FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第六十三話 「捕縛」

……ああ、わかってるさ。
準備は滞りなく進んでる。

………

そっちの方はどうなんだ?
完成は近いのか。

………

そうか、そんなら問題ないな。

………

召喚のタイミングは知らせるようにする。
近いうちにどちらかが先に動く。
だからあんたらは安心して海都を襲いな。

じゃあな。

 

さて……


辺りを見回すと無数のコボルド族の死体が転がっている。
そしてそれを見下ろすように、一体の巨躯の獣が物静かに立っていた。


黙って取引に応じればいいものの、抵抗するからこんなことになるんだぜ?


死体の一体を無遠慮に蹴り飛ばし、崖の下へと突き落とした。
それを巨躯の獣は動くこともできずに見守っている。


まあこれでこっちの準備も整ったようなもんだな。


同胞を殺されたことで、コボルド族の怒りも最高潮になる。
まさか自分達の信奉する「神の使い」に殺されるとは思っていなかっただろうが。
この中に盗掘者たちの死骸も混ぜておけば「誰に殺された」のか勘違いするだろう。

嵐を感じさせる湿気を帯びたモヤモヤとした風が体に吹き付ける。
これからバイルブランド島には大きな嵐が訪れる。
それは人族・蛮族、そして蛮神すべてを巻き込む大きな嵐。
そして、その嵐を吹き飛ばすほどの「巨大な力」によって、

この穢れた大地は焼き尽くされるのだ。


リヴァイアサンの召喚が先か、

タイタンの召喚が先か、

それとも、リムサ・ロミンサの壊滅が先か、


たまらないねぇ


この先に待っている展開が楽しみすぎて、にやけ顔が止まらない。
脚本もなく、筋書きもない。
あるのは役割を与えられただけの演者達。
各々が目的を達成させるために考え動く「演劇」ほど、楽しいものは無い。
何が起こるかわからない群像劇の結末を知ることはできないが、知らないからこそ娯楽たりえるのだ。


ん? アイツは……

人の気配を感じて身をかがむ。
岩陰に隠れるようにがけ下を見ると、そこには子供と一人の冒険者の姿があった。
二人は巨躯の獣を仰ぎ見るように見上げている。

おいおい……
ここにきてのご登場とは、随分と盛り上げてくるねぇ……
あの男は今回の演目において「脇役」でしかないが、俺だけが楽しめる余興ってのは特別感があっていい。

せっかくこいつもいるんだ。アイツが言っていたことが本当かどうか試したいところだったが……
楽しみは取っておいてやらなきゃねえな。
そっちはそっちで楽しい「劇」となりそうだ。

もったいねえだが、お前にはもっとふさわしい舞台で「踊って」もらうぜ。

命拾いしたな。

 

そう言って懐から「笛」を取り出して吹く。
その笛の音は人の耳には聞こえない。
すると動けずに固まっていた巨躯の獣は咆哮を上げ、ゆっくりと森の中へと戻っていく。

子供が何かを叫んでいる。

必死に、
それはもう必死に、
何かを訴えるように、
何かに懺悔するように、
ポロポロと涙を流しながら、
喉を擦切らすほどに叫んでいた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


私は「黒い入れ墨の男」の指示を受けて、リムサ・ロミンサに潜入していた。
目的は「断罪党」と呼ばれる海賊団のメンバーと密会すること。
海賊団から「準備」の進捗を確認し、報告することが今回の「仕事」だ。
冒険者が生きていることを報告したあと、黒い入れ墨の男は随分と慎重になっている。

だったらもっと見つかりにくいところにすればいいのに……

そう思う私ではあったが、黒い入れ墨の男いわく、

「今はリムサ・ロミンサが一番安全」

らしい。
私は指定された船に乗り込むと、船室の奥へと通された。
そしてそこには、海賊と思わしき男達が集まっていた。


あんたが「海蛇の舌」の使いか?
まさか子供だとは思わなかったぜ。

おい、大丈夫なんだろうな?
こんな小娘が代表で来るなんて、随分うちらもなめられたもんだな!
異端の海蛇さんよ!


一人の海賊の男が不機嫌そうに声を上げ、私のことを睨み付けてくる。
私はそれに意を返さず、

御託はいい、進捗を説明して。

と話を即した。
その態度に怒った海賊の男は、


生意気なガキめ! 躾けてやる!!


と叫びながら飛びかかってくる。
私は海賊の男の攻撃をひらりと避けて、首元にナイフを突きつけた。
そして各々の武器を手に取る他の海賊たちにナイフをばら撒き、


先を急ぎたいのなら「送って」あげるけど。
どうする?


と忠告した。


ナイフを突きつけられた海賊の男は小さく「すみませんでした……」と謝り、他の男たちも無言のまま武器をしまった。

(うん、躾けは完了かな)

私は心の中でそう思いながら、ナイフをしまうと、再び海賊の男連中に「進捗」の確認を行った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

私はアジトで黒い入れ墨の男に「海賊」連中から聞いた話を報告する。


まずヴィクトリー号の件だけど、火薬の調達はほぼ完了しているって。
ただ、安全に仕掛けるには「協力者」が必要って言っていたけど。

ああ分かった。
それはこっちでやるから、お前らは突撃の用意だけをしておけと言っておけ。

分かった。
あとスウィフトパーチの方は、一時的にでもいいから近くにいるドードーを何とかしてほしいって。
アイツらに騒がれると気が付かれる可能性があると言っていた。

たく……面倒くせえなあ。
ドードーの処理は俺の管轄外なんだが……
そうだ、ドードーの処理をスウィフトパーチの警備の奴らに任せるか。
確か今は産卵期だったな。
卵を割っちまえば騒ぎ出して混乱するだろう。
一石二鳥って奴だな!
そっちの作戦にはこっちからも人を出そう。
混乱に乗じて何人かさらえるかもしれねえ。
そう伝えとけ。

うん。
あと黒渦団の軍艦についてだけど、不審船を装って接舷させて爆破するっていってた。
あと「もし可能だったら船を奪ってもいいか?」 っていってたけど。

なんか失敗しそうな匂いがプンプンするな。
まあ俺らではどうしようもねえし、こいつに関しちゃサハギン族共に追加で援護をお願いするしかねえ。
代理に土下座してでも確約してこいって尻叩いてやるか。

あと最後に、
リムサ・ロミンサについてだけど「組み立て」は全部終わってるって。
ただ、すごく大きくて重いから荷物にまぎれて置いておくことはできないんだって。
今は倉庫に隠してあるから、実行の時は移動が必要と言っていたよ。

しゃあねえか。まあそのための「陽動」ではあるしな。
この作戦の鍵は如何に「リムサ・ロミンサ」を空にするかだ。
各地で起こる襲撃はすべて陽動。
狼煙を上げるからお前は見晴らしのいいところで動向を伺え。
そしてリムサ・ロミンサの街中が手薄になったところを見て断罪党の連中と設置しろ。

あと、そいつは時限式ではないからな。
スイッチポン、即ドカンだ。
だから設置が完了したら、速やかに実行しろ。
海賊共の退避を確認する必要はねえ。

お前が自分の手で「爆破」させるんだ。

いいな。

・・・・わかった。

 

 

 

泣き崩れたまま動かない少年を斧術士ギルドのメンバーに任せ、私はコボルドの亡骸の前に向かった。
私の後をついてきた猟犬同盟の男も「何だこりゃ!?」と声を上げた。
「これ、あんたがやったんじゃねえよな?」と聞いていくる。
私は「違う」と答えると「だよな。これは踏みつぶされたような死に方をしてる……どういうことだ?」と首をかしげている。
私は猟犬同盟の男にここで起こったことの顛末を話した。


崖の上にクジャタが?
マジか……
あそこに行くには迂回しなけりゃならねえんだが、しょうがねえ。
危険を承知で行ってみるか。
あんたもついてきてくれ。

私は頷くと、猟犬同盟と斧術士ギルドのメンバーと共に崖の上へと向かった。


~~~~~~~~~~~~~~~~


な……なんじゃこりゃ……

崖の上に広がる光景に、私たちはみな言葉を失った。
そこには、無数の死体が転がっていた。
それも10や20では効かないほどの数のコボルドの死体。
その中に紛れるように、盗掘者と思わしき人族の死体も混ざっていた。
そのどれもが、踏みつぶされたり、大きな力で跳ね飛ばされたような死に方をしている。


まさか……これ、クジャタがやったのか?


猟犬同盟の男が思わず声を上げる。
驚きを隠せないという表情で、凄惨な光景を眺めながら、


でもなんでだ?
コボルドはクジャタにとって仲間みたいなもんだろ?
なのにこんなことになるなんて、なにがどうなっているんだ?
仲間割れってこと、なのか?


斧術士ギルドの男は盗掘者の死体を確認しながら、


死体の中に盗掘者が混じっているところを見ると盗掘者を追い詰めたか?
しかしそれではコボルドも殺されていることの説明がつかんな。コボルドも盗掘者も死因は似たようなものだ。であればこのコボルド族の連中が盗掘者共々密会しているところをクジャタによって殺されたのか?

コボルド族の奴らにも裏切者がいるということか?
確かにコボルド族には「序列」があると聞いたことがある。
序列下位の落ちこぼれ連中は罵られて住処を追われるらしい。
だから人里を荒らしたり商人を襲って略奪に手を染めて、盗んだものを献上して序列をあげるらしいが……

敵であるはずの人族の盗掘者と組んで何のメリットがあるんだ?

う……それは分からん。
だが、この状況は非常にまずい。
これが他のコボルドに知れたら、確実に奴らは怒りに震えるだろう。蛮神召喚という最悪の事態だけは避けねばならん。

処理を急がなければ! 協力を頼む。

分かった! うちの者を総動員させる。
おいお前! 至急プアメイドミルにいる仲間の元に伝達に走れ!

私もここを動くわけにはいかないか…
冒険者よ、頼みがある。
少年を連れてエールポートまで戻り、イエロージャケットに応援を頼んでくれ。
少しでも人手が欲しいと伝えてくれ!

私は頷き、少年を背中に背負い急ぎエールポートまで戻る。
少年は泣きつかれたようで、背中で寝息を立てながら寝ているようだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


エールポートに着くと私はイエロージャケットに声を掛け、クジャタに襲われた村まで応援が欲しいと伝える。
イエロージャケットの男は不思議そうな顔をしながらも詰所に向かい責任者らしき男と話をすると、焦った顔をしながら数人をかき集めて村の方に走って行った。
私は保護した少年を椅子の上におろし、イエロージャケットの男に「この少年が目を覚ましたらレッドルースター農場まで送ってやってくれないか」と頼むと「分かったと」言っていまだ眠る少年に毛布を掛けてベッドへと移動させた。

私は近くにある椅子に座り考え込む。
人里を襲うクジャタ。
ここリムサ・ロミンサではそういう評価となっているが、私はあの獣が悪さをするとはとても思えなかった。
村を壊滅させられ、両親を殺されたはずの少年の思い。
討伐することを拒み、ただただ会いたいと懇願していた。
恨みにのまれることもなく、ただひたすらに謝っていた少年の姿。
そして、涙を流すクジャタの姿。

必ずなにかの理由があるはずだ……
クジャタもまた何かに縛られている。

私にはそうしか思えなかった。


黙考をしている私の元に、先ほどとは違うイエロージャケットの男が駆け寄ってくる。


なぁ、あんた。申し訳ないが上からあんたを「捕縛」しろとの命が出ているんだ。おとなしくしててくれよ。


そう言って突然私の手を後ろ手に回し、縄で縛りあげた。

!!!!?

突然のことに驚きながら、
私は「何をする!」と言って暴れたが、
いつの間にか周りを取り囲んでいた複数の男に取り押さえられ、私は床に組み伏せられた。

そして何かを嗅がされると、次第に意識が遠くなっていく。

く……そ……

薄れゆく意識の中、目を覚ました少年が怯えた目でこちらをジッと見る姿見えた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

目を覚ますと、私は椅子に座らされていた。
手は椅子の背板に括り付けられ、足も縛り付けられている。


ここは……どこだ?


気がついたかい。
いやいや、手荒な真似をして申し訳なかったな。

レッドルースター農場の少年救出、ご苦労様だった。
そんな功労者に随分と無礼なことをしていると分かっちゃいるが、

これも仕事なんでね。


そう言って姿を現したのは、
双剣士ギルド、ギルドマスター。
ジャック・スワローだった

 

手荒な真似してすまねえな。
おい、縄を解いてやれ。


ジャックがそう言うと、ぺリム・ハウリムが私の手を縛っている縄を切る。
私は自由になった手をさすりながら、ジャックに説明を求めた。


あれはパフォーマンスって奴さ。
実はあんたにはいろいろと嫌疑がかかっているんだ。
他の奴らにとっ捕まるよりゃ、顔見知りの俺らの方がましだろ?


そう悪びれもせずに言ってくる。

(嫌疑? 何のことだろう? まだ人拐いの仲間を疑われれいるのだろうか)

私は自分の置かれている状況が全く把握できずに「なんのことだ?」とジャックに問い返した。


それを今からあんたに聞くのさ。
正直に話をしてくれればいい。
NOは無しだ。すべて答えてもらうぞ。


そう言ってジャックは厳しい顔を私に向けた。


なああんた、ウルダハで冒険者していたんだろ?
なぜここリムサ・ロミンサに来たんだ?


あまりにも直球な質問をされて私は押し黙る。
それをジャックは見逃すことなく、


口ごもるということは言えねえ理由があるのか?
まっとうなことをしてきているのなら、別に隠すことはねえはずだ。
ならこっちの掴んでいるあんたの情報を教えてやるよ。
ウィスタンの奴から色々聞いたが、あんたをこちら側で出迎えたのはアイツだったんだな。
前にウルダハの豪商に嵌められたっていってたな。黒い入れ墨の男に片目の少女とその時に会っているってね。
それが原因でこっちに流れてきたんだろ?


私はジャックの問いに静かに頷く。


ウィスタンの奴は助けられたよしみでこっちの働き口を紹介したようだが、ウィスタンにあんたの受け入れを依頼をした「商人」は姿を消していた……というより、初めから存在しなかったよ。
ウィスタンには色々問い詰めたが、どうやらアイツもそれ以上は知らないようだ。
だから、そっからのことをあんたの口から聞かせてもらう。


ジャックの目は本気だ。
なぜこのようなことになったのかはわからないが、私が押し黙れば押し黙るほど状況は不利になりそうだ。
私はジャックに、

ジャックの言う通り、私はウルダハの誰かに嵌められこのリムサ・ロミンサに逃げ込んだこと。
詳しく話せないのは、リムサ・ロミンサにいることがバレてしまうと追手が来るかもしれないということ。
そして私をウルダハから脱出させ、リムサ・ロミンサでの生活の手配をした人物については面識もなく、私も分からないと説明した。


う~ん……
とすると、あんたはウルダハじゃお尋者ってことだな?
じゃあ聞くが、なんであんたは追われる身になったんだ?
闇の組織に目を付けられているならまだしも、相手は一介の商人なんだろ?
よっぽどのことをしでかさねえと、目を付けられるとは思えねえけどな。


私は話すか話すまいか迷ったが、ここで話を切ってしまってもなにも事態は好転しないだろう。
私は覚悟を決めて、自分はウルダハの王室直属の近衛騎士団と共に動いていたことを説明した。内容はウルダハの極秘事項に触れるので話せないが、ウルダハ王室の権威を守るために動いていたことを説明した。
また、それと同時にウルダハを騒がせていた「剣術士襲撃事件」の黒幕も追っていて、剣術士ギルドとともに首謀者の男を追い詰めたことを話した。


ふむ……ようは「目立ちすぎた」ってことか。
確かにウルダハは王室よりも有力商人からなる砂蠍衆の合議によって国家運営は決まり、その中でも商人達による完全自治を望む「共和派」の方が実権を握っていると聞く。
王室に牙をむく共和派の誰かが、邪魔をするあんたに刃を向けたってのも分からねえ話ではねえが……。
それにしても不自然なことは、もしあんたの言うことが本当で、あんたをここリムサロミンサに避難させる際に「秘匿飛空艇」を使ったことだ。
もしそうであれば、メルヴィブ提督の耳に入っていてもおかしくはねえ話だ。
あの便は両国の同意のうえでしか運航できねえからな。
ウルダハの王室とリムサ・ロミンサの黒渦団とはエオルゼア軍事同盟締結時より密な関係にある。
なのにあんたは、搭乗員を偽装した秘匿飛空艇を使ってこっそりとリムサ・ロミンサに入り込んだ。

だからな、あんたは今、
ウルダハから送り込まれた「密偵」ではないかという疑いがかけられているんだよ。


私は顔が真っ青になる。
事態が呑み込めずに黙っていると、


じゃあもう一つ。
こっちが掴んでいる情報を教えてやる。
共に「人拐い」を追いかけたよしみだ。

あんた、ウルダハではとっくの昔に死んだことになってるぜ?


私は唖然とした表情のまま固まってしまう。
ジャックはすべて知っている。
私がウルダハで殺されたことを。
私はそのことを今までひた隠しにしていたのだ。
これでは疑われても仕方がない。


あんたはキキルンの盗賊に強奪された貴重品の奪還を商人から請け負って、他の冒険者と盗賊団のアジトに奇襲をかけた。
その際に、あんたは下手こいてキキルン族共に囲まれて殺された。
他の冒険者達が駆けつけた頃にはもう見る影もないぐらいズタズタにされていたってよ。
奪還作戦はあんた一人の犠牲で無事完了。
その後身に着けていたものがあんたのものであるかを、ウルダハお冒険者ギルドのギルドマスターが確認済みだ。

あんたの業績を称えてちゃんと墓も建ててあるらしいぜ?
王室出資による立派な墓がね。
さて、ウルダハで英雄のまま死んだ人間がここにいる。
しかも秘匿飛空艇を使い、巧妙に偽装までしてだ。

なあ……
死人の冒険者さんよ。

あんたは一体何者なんだい?

 

 

(エインザル)
捕らえたか?

(ジャック)
はい、今は部屋に監禁しています。
とりあえず抵抗する意思はないようですぜ。

(メルヴィブ)
それで? 吐いたのか?

(ジャック)
いえ……質問には答えるものの、どこか頭がイカかれちまっているようで。
多少荒っぽいことはしましたが、これ以上の進展は見込めねえようです。

(エインザル)
どういうことだ。

(ジャック)
いえね、その冒険者は自分のことを「特別な者」だと言い張るんですよ。

(エインザル)
は? 特別な者?

(ジャック)
ええ。ウルダハで死んだ自分はエーテライトプラザの前で生き返って、見ず知らずの男から「秘匿鍵」をもらったって。
何度聞いてもそれしか答えません。
隠している感じもないところを見ると、本当か暗示にかけられているかのどちらかでしょうね。

(メルヴィブ)
怪しい以外の言葉が無いな。精神がおかしくなっているとすると、何か口封じに薬でもうたれたのか?
たしかお前のところの若いものがその冒険者をリムサ・ロミンサで出迎えたらしいな。
そいつはなんと言っている?

(ジャック)
こっちも似たようなもんで、突然現れた商人風の男に「ウルダハからお前の命を助けた男が来るから、助けてやってほしい」と言われ、工房を紹介したとのことです。
アイツも商人の端くれ、突然の話に「はいそうですか」と乗るような浅はかな男ではありませんが、その商人風の男に「サンクレッドからの依頼だ」と言われ信じたようです。

(メルヴィブ)
サンクレッド?
誰だそいつは。

(ジャック)
ウルダハで蛮神召喚調査を行っている「暁の血盟」の一員です。

(メルヴィブ)
何!?
とするとヤ・シュトラ殿の仲間か!?

(ジャック)
そうです。ウィスタン自体ウルダハからエーデルワイス商会に引き取られる際、暁の血盟の一員であるサンクレッドの手引きがありました。
ウルダハからの難民を、働き手として雇ってくれないか…と。

(メルヴィブ)
ならばその冒険者もそうであるということか?
であればなぜ「秘匿飛空艇」に忍んでいた?
我々に嘘をついてまで。

(エインザル)
その件ですが、バデロンからの報告が上がってきております。
ウルダハの冒険者ギルドを通じてその男のことを調べ上げたのですが、かなりの成果を上げているようでした。
少し前にウルダハ全土で起こっていた「剣術士襲撃事件」を解決し、リムサ・ロミンサに不当に密輸されていた希少品の盗掘グループの摘発。
その他様々な犯罪集団の壊滅に関わっておりました。
その功を讃えて、ウルダハ王室のナナモ女王陛下より直々に晩餐会への参加を要請されていたようですが、その矢先に戦死しております。

(メルヴィブ)
死んだ者が生き返る……
確かにそれは「特別な者」ではあるが……

(エインザル)
この話を聞き、ウルダハ側は驚いていたとのことでした。
死んだはずの冒険者が生きてリムサ・ロミンサにいるということを。
冒険者を「秘匿飛空艇」に乗せた事実もない……。
では、あの冒険者はいったい誰なのか?

(ジャック)
考えられることは二つ。
まず一つは本当に「特別な者」であり、それを表ざたにしたくない「誰か」が運航予定だった「秘匿飛空艇」に紛れ込させた。
もう一つは、あの冒険者が「偽物」であるということ。
冒険者の「記憶」についてですが、小せえ頃から「特殊な訓練」を積み重ねた者であれば、本人を装うことは不可能ではありません。
薬を補助に使えば、姿かたちをそっくりにすることだって可能ですから、顔を知っているウィスタンが疑わなかったのも説明が付く。
まあそれは、禁忌中禁忌ではありますがね。

(メルヴィブ)
もしあの冒険者が暁の血盟と接触しているのであれば、ヤ・シュトラ殿に聞いた方が早いのだろうが……
今どこにいるかわからんしな。

(ジャック)
提督。一番手っ取り早い方法があります。

(メルヴィブ)
なんだ?

(ジャック)
それは、あの冒険者を「殺してみる」ということです。

(メルヴィブ)
(エインザル)
!!!!?

(ジャック)
冒険者の言うとおり本当に「特別な者」であれば死んでもまた生き返るでしょう。
もしその冒険者が「偽物」だった場合「始末した」ということだけです。
あの冒険者にこれ以上のことをしても、多分何も情報は得られません。

(メルヴィブ)
だが……

(ジャック)
かつて「人の命をも盗むもの」シーフとして名をとどろかせた双剣士。
それは「秩序の番人」として闇を生きる道を選んだ者達。
その意義は今もなお変わってません。
汚れ仕事はうちの専売特許。
提督が何を思うこともありませんぜ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~


(メルヴィブ)
エインザルよ。
私の決断は正しかったのだろうか……

(エインザル)
リムサ・ロミンサを不穏な空気が包む今、小さな芽は早めに積んでおくのが得策でしょう。
ウルダハ側が存在を否定している以上、外交上の問題はありません。

(メルヴィブ)
……しかし大罪を犯した者ならいざ知らず、白黒はっきりしていない、しかも一般人を手にかけるというのはいささか胸に刺さるものがあるな。

(エインザル)
そのための「猫」、双剣士ギルドです。
ネズミは猫に追わせればいい。
ただそれだけのことです。


(ドンドンドン!!)

(ガチャ!……バタン!!)

(伝令)
き、緊急伝令です!!
失礼します!!

(エインザル)
なんだ! どうした!

(伝令)
カイバレー防波壁防衛隊より連絡!
サハギン族との本格的な交戦状態に突入!
相手の数多数! 至急増援を願う!
とのことです!

(メルヴィブ)
くそっ!
遂に動き出したか!
エインザル!
リムサ・ロミンサに停泊中の軍艦に増援を乗せ、エールポートに向かえ!
海上から地上部隊を援護させろ!
各海賊団の連中にも手伝わせろ!
久々の実戦だ。褒章をちらつかせ、欲しくば武勇を示せと尻を叩け!

お前たちはモラビー造船廠のギムトータに修理中の軍艦の中で動かせるものをエールポートまで回すように伝えよ!
少しでも手が欲しい。冒険者ギルドのバデロンに冒険者の参加を緊急募集させろ!

(伝令)
はっ!!

(エインザル)
斧術士ギルドにも動いてもらいましょう。
ヴィルンズーンのところにも伝令に走れるか?

(伝令)
斧術士ギルドですが、現在レッドルースター農場にコボルド族とともに「クジャタ」が出現!
また、スウィフトパーチ周辺のドードー達が一斉に暴れはじめ、その対応にイエロージャケットのメンバーと共に対応に出向いているようです!

(メルヴィブ)
なに!?
このタイミングでか!!

(エインザル)
……やはり作為的な何かを感じますね。
スウィフトパーチの混乱・レッドルースター農場襲撃は陽動。
主戦力である黒渦団はサハギン族の侵攻にくぎ付け。
……そこから導き出される答えは。

(メルヴィブ)
ここリムサ・ロミンサか!!

 

(バン!!)

 

(ジャック)
メルヴィブ提督!!
すまねえ!!
冒険者に逃げられた!!

(エインザル)
逃げただと!!
どうやって!?

(ジャック)
窓から飛び降りやがった!

(エインザル)
窓からって……
あそこは崖に立つ塔の最上部。
海面に飛び降りたとしても、とてもではないが生きてはいられないぞ!!

(ジャック)
急ぎ確認にでてきます!

(メルヴィブ)
まてジャック!
お前はギルドメンバー総出でリムサ・ロミンサの警備に当たれ!
不審なものがいたら片っ端から捕まえろ!
これは国家元首メルヴィブからの命令だ。
全ての責任は私がとる!

(ジャック)
西ラノシアから上がってた煙……
それと何か関係があるんですかい?

(メルヴィブ)
ああ……
戦争の始まりだよ。

第六十二話 「巨躯の影」

(しまった……)

決意を新たにして工房を出たはいいが、そういえば双剣士ギルドと連絡を取る手段がわからない。

(確かジャックはアジトを変えたと言っていたが……とりあえずあの倉庫に行ってみるか。)

私はエーデルワイス商会の倉庫であり、双剣士ギルドのアジトがあったところへと向かった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

やっぱりだめか。

倉庫は閉まったままでいつも立っている門衛の姿もない。
海蛇の舌によって暴かれたアジトをもう二度と使うことはないのだろう。
向こうからの接触が無い限り、私は双剣士ギルドを頼ることはできなさそうだ。

そうだ、溺れる海豚亭のバデロンなら何か知っているかな。
あそこは冒険者ギルドでもあり、町中の噂話が集まる酒場でもある。
噂程度でもいいから、何か情報が得られるかもしれない。

私はそう思い至って街の方に戻ろうとすると、ふと船着き場に一人の少年が船に乗り込む姿が目に付いた。
その少年はどこか見たことのある気がするが、顔をきちんと確認することができずに船は出港してしまった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

よう! 活躍は聞いているぜ!

私の姿を見つけて開口一番にうれしそうな顔で笑っているバデロン。
私は少し照れながらも「それほどでもないさ」と答えると「この街にゃ似合わねえセリフだな!」とトゥビルゲイムみたいなことを言ってきた。
「なんか飲むかい? 最近いいワインが手に入ってね。」と勧めてくるバデロンに「商人をしていた男と巴術士ギルドの女夫婦のことで何か知ってることはないか?」と尋ねてみた。


んん? なんだ突然藪から棒に。
そんなこと俺が分かる訳ねえじゃねえか。
なんだ? もしかしてあの件に絡んでるのか?


私は少し言いよどむ。
確かに「人拐い」を追いかけてたどり着いたものではあるが、この件に関してはどちらかと言えば別件に近い。
私は少しあいまいに「そうだ」と答えると、


次から次へとあんたも大変だな?
工房に戻らなくていいのかい?
親父さん、口に出さないけど随分と心配しているようだったぜ?


とバデロンは溜息をつきながら私に言う。私は「さっき顔を出してきたよ」と答えると「そうかそうか・・・」と頷いていた。

(少し情報が足りないか)

私はトゥビルゲイムが話した内容を思い出しながら「その夫婦の子供が、母親に殺されそうになったって事件なんだが」と話すと、バデロンは少し考え込んで、


ああ、あったなそんな話……
でも、たしか随分と前の話だぞ?
それこそ10年以上前だったような……


私はバデロンにそのことについて思い出せる範囲でいいから教えてほしいと聞いた。


ああ・・・だがうわさ話程度だからあんま信用するなよ。
確かそいつらは再婚した夫婦で旦那には連れ子がいてな、母親は自分の子ではない連れ子を嫌っていたらしい。
でだ、旦那との間にやっとできた子供が死産してしまったらしく、ショックで気の狂った母親が連れ子を包丁で刺し殺そうとしたんだよ。
たまたま居合わせた「バラクーダ騎士団」の連中が止めに入ったから未遂では終わったんだが、その後に母親はどっかに消えちまった。
結局旦那の方も不法な闇取引に手を染めて、殺されちまったんだ。
孤児となった連れ子はどこかに引き取られたって話だが・・・・それ以上のことは分からねえなあ。
ただ、あんとき今のイエロージャケットの奴らが対応してようだから、そっちに聞いた方がはやいんじゃねえか?


バデロンの持っている情報はトゥビルゲイムの情報とほぼ同じ。
だが、それにイエロージャケットが関与していたというのは新しい情報だ。レイナーに聞いてみよう。
私はバデロンに「ありがとう」と感謝して酒場を出ようとすると、


なああんた!
そういえば確かウルダハから来たっていってなかったか?


ふとバデロンに呼び止められる。
私は「以前にいた」と答えると「じゃあベスパーベイからの船に乗って?」と聞いてくる。
私は言い淀みながら「そうだ」と答えると、


いやね、エーデルワイス商会のウィスタンから話を聞いたんだが、あんたウルダハでアイツの命を救ったらしいじゃねえか。
銅刃団の奴らと岩の化け物を一人で退けたってね。
アイツも色々と訳ありのようなんだが、ウルダハってのはそんなに物騒なのかい?
まあ・・・物騒さ加減では最近のリムサロミンサも負けてないと思うけどね。


私はバデロンに対して、ウルダハは王室よりも豪商の方が権力を握っていて、少しでも障害となりうる存在が出ると「抹殺」されると説明する。
ウィスタンは元々ウルダハの不公平な商取引を変えるため、一山あてようと躍起になっていたが、結局目を付けられて始末されそうになっていた。
その場にたまたま出くわして、私は助けただけだと説明した。


権力の集中ってのは怖いもんだな。
まぁこのリムサ・ロミンサは逆で権力が分散しすぎてうまく連携が取れないのも問題だけどな。
そう言えば、半年ぐらい前に「剣術士だけが狙われる」という変な事件が起きていると噂が出ていたが、なんか知っているか?
前職は剣術士だったって言ってたよな。
あんたも狙われたのかい?

私はバデロンに剣術士ギルドと共にその鎮圧に参加していたことを話す。
あまりしゃべりすぎるのもまずいかと思ったが、相手は冒険者ギルドのギルドマスターだ。
不用意に口外することはないだろう。


ほう、剣術士ギルド……ね。
そうかそうか! やっぱりあんたは「資質」を持っているのかもしれねえな!
もし仕事が欲しければ俺に気軽に相談しな。

いまリムサ・ロミンサは揺れている。
あの件も含めていろんなことに冒険者の応援が求められているんだ。
山ほど仕事はあるから遠慮はするなよ!


とバデロンは笑っていた。
ふと酒場の中にイエロージャケットの面々が駆け込んでくる。
そして息を切らしながらバデロンのところに着くと「話し中すまない。ここに小さな男の子が迷い込んだ入りしていないか?」
と聞いていた。


小さい男の子?
いや、見かけねえな。
どうした?

レッドルースター農場からリムサ・ロミンサに来ていた子供がいなくなってしまったんだ。
保護者の老人がちょっと目を離したすきに消えたと言っている。

そうか・・・
なんなら冒険者にも捜索をお願いするかい?

あぁ、頼む。
子供の人相と格好はこんな感じ……


バデロンとイエロージャケットの男との会話を聞いていた時、私はハッと思い出した。
そう言えば、ここに来る途中に少年が一人で船に乗り込む姿をみかけたのだった。
今思い返してみれば、工房の仕事でレッドルースター農場に農具の納品に行ったとき、そこであった少年に似ているかもしれない。


私は二人にそのことを話すと、


なんだと!?
……まずいなそれは。
船着き場から出ているとすれば向かった先はエールポート。
とすると……少年は集落へと向かったか!

なんだなんだ?
何が起きたんだい?

いや、その少年は老人と共に斧術士ギルドに赴く予定だったんだ。
問題となっている老獣「クジャタ」の件を聞くためにね。
その少年は先日クジャタによって壊滅させられた集落の唯一の生き残り。
クジャタの討伐の為少しでも情報が欲しいがためにご足労いただいたんだが……


困り果てたイエロージャケットの男を見て、バデロンは私に、


なああんた。
もし時間があるんだったら先行して少年を追っかけてもらえねえか?
これは正式なギルドからの依頼だ。
ちゃんと金は払う。次のエールポート行きの船の出向まで時間があるから、チョコボポーターを利用して向かったほうが早いだろ。

お願いできるか?
エールポートから北に上がったところにその少年が住んでいた集落があるんだ。
今はもうクジャタの来襲によって壊滅しているが、老人の話だと少年はクジャタに会いたがっていたらしい。準備が届き次第、我々も念のため斧術士ギルドのメンバーを連れてそちらに向かうよ。


そう言って頭を下げてくるイエロージャケットの男。
私は頷いて、急ぎエールポートへと向かった。

 

 

チョコボポーターを利用してエールポートに着くと、私はまずは船着き場へと向い水夫に話しかけて少年の目撃情報を洗うことにした。
運のいいことに初めに話しかけた水夫は少年のことを知っており、集落の生き残りがいたことにとても驚いて、思わず声をかけたそうだ。

少年は「集落に戻って大事なものを取りに行く」と言っていたらしい。
「危ないから一人ではいかないほうがいい」と止めたが、忠告を無視して少年は集落へと向けて走っていってしまったとのことだった。

水夫の話では少年のいた集落はコボルド族の勢力圏の近くにあり、詳しい場所が知りたければその手前にある廃村に住み着いている「猟犬同盟」という元海賊連中に聞いてくれ、とのことだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~


エールポートからしばらく北に向かうと、あたりには木々が増え出し森林地帯へと変わっていった。
その木々に隠れるように、人が住んでいるとは言い難いようなあばら屋が点在する集落を見つけた。
気の木陰から中の様子を伺うと、情報通り海賊服を着た者達がたむろしていた。
私は一度深呼吸をして集落の中に入り、作業指示をしている海賊の男に話しかけた。


あん? 男の子供を見なかったかって?
おいお前ら、ここいらでガキを見たか?

他の者は「いや? 見なかったが」と言って首を振っている。
私はその男に事情を説明する。


なに? そいつ、あの集落の生き残りなのか……
可哀想に……
俺らはその集落の奴らに「危ねえから場所を変えたほうがいい」と何度も忠告したんだがな。
コボルド側の土地に盗掘に入る奴らを見張るからと言って聞かなかったんだよ。
助けてやりたかったんだが、そん時は俺らもクアール共に襲われていたからな。

そう言ってその男は周りを指さした。
確かに掘っ立て小屋のような建物には大きく傷がついていて、まるで戦場のような雰囲気だった。


こちとら腕っぷしに覚えのある連中ばかりだから、ヴィルンズーンの旦那から近隣の獣退治とコボルド族の撃退を請け負いながら生計を立ててんだ。
もちろんあの集落も含めてな。
だが、まさか同時に襲われるとは思いもしなかったぜ……
こっちは何とか撃退できたが、戦い慣れてねえ奴しかいねえあの集落はひとたまりもなかっただろう。

ここは元々「プアメイドミル」と呼ばれていた集落跡だ。
魔物や蛮族が跋扈するここらで働く木こりたちは、すぐ行方知れずになる。
そして残るは、貧乏な未亡人だけ……
だから「貧乏女の製材所」なんて不吉な名で呼ばれている。
それほど危険なとこなんだよ、このあたりはな。
最近じゃクアールの王どころか、この奥にある「愚か者の滝」にバカでかい怪鳥まで現れやがった。
ジャッカル共も騒がしいし、コボルド共は盗みに来るしで治安がさらに悪化していたんだよ。


やれやれといった表情で話す男。
私は危険と分かっていて何故ここに住み続けているのかと聞いてみると、


簡単な事さ。行き場所が無いんだよ、おちぶれ海賊団にはね。
俺達「猟犬同盟」と言えば、一時期は黒渦団を凌ぐ規模を誇っていた海賊団だった。
だが意見の対立、考え方の相違もあって内部抗争が激化。
それに加えて第七霊災ん時に全ての船を失って「猟犬同盟」は崩壊した。
かなり派手なことをして来ていたからな。自ら崩壊の道をたどった俺らをみんなあざ笑った。
ここに集まった連中は「猟犬同盟」を復活させるという目標に意を共にした者達だが、どこにも居場所なんてなかったよ。

確かに、メルヴィブ提督による霊災後の入植地開拓に乗っかるのも一つの手だったが、うちらはみんな自由を縛られるのが嫌でね。
だからと言って、海賊団まるまるが移り住めるところなんて中々ねえから、第七霊災の混乱で廃村となったここに移り住んだんだ。
もちろん提督の許可は取ったぜ?
金が溜まったらまた船を買って海に戻るつもりだったんだが、獣や蛮族以外に干渉の無いここは思いのほか居心地がよくてね。
俺らはこのまま陸に移り住むことを選んだのさ。

確かに、ここにいる海賊団の団員たちはサマーフォード庄の海賊とは違い、今の生活を受け入れているかのように各々黙々と働いている。
リムサ・ロミンサにはイエロージャケットや黒渦団がいるが、辺境の地の守護まで手が回っていない。
その部分を実戦に強い海賊団が補うことで、穴を埋めているのだろう。
私は改めて男に集落の場所を聞くと、

正直、ガキ一人
がフラフラあるけるところじゃねえからな。
集落の生き残りってことは、おそらく森の中の「抜け道」を使った可能性が高い。
ただ、それでも早く保護しねえと命の保証はねえ。
今日は特に獣共がざわついてやがるしよ。
おい! 何人かついてこい!


とその男が声を上げると、猟犬同盟のメンバーの数人が駆け寄ってきた。


なに? 狩りに行くの?


男の声に反応するように背中に立派な斧を担いだララフェルの少女も近寄ってくる。


ん? これから木こりの集落跡にガキを探しに行くが、お前もついてくるか?

なんだ、子供のおもりか。じゃあいい。


そういってがっかりした様子でララフェルの少女は岩影に座ると、誰もいないところを眺めながらぶつぶつと呟いていた。

海賊の男はやれやれといった表情で「アイツはああいうやつなんだ」と苦笑いしていた。


あんた一人じゃ大変だろうから俺らもついていってやるよ。
救えなかった集落へのせめてもの弔いだ。


私は「助かる」と言って先行する猟犬同盟のメンバーと一緒に集落へと向かった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


集落につくと、無残に壊された建物の残骸がいたるところに転がっていた。
木造とはいえ、まるで踏みつぶされたかのように家らしきものがぺしゃんこになっている。

(いったいどれだけ大きな獣なのだろうか)

「よし、手分けして探すぞ!」と海賊の男が号令をかけると、散開して少年を探す。
ほどなくして猟犬同盟の男が少年を見つけた。


いましたぜ!

やめてよ! はなしてよ!!

おい! 大人しくろよ!! あんまり騒ぐと獣が寄ってくる!!

僕はクジャタに会うんだ! 会わなきゃダメなんだ!!


何とか取り押さえた猟犬同盟の男の腕の中でじたばたと暴れる少年。
私は少しほっとしながらも、緊張がゆるむことはない。
一度破壊しつくされた集落だ。クジャタが再び襲ってくるとは思えないが、声に釣られて他の獣が現れないとは限らない。

早く移動しないと……

そう思った時、猟犬同盟の男が顔を真っ青にしながら呟いた。

おい、やべえぞ……

ふと耳に何か地鳴りのような音が聞こえた。
木々をへし折るような音。そして、

ォォォォォォ……

という咆哮が聞こえてきた。


おいおいおい!
まじかよ!?
早くずらかるぞ!!


慌てて駆け出す猟犬同盟の男。
私は取り押さえている男に駆け寄り、必死に抵抗する少年の手を掴もうとした。

痛だッ!!

少年は掴んでいた男の手の甲を噛み、取り押さえていた男から逃げ出してしまう。
私は少年を掴もうと必死に手を伸ばしたが、うまくかわされてしまい、つんのめって前に転んでしまった。


馬鹿野郎!! 死にたいのかっ!


少年は叫ぶ私たちのことを一瞥すると、ぐっと唇を噛みしめて森の中へと走って消えていった。


くそッ 逃げるぞ!!
ガキのことはあきらめろ!

そう言って逃げ出す男に、私は「俺は後を追いかける!」と言って少年の後を追った。
後ろから叫び声が聞こえるが、無視して私もまた音のする方へと向かって森の中を走り抜けた。


少年を追い森のなかをがむしゃらに走ると、突然開けたところにでた。辺りを見渡すと少年の姿もある。目の前には高い崖があり、少年はその上を見上げていた。
わたしは少年のところに歩みより、見ている先へと視線を移動させた。

(!!!!?)

崖の上には、ひとつの巨大な塊がこちらを見下ろしている。
まるで巨石のような体躯と、体中を覆う長い体毛。
その隙間から覗く小さな瞳が、しっかりとこちらを捉えていた。

私は慌てて子供を抱きしめて、ゆっくりと後退する。
しかし少年は私の手の中から出ようと暴れながら、


クジャタ!!
ごめんなさい!!
聖域を侵したのは僕たちだ!
ずっと守ってくれてたのに。
山の恵みを僕らに与えてくれてたのに。
裏切ったのは僕たちだ。

謝るから……

だから……

だから泣かないで!!


少年は涙で顔をグシャグシャにしながらも必死に叫ぶ。
集落を潰されたはずなのに、
親を目の前で殺されたはずなのに、
決してクジャタを恨むことなく
むしろ必死に謝っている。

それは多分、クジャタの流す涙のせい。

確かに私の目から見てもクジャタは泣いているように見えた。
何かに縛られているように体を硬直させ、
ジッとこちらを見ている。
その目を見ているとふと、あの片目の少女の目と重なった。

助けてほしい……

そう、懇願しているようにも見えた。
しばらくしてクジャタは咆哮を上げ、巨体を揺らしながらゆっくりと崖の奥へと去っていった。

ここからではもう後を追うことはできない。
崩れ落ちて泣きすさむ少年の体を抱きしめながら、私はふと崖下に一つの「死体」が転がっていることに気が付いた。

あれは……コボルド
なぜこんなところに……
まさか、コボルドを殺された復讐のためにクジャタは現れたのか?

そんなことを考えていると「大丈夫かー!!」と叫びながら、斧術士ギルドのメンバーと猟犬同盟の者達が駆け寄ってきた。

第六十一話 「光と影」

なんか久々だな・・・

私はコーラルタワーに向かう前に、工房に立ち寄ることにした。
まだ「嫌疑」は晴れていないとはいえ、監視対象からは外れたことを伝えるためだ。
おやっさんの斧のことはまだなにも情報はないが、途中経過を報告してあげたほうが安心するだろう。


工房の前に立つと、奥から金属を叩く音が聞こえてくる。
一定のリズムを刻みながらも、その一つ一つに力強さを感じさせる音を聞くと、体中の血液がムズムズと色めき立つ。

よかった。
おやっさん、息子さんのことを引きずっていないようだな。

工房に長くいると、金属を打つ音で誰が作業しているのかがわかるようになっていた。
といっても、自分を含めて三人しかいない小さな工房ではあるのだが。

工房の中に入り私は大きく深呼吸をする。
金属の焼けた匂いが、私の体全体に満ちていく。

(ああ・・・帰ってきたんだな)

決していい匂いではないはずなのに、その匂いは何故かそれを強く実感させる。
私は嬉しさを隠すことができず、思わず顔がにやけてしまった。
工房の奥で汗まみれになっていた弟子の男が私の姿を見つけると、


おかえりー!!


と嬉しそうに叫んできた。弟子の男はいつでもどこでも元気いっぱいだ。
私は少し気恥ずかしさを感じながら、相変わらずの頑固一徹ぶりでこちらを一瞥したまま手を止めずに作業を続けるおやっさんに「ただいま戻りました」と礼をした。


・・・・ふん。
少しは斧の扱いは上達したのか?


そう聞いてくるおやっさんに「おもったほどでもない」と苦笑いをしながら答え返すと、私の方をジロジロとみて、


見りゃわかるわ。
なんだその傷のつき方は。
確かに防具は身を護るもんだが、すべてを受け止めるためのもんじゃねえんだぞ?

・・・ほんとに傷だらけ。
随分と危なっかしい奴と闘ったのかい?


小言を言うおやっさんと心配してくれる弟子の男。
私は「ララフェルの少女にやられたんだ」と答えると「・・・ダセえ奴だ」とおやっさんには溜息をつかれ、弟子の男はというと腹を抱えて爆笑していた。
嘘は言っていないつもりだが、私も二人の顔をみて自然と笑いが生まれていた。
なんだろうか・・・ここ最近ずっと陰鬱とした気持ちに囚われていたはずなのに、この工房に帰ってきた途端に心がフッと軽くなる。

「自分から話さない以上、詳しいことは聞かない」

このあたりの配慮があるからこそ、ここは居心地がいいのかもしれない。
「ったく、はやく脱ぎやがれ」と言って、おやっさんは手をヒラヒラさせた。

そんなガタガタな装備を付けていたんじゃ、冒険者として誰にも信用されねえぞ。
金のことは心配するな、修理代はお前の給料からキッチリ差っ引いておくからな。
足りねえ分は……働いて返せ。

おい! 勘定はキッチリつけておけよ!

おやっさんが最後にそう言うと、弟子の男は「かしこまり!」と楽しそうに声を上げる。


私は苦笑しながら身に着けていた防具を脱ぎ、弟子の男に手渡した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


再び「カン! カン!」という甲高い音が工房の中に響き始める。
私はおやっさんと弟子の男に防具を修理してもらっている間、椅子に座りながらぼーっと考えていた。

ひとまず工房の監視が解かれた今、私は再びこの工房に戻ってもいいのかもしれない。
今回の一件で、とりあえずではあるが「人拐い」の糸口をつかむことができた。
後はイエロージャケットや双剣士ギルドにすべてを任せておけば、解決にたどり着けるだろう。

だがおやっさんの息子さんが使っていた斧を持っている人物の特定には至ってはいない。
むしろジャックが言ったことが真実であるとすれば、おやっさんの息子さんは海蛇の舌によって囚われ、「溺れる者」として海蛇の舌の一員になっているかもしれない。

(もしその事実を知った時、おやっさんはどうするんだろうか・・・)

私はどことなく視線を向けながら、取り留めのない不安に襲われた。
ここの工房は温かい。厳しくもあるけれど、人情に溢れ、笑いに満ちている。
そんな工房の灯が消えてしまうこと。
そのことを考えると、心がどんどんと沈んでいった。

突然、

「ガンッ!!」

という衝撃が脳天を襲う。

イダッ!!!

衝撃と共にじんわりと広がっていく痛みに耐えきれず、思わず声が出た。
突然のことに、目がチカチカとしている。


何ぼーっとしてやがる。
出来たぞ。


いつの間にか私の前には、分厚い金属のプレートを片手に持ったおやっさんが立っていた。
どうやら私はそのプレートで頭を思いっきり殴られたようだ。
仁王立ちするおやっさんの傍らには、新品同様になった防具が置かれていた。

この短時間でこの仕事。
やはりこの二人は末恐ろしいな・・・

修理の終わった防具を見ながら感心する。
しかし何故だろうか。
今の私はこの防具を着直すことを躊躇してしまう。

私と同じ「不死」であるかもしれない片目の少女・・・
ウルダハでの一件を知っている黒い入れ墨の男・・・
人拐いにあった人の行方・・・
おやっさんの斧の持ち主・・・

確かに、真実を追いかけたい気持ちもある。
でも私はここの工房に戻り、再びの日常を取り戻したいという願望もあるのだ。
すべての問題を置いてけぼりにし、日常に沈みたいと願う私の心は、
逃げでしかないのだろうか・・・


どうした?
行くんだろ?


私の迷いを感じ取ったのか、
おやっさんは私に静かに告げる。


お前が自分で決めたことだろ。
最後までしっかりとその目で見てこい。
それまではここの工房にお前の居場所はねえ。
それにな、今のお前じゃ俺を納得させる「斧」は作れねえよ。


そう言って、おやっさんは工房の奥へと引っ込んでしまった。
唖然とした顔でおやっさんの背中を見送った私に弟子の男は、


だいじょうぶだよ。
監視は解いたってわざわざレイナーさんが伝えに来てくれたんだ。
あんたの活躍のおかげだってさ。
おやっさんはあんたの覚悟を聞いて、自分もまた覚悟を決めたんだ。
なにがあろうとも、今度はちゃんと事実に向き合うってね。
それに例え悲しいことになったとしても、
俺とお前がいれば問題なし!

だからさ・・・

おやっさんの斧のこと、頼んだぜ。


弟子の男は私に深々と礼をする。
感極まって涙腺が刺激される。
私はそれをぐっとこらえながら、

「行ってきます!」

と叫んで、工房を後にした。

 

 

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目を開けると、淡い青色の光が仄暗い周りを弱く照らしていた。
木々や草木は一本たりともなく、すべてが強力な力で洗い流されたかのように剥き出しになった岩盤には、奇妙な貝やサンゴのようなものがいたるところに張り付いている。
青い光の差す方を見ると、そこには形の揃えられていない原石のままのクリスタルの塊が見える。
人が作ったものではなく、無造作に積み重ねただけの粗末なものだ。
私は腕を動かしながら、傷だらけだったはずの体を確認する。


(谷底へと叩きつけられたダメージはない。ナイフが刺さった傷も消えて・・・いない?)

体に刺さった傷は消えていたが、手に刺さったナイフの傷は消えることなく残っていた。
私の片目が直らないのもそうだけど、死んでもなぜか完全には直らない。
痛みもなく手の動きに不自由はないものの、痛々しいほどの傷跡がしっかりと刻まれている。

(男の人にとっては勲章かもしれないけど、残念なことに私は女の子なのよね・・・)

傷のついた手のひらを薄暗いクリスタルの光にかざしながらぼーっと眺めて考える。

あーあ・・・死んじゃった。
なんとかセヴリンは始末したけど・・・ほんとあの幻術士のババア、邪魔くさい!
今度会ったら絶対殺してやるんだから!

でも・・・作戦は失敗だったし、アジトに戻ったらまた酷いことされるのかな・・・
嫌だなぁ・・・弱っちいやつに好き勝手されるのって、ほんとに腹立つんだよなあ。

私がどれだけ「殺したい」のを我慢しているのか分かって欲しいよ。

私は傷が残ったほうの掌に意識を集中させる。
すると周りから何かを吸い上げるような感覚が湧き上がる。
そして次第に手には光が集まりだし「ポンッ」という軽い音と共に幻獣が出現した。

やっぱり集中力が大事・・・
心の動揺は最大の敵・・・かな

ごく最近のことではあるが、私は魔道書なしで幻獣を作り上げることが出来るようになっていた。
日に日に高まっていくエーテルの奔流を感じながら、私は現出した幻獣に魔力を注ぎ込む。

ギュギュ・・・

幻獣は苦しそうに身悶え始める。
私はそれでも魔力を注ぎ続けると「パアンッ」という大きな音を立てて幻獣は爆発した。

この役立たず・・・

たとえ私が強くなろうとも、幻獣の限界は決まっているようだ。
再び幻獣を現出させ、魔力をとめどなくつぎ込む。
そして先ほどと同じように、幻獣は大きな音を立ててはじけ飛んだ。

もうほんと・・・大っ嫌い。

私は再度幻獣の現出をさせ、今度はじっと睨みつけた。
当の幻獣はそんな私の感情を何もわからないかのように、ただただ従順につき従う。

私はこいつが嫌いだ。
だってこいつを生み出す力をもっていたがために、
私は海賊にさらわれて、
私の大好きな村は人質にされたのだから。
あまつさえ死ぬことすら拒まれて、
「人殺し」にまで身を落としてまで、
私は表立って歩くことのできない明るい世界を、
黒く染め続けなければならないんだから。

私は幻獣の頭に手を乗せて、ぎゅっと押さえつけた。

私はおまえ憎い。
だからこれから先も、
私の「身代わり」として
いっぱい
いぃっっぱい・・・

死んでもらうからね。

もし私を憎いと思うなら、

お前が私を殺してみなさいよ。

そして私は再び幻獣に魔力をつぎ込んで、苦しむ表情を見ながら爆発させた。

 

その音を聞きつけたのか、「ひたひた」という音を立てて人とは違う足音が近づいてくる。
私はその気配を気にすることなく、かざしていた手を下ろしてゆっくりと立ち上がった。


フスィー

隙間から漏れ出すような吐息を立てながら、異形の生き物が私の前に立つ。
体は鱗に覆われ、手足には水かきのような膜が張っている。魚と人とを組み合わせた奇形の体躯は、吐き気をもよおすほどに気持ちが悪い。
まあ見慣れてしまった私はなんてことはない。
むしろ、欲に溺れた人族の下卑た笑い顔の方がよっぽど気持ちが悪い。


フスィー
星の加護を受けながら、同族の業に縛られしヒレナシの子よ。
お主はまた死を受け入れたのか。


このサハギン族の男は流暢にヒト語を話す。
言葉にどこか古臭さはあるけど、理解できないほどではない。
「また」と言われるのは癪だけど、思い返せば確かに初めはよく死んでいた。


別に受け入れたつもりはないよ。
わたしはただ捕まったら終わりなだけ。
生きたまま捕まるんだったら、例え死んででも逃げなければならないの。
死んでも逃げられればOK、捕まった時点で生きていたら即ゲームオーバー。
ね? とても素敵なゲームでしょ?


私は変な踊りを踊りながらおどけて見せる。
しかしそれを見てもサハギン族の男は固まったまま、


フスィー
小さき身に大いなる星の力を宿すヒレナシの子よ。
そこまでに主を縛る「鎖」とはなんなのだ?
今の主が本気を出せば、あの「溺れしヒレナシの群れ」など簡単に屠れるであろう?
我には主を縛る鎖が見えぬ。
その見えぬ鎖は主の命よりも重いものなのか?


私は正直こいつのことが苦手だ。
サハギン族の奴らはみな人族を下に見ている。
自然の理に逆らい、神を愛せぬ「愚か者」として。
だけれど、このサハギン族の男とその仲間だけは違う。
何故だかは分からないけど、私に対してだけは常に「対等」であろうとするのだ。


命より重いものなんて「命」しかないじゃない。


私は面倒くさそうにそう答える。
正直やめてほしい。対等な関係なんて私はいらない。
悪者は悪者らしく、高圧的で、利己的で、暴力的で、傲慢で、差別的で、残虐であればいい。
でなければ、

いざ殺す時に、躊躇してしまうから。

 

ん? なんだ? ノォヴもいたのか?


そう言いながら、黒い入れ墨の男が現れた。
この男だけは私が死んだときに出現する場所を知っている。
何故なのかはわからない。


ノォヴ、あんたを探す手間が省けたぜ。
その後の様子はどうだい?

フスィー・・フスィー・・・
黒き墨のヒレナシよ。
今一度問うがこの人の子の鎖を外すことはできぬのか?

あん? なんだよ突然。
何度も言っただろ? それは「俺」の問題じゃねえってな。
聞きたきゃうちの頭に言いなよ。
サハギン族様に脅かしかけられりゃ、ペコペコしながら開放するだろうよ。

だが、これだけは言っておくぜ?
それでこのガキが「救われる」と思うのは大間違いだ。
それにどうやら自分を解放する「唯一の手段」って奴をこいつは知っているようだしな。


そう言って黒い入れ墨の男は私のことを指さした。

それをわかっていても態度を変えないのは何故だろう?
自分だってその対象に入っていることは分かっているだろうに。


で、話を戻すがおたくらの大将はどんな感じだい?

こちらも何度も言うが、我らは奴らとは違う道を歩むもの。
我は「リヴァイアサン」様の力を借りることを望まず、人との共存を模索する。
いたずらに戦を望むあやつらと同じにされては腹の虫がおさまらん。

ああそうだったな、悪い悪い。
「ズゥグ」一味の動きはどうだい?
うちの頭がアイツに脅されたみたいで、随分と焦っていたようだが。

フスィー
どうやら主らの国を落とすために計画される「傾覆の巨船」の準備を進めているようだ。
そのために築かれし長壁前に兵力を集めている。
名だたる戦人を集めているところを見ると、今回はどうやら本気らしい。

こちらの役割は「陽動」とのことらしいが、あの戦力だとお主らの港を落とす勢いだぞ。


おぉお・・・そりゃ恐ろしいこって。


黒い入れ墨の男はまるで他人事のように喜々とした様子だ。
そして「あんたも参加するのか」と聞くと「われらにその意義はない」と突っぱねた。


その方が助かるわ。
あんたに暴れられたんじゃ、敵も味方もないからな。


と肩をすくめて私の方に向き直ると、何かに気が付いたのか今度は不審な表情をして私に問いかけた。

なあおい。
さっきから気になっていたんだが、おまえ魔導書はどうした?


私は俯き、ナイフの刺さった後のある手を前に出しながら「回収できなかった」と報告した。


あぁ!? まじかよ!


私は暴力を振るわれると思い身構えたが、黒い入れ墨の男は私を痛めつけるでもなく、何かを考えるかのように顎に手を当てた。


魔導書は巴術士ギルドの奴らが管理してるからな・・・おいそれと手に入るもんじゃねえ。
しょうがねえ・・・弱そうな冒険者でも襲って自前で調達してこい。

おとがめは無し?

凹まねえもん叩いても無駄だからな。
それにおまえ、本当は必要ねえだろそれ。
ただ持ってねえと騒ぐ奴がいるから、形だけでもいいから持ってろ。

……作戦失敗の件は大丈夫なの?

はっ! あれの失敗はこっちのせいじゃねえ。
せっかくマディソンの馬鹿に得点稼ぎの機会を与えてやったのに、舐めてかかるからあんな失態を犯すんだ。
確かに幻術士の女と冒険者の登場は予想外だったが、双剣士ギルドの奴らが追っかけてくることは事前に伝えておいてやったってのによ。
お前に「しりぬぐい」をさせた時点でアイツの作戦は失敗だ。
もちろん、捕まらなかっただけこっちの仕事は成功だがな。


・・・冒険者・・・か。

考えないようにはしていたけど、やっぱりそれは無理らしい。
生き返ったかもしれないあのおじさん冒険者。
私はその冒険者に動揺し、倒しきれずに死んでしまったんだ。
それさえなければ、例え双剣士ギルドに囲まれたとしても切り抜ける自信はあったのに。
私は決心を決めて、その冒険者のおじさんのことを黒い入れ墨の男に報告した。


なに!? ウルダハで始末した男が生きていただと!?


普段あまり驚かない黒い入れ墨の男さえも、今回ばかりは表情を変えて声を上げる。


見間違いじゃねえのか?
俺とお前はそいつが死ぬところを確かに見たはずだぜ?
顔をキキルンの長い爪で貫かれて、それでも生きているたぁ、そいつはゾンビになった死者か、

・・・あるいはお前と同類か。

そこまで話すと、黒い入れ墨の男は押し黙って黙考する。
こいつもまたそのおじさんに顔を知られているのだ。
しかし私は、体の奥から湧き上がる感情に身をやきもきする。

(この件は男の指示に従うのではなく、自分の意思で決着をつけたい)

私はついにその感情を押さえつけることができず、

私、もう一度その男を殺してみたい。
今度は確実に。
頭も心臓も、グチャグチャになるまで。
私がそうであったように。
そうすれば、わかると思う。

そう、男に懇願した。
私の進言にビックリしたような表情を浮かべる黒い入れ墨の男はどこか嬉しそうに、

わかったぜ。
その男のことは俺が調べる。
場所の指示は俺がするから、それまでは「おあずけ」だ。

しかし、いい表情するようになったじゃねえか。
今のお前は正真正銘、どこから見ても立派な「悪党」だよ。

と褒めてきた。
不本意ではあるけれど、否定できる余地は何処にもなかった。
たとえそのおじさん冒険者が不死であったとしても、
陽の元を堂々と歩ける「正者」である以上、私にとっては敵である。

でも、もしかしたら囚われた村を救ってくれるかもしれない。
彼らは私のことを調べている。ひょっとしたら私の村までたどり着けたかもしれない。
それに、死なないということは普通ではできない無茶ができる。
そう、私のように。


そんな自分勝手な一途の望みを、
私は心のどこかで抱いていた。


私と黒い入れ墨の男との会話をジッと聞いていたサハギン族の男が口を開く。


命の鎖に捕らわれしヒレナシの子よ。
歩む道を見失うようであれば我を頼れ。
主は壊れるには少しばかり惜しい。

おいおい!
こいつを勧誘するなら飼い主である俺を通しな!

・・・・・。
ならば、飼い主が「いなくなった」時にまた声を掛けるとしよう。
ではさらばだ。

“蛮神を作りし一族の末裔よ”

そう言って、ノォヴは去っていった。

 

------------------------------------------------

俺にガキの面倒を見ろと?

団長代理に呼び出しを受けた俺は、イライラとする感情を何とか抑える。
久しぶりにアジトに戻ってみれば、どこの馬の骨ともわからねえ「新参者」がわんさかいた。

また「溺れる者」を増やしているのか……
喰いぶちも安定しねえってのに、この先どうするつもりなんだろうね。

大方サハギン族の奴に脅しかけられて増やしてんだろうが、計画ってもんは必要だと思う。
まあ「おまえが言うな」って話だが。


代理。
俺がガキのことが大嫌いだってことぐれえ知っているでしょうに。
そういうのが「大好き」な奴もいるんじゃねえですかい?


ああ……そいつなら死んだよ。
そのガキの手によってな。


俺は団長代理の話を聞いてピクリとする。
いい大人がガキに殺されただって?
確かにあの変態は雑魚中の雑魚だったが……


……ほう?
俺のいない間に随分とおもしれえことになっていたんですね。
ガキに殺される団員ってのも笑えるけどな。
そんなおもしれえ余興、俺も見てみたかったぜ!


俺はハハハッと高笑いする。


村人を人質に手懐けたまではよかったが、薄気味悪いってんでみんな嫌がりやがる。
「仕事」に出させても飼い主の方がビビりやがるから、今一使いどころに困ってるんだ。
おまえ、狂犬の扱いには慣れているだろ?

残念ですが俺の専門は「人」以外でね。
理性とかいう邪魔なもんがある「生き物」、特に話にもならねえガキは大っ嫌えなんだ。
そいつがどんなもんかは知らねえが、キレちまってうっかり殺しちまっても知りませんぜ?

それについては大丈夫だ。
そいつは死なねえ。

はっ? 死なねえ?
何ですかい? 代理はゾンビの子守りを俺にしろと?

違う。本当に死なねえんだよそいつは。
犬に食わしたんだが、いつの間にか復活していたんだよ。

……相変わらずゲスい趣味をお持ちで。
犬の餌すら足りてねえってのが涙を誘うところではありますがね。
するとあれですかい? 「特別な者」ってやつですかい?

察しがいいな。
そいつは「召喚士の末裔」が住むって村からさらってきた奴なんだが、
商人が言うには「本物」らしいんだ。

あん? 召喚士?
何ですかそりゃ?

蛮神を召喚できる「巴術士」と言ったところか?

ぷっ…ははははっ!!!
一回の神おろしで年単位の準備が必要なもんを呼び出す奴がいるって?
代理、疲れてんなら休んだ方がいいですぜ。
疲れは思考を侵すばかりかお肌にも大敵……

バカにするな!!

団長代理の男は私の煽りに腹を立てて机を力いっぱい叩く。
正直この男で遊ぶのは少し楽しい。
小物のくせに大物ぶっている大抵の奴は、反論できなくなるとかんしゃくを起こす。
力でねじ伏せればいいものの、変に力の上下関係だけには敏感だ。
そんな男が団長代理になれるほど、海蛇の舌は泡沫の海賊団でしかない。

今でこそ規模が拡大している「海蛇の舌」だが、元々は食い扶持を得るために盗賊にまで身を落とした落ちぶれの海賊団だ。
今の団長が海蛇の舌の頭目になってからというもの、サハギン族と手を組み、リヴァイアサンを信奉し始めるというわけわからんことになったが、
それでも今はリムサ・ロミンサにとって無視できない存在となっている。
正直、虎の威を借りた「張りぼて」でしかない海蛇の舌が「組織」として機能していることに驚きを隠せない。

会ってみりゃわかる。
疑うんだったら一回殺してみろ。

分かりましたよ。
初めは乗り気じゃなかったが、代理の話を聞いて断然興味が湧いてきました。
初めに断っときますが、俺が「飼い主」になる以上「躾け方」は俺に任せてもらいますよ。


私の言葉に苦々しい顔をしながらも「……いいだろう」と声を絞り出した。
ガキをこの俺に預けるというのはこの男にとっては「最終手段」だったんだろう。
俺はこの団長代理に嫌われている。
俺も海蛇の舌は途中参加組だが、自分の地位を侵しかねない俺を敵視している感がある。
どこまでも「小物」だ。


番犬として期待されながらも、既に鼻つまみ者にされているガキはどんな奴か。
ワクワクしながら俺はガキが閉じ込められている独房へと向かった。


~~~~~~~~~~~~~~~


独房に着くと、小汚いローブに身を包んだララフェルのガキが膝を抱えて座っていた。

こいつか?

私は独房の看守に確認する。
看守は「今度はあんたが飼い主になるのか?」と聞いてくる。
俺は「俺に見合うペットかどうか、確かめに来たのさ」と返した。

独房の中に入り「おい」とガキに声を掛ける。
すると、まるで幽霊のようにゆっくりと、ガキは俺の方を向いた。

ゾクッ!!

ララフェルのガキの目を見た途端「ザワッ」と全身に鳥肌が立つ。
元は綺麗であったであろう肌は黒ずみ、薄桃色であっただろう髪の毛も地肌に近いところから黒く変色していた。
ララフェルの片目は白く濁っている。しかし、その目もまた俺のことをしっかりと見据えていた。

こいつは……
想像以上かもしれねぇ……

過去闇落ちした奴を幾人も見てきたが、ここまで完璧に闇に沈んだ奴を見るのは初めてだ。
絶望に身を沈めながらも、こいつの目はまだ生きている。

こいつのこの目は、

どす黒いほどに汚れた「復讐」を決意している目だ。


おいガキ。
俺がお前の飼い主だ。
よろしくな。

そう言って、俺はララフェルのガキを力いっぱい蹴り飛ばした。

ぐぅ……

ガキの口から、くぐもった声が聞こえてくる。
それを聞いた瞬間、俺の体に「ゾワゾワッ」とした感覚が立ち上る。

こいつ、必死に耐えてやがるな。
無感情を装っているかもしれねえが、俺にはわかるぜ?
お前の中を、いまどす黒い感情が暴れているってことをな。

屈辱に身を焦がされながらも、気たるべき日を望んで耐える姿。
絶望の中から唯一たどり着いた「一縷の希望」。
たとえその希望が「真っ黒」に汚れていても、
俺はその身もだえながら耐える姿が「美しい」とさえ思った。

なにより、ここの海蛇の舌の誰よりも「覚悟」が決まっている。


いいぜ。

俺はお前のその望み。

叶えてやるよ。

だから今はせいぜい、

闇を育みな。

第六十話 「緊急招集」

 

同日夜 黒渦軍司令部 緊急招集


参加者
メルヴィブ・ブルーフィスウィン(リムサロミンサ 国家党首)
エインザル・スラフィルシン(黒渦団幹部 外洋警備統括)
ブルーエイディン少甲佐 (キャンプオーバールック 担当)
ギムトータ大甲士(モラビー造船廠 警備隊長)
ファルクブリダ中甲佐(キャンプスカイバレー 防衛総指揮者)
ル・アシャ大甲佐(軍司令部 特殊陸戦隊の隊長)

GUEST
レイナー・ハンスレッド(イエロージャケット司令官)
ヴィルンズーン・セルスミンドシン(斧術士ギルド ギルドマスター)
トゥビルゲイム・グルドヴァイツウィン(巴術士ギルド ギルドマスター代理)
バデロン(リムサ・ロミンサ 冒険者ギルド ギルドマスター)

欠席者
ジャック・スワロー(双剣士ギルド ギルドマスター)
ヤ・シュトラ(バルデシオン協会 蛮神調査 特使)

 


(メルヴィブ)
皆の者は集まったか?
・・・・・
さすがに急な招集だけに全員は揃わぬか・・・・
だが時間がもったいない。始めるぞ。
議事をとって欠席者には伝えよ。


さて、貴公らを招集したのは他でもない。
現在リムサ・ロミンサを中心として各地で不穏な動きが出ているのは皆の知るところだと思う。
だが、ここにきてあまりにもその動きを看過できぬ状態にある。
だから今一度ここですべてを整理したい。

まずはファルクブリダ、サハギン族共の動向について報告せよ。

(ファルクブリダ)
はっ。現在スカイバレー北南防波壁の警備隊長からの報告をまとめると、防波壁周辺のサハギン族の数が激増しております。
今のところは小規模な衝突程度で抑えられていますが、なにか殺気立つような不穏な雰囲気を感じます。
またどこからか武具が持ち込まれているようで、サハギン族共の武装が整ってきている印象です。
サハギン族の中に「海蛇の舌」の者も紛れておるため、どうやら海蛇の舌がサハギン族への武具の供給を行っているのではないかと思われます。

(メルヴィブ)
リヴァイアサン召喚の方はどうだ?

(ファルクブリダ)
確実に準備は整いつつあると予想されます。
現在のクリスタルの量に関しては把握できておりませんが、一時期大量にウルダハから持ち込まれていたことを考えると、かなりな備蓄量となっているかと思います。
手下である「海蛇の舌」の人数が増えているところを見ると、さらにペースは上がっているかと。
ヤ・シュトラ様の調査では、かなりのエーテル量を観測しているとのことでした。

(メルヴィブ)
海蛇の舌・・・か。

(レイナー)
海蛇の舌についてご報告申し上げたいことがございます。

(メルヴィブ)
話せ。

(レイナー)
はい。海蛇の舌についてですが、かねてから噂されている「人拐い」の疑いがはっきりしてまいりました。
まだ確証には至っておりませんが、先日人拐いらしきの事件に我々も遭遇しております。
双剣士ギルドを筆頭にヤ・シュトラ殿、そして一人の冒険者の協力の元、人拐いの現場を押さえにいったところ、正体不明の妖異と「幻光の影法師」と呼ばれる少女によって阻まれたとのことです。

(メルヴィブ)
被害者はどうしたのだ? 連れていかれたのか?

(レイナー)
いえ・・・被害者たちは逃走経路の途中で死亡しており、口封じのために殺されたのではと言われています。
被害者たちを扇動した容疑者の男も「幻光の影法師」により抹殺されたとのこと。遺体は既に収容し、サマーフォード庄のシュテールヴィルンにより本人と確認が取れております。
逃走経路であった隠された洞窟は「サスタシャ浸食洞」の奥につながっているのではと予想しておりますが、現在は落盤の為塞がれてしまっております。

(メルヴィブ)
「幻光の影法師」か。
あのやっかいな奴が海蛇の舌の仲間だったとはな。

(レイナー)
そのことですが、「幻光の影法師」は双剣士ギルド達に追いこまれ、谷底へと身を投げたとのことでした。

(メルヴィブ)
仕留めたのか!?

(レイナー)
いえ、たしかに双剣士ギルドによるナイフの一斉掃射を浴び、もはや死に体だったとのことでしたが、未だ遺体の発見には至っておりません。

(メルヴィブ)
それでも生き延びていると?

(レイナー)
現在も捜索中ですが、ささやきの谷の滝つぼには地中へと流れ込む水穴がいくつもあるため、そこに呑み込まれた可能性も捨てきれません。

(トゥビルゲイム)
「幻光の影法師」のことで一つご報告したい。
その少女が使っていた魔導書は、巴術士ギルドのメンバーが使っていたものと判明した。
その魔導書は御禁制品持ち込みの臨検時に「デュースマガ」により強奪されたもの。
どうやら闇ルートを通じてその少女の手に渡ったと思うのだが・・・一つおかしな点があった。

実はその魔導書の魔紋の一部が書き換えられていて、それが伝説の「召喚士」の扱う魔紋と酷似していたのだ。

(メルヴィブ)
召喚士だと?
・・・レイナー。一年前の連絡船事故の生き残りの少女は確か「召喚士の村」出身と言っていなかったか?

(レイナー)
正確には「召喚士の末裔が住む伝えられる村」ですが、ミリララの調査報告によるとそれは間違いないかと。

(トゥビルゲイム)
その集落のある地方の入り江で見つかった「原書なる魔導書」。
それに描かれている魔紋と「幻光の影法師」によって書き換えられた魔導書の魔紋が酷似していることを考えると、その少女が「召喚士」であることは疑いようはないだろう。

(レイナー)
その少女は連絡船を襲った一味の仲間で、襲撃時に仲間と逸れ、我々を利用してエールポートまで移動。そして仲間と合流して姿を消した・・・
我々はそう推測しております。

(メルヴィブ)
・・・そうか、あの少女が。
人違いであってほしいものだが「幻光の影法師」があの少女であり、しかも伝説の「召喚士」であるのならば、確かに死体をみるまでは油断はできぬな。
しかし、なぜそこまでの者が「海蛇の舌」なんかに組いっていたのだ?
しかも年端のいかない少女だぞ?

(レイナー)
少女は谷に身を投げる際に「私を止めたければ、みんなを助けてみなよ」と呟いていたそうです。

(メルヴィブ)
・・・その言葉からすると、何か弱みを握られていたということか?

(レイナー)
おそらく・・・
予想できるのは村から消えた住人達のこと。
海蛇の舌は捕らえた住人の命を人質にして、召喚士の少女に殺しをさせているのではないかと。

(ヴィルンズーン)
ちっ下衆共が!
しかし海蛇の舌の人数が増えているということは、ひょっとして拐った連中を団員にしてのか!?

(レイナー)
そう考えたほうが自然だと思います。
団員になることを強要されるというより、強制的に団員となっている。
海蛇の舌は蛮神「リヴァイアサン」を信奉し、サハギン族と行動を共にしている異端の海賊団。
奴らはサハギン族の力を借りて、捕らえたものを何らかの方法で「溺れる者」にしているのでしょう。

(エインザル)
それが本当の話だとすると、海蛇の舌の団員をむやみに切り捨てるわけにもいかぬか。
「溺れる者」になり果てたとはいえ、元は普通の者だったのだからな。

(ファルクブリダ)
そのあたりは問題ないでしょう。
団員数が増えているとはいえ、元が元だけに戦いに向いている者は意外と少ない。数で押されない限りは手心を加えることは可能です。
ただ「溺れる者」から脱する方法が見つかっていない現状、捕らえたとしても隔離し続けなければなりませんけど。

(メルヴィブ)
それはそれで問題か・・・
であれば、やはり早急に海蛇の舌の中枢を壊さなければならないな。
ファルクブリダ、サスタシャ浸食洞の内部調査の首尾はどうだ?

(ファルクブリダ)
それが・・・サスタシャの内部調査についてですが、以前には見かけなかったような凶暴な魔獣で溢れており、倒しても倒しても再びどこからかともなく湧いてくるため中々奥まで進めていないのが現状です。もっと調査に人員がいればいいのですが、ただでさえサハギン族の動向に注視が必要な状態で、防波壁の防衛に回している人員を割くわけにもいきません。

(メルヴィブ)
バデロン、そのあたりの調査護衛を冒険者に募れないか?

(バデロン)
分かりました。では正式に公募を募りましょう。
ただ・・・手練れの冒険者はイシュガルドやアラミゴの解放運動への参加、そして最近では東方の国「ドマ」へと流れているようで集まっても新米揃いになるがそれでもかまいませんか?

メルヴィル
選んでいる余裕はないからな・・・
新米の公募者については事前に訓練を受けさせるようにしろ。
必要ならば武具も支給してやれ
とにかく、戦死者が出ないよう人選は慎重に頼む。

(バデロン)
了解しました。

(ル・アシャ)
しかし解せないのは、それほどまでに侵入が難しい洞穴内に不審な集団の出入りがあったことですね。
海蛇の舌は先ほどファルクブリダさんが言った通り戦闘訓練のしていない寄せ集めの集団ですから、個々人の戦闘技術は並み以下です。
にもかかわらず黒渦団ですら苦戦する深部に到達できるとは到底思えません。

(エインザル)
まさか魔獣どもを手なずけているとか?

(ル・アシャ)
どこかに安全な秘密の抜け穴がある・・・とか?

(ファルクブリダ)
抜け道は探しましたがどこにもありませんでした。
魔獣に関しては・・・どうでしょうか?
ヴァナ・ディールにいる「獣使い」がもし海蛇の舌にいるとしたら、それも考えられますが・・・

(メルヴィブ)
召喚士の少女を拐う連中だ。
「獣使い」をどこからか拐ってきたということは否定は出来んだろうな。

(ヴィルンズーン)
魔獣について一つ俺からもいいか?
リムサ・ロミンサ勢力圏内の魔獣討伐はうちの斧術士ギルドが担っているが、現在サスタシャに限らずラノシア全土で魔獣が増えだしている。
みな知っているかとは思うが、害のねえはずの獣までもがとち狂ったように人を襲う例も増えている。
原因は獣の王とされる「老獣達」が凶暴化したことにあるな。
縄張りを犯さない限りは襲ってくることが無かった奴らが、狂ったように人里を襲う事態が頻発している。

(ル・アシャ)
クジャタのことですか?

(ヴィルンズーン)
いや、クジャタだけじゃねえ。ちょっと前にはプアメイドミルがクアールの王に襲われた。
まあそんときゃプアメイドミルの廃村に住み着いた「猟犬同盟」の奴らが何とか追い返したようだし、コスタ・デル・ソルに出現した蟹の王「キャンサー」はゲゲルジュの雇った冒険者達によって何とか追い返したらしい。スウィフトパーチのあたりじゃドードーやグリダニアにしかいねえはずの妖花のバカでかいやつが居座り始めた
対抗戦力に宛てがあるところはなんとかなっているが、クジャタのように神出鬼没な老獣には対応しかねている状態だ。

(メルヴィブ)
ラノシア全土での魔獣の凶暴化か・・・
それは蛮神召喚の影響・・・とも考えられないか?

(ヴィルンズーン)
それもあるかもしれんが、考えれば蛮神召喚が行われたことは過去幾度とあった。
もちろん召喚強度の大小はあるが、過去の蛮神召喚時にここまで獣が荒れたことはない。
もちろん老獣にしてもな。
それを考えれば、蛮神召喚の影響は間接的にはあるだろうが、それ以外に理由がありそうな気がする。
とすれば「獣使い」って奴の存在もあながち間違いないんじゃねえか?

(ル・アシャ)
「獣使い」にそれだけの数の魔獣を使役する力があるのでしょうか・・・?
一匹二匹ならまだしも、大陸全土の魔獣を配下に置くレベルの「使い手」というのは聞いたことがありません。

(ブルーエイディン)
その他大勢の獣については分からんが、クジャタに関して少し気になることがある。
コボルド族の勢力圏に入り込んで盗掘している奴らのことなんだが、奴らはどうもクジャタの縄張りに入り込んでいたようだ。
押収物を見る限り前までは希少鉱物が中心だったんだが、最近は「クリスタル」が多い。
もともとクジャタの住む森はクリスタルの宝庫で、コボルド族の蛮神召喚時の燃料庫となっているんだが、それを盗掘されたことに怒ったコボルド族共が盟約を放棄して南下を始めやがった。
俺としてはクジャタに関してはその影響が強いと思っている。
クジャタに関して「操られている」のではなく、怒っているのだと。
クジャタは山の神「タイタン」の使い。その子らであるコボルドの怒りに共鳴しているんじゃねえか?

(レイナー)
次に狙われるとしたら・・・・

(ブルーエイディン)
間違いなくレッドルースター農場だろうな。
あそこは勢力圏境に近いこともあって昔からコボルド族に農作物が被害にあっている。

(レイナー)
分かりました。
レッドルースター周辺の警戒を強化しましょう。

(メルヴィブ)
ふぅ・・・「蛮族」に「蛮神」に「魔獣」に「逸れ海賊団」か・・・
復興が進んできたとはいえ、日増しに問題ごとが増えるばかりだな。
救いなのはガレマール帝国の奴らが大人しいということぐらいか。

(エインザル)
海賊団といや、海蛇の舌以外にも不穏な動きがあります。
リムサ・ロミンサで最大規模を誇る海賊団「断罪党」は、第七霊災後に姿を消した党首「ヒルフィル」不在の影響で、後継者を争って派閥が分かれてきているのは承知かと思います。
その内の急進派の連中の動きが活発化しており、どうやらそこにリムサ・ロミンサを追放された海賊共が合流しているようです。
一年前に巴術士ギルドによる臨検に引っかかった偽装密輸船に乗っていた「デュースマガ」。
リムサ・ロミンサを追放された奴が姿を現したのもその影響かと。

(ギムトータ)
それならば掟破りの罪で船をはく奪され陸に上がった海賊「アーツァフィン」の姿を見かけたとの報告もあります。
モラビー造船廠のリーダーであるアートビルムの父親だけに難しい問題ではあるのですが、最近ではモラビー造船廠近郊でよく見かけるとのことでした。
現時点では何か問題を起こしたということはありませんが、目的がはっきりしていないため、動向を注視しているところです。

(レイナー)
それを言うなら、猟犬同盟を離れた「闘犬一家」も断罪党急進派と接触していると噂があります。

(メルヴィブ)
独立独歩が主の「海賊」の集まりであるが故の弊害か・・・
とてもではないが「一枚岩」とはなりきれんな。
民を思えば反感が生まれ、のさばらせれば国が倒れる・・・
全部を押さえて「排除」するのが正しいのか、譲歩により問題を先延ばしするのが正しいのか。
判断の難しいところだな。

(エインザル)
我々は誇り高き海賊です。「掟」破りには正しき「制裁」を。
私は前者が正しいかと思いますよ。

(メルヴィブ)
そうか・・・そうだな。
すまん、柄にもなく弱気なことを言ってしまったな。
エインザイル。奴らの会合を押さえられんか?

(エインザイル)
やつらはどうやら外洋にて隠れて集まっていることが分かっております。

(メルヴィブ)
どこだ?

(エインザル)
……シェルダレー諸島、魔の海域の中です。

(メルヴィブ)
……なに? 霧髭の?

(エインザル)
……オホン!
どこかに安全な「航路」が存在するのでしょう。
魔の海域にいる船を押さえるのは難しいため何とも言えませんが、どうやらそこで船を乗り換えたり積み荷を移動しているようです。
トゥビルゲイムよ、海都への持ち込み品に代わったところはないか?

(トゥビルゲイム)
ふむ・・・特段ご禁制品や危険物が不法に持ち込まれている様子はないな。
・・・しいて上げるとすると、断罪党からはここ最近はガレマール船から強奪してきたとみられる「機械の部品」の持ち込みが増えてきている。
使用目的は「設備修理のため」ということだ。部品だから特に違和感は感じなかったのだが。

(エインザル)
断罪党が「機会の部品」?
浮島と化しているアスタリシア号もさすがにガタつき始めているのか?

(トゥビルゲイム)
まあ念のためその部品がどう流れているのか調べてみるよ。
急進派の手に渡っているとすれば、さすがに疑わなければなるまい。
奴らは「反メルヴィブ派」だからな。

(メルヴィブ)
リムサ・ロミンサ内の内偵には双剣士ギルドにも協力させよう。
「掟破り」が見つかれば、彼らに裁いてもらった方が早い。
バデロン、各拠点での情報収集のため冒険者の力も借りたい。
サスタシャの件と重なるが、頼めるか?

(バデロン)
話を聞くだけなら問題ないでしょう。
ただし、あまり突っ込んだことはやらせませんよ?

(メルヴィブ)
それで構わない。

問題は山積みではあるが、一つ一つ解決していくしかない。
各所連携の上、改めて情報を集めよ。
緊急性の高いところから潰していくぞ!

では解散!

 

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(エインザイル)
提督、お疲れさまでした。

(メルヴィブ)
ふぅ・・・皆よくやっていると思うが、ここまで問題が多岐にわたるとさすがに頭が痛い。
蛮族共を押さえるだけでも大変だというのに、ここにきてまさか異端の海賊団に翻弄されるとは。
海蛇の舌か・・・サハギン族に身売りした小悪党程度にしか思っていなかったが、まさかそこまで規模を拡大していたとはな。

(エインザル)
正直なところ、コボルド族によるタイタン召喚については彼らの地を不用意に犯さなければ対処は可能でしょう。
彼等の領地は不毛な地であるオ・ゴロモ山にあり、コボルドは慢性的な食料不足に嘆いていると聞きます。
人による盗掘を徹底して排除し、食料の提供を交渉材料にすれば再び対話の道も開けましょう。

しかし、サハギン族は違います。
彼らは我々人族が起こした第七霊災の煽りをくらい住処を追われた。
新しい定住先を求めた彼らは自らの神である「リヴァイアサン」を召喚。
リヴァイアサンの放つ「大海嘯」により荒れ地になったハーフストーンは、今や彼らの産卵地となっています。
種が繁栄すれば新たな住処が欲しくなるのは人と同じ。
彼等は再びリヴァイアサンによる大きな「大海嘯」を起こして、我々の住むラノシア地方を水没させようとしています。
種族の生き残りをかけ、産卵地を広げたい彼等には決して対話は通用しないでしょう。

(メルヴィブ)
リヴァイアサン・・・か。
前回は海雄旅団のおかげで退けることができたが、万が一にも召喚されたとして今の軍力でリヴァイアサンを退けることはできるのだろうか。
身動きのとりにくい入り江に追い込んだと言われているが、さすがに2度目は通じまい。

(エインザル)
・・・・

(メルヴィブ)
いや、すまぬな。
人がいなくなるとどうにも弱気になってしまう。

(エインザイル)
提督にも休息は必要ですよ。

(メルヴィブ)
そうも言っていられまい。
それに追放した奴らについては完全に私の責任だ。
状況が状況だったとはいえ、情けなどかけるべきではなかった。
誇り高き海賊に情けをかけてしまうとは、ただただ誇りを貶すだけの愚策であった。
それをわかっていながら時勢に流されてしまったとはな……

(エインザル)
あの時は国を失うかどうかの国難
私は判断を間違っているとは思えません。

(メルヴィブ)
ふっ、そういってくれるのはお前ぐらいだよ。
しかし……いいのか?

(エインザル)
なにがですか?

(メルヴィブ)
……いや。
何でもない。

エインザイル。
各海賊団の取り纏めはお前に任せる。
せめてカルヴァランとローズウェンはしっかりと押さえておけ。
断罪党の急進派についてはいい機会だ。しっかりと膿みを出し切ってやる。
不逞を企む奴らすべて、その名の通り断罪してくれようぞ。


(トントン)


(エインザル)
だれだ?

(バデロン)
バデロンです。
一つお耳に入れておきたいことがありまして・・・

(エインザル)
入れ。

(ガチャ……バタンッ)

(バデロン)
すみません。一つ言い忘れていたことがありまして。

(エインザイル)
なんだ?

(バデロン)
いえね、先の会議で報告にあった「人拐い」を追って双剣士ギルドと行動を共にしている、冒険者の男についてなんですが、出自が奇妙なんでちょっと調べてたんですよ。

(メルヴィブ)
ほう?

(バデロン)
その冒険者は半年前くらいからリムサ・ロミンサのとある工房で働いている奴なんですが、イエロージャケットに「人拐いの協力者」の嫌疑をかけられた工房の潔白を証明するために、今は冒険者として動いています。

(エインザイル)
ん? なぜその工房が嫌疑をかけられたのだ?

(バデロン)
連絡船に乗っていた乗組員の一人が、そこの工房の息子さんだったんですよ。で、先日「人拐い」の現場から逃げてきた奴の証言で、人拐いのリーダーらしき人がその親父さんが息子に贈った斧を持っていたのを見たらしいんです。

(メルヴィブ)
その程度のことが嫌疑の理由か?
今日日斧などどこにでもあろう?

(バデロン)
その斧と言うのが特別製で「バルダーアクス」と呼ばれる逸品なのです。
それを作った工房の店主こそ、伝説の武器職人「ゲロルト」が師事した親方ですよ。
証言によるとバルダーアクスはきれいにメンテナンスされていたとのこと。
その斧をメンテナンス出来るのはゲロルトの親方だけでしょう。

(エインザイル)
なんだと!?
そんな大物がこのリムサ・ロミンサにいたのか!?
私は初耳だぞ!

(バデロン)
これは最重要機密でお願いしたい。本人の強い希望で今までずっと名前を伏せていたんですよ。
斧術士ギルドのヴィルンズーンは工房の店主がゲロルトの親方であったことをなぜか知っているようでしたがね。
あのゲロルトの師匠ともなれば注文は殺到するでしょうが、魂を入れた武器を戦いに使うでもなく趣味で集めるような嗜好家たちにうんざりした彼は、自分が作りたいときにしか作らないと決めたようです。
で、それまでの工房をたたんで雲隠れした後、隠れ蓑としてN&V社の前社長のところに転がり込んだんです。今はそこから独立して3人ばかりの小さな工房を営んでいて、農具やら船の部品やらを主に作ってますよ。

(エインザイル)
これまた驚きの事実だな・・・
しかし、そこまでの話を聞く中では冒険者は称賛される人物ではないか?
主を思い、自ら人拐いの現場を押さえ「幻光の影法師」を追い込んだのだろう?

(バデロン)
冒険者がリムサ・ロミンサに来たのは大体半年前。
しかし調べたところ、その冒険者は「正規のルート」で入国していません。

(メルヴィブ)
どういうことだ?
不法入国者・・・ということか?

(バデロン)
いえ・・・
それがどうやら、ウルダハからの「秘匿飛空艇」で入国したようなのです。

(メルヴィブ)
(エインザイル)
!!?

(エインザイル)
確かに、半年前と言うことであればウルダハ王室発起よる三国同時の「カルテノー戦没者追悼式典開催」に関する「密史」が秘匿便にて入国していたが、とてもじゃないが冒険者が務まるような男ではなかったぞ?

(メルヴィブ)
秘匿艇は両国の了解が無ければ往来できない。
・・・とすれば、ウルダハ側が冒険者をこちらに入国させるために偽装したと? 何のために?

(バデロン)
理由は不明です。
それに気が付いてからずっとあの男を見張っていたのですが、現在のところ特に怪しいそぶりは見せません。
誰か怪しいものと接触した形跡もない。
それが逆に不思議なんですよ。

(エインザイル)
では何のためにこの海都にいるのだ?
ただ働きたいのであれば、なにも普通の船で入国すればいいものを・・・
それにしてもウルダハめ。
同盟がどうだとか言っておきながら、我々を欺くとは・・・
一体何を考えている?

(バデロン)
それを今一度調べ直す必要があるかと思います。
この話は我々冒険者ギルドだけでは扱えない。
そう思い、報告させていただきました。

(メルヴィブ)
分かった。こっちとしても冒険者の動きを注視しよう。
何かつかめた時は、遠慮なく報告しろ。

(バデロン)
よろしくお願いします。


(ギィ・・・バタンッ)


……

……

(メルヴィブ)
さて……聞いていただろう?
そう言うことだから、お前らも動け。
ここ最近じゃお前らが、

一番「身近」な存在だ。

冒険者の素性を丸裸にしろ。

 

第五十九話 「ミリララ」

眩しい・・・

 

朝の強い日差しを顔に浴び、私は浅い眠りから目を覚ます。窓を見ると、まるで希望に満ち溢れるかのように燦々と輝く太陽の光が眩しく世界を照らしている。
(はぁ・・・)
私はその太陽の輝きをもってすら晴れることのないため息を吐く。
(もう何日目だろうか・・・)
ベッドの脇に置いてある手帳を開いて今日が何日なのかを調べ、またため息をついて手帳を机に置いた。

私は上官であるレイナー司令から謹慎処分を受け、無期限の自室待機を命じられていた。考えれば、確かに独断専行をした私が悪いことは分かっている。だけれどあの少女の失踪から既に一年。手掛かりは何もなく、世の中はそのこと自体を「なかったこと」にするかのように、残酷なまでに新たな日常を塗り重ねていく。かくいうイエロージャケットの中でさえも、その事件は「過去の出来事」として話にものぼることはない。むしろそのことに固執している私は腫れ物のような扱いだ。

私は重い瞼を何とか開け、まるで体中におもりが付いているのではないかと思うほどに重々しい足を引きずりながら窓際に移動し窓を開けた。開け放たれた窓からは、海鳥の鳴き声と共にガヤガヤとした喧騒が海風に乗って流れ込んでくる。
リムサロミンサの街は今日も賑やかだ。まるで闇など無いかのように、今日という日を皆当たり前のように皆それぞれに生きている。

私はもそもそポケットの中から折り畳まれた一枚の紙切れをとりだして広げた。何度となく閉じては広げた紙切れは、古文書のようにボロボロだ。この紙を持ち続けることにもう意味はないかもしれない。でも…それでも、この紙切れを捨てることはできなかった。

おねえちゃん ありがとお

その紙にはたったそれだけ……稚拙な字で言葉が描かれている。声を失った少女が、一生懸命に文字に表した言葉。それには「私への想い」が込められていると信じたかった。

あなたを一人にして本当にごめんなさい……

お願いだから、生きていて……

私もまたいつもの日常を繰り返すように、せめて私だけは少女のことを忘れぬためにと、その紙切れに向かって懺悔した。

トントン

不意に自室の扉がノックされる。

朝早くにすみません。ミリララ陸士長、レイナー指令がお呼びです。

(また説教かしら。嫌ならさっさと解雇してしまえばいいのにね)

私は心にも思ってもいないような自虐的なこと呟きながら、目尻にたまった水滴をぬぐい「すぐ向かいます」と扉に向かって答えた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

久しぶりに袖を通したイエロージャケットの制服に着替え指令室に出頭すると、そこにはレイナー司令の他にもう一人、装備に身を包んだ男の姿があった。

……あなたは?

髪型が変わっているものの私はその男に見覚えがあった。今は防具に身を包み、背中には一本の斧を背負っている冒険者の立ち姿ではあるが、紛れもなく「人拐い」の協力者と疑い踏み込んだ工房の職人に間違いはなかった。それよりなにより、私が謹慎処分を受ける原因となった連中の一人である。

???

私は背中に担いでいる斧を見る。その斧には、私が「証拠」と突き付けた店主の「銘紋」が刻まれていた。

(なに? 当て付け? 私に謝罪させたいつもりかしら?)

私は工房の男を一瞥すると、視線を戻し存在を無視するようにレイナー司令の前まで歩んでいった。

「謹慎中の私にご用向きとは。自室で「大人しくしていた」はずですが、まだなにか足りないのでしょうか?」

私の皮肉にまみれた言葉を聞いてレイナー司令が途端に渋い顔をする。しかし工房の男は何一つ表情を変えずに私に礼をした。

(なに? なんなのこいつ?)

工房の男の余裕な態度に苛立ちを隠せない私は、その礼すらも無視をする。レイナー司令はそれをみて「やれやれ……」といった表情をしながら、

「ミリララ、よく聞け。この人は今お前の探している「人拐い」の連中を追っている。
目的は「工房にかけられた嫌疑を晴らす」ことだ。」

レイナー司令の言葉に私は眉を顰める。

「あらあら・・・人拐いの仲間かもしれない男に、人拐いの捜査をさせるなんて随分とイエロージャケットは寛容になったのですね。漏れた情報によって命を落とすのは末端の隊員だってことぐらいわかっていると思っていたのですが?」

と、これまた皮肉に皮肉を巻いた言葉をレイナーにぶつける。しかしレイナーは私の悪態に慣れてしまっているのか、怒りだすこともなく、

「わかっているさ。だから私を初めとしてイエロージャケットはこの者に一切の協力をしてはいない。それでも彼はその危険な連中を追っているんだ。」

「へえ・・・それはご苦労なことですわね」

と私は無感情に答える。一年をかけてもしっぽの先すら見つからない事案に一介の職人が立ち向かったところで命の無駄でしかない。
(イエロージャケットはついにどこの馬とも言えないような一般人にまで頼らなくてはならなくなったのか・・・)
と落胆していると、

「これに見覚えはないか?」

とレイナー司令はデスクの上からアクセサリを一つ手に取り私に見せてきた。

(!!!!!!)

レイナー司令が手にするペンダントには見覚えがあった。いや、見覚えがあるどころではない。それは一年前から私の記憶と共に目にも記憶にも焼き付いているものだ。

「ちょっと詳しく見せていただけませんか!?」

私はレイナー司令に詰め寄り、半ば強引に奪い取るかのようにそのペンダントを手にする。私はペンダントの装飾部を開こうとするが、手が震えてしまって中々開くことができない。

(この・・・この!)

私はもう一つの手で震えを抑えながら、何とかそのペンダントを開いた。
そして中には、私が想像していた通りの写真が納まっていた。

こっ・・・これをどこで!!!

私はドクドクと飛び跳ねるように鼓動する胸にペンダントを押しあてながら、レイナー司令に詰め寄った。


お、おちつけミリララ!!
このペンダントを拾ったのは私達ではない。ここにいる冒険者の方だ。


レイナー司令はそう言って工房の男を指さした。
私はレイナー司令から離れて、初めて男に向き直る。

(正直・・・悔しい・・けど・・・)

少女の手掛かりに自分でたどり着けなかったことに悔しさを感じてしまう。
しかし、今はそんな強がりを言っていられる場合ではない。
この一年間、血眼になって探し続けた少女の手掛かりが、今まさに目の前にあるのだから。


これをどこで見つけたのかしら?


私は複雑に沸き立つ感情を押さえながら、キッとした視線を工房の男にぶつける。
しかし男は先ほどまでとは違い、どこか気まずそうな顔をしながら私から目線を外した。


なんなの? 何かやましいことがあるのかしら?


男の態度を不審に思い近寄って問い詰めると、レイナー司令が話に割って入り、


ミリララ、気を落ちつけて話を聞くんだ。
これから話すことは事実であり、その先は推論でもある。
まだ決まったことではないから、勝手に頭の中で結論付けるなよ!


と忠告してきた。

(しかたがありませんわね・・・)

私は一度深呼吸をして、工房の男の話に耳を傾けた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

は・・・はは・・・・そんな…そんなはずないじゃないの。
なに? あんたはあの少女を「悪者」に仕立て上げる気なのかしら?
なにが目的? 攪乱かしら?

私は工房の男が語ったことを何一つ受け入れることができなかった。
この男は、あろうことかあの少女を「人拐い」の仲間といい、あまつさえ私を騙したと言っているのだ。
確かにこの男の推論は正しくも聞こえるかもしれない。
でもそれは、本当のあの娘を「知らない」からそう言えるのだ。

私はそれを肯定できない。いや、否定する気にもならない。
私の中を掻き乱していた複雑な感情は、いまや一つの感情に置き換えられている。
この男に対しての「怒り」は既に限界だ。


・・・レイナー司令。今確信しましたわ。
我々を騙しているのはこいつの方です。
この男がなぜあの子が大事にしていたペンダントを持っているか?
その理由は一つ、

「この男こそ、あの娘を拐った」

のです。

先ほどの話を聞いている限り、人拐い共と行動していた「片目の少女」を見たのはこの男だけ。
であれば、適当なことを言うのも自由でしょう?

本当に汚い男・・・自分が罪を犯しながら、その罪から逃れるためにあの娘を「罪人」に仕立て上げるなんて!!


そう言って私は腰に下げていた銃を抜き、男に向けた。
焦って止めに入るレイナー司令とは対照的に、男は微動だにしない。
覚悟を決めているような強い眼差しでこちらを射貫いてくる。

そう・・・それは、

この男が働く工房の店主と同じように。

(本当に・・・いけすかない連中だわ)

必死に駆け寄るレイナー司令の姿が視線に入るが、時既に遅い。
私は銃の照準をしっかりと男の顔の中心に合わせて、

今度こそ躊躇うことなく、

引き金を引いた。

 

パアァァァンッ!!

室内に乾いた破裂音が木霊する。
私を捕らえていた銃口からは煙が上がり、火薬の焦げた匂いが一気に室内に充満する。

(ほ・・・本当に撃ちやがった・・・)

私の心臓は胸を突き破らんばかりにバクバクと飛び跳ねている。
表情はこわばったまま崩すことができない。
近距離から顔を撃たれたはずの私が思考ができることに疑問を覚えないほどに、動揺していた。

ミリララ!!

レイナーはミリララに怒鳴る。
するとミリララは、

「死にはしませんわよ・・・」

と言って銃をスッと下ろし、

「だって空砲ですもの」

と言葉を続けた。
確かに・・・・私は生きて今も立っている。
多少の耳鳴りはあるものの、体のどこにも痛みはない。
腰が抜けそうになるほど足が震えているのは内緒だ。
当のミリララは銃を撃って少し落ち着きを取り戻したのか、


謹慎処分の身である私が、実弾を携帯しているわけないじゃないの。


と自嘲気味に言葉を吐いた。


「何事ですか!!」と言いながら、銃撃音を聞きつけたイエロージャケットの隊員が駆け込んでくる。
そして部外者である私を見るやいなや、一斉に武器を構えながら取り囲んだ。


落ち着け! その人は関係ない!
武器を下ろせ!


レイナーが部下たちを窘めると、隊員たちは不思議な顔をしながら武器を下ろし、未だ銃口から硝煙が立ち上る銃を持っているミリララの方を見た。


お騒がせしてごめんなさい。銃を撃ったのは私です。
私は、この男の「覚悟」を試しただけですわ。


そう言いながら手に持った銃をホルスターにしまった。
駆けつけた隊員たちはなぜか納得したような複雑な表情をしながらレイナーを見ると、レイナーは「やれやれ」と首を横に振りながら隊員たちに退室を促した。
納得した隊員たちが礼をして退室していくと、さすがのレイナーも腕を組みながらミリララを睨み「ったく・・・お前の方がよっぽど海賊らしいよ」と愚痴を漏らした。


ミリララ、私は言ったはずだ。話は最後まで聞けと。
その「片目の少女」を見たのはなにもその冒険者だけではない。
双剣士ギルドの連中の他に、シャーレアンから来た特使も見ているんだ。

・・・その少女には逃げられたのですか?

いや・・・追い詰めたのだが、自ら谷底へと落ちていったとのことだ。

・・・そうですか。
それは残念です。

ミリララは目を伏せながら乾いた答えを返す。
やはり先ほど私が説明した推論を信じていないのか、どこか他人事のようだ。
私はミリララに、その少女が最後に呟いた言葉をつたえる。

「私を止めたければ、みんなを助けてみなよ」


みん・・・な?


ミリララはそう小さく呟くと、どこか悲しそうな表情を浮かべながらうつむいた。
黙ったまま何かを考えているミリララに代わりに、レイナーは話し始める。


実はその少女の失踪後に、ミリララはその子の故郷まで行ったんだよ。
その子を助けることができなかった謝罪をするためにね。
少女の故郷は相当山深い辺境にあって、たどり着くまでに相当苦労したようだよ。
しかし、やっとたどり着いた村には、誰一人といなかった。

生きている人・・・はね。

村は焼き払われていて、被害にあったとされる老人の亡骸があちらこちらに横たわっていた。

どうやらどこの誰かに襲われたらしい。
獣に襲われたという感じではなく、遺体には刃物で切られたような跡が残っていたとのことだ。

この村の近くには他の集落もなく、なにより辺境過ぎてどこの国にも属していない。
ただ一つ分かっているのは、その村が「召喚士の末裔が住むと言われている村」と呼ばれていただけ。
ただ、血が途絶えてから千を超える時が立ち、すでに伝承とされ人々から忘れ去れた集落だった。
正直なところ、この村を襲う理由がわからないのだが所詮管轄違いだから調べることもできない。

だが一つ引っかかるところはあるんだ。
それは先ほども言ったように、見つかった亡骸は老人だけということ。
村にかろうじて残されていたものを見ると、確かに若者もいたようだがそれらしき遺体はどこにもなかったんだ。


レイナーは説明を続けようとすると、うつむいていたミリララが「そこからは私が説明します」と話し始めた。


私は麓にある小さな港で色々と聞き込みしたわ。
村を出ていった少女のこと、その少女の村のこと。
港の人は村が壊滅していたことを誰一人知らなかったの。
どうやら少女の暮らしていた村は他の集落との交流を隔絶していたみたいで、村から出稼ぎに出る男衆からしか村の様子を伺うことはできなかったようね。
でもその集落に唯一出入りしていた「商人」がいた、という話を聞いたの。
その商人は連絡船ではなく、いつも「クフサド商船団」の船に乗って来ていたらしいわ。

その話を聞いて私は一つ引っかかったの。
消えた村の若者たちは何処へ行ったのか?
連絡船は事故で途絶えてしまっているから海を渡ってどこかへ移動するすべもない。
険しい山を越えて、陸伝いに他の集落に移ったという話も聞かない。
唯一のクフサド商船団の船に港からのった形跡もない

私はこの港以外にどこか船を接岸できるような入り江はないか聞いてみたら、あまり大きい船でなければ止められる場所があったのよ。
私はそこに向かって調べたわ。

そして、私はその入り江で一冊の魔導書を見つけたの。


ミリララの話の流れを読んでか、レイナーは一冊の本を持ってきて私に見せる。
その本はボロボロではあるものの、歴史を感じさせるほど重厚な作りをしていて、どこか威圧感を放っていた。


この魔導書について、巴術士ギルドに鑑定を依頼したんだ。
そしたらこの本は今の巴術士が用いている魔導書の「すべての祖となる原書」に近い内容が記述されている貴重な本だということがわかった。
そしてもしかしたら、古代アラグ帝国時に存在したとされる「蛮神を統べる賢者」が用いた魔導書ではないかとね。
学術的に貴重な本であるが故、ここコーラルタワー内にて厳重に保管しているんだよ。


とレイナーは補足する。

だからわたしはクフサド商船団を疑ったわ。
港ではなく、その入り江から村人たちの生き残りを船に乗せたんじゃないかってね。
でも、結局なんの証拠も得られないまま話はうやむやのままに消されてしまった。
それでも必死にくいさがったわたしは、今や狂人扱いよ。

もし・・・もしもよ。
あなたの言っている「片目の少女」が私の保護した少女であるとすれば、私はまだ「生きている」と思います。
私は彼女が「特別な者」であると信じたい。

・・・確かに、滝つぼからは「片目の少女」に殺されたセヴリンという男の遺体は見つかったが、その少女の遺体は見つかっていない。
滝つぼには岩盤の割れ目から地下に流れ込む場所がいくつもあるから、そこに流れていった可能性は否定できないが「特別な者」として生き返っている可能性もまた否定はできないか・・・


レイナーの言葉にゆっくりと頷きながら、ミリララは真剣なまなざしを私に向ける。


あなたの聞いた、

「みんなを助けてみなよ」

という言葉。
それはもしかしたら「人質」として捕らえられた村の生き残りのことを指しているのかもしれない。
あの少女が、死んでも生き返る「特別な者」と知った人拐い共は、村の生き残りを人質にして少女に殺しをさせているのでしょう。
「特別な者」は人ならざる「超える力」を持っていると言われている。
であるならば、少女でありながら大人を翻弄する強さを持っていてもおかしくはありません。


ミリララはそう結論付けると、目を閉じながら話を終わらせた。
ミリララの拳は固く握られ、どこか小刻みに震えていた。
信じたくはない現実。
それでも紡いだ彼女の憶測は、それに対する精一杯の譲歩であるかもしれない。

私は自分の推論よりも、彼女の思いのほうがが正しいと思えるようになっていた。

私は最後にミリララに、自分がその少女に対して「人拐いの仲間として、あんたのことを騙したのか?」と聞いたとき、その少女は「違う!」と絶叫していたことを伝えた。
そして谷底に自身の身を投げる前、言葉と共に涙を流していたこと。
するとミリララは驚いた顔をした後、すぐに軽蔑した眼差しを私に向け、


・・・あなた、そう言うことは早く言いなさいよね。
一番大事なことを後回しにするなんて、頭の悪さを証明しているものだわ。


そう言って私を一瞥すると、ミリララはレイナーに礼をして一人指令室を退室していった。
先ほどまでのしおらしさは何処にもない。
だが初めのすべてを否定するような冷たい感じではなく、その表情は決意を感じさせるほどの力強さがあった。

 


ミリララが退室する姿を見送った後、レイナーは「はぁ~~っ」と大きくため息をついた。


一時はどうなるかと思ったが、事が収まってよかったよ。
あの暴走女もこれで少しは落ち着くかな。
失踪した少女の一件を放置していたつもりはないんだが、少女の失踪に関わる捜査は手づまりのまま止まっていたからね。
それにここ最近じゃいろんなことが起こってその対処の方が優先されるんだ。
だが、今回の件ですこし光明は見えてきたんじゃないかと思うよ。
まあ結果が「ミリララの望むもの」かどうかは別としてだけれどね。

レイナーはやれやれといった表情をしながら疲れ果てた様に椅子に座った。


それで、君はこれからどうするんだい?
これまで通りジャックと行動を共にするのもいいけど、もし時間があるようだったら一度巴術士ギルドに行ってみたらどうだ?
この魔導書のこともあるし、少女が落としていった魔導書は実は巴術士ギルドのメンバーが使っていたものだったようなんだ。
不法な取引をしている商船に臨検のために乗り込んだ時、返り討ちにあって奪われたものだったらしい。
何か手掛かりになる情報が得られるかもしれないよ。

レイナーはそう私に進言してくる。

正直ありがたい話ではあるのだが、イエロージャケットの司令から直々に「人拐いの援助」という嫌疑をかけられている私にそんな情報を流していいのだろうか?

そんな私の思いを表情からくみ取ったのか、


あ、あと、君のところの工房の嫌疑については「保留」とすることにしたよ。
まだ無実の証拠が集まりきれていないから「無罪放免」とするわけにはいかないけれど、監視対象からは外れることになる。
君の活躍・・・もあるけれど、実はN&V社のハ・ナンザ社長に怒鳴り込まれてね。
「嫌疑を取り下げなければ、イエロージャケット、および斧術士ギルドへの今後一切の武器提供を行わない」なんて言われてしまったもんだからどうしようもなくてね。
まったく・・・権力者が権力を振り回すと怖いもんだね・・・


と、他人事のようにレイナーは話す。
私は「あなただって権力者だろうに」と言うと「私はただの公務員だよ。それに部下の暴走の尻拭いだけでいっぱいいっぱいさ」と苦笑いをした。
私は笑いながらレイナーに「ありがとう」と感謝をして、指令室から退室した。

 

コーラルタワーを出た私は、レイナーの提案通り巴術士ギルドに向かうことにした。

巴術士ギルドのある場所につくと、そこはギルドというよりも鑑査施設のような場所であった。
商人と思わしき人々が持ち込み品のリストを手に受付に列を作っている。
その中には人族だけでなく、ゴブリンやキキルン、そしてイクサルの姿もあり、今イクサルと受付の人が何やらもめているようだ。
耳をそばだてて会話を聞いてみると、イクサルは「持ち込むのは傭兵としての自分だ」と言い張っていて、今一要領を得ないようだった。

 

私はそれを気の毒そうに眺めつつ、職員と思わしき人に声をかけた。
そしてレイナーからもらった紹介状を手渡しながら、巴術士ギルドに用向きがあってきたことを伝える。
職員は「拝見します」と言って一旦紹介状の中を改めると、微笑みながら「こちらへどうぞ」と案内してくれた。


職員の案内を受けて一人の大柄なルガディンの女性の前に立つと、職員はそのルガディンの女性に紹介状を手渡し、私の用向きを簡潔に説明する。
その説明を聞きながら紹介状を読んだルガディンの女性は「おおっ 魔導書を取り戻してくれた本人か!」と大きな声を上げた。


君がうちのメンバーの魔導書を取り戻してくれたという冒険者か!
本人に代わって感謝する! あの魔導書はアイツにとって人生を変えるほどの貴重品だったからな。
見つかったと分かれば喜ぶだろうよ!


ルガディンの女性は満面の笑みで私に感謝を述べてくる。
私は「私一人の力ではないよ」と言うと「リムサ・ロミンサではめったに聞けないセリフだな!」と笑っていた。


名乗るのが遅れたね。
私はここメルヴィン税関公社の責任者であるトゥビルゲイムという者だ。
併設している巴術士ギルドのマスター代理も兼任している。
うちのギルドマスターである「ク・リド・ティア」は放浪癖があってな・・・
いまは古代アラグ帝国時代の「召喚士」について調べるため方々を回っているようだ。

めったなことが無ければここに帰ってこないんだが、税関業務に関しては役立たずも役立たずだからいてもいなくても大して変わらんがね。


と、トゥビルゲイムは半ばあきらめた様に吐き捨てる。


さて、紹介状の内容を見させてもらったけれど、「人拐い」について調べているようだね。
あまり公にしていないが、君が取り戻してくれた魔導書の持ち主も実は「人拐い」につかまっていた奴なんだ。

一年くらい前に臨検のために乗り込んだ船の中に「人拐い」の首謀者が乗船していてね。
護衛として雇っていた傭兵と冒険者の活躍もあってその船から逃げ出すことには成功したんだが、動揺もあって魔導書を捕られてしまったんだ。
その魔導書ってのは、ギルドマスターがそいつに「一人前になった記念」として贈ったやつだったんだよ。


さかのぼること6年前。ガレマール帝国の侵攻が表立って開始されたあたりのことだが、メルヴィル提督の号令に従わなかった一部の海賊団が混乱に乗じて「奴隷売買」を行っていた。巴術士ギルドは対ガレマールに手を取られている「バラクーダ騎士団」の代わりに不法商船の臨検を行うようになっていったんだ。

ある時、不審な航行をしている商船を拿捕してみると、船倉にはぎゅうぎゅう詰めに「人」が押し込まれていた。
その船の持ち主を洗ってみたら当時「最狂」と恐れられていた大海賊「デュースマガ」だったんだ。
本人は「奴隷売買」の関与を否定したが、メルヴィブ提督は「掟破り」を決して許さなかった。
だが、海賊団同士の「結束」が必要な時期でもあり、反メルヴィブを掲げる海賊諸派への影響力の大きいデュースマガの処刑は見送られた上「永久追放」という形での特赦が与えられてしまった。
その後しばらく表舞台から姿を消していたんだが、どうやら外洋を中心に輸送船と偽って御禁制品の売買を行っていたようだ。

見つかれば今度こそ「死刑」が決まっているというのに、なぜ再びリムサ・ロミンサの近海に姿を現したのか?
それを調べている最中なんだが、外洋となるとなかなか手を出せなくて今に至るんだ。

だが、今回その奪われた魔導書が戻ってきた。
その持ち主のことが分かれば、デュースマガのことを捕まえることができるかもしれない。
頼む! 知っていることを教えてはもらえないか?


深々と頭を下げるトゥビルゲイムに、私は「ささやきの谷」での一件だけでなく、ウルダハでの出来事も当たり障りのない程度に説明する。
そしてその魔導書を使っていた少女は「海蛇の舌」の一員であった疑いがあることも話す。
私の話を聞いてトゥビルゲイムの目の色が変わる。


ぜひその少女について詳しく聞きたい!
いやな、なぜその少女がこの魔導書を使えたのかを知りたいんだ。


詰め寄ってくるトゥビルゲイムを何とかなだめる。
女性とはいえルガディンの女性は体格が大きく、詰め寄られると威圧感がすごいのだ。
ふと頭にベスパーベイで出会った「染色師」のことが頭に浮かんだ。
そういえば、あの人もリムサ・ロミンサに渡っていったはずだ。


す、すまん・・・取り乱してしまった・・・
いや実はな、その魔導書なんだが普通じゃないんだよ。
確かに魔導書はうちのメンバーである「ク・リヒャ」のものであるのは間違いはないのだが・・・
魔導書の「魔紋」の一部が書き換えられていたんだ。


トゥビルゲイムはそう言って自分の魔導書を取り出し、私に開いて見せる。
その頁には魔法陣のような幾何学模様が描かれている。


この「魔紋」ってのは巴術士が自らのエーテルを魔法力に還元して力を発現するための「触媒」だ。
魔導書には使う魔法の数だけ魔紋があるんだが、この魔導書の・・・特に幻獣「カーバンクル」を顕現するための魔紋がおかしなことになっているんだ。

それは今の巴術士が用いる魔紋体系とは似て非なるもの。
驚くべきことに、古代アラグ帝国時代に存在したとされる「召喚士」が使っていたとされる魔導書の魔紋と酷似しているんだ。
残念なことだが、今の巴術士・・・いや、私ですらこの魔紋を使うことができない。どうやっても魔力を生み出さないのだ。

だが、その少女は幻獣を使っていたのだろう?


私はその魔導書を持っていた片目の少女のことを話す。
少女は色の異なる幻獣を自在に使役し、一撃で人を屠れるほどの強力な力を持っていたと。
私の話を聞いてトゥビルゲイムは何か考えているように押し黙る。そして自分を納得させたように頷き「ちょっと私についてきてくれ」と言って地下へと降りていった。


メルヴァン税関公社の下は巴術士達の修練場となっていた。
見たことのある幻獣を魔導書から顕現し、お互いに戦い合わせたり命令したりしていた。
だが私が見た幻獣と見た目は同じなものの、どこか迫力に欠ける。


どうだい? 君が見たものとの違いを教えてほしいのだが・・・

私の思いを見抜いているのか、トゥビルゲイムは私に問いかけてくる。
私は率直な感想をトゥビルゲイムに伝えた。

そうか・・・やはりな・・・
幻獣カーバンクルの強さってのは、本人の扱えるエーテル量に依存する。
人の器ってのは決まっているから、どんなに強い巴術士・・・例えばうちのマスターでさえも、カーバンクルの強さには限界があるんだ。
だが君から聞いた少女の強さが本当であり、それが「幻光の影法師」と同一人物だとすると、我々を越えた存在であるのだろう。

とすればあの村が召喚士の村であったというのは、あながち間違いではない。


と誰に言うでもなく、まるで自分に言い聞かせるかのように小さくつぷやいた。


「召喚士」ってのは古代アラグ帝国時代に存在していたとされる法位の高い魔法使いだ。
その身の法力のみで蛮神を召喚し、自在に使役していたとされる。しかも複数だ。
アラグ帝国時代の古文書に残されていた一文によると蛮神とは「主従関係」ではなく「契約」によるものとされている。
「蛮神が認めた者のみ召喚に応じる」と書かれていたが、信仰という多くの「贄」と、エーテルの塊である「クリスタル」をもって召喚可能な蛮神を単独で召喚するなんて想像もできんことだ。

そして、その末裔が暮らしていた村が存在していた。

レイナーのところで「古代の魔導書」のことを聞いたんだろう?
連絡船事故の唯一の生き残りとして発見された「片目の少女」。
その少女の故郷のある大陸の入り江で見つかった魔導書のことさ。
それは我々巴術士の扱う魔導書の「原典」と酷似していた。
我々ごときでは到底扱うことのできない「高位」の魔紋は理解不能。
魔力を通わすことすらかなわない、巴術士にとっての永遠の「課題本」さ。

もしその魔導書が召喚士の村のものであったとすれば、出身者である「片目の少女」が召喚士としての素質を持っている可能性は十分にある。
そして「巴術士の魔紋」を書き換えるほどの「超える力」を持つ片目の少女。

これはもう考える余地もないだろうな。
もしその少女に「古代の魔道書」を持たせたら何が起こるかわからない。
正直知りたくはある・・・が同時に恐怖を覚えるよ。

しかし、そんな少女がなぜ「人拐い」側に身を落としているのか。
そこがよくわからないのだが・・・

私は一時ではあるが行動を共にしたミリララとの推測を、少女が遺した「願い」と共にトゥビルゲイムに話す。


そうか・・・ならば救ってやらねばならないな。
その「願い」から推測すると、確かに村の者はまだ生きている可能性は高い。村の者の命を人質にその少女が縛られているだけなのであれば救う道はある。

確かに犯してきた罪を消すことはできない。

だが、まだまだ長い人生を残す少女の生きる道はそこではない。
もし生きて捕獲できたのならば、その身はうちで引き取ろう。
召喚士としての力を持つ少女の存在はうちとしても大きい。
歪んだ性格は・・・うちのマスターにでも教育させればなんとかなるさ!


トゥビルゲイムは豪快に笑う。
どうやらギルドマスターのことを「税務官」としては認めていないが、巴術士として、なにより教育係としては絶対の信頼を置いているようだ。

我々も「人拐い」の件についてはもう少し踏み込んでみるよ。
元来ここリムサ・ロミンサではタブーなのだが、事実から目を背けることは「悪」に屈したと同義だからな


トゥビルゲイムはどんと胸を叩くと、思い出したように「一つ情報になるかどうかは分からないが」と前置きをしながら、


マスターの話だと、実はうちで一人だけその村出身の術者を預かることがあったらしいんだ。
でもなかなか巴術士としての芽が出なくてね・・・結局リムサ・ロミンサの商人の男と結婚して子供を産んだんだが、気がふれてしまったらしくて自分の子供の殺人未遂を犯した後に、海都から消えてしまったんだ。
父親は海賊団の抗争に巻き込まれて死んじまったらしいが、その子供は今もリムサ・ロミンサにいるらしい。
どこかに引き取られたって話だが、あわせて調べてみてもいいかもな。


(リムサ・ロミンサに住む「召喚士の村」の子孫か・・・)

少しずつではあるが、何かが繋がってきているような気がする。
なんの当てもない話ではあるが、今となってはその子孫しか残されていない。

闇の情報屋・・・か。

ふと先日あった老人の顔が頭をよぎる。
この件は双剣士ギルドのジャックを頼ったほうがよさそうだ。
私はそう結論付けて、巴術士ギルドを後にした。

第五十八話 「望まぬ結末」

終わったか!?


崖下に「人拐い」を追っていったジャックたちが戻ってくる。
しかし重い空気が流れる状況を察したのか言葉を詰まらせた。


ま・・・まさかぺリム・ハウリムの奴が・・・


ジャックはぺリム・ハウリムが横たわったままであるところを見ると、目をつむってグッと歯を食いしばる。


ちくしょう!! 土壇場になって女に惚れやがって、このマセガキが!!
だが安心しな・・・お前が守ろうとした人はちゃんと生きてここにいるぜ・・・
だから・・・迷うことなく成仏しなよ・・・
頼むから、迷ってシーソング慰霊碑のところに行くんじゃねえぞ・・・
なんせお前は陸の上で死んだんだからな・・・

そう言って胸に手をおいて空を見上げた。
目には涙のようなものが見え隠れしている。
どうやら上を見上げて涙が零れ落ちるのをこらえているのだろう。

(い・・・・言うべき・・・かな・・・)

私はペリム・ハウリムが死んでしまったと勘違いをしているジャックに、生きていることを伝えようか迷ったのだが、


ア・・・・アニキィ・・・・勝手に殺さないでくださいよ・・・・


いつの間にか意識が戻っていたのか、横たわるぺリム・ハウリムから弱々しい声が上がった。


ぺリム・ハウリム!!! この野郎!! 生きていたか!!


ジャックは遠慮も手加減もなくペリム・ハウリムい抱き着いた。
当のぺリム・ハウリムは「痛だだだだっ!!」と叫び声をあげ、激痛に耐えきれず再び気絶した。


あ・・・・あれ?

その子は蘇生に成功しただけで体の傷は回復していないわ。ご愁傷様。


ミコッテの女が気だるそうにそう話すと、ジャックは再び「ペリム・ハウリムぅ~!!」と叫びながら嘆いていた。
そんなジャックの肩をヴァ・ケビがポンポンと叩き、慰めると思いきや「ジャックが悪い」と追い打ちをかけていた。

まるで喜劇のような光景に張り詰めていた空気が若干和らぎ始める。
それでも、私の心は晴れることはなかった。

(あの少女は泣いていた・・・)

私は片目の少女が谷へと落ちる時、目から涙が零れ落ちるのをはっきりと見た。

 

その涙は、体中の痛みに耐えきれなかったからかもしれない。
その涙は、死を直前にして感極まっただけかもしれない。

しかし・・・

あの少女の懇願するような目。「死」という絶望に迫られながらも、少女の目は何か希望を見つけたかのように光っていた。

それに・・・

「私を止めたければ、みんなを助けてみなよ。」

弱々しい声で呟いたたったの一言。
あの言葉の意味することはなんなのだろうか・・・


私は少女が落とした本を拾い上げる・・・と、本の間から滑り落ちるように一つのペンダントが地面に転がった。

(???)

私はそのペンダントを拾い上げて装飾部を開いてみると、そこにはララフェルの少女と母親らしき女性が写った写真がはめ込んであった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


しばらくすると騒ぎを聞きつけたイエロージャケットの一団が駆け込んできた。
ジャックは「ちっ・・・間に合わなかったか・・・」と呟いている。
ジャックとしては、イエロージャケットが駆けつける前にこの場を離れたかったのだろう。

ジャックは「はぁ・・・」とため息をつくと、イエロージャケットのリーダーに経緯を説明しはじめた。
すると「詳しい話が聞きたい」とのことで本部への出頭を依頼されている。
ジャックは快諾する(表向き)とこっちを振り向き「俺はここで起こったことがわからねえから、あんた達も来てくれ」と話を振ってきた。
正直、嫌疑をかけられている工房の一員である私が、イエロージャケットの本部に赴くことに抵抗があったが、確かに「人拐い」を追いかけて崖下へと降りていったジャックはここでの戦いの一部始終を見ていない。
ミコッテの女はというと、何とか歩けるまでに復調したようだったが「キッ!」とこちらを睨んだかと思うと不機嫌そうに「面倒だからあなたが全部説明して」と言って早々に歩き去ろうとしている。それをイエロージャケットの隊員が引き留めようとするが、ミコッテの女が何かを話すと途端に態度が変わり解放されてしまった。


(やはり私の戦い方がまずかったか・・・すごく怒ってたしな・・・)

戦いの最中に聞こえてきた罵声のような叫び声を思い出しながら私は青ざめた。
こっちとしてはミコッテの女に聞きたいことが山ほどあるのだが、

(行ってしまったし、なんか怖いので今回はやめておこう・・・そうしよう)

と問題を先送りする。ミコッテの女とはまたどこかで会えるだろう

(多分・・・・いや、きっと・・・)

私はミコッテの女のことを考えないようにしながらジャックの申し入れをのみ、イエロージャケットともにコーラルタワーへと向かった。

 

ふむ。

レイナーは私とジャックが一緒にいるところを見て、何処か満足そうに頷いている。
イエロージャケットの司令本部ある「コーラルタワー」に着くと、司令官であるレイナーと斧術士ギルドのヴィルンズーンが待ち構えていた。
気楽そうに入っていくジャックを、レイナーは溜息をつきながら出迎える。


応援が欲しいならもっと早くに行ってほしかったんだが?
人伝手でこっちに情報を流すとは、あいかわらず随分と面倒くさいことをする。

ははっ、もっと面倒な「後始末」をあんたらに押し付けたかっただけさ。
俺らにとって大事なのは「結果」だけだからね。
まあ取り逃がしちまったから偉そうなことも言えねえんだが、そっちにはとびっきりの「お転婆」がいるだろ?
あいつの耳に入ったらそもそも「作戦」どころじゃなくなるしな。


ジャックは軽い感じでレイナーに言い返す。
そもそもミコッテの女の登場とペリム・ハウリムの暴走によって「作戦」どころではなかったはずだが、まあ一部始終を見ていない人にとっては知りようの無い話ではあるし、黙っておこう。


時間がもったいねえからさっさと話すぞ。
まずは俺からだ。


ジャックは今回の「人拐い現場」の導入と、ジャックが追った「顔に入れ墨の入った集団」のことの説明を始める。
ジャックの説明によると、あの崖の下には小さな洞窟があり、顔に入れ墨のある連中はその奥へと逃げていったとのことだった。
赤い帽子の男に連れられてきた連中はその洞窟の途中で死んでいて、ジャックの推測によると

「逃げる際に足手まといとなるから口封じも含めて処分されたのだろう」

とのことだった。結局追いかけたものの途中で洞窟を爆破され、落盤によって道を塞がれてしまったとのことだった。


顔に入れ墨の入った集団・・・アイツらは間違いなく「海蛇の舌」の連中だろうぜ?
今回が「人拐い」の現場だったかどうかはなんとも言えねえが・・・誘導した奴も着いてきた奴らもすべて死んじまったからな。
だが、限りなく「黒」に近いグレーであることは間違いねえと思う。


私はジャックに「その中にバルダーアクスを背負った男はいたか?」と聞いたが「ん~・・・多分いなかったと思うぜ?」と答え、「じゃあ今度はお前の番だ」と話を促した。

私はジャックと語り手を交代する。
ミコッテの女が谷に消えていくのを見かけてジャックと共に突入し、現場に着くと妖異「岩のゴーレム」が現れた。
ミコッテの女を庇い、ゴーレムの攻撃によって絶命した双剣士ギルドの団員を蘇生している間、私は岩のゴーレムの討伐を請け負ったことを説明する。

ゴーレム討伐後、岩陰に隠れていた赤い帽子の男「セヴリン」を発見するも、いつの間にか現れていた片目の少女によって抹殺され、その少女との戦闘の末、少女は深い傷を負ったまま谷底へと落ちていったことを説明した。

「妖異を倒すたあ、ちょっと見ないうちに随分と成長しているじゃねえか!」とウィズルーンは感嘆の声を上げる。私が「以前戦ったことがあるだけさ」と返すと「模擬仕合で秒殺された奴とは思えねえ」と笑っていた。

私は、レイナーに少女が持っていた本を手渡す。


これは・・・魔導書か?


私はその少女が、これを使って幻獣を使役していたことを伝えた。
レイナーはその魔導書を見ながら何かを考え、思い至ったような表情に変わる。

・・・・その話が本当だとすると、そいつは「幻光の影法子」かもしれない。
実はここ一年間の間で暗殺事件が増えているんだ。
殺された奴の多くは「闇」に手を染めたものがほとんどだからあまり表ざたにはなっていないが、殺人現場の近くで「幻光に照らされる影」を見たという目撃情報からそう名付けられている。
「実際うちのもんもそいつに結構やられてんだよ・・・」とジャックは付け加えた。

(ヴァ・ケビがあの片目の少女に容赦がなかったのはそれが理由か・・・)

私はその少女が「片目」であったことをレイナーに伝え「連絡船の生き残りか」と言う問いに動揺していたことを話す。
それを聞いたレイナーは、思考が追い付いていないのか目をしばたかせながらしばらく沈黙したのち、

なに!!

と大きな声を上げた。
驚きで固まるレイナーに自分の考察を伝える。

ミリララが保護し、エールポートで消えたという少女は「人拐い」の仲間ではなかったのかと。
そして何かしらの理由で逸れ、仲間と合流するためにイエロージャケットを騙したのではないかと。

私の推論を聞いたレイナーは、ハッとした表情をしながら顎に手を当てて頷いた。


確かに・・・それなら色々と説明がつく。
その少女はリムサ・ロミンサのエーテライトプラザで保護された。
船の残骸が打ち上げられたコスタ・デル・ソルではなく、だ。
またミリララの報告によると、血だらけの体には「傷一つなかった」とのことだった。
そのあまりにも不可思議な状態で見つかったことから、我々はその少女を「特別な者」と決めつけたんだ。
今にして思えば、もしその少女が「特別な者」だったとすれば「片目が直っていない」のは不自然だ。
もちろん先天的なものであるという可能性もあるが、片目が見えないことに異常に反応していたところを鑑みれば、君の推論の方がしっくりくるのは確かだ。

要はそのゴタゴタのうちに「失明した」と。

私はレイナーの話を聞きながらしきりに出てくる「特別な者」という言葉が気になり質問してみる。


ん? 特別な者か?
ああ、それはここリムサ・ロミンサで存在が噂されている「星の加護を受けた不滅なる存在」のことだ。
霊災時に活躍した「光の戦士たち」もまたそうであると言われている。
母なるエーテルの海に溶け込むはずの魂は、そこ戻ることなく再びエーテルの地脈より現出し、朽ちるはずの肉体はクリスタルの力借りて健全である「記憶」のままに復元される・・・と言われている。

まあ実際のところ、都市伝説に近い話ではあるのだがな。


レイナーの説明を聞いて私の胸がドクンと波打つ。


(そうだ・・・私もまた、死から戻された者・・・)


どうした? 顔色が悪いぞ?


突然言葉を失う私を心配してレイナーが声をかけてくる。
私はレイナーの話を聞いて少女が「特別な者」である可能性を否定できなくなった。
その理由は私の中で引っかかり続ける少女の吐いた言葉の意味。

あれは「死ぬことのできない呪い」を知っているからこそ出た言葉ではないのか。

(私を止めたければ・・・)

それは死を前にした者が言う言葉ではない。
少女にとってそれは「終わり」ではなく「まだ続く」ということではないか?
逃れることのできない「不滅」の鎖。
少女の言葉は、それから解放されることを望む「叫び」ではなかったのか?
なんにせよ、その後に続く「みんなを助けてみなよ」という言葉の意味を調べる必要がある。

(もっと知らなければならないな・・・)

私は少女のことをミリララに聞きたいとレイナーに願いでた。
するとレイナーは明らかに動揺した様子で、


こ、このことをアイツに話すのか?
確かにいずれは知ることになる話ではあるが、まだ件の少女がその子だと決まったわけでもないし・・・


あからさまに躊躇するレイナー。
静観を決めていたジャックでさえも「それはさすがにやめておいた方がいいんじゃねえか?」と忠告してくる。
確かにただでさえ暴走するあの女隊員に「少女は人拐いの仲間です」と言ったら逆上されなにをされるかわからない。
だが・・・あの少女を知る人物はミリララの他にいないのも事実。
ほんの少しでもいい。何か手掛かりになることだけでも情報を得られればいいのだ。
一対一で会うわけでもないし、さすがに殺されはしないだろう。

私は覚悟を決めて懐からペンダントを取り出し、レイナーに見せた。


そ・・・それは・・・あの子が持っていたペンダントじゃないか!
それをどこで!?

私はこのペンダントが魔導書にはさまれていたと説明する。

あの少女は確かに「顔に入れ墨のある集団」と行動を共にしていた。
だがあの少女の顔には「入れ墨」が入っていなかったのはどういうことか?
少女は私の問いかけに「何も知らないくせに!」と感情を露わにし、谷へと落ちる間際に言葉を遺した。
とすれば、その少女は「顔に入れ墨のある集団」に組しなければならない、何らかの事情を抱えているのだろう。

レイナーは私の訴えにしばらく沈黙し、

この件は日を改めよう。あいつはまだ謹慎中の身でここにはいない。
準備が整ったら連絡するよ。

としぶしぶではあったが了承してくれた。

第五十七話 「死の意味」

老人の指示のもと、スカイリフトのあるデセント崖まで歩く。

(そういえばささやきの谷もこのあたりか・・・)

そう思いながらスカイリフトの埠頭の先まで行くが、さすがに夜更けでは誰もいない。

 

(それで・・・ここで私はどうすればいいんだ?)

鼻が曲がってもなお強烈に鼻孔を攻めたてる包み紙をとりあえずおいて、
風上へと立って深呼吸をする。

すうぅぅぅぅ はああぁぁぁ・・・ああ・・・空気がうまい。
しかし、しばらくこの臭いは取れそうにないな・・・

と装備に付いたであろうチーズの臭いを確認しながら、半ば落胆気味でたそがれていると、


よっ・・・首尾は・・・って、

くさぁっ!!


気配を消しながら近寄ってきたであろうはずのジャックは、チーズのあまりの臭さに鼻をつまみながら悶えている。


こいつがブレイフロクスの珍チーズってやつか?
噂以上にすげえ臭いだな・・・
こんなの本当に食えるのか?
およそ食い物の臭いとは思えないものを欲しがるとは、金持ちの道楽はやっぱり違うねぇ・・・


鼻をつまんているせいか変な声で言いながら、「パチン」と指を鳴らすとどこからともなく現れた双剣士ギルドの者達がチーズとワインを手早く木箱に梱包し、いつの間にか用意していた気球に括り付けると空へと飛ばした。よく見ると気球の籠の下には何やら四つのプロペラと機械のようなものが取り付けられていた。
その様子を不思議な顔をしながら見守る私に、


この「誘導装置付き」の気球を使って、あれを我々の「スポンサー」のところに送るのさ。
今回の情報料はこの贈り物の請求額に上乗せされているんだ。
金額については・・・知らねえほうがいいだろうな。
心配すんな! あんたに払わせるつもりはねえからよ!


そう言うジャックの言葉に私は少し安堵する。
少しばかりの蓄えはあるものの、闇の情報屋の情報料は一般とは比べられるものではない。


このゴブリンチーズは「御禁制品」ではないんだが、あまりの激臭のせいでリムサ・ロミンサへの持ち込みは認められていない。エールポートから船は出てるが持ち込みは断られるし、陸路も無いからこうやって気球を使って送るしかないんだよ。


確かに、こんなものを持ち込まれたらたまったもんじゃない。
気分を悪くして倒れる者が出た日には「毒物をばら撒いたテロリスト」扱いされてもおかしくないだろう。


あの誘導装置はガレマール帝国が使っていたやつで、故障して落ちていたものを俺らが接収したんだ。
そしてたまたま仕事の依頼で一緒になった青い服を着たゴーグル姿の二人組の男に、報酬の代わりに直してもらったんだ。
たしかガーなんとかワッフルのピッケルとウェット・・・って名前だったか?
まあいいや、座標を入れるだけで後は自動。まったく楽なもんさ!


ハハッ! と笑うジャック。
だが、私はどうにも解せない。
情報屋に出向いて渡されたのは情報ではなく「商品」だ。
これがセヴリンの動向を探るのに何の意味があったのだろうか?
特殊な「お使い」だったにしても、ずいぶんと慎重すぎる。
私はそのことを問うと、ジャックは笑いながら「爺さんがなんか不自然な事を言っていただろ。話してみな?」と返してきた。

たしか・・・あと3日で太陽が一番高くなる日。それと・・・白糸の滝を見ながら変わり者達と卓を囲みたいとかなんとか・・・

私は少しおぼろげながらも老人が呟いた言葉をジャックに伝える。
その言葉にジャックはピンと来ているようで、


そうか・・・さすが爺。
普通の情報屋より簡単にきわどい情報を持ってきやがるぜ!

要は「三日後に白糸の滝の側で宴がある」、「三日後にささやきの谷に人が集められる」ってことさ。
ささやきの谷から見える滝は、流下する水の様子が何本にも分かれて白糸を垂らしたように見えることから「白糸の滝」とも呼ばれているんだ

 

とにかくこれで情報は揃ったな!
それが「人拐い」の現場であるかはわからねえが、あの爺の情報なら間違いねえだろう。
なによりとっ捕まえればわかるこった。
気合い入れていくぜ!


ジャックは掌に拳を合わせて「パンッ」と鳴らすと、


おい! 秘宝探しにいっている奴も全員呼び戻しておけ!
こっちが最優先だ! 総力戦でいく!
お前は「シッポを踏んづけた」後の処理のためにイエロージャケットに情報を流しとけ。タイミングは間違えるなよ!
ヴァ・ケビには全体の偵察と後方支援の部隊を率いさせろ。必ず退路は確保しておけと伝えておけ。
ペリム・ハウリム! お前は奴らが谷に入った後に急襲部隊を率いて周りを固めろ! 潜んでいた奴は殺しても構わない。
だがララフェルの子供は要注意だ。決して一人では当たるな。足を止めて口を塞げ!

あんたと俺は正面からいくぞ。
もしその中に黒い入れ墨の男がいたら譲ってやるから決着をつけな。
ただし! 聞きたいことが山ほどあるから殺さない程度にな!!


ジャックは随分と難しい注文を私につけてくる。
しかし、私とて聞きだしたいことが山ほどあるのだ。
その機会を与えてくれたことには感謝しかない。


死んだ仲間の弔い合戦だと思って気合いを入れろ!
借りは100倍にして返すぞ!

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 


それから三日後、滞りなく準備を整えた双剣士ギルドと私は草むらの影に隠れながら谷の入り口の動向を探る。

 

すると赤い帽子の男セヴリンが、情報通りガラの悪い連中を従えてぞろぞろと谷の奥へと入っていった。
ペコペコとしている様子を見ると、ぱっと見ではセヴリンがガラの悪い連中に絡まれているように見える。
さらにしばらくののち、今度は顔に入れ墨の入った男があたりを警戒しながら後追うように谷の奥へと入っていった。

「これはビンゴだなっ!」とジャックは小声で声を上げ、手を挙げて指でサインを送る。
ちりじりになって隠れている双剣士ギルドのメンバーへの伝達を行いながら突入準備を進めていると、ジャックは突然「あっ!」と声を上げた。

何か起きたのかと思い谷の入り口を見ると、機械の面をつけながらキョロキョロしているミコッテの女が谷の奥に入っていく姿が見えた。

(あれは!?)

「おいまてっ!」とジャックが声を上げたかと思うと、別のところに隠れていたペリム・ハウリムが指示を無視して谷の入り口に駆け込んでいく姿が目に入る。


ヤバいぞ! 多分ささやきの谷には海蛇の舌の連中がたくさん隠れているはずだ。
このままだとアイツら殺されちまう!


ジャックは「ピィーッ!!」と指笛を鳴らすと、一斉にギルドメンバーと共にささやきの谷へと走り出す。


ちっ!! 「隠密」こそが花の双剣士が姿をさらして総力戦するたぁダセえことこの上ねえぜ!!
だがここが正念場! これ以上仲間を失うのはこっちもごめんだ!!
こんなことになってすまねえが、あんたも力を貸してくれ!!

私はジャックの叫びに「おうっ!」と声を上げて、双剣士ギルドのメンバーたちと共に谷の奥へと駆けた。

 

 

ゾクッ!!

谷へと入ると不快な寒気に襲われた。

(これは・・・!)

それは目眩ではないだろう。まるで無理やりこじ開けられたかのように空間が歪んでいた。
そこからはどす黒い負の妖気がまるでガスのように噴き出している。
そしてその妖気は転がっている岩に取りつき、一か所に寄り集まると大きな人形を作り出した。

それは、ウルダハのシラディハ遺跡で対峙した妖異「ゴーレム」そのものであった。

オオォォォッ!!

空気が振動するほどの咆哮を挙げながら振り下ろされる巨大な岩の腕が、ミコッテの女へと一直線に向かう。

危ない!!

と言う言葉と共に、ミコッテの女を突き飛ばした小さな体に、無情にもゴーレムの一撃が直撃する。
「ドンッ!」という強い衝撃に吹き飛ばされた体は、まるで全力で投げつけられた小石のような速度で岩壁にぶつかり「トサッ」という軽い音を立てて床に落ちた。
赤い液体が堰をきったように流れ出し、じわじわと地面を黒く染め上げる。致命的ともいえる衝撃を受けた体はピクリとも動かない。


ペリム・ハウリム!!!


ジャックが取り乱したように叫ぶ。
そして近寄ろうとするジャックをミコッテの女は手で制した。


犯人は岩場の下に逃げていったわ!
あなたたちはそっちを追いなさい!!

お・・おまえは何を!

いいから行きなさいっ!!


ゴーレムの咆哮にも勝るような怒号でミコッテの女は叫ぶ。
それに合わせるかのように、とてつもない圧力を感じるほどの魔力が彼女の周りに集まっていく。


あの子はまだ助けられる・・・
だからあなた達は目的を忘れないで!


意思を持った強い眼光を向けられたジャックは、一度大きく深呼吸をした後「野郎ども!! 奴らを追うぞ!!」と言って足場の少ない岩場を器用に降りていった。
曲芸に近い動きについていくことができずにいる私に、


あなたはここに残りなさい!
私はあの子をもう一度この世界に留め直すわ。だけどそれには少し時間がかかるの。
だからあなたはあのゴーレムを打倒しなさい。

あなたなら出来るでしょう?

一度倒しているのだから!


そう言うとあふれ出た魔力をすべて地面に突っ伏しているぺリム・ハウリムに向けて注ぎ始めた。
しかしゴーレムはそのミコッテの女に再び襲い掛かろうとする。

(させるか!)

私はゴーレムの足、正確には岩と岩とをつないでいる妖力の糸を狙い、力を込めた一撃を打ち放つ。
ザクッ! という音を立てて妖力の糸が切断されると、岩の一部が切り離されて踏ん張りの効かなくなったゴーレムは前のめりに地面へ倒れこんだ。
私はそのまま蘇生魔法の詠唱に集中しているミコッテから少し距離を取りながら、ゴーレムを挑発する。
唸り声をあげるように体をきしませながら、ゴーレムはゆっくりと立ち上がる。
削いだはずの足の岩は、新たに生まれた妖気の糸によって絡み取られ元に戻っている。

(やはり心核を狙わなければだめか・・・だが、敵視はこちらを向ている!)

体を大きく震わせて襲い掛かってくるゴーレム。だが、ウルダハで戦ったゴーレムと同じく動きは大味で隙が多い。
私は先ほどと同じように岩の間を狙って攻撃の「要」をそぎ落とし、動きを縛りながらゴーレムが力を集め始めるタイミングを見計らった。
そして一際大きな咆哮を放つと、周囲のエーテルを取り込もうと胸の一部が光り出す。

(ここだ!!)

私はタイミングを合わせて一気にゴーレムの懐に飛び込んでいく。
そして力すべてをこめた一撃を、クリスタルのように光り輝く核に叩き込んだ。
核が大きくはじけ飛んだ途端、繋がりを失った岩がガラガラと崩れ落ちていった。

(はぁ・・・はぁ・・・・)

さすがの手際ね。


荒く息を吐く私にミコッテの女は声を掛けてくる。
既に蘇生魔法の詠唱は終わったようで、体から溢れる魔力は消えていた。


あの子は何とか一命を取り留めたわ。
しばらくは安静にしなければならないけれど、命には別条はない。


ぺリム・ハウリムの方を見ると、体から大量に流れ出たはずの血の跡がすっかり消えていた。
私はホッと息を吐く。そしてその奥の岩陰に誰かが隠れている気配を感じて私は声を上げた。

ひっ!・・・殺さないでくれ!!

震える情けない声と共に、両手を挙げながら赤い帽子の男、セヴリンが現れた。
どうやら戦いの最中ずっと岩陰に隠れていたようだ。
私は構えていた斧を下ろし、セヴリンの方に歩いていく。
しかしセヴリンは近づく私と距離を取るように後ずさる。

お・・・俺は悪くないんだ!
俺はただ頼ま・・・・がっ!

顔の側を通り過ぎる風圧を感じた瞬間、セヴリンの額には一本のナイフが刺さっていた。

が・・・・あ゛・・

セヴリンは呻き声を挙げながら後ろに倒れ、そのまま谷底へと落ちていった。

 

顔の側を通り過ぎる風圧を感じた瞬間、セヴリンの額には一本のナイフが刺さっていた。

が・・・・あ゛・・

セヴリンは呻き声を挙げながら後ろに倒れ、そのまま谷底へと落ちていった。


(!!!?)


私は再び斧を構えながら振り向く。
そこには汚れたローブを着たララフェルの子供の姿があった。


私は既視感に襲われる。
このララフェルとはザナラーンのアンホーリーエアーで初めて出会った。
そして今と同じようにあっさりと首謀者を殺され、逃げられたのだった。


ふとララフェルの脇にミコッテの女がうずくまっている姿が目に入る。
その体は黄色く輝く幻獣に取りつかれ、魔力を吸い取られているようにも見えた。

く・・・そ・・・

弱々しくも震える声を上げるミコッテの女。
その頭をララフェルの少女は無遠慮に踏みつける。


あんたの魔力は魅力的。
萎むまで吸い上げたあと、楽にあげるからじっとしててね。


感情も抑揚もなく、淡々と告げる言葉の冷たさに鳥肌が立つ。
そしてララフェルの少女はゆっくりとこちらを見た。
私はミコッテの女を助けようとララフェルの子供との距離を詰める。

こいつは見かけ以上に相当の強さを持っている。
気配は薄く、動きは速いうえに幻獣を使役する。
ふと目を離した瞬間に待っているのは確実な死だ。

決して見失ってはならないという緊迫感で全身が毛羽立つ。

(???)

しかし私の接近にララフェルの少女はなぜか後ずさっていく。
私はその動きに不審を覚えながらも、警戒を解くことなくララフェルの様子を伺った。

ララフェルの私を見る目がどうもおかしい。
私という存在に驚いているような・・・

体を硬直させ、わなわなと震えているようにも見える。
そして滝音に紛れてかすかに聞こえてくる言葉に耳を澄ますと、ララフェルの少女はぶつぶつと何かを呟いていた。


な・・・・なんで・・・・あんたは、
あんたが生きているの?


私は少女の洩らす言葉にハッと気が付いた。

そうか・・・そういえばこいつはルガディンの男の仲間だった。とすれば・・・
この少女もまた、私がキキルンの盗賊たちに殺されるところを見ていたのかもしれない!

手前にナイフを構えながらも小刻みに震え、気が動転しているのか息遣いも荒い。
だからこそ、今ははっきりとララフェルの少女の気配を捕えることが出来た。
私を見るララフェルの少女はぺリム・ハウリムのように幽霊に怯えているような感じではない。
「恐怖」というよりはなにか「驚嘆」といったような反応にも似ている。

やはりこの少女も私の暗殺に・・・ん?
片目の・・・ララフェルの・・・少女?

なぜ今の今まで気が付かなかったのだろう。
目の前にいる少女を改めて見ると、片目が機能していないように白く濁っている。
私はミリララというイエロージャケットの女が工房からの去り際に呟いた話を思い出す。

連絡船の事故に遭い「何故か」リムサ・ロミンサで見つかったという片目の少女
ひょっとしてこの子こそ、ミリララが「救えなかった」という少女ではないのか?
私は構えを維持したまま、ララフェルの少女に問いかけた。

おまえ・・・一年前に起こった連絡船事故の生き残りか?

私の言葉を聞いてララフェルの少女は「ビクッ!」と体を震わせる。
そして大きく後ろに跳び下がり、改めてナイフを構え直す。
それに合わせるようにミコッテの女に憑りついていた幻獣も束縛を解いて後退し、片目の少女を守るように身構えた。
ミコッテの女は自由になったものの、生気を吸われすぎたのか立ち上がることが出来ないでいる。

片目の少女は私の問いに何も答えない。

だが、今の「沈黙」は「答えた」と同じである。

私は少女の答えを待たずに再び問いかけた。

なぜおまえは「人拐い」側にいる?
もしかしておまえは、お前を保護したイエロージャケットの女を欺いてい・・・

ちがう!!!

私の言葉に被せるようにララフェルの少女が喉を潰すかのような大声を張り上げた。
私は突然の怒声に動きを止める。


おまえこそなんだ! なんなんだ!? なんで生きている!?
おまえはウルダハでキキルン盗賊団の長に顔を潰されたはずだ!!
生きてここにいるはずはない!


そう言いながらララフェルの少女は私の顔に向けてナイフを投げる。
しかし動揺からか殺気を感じられる以上、その攻撃を避けるだけなら造作もない。
私は斧の側面でナイフを弾く。そして少女の問いに答えることなく、畳みかけるように問いかけた。


お前が乗っていた連絡船の乗員の遺体は誰一人たりとも見つかっていない。
ではなぜおまえだけは「生きて」リムサ・ロミンサにいたんだ?
聞いた話では「血だらけ」で裸のままエーテライトプラザにいたらしいな、傷一つおわずに。
それはイエロージャケットに保護されやすいように偽装していただけなんじゃないか?
記憶を失っていたとも聞く。しかしそれもまた身分を隠す嘘。

目的はなんだ? なぜ失踪した?

・・・・っ

・・・考えられる理由は一つ。
それはお前が何らかの理由で「仲間からはぐれた」からではないのか?
だからエールポートまでイエロージャケットの女に送り届けさせて、仲間と合流して消えた。

そう・・・お前は初めから「人拐い」の仲間だったんじゃないのか?


ちがう・・・ちがうちがうちがうちがうちがうっ!!!!

何も知らないくせに勝手なこと言うなっ!!
もうお前はしゃべるな! しね! しねしね! もう一回死んじゃえ!!!!


怒りに狂いながら片目の少女は左手に本を持ち、幻獣に向けて「殺せっ!!」と叫んだ。
その指示に呼応した幻獣が「キュキュッ」と嘶いた瞬間、爆発したような速度で迫りくる。
防御に徹していたものの、幻獣のあまりの速さに私は対応しきれない。

あぶないっ!!

と言う声と共に私の周りに光の壁のようなものが展開する。
それに弾かれるように幻獣は飛び跳ねた。

次の攻撃が来る!

直感的に感じた私はララフェルの少女を見るのではなく、殺気を探り攻撃に備える。
もはや気配を隠すことが出来ないほどに我を忘れている少女の動きは手に取るようにわかる。
私は斧を盾代わりにして投擲されたナイフを防ぎながら、自ら間合いを詰めるように走る。


くそっ! くそっ!!

少女の焦りの声が聞こえてくる。
ウルダハの時を思い出してみると、多分この少女はナイフによる攻撃と幻獣の使役を同時には行えない。
片目の少女の気配が読み取れる以上、一番の脅威は「幻獣」だ。

手に持っているあの本をさえ奪えば・・・

冷静さを欠いた少女の動きが鈍い。
だが、少女が何かまた呟くと幻獣はその姿を変え今度は魔法による遠距離攻撃を仕掛けてきた。
私はその変化に対応できず、幻獣の放つ魔法攻撃をもろに受けてしまう。

がはぁっ!!!

側面から放たれた魔法攻撃を防御すらできず、たまらず地面に膝をつく。そんな私へ向けて幻獣の魔法攻撃は追い打ちをかけるように迫ってきた。

 

あなた、斧使いなら少しは耐えなさいよっ!!


そんな叱咤と共に私の体を緑色のやさしい光が包む。
途端、みるみる体の傷が回復していく。

(ありがたい!!)

私は立ち上がり、再び斧を前に構えて真正面から幻獣の攻撃を受け止める。


もう! 攻撃が単純すぎよ!!


今度は私の体を殻につつむような防御魔法が展開され、少女から投擲されるナイフが弾かれていく。

(よし・・これなら!!)

どちらかと言うと非難めいたミコッテの女の罵声に耳を塞ぎつつ、私は片目の少女めがけて特攻する。


おまえ! 邪魔!!


フッと私に対する猛攻がやんだかと思うと、ララフェルの少女大きく飛びあがり、攻撃の矛先を私の援護に回っていたミコッテの女に向けた。

(くそっ! しまった!!)

ミコッテの女は自力で魔法力を回復させたものの、未だに身動きがとれないでいる。
私は足を止め、ミコッテの女を庇いに向かおうとした瞬間、様々な方向から投擲された十以上にも及ぶナイフがララフェルめがけて飛んで行く。
我を忘れていたのか攻撃に気が付くのが遅れ、うまく回避が出来なかったララフェルの少女の体に、複数のナイフが容赦なく刺さった。

ぐあ゛ぁぁっ!!!

小さく悲鳴を上げた片目の少女の手から本が落ちると、それに合わせるかのように幻獣もふっと消えた。
片目の少女の体には痛々しいほどの数のナイフが刺さっている。
それでも、少女は倒れることなく立っていた。
片目の少女は手に刺さったナイフを乱暴に引き抜くと、後ろに大きく飛び跳ねて距離をとろうとするが、痛みのせいかうまく動けないようだった。

本を失い、さらに手を怪我した少女はもはやナイフでの攻撃もできないだろう。
周りを見渡すと、いざというときのために退路の確保を請け負っていたヴァ・ケビを初めとする「別働隊」がララフェルの子供を取り囲んでいた。


もう逃げ場はないよ!
急所は避けたつもり! 死にたくなければおとなしく降参して!


ヴァ・ケビがそう叫ぶとララフェルの少女はがっくりとうなだれ、肩を震わせている。
だがどこか様子がおかしい。

くく・・・・

ナイフが抜かれた手からとめどなく溢れ出す血。それは「パタパタッ」という音を立てて地面に黒い血だまりを作っていく。
急所は外しているとはいえ、このまま放置すれば出血多量で死にいたるだろう。
しかしそれでも、ララフェルの少女は体中から流れ出す出血を抑えることもせず、肩を震わせながら、

不気味に笑っていたのだ。

私達はその光景に戦慄を覚えて、思わず固まってしまう。


くく・・・・はは・・・あはははっ!!


ララフェルの少女は笑いながら、よろよろとよろめきながら谷の方に歩みを進めていく。


(!!!?)

だめ! お前はまだ死なせない!!

ヴァ・ケビはそう叫ぶと、今度は少女の足をめがけてナイフを投げる。
それはよけられることもなく、当たり前のようにララフェルの足に刺さった。

ひぐっ・・・

痛みでくぐもる声を上げる片目の少女。
しかしそれでも歩みは止まらない。
ず・・・ず・・・と足を引きずり、2本の血の線を地面に描く。
そして崖の縁までたどり着くと、こちらに振り向き、

 

はぁ・・・は・・・・はぁあ・・・ふう・・・げほっ・・・げほっ・・・
ふ・・・ふふっ・・・

私を・・・・止めたい・・くふっ・・・げふ・・・なら、
みん・・・ぐっ・・・みんなを・・・・助けてみな・・・・よ・・・・


そう言いながら片目の少女は重力に身を任せるように谷へと倒れ、
自分が殺したセヴリンと同じように、谷底へと落ちていった。