FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第十一話 「手紙の行方」

ホライズンの門を出ようとすると、先日出会った銅刃団のララフェルの男が門の前でうろうろとしながら何かブツブツと呟いている。関わりあいになると面倒だと思い、目を合わせないようにしながら脇をすり抜けようとする・・・が、

「あっ! あなたは冒険者さんでありますか!」

と呼び止められてしまう。無視するのも変なので仕方なしに応じると、

「私はこのホライズンを警備する銅刃団のフフルパと申します!  徒歩でウルダハへと行かれるのであればお願いがあるのです!  昔お世話になった連隊長さんにお手紙を出したのですが、一向にお返事が帰ってこないので心配なのであります。とっても、とおっっっても大事なお手紙だったので、無事に届いているかどうか心配で心配でいても立ってもいられないのです!

しかし、自分は命じられた責任ある任務を放棄するわけにはいかないのであります・・・・・。ですのでもしよろしければスコーピオン交易所へ寄って連隊長さんにお手紙届いているかを確認していただきたいのであります!」

スコーピオン交易所の名前を聞いて少し動揺したが、明確な用事を持って訪れる分には問題はないだろう。それにオスェルとも会って話がしたい。私はフフルパの依頼を了承し、その連隊長の名前を確認したうえで一路スコーピオン交易所を目指した。

ちなみに彼が受けている命令は「何もせずここに立っていろ」という命令だった。

私はスコーピオン交易所に着くと、さっそく門の前に立つ銅刃団の男に連隊長の居場所を聞いた。しかし銅刃団の男は訝しげな表情をしながら「ここにはもういない」とそっけなく返してくる。私は続けて「どこ行けば会えるか」を聞いたが「俺にはわからない」としか答えてもらえなかった。

(ひょっとして配属が変更になって、どこか違う地に移動してしまったのだろうか?  そうだ、オスェルなら何か知っているかもしれない・・・)

そう思って交易所内を探し始めた時、

「もし・・・あなたもしかして、レオフリック連隊長さんのことお探しですか?」

と、一人の女性が私を呼び止めた。私は振り向き女性の格好を見るとどうやら行商人のようだ。私がうなずくと、女性は続けて「それはホライズンの銅刃団の方の依頼で?」と聞いていた。女性に詳しく話を聞くと、彼女がフフルパから手紙を預かり行商のついでに運んできたのだが、スコーピオン交易所にレオフリック連隊長はおらず銅刃団の人に聞いても行方が分からないために困っていたらしい。

(ここにいないとなると、私もどうしたらいいか・・・ここは手紙を女性から預かって、もう一度ホライズンへと戻ったほうがいいのでは。)

と思案していたところに、

「おまえ、斧術士の男を倒した奴じゃないか?」

と言いながら、一人の銅刃団の男が近寄ってきた。

(やばい・・・・バレたか・・・・・)

私はその場に凍り付く。私は無言のまま立っていると、ザッ、ザッ、ザッ、と大きな足音を立てながら銅刃団の男は近づいてきた。

(どうする・・・逃げるか!?  しかし、逃げたら逃げたで余計怪しまれるだけだ・・・ならば・・・)

私は覚悟を決め、その場で立っていると・・・

「レオフリック連隊長ならここにはいねぇよ、いや (元) 連隊長か。つい先日ロストホープ流民街ってとこに飛ばされたんだよ。」

と話しかけてくる。男はキョロキョロと周りを確認した後「ついて来い」と一言いうと、すたすたと見張り台のほうに向かっていった。見張り台に上がると見張りをしていた男に向かって「交代の時間だ」と声をかけ、見張りを交代した。

「ここなら誰にも聞かれねぇな。お前さんも気の毒だな、せっかく仕留めたのによ。」

(気の毒?  どういうことだ?)

私は銅刃団の男の言っている意味が理解できなかった。男は続けて、

「あの斧術士の男は結局捕まえられなかったんだよ」

私は「どういうことだ?」と問いただすと、銅刃団の男は私が斧術士の男と対峙していた時のことを話し始めた。

男は私が斧術士の男と闘う一部始終と、その後銅刃団の男と交渉しているところを物陰から伺っていた。その時、私と話していた銅刃団の男こそ「レオフリック連隊長」本人であり、自分たちに周りで待機しているよう指示したのも連隊長本人だった。
私が連隊長から金を受け取り、その場から離れていった後に合流した銅刃団の男に向かって、

「この斧術士の男は逃がす。そのことを黙っていてほしい」

と、口止め料を手渡してきた。
不審には思ったが、そもそも駒に過ぎない下っ端に作戦のすべては伝えられないため、それ以上のことはわからない。
レオフリック連隊長は銅刃団の男達に金を渡した後、倒れていた斧術士を荷馬車に乗せてどこかへと消えたまま、結局スコーピオン交易所には戻ってこなかった。
その後スコーピオン交易所に伝令が来て、レオフリック連隊長は「強盗犯を捕まえられなかった」という理由で降格処分の上、ロストホープ貧民街の警備に異動する旨の通達があった。

とのことだった。

「せっかく苦労して倒したのになぁ。元連隊長のせいで苦労も水の泡だな。いったい何を考えているのかわからねぇぜ。」

と銅刃団の男は悔しそうに話すのと対照的に、私は胸をなでおろしていた。どうやらシルバーバザーとの関係を疑って声をかけられたわけではないらしい。しかしながら、改めて考えてみるとレオフリックの行動には疑問が残る。私は思い切ってその銅刃団の男に、あの斧術士が所属していた「最強戦斧破砕軍団」と銅刃団の関係を聞いてみた。
男の話によると、

ここら辺であの斧術士集団と手を組んで小金を稼いでいた銅刃団の連中は、ある日突然に処分命令が下って全員僻地へと飛ばされた。今ここにいる銅刃団の連中の多くは、他の地から廻されてきた補充要因のため、斧術士集団のことを知らない。

その後もこの辺りをうろついていた斧術士軍団の連中は、上からの命令により捕縛されたが、なぜかこのリーダー格の男だけは解放する旨の命令があり、野に放されていた。
そいつも、時折ここに現れては物乞い紛いに交易品に手を付けるので、いつも追い払っていた。
斧術士の排除を進言してしばらくたったある日、やっと命令がおりたので連隊長と討伐に出たら、お前が先に闘っていた。

とのことだった。
正直この話が信用に値するかどうか分からないが、この銅刃団の男からは不思議と表裏を感じないのも事実。私は恐る恐るシルバーバザーの件も聞いてみたが、男はなんの疑いもなくペラペラとしゃべりはじめた。

シルバーバザー行きの交易便には保険が掛けられている。シルバーバザー側はその保険金目当てで斧術士を雇い、わざと襲わせているという情報が入っていて、シルバーバザーの間者がスコーピオン交易所にいないか警戒していた。

シルバーバザーを擁護した人を商売できないようにしたという話については、警戒中にシルバーバザーに盗品を持ち込んで売りさばこうとしていた闇商人を見つけたのでボコボコにした。

とのことだった。
やはり噂話だけで物事を判断してしまうのは大変危険だと実感する。
だが、それでもこの銅刃団の男はやけに口が軽すぎる。私はひょっとして間違った情報を刷り込まれているのではと勘繰った。
私は銅刃団の男に、なぜこんなにも色々と情報をくれるのか聞いてみた。すると男は少し照れながら、

「俺は冒険者にとって常に味方でありたいんだよ。」

とまっすぐな目で答えた。

「実は俺、孤児だったんだ。食うもんを求めていろんなところを転々としながら、その日暮らしの毎日を送っていたんだよ。生きる希望もクソもあったもんじゃない。明日は死んでしまうかもしれないという恐怖しかない日々には、絶望しかなかった。

その頃は人のものを奪うことに何の悪気も感じ無なかった。だって盗らなきゃこっちが死んじまうんだ。何不自由もなくのうのうと生きていられる奴らのことが憎くてしょうがなくて、そいつらから奪うということは自分にとって正義にも等しかったんだ。

ある時、俺はやばい連中の商売品を盗んじまってな。すぐにとっ捕まって、死んじまうんじゃないかってほど袋叩きにされた後にアジトに監禁された。あいつらは俺が苦しみながら死んでいく様を酒の肴にしやがったんだ。
なんて俺のクソ人生にお似合いな死に様なんだろうかって強がってみたけど、いざ死を目の前にするとやっぱり悲しくてな。自分の人生を呪って泣いている時にその人は現れたんだ。

正直、別に俺のことを助けに来てくれたわけじゃねぇのはわかっている。それでも、たった一人で複数人を相手に蹴散らしていく冒険者の後姿を見た時、俺はさっきと違う涙を流していた。こんな自分にも神様は救いの手を差し伸べてくれたってな。俺をついでで助けてくれた冒険者は、なぜか孤児だった俺のことを引き取ってくれた。その後は冒険者と一緒にいろんなところを回ったよ。大変だったけど、毎日が充実感に溢れていてすげぇ楽しかった。そしてそんな毎日がずっと続くかと思った。」

銅刃団の男は、ふっとうつむく。

「あっけなかった・・・・俺を引き取ってくれた冒険者は、依頼がらみで恨みを買ったやつに騙されて後ろから襲われてな。あっけなく死んじまったよ・・・・本当にあっけなく・・・・な。

おれは別れの言葉すら言えなかった。いくら強くたって人であることには違わねぇ。死んじまう時は誰だって死ぬんだよ。思い返してみれば、その冒険者もまた孤独だったんだな。
俺は冒険者にとって、寂しさを癒すための道具に過ぎなかったのかもしれねぇ。
けどよ・・・・それでも・・・・命を救われたこと、生きる意味を教えてくれた冒険者には感謝しているんだ。
その後、俺も冒険者になることを決意したんだが、やってみると俺には向いてなかったみたいでな。不器用なのが祟って依頼を中々こなすことができなくて落ち込んでいた。そんな時に銅刃団に入らないかって声をかけてもらってな。守る側であれば俺でもできると思って銅刃団に入ったんだよ。」

男は苦笑し、

「しかし入ってみたら入ってみたで銅刃団ってのは糞みたいな連中ばかりでな。自分のことしか考えてねぇような奴ばかりか、それ以上に雇い主も真っ黒だったよ。そんでもやっぱり、何かを守りたいと思っている奴らも少なからずいる。俺はそいつらと出会って新しい傭兵団を作りたいと思ってるんだよ。本当の意味で、救いを求めている奴を守れるような傭兵団をね。

気まぐれでも俺を助けてくれた冒険者のように。

俺もまた「自分自身の人生のため」に冒険者の手助けをできればいいと思ってるんだ。
おっと・・・話が大分逸れちまったな。そういうことで、お前みたいに単純でわかりやすい冒険者に会っちまうと、思わずお節介しちまいたくなるんだよ。なんだか同じにおいもするしな!」

銅刃団の男は、鼻を掻きながら、照れ隠しをするように目線を泳がせる。やはり似たもの同士というのは、どこか惹き合うのだろうか。私もまた同じ苦しみを味わってきた。
不安と絶望の間でもがき苦しみ、出口の見えない暗闇をさ迷い歩いてきた。そして、私もある人に助けられて、今を生きている。

私は「情報をくれてありがとう」という言葉とともに、情報料としていくらかの金を渡すと、銅刃団の男は嬉しそうに、

「俺にもお得意さまってやつができたかな! なんだってしゃべるからいつだって聞きにこい!」

と言いながら笑っていた。こういう人には長生きしてほしいと思うのだが、それを世が許さないのは「神」がへそ曲がりだからだろうか?



私は行商人の女性の元に戻り、レオフリック元連隊長宛ての手紙を受け取る。
そして、一路ロストホープ貧民街へと向かった。斧術士を逃したという腹立たしさより、何故レオフリックは斥候の身でありながら、危険を顧みず斧術士を逃す必要があったのか。頭の中で考えていても、真意を得ることはできない。居場所がわかるならば、そこへと行くだけだ。私は好奇に突き動かされるように足早になっていた。

第十話 「華麗なる染色の世界」

「素晴らしい!! 素晴らしいわ!!」

そう言いながら、その変な人はつかつかと近寄ってくる。私はその変な人のあまりの迫力に身じろいでしまった。

「薫る戦いの残香、鉄と脂と血の臭い!実用一辺倒な防具であることを一切感じさせないその艶やかな色彩!冒険者でありながらオシャレに気を遣うその精神に私は脱帽よ!ちょっとこっちにいらっしゃい!」

その私の防具と似たような色彩の衣服に身を包んだ怪しい人は、こっちにこいといいながらも自分から近寄ってきて私の防具を無遠慮に触り始める。突然のことで逃げようと試みたが、思った以上に力が強くがっちりと掴まれて離れることができない。

「すごい・・・すごいわよこれ!  あなたっ!  これをどこで手に入れたのかしら!?」


興奮状態にある変な人はおもむろに顔をグイッと近づけてくる。近くで見ると思いのほか端正な顔立ちをした女性ではあるのだが、突然のことで気が動転していた私がそんなことに気が付くわけもなく、顔をいっぱいに背けながら「シルバーバザーの流れ品から手に入れた」ということを話す。

「嘘おっしゃいなぁっ!!  こんな芸術品が粗悪品と一緒にされているなんて信じられるものですかぁ!!」

なぜ私が問い詰められているのか意味不明だったが、とりあえず唾が飛んでくるので離れてほしい・・・私はその変な人に落ち着くよう説得し離れてもらうようお願いをした。

「失礼したわ・・・私興奮してしまうと見境がなくなってしまうのよね。」

私から離れた後「てへっ」と笑う変な人であったが、なにかこう・・・体の奥から湧き上がる寒気のようなザワツキが止まらない。私はなんとか落ち着いた変な人に改めてこの防具の入手経緯について説明した。変な人は私の説明を一通り聞くと、

「武具としての品質が素晴らしいだけでなく、こんなエレガンスな色彩センスをしているのに世の中に理解してもらえないなんて・・・どうかしてるわっ!!」

突然大声を上げる変な人。周りにいた人も驚いてこちらのことを奇異の目で見ている。周りからすれば同じ趣味の人同士が会話で盛り上がっているようにしか見えないだろうが。しかしこれから私は変な人がべた褒めしている防具を、地味な色への染色を依頼する予定なのだが・・・

(請けてもらえる気がしない・・・ただ普通に依頼しただけだと絶対に断られる。何か交換条件になるものは・・・・)

そういえばこの変な人は「人を探している」という話だった。私は変な人にそのことを聞いてみると、

 

「そうなの!  私はこの防具を作った職人のように、一流の技術を持ちながらも世の中に理解されずに埋もれてしまっている逸材を集めたくて旅をしているの。あなたこの職人のこと、些細なことでもいいから何か知らないかしら!?」

(よしこれだ・・・)

私は染色師に対してこの防具を作った職人についての情報を教える代わりに、防具の染色を依頼したい旨を伝える。

「えぇ・・・」

案の定ではあるが変な人は明らかに嫌そうな顔をする。私は「無理にとはいわない」と言って立ち去ろうとすると、

「ちょっと待ちなさいな!  まだやらないなんて言ってないでしょ!!  このせっかちさん!!!」

と目をカッと見開いて突然叫んだ。 驚きのあまり胃のあたりがしくしくと痛む。

「仕方がないわね・・・職人の情報と交換条件なら染色してあげてもいいけれど、手持ちの染料にあまりいい色がないのよね・・・」

そう言いながら、染色師は数種類の染料が入った缶を手前に並べた。

ピンク・イエロー・レッド・グリーン・・・・

なんというか・・・分かりやすいほど発色の強い染料ばかりで、茶色やグレーなどの落ち着いた色が全くない。今の色と対して変わらないような鮮やかな色ばかりを勧めてくる染色師の提案を、のらりくらりとかわしながらも無難な色を探していると、染色師の後ろに隠すように置かれた一つの缶を発見する。どうやらすごく落ち着きのあるブルーのようでこの中でいえばそれが一番地味な色のようだった。

私はその色を指定するや否や、変な人はすごく嫌そうな顔をして

「これはだめ・・・・・・・だって地味だもの」

と吐き捨ているように言う。それに続けて「こっちの色の方がいいわよ?」という提案に対して私は「その青だけでいい」と答えると、染色師は血相を変えて私に言い放った。

「ちょっと待ちなさい!  まさかすべての防具をこの地味な青で統一しようとか思ってないわよね?  地味なのは一億歩譲ったとしても、全部を同じ色にするなんてセンスのかけらも何もあったものじゃないわ!  染色師の私にそんな辱めを私せようなんて・・・・あなたひょっとして、私が屈辱に歪む顔をみて喜びを感じる人種の方なのかしら!?」

まるで私が変な人をいじめているかのように言いながら、地面にドサッと崩れ落ちる。

(あぁもう・・・・なんて面倒くさい・・・)

私はやっぱり「無理ならばいい」と一言いい、足早にその場を立ち去ろうとする。

「ちょっと! 誰が立ち去っていいといったぁ!!」

と、怒号にも似た大声で立ち去ろうとする私を呼び止める。近くにあった建物のガラスは染色師の放つ咆哮でビリビリと鳴動し、ベスパーベイ港の住人は我関せずとばかりに誰一人近寄ってこない。当の私はびっくりしすぎて、心臓の鼓動がなんかおかしくなっていた。

「芸術品を地味な色一色に染めてしまうなんて、こんな拷問ありえないわ・・・でもでも・・・この素晴らしい防具を分解してその技術の一端を垣間見るいいチャンスでもあるし、職人の居場所を聞けたら直接会いに行くことだってできる。あぁ・・・私の中で悪魔が甘い声で囁いているわ。どうする・・・・どうするの私っ!!」

本人は心の中で呟いていると思っているのかもしれないが、考えていることすべてが口から言葉となって漏れ出ていた。グギギギギ・・・・と歯を食いしばって眉間にしわを寄せる変な人の顔は、もはやこの世の者とは思えない恐ろしさがあった。早くしてもらえないかな・・・とそわそわしていると、

「いいわ・・・あなたの希望通りに染色し直してあげる。だから職人の情報を教えなさい・・・・」

と、まるで地獄の底から這い出る怪物のような声が響き渡った。私は恐怖に怯えながらも、リムサ・ロミンサにある武具を扱うギルドに所属している新進気鋭の職人が作ったもので、ギルドの名前はわからないがウルダハの剣術士ギルドが懇意にしているところだから行けばわかると思うと伝えた。

「そう・・・・・・じゃあ脱ぎなさい」

へっ?

突然のことで思考が止まる。その時なぜなのかはわからないが、私の人生はこれで終わるという確信めいた何かを感じ取った。

「あたりまえでしょ。あなたがそれを着たままで染色が出来るわけがないじゃないの。
それにそんな芸術品、神のセンスを持つ私でも染色には丸三日はかかるわよ。」

ちゃんと聞けば当たり前のことだった。ここで脱ぐのはどうかとも思ったがこれ以上話がこじれるのはごめんだ。私は言われるがままこの場で防具を脱ぎ、変な人に手渡した。ジロジロとなめまわすような視線で鳥肌が立つ。

「三日後のお昼にここに来なさい。一秒でも遅れたらこれ全部 「水玉模様」 にしてやるから・・・いいわね!!」

そう言い残して、私の防具を担ぎ上げてどこかへと消えていった。

(・・・寒い)

肌着一丁となった私を町の人はさっきとは違った目で私を見ている。吹きすさぶ風も視線も冷たい。おそらく同じ趣味の人同士がちょっとした趣向の違いで言い争いを初め、負けた私がみぐるみを剥がされた・・・とでも思っているのかもしれない。防具屋で何か簡単な服を買おうかとも思ったが、金がもったいないし荷物にもなるので我慢することにした。
宿屋に着くとあまりにも不審者過ぎる私を泊めてはもらえないのではないかと危惧したが、先ほどの一部始終を宿屋の主人も見ていたようで「お気の毒だったね」と一言いいながら、暖かく向かい入れてくれた上にローブを一着貸してくれた。歳をとったせいか、ちょっとした優しさが最近やたらと胸に染みる私だった。

染色作業が終わるまでの間、特にやることもないので暇つぶしにベスパーベイの周りを見て回ることにした。まずはベスパーベイの北側に向かうと、ほどなくして不滅隊が駐屯する関所があった。話を聞くとこの先にはウェストウィンドという岬があり、そこは現在帝国軍の前線基地となっているとこのことだった。現在ガレマール帝国とエオルゼア諸国は休戦状態にあるものの、帝国軍の軍事拠点がこれほど近くにあるというのは驚きである。目と鼻の先に敵対勢力の拠点があるにもかかわらず、十分な防衛力を発揮できるとは言えない関所があるだけ。さらに言えば、大型艦の入港可能なベスパーベイは軍事転用が十分に行える重要拠点であるはずなのに、ここまで無防備をさらしている状況に疑問を感じえない。

黒い噂というのは常にあるので「どれが真実でどれが嘘なのか」を見抜くことは大変難しいのだが、この状況を鑑みればロロリトが帝国と繋がっているというトンデモな噂もあながち間違いではないのかもしれない。この先へ進むには危険を感じたため、私は一度ベスパーベイへと戻り今度は足跡の谷へと向かった。

足跡の谷には、ウルダハの祖の国であったベラフディア国時代の遺跡群が広がっている。現在もその多くが水没しているが、建築物の遺構がたくさん存在しているここはザナラーン地方の歴史を知る上でも重要なところである。今まさにウルダハの呪術士ギルドによって遺跡調査がなされているようで、遺跡の周りにはローブを身にまとった呪術士らしき者達が遺跡に張り付いて発掘作業を行っているようだった。ただ不自然なほど銅刃団の護衛が多いことが気になる。重要な遺跡調査というのはわかるのだが、それにしても警備に張り付いている人数が大げさだ。銅刃団がいるとまた何か悪だくみでもしているのだろうかと勘繰ってしまうのだが、さすがにそれは考えすぎだろうか。

足跡の谷からベスパーベイへとは行かずに海岸線に出る木道を進んでいくと、古くからある漁村「クレセントコーブ」という集落がある。ここもシルバーバザーと同じく第七霊災の影響で漁業に壊滅的なダメージを受け、現在は近海で取れるわずかな魚とシルバーバザーと結んでいる定期便の収入のみでなんとか存続している。先のない漁業を捨て農業に転身しようとする動きもあるものの、海岸線沿いの限られた土地でどこまでできるかはわからない。

住人の話のよると、最近この集落に盗賊団が居ついてしまい好き勝手に暴れ回られて困っていらしい。生活もままならない集落を襲撃する理由に困るのではあるが、近くにあれだけ銅刃団がいるにもかかわらず盗賊退治に乗り出さないところを見ると、やはり何か繋がりがあるのではないかと疑ってしまう。

私の推測でしかないが、もしシルバーバザーが高級住宅地へと置き換わった場合、リムサ・ロミンサとの交易路を持つベスパーベイの有用性が格段に上がる。しかし決して広くはないベスパーベイ港に小型船舶の乗り入れが多くなってしまうと、大型船舶の停泊に支障をきたす恐れがあるため、クレセントコーヴを副港として再開発しベスパーベイ港の一部とすることで複合湾港として機能をさせることを狙っているのではないかと思う。だからシルバーバザーと同様、立ち退きを拒むクレセントコーヴに盗賊団を仕掛け、無条件での土地権の奪取を目論んでいるのではないのだろうか。


ちなみに、第七霊災で「潮目が大きく変わった」というのは、海流の大きな変化のことらしい。それまでアルデナート小大陸とバイルブランド島の間に広がる外洋は、基本的に穏やかで荒れることが少なかったため小型帆船での往来も充分に可能であった。
しかし霊災の影響による地殻変動により海域に暴風が吹き荒れるようになった結果、海流の流れが複雑化し難所へと変わってしまった。大型の動力船であればその海流を乗り切れるものの、小型帆船では強い海流と暴風によって簡単に流されてしまい、満足な航行ができなくなってしまったため、ルバーバザーにせよクレセントコーヴにせよ、遠洋での操業ができなくなってしまったのである。

私は足跡の谷を抜け、揚重用のウィンチが設置してあるホライズン・エッジと呼ばれる急坂を登りホライズンへと出た。ホライズンはさすがに最近できた拠点だけあって、スコーピオン交易所とはくらべものにならないほど施設が整っていた。中継拠点とはよくいったものでチョコボを利用した運送手段も大規模に整備され、ベスパーベイ港で荷揚げされる物品や、ザナラーン各地から運ばれてくる物品をここから直接輸出入できるように徹底的に整備されていた。

しかしながら、ここで荷捌きされる商品のほとんどはロロリト率いる「東アルデナート商会」と一部の限られた商人の荷物で、それ以外の商品についてはすべてスコーピオン交易所へと運ばれているとのことだ。
街の人の話では、東アルデナート商会では表向き高級商品である「宝石」と「衣類」の販売を行っているが、裏では武具の輸入や兵装の売買も行っているらしく取引先に関しても帳簿上で偽装隠蔽されているらしき正体不明の相手先が複数あり、その相手はガレマール帝国なのではないかと噂されているらしい。しかし東アルデナート商会の物品はすべて専門の荷捌人のみが行っているため真相はわからないとのことだった。

きょろきょろしながら町中を歩いていると、入り口の門付近で一人の銅刃団の服をきたララフェルの男が何かをしているのが見えた。

???

ここは物流の要所で人やチョコボなどの往来が多い。にもかかわらずララフェルの男はその街道上に横一列に隙間なく罠を置いている。確かに今の時間帯は荷捌きや受け入れの谷間の時間のようで往来はないが・・・

「よしっ!! 設置完了なのであります!!」

ララフェルの男はやり遂げたという表情で、意気揚々と持ち場へと戻っていく。

(これは・・・・だめなんじゃないのかなぁ・・・・・)

そう思いながら仕掛けられた罠を見ていると、

「おいっ! そこのお前!! なにやっているか!!」

と別の銅刃団の男が怒鳴り込んできた。どうやらその罠を仕掛けたのを自分と勘違いしているようだった。私は銅刃団の男に経緯を話すと、

「あちゃぁぁ・・・あの馬鹿者!  害獣駆除用に罠を仕掛けてこいとはいったが、門の前に設置するアホがどこにい・・・・あぁぁあそこにいたぁ!」


私は頭を抱えている銅刃団の男に事情を聞くと、ここ最近ホライズンで食料の盗難が頻発していて、犯人を捕まえるために罠を仕掛けるようにと指示したら、ララフェルの男は馬鹿正直に門の前に設置していたらしい。


「おおぉぉまぁぁえぇぇわぁぁぁっ!!!」

銅刃団の男は顔を真っ赤にしてララフェルの男に駆け寄り頭を殴ると、急ぎ戻ってきて罠の解除を始めた。慌てて作業しているものだから振動でガッチャンガッチャンと閉まるトラバサミにあたふたしながらも、チョコボの往来が来る前になんとか撤去を完了出来たようだ。
撤去を終えた2人の銅刃団の男は背中を合わせながらぐったりと門の前に座り込んでいる。

「きな臭い銅刃団にもいろんな奴がいるんだなぁ・・・」

と一人納得しながら、私はベスパーベイ港へと戻っていった。



3日後の昼、私は大きく深呼吸をし気合を入れて急ぎ待ち合わせ場所へと向かった。遅刻はしなかったと思うが「変な人」改め染色師の女性は既にその場で不機嫌そうに待っていた。染色師の座っているあたりを見渡してみたが防具らしきものは見当たらない。

(・・・・これはどういうことだろう?  もしかして本当に水玉に染色されてしまったのではないか・・・・?)

ビクビクしながらも私は染色師の女性に話しかけた。染色師は私の挨拶に反応することもなく目線を合わせようともしてくれない。私は改めて染色師に後から来たことについて謝罪すると、

「喉が渇いたわ。オレンジジュースが飲みたい」

とだけ話す。私は言葉の意味を理解するのにしばらくかかったが、仕方がなく近くのショップにてオレンジジュースを買い、染色師に渡す。

ズッッ!!!!!!

何だろうか・・・まるで手品を見ているかのように、長細いストローから吸われたはずのオレンジジュースは一瞬で無くなった。そして再び沈黙・・・我慢できずに私が話しかけると今度は、

「グリルドカープが食べたい」

と染色師はまた注文してくる。さすがの私も怒りが込み上げてきたが、防具が人質に取られている以上ここで突っぱねたらこれまでの辛抱が防具と共に泡と消えてしまう。ぐっと我慢しながら私は言われたとおりにショップでグリルドカープを買い、染色師に渡す。染色師は屈辱に震える私の顔をみて満足したのか、手渡したグリルドカープをペロッと一口で食べきると、

「防具はあそこに用意してるわ。あんなセンスのかけらもない防具なんて何の価値もないけれど、あなた程度にはお似合いかもね。」

と、つっけんどんに言い放つ。私はあの大きさの食べ物が「食べる」というより、飲むように口の中に消えていった瞬間を目の当たりにし、しばらくあっけにとられていた。ハッと我に返って、の防具の置いてあった場所へと向かい、手に取って仕上がりを確認した。そして私は感嘆のあまり思わず声を漏らす。

まるで新品のように塗り替えられた防具は、それまであった傷すら修復してしまったかのように消えていて、留め具から細かい部品のすべてにわたって一切の手抜きを感じられない仕上がりとなっていたのだ。

「礼なんていらないからね。私をこんなに辱めたのはあなたが初めてよ。もしそれでも礼がしたいのなら、リムサ・ロミンサにきて私に奉公することね。その時はじぃっっっっっっっっっくりと、手取り足取り夜も寝ないで「美」について教えてあげるわ。」

そう言いながら私に投げキッスをして、ちょうど入港してきたリムサ・ロミンサの定期便に向かって歩き去っていった。染色師の女性は終始変な人ではあったが、あれほどの技術を持っていることに憧れを抱いてしまう私であった。

私は早速その武具を装備し、ひとまずウルダハへと戻ることにした。

第九話 「休息の旅路」

私は斧術士を倒した後、突然現れた銅刃団の男の言う通りにシルバーバザーやスコーピオン交易所には寄らずウルダハの街へと戻った。街へ入りギルドに向かう間ずっと自分を見るような視線を感じた。ふと先ほど銅刃団の男に言われたことを思い出す。

(目立ちすぎるなよ)

私がシルバーバザーに肩入れしている情報が既にでまわってしまっているのではないか。しかしさっきの今でこんなにもすぐ伝わるものなのだろうか・・・

緊張で汗が滲み出る。しかしここで不審な行動をしてしまえば相手にとって格好の餌だ。私は何も気が付いていない素振りをしながら急ぎ剣術士ギルドへと向かった。

 

 

ギルドに戻ると、受付のルルツは私を見るや否や、

「ぎゃははははっ!!!!」

と、およそ乙女とは思えないような下品な笑い声をあげて転げまわった。その笑い声に気が付いたミラは、一度私を唖然とした表情で見たかと思えば顔を背け、肩を震わせて笑っていた。近づこうとする私を手で遮り「ちょっと待てと」静止する。しばらくの間なぜこんなにも爆笑しているかを理解できなかったが、ふと自分の格好を思い出してしまい急に恥ずかしくなった。そういえば街中でどうも視線を感じると思っていたのだが、どうやら私の格好が原因だったようだ。今までの出来事が出来事だったためすっかりと忘れてしまっていた。

「おまえ・・・・くくっ・・ふざけてるのか?」

ミラは何とか笑いをこらえながら、私に聞いてくる。

(心外だ・・・)

ただなんというか、ルルツやミラの素直な笑い声が心に響き渡るたびに鬱屈に沈んでいた私の気持ちは少しずつ軽くなっていった。息を整えたミラは改めて私に向き直り、まじめな顔で私に聞く。

「・・・・・終わったのか?」

私は静かにうなずいた。

「・・・・そうか。」

ミラは一言そういうと私の肩に手をおき、

「疲れただろうから宿に戻って休んで来い。明日からお前には見習い剣術士の練習相手になってもらわんと困るからな。」

修練場を見ると以前手合わせをした剣術士が私に向かって礼をする。

「あの一件以来な、アイツも積極的に実践に出るようになったんだよ。それまでは、

自分は闘剣士になりたいのであって、冒険者になりたいわけじゃない!

なんてこ生意気なことを言って外に出たがらなかった奴がだ。初めて実戦に出た時なんてなんてことない獣にコテンパンにされて帰ってきたよ。」

ミラは剣術士の青年を見ながらニヤニヤと笑っている。

「それで身に染みたようだ。剣術士として必要なものは何なのかってやつをね。確かにお前の闘い方はただ乱暴で見た目の派手さはないかもしれない。だから見世物である闘剣士としては失格だ。だが冒険者として大事なのは「どう闘うか」ではなくいかにして「生き残るか」だ。死を賭して戦ったものでしかできない闘い方がある。それをお前は知っているんだ。そしてその闘い方を学びたいと思っている奴もいるんだよ。
お前は何も変わっていないと感じているかもしれないが、お前を見て変わろうとするやつもいる。自分が思っている以上に、お前は周りに色々なものを与えているんだ。だから辛気臭い顔をしてる暇があったら、胸を張って前へ進め!」

「バンッ」とミラは私の胸を叩いた。沈んでいた心に活が入る。私がうなずくとミラは満足そうに笑った。

「そうだ、クイックサンドに戻るのならモモディにも報告をしてくれ。あいつもキキプとは旧知の中だ。随分と心配していただろうからな。」

私は剣術士ギルドを出てクイックサンドへと向かう。その時受付のルルツは笑いすぎて腹がつったのか、腹を押さえて涙を流しながら「ヒッヒッ」と顔を歪めながら、言葉にならない声で何かを言っていた。



「あら、お疲れ様。」

モモディ氏は私のことをいつも温かく迎えてくれる。ここにつくと気持ちが和らぐのはなぜだろうか。私はモモディ氏にシルバーバザーでの一件を報告する。すべてを聞き終えたモモディ氏は「そう・・・」と物憂げな表情でつぶやいた。

「シルバーバザーを救ってくれてありがとう。キキプとは昔遊んだ仲なのよ。キキプはああ見えても、シルバーバザーの美人看板娘として有名だったんだから!でも第七霊災の時にお父様が亡くなってしまってから、人が変わってしまったように周りが見えなくなってしまったの。キキプのお爺様やお父様が守り続けてきたシルバーバザーを、何とか立て直したいという一心だったんでしょうね。何度か手紙も出したのだけれど返事が返ってくることはなかったわ。シルバーバザーのその後のことは人伝手で聞いていたけれど、いい噂は何一つ聞かなかった。今の型落ち品の商売にしても、キキプのお爺様やお父様だったらそんな商売には絶対に手を出していない。たとえシルバーバザーの地を捨てることになっても、まっとうな新しい商売を探していたと思うわ。」

キキプは溜息をつきながら、

「無理なことはしなくてもいい。でも、あの子の力になれそうなことがあればこれからもよろしく頼みます。あなたのいうことなら素直に聞いてくれそうな気もするしね。」

そう言いながら、キキプは私に頭を下げた。

「さぁ! 辛気臭いお話はこれでおしまい! あなたに一つお願いしたいことがあるのだけれど・・・依頼を頼めるかしら、冒険者さん?」

モモディ氏は話題を変えるように私に仕事の依頼をしてきた。

「別に急ぎの用事ではないんだけれど、この手紙をベスパーベイ港にある「砂の家」の受付の子に渡してほしいの。クイックサンドのモモディからって言ってもらえればわかるわ。ここのところずっと大変だったみたいだから、ちょっと羽を伸ばす気持ちで行ってきなさいな。ベスパーベイにはまだ行ったことないんでしょ? あそこにはウルダハの祖国であるベラフディアの遺跡があったりして観光にももってこいなのよ?」

フフフッと柔らかくほほ笑む。

「あと聞いた話なんだけれど、今ベスパーベイ港に腕利きの「染色師」が逗留しているみたいなのよねぇ・・・」

とモモディ氏は私の格好をチラチラ見ながら小声で話す。

「あっ、別にあなたの格好が変とかそういうことを言ってるんじゃないわよ!  あなたの趣味をとやかくいうつもりもないし・・・・・でもそのぉ・・・ねぇ?  冒険者としてはちょっと目立ち過ぎるんじゃないかなってね。」


モモディは慌てて取り繕いながら遠慮がちに話す。

(キキプの話ではこの防具は精密すぎて生半可な腕では色を変えることができない。しかし腕利きの染色師ともなれば、色替えできるのではないか?)

今の私にとっては願ってもない話だ。詳しく聞かせてほしいとモモディ氏にせっつく。

「そんなに焦らなくても大丈夫よ!  私はあまり詳しくは知らないのだけれど「砂の家」の受付の子だったら詳しく知っているかもしれないわ。


(善は急げ!)

とばかりにベスパーベイに向けて出発しようとする私をモモディ氏は引き止め、

「ちょっと待ちなさい!  ちゃんと休んでからいかないとだめでしょ!  今日はゆっくり寝て、明日に出発なさい!」

とごもっともなお叱りを受け、私は宿の部屋へと向かった。思えば雨に打たれるなか命を賭した闘いをした体は自分が思っている以上に疲労でいっぱいだった。ベッドに倒れこむや否や急速に襲い来る眠気に抗うことができず、深い眠りに落ちていく。

今日も生きてここで寝られることを、ありがたく思おう。

 

 

~ベスパーベイ~


ベスパーベイは西ザナラーン北西の岸壁沿いに作られた新しい港である。大型化する船舶を受け入れるためにシルバーバザーの代替港として計画され、ザナラーン商人のロロリトによる多大な出資を受けて新設された。

ベスパーベイはお世辞にも湾港を建設するには適しているといえない土地にある。しかしウルダハ近郊において湾港の水深の深さを確保しつつ、開発可能なところがここしかなかったため「実現不可能な工事に多大な国費を費やすな」という多くの反対意見を押し切って建設が着手された。案の定、建設工事は難航に難航を重ねることになる。

湾港建設にあたって立ちはだかった壁は4つ。

一 岸壁の整備
ザナラーンの海岸線の多くは高い崖になっていて、湾港に適している低地がほとんどない。ベスパーベイ建設地は浸食によってできた海抜の低いところにあったものの、水深の深さも相まって岸壁や港の基礎工事に多大な労力と費用が必要になった。

二 足跡の谷の地盤の悪さ
ベスパーベイ建設地の手前には足跡の谷という遺跡群が広がっている。
そこは現在でも多くの土地が水没しているところではあるが、建設当時は街道自体もまた未整備であり、ぬかるんだ地面に足を取られて建設資材の運搬を困難なものにさせていた。

三 急勾配の存在
西ザナラーンから足跡の谷へと降りるには、急な勾配になっている隧道を通る必要があり、ここもまた建設資材の往来を妨げる難所であった。

四 隧道(ずいどう)
足跡の谷からベスパーベイ建設地へと行くためには整備の乏しい細い隧道を通る必要があったが、荷車がすれ違えるほど広くはなかったうえ、脆い地質のせいで落盤も多かった。

上記の原因によりベスパーベイ港の建設は難航。完成すら危ぶまれたが、ウルダハの有力商人であるロロリトが私費を投じて建設事業に巨額出資したことにより、ベスパーベイ港建設は頓挫を免れることになる。

多額の出資にて発言権を得たロロリトは工事の進め方の抜本的な見直しを行う。まず建設資材運搬の難所である急坂に揚重用のウィンチを設置。それと同時に足跡の谷においては、流入する水を一部堰き止めたうえで海へと続く水路を作り陸地の確保を行った。そして露出した街道沿いの地盤を改良の上、すれ違えるよう横幅を拡張した。

街道が整備されたことにより運搬効率は劇的に上がり工事のスピードは向上。困難だった岸壁の整備も何とか完成にこぎつけ、ベスパーベイ港は新たな湾港として船出する。

しかしながら時間のかかる隧道の拡張工事は後回しにされていたため、すれ違いが出来ない隧道の通行に時間がかかることと、シルバーバザーに比べてウルダハまでの陸路が長いため、従来通り小型船舶を使用してシルバーバザーで荷揚げする運搬船も多く、ベスパーベイ港は大型船専用港として機能し始めたものの、大型船自体の絶対量が少ないため、投じた資金を回収できるほどの活躍を見せることはなかった。

その現状を憂慮したロロリトは、隧道の拡張工事と共に足跡の谷を登った先に「ホライズン」という物流中継拠点の建設を進言。ここに物流拠点を置くことにより、それまでスコーピオン交易所にすべて送られていた荷物の内、地方に送られる荷物をここでいったん荷捌きし、直接運搬することで交易路の弱点克服を狙った。ホライズン建設後もしばらく交易量は伸び悩んでいたものの、第七霊災以後シルバーバザー港が使えなくなったことを契機に交易量は倍増。一躍ザナラーンの海の玄関口としての地位を確たるものにしていったのである。

補足的に触れておくが、ベスパーベイ港の近くには古くから「クレセントコーヴ」というなの小さな漁村があり、漁業を中心に営んでいた。陸路の整備が不十分だった時はここからシルバーバザー行きの小型の定期便の需要が高く賑わいをみせていた。そもそも港としてはシルバーバザーよりも広く多くの船舶を停泊できたことから、ベスパーベイよりも賑わっていた時期もあった。

しかしシルバーバザー同様、霊災後の潮流の変化により外洋での操業ができなくなったおかげで水揚げが激減。さらに陸路が整備されると船便を利用するものも少なくなり、現在は近海でとれる少数の海産物とたまに利用される船便で細々と生活している。


翌日、私はベスパーベイに向けて宿を出ようとするとモモディ女史が呼び止めてくる。

「ベスパーベイまでは遠いわ。だから今回はチョコボポーターを利用しなさい。お代はもう払っているから話せばわかるようにしているわよ。そのお代金も報酬の内と思って構わないわ。」

そういってモモディ女史は私を笑顔で送り出してくれた。

(モモディ氏には絶対に逆らえないな・・・)

そう思いながら「行ってきます」と言ってクイックサンドを出た。

ベスパーベイへと向かう前に剣術士ギルドへと寄り、剣の修練に参加することにした。以前剣を交えた青年と練習仕合をおこなったが、何度か剣を合わせただけで彼の成長が手に取るようにわかる。以前は形と見た目にこだわるあまり派手さの割に一撃一撃が軽かったのだが、今回その欠点は息をひそめ一撃に勝利の思いを乗せ隙間なく貪欲に打ち込んでくる。更に体裁きを教えればすぐに体得し、あっという間に自分の動きの一部にしていく姿に私は驚いた。若さもあるだろうがさすが剣術士ギルドきってのエースだ。呑み込みの速さが尋常ではない。

ミラの話では自分と手合わせをする前まで闘剣士としても伸び悩んでいたらしいが、その後実践を繰り返していく中で、グングンと成績が上がってきているらしい。
今はまだ実戦経験が少ないこともあり、いい意味での「狡猾さ」や予測外の展開への対処におぼつかなさはあるものの、このまま実践を重ねていけば私程度であれば簡単に追い越されてしまうだろう。

「どうだい?  生まれ変わったうちのエースは?」

と、ミラは我が子を自慢するようににやけ顔で聞いてきた。「ミラも人が悪すぎる」と嫌味をいいながらも「人が変わったようだ」と素直に感想を言う。私の答えにミラは満足そうに笑いながら「これからも相手をしてくれ」と私に言った。

理由はどうであれ「必要としてくれている」というのは中々に気持ちのいいものだ。この先どれだけ彼の相手が務まるかはわからないが、未来を背負って立つであろう若者の力になれるのであれば、少しでも協力していこうと思う。

修練が終わると、私は去り際に「モモディ氏からの依頼でベスパーベイに赴く」ことを伝えると「なんだ、せっかちなやつだ」とあきれながらも、

「行ってこい!」

と笑顔で送り出してくれた。青年の「ありがとうございました!」という大きな声に後押しされながら、私はベスパーベイへと向かう。

チョコボには初めて乗るが、こんなにも便利なものだとは思わなかった。今まで移動費をケチるためチョコボポーターを利用したことはなかったのだが、ここまで移動速度が違うとなると、遠方へと赴く場合は利用を検討しなければならないなと素直に感じた。

剣術士ギルドに寄り道したこともあり出発が遅かったためか、チョコボポーターを利用してもベスパーベイへ到着する頃には陽は傾き始めていた。私はベスパーベイの門をくぐると見えてくる、一つの大きい銅像に目を奪われた。土台に刻まれた銅像の名を見てみると「ロロリト像」と書いてあった。ベスパーベイ建設の際に多大な資金援助を行ったことは聞いていたが、銅像を建てさせるなんて随分と悪趣味なことをすると思ってしまう。でもまあこの人の出資がなければこの港は存在していなかったのだから、当然といえば当然かもしれないが。

私は街の人に「砂の家」の場所を聞き、寄り道せずにそこへと向った。砂の家と呼ばれる家にはいると受付に一人の可愛らしいララフェルの女の子が座っている。
私が入ってきたことに気がついていないのか、陽気に何かを口ずさんでいた。


 フンフ フンフ フーン♪
 すーなの こーやに おーはなーが さーいたー。
 フンフ フンフ フフフ フフーン。
 きーれいーな おーはなーは こーいの はーじ、まりー。
 わーたしーの こーころーも はーじ、けるのー。
 ベキッ! ドキッ! バキーン!
 ドスッ! ドカッ! ドカーン! 」

・・・・・。

私は受付のララフェルの前にしばらく立っていたのだが、相手は一向に気がつく気配がない。なんか可愛らしいのでこのまま見ていたいが、それはそれで変なので私は「んんっ」と一つ咳払いをした。

「ん?・・・・おおう!?」

やっと私の存在に気がついた受付のララフェルは一瞬驚くとすぐに居住いを正し、まるで何事もなかったかのように装いながら、

「砂の家に何の御用でっすか?   申し訳ないでっすが、ここは一般の方の立ち入りは、お控えいただいてございまっす。すみやかにお引き取りねがいまっす。」

と、つんけんとした対応でお断りされた。歌っている姿は剣術士ギルドのルルツと同類だったが、対応を見る限りどうやらこちらのほうは一回り大人のようだ。わたしはモモディ女史から預かっていた手紙を受付の少女に渡す。

「何ですかこれは・・・・なんだってーん!」

いぶかしげに私から手紙を受け取り、宛名を見ると「わわっ」と驚いた。

「モモディさんからのおつかいの方でしたか!  これは大変失礼いたしました。あなたの格好があまりに奇天烈で怪しさ大爆発してまっしたので、不審者と見間違えてしまいまっした。」

そう謝り(?)ながら、受付のララフェルは改めて私の格好を臆面もなくジロジロとみ始めた。

「ふむ・・・・この方は、ここ最近町に居ついているへんてこな方のお友達なのでしょうか?  これは新たな謎発見なのでっす・・・・ふむむっ。」

受付のララフェルは唸りながら一人悩み始めている。

(もう手紙も渡したから退散し・・・・ん・・・へんてこな人? ひょっとしてその人は私の探している染色師か?)

私は受付のララフェルにその「へんてこな人」について詳しく教えてほしいと聞く。

「あんな愉快痛快な格好をした人を知らないなんて、冗談はその服装だけにしてください。この町では結構噂になってるのでっす。自分のことを「美の伝道師」と言っている胡散臭いおと・・いや、おん・・・な??」

何かに引っかかることがあったのか、再び少女は悩みだしてしまった。

「でかい図体に厳つい顔しているのに、しゃべり口調は全然オスらしくないのでっす。でも動きはメスっぽいのにメスでもない?・・・・あいつはいったい何者なのでっすか?」

(いや、私に聞かれても困るのだけれども・・・)

「やっぱりこの世界には不思議がたくさん溢れているのでっす。」

どこか達観した目をしながら無理やり自分自身に結論づけているようだ。どうやらこちらの受付の方も、剣術士のアレと同じく大事なところの「ネジ」が外れているようだった。ふと受付の奥を通路を一瞬横切った銀髪の青年に目がいく。

(あれは・・・?)

見覚えがある気がするが、一瞬だったので顔まで確認することはできなかった。

(ササガン大王樹で出会った青年と似ていた気がするのだが・・・そもそも、この「砂の家」は何をするところなのだろう?)

そのことを少女に質問をしてみたが、

「モモディさんのお使いとはいえ、変な人とお知り合いの変な人には教えられないのでっす。」

(・・・・。)

いつの間にかこの少女の中で染色師らしき人と私は「お友達関係」という結論にいたっていたようだ。

(訂正・・・・ルルツよりひどい)

砂の家を出ると陽は大きく傾き、今にも水平線に沈もうとしているところだった。

(なんだろう・・・何もしてないはずなのに疲労感がひどい)

無駄に徒労感を感じた私は、とりあえず今日の宿を探そうと町中を歩いていると、

「ちょっとそこのあなた!!」

と、しわがれた裏声で誰かに呼び止められる。声がしたほうを見るとそこには、

私と同じような色彩の服装をしたおと・・・お・・ん・・・、変な人が立っていた。

第八話 「戦斧を砕く剣風 其の二」

私はオスェルからもらったリストを参考に雨が降る日を待った。この時期は雨期にも近く条件が重なる日にあたるまでそれほどかからなかった。本来ならばすぐ駆けつけられるようスコーピオン交易所で待機していたいところだったが「見慣れない冒険者が居座っているところを銅刃団に不審に思われると厄介だから」とウルダハで待機しているようオスェルから言われていた。なにか変化があればこちらに連絡をよこしてくれるらしい。

ウルダハの宿を出てふと空を見上げると、どんよりと暗く分厚い雲が覆っている。今日はたしかシルバーバザー行きの交易便が出る日だったな。何か予感めいたものを感じていたところに一人の少年が私の元へと駆け寄ってくる。

「あなた、オスェルの言っていた冒険者さんですよね!」

そうだと答えると、

「よかった! オスェルさん「ちょっと存在感の薄い四十代の地味な冒険者」って情報しかくれないからどうなるかと思ったよ!」

・・・・・。

オスェルもオスェルだがたったそれだけの情報で自分と特定した少年も少年だ。自分はそれほど地味なのだろうか・・・・っていうかまだ30代だし。周りを見渡すと豪奢な装備に包まれた若く顔立ちの整った美形の冒険者達がウルダハの街を闊歩している。その中において一般人と変わらないほど地味な私は逆に目立っていたのかもしれない。若干ショックを受けて凹んだ私のことはお構いなしに少年は、

「オスェルさんからの伝言です! なんか今日の朝から銅刃団の人の様子がおかしいみたいなんです。落ち着かないというかなんというか。シルバーバザーに向かおうとする人に今日は雨だからやめておけとか言っていたり往来する人を監視しているような感じでピリピリしてるって。」

少年の話を聞くや否や、私は急ぎ宿へと戻り装備を整えて再び表へと出る。あっけにとられる少年に一言「ありがとう」と告げ、私はスコーピオン交易所へとむけて走った。

私はスコーピオン交易所を迂回するように周り、シルバーバザーとの街道が一望できる岩山へと陣取る。普段は遠くからでも聞こえてくるスコーピオン交易所の喧騒も、今日に限っては雨の音にかき消されて聞こえない。
しばらく待機していると一台のチョコボキャリアが視界に入る。不用心にも護衛などはついてはおらず、雨の中を先を急ぐようにチョコボに鞭を入れながら走っていく。そのキャリアを止めるように一人の男が草陰からふらふらと歩き出し、街道の真ん中に立ちふさがった。

黄色いバンダナを巻いた、ルガディン族の大男。

(アイツだ!!!)

私はダッと駆け出しその場へと急ぐ。私が到着したころには交易便の荷馬車は横倒しに倒れ、商人も逃げ出した後だった。しかし斧術士の男は何かをぶつぶつと呟きながら、散らばった物品を漁っている。男は私の存在に気が付き確認するようにギラギラとした目で私を睨み付けてくる。

「なんだアルディスじゃねぇのかよ。ちっ俺も軽く見られたもんだぜ・・・」

男は私があの時いたもう一人の男ではないと分かると、がっかりしたように脱力する。

(正体が分かった途端、逃げ出した奴が何を言う・・・)

「炙り出してやっと出てきたのがお前みたいな半人前たぁ、俺にもヤキが回ったなぁ。アルディスのせいで俺は傭兵団を追い出された挙句、今じゃ権力者の飼い犬さ。そんでもあの野郎に復讐ができると聞いてここまで気張ってきたんだがな。」

斧術士の男は空をぼーっと眺めながらぶつぶつと呟いている。正直逆怨みもいいところだが、正常な思考を失ったこの男に何を言っても無駄だろう。私は剣を抜き斧術士に対峙する。

「はっ? 雑魚野郎のくせに、俺に勝てるとでも思ってんのか?」

男は自分を見下すような目をしながら、不気味な笑みを浮かべた。

「まぁいいや・・・お前を殺せば今度はあいつが出てくるかもれねぇしな。俺の復讐のために、せいぜい死んでくれやぁ!!!」

斧術士の男は背負っていた斧を手に取ると、力任せに振り回す。私は冷静に間合い取りつつ男の出方をうかがう。

「なんだなんだぁ・・・随分とビビってんじゃねぇかぁ。怖い思いをしたくねぇなら、大人しくしてりゃすぐに殺してやんよ!」

私が自分を恐れていると感じたのか男は間合いを詰めるように乱暴に飛び込んでくる。隙だらけではあったがそれをカバーするほどの強撃を打ち込んでくる。

ギイィィィン!!

甲高い音が周囲に響き渡る。私は渾身の一撃を何とか受けきる。体が軋むほどの圧力、しかし私はそれを力で押し返す。

ウォォォォッ!!!

斧を跳ね返された斧術士は驚きの表情を浮かべながら大きくバランスを崩した。私はその隙を見逃さず一気に詰め寄り懐めがけて一撃を放つ。しかしそれを予想していたのか男はひらりと私の剣撃をかわし、にやりと笑う。

「あぶねぇあぶねぇ・・・俺じゃなけりゃ今のでヤラれてたかもしれねぇなあ・・・だが、これはどうかなぁ?」

男は大きく息を吸い込み、体勢を落として斧を深く構える。

ダラァァァッ!!

男が大きく咆哮を上げた瞬間、まるで曲げられたバネを一気に解放したような勢いで斧を振るう。一気に打ち出された一撃は衝撃波を伴なって私に迫りくる。とっさに盾を前に出しその衝撃からなんとか身を守る。しかし視界が切れた一瞬を狙って男は二撃目を放ってくる。横に薙いだ斧を何とか盾で防ごうとするが、不十分な体勢では体重の乗った一撃に耐えきれるわけもなく、その一撃と共に私の体は大きく吹き飛ぶ。

(ぐっ・・・)

倒れこまないよう何とか踏みとどまり、すぐに男に向かう・・・が男はすでに体を回転させて斧を振り回し、遠心力によって力を上乗せした一撃を私に放っていた。私は強引に体を捻り、一撃を間一髪のところで躱したものの、体勢を崩して地面に倒れこんだ

ヒ・・・ヒヒヒッ!!

無様に地面に倒れこんだ私をみて、男は不敵に笑う。追い打ちをかけてこないところを見ると完全に勝利を確信したのだろう。

やはり一筋縄ではいかないか・・・

私はゆっくりと立ち上がり改めて剣を構え直す。

「まだやるのかぁ? そんなへっぴり腰じゃあこのファルムル様には勝てねぇよ。お前と遊ぶのももう飽きたからさっさと終わらせてやるぜ!」

男は相変わらずの大振りで一気に攻め込んでくる。連撃に持ち込まれたらさすがにまずい。

まずは足を止めないと!

剣術もそうだが武術の基本は足にある。体重を乗せ溜め込んだ力を瞬発的に開放するためにはしっかりと地を踏みしめ、踏ん張りを効かせなければならない。幸いなことに斧術士の男はあまり防御を考えていないうえ動作も大きく隙は多い。攻撃をうまく掻い潜って懐に潜り込めれば勝機はある!

斧術士の一撃をギリギリのところで躱しつつ、胴体ではなく足を狙って剣を振るう。

ガンっ!

打ち込んだ一撃は男の防具に弾かれる。

「ははっ!! 弱い! 弱すぎるぞ!!」

余裕そうに男は再び斧を自在に振り回す。私はギリギリで男の一撃一撃を躱しつつ何度も何度も男の足を執拗に狙い続けた。男は私の攻撃が追い込まれているうえでの悪あがきと思っているのか、足ばかりを狙っていることに対してなんの疑問も感じていないようだ。しかし積み重ねた攻撃によりいつしか男の動きは鈍りはじめ、踏ん張りの聞かなくなった男の一撃も軽くなる。私の剣撃は男の防具に阻まれていたが、何度も重ねられた攻撃は打撃となって男の足に確実にダメージを蓄積させていたのだ。

「ちっ・・・小賢しいクソがぁ!」

足が止まってしまえばこちらのものだ。私は息を整え今度は防御から一気に攻撃へと転ずる。

ハアァッ!!

一撃目は斧で防がれないようにわざと浅めに放つ。狙い通り男は私の攻撃を体を動かして避ける。すかさず放つ二撃目。私は大きく踏み込み男の体に盾ごと当て身をして体勢を崩す。足が弱っている男は踏みとどまることができず後ろに大きくよろめいた。三撃目は足。踏ん張りを失った男の足に追い打ちとばかりに打撃を加える。弱った足に再び打撃を受けて、男の体は完全にバランスを崩す。そして4撃目。よろめいて防御もままならない男の顔面めがけて私は思いっきり盾を投げつけた。

ガツッ!!

「がふぁっ!!」

盾とはいえど重量物で顔面を殴打された男は、そのまま気を失って地面へと倒れこんだ。

はぁっ・・・はぁっ・・・

私は男が動かないのを確認したうえで、男の斧を拾い遠くに投げ捨てる。そして私は男の両手を背中に回し両手首を紐で縛った。さらに両足首も紐で縛り完全に拘束した。すべての作業を終えて、私は斧術士の男から少し距離をとった場所にドサッと座り込んだ。

終わった・・・・

降りしきる雨はさらに強くなり疲労で脱力する私の体を容赦なく打つ。
闘いの高揚感は雨に流されるように冷めていき、冷静さを取り戻した私は改めて斧術士の男をみた。

なんて・・・・・醜い闘いだったんだろうか・・・・

闘いに綺麗も汚いもない。生きて立っていたものこそが正しいのである・・・だが、

クイックサンドでの一件以来、私はたくさんの努力と経験を重ねてきた。それでもこの男に実力で追い付けたのかどうかはわからない。それほどまでに相手は闘う前から自分を見失っていた。

そして何より、私は人を殺めるという行為に躊躇したのだ。

実のところ斧術士の初撃を躱し打ち込んだ一撃はしっかりと急所をとらえていた。しかしその時、突然頭に浮かんだ「人を殺めてしまうかもしれない」という恐怖によって打ち込みが甘くなり斧術士に避けられてしまった。その後覚悟の甘さによって自分の命を何度も危険にさらしてしまった。なめてかかれる相手ではないと分かっていたのに。終わってみれば、なんとも無様な決着であった。

お世辞にも正々堂々・・・とは言えないよなぁ・・・・

男を殺さずに止めるには、防御の甘い頭部を狙う必要があった。しかし剣では狙いにくく、殺さないように打ち込みを甘くすればまた避けられる可能性もあったため、攻撃範囲の広い盾を使って男の頭を殴打したのだった。

「こんな闘いをセラに見られていたら何を言われていたんだろうな・・・」

ははっと溜息にも似た乾いた笑いがでる。闘いには勝ったものの自分の気持ちを整理できるような戦いではなかったことを改めて実感する。

 

ご苦労だったな。

突然声をかけられ、振り向くとそこには一人の男が立っていた。

 

 

 

闘いを終え放心状態だった私は後ろから近づいてくる気配に気が付かなかった。私はあわてて立ち上がり剣に手を添えて警戒する。服装を見ると銅刃団のもののようだ。目元は顔当てで覆われていて人相はわからないが、露出した口元を見る限り自分と同じヒューラン族のようだった。

「こいつがここ最近シルバーバザー行きの商人を襲っていた襲撃者か?」

そういいながら足元に倒れている斧術士を足で乱暴に蹴飛ばし、顔を確認するように覗きみた。

私は頷きながらも警戒は解かなかった。確証があるわけではないもののこの斧術士の男に商人を襲わせていたのは銅刃団・・・・いや、正確に言えば銅刃団を支配しているロロリトだろう。

(そういえば斧術士の男も洩らしていた・・・俺は権力者に飼われていると)

私は無言で銅刃団の男を距離をとる。私が警戒していることに気が付いた男は、

「まてまて! そんなに警戒するなよ!  俺はさっきスコーピオン交易所に逃げ込んできた商人から報告を聞いて現地を確認しに来ただけだよ。お前をどうこうしようなんて思っちゃいない。」

そう言いながら男は両手を上げて敵意はないことをアピールした。それでも私はこの男を信用ができない。オスェルは銅刃団の様子がおかしいと言っていた。

シルバーバザー方面の往来を減らすかのような行動。それは斧術士の男が商人を襲いやすいよう「人払い」をしていたのではないか?

なぜ商人がシルバーバザーへ行くのを止めなかったのか?

それは、斧術士の男に襲わせるためだったのではないか?

それは銅刃団自体がこの件にかかわっている、紛れもない証拠ではないのか?

だとすると、この男は何をしにここにきたのか?

飼い犬である斧術士を倒した私への報復? 口封じ?

私は剣に手を置いたまま二歩三歩と後ずさる。銅刃団の男からは殺気を感じないものの剣を交えていない以上相手の実力を推し量ることはできない。さらに警戒感を強めた私を見て、

「参った参った! じゃあ正直に話そうか。お前のことはワイモンドから聞いていたんだ。シルバーバザーの件に首を突っ込んでて斧術士退治を依頼されてるってね。だから悪いとは思ったがしばらくツケさせてもらっていたんだよ。この格好はいろいろと便利でね。顔も隠せるし全員似た様な風貌になるからぶらぶら歩いていたって不審がられない。銅刃団にはいまいち統率ってのが無いからね。誰がどこにいようとあまり気にしないのさ。」

男は自分の格好を見せびらかすようにおどけて見せる。

「ワイモンドだけでなくモモディやパパシャン先輩までもが一目を置いている男だ。そんなお前を信用して話すが、

俺は王党派から銅刃団に送り込まれている斥候なんだ。

俺は銅刃団に入って内側からロロリトを初めとする共和派の動きを探っている。ウルダハには砂蠍衆(さかつしゅう)と呼ばれる代表組織があってな、そこはナナモ女王陛下に忠誠を誓う王党派とロロリト他有力商人からなる共和派と二つに分かれているんだ。まぁ実際のところ国の経済の実権を握っているのは共和派だが、ウルダハの軍隊ともいえるグランドカンパニー「不滅隊」を率いるラウバーン局長が王党派であることと、なによりナナモ女王陛下の圧倒的な国民人気もあって表向きは王政となっている。ただそのことが共和派にとってはたいへん邪魔らしくてね。あいつらは財界を牛耳るだけではあきたらず、名実ともにウルダハの頂点をねらっているのさ。

先日シルバーバザーの頭目がウルダハに陳情に来たんだ。ナナモ女王陛下に直接会って、シルバーバザーのおかれている現状を訴えたいってね。もちろん正式な申請のない謁見は禁じられているからお断りしたよ。ただでさえナナモ陛下を狙うドブネズミ共の影がちらついているんだ。防犯の面でも特例はありえない。
ただナナモ女王陛下はシルバーバザーの惨状はどこからか耳にされていたらしく、いたく心を痛めていたんだ。王党派としてはナナモ様のご意向によって力を貸したいところだったのだが、その原因が共和派のロロリトにある以上国王として動くことは余計な対立を生むだけ。
そこで王党派は俺みたいな斥候を銅刃団に送り込んで情報を集め、情報屋に流していたんだ。情報を流していれば、いずれ救おうとする者が現れると信じて。

で、引っかかったのがお前さ。」

男は私のことを指さす。

「だが俺もシルバーバザーの実情を知るにつれてあまり乗り気にはなれなくなってね。
このまま潰れちまったほうが住人のためではないか? そう思えるようになってきてたんだよ。お前も散々見たんだろう? シルバーバザーの実情をさ。キキプ女史は一人奮戦してるが、他の住人達ときたらどうだ?既に諦めちまっている連中ばかりで、嫌ならさっさと出てけばいいのにグズグズ文句を言いながらも現状にしがみついているクズ共ばかりだ。悲劇の住人を語るばかりで何もしようとしない。そんな町を救うために自分たちが蒔いた種で、勇気ある冒険者を死に巻き込むわけにはいかない。

そう思ったから、私はここにいるんだよ。

薄々感じていたとは思うがこの斧術士の飼い主はロロリトだ。ロロリトはこいつにシルバーバザー行きの商人を襲わせて、交易自体を破たんに追いやろうとしていたんだよ。無様なもんだよな。自業自得とはいえ嘘の話に乗せられて利用されるなんてな。まぁ結果的にこの男が起こした襲撃事件はかなりの効果を上げていて、シルバーバザーの唯一の商売はほとんど壊滅状態に追いやられてもう時間の問題なんだよ。
でだ、実はこの男もう用済みになったらしくて、銅刃団に排除命令が出てたんだよ。だから人払いをしたうえで商人をおとりに斧術士を釣っていた。そこにお前がしゃしゃり出てきてしまった。後はもうわかるな?
あんまりキョロキョロするなよ。ここの周りには5~6人の銅刃団が隠れてこちらの様子をうかがっているんだ。不審に思えば一気にとびかかってくるぞ?」

私の体が緊張で固まる。

「一つ確認だが、結局こいつは殺してないんだな?」

私は首を縦に振る。

「ふむ、なら後の処理は俺に任せてくれないか? こんなやつ、お前の手を汚すもんでもないだろう。どの道こいつは今殺さなくても銅刃団によって闇に葬られる。まぁお前がこの男を救いたいと思うのだったら、話は別だがね。」

私はこの男を殺すつもりはなかった・・・というよりそもそも殺すということを考えていなかった。もしこの場にこの男が現れなかったとしたら、私は斧術士の男の始末をどうつけていたのだろうか?

私は静かにうなずいた。

「よし。他の銅刃団の連中には商人が襲われているところにたまたまお前が通りかかって拘束し、銅刃団に引き渡そうとしていたってことにしよう。だから聞かれてもお前は余計なことを一切しゃべるなよ。 ほれ一応報奨金をやる。身柄の引き渡しは金で成立。いいな?」

男は私の手にギル袋を手渡してきた。ずっしりと重い。いったいいくら入っているのだろうか?

「さて、ここからは私からの忠告だ。今後一切シルバーバザーからは手を引きな。あそこにかかわってもお前にとって何一つ得にならない。特にロロリトに目をつけられてしまえば、冒険者としての人生は終わり。そこらへんにある貧民キャンプで一生希望のない生活を送ることになるぞ。それと今一つのうわさが飛び交っていてな。

腕の立つ剣術士の男が、ロロリトの計画を邪魔をしている

まだそれが誰のことなのかははっきりしていないようだ。お前のことかもしれないし、他の誰かかもしれない。だが危険な状況であることには変わらない。残念だがいつの時代でも「悪意」は「善意」より勝るんだ。それに巻き込まれないよう注意しな。」

男の忠告は、私の心を見透かしたように、内でくすぶる疑念を的確に突いてきた。男は私にシルバーバザーへもスコーピオン交易所へも行かず、ウルダハに戻るように指示してきた。どうやら「私の関与を疑われないための配慮」とのことだった。斧術士を退治したことはキキプにもオスェルにも連絡してくれるらしい。確かに心に大きなわだかまりを残したままキキプに会うことはできない。私の反応で彼女は察してしまうかもしれない。私がシルバーバザーのあり方に疑問を感じてしまっていることを。

もう救う手立てはないのか?

結局何一つ解決しないまま、私はウルダハへ帰路に着いた。

第七話 「凋落の故郷」 

スコーピオン交易所 ~

スコーピオン交易所はウルダハ西部、ナナモ新門を出てササモの八十階段と呼ばれる長い階段を下りた先にある物流集積拠点だ。ナナモ新門は霊災後に現国王であるナナモ・ウル・ナモ女王陛下の即位を記念して建設された新しい門である。その門を出てすぐのところにスコーピオン交易所はあるのだが、門と交易所の間は高い崖に隔たれ、八十段にも及ぶ階段はあるものの物流経路としては使い物にならないため、ウルダハへと向かう物品はすべて中央ザナラーンの玄関口であるナル大門へと迂回の上、搬入されている。そういった輸送事情に加え最近では西ザナラーンでの高級住宅地開発の本格化により、スコーピオン交易所事態のの中央ザナラーン側への移設も計画されている。

エオルゼア全土から集まってくる物品はスコーピオン交易所で一度荷卸しされ、品質の程度により仕分けされる。質の良いものはそのままウルダハへと運ばれ、B級品と呼ばれる質の悪いものや型落ち品などは、シルバーバザーや専門の買取店を通じて他地域へと送られるようになっている。

霊災後、資材不足の影響もあってか持ち込まれる物品の品質が急激に悪化していた。質の悪いもので街の中が溢れることを恐れたウルダハ商人達は、スコーピオン交易所において質の悪いものは受け入れはおろか買取自体を拒み始める。一方的すぎる選別に腹を立てた外部商人たちは持ち込んだ物品の持ち帰りを拒み、買い取ってもらえるまでスコーピオン交易所内に放置するという事案が多発した。
結局スコーピオン交易所の周辺は買い手のつかない物品で溢れる事態となり、その処理が問題となっていた。(不当に置かれた物品であれど所有権は商人にあるため、自由に処分することができないため)

事態を重く見たウルダハは

「正式な許可もなくスコーピオン交易所に置き去りにされた物品については、持ち主の有無にかかわらず、ウルダハの権限で処分を行える」

という火に油を注ぐような法令を発布する。当然外部商人から「あまりにも一方的すぎる」との批判が続出。そもそも仕分け自体がウルダハ側の独断によって判断されているため、不当にB級品と判断されて処分対象となったものが、実はこっそりウルダハ内部へと搬入され店頭に並んでいた事実も判明。結果ウルダハは商売の国にとって致命的な「信用低下」を招く結果となった。

一時は外部商人達の売買拒否によってウルダハの物流が止まってしまうほどの事態を招いた。その後すぐに法令は緩和されたものの完全な事態の収拾へと結びつくには至らなかった。以降「ウルダハ商人」対「外部商人」という図式が出来上がり、商売上での相互不信はくすぶり続け「自由な交易」を掲げるウルダハの財政を大きく傾かせる原因となっていった。

問題の解決を見いだせないスコーピオン交易所の現状に商機を見出したシルバーバザーのキキプは、受け入れを断られた物品の買い取りを開始する。市場価格に比べると買取額はかなり安いものの、質・量に関わらず一括買取も行ったため、金にもならない状態で放置するよりはましとのことで売り手が殺到。シルバーバザーにとっても霊災がもたらした外洋との交易路の断絶や漁業の崩壊によって集落は瀕死状態であったため、このB級品の売買は集落の存続をかけた最後の賭けでもあった。

キキプは霊災以後急激に増え続けていた難民や移民を相手にB級品を用いた薄利多売の商売を開始する。質こそ悪いが一流ブランド品も混じっていたことから商品は飛ぶように売れた。一品一品の利益は低いものの数に物をいわせた販売手法は大当たりし、死に体だったシルバーバザーは息を吹き返した。さらにウルダハにとっても不良物品の在庫解消に多大な影響をもたらしたため、この時点ではまだウルダハとシルバーバザーとの関係はお互いに良好であった。

買い取られた商品は一旦シルバーバザーにすべて運ばれていたのだが、B級品の販路がザナラーン全土に拡大するにつれ、次第にスコーピオン交易所にて仕分け完了後にそのまま各地に再出荷されることも多くなっていった。そしてこの頃に西ザナラーンの高級住宅地開発の計画が浮上、あわせて規模拡大と運送経路の改善を目的としたスコーピオン交易所の移転計画も持ち上がっていた。

当初ウルダハはシルバーバザーの交易中心地がスコーピオン交易所へと変遷していたことも考慮し、移転が計画されたスコーピオン交易所と共にシルバーバザーの中央ザナラーンへの移転を提案する。スピード感を持って開発を進めたいウルダハ側が提示した条件は破格のものであったが、あくまでも故郷存続に執着するキキプをはじめとする一部の住人が猛反発。結果移転交渉は遅々として進まず、宅地造成の開発事業は停滞を余儀なくされた。そのことが原因で、次第に良好な関係にあったシルバーバザーとウルダハは絡む糸のように拗れていった。

頑なに移転を拒み続けたキキプは、ウルダハ側がシルバーバザーの移転を急ぐもう一つの理由を見抜いていた。シルバーバザーを中心に急速に拡大するB級品市場は正規品の販売に大きな影を落としており、それはウルダハの大商人「ロロリト」率いる「東アルデナード商会」においても例外ではなかった。正規品の販売を阻害するB級品市場の成長を恐れたロロリトを初めとするウルダハの実権を握る砂蠍衆は、他国のギルドとも手を組みスコーピオン交易所とシルバーバザーとを合併させることにより、B級品市場の実権を奪取し市場操作による販売統制を目論んでいたのだ。

シルバーバザーにおいてはウルダハから出された破格ともいえる立ち退き提案に飛びついた住人が続出し人口は激減する。一見派手に見えるB級品販売だが薄利多売が故に仕事量の割に利幅が小さく、忙しさのわりに生活が一向に回復しないことに不満を持っていた住人が立ち退きに飛びついたため働き手が一気に減る事態を招いてしまう。
結果としてシルバーバザー側の商売も大きく減速。さらにはシルバーバザーによるB級品市場の独占状態を崩すため、ウルダハへと持ち込まれる仕分け対象の大幅な緩和と、大手商人主導によるB級品の取り扱いが始まったことにより過当競争が激化。シルバーバザーは優位性を一気に失い現在の状況と至っている。

 

 

 

 

スコーピオン交易所に入ると商人たちと荷捌き人との掛け声でウルダハのマーケット以上に騒がしい。活気に満ち溢れている・・・というよりは荷捌きに追われて鬼気迫る、といった方が正解かもしれない。どんどんと搬入されてくる荷物を受け入れる者、それを検査仕分けする者、値段の交渉を行う者、出荷準備を行う者の掛け声がゴチャゴチャに飛び交っており、それでも会話が成立しているのがいつも不思議でしょうがなかった。

実はこのスコーピオン交易所を仕切っているとオスェルとは仕事の依頼を通して顔見知りだった。オスェルは私の仕事っぷりがお気に召したのか扱いやすいカモが来たと思われたのかどちらかはわからないが、いつでも好意をもって向かい入れてくれる。ただここを通るたびに色々と理由をつけては仕事を押し付けてくるため、最近はなるべくスコーピオン交易所へは立ち入らないようにしていた。

オスェルはめざとく私を見つけるや否や、

「お~~いっ! 随分久しぶりじゃないか!また仕事をしたくて来たんだろう! 稼げる仕事なんていくらでもある、というか今すぐにでも取り掛かってもらいたいことがいっぱいあるんだが!」

と雑踏の中でも聞こえるような威勢のいい声で私を呼んだ。昔オスェルが慢性的な人手不足に嘆いていた時に「仕事を探している難民を雇えばいいんじゃないか?」と聞いたことがあったが「難民連中だと商品に手を付ける奴も多くて信用できない」と話していた事がある。過去色々とあったのだろう。

私はオスェルの元に行くと仕事をしに来たのではなくキキプからの依頼で来た旨を話す。オスェルはキキプの名前を聞くと途端に笑顔が消え、周囲をキョロキョロと見まわした後厳しい表情をこちらに向けた。そして後ろを向いてそこらへんに落ちていた紙に何かを書くと、私の胸に「どんっ!」と押し付けてきた。

「仕事の邪魔だ!冷やかしなら帰った帰った!」

と声を荒げて私を突き飛ばす。オスェルの突然の変化に呆然としながらも私はその場を一旦離れる。押し付けられた紙を見てみるとそこには、

夕刻二十一時 ウルダハ パールレーン

と殴り書きで書かれていた。

その日の夜、私は紙に書かれていた時間通りパールレーンで待っていた。そういえばここに来るのも随分と久しぶりだ。ランデベルドに挨拶をしようと思ったがどうやらいないようだ。陰鬱として剣呑な雰囲気がいつも漂うスラム街。私は少し前までここを根城にしていたがモモディ女史から宿屋の一室を与えられてからは、すっかり疎遠になってしまっていた。

ここは変わらないな・・・・

一人感慨に浸っていると背後に人の気配を感じ、「こっちを向くなよ・・・そのままの体勢で話をするぞ」と声がした。私はその声の主がオスェルだとわかると、そのままぼーっと街中を眺めるように装いながら話を始める。

「日中はすまんかったな。お前の口から突然キキプの名前が出るから驚いちまったぜ。今スコーピオン交易所じゃキキプとシルバーバザーの話題はご法度なんだよ。今ここの知り合いに変な奴がいねぇか見張ってもらってるが、まぁ用心に越したことはねぇしな」

オスェルは葉巻に火をつけたのか、甘い煙の香りが漂ってくる。

「ここ最近スコーオピオン交易所にいる銅刃団の連中がピリピリしていてな、シルバーバザー関係の話題を耳にするや否や、すげぇ剣幕で関係性を根掘り葉掘り聞いてくるんだよ。実際シルバーバザーを擁護した奴が、今後一切の商売ができなくなるほどの仕打ちを受けたとのうわさも出てる。」

「本当かどうかはわからんがな」とオスェルは付け加えた。

「表向きは今まで通りシルバーバザーとの交易はあるんだが、裏じゃかなりシビアな状況でな。このままだとあそことの交易自体がいつまで続くかわからなねぇってのが現状だ。」

私はその状態がここ二、三日から始まったことなのか、気になって聞いてみた。

「んー? まぁ銅刃団が出しゃばってきている状況になったのは最近といえば最近だが・・・なんだお前、何か心当たりがあるのか?」

私はシルバーバザーで起こったことやキキプと話をしたことを正直に話す。

「そうか・・・やばいやばいとは噂で聞いてはいたが・・・シルバーバザーももうこれまでかもな。」

オスェルの声のトーンが落ちるのがわかった。

「俺も実はシルバーバザー出身でな、アイツの爺さんや親父さんには随分と世話になったよ。俺に商売のいろはを教えてくれたのもアイツの爺さんだ。そん時のシルバーバザーはスコーピオン交易所やウルダハの市場よりも活気に満ちていてな、まるで毎日がお祭り騒ぎだったほどさ。そんな輝かしい故郷がまさか存続の危機に直面するとは想像もできんかったよ。

親父の仕事の関係でスコーピオン交易所で働くことになってからキキプとはしばらく疎遠になっていたんだが、霊災後に久しぶりに会った時にシルバーバザーの悲惨な状況を聞いたときは言葉も出なかったよ。キキプからはシルバーバザーに戻って一緒に再建を手伝ってほしいと懇願されたんだが、そん時はスコーピオン交易所も大変でな・・・・戻ってやることができなかったんだよ。

だがある日あいつがスコーピオン交易所で大問題となっていた不良品の山を、全部買い取るといって乗り込んできたときは本当に驚いたよ。追い詰められすぎて気でも狂ったかと思ったが、あいつの目は全く死んでいなかったどころか、シルバーバザー再建目指して燃えまくっていた。そん時に商売の話を色々したんだが、商魂のたくましさは爺さん譲りだなと関したものだったよ。あいつは商才に優れている、ただ・・・・運には恵まれていないがな。

今回の件についても・・・相手が悪すぎだ。あいつが今喧嘩を売っている相手はウルダハの商業を牛耳る「東アルデナード商会」のボスでもあるロロリトだ。お前も名前ぐらいは聞いたことあるだろう?
西ザナラーン一帯の高級住宅地化を推し進めている中心人物もそいつだ。二流品がウルダハの市場に出回るようになってからというもの、アイツがオーナーである高級店の売り上げが芳しくないらしくてな。手狭になってきた住宅地を一気に拡大することによって、外部からの金持ち連中を住まわせて高級品販売のテコ入れを狙っているらしい。

あそこらへんは高台になっていて見晴らしもいいし、近くにはきれいな水源もある。そしてなによりシルバーバザーを手中に収められれば港を利用した観光施設も建設できるから、金持ちを住まわせる高級住宅地には最高の立地なんだよ。

正直先のないシルバーバザーを手放して違う土地で新しい商売を始めたほうがいいんじゃないかってキキプに言ったら「お前は簡単に故郷を捨てるのだな!」なんて怒鳴られて引っ叩かれたよ。」

乾いた笑いをしながらオスェルは話を続ける。

「アイツの爺さんはシルバーバザーの長をやっていてそこの全盛期を作ったんだ。その後を引き継いだ親父さんも長を務めてたんだが、霊災の時に亡くなってしまってな・・・後を引き継いだキキプは先祖が守り続けてきたシルバーバザーを自分の代で終わらせてしまうのが怖いのさ。

「機を誤って仕損じるは商人の恥。古に囚われて新を求めぬは商人の死。」

この言葉は爺さんが残した商人としての心得の一つ。キキプは爺さんの言葉を完全に忘れている。過去へのこだわりを捨てて常に新しい道を開拓してこそ商人の本質なのにな。だが今あいつに何を言っても聞く耳を持たない・・・・」

溜息にも似た吐息を、葉巻の煙と共に吐き出す。姿を見ることはできないがオスェルは昔を思い出しながら今の現状を憂いているのだろう。

「すまん・・・話が逸れたな。怪しまれないうちに本題に入ろうか。お前が聞きたいのはシルバーバザー行きの商人を襲う男のことだよな。以前スコーピオン交易所にしょっちゅう出入りしている怪しい斧術士連中がいてな。そん時は銅刃団の連中とつるんで外部商人相手にセコイ商売をしていたんだよ。態度も悪いもんだからみんな煙たがっていたんだが、銅刃団がらみじゃ誰も文句も言えねぇ。
ただいつの間にやら姿を消していたんで安心していたんだが、ちょっと前にまたフラッと現れたんだ。そん時のアイツは何を考えてるかわかない表情で不気味で恐ろしかったよ。あれは自暴自棄になった危険な奴の目をしていた。関わったら終わりだと思ってみんな無視してたんだが、銅刃団の連中に追い出されるとまた姿を見せなくなったんだよ。で、襲われた商人から話を聞いたら、襲ってきたやつはその斧術士だってんだ。
なんかブツブツと人の名前を呟きながら、金になりそうなものだけ奪ってどこかに消えていったらしい。そのあと銅刃団の連中に斧術士の退治をお願いしたんだが、アイツは危険すぎて関わりあいたくないからと言って取り合ってはもらえなかった。そればかりかシルバーバザーと商売したがる奴を危険を冒してまで守る必要はない。
なんて言いやがったんだ。俺もさすがにあきれたぜ。

まぁ銅刃団なんてもんは、蓋を開けてみりゃあの斧術士とかわらねえような傭兵崩れの集まりだ。ましてやロロリトの手下だから、シルバーバザー絡みじゃ当然かもしれん。だが商人が襲われるっていう噂がでていること自体、商売上よくねぇってことも分かってほしいんだがな。

オスェルは葉巻の火を消し、

商人が襲われるのは、今日のように雨が降っている時が多い。
視界が悪くなるし、雨音で音もかき消されてしまうからな。
そんな日を狙えば、出会えるかもしれない。
シルバーバザーへの往来予定日のリストをやるから、これを参考にしてくれ。

シルバーバザーを救ってくれとは言わない。どんなに取り繕っても、あそこはもうすでに終わっているんだ。
だがキキプはそうじゃない。いくらだって始められる。
だからせめてあいつだけでも、救ってやってくれ。

そう言い残し、オスェルの気配は足音と共に消えていった。

第六話 「武器と防具」

シルバーバザーでの2日目の朝。私は宿屋のベッドで目覚めむくりと起き上がる。

(うぅ・・・頭が重い。)

ベッドで寝たのにもかかわらず今日の目覚めはひどく悪い。昨晩は久しぶりに寝つきが悪く、今にしてもいつ寝ていつ起きたのかが分からないほど睡眠をとった感じがしなかった。ベッドから立ち上がろうとするのだが体全体が動くことを拒むかのように重い。それは疲労感・・・というものではなく、精神的な原因からくる倦怠感だ。

(なんだか懐かしいな・・・)

この健康的な思考を蝕む空虚感にも似た感覚は、あてもなく放浪していた時期によく感じていたものだ。

存在理由とか、生とか、死とか。

考えたところで始めから答えなど無い無意味な問いに、強引に思考を奪われていく感覚。それは孤独感や焦燥感、先の人生への漠然とした不安感から弱気になった時によく感じていた。ウルダハでの生活を始めてからは毎日が慌ただしくて余計なことを考える暇もなかったのだが。

(気が緩んでる証拠かな・・・・)

気合を入れな直すため顔を二度三度叩き、動きの鈍る体に活を入れる。
やる前からあれやこれや頭で考えていても仕方がない。結果は求めるものではなく自分の行動についてくるものだから。私は私にできることを精一杯やればいい。

 


宿屋を出ると、私が起きるのを待っていたキキプが立っていた。

「おはよう! あら・・・あまり寝られなかったのかしら。顔色があまり良くないようだけれど、大丈夫?」

キキプは心配そうに私の顔を伺う。私は「大丈夫」と答えたが、それでも心配そうに「昨日は無理させてしまったからねぇ・・」とキキプは申し訳なさそうに小さく呟いた。

「立ち話はなんだから朝食でもとりながらお話しましょ」ということでバザーの一角にある小さな食事処に案内された。出てきた食事はクイックサンドのものと比べると簡素で粗野な感じだった。「この町ではあまりいいおもてなしはできないのだけれど・・・・」と食事を見ながらキキプは自嘲気味に言う。しかしこの程度のものでも私にとってはごちそう中のごちそうだ。

腹が膨れるとそれまで感じていた不安感はどこへやら。陰鬱としていた気持ちもすっかり晴れていた。

やはり空腹感は人を弱らす。

ガツガツと嬉しそうに料理を食べる私を見ると、キキプも安心したように微笑み食事を始めた。

食事も一息ついたところで、さっそく本題に入る。キキプの話によると、シルバーバザーとスコーピオン交易所を行き来する商隊を狙った襲撃被害が多発している。出現場所は毎回違うが、どうやら人の往来が少ない時間帯を狙って襲ってくる。スコーピオン交易所にたむろする傭兵に商隊の護衛を頼みたいところだが、雇うだけの金がない。
(一度頼んでみたものの、シルバーバザー方面は物騒だからと法外な金銭を要求された)

外海との交易や漁業による収入が絶たれた今のシルバーバザーにとって、スコーピオン交易所から流れてくる訳ありの不良品や流行遅れの型落ち品の販売による収入だけが頼りになっている。アラミゴや他地域から流入してくる難民や移民が増加している現在、意外と顧客にはこまらないようだ。その生命線を狙い撃ちして襲撃してくることを思えば、犯人は考えるまでもない。表向きに立ち退きを迫る一方で、裏で集落存続の生命線を絶つことにより、外からも内からも圧力をかけてシルバーバザーを崩壊させようとしているのだろう。


目撃情報によると、襲ってきたものは「斧術士の男」ということだった。

(・・・・・だからといってあの時の男とは限らない。)

しかし本来スコーピオン交易所周辺の治安維持を行っているはず銅刃団に一切の動きがなく、さらに高級住宅地開発の元締めが私の想像する人物であるとするならば、それはもう確信に近い。噂ではクイックサンドでの一件で目立ち過ぎたその男は所属する傭兵団から除名され、新たな食い扶持を求めてこの付近を彷徨っていたらしい。

これは私の想像でしかないが騒ぎを起こした責任を取らせるため、元締めに「死んでもいい捨て駒」として拾われ、決して表に出ない闇仕事の専属として飼われているのではないかと思う。傭兵崩れの半端ものとなればいざというときに切り捨てやすい。

死んだところで、誰も困らない。

まあ理由はどうであれ、自分の人生を狂わせたのは自分自身の行いの結果なのだから、例え酷い末路を辿ったとしても同情の余地はない。

スコーピオン交易所に古い知り合いがいるの。名をオスェルって言うんだけれど、私の名前を出せば何か教えてくれるかもしれない。迷惑ばかりかけて本当に申し訳ないのだけれど、あなたならシルバーバザーを救ってくれると信じているわ。」

キキプは私に向かって深々と頭を下げる。

「あっ! あともし何か装備が必要だったら私に言ってちょうだい! とはいっても所詮は横流し品だから、あなたのお眼鏡に合うものがあるかはわからないけれど、昨日この町を守ってくれたお礼としてタダで譲ってあげるわ!」

とキキプは思い出したように提案してきた。私はもちろんその好意に預かり、品を見せてもらった。

キキプの言うとおり、質が悪くいまいちのものがほとんどだったのだが、数点だけ際立って仕立てのしっかりした装備を見つける。私がそれを選ぶと、キキプは「あなた結構見る目もあるのね」としきりに感心していた。

早速装備してみると、想像以上に体に馴染むことに驚いた。留め具や接合箇所の仕上がりも丁寧で、仕事に一切の妥協が感じられない。さらには、装甲を高めつつ体が動かしやすいようにいたるところに工夫がなされており、見た目以上に動きやすい。なぜこんな優良品が横流し品に混ざっているのか・・・・実はこの装備一式には、致命的な欠陥があるからだ。

それは・・・・絶望的に色のセンスが最悪なのである。

「それはリムサ・ロミンサにある有名な工房のもので、作った職人さんは新進気鋭の新人らしいの。ただ色のセンスだけが絶望的で、地味なものを無理やり作らせると途端に手を抜いて粗悪品しか作らない。自分の創作意欲を掻き立てる色を基準で装備を作るものだから、質はいいのに買い手が付かないから結局売り物にならずにここに流れてくるってわけ。
まぁ色を変えればいいだけなんだけど、そのためには一度分解しなければならない。こういった緻密に作り上げられたものをばらして組み立て直すには相応の技術が必要だから、結局誰もやらないのよね。」

改めて、自分の格好を見る。正直に言えばかなり恥ずかしい・・・・が、今は背に腹はかえられない。余計なプライドに囚われていると、自分自身で身を滅ぼす結果にしかならないからだ。

ただ・・・前着ていた服は捨てずに取っておこう。

「防具ばかり選んでいるけれど武器はいいの?」

そう聞いてくるキキプに「剣はあるから大丈夫」と私は答え、腰に下げていた剣を抜く。長年苦楽を共に歩んできた、手に馴染む一振りの剣。いつどこでこの剣を手に入れたのか定かではない。しかしそれは何度となくピンチから自分を守ってくれた。この剣こそ、

私がウルダハでの生活を始める際に、使わないと思って難民キャンプの露店に売り払ってしまった剣そのものである。

 

 

 

~ 回想 ~

「あ、ちょっと待て。」

シルバーバザーの一件の依頼を受け、剣術士ギルドを出ようとする私をミラは呼び止めた。

「お前にやった剣、まだ使っていたのか。もうボロボロじゃないか・・・まったく。装備を整えることの重要さをお前はわかってない。金も大事だがお前の命を守る道具はもっと大事なのだぞ!」

ミラはそういいながら、武具置場の奥から一本の剣を取り出し、こちらに戻ってくる。そしてその剣を私に差し出した。
どこかで見覚えのある・・・・どころではない。まさしくそれは私が以前使っていた剣そのものだった。ただ、目の前にある剣は私が使っていたものとは違い、刃こぼれの全くない新品と思えるほど綺麗なものだった。とすれば私が使っていた剣も目の前にある剣も、大量生産されたものであって今ここにあるものは私の持っていた剣に似た別物なのだろう。

「ふむ・・・・あまり驚かんようだな。私の感は外れていたのかな?」

私の反応が予想と違っていたのか、ミラは少しがっかりした様子で話を続けた。

「いやな、この剣は以前モンスターの襲撃から救った難民から礼として差し出しされた一本なのだ。払える金がないからってこれを出してきたんだが、こちらは別に報酬はいらないと断ってもどうしても受け取って欲しいというからしょうがなく受け取ったのだ。
このウルダハにあっては、ただより怖いものはないからな。借りは作りたくなかったのだろう。正直この剣をもらった時は、刃こぼれもひどい上に全体としてあまりにもぼろぼろだったんで、捨てようと思っていたところにお前がこのギルドに来たんだよ。

その時お前は私に言ったよな? 
持っていた剣は露店で売っぱらったって。」

そういえば、剣術士ギルドに入門する際、剣を持っていないことに恥じて素直に話をしたような気がする。

「それを聞いた時にふとこの剣のことが頭に浮かんでな。丁度備え付けの武具のいくつかを鍛え直すために、リムサ・ロミンサの工房に送る用意をしていた時だったから、ついでにその剣も一緒に修理に出していたんだよ。

これも何かの縁かなって思ってな。

しかし、これは本当にお前の剣だったのではないのか?ちゃんとよく見て見ろ。違うとなれば私はとんだ赤っ恥だ・・・。」

静かに焦るミラの姿に苦笑しながら、私は差し出された剣を受け取り軽く振ってみる。その感触はやはりとても懐かしい。持った時の手に馴染むような感触も、剣を振ってみた時の感触も、確かに似ている。
ただ私が記憶する剣の姿とはまるで別物のように隅々まで手直しがされているため、やはり自分のものと判断できなかった。ミラは確証を得られないというような微妙な表情をしている私をみて、

「なあ、その剣どうやら「一本もの」らしいぞ。少なくともこのエオルゼアにおいては、と前置きはつくが。ここの武具整備で昔から世話になっているリムサ・ロミンサの工房はかなり歴史が古く「生きる技術」の継承と「死んだ技術」の喪失を防ぐため、今までに工房で作り出してきた剣だけでなく、鍛え直してきた剣のすべての錬成情報を「技術録」としてまとめ続けているんだ。
その剣は一見するとどこにでもある普通の形をしているが、細かく見ていくと細工の様式が見慣れないものだったり、再現の困難な刃紋形状をしていたりと「技術録」の中にすら同じものはなかったらしい。

まぁ、材質については特別な素材が使われているわけではないので、在野の鍛冶師が気まぐれに作ったものかもしれない。しかし異常ともいえるほど細部までこだわりぬいて作られた一品であることは間違いないとのことだ。

たくさんの剣に魂を込め続け、名工として名が知れてきた技術屋からしても、この剣と向き合っていた時間だけは日々当たり前と思ってやってきたことを否定され、改めて剣に向かうことへの情熱を思い出させてくれた。

「こんな剣と出会わせてくれたことを感謝したい。」

なんてクサいことも言っていたよ。普段無口な頑固者のくせに、あんなにベラベラと喋る姿は本当に珍しかったよ。」

そう言いながらミラは思い出し笑いをする。私もあまりにボロボロ過ぎてわからなかったのだが、そうなるまで酷使しているにも関わらずどこも壊れていなかったことを考えれば、やはり相当なものなのだろう。

「剣は持ち主に似る・・というが、存外間違いではないのかもしれない・・・いや、お前のタフさから言えば持ち主が剣に似るといった方が正しいか?」

ミラは笑いながら私の胸をこぶしで軽く叩いた。思い返してみればその剣を使ってモンスターと対峙するだけでなく、石をどけるためにてこ代わりにしたり、壁の割れ目に突き刺し足場代わりとして乗っかったりと、かなり負担のかかることを平気でしていた。それでもなお壊れることのなかった相棒を私は見た目を優先して簡単に手放してしまったことに、今更ながら後悔した。

「まあこの剣がお前のものだったかどうかはこの際どうでもいい。この剣はお前にやる。しばらくの間はこの剣で十分だろう。修理費用については今回の依頼の報酬として先払いさせてもらう。完遂できなかったから返す、と言われても困るからな。必ず解決してこい。」

ミラの激励を受けて、再び手元に戻った相棒を手に私はシルバーバザーへと向かった。


~回顧終わり~

第五話 「銀色に輝く故郷」

シルバーバザーはザナラーン西部、金槌台地の南西にある小集落である。ウルダハにほど近い入り江にあるシルバーバザーはかつてザナラーン地方とバイルブランド島との交易を支える海の玄関口として、海運や漁業で賑わう交易中継点であった。シルバーバザーの近くには主要航路の象徴ともいえる巨大な灯台が立てられており、今もなお船舶の安全航行を見守っている。

日進月歩する造船技術の進歩に伴い、どんどんと大型化していく船舶を水深の浅いシルバーバザーの湾港では受け入れることができないため、増加の一途を辿っていた交易船に対しての船舶受入能力の不足による慢性的な海路渋滞が問題となっていた。

そこに商機を嗅ぎ取ったウルダハの大商人ロロリトは、新たな湾港開発計画に大規模な出資を行い、ウルダハ北西部にベスパーベイ港、陸路中継拠点としてホライズンを新設。以降大型船舶の受入が可能なベスパーベイ港に主要海運拠点としての地位を譲ることとなった。海の玄関口としての役割を終えたシルバーバザーではあったが、この時はまだベスパーベイも陸運輸送線の長さと陸路の整備不足という問題も抱えていた。
ウルダハにより近いというメリットを持つシルバーバザーは、その後も小規模の海運事業や豊富な海洋資源を利用した商売により賑わいを見せており、いい意味で住み分けができていた。

しかし、そんなシルバーバザーに悲劇が訪れる。

第七霊災時に起こった大規模な地殻変動により、シルバーバザーとバイルブランド島との間に広がるメルトール海峡の潮目が大きく変わってしまい、海の見た目からは想像ができないほど船舶航行の難しい海域と変貌していた。
そのせいでシルバーバザー行きの船舶はすべてベスパーベイ側に大きく迂回しなければならなくなっていた。

一方で第七霊災後にホライズンを中心とした物流経路の集中整備はほぼ完了しており、海路→陸路による物流環境が飛躍的に向上していたことで、ベスパーベイ港はシルバーバザーの物流量のすべてを受入可能となっていた。そのため運送距離のメリットを失った海運事業は時を待たずして崩壊。また潮流の変化は航路の断絶だけでなく主要産業であった漁業にも壊滅的な影響をもたらし、景気後退に追い打ちをかけた。生命線であった海運と漁業の二つを同時に失ってしまったシルバーバザーは、急速に衰退の一途を辿っていったのである。

それでもシルバーバザー出身の一部の人たちは故郷を守るために、ウルダハ市民を相手とした観光業や、スコーピオン交易所から流れてくる型落ち品の販売を中心として、細々と生活をしていたのだが、ここ最近本格的に始まった高級住宅地開発の波に飲み込まれてしまう。第七霊災以降、急激な人口増加の一途を辿っていたウルダハにはすでにゴブレット・ビュートという高級住宅地が存在するが、そのすべてが販売済みであり新たな住宅地開発が急務となっていた。
そこで目を付けられたのがシルバーバザー周辺の台地であり、地盤に不安はあるものの高台であるが故のロケーションの良さと、大灯台というランドマークの存在、そして何よりもシルバーバザーが有している湾港はヨットハーバーとしての活用も見込めることから、高級住宅用地としての開発が決定したのである。

以後シルバーバザーでは立ち退きを求める商人側と地元住民とで今もなお小競り合いが続いている。

 

閑話休題

私はウルダハを出てシルバーバザーに向けて歩みを進める。金槌台地に差し掛かると背の高い大きな杭打塔が何基も立ち並んでいた。金槌台地という地名の由来はこの杭打機から来ているものらしい。この杭打塔は鉱山資源の発掘のためのものと私は思っていたのだがどうやら違うらしい。第七霊災以降に計画が持ち上がった高級住宅地区開発のため、地盤強化を目的としてこの塔が建てられているとのことだった。確かにこの地域には切り立った深い谷が存在する。谷の底には「ノフィカの井戸」と呼ばれる水源がある。谷はこの川によって長い年月をかけて浸食され出来たものであろうが、ここまで深い谷になったことを思えば、地盤はさほど固くないのであろう。


金槌台地を抜けると目的地となるシルバーバザーが見えてきた。栄華を極めた歴史ある集落にしてはひどく寂れていて、どこか難民キャンプにも似た荒廃感が漂っていた。私は集落に入りこの町の顔役であるキキプを探すため住人に話しかける。しかしキキプの名前を出すと「あぁ・・」というようなそっけない態度で「知らない」と軽くあしらわれてしまった。その後何人かにも聞いたが皆同じく「知らない」と答えた。

シルバーバザーはそれほど大きな集落ではない。ましてや探しているのはこの集落の顔役である。誰か一人ぐらいは知っていてもおかしくはないのではないか?それなのにみんなが口を揃えるように同じ答えを返してくることに不自然さを感じる。私は住人に聞くのをあきらめ、ミラから聞いていた容姿を頼りに改めて探しまわった。

ララフェルの女性で髪は紫・・・

この町にもララフェル族は少なからずいたのだが、その容姿に当てはまる女性は見当たらない。違うとはわかっていたが思い切ってララフェルの女性に話しかけてみる。しかし帰ってくる答えは「知らない」という言葉だけだった。

あてを失いながらも探して回ったが、無駄に時間だけが過ぎ、いつの間にか夜になってしまっていた。

(今日の捜索はあきらめるとして、明日からはどうしたものか・・・)

とりあえず寝床になる場所を探していると、シルバーバザーの中心だったであろう場所でララフェルの女性と堅気とは思えない風貌の男が言い争っていた。すこし近寄って会話を盗み聞きしてみると、どうやら男は地上げ屋のようで自分の手下を使って強引に住人を立ち退きさせようとしているようだった。男は女性に何かを言い放つと、高らかに笑い声を挙げて立ち去っていく。

(紫色の髪のララフェル・・・)

どうやらその男と揉めていた女性こそ、私が探していたキキプのようだ。私はキキプに話しかける・・・と、

「何よあんた! あんたもあの男の一味かい!! ここは渡さないって何度言ったらわかるんだ! 早く出ていけ!!」

と、すごい剣幕で怒鳴られた。どうやら自分のことを地上げ屋側の者と勘違いしているらしい。私はキキプに落ち着くようになだめながら、ミラから預かってきた手紙を差し出す。

「なによこれ? 立ち退きの勧告書だったらタダじゃすまないわよ!?」

キキプは私の手から乱暴に手紙を奪い取ると、中身を確認する。

「あら・・・・あなたミラからいわれてきたギルドの方なの?怒鳴ってしまってごめんなさいね・・・。この町を訪れる人って、ああいう手合いが多いからすっかり勘違いしたわ。」

そういってため息をつきながら町の一角を指差す。さっきの男の手下なのだろうか?キキプが指さしたところには、住民に嫌がらせをするガラの悪い男たちの姿が見える。「あなた、この町のおかれている状況についてミラから聞いているかしら?」と聞かれ、私はうなずく。

「そう・・実はさっきの男はね、ここの地上げを取り仕切っている奴なの。今までは手下を使って嫌がらせに来る程度だったのだけれど、今回は偽の売買契約書をでっち上げて、町中の建物に差し押さえ証を貼って回っていたのよ。それも私がちょっとこの町を離れていた隙によ!」

キキプは再び怒りが込み上げてきたのか、半ばヒステリー気味に声を荒げた。「偽物と分かっているならそもそも効力はないのでは?」
と聞いてみると、

「その契約書が偽物だと証明してくれる場所がないのよ。司法組織なんてものはウルダハにも一応あるけれど、そこを牛耳っているのがこの偽の売買契約書を作った黒幕よ。そもそもそいつはウルダハを裏から支配する中心人物。訴えたところで追い返されておしまいなのよ。」

キキプは悔しそうに顔を歪め、深くため息をつく。

「さっき私がこの町を離れていたって言ったわよね。実はその時私はウルダハにこの町の現状を訴えにいっていたの。結果は・・・言わなくてもわかるわよね・・・。でもこのままだとこの町の建物がすべて壊されてしまう。
男は言っていたわ。これから解体屋が来て、貼り紙がある建物を全部取り壊すって!たとえ偽物でも証明する手段がなければ既成事実にはなるの。だから一刻も早く剥がしてしまいたいのだけれど、あいつの手下どもが見張っていて手が出せないのよ・・・町のみんなも抵抗する気もないみたいだし・・・。」

事態は一刻を争うようだ。取り壊しという名の無差別破壊は、目立つ日中を避けて夜に行われる。町に人が少ないとは思っていたが、どうやら人払いでもしていたのだろう。

(しかし・・・・)

今回の件、見て見ぬふりをしてしまえばそれで終わってしまう話なのかもしれない。実際のところここの住民は今の生活に疲れ果てていて、ここでの暮らしをあきらめている者の方が圧倒的に多い。キキプは一人この町を守るために戦っているようだが、それを応援しようとする者はこの町にはいない。

なにより、寂れ果てたこの町に何の打開策のないまま居続けても、不幸にはなれど決して幸せは訪れないだろう。立ち退きの条件は不平等なものかもしれないが、苦汁を飲んででも一から出直した方がチャンスはあるのかもしれない。
それにこの案件、私一人が安っぽい正義感をかざして首を突っ込むには危険すぎるのではないか?剣術士ギルドの後ろ盾があるとはいえ、ここを更地にしようとしている黒幕はウルダハの中心人物。自分ごときがしゃしゃり出たとしても、結局は潰されて終わりになるだろう。

迷いに揺れながら、キキプの顔を見る。さっきの男と対峙していた時の威勢は息をひそめ、不安と悔しさで泣き崩れそうになる顔を、必死に堪えているように見えた。

(どちらにせよ、ミラの顔馴染みであるこの人を放っておくわけにもいかない。私がここで引いてしまったらミラのメンツを潰してしまうことになる。)

私は改めて町の中を確認する。確かに建物の周りには差し押さえ証を守るようにガラの悪い奴らが見張っている。しかし武器を持たない一般住人しか相手にできないようなチンピラばかりで、さほど人数も多くはない。私がキキプと話しているにも関わらず、へらへらと不遜な笑みをしながらこちらに何の関心も寄せていないところを見ると、自分より弱い者を脅して優越感に浸りたいだけの程度の低い奴らばかりのようだ。応援を呼ばれて囲まれると厄介だが、一人一人対処すれば何とかなるだろう。

(やり方としては、少々卑怯かもしれないが・・・しかたがない。)

私はキキプから差し押さえ証の貼られた建物を聞く・・・・建物全部か・・・私は闇にまぎれ、差し押さえ証の前をうろつく手下たちに死角から飛び掛かり、騒がれないように口をふさいだうえで建物の影へと引きずり込み、鉄拳制裁を加えた。手練れと言っていたようだが実にあっけない。まぁ警戒すらしない素人など、所詮こんなものなのかもしれないが。結局何一つ手こずることなくすべての差し押さえ証を剥がしきった。

私はそれを持って町の門の前で解体屋を待っていた男に背後から忍び寄り、羽交い絞めにすると同時に短刀を首元に突きつけた。男は突然のことに動揺しているが決してこちらを向かないように脅し、男の震える手に剥がした差し押さえ証を強引に押し付けた。突然手渡された差し押さえ証を見た男はしばらくあっけにとられていたが、自分の手下が全員やられたことを理解すると「助けてくれ、見逃してくれ」と情けない声を上げて許しを請う。私はその男に、

「次にお前をこの街で見かけたら命は無いと思え。」

と脅しをかけ、開放するや否や男は一目散に走って逃げて行った。

町へ戻るとキキプは目に涙を浮かべながら感謝の言葉を伝えてきた。

「違うお願いで呼んだのに、面倒事に巻き込んでしまって本当にごめんなさい。でも今回の一件、久しぶりにすっきりしたわ! こんな町でも守ってくれる人たちがいるだなんて、この世の中も捨てたもんじゃないわね!」

先ほどまでの苦悶に満ちた表情から一転、何か新しい希望を見つけたかのようにキキプの表情は明るい。

「今日はもう遅いわ! お部屋を用意してあげるから今日はそこでゆっくり休んでちょうだい!」

そういって、キキプは宿の手配をしてくれた。私はキキプの案内を受けながら宿へと向かう。途中何人かのシルバーバザーの住人とすれ違う・・・が、住人から感謝の言葉をもらうことはなかった。それどころか「余計なことを」と非難めいた言葉を吐き捨てるように呟いている。

私はそのことに動揺を隠せなかった。

宿に着いてすぐ、私はベッドに座り込んで考え込む。今回の件でシルバーバザーの破壊は免れたが、結局はより大きな厄介事の呼び水となってしまっただけではないのか?あの男はこの件を絶対雇い主に報告する。そして次はより強引な手法で立ち退きをせまるだろう。それはひょっとしたらこの町の住人を死に追いやってしまう事態になるかもしれない。

(この町を守ることが、人を助けることにはならないのではないか? 本当に自分の判断は正しかったのだろうか・・・・)

私は胸に大きなわだかまりを残したままこの町での初日を終えた。