・・・・

そんな考えながら、私は少女の頭を優しく撫で、寝息を立てるのをずっと見守っていた。

 

イエロージャケットの詰所に顔を出すと、慌ただしく戦闘準備をする団員たちの姿があった。
何事かと思いここの責任者に事情を聞くと、スウィフトパーチ近くにあるドードーの野営地で、突然ドードー達が暴れ出したとのことだった。
スウィフトパーチに駐屯している警備隊だけでは人が足らないため、応援でこちらからも向かうとのことだった。

私は自分がリムサ・ロミンサ管轄のイエロージャケットであることを伝えると、その仕事に自分も参加すると進言する。
責任者の男は、管轄違いで、しかも師長クラスの人に応援いただくのは申し訳ないと断ってきたが、私は少し強引な言い回しで参加を取り付けた。

なぜそこまでして私は管轄違いの案件に首を突っ込んだ?
正義感から?
いえ・・・・そんな前向きなものではないわ・・・。

思えば、私はあの少女のことから少し逃げたかったのかもしれない。
笑顔が消えてしまった少女の顔を思い出すたびに、気分が陰鬱とする。
私は少女から目を背けるように、イエロージャケットの仲間達と共に、ドードー野営地へと向かっていった。

第四十三話 「居場所」

聞いて・・・・・・感じて・・・・・・考えて・・・・・・


何だろう・・・

どこか懐かしい声が響いてくる

遠い昔、聞いたことがあるような
願いの言葉。


聞いて・・・・・・感じて・・・・・・考えて・・・・・・


聞いてるよ・・・

何を感じるのかは分からないけれど・・・

私は何を考えればいいの?・・・


聞いて・・・・・・感じて・・・・・・考えて・・・・・・


何度も何度も繰り返される言葉を感じながら、
私は私のことを考える。


ここは夢の中?

わたし・・・どうしたんだっけ?

記憶の一片がすっぽりと抜け落ちているような気がする。

そうか、夢の中だから何もわからないのか。

夢の世界にしては随分と思考がはっきりしているような気がするけど、
夢は自由だしこんなことだってあるよね。


聞いて・・・・・・感じて・・・・・・考えて・・・・・・


はいはい、ちゃんと聞こえてますよ~。
でも、せっかくなら何をしてほしいか、ちゃんと教えてほしいな。

そもそも何も見えないんじゃ、
やりようがないしね。


頭の中に声だけが響いている。
まるで私は水の中にフワフワと浮いているように、ゆらゆらと揺れている。
体の感覚がないのに、不思議と自分の存在だけははっきりと認識できた。

 

ふふっ・・・
お母さんのお腹の中ってこんなのなのかな?

なら、頭に響いているのはお母さんの言葉?

生まれてくる私に、
優しく語り掛けてくれてるのかな?

でも安心して。
私はもう生まれているの。
小さな村で、私はみんなにいっぱい、いいっっっぱい、愛情をもらって楽しく暮らしているの。


そこで私はふと気が付く。

あれ・・・・お母さんって、どんな顔していたっけ?

記憶を探るが、自分の母親の顔をいまいち思い出せない。

あれ・・・・あれ?

村での笑いに満ちた生活。
それは確かに偽りではない。

でも、そこに自分の母親の姿を、

思い出すことだけがどうしてもできない。

あれ・・・・・・・あれ・・・・?


聞いて・・・・・・感じて・・・・・・考えて・・・・・・


再び繰り返される言葉に、次第に不安と疑問を感じ始める。

ここはどこ?
ねぇ・・・・答えてよ。
なんかここは嫌だよ・・・
早く目を覚ましたいよ・・・


お日様の光で目を覚まして、

お母さんに「お寝坊さんね」って怒られて、

お母さんの手作りの朝ご飯を食べて、

長老様の眠たいお話をみんなで必死に聞いて、

お母さんに作ってもらったお弁当を食べて、

ふかふかの草の上でみんなといっぱい遊んで、

お昼寝してたら夕方になって、

帰ったらお母さんが「おかえりなさい」って柔らかく笑いかけてくれて、

お母さんの作ったおいしいご飯を食べて、

そしてお母さんのお話を聞きながら、

おやすみなさいって言って、

明日はなにして遊ぼうかワクワクしながら、

いっぱいいっぱい眠るの。

 

だから・・・・・だから・・・・・


早くここから出して、
お母さんに合わせてよ!!

 

 

 

 

ふと目を覚ますと、私は見覚えのない街の中に座っていた。
ぐるっと見渡すと、村とはくらべものにならないほど多くの人に溢れていて、
建物の一つ一つが、首が疲れるほどに大きい。

・・・・・あれ・・・・

思考ははっきりしているのに、いまいち自分の置かれている状況がわからない。

私・・・・どうしてここにいるんだっけ?

記憶の一つ一つを探りながら、思い出そうとする。

えっと・・・・確か・・・
村長さんの言いつけで村を出て、
えっ・・と・・・・
リムサ・ロミンサという街にいくためにお船に乗って、
えっ・・・・と・・・・
えっ・・・・と・・・・

船に乗った後のことが、霧にかかったようにぼんやりしていていまいち思い出せない。。

でも、楽しいことは何一つなかった。

ただ、その事実だけははっきりとわかる。

・・・なに?

ふと視線を感じて周りを見ると、自分の周りにいる人たちが私のことをジロジロとみている。
私は不思議に思いながら、

 

私の格好がおかしいのかな?
確かに私は田舎者だから、みんなのように素敵な格好ではないけれど。

・・・都会って田舎者には厳しいのかな・・・

そう思うと、なんだかとても心細くなる。
ここには優しかった村の皆はおろか、私の知っている人なんて誰もいない。

わたし・・・一人なんだ・・・・

急に孤独を感じた私は、膝を抱えてうずくまる。

いやだ・・・
もういやだ・・・
帰りたい・・・
村に帰りたいよぉ・・・・


ガヤガヤとした喧騒が、嫌に耳に響き渡る。

静かなところに行きたい・・・
でも、どこに行ったらいいかもわからない・・・


そんな私の元に、黄色いジャケットを着たララフェルの人が駆けつけてくる。

あなた!
どうしたの!?

と、私を見るララフェルの人は驚いた表情で私に話しかけてくる。

私は、その人の顔を見ながらしゃべろうとしたけど、
言葉に詰まって声を出すことができない。

あなたその目・・・・。

ララフェルの人は私の顔を見ると、苦しそうに顔を歪める。
私はなんでこの人が驚いているかはわからなかったけど、
私のことを心配していることだけは分かった。

そのことが分かった瞬間、胸に詰まっていた感情が綻んでいく。
そしていつしか、頬を熱いものがスッと流れ落ちていった。

あっ・・・・あっ!!
どうしたの・・・なにがあったのっ!

ララフェルの人は突然泣き始めた私に動揺して慌てている。
後から駆けつけてきたララフェルの人と同じ格好の人は、バッと一枚のローブを私にかぶせた。

・・・・あれ?
わたし・・・ひょっとして裸だったの?

黄色い格好の男の人に抱きかかえられて、
私はどこかの建物の中に連れられて行った。

 

 


建物の中に入ると、私は椅子にちょこんと座らされる。
部屋の中を見渡すと、粗末なテーブルが一つあるだけで、飾りのようなものは何一つおいていない。

 

へんなの・・・

なんて思いながらキョロキョロしていると「ちょっとだけじっととしてね」とララフェルの人は言って、あったかい布で私の顔をぐいぐいと拭いた。
布の柔らかい感触と、温かさに包まれて、なんだかちょっと気持ちいい。

扉を「トントン」と叩く音がすると、部屋の外から男の人が食べ物をもって入ってきた。

わわっ・・・いい匂い・・・

ほわほわと立ち上る湯気に乗って、甘い香りがほのかに漂う。
くんくんと鼻を鳴らしながら匂いを嗅いでいると「くーっ」と小さくお腹が鳴った。

机の上に置かれた食べ物は、私が見たことのないものだった。

スプーンを手に取り目の前に出されたスープを恐る恐る口にする。
すると、口の中にじわっと甘い果実の味が広がった。
ゴクッと飲み干すと、あったかいスープが喉を通って、空腹でくーくー鳴っていてたお腹の中をじんわりと温める。
「ほぉ・・・」と息を漏らすと、幾分か気分は落ち着きを取り戻した。

こんなおいしいスープ。
初めて飲んだかも・・・

そういえば、船の中でパンを食べてから、何も食べてない・・・。

ふと半分になったパンを思い出す。

あれ・・?
なんで半分だけなんだっけ?

少しずつ思い出しているとはいえ、未だそのあたりの記憶ははっきりしない。
そういえば、あの時立派な斧を背負った船員さんに、ハーブティーを貰ったんだった。
あれもとってもおいしかったなぁ・・・。

そんなことを思いながら、スープと共に出されたパンを口いっぱいに頬張り、一生懸命にもくもくと咀嚼する。
その私の姿を見て、ララフェルの人はほっとした表情を見せていた。

なんだかこの人、村にいたお節介なお姉ちゃんみたい。

村には少し歳の離れたララフェルのお姉ちゃんがいた。
血は繫がっていなかったけど「私がいないとダメなんだからっ!」といつも言いながら、あれやこれやと私の世話を焼いてきた。
時々うるさすぎて嫌になる時もあったけど、いつも一緒に遊んでくれる大好きなお姉ちゃんだった。

「フフッ」と思い出し笑いすると、ララフェルの人は不思議そうにしながら、でも柔らかい笑顔を浮かべて私のことを見ていた。


私が食事を食べ終えた時、扉をノックする音が聞こえる。
ララフェルの人が「どうぞ」というと、食事を持ってきてくれた男の人が入ってきた。

あっ・・・

その人を改めて見て、私は気が付いた。
この人たちの着ている服、船で私に優しくしてくれた立派な斧を担いだ船員さんと一緒だ。
なら、この人たちもいい人なのかな。
ご飯食べさせてくれたし、このお姉ちゃんもとても優しそうだし。

部屋に入ってきた男の人は、ララフェルのお姉ちゃんに「準備が出来ました」と言って、タオルのようなものと服を手渡した。
ララフェルのお姉ちゃんは「ありがとう」と言うと、私に向かって、


さて、あなたに詳しい話を聞きたいところだけど、女の子がそんなに汚い格好のままじゃかわいそうだわ。
だから、私と一緒にお風呂に入りましょ。


と言って、私の手を引いた。
お風呂・・・・お風呂ってなんだろう?

私は「お風呂」と言うものを知らない。
頭に?マークを浮かべながらも、黙ってお姉ちゃんについていく。

「お風呂」というところに着くと、着せられたローブを脱ぐように言われた。
目の前には湯気の立ったお湯のような水が、大きな四角い桶の中になみなみに溜められている。

えっ・・・・えっ・・・!
わ、私あのお湯の中に入れられてご飯にされちゃうのかなっ!?

怯える私にララフェルのお姉ちゃんは「大丈夫だから、お湯、触ってみて?」と言われた。
私は恐る恐る大きな桶の中の水に指を付けてみると、とてもここちのいい温かさだった。
私は今度、手を少し深めに入れてみる。

あ・・・・わたしこれ・・・好きかも!

その思いが顔に出ていたのか、ララフェルのお姉ちゃんはにっこりと笑って、改めて「ほら、服を脱いで。私が洗ってあげるから」と言った。
私は頷き、いそいそと服を脱いだ。

大きな桶に溜められたお湯を、小さな桶に移し替えて私の体にゆっくりとかけてくる。
丁度いい温度のお湯をかけられて、気分がじわーっと落ち着いてくる。
そしてお姉ちゃんは「沁みるかもしれないから、ちょっと目を閉じててね」と言う。
私は大きくうなずいて、ぎゅっと目を閉じた。
「いい子ね」と言って、ララフェルのお姉ちゃんは頭を撫でてくれた。

えへへっ・・・

私はお姉ちゃんに褒められて、なんだかとっても気分がいい。
何か液体のようなものが頭にかけられる。そしてララフェルのお姉ちゃんが手を動かし始めると、シャカシャカと言う音が聞こえ始める。

あわあわかな?

村でもお姉ちゃんがたまに私の髪を洗ってくれた。
ふざけ合ううちに二人ともあわあわになって、笑いあった日を思い出す。

・・・・お姉ちゃんにも会いたいな・・・。

急におとなしくなった私を心配したのか、ララフェルのお姉ちゃんは「目に染みた?」と聞いてくる。
私はブンブンと顔を振る。
ララフェルのお姉ちゃんは「もうちょっと我慢しててね」と言って、今度は体を布で優しく肌をこすり始める。
なんだかくすぐったくてもじもじしてると、その動きが面白かったのか、ララフェルのお姉ちゃんもフフッと笑っていた。

お湯を頭から何回もかけてもらって、あわあわを洗い流すと、お湯の張った大きな桶の中に入るように言われた。
お湯の中に体を入れたことがないからちょっと怖いけど、お姉ちゃんが大丈夫って言ってるから大丈夫!

私はまず足をつけてお湯の温かさを確認すると、ちょっとずつちょっとずつ体をお湯の中に沈めていく。

はわ~~~・・・

体全体が温かいお湯に包まれる。
じんわりとした感覚が、体全体に行きわたる。

なんか・・・・すごい~
お湯の中って、こんなに気持ちがいいんだ・・・

村では水はとっても大切なものだったから、体を洗うときはお湯に浸した布で体を拭くだけだった。

このお風呂ってやつ・・・村のみんなも知ったら、喜ぶだろうなぁ。

そんなことを考えていると、なんだか頭がぼーっとして来る。

ほえぇ~~・・・なんだか頭がぐるぐるしてきたぁ・・・

気持ちがよすぎたのか、頭がぼーっとして来て、次第に眠気にも似た感覚に囚われていく。
私はその感覚に身を任せ、ゆっくりと瞼を閉じた。


・・・・お母さん。

 

 

目を覚ますと、天井のようなものが目に入る。
どうやらここはお風呂ではなく、私はベッドの上に寝かされているらしい。
起き上ろうとするが、なんだか体に力がはいらない。
頭もぼーっとしていて、ちょっと苦しい・・・。

あれ・・・・・?

私がモゾモゾと動いたのに気がついたのか、ララフェルのお姉ちゃんは「大丈夫?」と心配そうな顔で私の顔を覗き込みながら、額に乗せていた布を取り換えた。

あ・・・ちべたい・・

熱を帯びた体を冷やすように、ひんやりとした布の感触がとても気持ちがいい。


ごめんなさい・・・
お風呂に慣れていなかったのに・・・
もうちょっと寝ていれば体調は回復すると思うから、おとなしく寝ていてね。

と言って、私の頭をやさしくなでると、団扇のようなもので私の顔をあおいでくれた。

私はこくんと頷くと、ゆっくりと目を閉じる。
さわさわと肌に触る柔らかな風が心地いい。

お姉ちゃん・・・お母さんみたい・・・
ずっとここにいられたら・・・・いいな・・・・

 

そんなことを思いながら、私は再び眠りの中に落ちて行った。

 

住民からの通報があって、私はエーテライトの元へと駆けていく。

話によると、全身血まみれになったララフェルの少女が、全裸姿でうずくまっているとのことだった。

リムサ・ロミンサは海賊によって支配されている国である以上、ちょっとした小競り合いは確かに絶えない。
しかし一部の海賊団の裏切りにより非公式とはなったものの、対ガレマール帝国のために提案されたガラディオン協定によって、海賊諸派相互の非戦協定が結ばれている。
海上でならいざ知らず、リムサ・ロミンサの街中でこんなことが起きることは珍しい。

冒険者の趣味の悪い悪戯なのでは?

と疑いを持ちながらも、私はエーテライトプラザに向かって駆けていく。


季節を問わず、ここリムサ・ロミンサではおかしな恰好をする冒険者が絶えない。
男女問わず、下着一丁ぐらいは当たり前。
変なお面を被った人や、全身着ぐるみに包まれながら街中を駆け回る人など、筆舌しがたい人たちが絶えないのがこの街だ。

ついこの間までなんて冒険者の間では「死んだふり」が流行っていたらしく、街中のあちこちで寝転んでいる冒険者が多発したものだから、殺人事件と誤認して我々イエロージャケットの出動回数が激増した。
それほどに街中は平和であると言えないことも無いけれど、誤報で振り回される我々の苦労も知ってほしい。

まったく! 海賊だけでも手を焼いているってのに、冒険者の悪ふざけもたまったもんじゃないわっ!

そんなことを思いながらエーテライトプラザに着くと、通報通り確かに全裸のままうずくまっているララフェルの少女を発見した。
全身は血のような赤黒い液体で汚れ、桃色のきれいな髪もボソボソになっている。
どこからどう見ても「冒険者の悪ふざけ」とは違うものだった。
私は急いで駆け寄ると、少女は呆然とした表情でこちらを見つめてくる。

 

この子・・・・目が・・・

全裸のララフェルの少女の片目は、白く掠れている。
左右の目の色がそれぞれに違う「虹彩異色」とは違う。
確かに眼球はあるものの、機能を果たしていないかのように瞳孔が白く濁っていた。

私が自分のことを見て動揺していることに気がついたのか、少女は不安そうな顔を浮かべると、すっと目から涙が零れ落ちた。


あっ・・・・あっ!!
どうしたの・・・なにがあったのっ!


私は慌ててララフェルの少女に声をかける。
ボロボロと零れ落ちる涙をハンカチで拭き取りながら、私は懸命に少女に声をかけ続けた。

程なくして、イエロージャケットの部下の者が到着すると、ローブを頭からすっぽりとかぶせ、ギュッと抱きしめる。
少女は少し動揺していたものの、嫌がるそぶりは見せない。
少女が少し落ち着いたことを確認すると、私は部下に少女を抱きかかえるように指示し、そのままイエロージャケットの本部へと少女を連れ帰った。

 


本部に着くと、私は部下に食事を用意するように指示する。
今自分が置かれている状況が分かっていないのか、少女は不思議そうな顔をしたままキョロキョロと周りを見回していた。
傷の手当をしようと少女の体を確認するが、体全体が血液のようなもので汚れているものの、体のどこにも傷らしきものは無かった。
ひとまずお湯で浸した布で顔を拭いてあげると「むーっ」という声を上げながらも痛がる様子もない。
肌もうらやましいばかりの玉肌で、つやつやと輝いている。

返り血・・・なのかしら?

血で真っ赤に染まった布を見ながら、ララフェルの少女のことを思う。

この子・・・・誰かに捨てられた?
それとも、先日消息を絶った連絡船の生き残り?
いやいや・・・浜辺に打ち上げられているならまだしも、犠牲者がエーテライトプラザにいるわけがないじゃない。
だとすれば・・・何かの事件に巻き込まれた・・・と言うのが一番もっともらしいか。

しかし、ここ最近そんな血なまぐさい事件はリムサ・ロミンサでは起きてはいない。

この少女のことにあれこれと考えを巡らせていると「コンコン」と扉をたたく音が聞こえてくる。
私が「どうぞ」というと、部下の男がスープと一切れのパンを持って入ってきた。

少女にその料理を食べるように促すと、スンスンと匂いを嗅ぎながら恐る恐る食事を口にする。
少女はスープの味にびっくりしたのか、キラキラと目が輝きはじめるのが分かった。
相当お腹が減っていたのだろう。
少女はもくもくとパンを口いっぱいに頬張りながら、スープを口に含んでは呑み込んでいた。

どうやらお気に召したようね。

ほっと胸を撫で下ろす。
私は少女を見ながら「妹がいたら、こんな感じなのかしらね・・・」と物思いに耽る。

 

私は、母親の愛情を知らずに育ってきた。
自分の母に嫌われていたのだ。
それは、どうやら私は「母が産んだ子」ではなかったことが原因だ。

ある日、母は父との間に一人の子を孕んだ。
自分をいじめる母のことは大嫌いだったけれど、自分に弟妹ができることはとても嬉しかったし、楽しみでもあった。

でも仕事一辺倒だった父が母を放っておいてしまったせいか、不満を溜め続けた母は、事あるごとにそのうっぷんを私にぶつけてきた。
精神を病んで情緒不安定になっていた母は、夢遊病者のように夜中に一人ふらふらと出かける癖があった。
そんなある夜、一人街中をフラフラと歩いていた母は、階段で運悪く転び強く腹を打ってしまう。
すぐに医者の所に連れて行かれたが、怪我はしなかったものの打ち所が悪かったため、母のお腹の中にいた子は流れてしまった。

我が子を失ったショックで母親の精神は限界に達し、気が狂った母に私は殺されそうになった。
気がついた父がすんでのことろで私を守ってくれたが、それがもとで父も腕に大きなけがを負ってしまった。

それ以降母とは別居するようになり、私は父に引き取られた。
その後も色々あったけれど、第七霊災のごたごたで母だった人はリムサ・ロミンサから姿を消した。

仕事が立ち行かなくなった父との生活は大変だったけれど、これまでの時間を取り戻すかのように父は私にとても優しかった。
だから私も父のことは大好きだったし、貧乏でもそれほど苦ではなかった。

でも、結局父は誰かに殺されてしまった。
犯人は未だに誰だかはわからないけれど、大方海賊どもの抗争に巻き込まれたのだろうと私は予想している。
大きくなってからわかったことだが、父は私掠免許を持たない在野の海賊たちとの闇取引に手を染めていたらしい。
とても優しかった父の死はつらかったけれど、私を拒んだ母だった人については、正直死んでいようがどうだってよかった。

そして私は、父親の犯した罪の贖罪の為、イエロージャケットに志願したのだ。

 

頬についたパンくずを取りながら、少女の顔を眺める。
少女は私のことを信頼しているのか、警戒心を全く抱いていない様だった。

 

自分の置かれていた状況を分かっていないかのように、少女は無邪気な表情を見せている。
そんな少女を見ていると、私も自然と笑顔になっていた。

「トントン」と再び扉をたたく音がする。
私は「どうぞ」と言うと、部下の男はタオルと下着、そしてありあわせの服を用意して入ってきた。
どうやらお風呂の準備もできたようだ。
私は男に「ありがとう」と言うと、少女にお風呂に一緒に入ろうと話しかける。

少女は「風呂」を知らないのか、不思議な顔を浮かべている。
私は優しく少女の手を取ると、少女も素直に私に従って着いてきてくれた。

本当に素直なかわいい子ね。

風呂場に着くと、少女の着ていたローブを脱ぐようにお願いする。
少女は大きな風呂桶を見ると、なぜか怯えていた。

ひょっとしてお風呂が嫌いなのかしら?

私は少女にお湯を触ってみてと促すと、恐る恐る人差し指でお湯を触った。
やけどしないことに気が付いたのか、何回かお湯を触った後、意を決したように手をお湯につける。
そして、ぐるぐるとお湯をかき回して楽しそうに笑っていた。

よし・・・だいじょうぶね。

いそいそと脱ぎだす少女の姿を見る。
少女の体は、乾いた血で所々黒ずんでいた。
少女はなぜか自分の体のことに気が付いていない。
もしかしたら、これが血だということを知らないのかも知れない。


私は少女に洗い流す血を見せない様、目を瞑るようにお願いする。
少女は大きくうなずいて、素直に目をギュッと瞑った。

本当にかわいい子ね。
なんでこんなに無垢で素直な子が、血だらけでしかも全裸であそこにいたのかしら。

考えれば考えるほどわからないことだらけだ。
体を洗いながら傷を確認するが傷らしき傷はどこにも見つからない。
布の感触がくすぐったいのか、くねくねと体をよじる少女の動きがおかしくて、私はちょっと笑ってしまった。

お風呂から上がって落ち着いたら、話を聞いてみよう。

そんなことを思いながら少女の体に着いた洗剤をお湯で流し、お風呂の中に入るように促す。
恐る恐るではあったものの、少女はお湯の中に体を沈めると、気持ちよさそうに声を漏らした。

お風呂場の入り口に人影を感じ、入り口まで戻ると、ドア越しに部下が「ちょっといいですか」と声をかけてくる。
私は「分かった」と答えて、風呂場から出た。

 


表で待っていた部下の男は、


あの少女、どうやら本当に消息を絶った連絡船の生き残りかも知れません。
これを見てください。


と、一枚の紙を差し出してきた。


これは連絡船の乗船名簿です。ここを見てください。
地図にものらない辺境の地出身の、ララフェルの少女がこの連絡船に乗船しています。
目的はここリムサ・ロミンサの巴術士ギルド。
今巴術士ギルドにその少女のことを確認しに行っています。


私は部下の男の報告を聞いて疑問符を浮かべる。


確かにあの子びっくりするぐらいの世間知らずだけれど、だからと言って連絡船に乗っていた少女であるという確証はないでしょう?
憶測だけでものを言うのはどうかと思うけど?


それが・・・・
今さっき入った報告によると、連絡船らしき船の残骸がコスタ・デル・ソルの浜辺に打ち上げられていたそうです。


私は最悪な結果となった報告に眉をひそめる。

(あの船にはたしか・・・・)

私の物思いを知ってか知らずか、部下の男は報告を続ける。


その漂流物の中に無傷だった脱出用のボートがありまして、そこにこのペンダントが。


男からそのペンダントを手渡されると「そこを開いてみてください」と言われ、ペンダントの装飾部を開いてみる。

!!?

装飾の中には一枚の小さな写真が納まっていた。
写真は古くボロボロになっていて、そこに写っている女性の顔ははっきりとしない。
しかし、確かに母親と思わしき人の隣に、あの少女に似た小さな女の子が写っている。
はっきりとはしていないが、確かにあの少女の幼い姿と言われれば納得のいくものだった。

ならどうしてあの子は浜辺ではなく、エーテライトプラザに?
誰かに助けられて、置き去りにされたとか?
そんなまどろっこしいことをする人がいたってこと?

うむむ・・・と悩んでいる私に、部下の男が

・・・ひょっとしたらあの子「特別」なのかもしれません。

と言った。


特別? まさか・・・・あの噂の?
ばかね! それこそ眉唾じゃない!
都市伝説に語られていることをイエロージャケットが信じてしまうなんて住民に知れたら、馬鹿にされてしまうわよ。

す・・・すみません・・・!!


と部下の男は頭を下げる。
・・・・確かに、あの少女が噂の「特別な者」であるとするならば、すべての辻褄があう。
でも、そんなブラックボックスを用いれば、このリムサ・ロミンサでまことしやかに語られる噂の多くが解決してしまうほど「特別な者」は都合のいい存在なのだ。
かえって真実を覆い隠す危険性のある存在を、なんの確証もなく信じてしまうわけにはいかない。


とにかく、風呂から上がったらあの少女に事情を聞いてみるわ。
あの子の心が大丈夫そうであれば、このペンダントも見せてみる。
だから、上官への連絡は少し待っていて。

と私が言うと、部下の男は「ハッ!」と敬礼して、持ち場へと戻っていった。

 

風呂場へ戻ると、ララフェルの少女はぷかぷかとお尻を浮かべながら、湯船の中に浮かんでいた。

し・・・・しまった!!

私は慌てて少女を湯船の中から拾い上げると、胸に耳を当てて鼓動を確認する。
ドクッドクッドクッドクッ と鼓動が跳ねるように刻んでいる。
命に別状はないようだが、どうやら長風呂させてしまったせいで、湯にあたってしまったようだ。

(ご・・・ごめんなさいっ!!)

心の中で少女を一人置き去りにしてしまったことを謝ると、いそいそとタオルで体を拭き、服を着せて急ぎベッドへと運んだ。

 

ハァハァと苦しそうにしている少女の額に氷水につけた布を当てる。
少女の手を握りながら、片方の手で少女の顔を団扇で扇ぐ。

 

話に夢中になって、彼女を放置してしまったことを悔やむ。
この子は今日初めて風呂に入ったのだ。
自分の体の変化なんて、この子にはわからない。
私がきちんと見ていれば、こんなことにならなかった・・・


少女の顔を見ながら、ペンダントにはめ込まれた写真を再び見る。

確かに・・・そっくりだわ・・・
とすれば、この少女はやはり・・・・

先ほど部下の男が言った「特別な者」という言葉が頭に浮かぶ
私はそれを頭の中から振り払うように、頭をブンブンと振る。

余計なことを考えるのはやめましょう。
どちらにしても真相は、この子が元気になった時にわかることだわ。

 

しばらくすると、少女はゆっくりと目を開ける。
大分落ち着いたとはいえ、息はまだ少し荒く、目は赤く潤んでいる。

私はおでこに乗せていた布を氷水に浸した新しい布に取り換えると、気持ちよさそうに目を細める。


ごめんなさい・・・
お風呂に慣れていなかったのね。
もうちょっと寝ていれば体調は回復すると思うから、おとなしく寝ていてね。


と私が言うと、少女は安心したような顔でうなずき、ゆっくりと目を閉じた。

そしていつしか呼吸は収まり「すーっ すーっ」とかわいい寝息を立てながら、眠りに落ちていったようだった。