第六十八話 「サスタシャ浸食洞」
このあたりか?
私は斧術士ギルドのメンバーと猟犬同盟の混成チームで、怪しい男が出てきたあたりに入り口のようなものが無いか捜索している。
しかし方々調べてはみるものの、不審なところはない。
唯一人の出入りを示す足跡は見つけたものの、やはり途中で途切れてしまっていて何かあるのは間違いないのだが…
もしかしたら、他のところを探したほうがよいのではと焦りを感じていたその時、
ん? どうしたラタタ。そこに何かあるのか?
と、猟犬同盟の男が止まったままじっと一点を見つめているラタタに話しかけていた。
ラタタは表情を変えず「多分ここよ。」とポツリと呟き、一点を指さす。
???
ラタタが指さしたところを皆で見るも、そこは何の変哲もない岩壁だ。
猟犬同盟の男は半信半疑ながらもラタタが指さした岩壁を触ってみると、何かに気が付いたかのように耳を当て、そして岩を軽く叩き始めた。
!!?
男が叩いた岩壁は明らかに違う音が響いてくる。
岩とは思えないほどに軽い音を返してくる岩のようなものに手をかけ、引っ張ってみるといとも簡単に取れた。
まじかよ……本当にあったぞ。
なんで今までこんなのに気がつかなかったんだ?
不思議そうな顔をしながら頭をひねるヴィルンズーン。
その隠された入り口がある周辺を改めてみると、確かに手前にある大きな岩の影になっていて、出入りしても容易に見える場所ではない。
街道からも離れているので、注意深く出入りすれば人に見られることもなさそうだ。
しかしラタタよ、なんでここにあるって分かったんだ?
臭いがしたの。
湿った水の臭い、それと……
ワクワクする何か…
うふふ。
不気味な笑みを浮かべながら斧を構えるラタタに「おいおい! 先に行くんじゃねえぞ!」とウィズンルーンは制しながら、同行する斧術士に松明を作らせながら突入の準備を行った。
よし、こっから先は未知の領域だ。
海蛇の舌の奴らが使う隠し通路だから魔獣に襲われる心配はないかと思うが、奴らとであう可能性は十分にある。
なるべくばれないように、処理しながら進むぞ。
おまえら、ラタタの奴が先行しないように見張ってろ。
楽しみは最後にとっておけよ。
ヴィルンズーンがそう言うと、みなそれぞれに答えかえす。
とうのラタタは何処かつまんなそうな顔をしていながらも、ワクワク感は隠しきれず落ちかない雰囲気であった。
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細い裂け目のような入り口の中は、人ひとりが余裕で歩けるくらいの広さがある。
地面を見てみると、人の出入りがあることを示すように足跡のようなものが無数にあった。
暗い洞窟をみな無言のまま一列になって歩き、時折立ち止まりながら不審な音がしないかを確かめる。
(これは下っているな)
洞窟は下に下に向かっているようだった。
進むにつれて、どんどんと肌寒さを感じてくる。
外は真夏の熱帯夜。避暑には最高の場所だが、ここに一人でいたら不安で心が壊れてしまうだろう。
特に海蛇の舌と出会うことなく、しばらくすると前方がほんのりと明るみが目に入る。
先頭を歩くヴィルンズーンは腕を広げなら停止すると「ここで待ってろ」と言いながら一人光のある先へと進んでいった。
(海蛇の舌のアジトだろうか?)
待機している我々は武器に手をかけて戦に備える。
しかし、ヴィルンズーンはこちらに振り向き「こっちに来い」と言いながら手を挙げた。
警戒しながらヴィルンズーンのところまで歩くと、大きく開けた場所に出た。
ここは?
そこは地下にぽっかりと空いた大空間。
注意深く見渡すと巨大なサンゴのようなものがそれぞれに発光し、洞窟全体を淡い光で満たしている。
その光景は見たことの無いほど幻想的で、思わず口をあけながら見とれてしまった。
どうやら自分達は大空間の天井近くにある通路にいるようだ。
眼下には海底を思わせる大地の一部に人が通ったと思わしき筋が見える。
あれこそサスタシャ浸食洞の本当の入り口から続く道なのだろう。
しかし…不気味なほど何もいねえな。
ヴィルンズーンは不自然なほどの静寂が逆に不審感をあおるようで、どこかおかしなところはないかと見渡していた。
私は「もしかしたらここの魔獣は黒い入れ墨の男によって使役させられていたのかもしれない」と話すと「あぁ、そういうことか」とどこか納得がいったように頷いていた。
よし、おまえ。
サスタシャの入り口まで戻って集まった黒渦団に中の様子を伝えてこい。
こっちは先行して中の様子を探るから、正面から堂々と侵入してこいとな。
指示を受けた一人の斧術士ギルドの男は、松明を一つ受け取って足早に抜け道を戻っていった。
さて、俺らは先へと進むぞ。
そう言って、ヴィルンズーンは再び道の続く先へと進んでいく。
そして、その裏道は正規ルートを塞ぐようにそびえたつ壁についている大きな門の奥に通じていた。
扉の奥はそれまでの幻想的な洞窟とは違い、薄暗くじめじめとしただけの普通の洞窟だった。
ここにもまたほのかに灯りが灯されている。
しかしそれは、人の手によって管理されているであろうランタンによるものだった。
ここからが本番ってことか。
さっきの門はこちら側から開けれるか?
やってみます。
そういって斧術士ギルドの男が扉に手をかけると、いとも簡単に開いた。
長い間開け方がわからなかった扉がこうも簡単に開いてしまうと、感動もくそもねえな。
とヴィルンズーンは冗談交じりに言う。
よし、ここで何人か見張ってろ。
黒渦団の増援が到着し次第、俺たちとの合流に向かってくれ。
ハッ!
ここからが本番だ。
気を引き締めていくぞ!
ヴィルンズーンは皆を鼓舞して気合いを入れる。
私も斧を構えて、奥へと進んだ
これはどういうことだ?
ランタンの灯りでほのかに明るい洞窟内を進み、いよいよ海蛇の舌のアジトが近いと思い始めた時、地面に倒れている海蛇の舌の姿を我々は発見した。
周囲を警戒しながらもゆっくりと近づき、首元を触ってみるとほのかに温かいものの、死亡しているようだった。首にはナイフが刺さっている。どうやら一撃で絶命させられたのだろう。
俺らの他にだれかが潜入しているのか?
ナイフ使いと言えば双剣士だが……
双剣士と聞いてドクンと心拍数が上がる。
私は双剣士よって囚われ、命を捨てて逃げ出してきたのだ。
再び出会った時、私は何を話せばいいのだろうか。
私の動揺を感じ取ったのか、ウィズンルーンは一言「大丈夫だ。心配するな」と肩を叩いてくる。
私は「気を使ってもらってすまない」と謝ると、ウィズンルーンは小手で自分の兜を2度ほど叩き、警戒しながらゆっくりと先へと歩き出した。
その後も人の気配を感じながら、床に転がる死体を何体も発見する。
そのどれもが無警戒の中で抹殺されていることを考えると、どうやら身内の犯行のようだった。
なんだ、仲間割れでもしてるのか?
確かに烏合の衆である以上、こういう輩は一度崩れると砂の城のように崩壊するからな。
まあこっちとしてはその方が都合がいいがな。
そう言いながら、再び現れた大きな門の前で一度立ち止まり、周囲を見渡す。
ふと岩陰の奥に牢があり、その中を覗いてみると、
うっ!
その中の惨状に思わず口を押える。
「どうした!?」と近寄ってくる皆もまた、牢の中に広がる光景を見て唖然としている。
牢の中は血しぶきで壁は真っ赤に染まり、肉片のようなものがあちこちに散らばっていた。
かろうじて残されている骨を見る限り、人ではないようだ。
しかし、どうやったらこんなにも残酷な殺し方ができるのだろうと考えていると、
「ひぃ!!」
という悲鳴が門の中から聞こえてきた。
我々は各々に戦いの準備を整える。
「どうする……増援を待つか?」と慎重に確認するウィズンルーン。確かにこの扉の先にどれほどの海蛇の舌がいるかわからない。
しかし先行する味方がいるにしろ、仲間割れを起こしているにしろ、混乱に乗じない手はない。
危険を承知で飛び込むか…、安全策をとるか思案しているその時、
だめ…もう我慢できない!
そう言い放って、ラタタが門へと駆けていった。
お、おいぃ!!
猟犬同盟の男が慌てて叫ぶが、ラタタは止まらない。
そして、思いっきり扉をあけ放つと、目を輝かせながらその奥へと飛び込んでいった。
す、すまねぇ旦那!
うちの馬鹿が辛抱できなかったみてぇだ!
仕方がねえ!
うちらも飛び込むぞ! 皆覚悟を決めろ!
ウィズンルーンが手にした斧を高らかに掲げると、それに呼応したように皆「オー!」と声を上げた。
どうやら士気は最高潮に高まっていて、皆やる気満々のようだ。
私もまた斧を構え直して、気合いを入れて門の奥へと駆けこむ。
そこには小さな影から逃げ惑う海蛇の舌たちの姿と、その陰に一直線に向かっていくラタタの姿があった。
新たな増援に怯んだ海蛇の舌に統率は無く、皆それぞれに逃げ惑う。
どうやらすでに戦意は無く、人によっては武器を置いて投降するものもいた。
うふふっ!!
不気味な笑い声を上げながらラタタが小さな影に切り込むと、ぴょんと攻撃をかわしながらナイフを投げる。
ラタタはそれを斧で弾きながら、力いっぱいにぶん回した。
ちっ!
小さい影は軽く舌打ちをして距離をとろうと後退するが、ラタタはそれを許さない。
体を起点として横回転から得た遠心力を伴って今度は斧に重心を移す。そして得られた反動を使って一気に小さい影との間合いを詰める。
今度は縦回転で振り下ろされる斧の攻撃を、小さい影はすんでのところでかわすのが精いっぱいのようだった。
まるで流れるような体裁きに私は見とれてしまう。
私よりもくらべものにならないほど小さい体躯でありながら、重い斧を自在に振り回すさまはまるで「意思をもった武器」であるかのようだった。
私はハッと我に返り、ラタタの増援に向かうが、
手出し無用!! こいつは私の獲物だ!!
と、大声で乱入を否定される。
私は動きを止めて、その影の姿を改めて確認する。
その小さい影は、片目の少女であった。
(やはり生きていたか!)
片目の少女はいつもと違ってローブを着ていない。
露わになった顔を見ると、少年のようでもあった。
元は麻色であったであろうその衣服は血で深紅に染まっている。
あれだけ動けるところを見ると、多分それは返り血であるのだろう。
とすれば、あの牢の惨劇も、道中の同族殺しも少女の手によるものかもしれない。
邪魔をするな!!
ラタタに取りつかれてイライラが募ったのか、片目の少女もまた大声を上げる。
そして手が光り出したかと思うと、一瞬のきらめきを伴って幻獣が現れた。
!!?
魔導書なしだと!!
まずい!
私は咄嗟に突進をやめないラタタに飛びかかる。
な、なにを!!?
ラタタを突き飛ばすと、ラタタのいた位置に幻獣の塊が体を回転させながら突進してきていた。
「油断するな! こいつの幻獣は巴術士のものと違うぞ!」
忌々し気な目をしながら起き上がるラタタに檄を飛ばす。
あの程度、よ、避けれたし!!
すこし動揺しているのか、多少どもりながらラタタは斧再び構え直した。
あいつの相手はお前ひとりじゃ無理だ。
俺も加勢するぜ! 幻獣含めて2匹、こっちも二人。フェアだろ?
絶対に足ひっぱんないでよね!
そう叫びながら、再び突撃していくラタタを援護するように、ウィズンルーンもまた少女に向かっていった。
あちこちで戦闘が行われている中に、一つの不審な影を見つける。
こそこそとした足取りで、物陰に隠れながらどこかへと逃げようとしているようだ。
(!!? あの斧は!?)
背中に見える一際立派な斧。それには見知った銘紋が彫られている。
それは紛れもない、おやっさんの手による武器だった。
(見つけた!)
私はおやっさんの斧を担いだ海賊の男を追いかける。
男は戦場を離れると、隠し通路のようなところを足早に下っていく。
なにがあるかわからない。
私もまた慎重に男の後を追っていくと、厳重な扉でふさがれた大部屋にたどり着いた。
必死に鍵を開けようとしている男に
そこまでだ!
と声を上げる。
男はびくびくとした表情でこちらを振り返った。
しかし、口元からかすかに笑いが漏れている。
もう…もう何もかも終わりなんだよ。
お前らの…お前らのせいだ…・
男は恐怖に目を泳がせながらも、ぶつぶつと一人でしゃべっている。
私は男に「その斧は何処で手に入れた!」と問い詰めると、
この斧のことか?
ならば……
本人に直接聞いてみるといい!!
男は叫びながら、門を開けた。
あれ?
ブルワーズ灯台にたどり着いた私は、灯台の警備をしているカンスィスの姿を探すがどこにもいない。
カンスィスは実は我々の仲間であり、この灯台の地下にはアジトへと続く洞窟がある。
西ラノシアにはアジトのある「サスタシャ浸食洞」本来の入り口はあるのだが、ここ最近黒渦団により警備が強化されてしまって以来使っていない。
ただ、そこへと通じる隠し通路はたくさんあるので、困っているわけではないのだけれど。
もしかしてバレてる?
一向に姿を現さないカンスィス。
それどころか、人の気配が全くない。
海の方を見ると黒渦団と海賊団の船がたくさん浮かんでいる。
船と船とを係留縄で連結させて、一つの大きな「陸地」を作っていた。
あの様子だと、どうやらスカイバレーでの作戦も失敗に終わったようだ。
もしかしたら、敗戦の色濃さを感じて逃げたのかもしれない。
(やっぱりどこの作戦も失敗しだんだ)
正直なところ、新型爆薬がぎゅうぎゅうに詰まったあの「箱」が爆発しなかったのは私のせいではない。
今思えばそれは、ずっと私のことを見放し続けた神様が気まぐれに私にくれた「贈り物」だったのかもしれない。
私は深呼吸をする。
胸いっぱいに潮風を入れて、そして「はぁっ」と大きく吐き出した。
顔をパンパンっと叩いて気合いを入れる。
誰の為でもない。ここからは私自身の戦いだ。
決して失敗は許されない。
私は決意を胸に、誰もいないブルワーズ灯台の中へと入っていった。
アジトへと通じる道を歩いていると、海蛇の舌の団員が慌てるようにこちらに向かってくる。
団員は私のことを見つけると「お前はここで何をしている!」と相変わらず高圧的に声を張り上げてくる。
しかし、動揺しているのかどこか怯えたような目で私のことを見ていた。
私はミズンマストに仕掛けた爆弾が不良品で爆発しなかったこと。
そして黒い入れ墨の男からそのことを団長代理に伝えるように言われてここにいることを話す。
くそっ! どこも失敗かよ!
苦々しくそう怒鳴りながら団員は私の来た道を戻っていこうとする。
「どこへいくの?」と聞き返すと「ななな・・・なんでもいいだろっ!」と酷く動揺していた。
そう……逃げるつもりなんだ。
でも、逃がさないよ。
幸いなことに、周りに誰もいない。
無防備に私に背中を見せる海蛇の舌の男。
私はそっと腰に構えた短剣に手を駆ける。
ヨーイ………ドンッ!
自分の中で戦いの合図をだすと、私はまるで獲物を見つけた蛇のように逃げる団員の背後へと追いつき、飛びつきざまに首めがけて短剣を突き下ろす。
団員は何が起こったのか分からない様子でこちらを見ると、そのままの表情で絶命した。
ふう……
私は刺した短剣の代わりに団員が持っていた短剣を手にして腰にしまう。
もう、後戻りはできない。
進んだ先にしか、私の未来はないんだ。
私にとってはこれが最初で最後のチャンス。
(今までのツケ、全部払わせなきゃ……)
そう覚悟を決めて、再びアジトへと足を進めた。
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アジトに入ると、やはり人の姿は少ない。
みな動揺しきっており、不安げな顔をしながらあれやこれやと情報交換しているようだった。
ここに残っているのは祝福を受けていない「純粋な海蛇の舌」の団員達だ。
海蛇の舌の団員にさらわれ、強制的に祝福を受けさせられた者達は、サハギン族の産卵地にある拠点に集められている。
「溺れる者」となった者達の目的はただ一つ。
蛮神「リヴァイアサン」の召喚だけだ。
あれに自由意思はない。だから私にとってはこいつらと比べれば無害そのものでもある。
倒すべき輩は、ここにすべている。
私は堂々とその中に立ち入っていく。
私の存在に気が付いた団員たちは、驚いた表情をしながらも、ただならぬ雰囲気を感じ取っているのか言葉もなく私のことを見ている。
私はその視線を気にすることなく、一直線に団長室を目指した。
ノックなどすることなく、団長室の扉を乱暴に開ける。
すると、こそこそと荷物をまとめている団長代理の姿がそこにあった。
な、なんだ!?
まずいところを見られたとばかりに動揺する団長代理は、入ってきたのが私だと分かると急に態度を変え「おまえはここで何をしている!!!」と怒鳴り散らしてきた。
私はそれに臆することなく、ただ淡々と「花火は湿気っていた。作戦は失敗。」と報告する。
私のその態度にイライラが積もったのか、ドカドカと歩み寄ってくる。
だが私は睨み付けながら団長代理の足元に短剣を投げつけた。
「ヒッ!」という情け声をあげて足を止めると、団長代理は顔を真っ赤にして、
飼い犬のくせにご主人様に牙をむくとはいい度胸だ!!!
お、お前の村のもんを皆殺しにしてやるから覚悟しておけ!!
と、まるで捨て台詞のようなセリフを叫んだ。
でも、いまの私はその言葉に動揺しない。
むしろ顔を伏せ、必死に笑いをこらえた。
そう……
なら私は村の人たちの為にも、あんたらをここで全員始末するだけ。
あんたには感謝するよ。
ここまで私を育ててくれたことにね。
でも、どうせ海蛇の舌もこれで終わり。
だからさ、今までされたこと全部、お前らにお返ししてあげるよ!
私はそう叫ぶと、手にした短剣で団長代理に襲い掛かる。
「くそっ!」と言いながら団長代理は近くにいた奴隷のララフェルを掴むと、盾にするかのように私の前に放り投げた。
私は乱暴に宙を舞うララフェルの女性を抱き留めて、ゆっくりと地面に下ろす。
その隙に団長代理は応援を求めて団長室から逃げるように出ていった。
ここは危ないから、どこか隅にでも隠れてて。
心配しないで、ここに囚われている全員、私が助け出してあげる。
私は奴隷として働かされている人たちにそう告げると、団長代理がまとめていた荷物から程度のいい短剣を取り出して、ゆっくりとした足取りで団長室を出ていく。
後ろからは「ありがとう……ごめんなさい」という鳴き声が聞こえてくる。
人に感謝されるなんていつぶりだろうか。
その言葉に背中を押されるように、私は決意の炎を静かに燃やした。
開け放たれた門の奥から、複数の声が漏れだしてくる。
その声は人のものでもなく、獣でもない。
声にならない声をあげながら、まるで泣き叫んでいるような醜い奇声を上げている。
ひたひたと、
ひたひたと、
水にぬれたような湿った足音が聞こえてくる。
それは一人二人ではない。
少なくとも50~60人はいるだろう。
まるで灯りに集まる虫のように、仄暗い門の奥からよろよろとした足取りで、一人二人とその姿を現した。
灯りに照らされ現れた「もの」を見て私はおもわず体を硬直させる。
体はイカともタコともいえるような奇怪な造形をしていて、それでも「元々は人だった」と思わせる面影を残している。
ボロボロにちぎれた服をかろうじて身にまといながらも、体中から生えたうねうねとした触手を不気味に動かしながらこちらに向かってくる。
ひ……ひひっ!
終わりだ……すべて終わりだ、がぁ!!!!
門の近くにいた海蛇の男は異形の人のような者に捕りつかれると、バリバリという耳障りの悪い音を立てながら絶叫を挙げた。
や゛め゛でくれっ! いだいっ! いだいよおっ!
私は目の前で行われているあまりの光景に言葉を失う。
門を開けた海蛇の舌の男は、異形の人型共によって捕食されている。
まるであてがわれた餌のように、闇から現れた異形の人型達は骨の一片も残すことなく海蛇の舌の男に貪りついていた。
そしてすべてを食べ終わった後、不気味に輝く目をこちらに向ける。
(これは逃げないとやられる!)
私は踵を返して一心不乱に走る。
幸いなことに彼らは走れないようだ。
先ほどと同じくゆっくりとした足取りで、しかし確実にこちらに向かって歩き出した。
私は大部屋までたどり着くと「化け物が来るぞ!」と大声で叫ぶ。
雑魚の討滅はあらかた片付いているものの、片目の少女との戦闘は依然として続いているようだった。
(たった一人でこの戦力と立ち向かっているのか……)
さすがのラタタも忌々し気な目を少女に向けている。
ウィズンルーンの全身鎧はボロボロで、何度も盾となっていた証拠だろう。
しかし、損傷がひどくこれ以上は持ちそうにもない。
余裕を見せる少女はどこか今までの少女と雰囲気が違う。
絶望に死んだ表情ではなく、その目にはどこか希望のようなものをたたえている。
しかし彼女が海蛇の舌を裏切ったというのなら、これ以上戦う必要はない。
私は少女に向かって必死に叫んだ。
海蛇の舌はもう終わりだ!
お前を縛る鎖は断ち切れた!
だから抵抗はよせ!
でないと……
化け物に喰われるぞ!
だが、叫ぶ私の声は少女に届かない。
依然としてラタタに敵意を向ける少女。それはどこか「戦いを楽しんでいる」というような感じだった。
結局、私の忠告虚しく、隠し通路から異形の人型一人二人と姿を現し始める。
その醜い造形の姿をみたものみな、動揺を隠せない様子だった。
な、なんだあれは!?
溢れだす異形の人型は、喉を鳴らしながらまるで獲物を探すように見渡すと、一斉に我々に向かって襲い掛かってきた。
捕まれば喰われるぞ!
足は遅いから距離をとって足を潰せ!!
私は必死に叫んで指示を出す。
ん? あれは!?
異形の人型の一人が、先ほどの海蛇の舌の斧を手に持っている。
ただ拾っただけなのかどうかは分からないが、そのものはイエロージャケットのような黄色い制服を着ていた。
あいつは……
ウィズンルーンもそれに気がついたのか、どこか悲しそうな声を上げて斧を持った人型をみた。
(まさかあれは……おやっさんの息子さんか!?)
私はウィズンルーンに問いただすと、目を伏せながらゆっくりと頷いた。
まちがいねぇ……あの化け物が来ている制服は正式なもんじゃねえんだ。
あいつがレイナーの小言を押し切ってまでこだわりぬいた古い制服なんだ。
あれを着ている奴なんざ、あいつ以外になんていねえ。
ぐっ!!
私は唇をかみしめる。
ここにいる異形の人型は海蛇の舌によって拐われた、
奴隷たちだったのだから。
異形の人型に目を奪われ、隙をさらしていたにもかかわらず片目の少女は襲ってこない。
それは私たちの動揺と同じように、片目の少女の様子もおかしくなっていた。
あ・・・あぁ・・・あぁあ・・・・
口をパクパクとさせ、目はきょろきょろと迷わせている。
まるで現実を受け止めきれないといった感じで、激しく動揺していた。
異形の人型の一部は、片目の少女のことを見つけるとズリズリと音を立てて寄ってくる。
私たちは巻き込まれないように距離をとる。
じりじりと後ずさる少女の周りをいつしか異形の人型たちは取り囲んでいた。
くそ……あれでは!
助けに入ろうにもあれだけの数に囲まれてしまえば助けるすべもない。
しかし、少女を咀嚼する耳障りな音は一向に聞こえてこない。
その代わり、人の声にも似たつぶやきが耳を冒す。
だ・・・ず・・・げ・・・げ・・・・・・
い゛・・・・や゛・・・・だ・・・・
じ・・・に゛だい゛・・・・
言葉にならない音を立てながら、異形の人型は少女に呪言を浴びせる。
(あれは……もしかして少女の村の者達……?)
片目の少女の故郷「召喚士の村」から消えた村人達。
人質にされていたであろう村人たちは、少女の知らないところで魔物に変えられていた。
その現実に、その少女が耐えきれるわけはない。
突然、少女に群がる異形の人型の中心が光り出す。
そして、
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!
という少女の絶叫と共に、
光は爆発した。