FINAL FANTASY XIV SS

FINAL FANTASY XIV を舞台とした創作小説です。

第六十一話 「光と影」

なんか久々だな・・・

私はコーラルタワーに向かう前に、工房に立ち寄ることにした。
まだ「嫌疑」は晴れていないとはいえ、監視対象からは外れたことを伝えるためだ。
おやっさんの斧のことはまだなにも情報はないが、途中経過を報告してあげたほうが安心するだろう。


工房の前に立つと、奥から金属を叩く音が聞こえてくる。
一定のリズムを刻みながらも、その一つ一つに力強さを感じさせる音を聞くと、体中の血液がムズムズと色めき立つ。

よかった。
おやっさん、息子さんのことを引きずっていないようだな。

工房に長くいると、金属を打つ音で誰が作業しているのかがわかるようになっていた。
といっても、自分を含めて三人しかいない小さな工房ではあるのだが。

工房の中に入り私は大きく深呼吸をする。
金属の焼けた匂いが、私の体全体に満ちていく。

(ああ・・・帰ってきたんだな)

決していい匂いではないはずなのに、その匂いは何故かそれを強く実感させる。
私は嬉しさを隠すことができず、思わず顔がにやけてしまった。
工房の奥で汗まみれになっていた弟子の男が私の姿を見つけると、


おかえりー!!


と嬉しそうに叫んできた。弟子の男はいつでもどこでも元気いっぱいだ。
私は少し気恥ずかしさを感じながら、相変わらずの頑固一徹ぶりでこちらを一瞥したまま手を止めずに作業を続けるおやっさんに「ただいま戻りました」と礼をした。


・・・・ふん。
少しは斧の扱いは上達したのか?


そう聞いてくるおやっさんに「おもったほどでもない」と苦笑いをしながら答え返すと、私の方をジロジロとみて、


見りゃわかるわ。
なんだその傷のつき方は。
確かに防具は身を護るもんだが、すべてを受け止めるためのもんじゃねえんだぞ?

・・・ほんとに傷だらけ。
随分と危なっかしい奴と闘ったのかい?


小言を言うおやっさんと心配してくれる弟子の男。
私は「ララフェルの少女にやられたんだ」と答えると「・・・ダセえ奴だ」とおやっさんには溜息をつかれ、弟子の男はというと腹を抱えて爆笑していた。
嘘は言っていないつもりだが、私も二人の顔をみて自然と笑いが生まれていた。
なんだろうか・・・ここ最近ずっと陰鬱とした気持ちに囚われていたはずなのに、この工房に帰ってきた途端に心がフッと軽くなる。

「自分から話さない以上、詳しいことは聞かない」

このあたりの配慮があるからこそ、ここは居心地がいいのかもしれない。
「ったく、はやく脱ぎやがれ」と言って、おやっさんは手をヒラヒラさせた。

そんなガタガタな装備を付けていたんじゃ、冒険者として誰にも信用されねえぞ。
金のことは心配するな、修理代はお前の給料からキッチリ差っ引いておくからな。
足りねえ分は……働いて返せ。

おい! 勘定はキッチリつけておけよ!

おやっさんが最後にそう言うと、弟子の男は「かしこまり!」と楽しそうに声を上げる。


私は苦笑しながら身に着けていた防具を脱ぎ、弟子の男に手渡した。

 

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再び「カン! カン!」という甲高い音が工房の中に響き始める。
私はおやっさんと弟子の男に防具を修理してもらっている間、椅子に座りながらぼーっと考えていた。

ひとまず工房の監視が解かれた今、私は再びこの工房に戻ってもいいのかもしれない。
今回の一件で、とりあえずではあるが「人拐い」の糸口をつかむことができた。
後はイエロージャケットや双剣士ギルドにすべてを任せておけば、解決にたどり着けるだろう。

だがおやっさんの息子さんが使っていた斧を持っている人物の特定には至ってはいない。
むしろジャックが言ったことが真実であるとすれば、おやっさんの息子さんは海蛇の舌によって囚われ、「溺れる者」として海蛇の舌の一員になっているかもしれない。

(もしその事実を知った時、おやっさんはどうするんだろうか・・・)

私はどことなく視線を向けながら、取り留めのない不安に襲われた。
ここの工房は温かい。厳しくもあるけれど、人情に溢れ、笑いに満ちている。
そんな工房の灯が消えてしまうこと。
そのことを考えると、心がどんどんと沈んでいった。

突然、

「ガンッ!!」

という衝撃が脳天を襲う。

イダッ!!!

衝撃と共にじんわりと広がっていく痛みに耐えきれず、思わず声が出た。
突然のことに、目がチカチカとしている。


何ぼーっとしてやがる。
出来たぞ。


いつの間にか私の前には、分厚い金属のプレートを片手に持ったおやっさんが立っていた。
どうやら私はそのプレートで頭を思いっきり殴られたようだ。
仁王立ちするおやっさんの傍らには、新品同様になった防具が置かれていた。

この短時間でこの仕事。
やはりこの二人は末恐ろしいな・・・

修理の終わった防具を見ながら感心する。
しかし何故だろうか。
今の私はこの防具を着直すことを躊躇してしまう。

私と同じ「不死」であるかもしれない片目の少女・・・
ウルダハでの一件を知っている黒い入れ墨の男・・・
人拐いにあった人の行方・・・
おやっさんの斧の持ち主・・・

確かに、真実を追いかけたい気持ちもある。
でも私はここの工房に戻り、再びの日常を取り戻したいという願望もあるのだ。
すべての問題を置いてけぼりにし、日常に沈みたいと願う私の心は、
逃げでしかないのだろうか・・・


どうした?
行くんだろ?


私の迷いを感じ取ったのか、
おやっさんは私に静かに告げる。


お前が自分で決めたことだろ。
最後までしっかりとその目で見てこい。
それまではここの工房にお前の居場所はねえ。
それにな、今のお前じゃ俺を納得させる「斧」は作れねえよ。


そう言って、おやっさんは工房の奥へと引っ込んでしまった。
唖然とした顔でおやっさんの背中を見送った私に弟子の男は、


だいじょうぶだよ。
監視は解いたってわざわざレイナーさんが伝えに来てくれたんだ。
あんたの活躍のおかげだってさ。
おやっさんはあんたの覚悟を聞いて、自分もまた覚悟を決めたんだ。
なにがあろうとも、今度はちゃんと事実に向き合うってね。
それに例え悲しいことになったとしても、
俺とお前がいれば問題なし!

だからさ・・・

おやっさんの斧のこと、頼んだぜ。


弟子の男は私に深々と礼をする。
感極まって涙腺が刺激される。
私はそれをぐっとこらえながら、

「行ってきます!」

と叫んで、工房を後にした。

 

 

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目を開けると、淡い青色の光が仄暗い周りを弱く照らしていた。
木々や草木は一本たりともなく、すべてが強力な力で洗い流されたかのように剥き出しになった岩盤には、奇妙な貝やサンゴのようなものがいたるところに張り付いている。
青い光の差す方を見ると、そこには形の揃えられていない原石のままのクリスタルの塊が見える。
人が作ったものではなく、無造作に積み重ねただけの粗末なものだ。
私は腕を動かしながら、傷だらけだったはずの体を確認する。


(谷底へと叩きつけられたダメージはない。ナイフが刺さった傷も消えて・・・いない?)

体に刺さった傷は消えていたが、手に刺さったナイフの傷は消えることなく残っていた。
私の片目が直らないのもそうだけど、死んでもなぜか完全には直らない。
痛みもなく手の動きに不自由はないものの、痛々しいほどの傷跡がしっかりと刻まれている。

(男の人にとっては勲章かもしれないけど、残念なことに私は女の子なのよね・・・)

傷のついた手のひらを薄暗いクリスタルの光にかざしながらぼーっと眺めて考える。

あーあ・・・死んじゃった。
なんとかセヴリンは始末したけど・・・ほんとあの幻術士のババア、邪魔くさい!
今度会ったら絶対殺してやるんだから!

でも・・・作戦は失敗だったし、アジトに戻ったらまた酷いことされるのかな・・・
嫌だなぁ・・・弱っちいやつに好き勝手されるのって、ほんとに腹立つんだよなあ。

私がどれだけ「殺したい」のを我慢しているのか分かって欲しいよ。

私は傷が残ったほうの掌に意識を集中させる。
すると周りから何かを吸い上げるような感覚が湧き上がる。
そして次第に手には光が集まりだし「ポンッ」という軽い音と共に幻獣が出現した。

やっぱり集中力が大事・・・
心の動揺は最大の敵・・・かな

ごく最近のことではあるが、私は魔道書なしで幻獣を作り上げることが出来るようになっていた。
日に日に高まっていくエーテルの奔流を感じながら、私は現出した幻獣に魔力を注ぎ込む。

ギュギュ・・・

幻獣は苦しそうに身悶え始める。
私はそれでも魔力を注ぎ続けると「パアンッ」という大きな音を立てて幻獣は爆発した。

この役立たず・・・

たとえ私が強くなろうとも、幻獣の限界は決まっているようだ。
再び幻獣を現出させ、魔力をとめどなくつぎ込む。
そして先ほどと同じように、幻獣は大きな音を立ててはじけ飛んだ。

もうほんと・・・大っ嫌い。

私は再度幻獣の現出をさせ、今度はじっと睨みつけた。
当の幻獣はそんな私の感情を何もわからないかのように、ただただ従順につき従う。

私はこいつが嫌いだ。
だってこいつを生み出す力をもっていたがために、
私は海賊にさらわれて、
私の大好きな村は人質にされたのだから。
あまつさえ死ぬことすら拒まれて、
「人殺し」にまで身を落としてまで、
私は表立って歩くことのできない明るい世界を、
黒く染め続けなければならないんだから。

私は幻獣の頭に手を乗せて、ぎゅっと押さえつけた。

私はおまえ憎い。
だからこれから先も、
私の「身代わり」として
いっぱい
いぃっっぱい・・・

死んでもらうからね。

もし私を憎いと思うなら、

お前が私を殺してみなさいよ。

そして私は再び幻獣に魔力をつぎ込んで、苦しむ表情を見ながら爆発させた。

 

その音を聞きつけたのか、「ひたひた」という音を立てて人とは違う足音が近づいてくる。
私はその気配を気にすることなく、かざしていた手を下ろしてゆっくりと立ち上がった。


フスィー

隙間から漏れ出すような吐息を立てながら、異形の生き物が私の前に立つ。
体は鱗に覆われ、手足には水かきのような膜が張っている。魚と人とを組み合わせた奇形の体躯は、吐き気をもよおすほどに気持ちが悪い。
まあ見慣れてしまった私はなんてことはない。
むしろ、欲に溺れた人族の下卑た笑い顔の方がよっぽど気持ちが悪い。


フスィー
星の加護を受けながら、同族の業に縛られしヒレナシの子よ。
お主はまた死を受け入れたのか。


このサハギン族の男は流暢にヒト語を話す。
言葉にどこか古臭さはあるけど、理解できないほどではない。
「また」と言われるのは癪だけど、思い返せば確かに初めはよく死んでいた。


別に受け入れたつもりはないよ。
わたしはただ捕まったら終わりなだけ。
生きたまま捕まるんだったら、例え死んででも逃げなければならないの。
死んでも逃げられればOK、捕まった時点で生きていたら即ゲームオーバー。
ね? とても素敵なゲームでしょ?


私は変な踊りを踊りながらおどけて見せる。
しかしそれを見てもサハギン族の男は固まったまま、


フスィー
小さき身に大いなる星の力を宿すヒレナシの子よ。
そこまでに主を縛る「鎖」とはなんなのだ?
今の主が本気を出せば、あの「溺れしヒレナシの群れ」など簡単に屠れるであろう?
我には主を縛る鎖が見えぬ。
その見えぬ鎖は主の命よりも重いものなのか?


私は正直こいつのことが苦手だ。
サハギン族の奴らはみな人族を下に見ている。
自然の理に逆らい、神を愛せぬ「愚か者」として。
だけれど、このサハギン族の男とその仲間だけは違う。
何故だかは分からないけど、私に対してだけは常に「対等」であろうとするのだ。


命より重いものなんて「命」しかないじゃない。


私は面倒くさそうにそう答える。
正直やめてほしい。対等な関係なんて私はいらない。
悪者は悪者らしく、高圧的で、利己的で、暴力的で、傲慢で、差別的で、残虐であればいい。
でなければ、

いざ殺す時に、躊躇してしまうから。

 

ん? なんだ? ノォヴもいたのか?


そう言いながら、黒い入れ墨の男が現れた。
この男だけは私が死んだときに出現する場所を知っている。
何故なのかはわからない。


ノォヴ、あんたを探す手間が省けたぜ。
その後の様子はどうだい?

フスィー・・フスィー・・・
黒き墨のヒレナシよ。
今一度問うがこの人の子の鎖を外すことはできぬのか?

あん? なんだよ突然。
何度も言っただろ? それは「俺」の問題じゃねえってな。
聞きたきゃうちの頭に言いなよ。
サハギン族様に脅かしかけられりゃ、ペコペコしながら開放するだろうよ。

だが、これだけは言っておくぜ?
それでこのガキが「救われる」と思うのは大間違いだ。
それにどうやら自分を解放する「唯一の手段」って奴をこいつは知っているようだしな。


そう言って黒い入れ墨の男は私のことを指さした。

それをわかっていても態度を変えないのは何故だろう?
自分だってその対象に入っていることは分かっているだろうに。


で、話を戻すがおたくらの大将はどんな感じだい?

こちらも何度も言うが、我らは奴らとは違う道を歩むもの。
我は「リヴァイアサン」様の力を借りることを望まず、人との共存を模索する。
いたずらに戦を望むあやつらと同じにされては腹の虫がおさまらん。

ああそうだったな、悪い悪い。
「ズゥグ」一味の動きはどうだい?
うちの頭がアイツに脅されたみたいで、随分と焦っていたようだが。

フスィー
どうやら主らの国を落とすために計画される「傾覆の巨船」の準備を進めているようだ。
そのために築かれし長壁前に兵力を集めている。
名だたる戦人を集めているところを見ると、今回はどうやら本気らしい。

こちらの役割は「陽動」とのことらしいが、あの戦力だとお主らの港を落とす勢いだぞ。


おぉお・・・そりゃ恐ろしいこって。


黒い入れ墨の男はまるで他人事のように喜々とした様子だ。
そして「あんたも参加するのか」と聞くと「われらにその意義はない」と突っぱねた。


その方が助かるわ。
あんたに暴れられたんじゃ、敵も味方もないからな。


と肩をすくめて私の方に向き直ると、何かに気が付いたのか今度は不審な表情をして私に問いかけた。

なあおい。
さっきから気になっていたんだが、おまえ魔導書はどうした?


私は俯き、ナイフの刺さった後のある手を前に出しながら「回収できなかった」と報告した。


あぁ!? まじかよ!


私は暴力を振るわれると思い身構えたが、黒い入れ墨の男は私を痛めつけるでもなく、何かを考えるかのように顎に手を当てた。


魔導書は巴術士ギルドの奴らが管理してるからな・・・おいそれと手に入るもんじゃねえ。
しょうがねえ・・・弱そうな冒険者でも襲って自前で調達してこい。

おとがめは無し?

凹まねえもん叩いても無駄だからな。
それにおまえ、本当は必要ねえだろそれ。
ただ持ってねえと騒ぐ奴がいるから、形だけでもいいから持ってろ。

……作戦失敗の件は大丈夫なの?

はっ! あれの失敗はこっちのせいじゃねえ。
せっかくマディソンの馬鹿に得点稼ぎの機会を与えてやったのに、舐めてかかるからあんな失態を犯すんだ。
確かに幻術士の女と冒険者の登場は予想外だったが、双剣士ギルドの奴らが追っかけてくることは事前に伝えておいてやったってのによ。
お前に「しりぬぐい」をさせた時点でアイツの作戦は失敗だ。
もちろん、捕まらなかっただけこっちの仕事は成功だがな。


・・・冒険者・・・か。

考えないようにはしていたけど、やっぱりそれは無理らしい。
生き返ったかもしれないあのおじさん冒険者。
私はその冒険者に動揺し、倒しきれずに死んでしまったんだ。
それさえなければ、例え双剣士ギルドに囲まれたとしても切り抜ける自信はあったのに。
私は決心を決めて、その冒険者のおじさんのことを黒い入れ墨の男に報告した。


なに!? ウルダハで始末した男が生きていただと!?


普段あまり驚かない黒い入れ墨の男さえも、今回ばかりは表情を変えて声を上げる。


見間違いじゃねえのか?
俺とお前はそいつが死ぬところを確かに見たはずだぜ?
顔をキキルンの長い爪で貫かれて、それでも生きているたぁ、そいつはゾンビになった死者か、

・・・あるいはお前と同類か。

そこまで話すと、黒い入れ墨の男は押し黙って黙考する。
こいつもまたそのおじさんに顔を知られているのだ。
しかし私は、体の奥から湧き上がる感情に身をやきもきする。

(この件は男の指示に従うのではなく、自分の意思で決着をつけたい)

私はついにその感情を押さえつけることができず、

私、もう一度その男を殺してみたい。
今度は確実に。
頭も心臓も、グチャグチャになるまで。
私がそうであったように。
そうすれば、わかると思う。

そう、男に懇願した。
私の進言にビックリしたような表情を浮かべる黒い入れ墨の男はどこか嬉しそうに、

わかったぜ。
その男のことは俺が調べる。
場所の指示は俺がするから、それまでは「おあずけ」だ。

しかし、いい表情するようになったじゃねえか。
今のお前は正真正銘、どこから見ても立派な「悪党」だよ。

と褒めてきた。
不本意ではあるけれど、否定できる余地は何処にもなかった。
たとえそのおじさん冒険者が不死であったとしても、
陽の元を堂々と歩ける「正者」である以上、私にとっては敵である。

でも、もしかしたら囚われた村を救ってくれるかもしれない。
彼らは私のことを調べている。ひょっとしたら私の村までたどり着けたかもしれない。
それに、死なないということは普通ではできない無茶ができる。
そう、私のように。


そんな自分勝手な一途の望みを、
私は心のどこかで抱いていた。


私と黒い入れ墨の男との会話をジッと聞いていたサハギン族の男が口を開く。


命の鎖に捕らわれしヒレナシの子よ。
歩む道を見失うようであれば我を頼れ。
主は壊れるには少しばかり惜しい。

おいおい!
こいつを勧誘するなら飼い主である俺を通しな!

・・・・・。
ならば、飼い主が「いなくなった」時にまた声を掛けるとしよう。
ではさらばだ。

“蛮神を作りし一族の末裔よ”

そう言って、ノォヴは去っていった。

 

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俺にガキの面倒を見ろと?

団長代理に呼び出しを受けた俺は、イライラとする感情を何とか抑える。
久しぶりにアジトに戻ってみれば、どこの馬の骨ともわからねえ「新参者」がわんさかいた。

また「溺れる者」を増やしているのか……
喰いぶちも安定しねえってのに、この先どうするつもりなんだろうね。

大方サハギン族の奴に脅しかけられて増やしてんだろうが、計画ってもんは必要だと思う。
まあ「おまえが言うな」って話だが。


代理。
俺がガキのことが大嫌いだってことぐれえ知っているでしょうに。
そういうのが「大好き」な奴もいるんじゃねえですかい?


ああ……そいつなら死んだよ。
そのガキの手によってな。


俺は団長代理の話を聞いてピクリとする。
いい大人がガキに殺されただって?
確かにあの変態は雑魚中の雑魚だったが……


……ほう?
俺のいない間に随分とおもしれえことになっていたんですね。
ガキに殺される団員ってのも笑えるけどな。
そんなおもしれえ余興、俺も見てみたかったぜ!


俺はハハハッと高笑いする。


村人を人質に手懐けたまではよかったが、薄気味悪いってんでみんな嫌がりやがる。
「仕事」に出させても飼い主の方がビビりやがるから、今一使いどころに困ってるんだ。
おまえ、狂犬の扱いには慣れているだろ?

残念ですが俺の専門は「人」以外でね。
理性とかいう邪魔なもんがある「生き物」、特に話にもならねえガキは大っ嫌えなんだ。
そいつがどんなもんかは知らねえが、キレちまってうっかり殺しちまっても知りませんぜ?

それについては大丈夫だ。
そいつは死なねえ。

はっ? 死なねえ?
何ですかい? 代理はゾンビの子守りを俺にしろと?

違う。本当に死なねえんだよそいつは。
犬に食わしたんだが、いつの間にか復活していたんだよ。

……相変わらずゲスい趣味をお持ちで。
犬の餌すら足りてねえってのが涙を誘うところではありますがね。
するとあれですかい? 「特別な者」ってやつですかい?

察しがいいな。
そいつは「召喚士の末裔」が住むって村からさらってきた奴なんだが、
商人が言うには「本物」らしいんだ。

あん? 召喚士?
何ですかそりゃ?

蛮神を召喚できる「巴術士」と言ったところか?

ぷっ…ははははっ!!!
一回の神おろしで年単位の準備が必要なもんを呼び出す奴がいるって?
代理、疲れてんなら休んだ方がいいですぜ。
疲れは思考を侵すばかりかお肌にも大敵……

バカにするな!!

団長代理の男は私の煽りに腹を立てて机を力いっぱい叩く。
正直この男で遊ぶのは少し楽しい。
小物のくせに大物ぶっている大抵の奴は、反論できなくなるとかんしゃくを起こす。
力でねじ伏せればいいものの、変に力の上下関係だけには敏感だ。
そんな男が団長代理になれるほど、海蛇の舌は泡沫の海賊団でしかない。

今でこそ規模が拡大している「海蛇の舌」だが、元々は食い扶持を得るために盗賊にまで身を落とした落ちぶれの海賊団だ。
今の団長が海蛇の舌の頭目になってからというもの、サハギン族と手を組み、リヴァイアサンを信奉し始めるというわけわからんことになったが、
それでも今はリムサ・ロミンサにとって無視できない存在となっている。
正直、虎の威を借りた「張りぼて」でしかない海蛇の舌が「組織」として機能していることに驚きを隠せない。

会ってみりゃわかる。
疑うんだったら一回殺してみろ。

分かりましたよ。
初めは乗り気じゃなかったが、代理の話を聞いて断然興味が湧いてきました。
初めに断っときますが、俺が「飼い主」になる以上「躾け方」は俺に任せてもらいますよ。


私の言葉に苦々しい顔をしながらも「……いいだろう」と声を絞り出した。
ガキをこの俺に預けるというのはこの男にとっては「最終手段」だったんだろう。
俺はこの団長代理に嫌われている。
俺も海蛇の舌は途中参加組だが、自分の地位を侵しかねない俺を敵視している感がある。
どこまでも「小物」だ。


番犬として期待されながらも、既に鼻つまみ者にされているガキはどんな奴か。
ワクワクしながら俺はガキが閉じ込められている独房へと向かった。


~~~~~~~~~~~~~~~


独房に着くと、小汚いローブに身を包んだララフェルのガキが膝を抱えて座っていた。

こいつか?

私は独房の看守に確認する。
看守は「今度はあんたが飼い主になるのか?」と聞いてくる。
俺は「俺に見合うペットかどうか、確かめに来たのさ」と返した。

独房の中に入り「おい」とガキに声を掛ける。
すると、まるで幽霊のようにゆっくりと、ガキは俺の方を向いた。

ゾクッ!!

ララフェルのガキの目を見た途端「ザワッ」と全身に鳥肌が立つ。
元は綺麗であったであろう肌は黒ずみ、薄桃色であっただろう髪の毛も地肌に近いところから黒く変色していた。
ララフェルの片目は白く濁っている。しかし、その目もまた俺のことをしっかりと見据えていた。

こいつは……
想像以上かもしれねぇ……

過去闇落ちした奴を幾人も見てきたが、ここまで完璧に闇に沈んだ奴を見るのは初めてだ。
絶望に身を沈めながらも、こいつの目はまだ生きている。

こいつのこの目は、

どす黒いほどに汚れた「復讐」を決意している目だ。


おいガキ。
俺がお前の飼い主だ。
よろしくな。

そう言って、俺はララフェルのガキを力いっぱい蹴り飛ばした。

ぐぅ……

ガキの口から、くぐもった声が聞こえてくる。
それを聞いた瞬間、俺の体に「ゾワゾワッ」とした感覚が立ち上る。

こいつ、必死に耐えてやがるな。
無感情を装っているかもしれねえが、俺にはわかるぜ?
お前の中を、いまどす黒い感情が暴れているってことをな。

屈辱に身を焦がされながらも、気たるべき日を望んで耐える姿。
絶望の中から唯一たどり着いた「一縷の希望」。
たとえその希望が「真っ黒」に汚れていても、
俺はその身もだえながら耐える姿が「美しい」とさえ思った。

なにより、ここの海蛇の舌の誰よりも「覚悟」が決まっている。


いいぜ。

俺はお前のその望み。

叶えてやるよ。

だから今はせいぜい、

闇を育みな。