FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第十八話 「暗闇に葬られし影」

そこまでだ!!

突然、女性の甲高い声が周囲に響き渡る。
声がする方を向くと、そこには別の銅刃団の者たちが複数立っていた。


く・・・・ここで増援か・・・・

先ほど逃げ出した、弓術士が応援を呼びに行ったのだろうか?
いや・・・それにしてはあまりにも早すぎる・・・。

ハハ・・・・・ギャハハハハ!!!!
残念だったなぁ!!!

劣勢から一転、バルドウィンは勝利を確信したのか急に高笑いし始めた。
私とフフルパは背を向けあうようにしてお互いに臨戦態勢を取る。

???

私は銅刃団のリーダーと思わしき女性に、見覚えがあった。
あれは・・・・・レオフリックと一緒にロストホープにいた銅刃団の女性ではないか?


顔当てはしているものの、背格好や髪形、口元の形を見るに間違いはないだろう。

フフルパは増援の銅刃団の連中に向かって、


は、話を聞いて欲しいでありますっ!
ローズ連隊のバルドウィン連隊長はこともあろうに盗賊団連中と結託して、ナナシャマラカイトの鉱石を密輸しようとしてたのでありますっ!
我々はそれに気づいて、銅刃団の正義のために懲らしめようとしていただけであります!!

増援の銅刃団に向かって、必死に説明を試みるフフルパ。
そんなフフルパをあざ笑うように、バルドウィンはニヤニヤと下卑た笑いをしながら、

だからお前は馬鹿だってんだよ!!
さっきも言っただろう? 密輸自体がロロリト様の勅令だってな!
お前が幾ら正義を語ったところで、救いはねぇんだよ!!

がっくりと地面に手をつき、呆然としたまま動かなくなるフフルパ。
彼は今まで、本気で銅刃団の正義を疑ってこなかったのだろう。
思い込みや信念が強過ぎる者ほど、心が折れた時のショックは大きい。
立ち直ることの出来ないほどの心の傷とならなければいいのだが・・・


失意のどん底にあるフフルパの姿を見て愉悦に浸るバルドウィン。
そんな彼のそばに銅刃団の女はゆっくりと近寄っていった。

そして・・・・


バキィィ!!!

バルドウィンは銅刃団の女に力いっぱいに顔を殴られ、思わず尻餅をつく。


ぶへぇ!!!
な・・・な、なっ!!


突然の出来事に気が動転し、バルドウィンは言葉にならない声を上げる。


愚か者が!!!
犯罪者の片棒を担ぎ、銅刃団の名を汚すとは・・・・恥を知れ!!!

!!!!

フフルパは突然起こった出来事に唖然としている。
当の私も、今何が起きているのか理解できずにいた。


な、なにをしやがるてめえ!!
俺はロロリト様からの命令を忠実に遂行してたんじゃねぇか!
どこの誰だかは知らねぇが、てめぇに殴られる覚えはねぇぞ!!


バルドウィン本人もこの銅刃団の女が誰なのか知らないらしい。
銅刃団の女は見下すような冷たい表情をしながら、


お前がロロリト様から仰せつかった勅令を言ってみろ。

だから! 足跡の谷で行われる遺跡調査に伴う、呪術師ギルドの偉いさん方の護衛と、調査の補助だよ!
話を聞けば調査というのは嘘っぱちで、呪術師ギルドの方は盗賊の連中と結託してナナシャマラカイトの密輸を計画しているから、バレない様に見張ることが任務だったんだろ!


バルドウィンの答えに、銅刃団の女の表情は変わらない。
そして、ただただ冷酷に、


・・・・・お前はそのことをロロリト様から直接聞いたのか?

と、低い声でバルドウィンに言い放つ。


・・・・いや・・・呪術師ギルドの方から・・・・


バルドウィンはハッと何かに気が付いたかと思うと、顔がどんどんと青ざめていく。
そんなバルドウィンを銅刃団の女は、まるで醜いものを見るような表情で一瞥し、今度は腹を思いっきり蹴り飛ばした。


いいように誑かせられやがって!
お前は一体何を守っていたのか、よく周りを見てみろ!

腹を蹴られたバルドウィンは悶絶しながらも、呪術師ギルドが調査をしていたところを見る。
そこには駆けつけた銅刃団によって組み伏せられている姿があった。

!!!?

お前が呪術師ギルドの高官と思っていた連中は、変装した盗賊の輩にしかすぎん。
まんまと盗賊に騙されて、犯罪の片棒を担がされていたってわけだ。
そもそも遺跡調査はまだ準備段階で、呪術師ギルドからの調査団はこちらに派遣されてもいない。
なぜ確認しない? なぜ報告義務を怠った?
なぜ、希少鉱石の密輸自体がロロリト様の指示だと決めつけた?


そ・・・・そんな・・・・


お前は盗賊団に騙されて、ロロリト様の顔に泥を塗る真似をしていたんだよ!
身のほどを知れ! この痴れ者が!!


そういって銅刃団の女は腰に下げていた剣を抜くと、一息でバルドウィンを両断した。


がぁ・・・・・・・


抜刀からの構え、そして斬撃に至る姿は、まるで凪の状態に一瞬吹く柔らかい風が湖面をザワザワと漣立てるかのように、静かでありながら力強い太刀捌きだった。
私は不覚にも、その太刀筋を「美しい」と思ってしまった。

バルドウィンを切り伏せた銅刃団の女は、血で濡れた剣をみて顔を歪め、


こんな汚れた剣、二度と使う気にならん。
おい、捨てておけ。


と、後ろで待機していた部下と思われる銅刃団の男に向かって投げ捨てた。
そして、呆気にとられているフフルパの前まで行き「フフルパ!!」と声を張り上げ、檄を飛ばす。


その声に呼応するようにフフルパは「ハッ!!」と敬礼しながら立ち上がる。


緊張するフフルパに向かって銅刃団の女性は、


よくぞバルドウィンの不正を暴いてくれた!!
感謝するぞ。盗賊と呪術師ギルドの件はレオフリックから聞いていた。
助けに来るのが遅くなってすまなかったな・・・


フフルパは突然のことで頭が真っ白だったようだが、じわじわと事態を飲み込むにつれて感情の波が涙となって一気に溢れ出た。

うっぅぅ・・・・もったいないお言葉なのでありますっ!
じ、じぶんは・・・・じぶんはっ!!

高ぶる感情が邪魔をし、嗚咽で言葉にならないフフルパ。
涙と共に鼻からも感情が溢れ出て、顔はぐしゃぐしゃに濡れていた。


ふふっ・・・いい男がみっともないぞ?
顔を拭いて表を挙げろ。


「ハッ!」 という言葉と共に袖でぐしぐしと顔を拭く。
銅刃団の女はその姿を見て「やはり可愛いな」と言葉を漏らしながら、怪しく微笑んでいた。


今回の件、ロロリト様は大変お喜びになっていた。
今回の功績を讃えて、お前をローズ連隊の隊長に任命する。
変わらずお前の信じる「正義」でここを守れ。

そ・・・そ、そそ・・・そんな!!
連隊長だなんて、自分には役不足なのであります!!

 

そんなことはないぞ。
お前、レオフリックからローズ連隊が代々受け継いできたダガーを受け渡されただろう?
レオフリックがなぜそれをバルドウィンに渡さず、お前に託したか。
それはお前がローズ連隊の隊長としての資質を備えているからだ。


レオフリック連隊ちょぉぉ・・・・・
じ、自分をそれほどまでに信頼していただけていたとは・・・・
感激で涙が止まらないのでありますっ!!

いてもたってもいられないのであります!
今すぐにでもレオフリック連隊長に、お礼にお伺いしたのでありますっ!!


そんなフフルパの言葉を聞いて、ふっと銅刃団の女は気まずそうに顔を背けた。


レオフリック・・・・だが・・・・
実は盗賊の手にかかってな・・・・・

 

命を落としてしまったんだ。

 

・・・・・・・・へっ?

ポカンとした表情で呆気にとられるフフルパと同じく、私もまた驚きで耳を疑った。
レオフリックが凶刃に倒れた? あのレオフリックが?

・・・・・・にわかには信じがたい。


ど・・・・ど、どういうことでありますか!


フフルパは混乱で気をとり乱し、銅刃団の女に詰め寄った。
銅刃団の女はフフルパに引っ付かれることに、満更ではない表情を浮かべながら、


ちょっ・・・落ち着いて話を聞くんだ。
私達は先日から、キヴロン別宅跡を根城としていた盗賊団のアジトから押収した資料を調べていた。
そして最近、その資料が今回のナナシャマラカイト密輸計画と関係することがわかったんだ。それでレオフリックはブラックブッシュの知人と共に、内密にカッパーベル銅山の周りの調査に出向いていたのだが、どうやら運悪く盗賊団の連中と鉢合わせしてしまったらしくてね。

その時たまたま私もロストホープを離れていて、戻ってみたらレオフリックがカッパーベル銅山に向かったことを聞いてね。
急ぎ向かったんだが、時すでに遅くて…
そこには複数の盗賊団の死体と共に、レオフリックと思われる銅刃団の男と一般人の亡骸があったんだよ。
銅刃団の男の顔はその・・・・・ぐちゃぐちゃになっていて、レオフリック本人と判別できるものではなかったが、こんなところに来る奴なんかあいつしかいない。

私はそのことをロロリト様に報告し、急ぎここに応援を連れて向かってきたんだよ。


フフルパは再び悲しみを受けて地面に崩れ落ちる。


うぅ・・・・ぅぅ・・・・


声にならない嗚咽をあげ、ボロボロと涙をこぼした。

 

すまん・・・・レオフリックを守りきれなかったのは私の責任だ。
結局、お前に託されたダガーが最後の遺品となってしまったな。
せめてもの死者への手向けだ。それを後生大事にしてやってくれ。


フフルパは胸にしまっていたダガーをギュッと抱きしめる。


顔を上げろ!
レオフリックが命を賭してまで暴いた事件だ。
フフルパ!
レオフリックの意思を継ぐ者として、最後まで責務を果たしてくれ。
これから捕えた盗賊どもをウルダハへと護送する。お前はその任を指揮しろ。ロロリト様への報告、お前に頼んだぞ!


フフルパはズズっと鼻水をすすり、涙にぬれた顔を再び拭う。
そしてまっすぐと銅刃団の女を見て、ビっと敬礼する。


ハッ!
不肖フルパパ! レオフリック連隊長の意思を継ぎ、悪党どもをウルダハに収監するであります!


目から溢れる涙は止まらない。
それでも、フフルパは毅然とした表情で、与えられた責務を果たそうとしていた。


冒険者殿っ!
この度の件は感謝に感謝を重ねても足りないのでありますっ!
落ち着いたら、ぜひホライズンを訪ねてほしいであります!
ザナラーンを守る防人としての銅刃団の姿を、見てほしいのであります!!


出会いと別れ。
フフルパは新たな思いを胸に、レオフリックが守り残し、認められた「正義」を信じて顔をあげる。
そして駆けつけた銅刃団の者と一緒に、捕えた盗賊と銅刃団の連中を連れて消えていくフフルパを見届けた。

 


ご苦労だったな、冒険者。


銅刃団の女は、フフルパの姿が見えなくなると、こちらに話しかけきた。
なんだろうか・・・・フフルパと話している時とは違く、どこか冷徹な気配を漂わせている。

まぁ所詮私は銅刃団の関係者ではないから、対応としてはそんなものなのかもしれないが。
だが、ロストホープでの印象とだいぶ違う。やっぱり人違いだろうか?

銅刃団の女は、私の格好を見るなり顔を歪ませた。


冒険者。今のお前はまるで悪鬼のようだぞ。
見っともないからまず体に着いた血を洗い落とした方がいい。
私はふと水面に映る自分の顔を確認すると、呪術師の男の胸から剣を抜いたときに噴出した返り血をもろに浴びて、私は頭から血で汚れていた。

私は足元の水で顔から体全体にかかった血を洗い落とす。
びしょびしょに濡れた私に向かって銅刃団の女は「これを使え」と一枚の布きれを差し出してきた。
すべての血を洗い流すことはできなかったものの、とりあえず「見れる」ようにはなったのか、銅刃団の女は改めてこちらを見ながら話しかけてきた。


久しいな、冒険者。 ロストホープぶりか?

銅刃団の女は感謝の言葉をこちらに送るものの、やはり表情と雰囲気は先ほどまでとは違って冷ややかであった。
私はレオフリックの死について、改めて聞いてみるが、


さっきの言葉以上のことはない。
レオフリックはカッパーベル銅山の調査中に盗賊団に襲われ、死んだ。
それ以上も以下もない。

と、全く感情のない、まるで機械のような声で淡々と話す。
ロストホープにはレオフリックとこの女しか銅刃団はいなかったが、今思い返してみればどこか一線を引いているような雰囲気があり、それほど仲が良かった感じはしなかった。
この女にとって、レオフリックの死は「同僚の死」ではあるものの、それ以上ではないのかもしれない。
ましてや、レオフリックはロロリトの敵である。

他にも色々と聞きたいことはあったが、この女は私が何を聞こうとも答えまい。


冒険者よ。
ロロリト様は最近のお前の行動を大変「気にかけて」いらっしゃる。
どうだ? お前も銅刃団に入らないか?
お前だったらすぐにでも連隊長の役職に推薦してやるぞ?


私は考える余地もなくお断りした。


銅刃団の女は「そうか」とつっけんどんに答えた。
端から私が「そちら側」に組み入るとは思っていなかったのだろう。


フフルパを守ってくれたことには礼を言おう。
最近、銅刃団内部の素行の悪さが目立っていてね。
ロロリト様も対応に苦慮なされているのだ。

お前も幾度となく見てきたのだろう?
あのような者達の勝手な行動のおかげでロロリト様の悪評が立つばかりだ。
我々銅刃団は、染みついてしまった不名誉を回復しなければならない。
だからこそ、今の銅刃団にはフフルパのような「真っ直ぐな志」を持つものが必要なのだ。


銅刃団の女は、語尾を強めた。
何かを思い出すように、銅刃団の女の顔は恍惚の表情を浮かべている。
やはりこの女、フフルパの話になると急に態度が変わる。


ここ最近、お前達冒険者によって多くの銅刃団の者が「粛清」された。
それは大変「喜ばしい」ことではある。

だがな・・・・・こちらにも「手順」というものがある。
一歩を間違えれば、ロロリト様が主導していると勘違いされてしまうのだよ。
お前ら個人の激情でこちらの段取りをかき回されたのでは、甚だ迷惑だ。


一度緩んだ顔を再び引き締め、私に向かって言い放つ。


お前をフフルパの命を救った「恩人」として一つ話をしておこう。

あまり我々のことの詮索は行わない方がいい。

これは忠告ではない、

警告だ。

守らなければ・・・・今後どうなるかは保証しかねるぞ。


そういって銅刃団の女は一本の瓶を投げてよこす。
瓶を受け取ってみると、エクスポーションのようだった。


ではな、冒険者。
二度とこういう形で出会うことのないこと、祈っているぞ。

 

そういって銅刃団の女は足跡の谷を後にしていった。

 

私は銅刃団の女からもらった「エクスポーション」を見る。
(毒でも入っているんじゃないか・・・・)

私は淡い紫色の液体の入った瓶を太陽に透かせてみたり、振ってみたりしながら考えた。
少なくとも、あの銅刃団の女は味方ではないが、「警告する」ということは今すぐにでも私を殺そうとしているわけではないとも思える。

そもそも、殺そうとするならわざわざ「毒を盛る」といった手間を掛けなくても、あの女の技量をもってすれば手負いの私ぐらい簡単に殺せたであろう。
実のところ、あの女との会話中私はいつでも剣を抜けるようずっと警戒を解かなかったが、それでもバルドウィンを仕留めたあの一撃を躱せる自信はなかった。

私はふと思いつき、エクスポーションの瓶の蓋を開けて魚が泳いでいる場所に少し垂らしてみた。
もし毒が入っていたとすれば、魚は毒によって苦しみだして死ぬだろう。
ちょぼちょぼと水面に落ちる水滴を魚は餌と勘違いしたのか、水面に寄って来てパクパクと口を動かしている。少しの間様子を見たが、魚に特に変化は見られなかった。


毒は入っていない・・・・か?
正直なところ、緊張が解けてからというもの左腕の痛みがジンジンとしていて地味にきつい。

えぇい! ままよ!!

私は意を決して銅刃団の女が投げよこしたエクスポーションを一気に飲み干した。
途端に、急速に左腕の痛みが引いていき、傷はみるみる回復していく。
体全体にのしかかっていた重さも軽くなった。

・・・・すごいなこれは。


エクスポーションは、回復薬の中でも上位のものだ。
駆け出しの冒険者にとっては、おいそれと手が出せるものではない。

私は腕をぐるぐると回し、回復したかどうかを確かめる。
そして、投げ出したままになっていた盾を拾い直し、クレセントコーヴに向かった。


クレセントコーヴに入るとラッフが駆け寄ってくる。


おい! 大丈夫だったのか!?
銅刃団の連中と斬り合っていたようだったが!


ラッフが驚いた表情をしながら、私を心配してくれていたようだ。
私は大丈夫だと言いながら、ここに居ついていた盗賊団は壊滅したこと、呪術師ギルドの連中は実はその盗賊連中だったこと、バルドウィンがそれに組していたことを説明した。

ラッフは私の話を聞きながら、記憶の節を合わせるかのように頷き、


そうか・・・・どうりでな・・・・
いや、お前が銅刃団と闘い始めるとな、ここにいた盗賊連中は「おいっバレたぞ!?」なんて言いながら加勢に向かおうとしたんだよ。

だが、銅刃団のちびっこいのの圧倒的な強さを見て臆したのか、漁港に停泊してあった漁船を一艘強奪して、沖に向かって逃げていきやがったんだ。
まぁ・・・あんなぼろい船で沖なんかに出たら、海流に流されて一発で沈んじまうだろうがな。


そうか・・・盗賊連中が加勢に来なかったのは、逃げたからかだったか。
確かに、あのフフルパの動きを見て、加勢に飛び込んで来ようとする馬鹿はそうそういまい。

私は、改めてことの顛末をラッフに話すと共に、レオフリックの死についても伝えた。
ラッフもまたそのことをすぐには受け止められなかったのか、生気が抜かれたかのようにぽかんとした表情をする。
そして、くそっ! と地面を蹴り、感情をあらわにした。

 

なんでこの世の中ってのは、いい奴ほど簡単に死んでいくだろうなぁ。
神様ってのは実は「いい奴」のことが嫌いなんじゃねぇかなぁ・・・・。


ラッフは村人の一人に、倉庫から酒瓶を持ってくるように指示した。
ほどなくして、大事そうに酒瓶を抱えた村人は、他の村人も引き連れて戻ってくる。

この酒は、レオフリックがここに持ってきてくれた酒なんだよ。
今度アイツがひょっこりこの村に顔を出したときに、一緒に飲もうと思ってとって置いたんだ。

そういいながら、ラッフは酒瓶の蓋を開けて、中身を海へと流す。
酒の残りを集まった村民で分け合い、空になった酒瓶を床に置いて、胸に手をあて海に向かって、皆祈りをささげる。


「どうか・・・正しく生きたものへ・・・慈悲に満ちた来世を・・・」


悔しそうに顔をしかめる者、涙で頬を濡らすもの、事実を呑み込めずぽかんとしている者。
レオフリックの「死」という事実に対する村人の反応を見ていると、彼はこの村にとってとても大きな存在となっていたことを改めて実感した。

私はラッフに、バルドウィンの後釜として、あの小さい者が銅刃団連隊の後任となることを伝え、そのものはレオフリックの意思を継ぐものだと伝えた。
ラッフはこちらを見ることもなく、私の話を聞き流しながら、


なら・・・・今度そいつが来たらとびっきりの魚を用意してもてなしてやんねぇとな。


と、頬を伝う涙を隠すように、ずっと海を見続けていた。

 


私はラッフとクレセントコーヴの村民達と別れを告げて、ウルダハへの帰路につく。

ホライズンではバルドウィンの死と盗賊団の密輸の話でもちきりの様だった。
だが、混乱しているというよりは、開放感で溢れているという印象の方が強い。
それだけバルドウィンはこのホライズンで好き勝手やっていたのだろう。

それにしても情報の伝わりが異様に早い。しかも

「犯罪に手を染めた銅刃団を、銅刃団の手によって粛清した。」

という話をよく耳にするところを考えると、だれかスピーカー役の人間を仕込んでいたのであろう。

用意周到なことだ・・・


私は溜息をつきながら、ホライズンを抜ける。

 


ウルダハへの帰路の途中、私はふと思い出して、スコーピオン交易所へと立ち寄った。
斧術士の一件以来、オスェルとは話をしていない。
挨拶ぐらいはしておくかとスコーピオン交易所に入る。

ここは相変わらず活気・・・というか鬼気に溢れているなぁ・・・・
なんてことを思いながら私は、交易所の中心で商人達と話をしているオスェルを見つける。
オスェルは荷捌き人への指示やら商人との交渉やら、時折怒号を張り上げながら非常に忙しそうに動いている。

今声をかけるのもちょっとあれか・・・

私はオスェルのその気迫に圧倒され、声をかけるのをやめてそのままスコーピオン交易所を抜けようとした。

あっ!! お~いっ!!!

すると、オスェルのほうが私に気が付いたようで、声を張り上げて私を呼ぶ。
オスェルは隣にいた交易所の者にあれこれと指示すると、制止を振り切るかのように走り出してこちらに向かってきた。


おいおいっ!! 生きていたのかよ!!
なんだよ! だったらだったで連絡一つもよこさないなんて随分じゃないか!!
斧術士の男には逃げられたって話を聞いたもんだから、てっきり殺されちまったんだと思ってたんだぜ!?
でも・・・いやぁ・・・本当に生きててよかったよ!


オスェルは心底安心したように笑顔で話す。
私はオスェルにすまなかったと謝りながら、銅刃団の手前立ち寄ることができなかったこと、詳しくは話せないが、斧術士の一件は解決したことを話した。

そうか・・・確かにあれ以来商隊が襲われることもなくなったな。
あと、スコーピオン交易所を警備する銅刃団の連隊長がいつの間にやらどっかに左遷させられてから、ここも随分と落ち着いたもんよ。銅刃団の連中も大人しい奴らばかりに入れ替わったし、いま連隊長不在で代理を任されている奴なんて「そんなにしゃべって大丈夫か?」 ってほどペラペラと情報を流す奴でな。
こっちとしてはありがたいが、いつ「いなくなる」か見ているこっちがハラハラするよ。

オスェルは苦笑しながら「アイツのことだ」と指をさす。
指をさされた銅刃団の男は、こちらの視線に気が付いたのかチラッとこちらを見ると、小さく手を振る。


なんでぇ? 知り合いか?


と訝しむオスェルに「ちょっとな」と言葉を濁しながらほほ笑んだ。


まぁシルバーバザーは相変わらずだがな。
いいとも言えねぇし、悪いとも言えねぇ。
だが、キキプは頑張ってはいるよ。
そうだ、あれから会ったかい?


オスェルの問いに私は「会ってはいない」とだけ答えた。


そうか・・・・まぁ言えねぇような話を無理やり聞いたらこっちが危なくなるからな。
だから詳しくは聞かねぇことにしておくよ。知らぬが花って言葉もあるしな!


その後、少しの間オスェルと談笑をして私はスコーピオン交易所を出た。
ウルダハへと続くササモの八十段と呼ばれる長い階段を登ろうとすると、警備している銅刃団の者に止められた。


すまない。今こちらの先のナナモ新門は、城門の定期点検のため今日一日の間閉鎖されている。
ウルダハの中に入りたければ、手間を取らせて悪いのだが北側のザル大門に迂回してくれ。


長い階段の麓で規制をするのは、銅刃団としては随分と気が利いたことをしているなと思って聞いてみたところ、実は登り切った門の前でその話をしたら、ほとんどの者に罵声を浴びせられたので今はここで話をしているとのことだった。
私は苦笑しながら、銅刃団の男に言われた通り、ザル大門の方へと迂回する。


城壁沿いにある貧民窟の前を通りかかったとき、男の悲鳴が聞こえてきた。


た、助けてくれぇっ!!!


私は声のする方を見ると、ひとりの剣術士が複数の槍術士に追われていた。